扉ノ向コウノ虚夢



 人間とは、かくも愚かな生き物で、どんなに大事なことだと思っていても、うっかりそれを忘れてしまう、と言うことは誰しも避けられないことだ。
だから理性と知性を兼ね備えた者は、そう言った事を減らす為に、“うっかり”を回避する為の柵を労じる。
しかし、幾重にも網を張り巡らせたとしても、その隙間から“うっかり”零れ落ちてしまう事はあるのだ。
どんなに目の細かい網にも隙間があるように、底に隙間のない盆でも水を入れ過ぎれば溢れ出してしまうように。

 つまりは、そう言う事なのだ。
今日が提出期限とされていた、任務明けの報告書の提出を怠った理由は。

 特に重要な任務だった、と言う訳ではなく、ごく普通のありふれた魔物退治。
中身がそれなら、任務中にも特に大きな問題は起きておらず、それだけ思えば慌てて報告を上げなければならない、と言う事もなかった。
かと言って報告しなくて良いと言う訳ではなくて、いつも通りに、きちんと形式に則った報告書を期限までに出すのが義務である。
その報告書が提出されるまでが、任務として課せられた仕事なのだから。

 SeeDとなってもまだまだ学ぶ事は多く、SeeD資格を取得してからも、普通の生徒と同じように教卓を臨む者は少なくない。
自分もその中の一人で、任務の合間を縫うようにして、授業に参加していた。
単位の方は純粋に数えると不足気味なのだが、SeeD資格を有している事が、その点を免除してくれている。
まだ候補生にもなっていない友人と一緒に授業を受けるのは、案外と楽しくて、そう言う気持ちもあって、教室に通う日々を辞められない。

 そんな訳で、任務が入っていない事もあり、今日も学生らしい一日を過ごしていたのだが、夕飯を食べ終えた頃にふと疑問が沸いた。
先日、ガルバディアから寄越された魔物退治の任務、その報告書を挙げただろうか、と。
任務を終えてガーデンに帰還したのは夜遅くの事であったから、その日はシャワーもそこそこにして、さっさと寝床に入った。
翌朝は疲れから中々起き上がる気になれず、結局午前中は寝倒して、授業は午後のみ受けた。
そして友人たちと顔を合わせ、今回の任務はどうだった、と根掘り葉掘り聞かれて、雑談交じりにそれに答えて、別れている。
翌日は休みだったから、友人たちと一緒にバラムの街へと繰り出して、海岸で釣りをしたり、街行く女性にちょっと声をかけてみたり。
そんな平和な日々だったのだが、よくよく考えてみると、その間に、部屋に置いているパソコンを一度でも開いただろうか。
いや、開いていない。
それから連鎖的に此処数日の記憶をリピート再生させたが、今日と言う日まで、パソコンには全く触らないまま過ごしていた。

 大慌てでパソコンを開きながら日付を確認し、任務から帰った日を確認する。
SeeDの任務の報告書には、当然のことながら提出期限が設けられており、負傷など理由があれば延ばして貰えるが、原則的には一週間の内に提出せよ、との方針があった。
その一週間の最後が、今日だったのだ。

 報告書の提出は、期限を守ればいつでも良いとは言っても、情報は新鮮なものが一番良い。
人間の記憶とは簡単に劣化して行くもので、特にSeeDはジャンクションと言う力を用いている為、その影響で記憶の保持が危ういと言う一面がある。
だから可能な限り情報は早く挙げ、その精査を取る時間も含め、記憶メモリーが明瞭である内に提出する必要があるのだ。

 案の定、一週間も前の任務となると、もう思い出すのが難しい。
それはG.F.の影響だからと言うのではなく、人間の脳が純粋に記憶保持に対してそこそこルーズに出来ているからだ。
毎日の出来事を全て明確に覚えておくと言うのは、限りある容量しかない脳に対して多大な負荷を与える。
だから、日常に必要な物事の他は、特段に強いイメージを持って刻まれたもの以外は、自然淘汰されて行くものだ。
しかし任務の報告書にその理由を持って来る訳にはいかない。
確か出先で書いておいた草案があった筈だと、先ずはそれを探し出して、ようやく清書に漕ぎ付けた。
殴り書きの草案は自分でも見るのが難しい位に汚くて、早く清書に手をつけなかったことを心の底から後悔する。

