[絆]内緒のプレゼント・ルーレット
クリスマスと言えば、スコールとティーダにとって、毎年楽しみにしているものだった。
一番はサンタクロースが来てくれる事で、毎年欠かさずやって来てくれるそれに、嘗ては「いない」と思っていたティーダも、今やすっかり当たり前にその存在を信じている。
その影で、兄と姉と、今はザナルカンドで過ごすティーダの父親が、いそいそと忙しく準備に駆け回っている事を、弟達はまだ知らない。
彼等が一番の楽しみにしているのは確かにサンタクロースだが、それ以外にも、彼等の心を引き寄せるものは多い。
例えば、街を歩いていれば必ず目に付く、華やかで楽しそうな飾り付けの数々。
店先に植えられた木々や、小さなプランターにも飾りが施され、夜になるとチカチカち光る電飾も少なくない。
平時のバラムは海辺の穏やかな街に過ぎないが、この時期ばかりは判り易く浮かれてくれた。
街で一等背の高いバラムホテルにある街頭テレビにも、度々クリスマスの時期を報せるニュースが流れ、限定アイテムの販促にも余念がなかった。
バラムガーデンは一足先に冬休みに入るのだが、その前から売店や食堂は華やかに飾られる。
街に住んでいるスコール達は噂にしか聞いていないが、なんでもクリスマス当日には、限定メニューとしてケーキも食べられるらしい。
実家が遠いとか、長期休暇でも家に帰るのが難しい学生達にとっては、ガーデンからのささやかな贈り物と言う訳だ。
そう、ケーキ。
まだまだ甘いものの誘惑が恋しい子供達にとっては、ケーキも楽しみの一つだ。
スコールにとって、それは元々、孤児院にいた頃からの習慣で、クリスマスには決まってママ先生ことイデア・クレイマーがケーキを手作りしていた。
市販のケーキよりもシンプルな作りをしたそれが、実は店売りのものよりも美味しいのだと知っているのは、それを食べたことがある子供達だけの思い出だ。
ティーダはママ先生のクリスマスケーキを食べた事はないが、レオンの下で一緒に暮らすようになってから、折々に彼女が兄弟一家の様子を見に来てくれるお陰で、彼女の手作り菓子にすっかり舌が肥えている。
ママ先生のお菓子作りの腕には定評があって、子供達にとってそれを食べる機会は、幾らあっても足りない位に楽しみなものだった。
其処で、スコールは思い立ったのだ。
今年のクリスマスには、ママ先生に教えて貰って、自分たちでケーキを用意しよう、と。
孤児院がその役割をバラムガーデンへと移すまで、ママ先生は毎年、ケーキを作っていた。
時には十人前後にもなる子供達を満足させ、且つ好き嫌いが激しかったり、時にはアレルギーを持っている場合もある子供達に平等に食べさせてやるには、当時は手作りしてやるのが一番だったのだ。
レオンはその手伝いをしていたこともあるお陰か、菓子作りにも多少なりと知識がある。
とは言え、バラムガーデンを開き、レオンと妹弟が其処から巣立ってからは、流石に手作り菓子に精を出す暇はなくなってしまった。
バラムの街にケーキ屋もあるし、兄弟三人───今では四人───がケーキを食べるのに、ホール一つはやはり大きい。
よく食べるティーダが平らげてくれる事もあるが、ケーキのみで腹を膨らませるのは、やはり如何なものかと言うのが、保護者的立場の考えである。
時間と手間の問題と、勿体無いと言う気持ちも重なって、今では一人一ピースのケーキを買うのが無難となっていた。
それは自然なことであるし、兄がアルバイトの帰りにわざわざ足を延ばし、四人分のケーキを買って来てくれるのも嬉しい。
一人一つ、四種類のうちから、どれにしようかなと迷いながら選ぶのも、楽しいものであった。
