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[16/シドクラ]変わらぬ日々に特別を



いつからソリを引いてやって来る白髭の存在を信じなくなったのかと言われると、さて、と思う。
そもそも、初めから信じていたのかさえ、思い返してみると曖昧であった。
ただ、それを真っ向から否定するような言を使った事もなかった筈だ。
それは一重に、5歳年下の弟の存在があったからで、彼がそれを信じている間は、決して否定はすまいと思っていた。
素直な弟は随分と長い間それの存在を信じ、今年は来てくれるかな、と無邪気な表情で兄に聞いていた。
その度に、お前は良い子だから来てくれるよ、と答えるのが常だった。

もう随分と昔のことだ。
弟も今では大学院生で、流石にあの頃のように無邪気な年齢ではないし、街の軒先を飾るリースを見て、夢物語に思いを馳せることもない。
自分に至ってはそろそろ三十路になる歳で、世間の其処此処で華やぐムードがある今日も、相も変わらず仕事をしている。
今日と言う日でも止まる事のない公共交通機関であったり、人々の生活を明るく照らす電気であったり、そう言うものに従事している人間は案外と何処にでもいるものだった。
それでも赤白緑と、この時期特有のカラーに飾られ、七色に光るイルミネーションに飾られた街の浮かれ振りを見る度に、ああなんでこんな日にまで、と憂う声も聞こえて来る気がした。

クライヴはと言うと、いつも通りに定時に上がって、会社を出た。
幾つか前倒しに終わらせようとしていた案件はあったのだが、社長であり、同居人であるシドから、「クリスマスだぞ。帰って美味い飯でも作っといてくれ」と追い出されたのである。

帰り道にある行きつけのスーパーで、普段よりも少しばかり豪華な買い物をして、自宅に帰る。
夕飯の準備をしていると、携帯電話が鳴ったので確認してみると、メールが二通。
一通は弟から、「プレゼントをありがとう」と言う一文と共に、新品のマフラーの画像が添えられている。
今日と言う日の為に、クライヴが彼に当てて送ったクリスマスプレゼントだ。
それから、年末までに何処かでディナーでも行こう、と言う誘いがあって、都合の良い日を教えて欲しいとあった。
本来ならば今日、と言う予定があったのだが、お互いに上手く都合がつかなくて先延ばしになった。
クライヴは改めて日程を確認し、返信メールを送っておく。

それからもう一通は、動画付きのグリーティングメッセージで、再生ボタンを押してみると、同居人の娘───ミドがクラッカーを鳴らして「メリークリスマス!」と高らかに謳った。
動画に映るミドが着ているカーディガンが、シドが唸りながら選んで贈ったものだと気付いて、クライヴの唇が緩んだ。
ミドのメールは、きっと同じものが同居人の元にも届いているだろう。
今日と言う日を祝う言葉と共に、返信のメールを送信した。

夕食を作る手を再開させ、二品目、三品目と出来た所で、ちょっと量が多いか、と気付いた。
クライヴはそれなりに食べる方だが、シドはと言うと、摘まみになるものはそこそこ食べるが、重くなるものは得意ではない。
それをぼやいていた時、歳か、と言ったら、お前も直にそうなるぞ、と脅して来た。
いずれは辿る道かも知れないが、今の所はそう言う気配もないので、その時の遣り取りは、クライヴが肩を竦めて終わった。
と言った会話も思い出したのだが、


(まあ良いか。クリスマスだし)


パーティを開く程にはしゃぐことはないが、さりとていつも通りの夕飯と言うのも詰まらない。
これ見よがしな鶏の丸焼きを出す訳でなし、品数が多い位は構うまい。
偶には華やかに見える食事を用意するのも楽しいものだと、開き直ることにした。

折角だからワインでも開けようか、と考えていると、玄関から家主の帰宅の音が鳴る。
キッチンからひょいと顔を覗かせてみれば、寒さに赤らんだ顔がクライヴを見付け、


「おう、帰ったぞ」
「ああ」
「良い匂いがしてるな。美味そうだ」
「あんたが作れって言ったからな」


シドはマフラーを解きながらダイニングに入り、其処に並んだ料理を見て苦笑した。


「お前、張り切り過ぎじゃないか?」


バジルソースを添えたトマトとチーズのカプレーゼ、バゲット入りのオニオンスープ、スーパーで今日の為とばかりに売られていた厚みのあるローストビーフに、ミートソースのパスタ。
加えてデザートにと、ヨーグルトにブルーベリーソースとシリアルを添えて並べた。
普段は主食に沿えてサラダとスープ、あとはもう一品軽いもの、と言う具合だが、今日は随分と賑やかな食卓だ。