 普段ならもっと丁寧に文体のレイアウトも整えながら書く所だが、今日はそんな暇はなかった。
目の前に迫るカウントダウンに、読み直す間も惜しくて、一から最後まで全てを一気に書き上げる。
誤字脱字のチェック位は、と思いもしたが、時計を見て辞めた。
それよりとにかく提出できる形に仕上げて、ペナルティを回避しなくては。
誤字脱字の問題なんて、提出期限オーバーの影響に比べれば、大した事ではない。

 書き終わった時には、もう消灯時間が迫っていた。
指揮官であるスコールは、ガーデンにいる限りは、大抵指揮官室に詰めている。
真面目な彼は、消灯時間まで其処で書類のチェックをしているから、今からの提出でも受け取っては貰える筈。
こんな時間の提出に、スコールは顔を顰めるかも知れないが、それでも提出さえ済ませれば自分のやる事は終わりなのだ。
渡したら直ぐに逃げよう、とそんな気持ちも持ちつつ、寮を出てから駆け足でエレベーターホールへと向かった。

 消灯時間前の校内は、人の気配が遠くなりつつある。
図書室や食堂から寮へ帰って行く生徒、任務帰りか駐車場から出て来る疲れた顔のSeeD達。
逆に寮から出て来た生徒は、殆どがその足を訓練施設へと向けていた。
寝る前の一運動か、歩いは秘密の場所にでも行くのか。
平和な学び舎の夜の入り口は穏やかなものだったが、急ぎ足の自分だけは顔が切羽詰まっている自覚があった。

 降りて来るのを待つのももどかしかったが、やっと来てくれたと言う気持ちでエレベーターに乗り込む。
元は学園長室であった場所を改装した指揮官室は、三階だ。
チン、と小さく音が鳴ってエレベーターが止まり、スライドドアが開くと、競歩のスピードで廊下へ出た。

 歩きながら時計を見ると、消灯時間の十分前。
これなら間に合う、と少しだけホッとして、詰め込んでいた息を吐いた。
後は指揮官であるスコールがまだ部屋に残っているのを祈るだけだ。


(駄目なら諦めよう。出し忘れていた俺が悪いんだから)


 スコールは消灯時間までを仕事の時間としているようだが、偶にそれを待たずに指揮官室を出る事もある。
そう言う時と言うのは、平時が忙殺状態であるスコールに休みを取らせる為、補佐官を務めるキスティスやサイファーに指揮官室を追い出されているらしい。
その場合、代わりにキスティスやシュウ、ニーダと言った、バラムガーデンの首脳部と言えるメンバーが代理で指揮官室を埋めていた。

 とにかく、スコールでも、その代理でも、誰か一人でも指揮官室にいてくれれば、期限内での報告書の提出は完了する。
だからとにかく、誰かいてくれ、と祈る気持ちでドアの前まで来て、直ぐにドアを開けようとしたが、


「……!」


 ガタン、と言う少し大きな音が聞こえて、ドアに触れた手が止まる。
同時に聞こえて来た二人の人間の遣り取りのような声に、焦りから逸っていた意識が少しだけ冷静さを取り戻した。


(一応、ノックはしないと)


 火急の報せなら別だが、TPOのマナーは大事だ。
念の為に時計の針の位置を確認しつつ、急いて跳ねていた心臓を宥めるべく、すう、はあ、と深呼吸を一つ。
一応の落ち着きを取り戻したつもりで、改めてドアをノックする───しようとする、その直前。


「あっ…、あぁ……っ!」
(!?)


 ドアの向こうから聞こえて来た声は、普通のものではなかった。
板を叩こうとした手の甲が寸前で止まり、思わず息を飲む。


「あ、待……っあ……!」


 続けて聞こえて来たのも、同じような音だった。
俄かに切羽詰まったものを感じさせる声は、少し上擦ってはいるものの、スコールの声に違いない。
そう思ってから、「本当に?」と自分の思考と耳を疑う。


(指揮官が、ここで……ナニをしてるって?)


 喘ぐような声だった。
熱を染み込ませたような声だった。
訊き間違いでなければだが、聞き間違い以外でそんなものが此処から聞こえて来るとも思えない。
と、思いはしたものの、いやでもまあ、と思考がくるんと方向を変える。


(まあ、そりゃ、指揮官だって俺たちと変わらない訳だしなぁ……)


 大層な役職然り、先の魔女戦争を勝利へと導いた“英雄”の誉れ然りであるが、その実、スコール自身は今年のSeeD試験に合格したばかりの新米SeeDである。
それを感じさせないカリスマ性で、マスター不在となり、学園長も半ば隠居したような雰囲気すらあるバラムガーデンを牽引する立場を保っていると言うのは凄い事だが、その本質は十七歳の少年だ。
このガーデンと言う学園の中にいる、何処にでもいる一人の学生と変わらない所も多分にある筈。

 となれば、そう言う事もあるだろう、と。
───思ってから、また「いやいや」と頭の中で己の思考を打ち消す声がする。


(それはそれで可笑しくないか?)