ケーキは、クリスマスには欠かせないものだ。
そう言うものだと、スコールは積み重ねた経験から思っている。
そして最近のスコールとティーダは、兄姉が毎年のように色々な準備をしてくれる年中行事と言うものに、自分たちも“準備をする側”として参加する楽しさを見出していた。
其処で、以前バレンタインの時にも頼ったママ先生にお願いして、自分たちでクリスマスケーキを作りたい、と思ったのだ。
その話を、冬休みに入る前、学園長室で彼女に打ち明けた。
「お願いします!」と二人揃ってぺこりと頭を下げる子供達に、イデアは「良いですよ」と笑って言ってくれた。
それからは作るもののレシピを決めて、クリスマスの当日に作りましょう、と言うママ先生に、スコール達はやる気いっぱいで手を叩きあったのだった。
────それから一週間が過ぎ、約束通りのクリスマス当日、バラムの街の海沿いにある兄弟の自宅にママ先生はやって来た。
弟達がケーキを作るんだと聞いていたエルオーネは、玄関を開けて、第二の育ての母を屋内へと招く。
「いらっしゃい、ママ先生。スコール達、丁度今、準備してる所だよ」
「お邪魔します。ふふ、やる気があって何よりね」
イデアは外行きのコートを脱ぐと、持っていた荷物の中から、エプロンを取り出した。
黒を基調にしたエプロンを早速締める彼女の下へ、二階からぱたぱたと足音が二つ下りて来る。
「お姉ちゃん、準備できたよ。あっ、ママ先生!」
「ママ先生ー!」
子供用のエプロンを身に着けたスコールとティーダは、イデアの姿を見付けると、ぱあっと喜び一杯の表情を見せた。
イデアは抱き着いて来るティーダを受け止め、じゃれる彼の頭を撫でながら、姉にエプロンの結び目を確かめて貰っているスコールを見る。
「準備万端ね、スコール、ティーダ」
「うん!」
「ケーキ作るからね!」
「じゃあ、早速キッチンにお邪魔しましょう」
イデアに促されて、スコールとティーダはこっちこっちとキッチンに駆けていく。
キッチンには、小麦粉、バター、砂糖、ベーキングパウダー、卵、牛乳と、今日のレシピに必要なものがしっかりと揃えられていた。
器材もボウルが複数に、泡だて器、計量カップ、計り、そして紙製の型が並べてある。
デコレーションに必要なフルーツや生クリームは、冷蔵庫の中に入ってるよ、とエルオーネが言った。
バレンタインの時にもやったことだし、スコールもティーダも、日々兄姉のお手伝いをしている。
それはきちんと彼等の身についていて、材料を量るのも、レシピの順に入れては混ぜてと言う手順も、随分と慣れたものだった。
イデアは子供達の成長を感じられるそれが嬉しくて、後ろで少し心配そうにそわそわと見守るエルオーネを見遣り、にこりと笑って見せる。
大丈夫よ、と言葉なく告げる育ての母の表情に、姉は眉尻を下げつつホッとした表情を浮かべ、
「スコール、ティーダ。私、洗濯物を畳んで来るから、ケーキ作り、頑張ってね」
「うん!」
「任せて!」
「ママ先生を困らせちゃ駄目よ」
「はーい!」
ケーキ作りへの情熱か、返事をする二人の声は弾んでいた。
エルオーネが風呂場に干している洗濯物を片付けに行って、キッチンにはイデアとスコールとティーダの三人。
剤長を全て入れた生地のもとを、二人の子供は交代しながら混ぜている。
それも十分に終わると、ティーダがオーブンレンジの余熱をセットし、スコールがボウルを持って、生地を型へと流し込んだ。
余熱が終わったレンジに、生地を整えた型を置き、二人で一緒にスイッチを押す。
ぶぅん、と動き始めたオーブンの庫内を、二人はまじまじと見つめていたが、イデアは効率の為にと二人を呼んだ。