呆れ気味の表情を向けて来るシドに、クライヴは開き直って、


「良いだろう、クリスマスだし」
「だからってな。ミドがいるならともかく、食い切れんだろう」
「明日も食えば良いさ」
「やれやれ。作るのが楽しかったんだな。仕方ない、無駄にならんようにするか」


眉尻を下げて笑いながら言うシドに、是非そうしてくれ、とクライヴも言った。

折角だから開けよう、とシドがセラーから出して来たワインを開けて、のんびりとした夕食の時間。
特別なのは並ぶ料理が少しばかり豪華と言うくらいで、其処で交わす内容が何か特別になる訳でもない。
それでもなんとなく、満足感と言うのか、幸福感と言うのか、そう言うものをじんわりと感じる。
くすぐったさまで感じさせるそれを、目の前にいる男に悟られないように、クライヴはいつも通りに食事を進めた。

食べ切れないと言った割りには、シドはそこそこ食べてくれた。
パスタは一人分よりも少なめに、あとは食べたい分だけ摘まめるようにしたのと、ワインのお陰だ。
余った分はタッパーに移し、冷蔵庫に入れて、明日の夕飯にすれば綺麗になくなるだろう。

さて、とクライヴが食器を片付けようとキッチンに向かおうとした所で、


「クライヴ。片付けなら俺が引き受けるから、お前はあっちだ」
「あっち?」


呼び止めたシドの言葉に、クライヴはことんと首を傾げる。
あっち、と言ってシドが指差した先には、リビングソファに置いたシドの鞄がある。
それはクライヴにも見慣れたものであったが、その傍らに、小さな白い袋が置かれていた。

シドがさっさとキッチンに行ってしまったので、クライヴは首を傾げつつ、袋を手に取った。
赤いリボンで封をされた袋には、薄い金のインクで『merryXmas』と印字されている。
クライヴはしばらくそれを眺めていたが、


「シド。これ、開けて良いのか」
「ああ」


一応の確認に訊ねてみれば、思った通りの返事があった。

リボンを解いて中のものを取り出すと、シンプルな黒の長方形のジュエリーボックス。
手触りの良い箱に、そこそこ良いものなんじゃないか、とクライヴは眉根を寄せた。
蓋を開けてみれば、鈍銀色のチェーンに、赤紫色に光る石が連なっている。
アクセサリーとしては渋い色合いだが、派手にならずに落ち着いた品位を漂わせたそれは、ファッションとしてもそれなりに上級者向けのデザインをしていた。
当然、クライヴにとっては馴染もないものであったが、決して安い値段でないことは分かってしまう。


「シド」
「お前に合いそうなモンを探してみた。ま、気が向いた時にでもつけてみろよ」
「それは───その、ありがたい、が。急にこんなもの」


戸惑う表情を浮かべるクライヴに、シドはくっと笑う。


「おいおい、クリスマスだぞ。恋人ヽヽにプレゼントを渡すのに、これ以上の理由はないだろう」
「……!」


シドの言葉に、クライヴの存外と幼さの残る顔に朱色が差す。
あ、う、と返す言葉に詰まって口籠る青年に、シドはくつくつと笑いながら、手許の食器の泡を流していた。

クライヴは赤らんだ顔をどうにか宥めて(それでもまだ赤かったが)、ふう、と一つ息を吐く。
落ち着いて手元の宝玉を見て、また別の理由で眉根を寄せた。


「俺、あんたに何も用意していない」
「ああ、気にするな。そいつも、俺の気紛れみたいなもんだからな」
「……だが……」


宥めるシドであったが、クライヴの表情は晴れない。
そんなパートナーに、大方の予想はしていたが、やっぱり律儀な奴だなとシドは呟いて、


「良いさ。お前からの分は、あとで貰うつもりだからな」
「あと?……だから、俺は何も───」
「別に物を渡すだけがプレゼントってもんでもない。色々あるだろ、色々な」


念を入れるように重ねて繰り返すシドに、クライヴはぱちりと瞬きを一つ。
それからしばらくの沈黙の後、シドの“あと”と“色々”の意味を理解して、収まりかけていた頬の熱が一気に再燃した。

沸騰したように赤くなった顔で、じろりと睨んで「……スケベ親父」と憎まれ口を叩くクライヴに、シドは理解したのならお互い様だと返したのだった。


クリスマスと言うことで。

基本的に家族を大事にする二人なので、それぞれジョシュアやミドと何か約束とかしてそうだなーと思いつつ。
それはまたの機会に書ければなと、今回は二人で過ごすクリスマスを書きたかった。
あと顔真っ赤にしたクライヴに「スケベ親父」って言わせたかった。察してしまったのでお互い様。

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