 女の声が聞こえるなら判る。
何せスコールは顔が良いし、指揮官と言う役職もあるし、きっと将来だって有望だろう。
スコールの友人関係、交流関係と言うものを自分は知らないが、ソウイウ関係を狙う者がいても可笑しくはない。
スコール自身があまりそういった匂いを感じさせないので、それはそれで意外だなとは思うが、目を剥いて愕く程の話でないだろう。

 だが、それより引っ掛かる事があるのだ。


(だって今の声は、“指揮官”の……)


 スコールの声は、変性期もしっかりと終わって低く、落ち着いて聞こえる印象だ。
報告書を提出する時くらいしか会話の機会はないので、詳しくは知らないが、無感動にも見受けられる位に感情の波は薄く、余り声を張らないのだろうとも判る。
それが戦闘となると一気にスイッチが切り替わり、指示を飛ばす声は凛と強く、ガンブレードを振るう瞬間には咆哮のように鋭い音を放つ。
自分が知っているスコールの声と言うのは、そう言うものだった。

 だが、ドアの向こうから聞こえた声はどうだ。
冷たさすら滲む事もある声が、妙に熱っぽくて艶やかだった。
そんな声が、本当に“あの”スコールのものなのか、考えてみるだに「そんな訳がない」と思う。
スコールが啼かせている女の声だろう、と言うのが妥当な所だとも思うのだが、それにしては随分と低かった。
“男”の声だと、判る位に。


(いやあ……でもそんな……)


 有り得ない、と突飛な自分の思考に呆れていたら、


「やっ、駄目だって……っ!」
「────」
「あ、あっ…んぁ……!」


  ドアの向こうから切羽詰まった声が聞こえた。
相手と思しき声もあったようだが、此方は上手く聞き取れない。
それでも、もう一人、スコール以外の誰かがいるのは確かだ。

 スコールと思しき人の声は、益々艶を増して行く。
甘さまで含まれて来て、もう“ナニ”をしているのかは明らかだった。
相手が如何でも関係なく、自分が不味いタイミングで来てしまった事だけは確かである。
賢い人間なら、それを感じ取った瞬間に、即座に踵を返して寮に帰るべきなのだが、手に持った紙切れがそれを躊躇わせる。


(今日提出しないと)
「ん、う……人、来たら……っ」
(ランクに響くし)
「あ、あ……っ、やだ……、ん……っ!」
(折角書いて持ってきたのに)
「や、掻き回すな……あっ、あっ、あ…!」
(此処で帰ったら、なんの意味が───)


 ギリギリの所で思い出して、大急ぎで仕上げた報告書だ。
推敲の時間も惜しいと、霞みかけた記憶を必死に思い出して書いたのだ。
其処までして整えた報告書を、此処まで来て出さずに帰って、こんなに無駄な事はない。


「あぁぁあ……っ!」


 一際高い声が上がって、思わずびくっと肩が跳ねた。
極まったと伝える音域のそれに、何故かドクドクと心臓が走り出す。

 しん、と静寂が廊下を包んでいた。
ドアの向こうも静まり返り、自分の胸の鼓動だけが酷く煩い。
その傍ら、酷く冷静な───多分、冷静だ───頭が、チャンスは未だと告げていた。


(今。今だ。今なら、)


 ノックをするなら今だ。
ドアを打って、報告書を提出しに来ました、と言えば良い。
それから向こうの返事を待ってから入室すれば何も問題ない。
大事なのはタイミング、そして不自然ではない間を作る事。
それを間違えなければ、上手く行く。

 そう思っている筈の手は、頭の命令とは裏腹に、ドアノブを握っていた。
ゆっくりと力を込めてドアが押され、僅かに、ほんの僅かに隙間が開く。


「あぅううん……っ!」


 扉一枚の隔てる力がなくなって、高い悲鳴がはっきりと聞こえた。
息を詰まらせ、その隙間に顔を近付けて目を凝らせば、指揮官専用の執務机に向かって重なっている影がある。


(やっぱり───)
「あ、ふ……あぁ……っ」


 まさかまさかと思っていたが、そのまさかだった。
指揮官室で行われていたのは、間違いなく、セックスだ。
その事にも驚いたが、それ以上に驚愕したのは、執務机にその主を押し付けている人物だった。


(あ、あれって、……サイファー補佐官、だよな?)