「スコール、ティーダ。スポンジケーキが焼ける間に、フルーツと生クリームの準備をしましょう」
「フルーツ!」
「生クリーム!」
ぱっと明るい顔で振り返る二人。
駆け足で冷蔵庫に向かう二人がその蓋を開けると、まだ背の伸び切らない二人でも届く場所に、フルーツの缶詰と生クリームのパックが置いてあった。
まずはフルーツを取り出し、缶切りを使って封を開け、新しいボウルに中身を出す。
蜜柑、黄桃、パイナップル、種を抜いたさくらんぼ。
これだけあればケーキのデコレーションには十分だが、しかし、クリスマスのケーキと言えばやはり───とイデアが思っていると、
「あっ、いちご。野菜室に入れてるって言ってた」
「あら。じゃあ、それも使いましょうね」
スコールが思い出してくれたお陰で、忘れてはいけないものも見付かった。
ティーダが野菜室から出して来たいちごのパックは、小粒だが色艶が良く、今日作るケーキのサイズにも丁度良いだろう。
いちごを丁寧に洗い、切り分け、缶詰のシロップ漬けになっていたフルーツは水切りする。
カットされたフルーツの余分な水分を取る為、一つ一つをペーパータオルに並べていく。
その傍ら、イデアは今日と言う日を楽しみにしていたであろう子供達に、毎年の定番になりつつある質問を投げかけてみた。
「今年は二人に、サンタクロースさんは来たのかしら」
「サンタさん!来たよ、ねっ」
「ね!」
明るく嬉しそうに言ったティーダに、スコールも丸い頬を赤く燈らせて頷く。
「何を貰ったの?」
「あのね、オレね、ブリッツボールの本!選手がいっぱい載ってるやつ」
「僕はね、新しい鞄貰ったんだよ。沢山ポケットがついてるから、沢山入れられるの」
「色んな選手の色んなことが書いてあるんだ。あのね、父さんも載ってるんだ!」
「前のより大きいからね、教科書とか、お道具箱とか、全部入るよ。それでお弁当も入れられるんだ」
ティーダはブリッツボールの選手名鑑、スコールはこれまで使っているものより、一回り大きな鞄。
その特徴、持ってみて嬉しかった所を口々に説明する二人は、きらきらと眩しい笑顔だ。
これだけ喜んでくれるなら、兄も姉も、今年は帰られそうにないと言うティーダの父も、、きっと嬉しいことだろう。
オーブンレンジが焼き上がりの音を鳴らして、イデアはスポンジケーキの生地を取り出した。
潰れないように軽くガスを抜いて、粗熱が取れるまで冷ましておく。
その間に、今度は生クリームの準備をする。
氷水の張ったボウルの上に、一回り小さなボウルへ入れた生クリームをセットする。
泡立て器で一所懸命に混ぜる二人を見守っていると、
「あとね、あのね。お兄ちゃんとお姉ちゃんにも、サンタさん来たんだよ」
「それは嬉しいことね」
「うん」
スコールの言葉に、イデアがにこりと微笑むと、無邪気な子供はにっこりと笑う。
その隣で、混ざって行く生クリームを見つめていたティーダが、得意げな顔をして言った。
「でもね、ママ先生。レオンとエル姉のサンタさんは、オレ達なんだよ」
「あら。そうだったの」
秘密を自慢そうに明かしてくれるティーダに、スコールもつられたように「えへへ」と笑う。
この秘密は知ってしまって良かったのだろうか、と判っていつつも、イデアは苦笑する。
打ち明けてくれたのは子供達の方なので、きっと自分が知る分には大丈夫だと思われたのだろう。
「お兄ちゃんとお姉ちゃんは、もう大人だから、サンタさんは来てくれないんだって」
「でも、レオンもエル姉も、いつも一杯頑張ってるじゃん」