 ドアの隙間からでも判り易い、幅広の白いコート。
袖に刻まれた特徴的な赤十字の文様は、このガーデンではその人物以外が身に付けている事はない。
故に、それが誰であるのか、これ以上に考える余地はなかった。

 サイファーが指揮官室にいるのは決して珍しい話ではなく、寧ろ戦犯の肩書がついてまわる彼の更生への監視もあって、スコールとはよくセットにされている。
スコールが任務でガーデンにいない時でも、自室───それもスコールと同室となっているそうだ───を除けば監視下でなくてはならないようで、キスティスやシュウ、ゼルと言ったスコールの仲間達が傍にいる事が多かった。
それ以外は基本的に自由、と言う、監視と言う割には存外と緩い体制であるのだが、監視役でもあるスコールが指揮官室にいる限りは、彼も其処に伴われているのは自然な事だった。

 そのサイファーが、スコールがセックスをしている現場に同席している───と言うのも、中々奇特な話になるが、


「やぁ…、サイ、ファー……っ」
「ンな事言って、お前も良い顔してんじゃねえか」


 蕩けるような声で批難に名を呼ぶスコールの声と、楽しそうなサイファーの声。
その二人の声は、全く同じ距離から聞こえていた。

 ドアの隙間から見えるのは、サイファーの白いコートばかり。
だが、その裾と足の隙間から、床に落ちた黒のズボンを絡ませた足元が見えた。
僅かに背伸びをするように踵を上げ、震える爪先が床を頼りなさげに踏んでいる。
サイファーが足先でその靴の裏をコツンと蹴ると、「っあ……!」と詰まる声が聞こえた。

 サイファーの体が小刻みに揺れるのが見える。
ぱちゅ、ぱちゅ、と言う音が聞こえる度に、短く甘い声が上がった。


「あっ、あっ……!あ、あっ……!」
(これって、これって)
「や、深い…とこ……あっ、入ってくるぅ……っ!」
(セックスだよな?)
「サイファー……あぁっ、待てって…あぁん……っ!」
(指揮官と、サイファー補佐官の、セックス?)
「だめ、やだ……あっ、うぅん……っ!」


 サイファーの名を呼ぶスコールの声が、段々と熱を増して行く。
最早艶を隠さない、明らかに性交によるものだと、誰もが聞いて判る声。
そんな声がスコールのものだと言うのが俄かに信じられなくて、声のよく似た他の誰かではないかと思いもしたが、


「ほら、スコール。自分の良いトコ当ててみな」


 何処か楽しそうなサイファーの声。
相手の名前をはっきりと告げてのその言葉に、ドアの隙間から見える景色が、嫌でも解消度を上げて行く。


(指揮官が、サイファー補佐官とセックスをしてる。それも───)
「はっ、はぁ、……っン、あ……っ」
(指揮官が挿れられてる───)
「あうぅん……っ♡」


 悶えるような、悩ましい声が聞こえる。
明らかに悦びの色を孕んだ声は、普段の冷たい氷のような印象を与える彼のものとは、到底結びつかなかった。

 性的な事にはまるで興味もないかのように、周囲に女性の影はあれども、その手の空気には縁もないように見えたスコール。
それがこんなにも甘ったるい声を出す事があるなんて。
それも、監視対象としてガーデンに戻って来た“戦犯”サイファーと、そう言う関係になっているなんて、誰が考えた事があるだろう。

 戦場で昂った熱を納める為、男が男に手を出すと言うのは、よく聞く話だ。
部隊に女がいればどうしてもそう言う目的で見る目も増えるし、またトラブルの種にもなり得る。
故に敢えて、男で済ませる方が良い、と考える者も恐らくはいるだろう。
それはガーデンと言う環境やSeeDであっても同じで、任務や訓練で激しい戦闘の後、熱を発散させる為に慰め合うなんて事もなくはない。
スコール等は整った面立ちをしている事や、立場の所為で必然的に顔を知られている事、年嵩の者には新人の癖にと言うやっかみなど、色々な理由でおかずに使われると言う話も聞かない訳ではなかったが、まさか本当に男とセックスしているとは思わなかった。
況してや、その相手が“監視対象”とされているサイファーとだなんて。


(し、仕方なく?それか、無理やり?有り得るよな……)


 魔女戦争以前のサイファーの振る舞いは、バラムガーデンの生徒にとってはよく知ったものだった。
スコールともよく衝突していたし、そんな相手に監視される羽目になったサイファーが反発するのは想像し易い。
そして、プライベート空間たる自室ですら、監視の為に一緒に過ごさなければならなくなって、腹が立ったサイファーが無理やりスコールを手籠めにしたとか、或いは性的欲求の問題解消の為にスコールが仕方なく体を張っているとか、


(そう言うのなら、判る気がする、けど)
「は、はぁ……サイ、ファー……あっ、あんっ!」


 パンッ、と皮膚をぶつけ合う音が響いて、スコールの声が上がる。
はっ、はっ、と短く切れる呼吸は、スコールのものだろう。
その隙間に、強請るように甘くサイファーの名を呼ぶ声が、度々重ねられているのを聞いていると、


「サイファー…んぁっ♡は、はぁ……あぁっ」
(無理やり……)
「ケツ下がって来たぞ。膝に力入れてろ」
「や……、む、り……あうんっ!」
(……)
「あっ、あっ、天井…っ、当たるぅ……っ」
「当ててるのはお前だろ?」
「そ、んな……はひぃ……っ、あぁっ♡」


 スコールの姿は、依然として、サイファーの影になって見えない。
それだけに、スコールに関する情報は、聞こえる声だけに集約されていて、それが酷く甘ったるく思えて仕方なかった。
とても、無理やり手籠めにされているとか、仕方なく体を差し出している、とは思えない位に。

 サイファーのコートの影から、 縋るものを求めるように手が伸びている。
デスクの天板を引っ掻くように彷徨う手を、サイファーの腕が捕まえた直後、


「あぁあっ!」


 掴まれたスコールの手がビクンと跳ねた。
高くなった声はそのトーンを下げる事なく、続く律動に益々甘い音を含ませる。


「あっ、あっ♡あっ、そこっ、んぁあっ!」
「いつもより敏感になってるじゃねえか」
「あ、あんたの所為……あっ、ひん!はげしっ、うぅんぅっ♡」


 パンッ、パンッ、と強く皮膚を打ち付ける音が響いて、スコールの声も高くなって行く。


「はっ、だめ、あぁっ!そんなに奥に入っちゃ、んぁあっ」
「馬鹿言え、まだ半分だぞ」
「やあ、無理……っ!あぁっ、あっ、ひぃんっ♡」
「いつも全部美味そうに咥えてんじゃねえか」
「あ、あんたが、強引に、入るからぁっ……!あ、うぅんんっ♡」
「全部寄越せってやらしいオネダリしてんのはお前だろ?」
「お、おねだり、なんて…してなひぃっ♡あぁっ♡」


 喘ぎながらサイファーの言葉を否定するスコールだったが、それを聞くサイファーの声は愉しそうだった。
律動は早くなって行き、サイファーの足の隙間から見えるスコールの足元が、覚束なくふらついている。


「はっ、はっ、はぅっ……!ひっ、あ、サイファー…っ!?」


 感じ入っていたスコールの声が、驚いたように引っ繰り返った。
サイファーの肩からスコールの片足が伸びて来て、担ぎ上げられているのだと理解した。
どうやら持ち上げられたのは片足だけで、もう片方の足は、僅かに地面から浮いた所で不安定に揺れている。


「あぁあんっ♡」


 また甲高い声が上がる。
サイファーの肩に乗せられたスコールの足が、ビクッ、ビクッ、と弾んでいた。


「あひっ、ひんっ、ひぃんっ♡深いぃっ♡」
「やっぱ、この角度が一番奥まで行くな……っ!」
「んぁ、あう、あぁっ!ね、根本まで…あっ、入ってるぅ…っ!中が、広がって、ああっ、擦れるぅっ!」


 ガタ、ガタン、とデスクが煩い音を立てていたが、それよりもスコールの声だ。
そこそこの広さがあり、天井の高さもある指揮官室で、消えた傍から反響する声の甘いこと。
雄としての矜持を考えれば、こんな行為は彼にとって嫌悪すべきものではないかと思うのに、聞こえる声は何処までも甘ったるくて悦びに満ちているようだった。

 行為は激しさを増して行き、ぐちゅ、ぐちゅ、と卑猥な音まで聞こえるようになった。
喘ぐスコールの声の隙間に、サイファーのものだろう、荒い息遣いが挟まれる。
時折、呻くような声も聞こえた。