「だから二人にはね、僕たちがプレゼントを用意してあげて。サンタさんには、僕たちのプレゼントを持ってきて貰った時に、お兄ちゃんたちにこのプレゼントを渡して下さいって手紙を書いておいたの」
言いながら二人は、リビングの向こうで洗濯物を畳んでいる筈の姉を気にしてか、声を潜めて「内緒だよ」と言った。
イデアは優しい子供達の行いに、自然と頬を緩めながら、二人の頭を優しく撫でる。
「頑張ったのね。サンタさんは、レオンとエルの所にプレゼントを持って行ってくれた?」
「うん。起きたらね、二人の枕元に置いてあったんだって」
「二人のプレゼントは何だったの?」
「えっとねー。エル姉にはね、ブローチを作ったんだ。レオンにはブレスレット!」
「僕はね、お姉ちゃんに指輪を作ってあげたの。お兄ちゃんは、首飾り!」
どうやら、小さなサンタクロースは、手作りのプレゼントを兄姉に贈ったらしい。
そう言えば、とイデアが今日のエルオーネの様相をよくよく思い出すと、彼女の左手の指と胸元には、きらきらと綺麗なビーズが光っていた。
彼女の為に一所懸命にそれを作ったサンタクロースに、つけてつけて、とおねだりされたのだろう。
今はアルバイトに行っているレオンも、今日は首飾りとブレスレットを身に着けて行ったに違いない。
生クリームは中々固まらなかったが、仕上げにイデアが泡立て器を握ると、あっという間に搾れる固さまで変化した。
その様子を目の前で見ていた子供達は、おおお、とまるで魔法を見るように目を輝かせる。
粗熱が取れたスポンジを横から二枚に切って、生クリームとカットフルーツでサンドし、更に上にもデコレーションを施す。
盛るのが大好きな子供達の自由な発想で、いちごはふんだんに飾られて、雪の中の小さないちご畑が出来上がった。
これはカットするのが大変そう、とイデアはこっそりと思ったが、潰さないようになんとかするしかないだろう。
子供達の奮闘が終わった後は、ケーキは崩れないようにと冷蔵庫に仕舞われた。
入れ替わって今度はエルオーネがキッチンに立ち、夕飯の準備に取り掛かる。
今日はいつもより豪勢にしたいと言うので、イデアもそれを手伝うことにした。
弟たちは、冬休みに入って渡された課題に取り組みながら、キッチンから漂う美味しそうな匂いと、冷蔵庫で出番を待つケーキに思いを馳せる。
イデアに上手ねと褒められたクリスマスケーキを兄が見たら、どんなに驚いてくれることだろう。
今朝、小さなサンタクロースが来たことを、少し照れ臭そうに喜んでいた兄の顔を思い出しては、スコールとティーダの胸は高鳴っていた。
短い夕方の時間が過ぎ、レオンが家に帰って来て、イデアも交えての賑やかな夕食。
そしてお待ちかねの手作りケーキが登場し、思っていた以上にしっかりとした出来栄えに驚く兄の胸と腕には、イデアが思った通り、ビーズのアクセサリーがきらりと光っていたのだった。
クリスマスと言うことで、ネタ粒では久しぶりの絆シリーズで。
多分そろそろ10歳くらいなので、日々のお手伝いもすっかり身についてる弟たちです。
レオンとエルが頑張ってるお陰で、まだまだサンタクロースを信じています。
その傍ら、お返しがしたいとか、自分たちも楽しみに待つだけじゃなくて、色々準備をしてみたいと言う気持ちも強くなっているので、頼れる人にお願いしながら色んな事に挑戦しているようです。
そうして本人達には露知らず、兄姉弟みんなでプレゼント交換をしたのでした。
レオンはそろそろ卒業が視野に入る年齢なので、この次の年には、SEEDになっている頃だなぁ。
家族と過ごした毎年のクリスマスを始めとした行事ごとは、レオンやエルオーネにとって、弟達の成長を感じられる日だったのだと思います。