「はぁ、あっ、あぁ…っ!サイファ、や、来るっ、う……っ!」


 スコールの声が切なさを増して行く。
それを聞いたサイファーの律動がまた早くなり、高く掲げられたスコールの脚が揺さぶりに合わせてビクビクと跳ねる。


「あっ、ひっ、あぁっ♡サイ、も、イくっぅうっ♡」


 限界を訴えるスコールの声の後、サイファーがデスクに覆い被さるように背中を丸めた。
「ひああぁあっ♡」と上がる悲鳴に、挿入が深くなった事が判る。


「や、イく、イくっ♡サイファー、あぁっ♡もう、無理ぃっ!」
「っは、はっ、はっ…!」
「あ、あ♡あひっ♡んぁああああっ♡」


 ビクン、ビクン、とスコールの足が弾み、一際高い声が上がる。
その声は、ほんの僅か前、ドア越しに聞こえたものと同じだ。
つまり、恐らくはスコールが上り詰めたと言うことで。

 甘い悲鳴の反響が消えない間に、サイファーの動きが止まる。
僅かにその肩が震えているのが見えて、


「ああっ、あぁあ……っ!熱、ひぃい……っ♡」


 蕩け切ったスコールの声が聞こえて、まさか、と思った。
あのスコールが男同士でセックスをしていると言うだけでも信じ難い事なのに、男の精をその身に注がれているのか。
剰え、その熱をまるで喜んでいるかのような声を上げるなど。

 自分は夢でも見ているのだろうか。
そうだ、そうに違いない。
そうでなくては、こんな光景は有り得ない。
スコールとサイファーが犬猿の仲だと言うことは、魔女戦争の以前から、ガーデン中で知られている事だった。
実力伯仲の間柄で、共に成績は優秀だが、それぞれ問題児としても有名だった二人。
魔女戦争後もそれは変わらない事で、立場上、指揮官と補佐官兼監視対象として過ごしているが、その割によく口論する場面も目撃されている。
更には互いの愛剣まで持ち出して、訓練施設で本気の斬り合いまで繰り広げる間柄。
そんな二人が、こんな激しくて濃厚な交わりなど、する訳がないではないか。


「んぁ…あ……っ♡は……っ♡」


 ぐるぐると巡る思考を他所に、甘い声はまだ零れている。
肌をぶつけ合う音は止まっていたが、コートの男はまだデスク前から動かなかった。
その陰からはみ出ているのは、くたりと力を失った腕だ。
黒いジャケットの袖と、同じ色をした手袋が見えて、その僅かに肌が覗く手首をサイファーの手が掴む。


「あぁ……抜け、るぅ……っあ……♡」
「締め付けやがって。っとに、やだって言う癖に離さねえんだから、お前は我儘だよな」
「あ、あ……っんむぅ……っ♡」


 サイファーの言葉の後、スコールの声が止まった。
いや、止められたのだろう。
「んむ、んん……っ」とくぐもった吐息とも声ともつかない音が聞こえ、その隙間にぴちゃぴちゃと湿った音がする。
折り重なった二つの影の距離が酷く近く、ぴったりと寄り合っていて、見る者にその理由を悟らせた。


「ん、む……は、ふぅ……、んちゅぅ……っ♡」


 ちゅぷ、ちゅく、と鳴る音が、執務室を支配する。
その間にサイファーが腰を揺らすと、ビクッとスコールの腕が、足が震えたのが見えた。

 サイファーが持ち上げていた足を掴んで下ろした。
折り曲げていた背中も戻して、僅かに体の位置をずらすと、「あふっ……♡」と言う声。
裾の広がるコートの影から、デスクの上にしどけなく横たわる、スコールの躰が一瞬だけ覗いた。

 火照りを宿した白い肌。
汗ばんでいると判るその肌色に目を奪われたかと思ったら、またコートが隠してしまう。
ああ、と悲嘆が胸中を横切った。


「えっ……」


 戸惑う声がコートの向こうから聞こえたかと思うと、


「あぁあんっ!」


 またあの声が上がる。
サイファーはデスクの天板に両手をついて、其処に横たわる人物を覆い隠すように、上から被さっている。
その体の両脇からすらりとした足が伸びていて、サイファーが動き始めると、その動きに合わせてビクッビクッと弾む。


「あっ、ひんっ、あぁっ♡まっ、待って、あぁっ♡」
「待てねえよ」
「やっ、ひんっ♡イ、イったばっかり、なのにっ♡あっ、あっ、あぁっ、あっ♡」


 スコールの声は益々艶を増し、この場所が何処なのかも忘れているかのようだ。
毎日のように席に座り、大量の書類を捌く其処で、スコールは足を開いて覆い被さる男を受け入れている。
その様子が目に見えている訳ではないが、此処まで来て、そんな事はしていない、なんて言える筈もない。


「あっ、あぁっ……!だめ、らめぇ……っ!中、ぜんぶ、擦れて、あひぃっ♡そ、そこっ、ゴツゴツだめっ、ひぃいいんっ♡」


 揺れる足が強張ってピンと張りつめる。
サイファーはその足の膝裏を捕まえると、更に大きく開かせた。
左足首に絡まったままのズボンが引っ掛かったまま垂れて、サイファーの足元に裾を落としているのが見えた。


「奥、奥までぇっ、来てるっ♡んぁあっ♡」
「何が奥まで来てるって?」
「はっ、はひっ♡やぁ、ああんっ♡あひっ、あっ、激ひっ、奥らめっ♡潰れりゅぅうっ♡」


 サイファーがデスクの上に乗り上がって、スコールをいよいよ押し潰さんばかりの強さで上から激しく攻め立てる。
若しもサイファーの着ている服があのロングコートでなければ、結合部が見えていたかも知れない。

 だが、眼には見えなくても、二人の行為の激しさはよく判る。
重い筈のデスクがガタガタ、ぎしぎしと抗議の音を立て、それを掻き消さんばかりのスコールの嬌声が響く。
だめ、だめ、と訴えるスコールの声は呂律が回らなくなっており、サイファーが体を落とす度、あられもない声が上がる。


「んぁっ、おぉっ♡おふっ♡ほぉんっ♡ちんぽ♡サイファーのっ、おっきなちんぽぉっ♡奥来てるよぉおっ♡」


 更には、あのスコールが到底口にしそうにない単語まで。
いよいよこれは現実味から離れて来た、やはりこれは夢なんだ、と確信する。
それにしてはいやにリアルで長い淫夢だが、きっと此処の所ご無沙汰だったからだろう。
そうに違いない。

 そんな思考を他所に、ドアの向こうではまだ淫夢が続いている。
何か籠ったような、濃縮を重ねた蒸留酒のような匂いまでしてきて、頭の芯がくらくらと霞む。


「あっ、あっ、サイファ、んぁあっ♡乳首だめぇっ♡あっ、吸わないで、んひぅぅっ♡」
「っは、良いぞ、もっとまんこ締めろよ…っ!」
「らめ、だめだめ、あぁあっ♡乳首ぃっ♡乳首引っ張ったらっ、そこもイっちゃう、イくの来るぅっ♡おまんこじゅぽじゅぽらめぇえっ!」
「何言ってんだ、好きだろ?カリで奥の方抉られんのが」
「ひぃっ、ひぃいっ、あああっ♡乳首コリコリしながらっ、おまんこの奥ぅっ♡ぐりゅぐりゅしないれぇっ♡また、また乳首っ、ビンビンでっ♡戻らなくなるからぁあっ♡」
「そしたら絆創膏でも貼ってやるよ。っつっても、お前の乳首デカくなったから、それ位じゃあんまり効果もねえんだよなあ?」
「あう、あっ、だかっ、だからぁ…っ♡乳首はだめぇっ♡イく、イく、イくぅっ!乳首とおまんこ、一緒にイくぅううっ♡」


 とても男の声とは思えない、官能に染まった艶やかな声を上げながら、スコールの足が真っ直ぐに伸びて強張った。


「っくあ……!っは、はぁ、はぁっ、っく!」
「あっ、あっ♡あっ♡あっ♡イ、イってる♡イってるからぁっ!動いちゃだめぇえっ♡」


 泣きの入ったスコールの声に構わず、サイファーは攻め続けている。
強張っていた足の爪先が、伸びては丸まってと繰り返していた。


「サイファ、待って、やめて♡おまんこイってる、ビクビクしてるうっ♡」
「良いじゃねえか、イきっぱなしで気持ち良いだろ?」
「らめぇっ、だめぇえっ…!きもひいいのっ、よすぎるのぉおっ♡サイファーのちんぽが、ああっ、熱くてっ、一杯、擦れてぇっ…!頭真っ白になるぅう……っ!」
「そいつは、最高じゃねえかっ!」
「はひぃいんっ♡」


 スコールが訴える度に、サイファーの声も露骨に興奮を増して行く。
そうしてサイファーが余裕をなくして行く程、その律動は激しくなり、スコールの声もまた追い詰められていく。


「あーっ♡あっ、あぁあっ♡サイファー、あふっ、ちんぽだめぇっ♡中で震えてっ、膨らんでるぅうっ…!」
「お前のトロトロまんこが気持ち良くてな……っ!」
「はひっ、ひぃんっ♡」
「っは、また締まったぜ。恥ずかしがってる癖に好き物なんだからよ、お前はっ」
「はうっ、あひっ♡あぁっ♡そんな、お、俺っ、こんな……っ!全部、あんたの、所為でぇえっ♡あおっ、おふっ、おぉんんっ♡」


 スコールの声がくぐもったように僅かに低くなった。
喉の奥から押し出されるような声が続いて、サイファーの呼吸も上がって行く。


「おっ、おんっ♡おぁっ♡サイ、おっ、サイファ、おほぉおっ♡」
「はぁ、はっ、スコール……!こっち向け、」
「おふ、おむぅっ♡んっ、んぅっ、おぅんんんっ♡」


 くぐもった声を溢れさせながら、スコールの足が電気を浴びたようにビクビクと痙攣した。


「んむっ、おむっ、っぷはぁっ♡サイファー、もうっ、無理ぃっ♡もう入らないぃっ♡サイファーのちんぽで、おれのおまんこ、一杯になってるからぁあっ♡」
「なんだよ、もっと奥に欲しいのか?」
「ちがう、そんなこと言って、んヒぃんっ♡おっ、おっ、奥っ、コンコンして♡お腹っ、ジンジンしてるの響くぅうっ♡力抜けるぅううっ♡」
「っく、俺も来る……っ!は、どうする、スコール。中と、外と……っ!」


 問うサイファーの声に、ふえ、と間の抜けた声があった。
まるで問われるなんて思ってもみなかった、と言うような。

 サイファーの動きが止まって、執務室の中は急にしんと静まり返った。
はあ、はあ、とスコールの喘ぐ呼吸音が、妙に大きく聞こえる位の静寂だ。
その間も、スコールの開かれた足はビクッビクッと震えていて、爪先が何かを堪えるように丸まり、


「…っして……中に、出してぇ……っ♡おれのおまんこに、あんたのザーメン、一杯中出ししてぇえ……っ♡♡」


 そんな言葉と共に、スコールの脚がサイファーの腰に絡み付く。
逃がすまいとばかりに確りと捕まえる脚を見て、思わずごくりと唾を飲んだ。

 サイファーの律動が再開して、快楽に染まったスコールの声がまた始まる。
スコールは拙い舌で、覆い被さる男の名前を繰り返し呼んでいた。
男もそれに応じるように、息を詰まらせながら、その手で揺さぶる男の名を囁くように呼んでいる。

 次第に名を呼ぶ余裕もなくなって、二人の荒い呼吸とスコールの喘ぎ声ばかりになって行く。


「あっ♡ひっ、あぁっ♡んぁあっ♡」
「っは、出すぞ、スコール……っ!全部飲めよっ!」
「はひっ、ぜんぶっ♡ぜんぶっ、んんぁあああああっ♡」


 ガタン、とデスクが一つ大きな音を立てた。
いつの間にかサイファーの背には、黒袖と手袋の腕が縋るように回されていて、コートの広い背中に無秩序な皺を作っている。
腰に絡み付いた足も絶えず震え、それでも捕まえた男を放すまいと必死になっているのがよく判った。


「あぁぅうっ♡出てっ、出てるぅうっ!おまんこの中、イってるとこぉっ、熱くて濃いのっ♡どぴゅどぴゅ来てるよぉおおおっ♡」


 スコールの声は、悦びで染まっていた。
覆い被さるサイファーの体は、二度、三度と震えて、その度に縋るスコールの腕や足がビクビクと痙攣する。
その回数の分だけ、スコールがその身に男の欲望を注がれていると言うことだ。

 それからどれ程の時間が流れたか。
淫夢に迷い込んだ頭ではっきりと判る筈もなかったが、二人の呼吸が落ち着いて行くには十分な程の隙間があった。


「あ…あ……っ♡」
「っはぁ……お前、またイきっぱなしだったな」
「んぁ……、ひぃ……」


 サイファーの呟きに、スコールが返す言葉はない。
背中や腰に絡み付いていたスコールの腕は、いつの間にか解けており、力を失くして垂れている。

 サイファーがゆっくりと体を起こしていく間、スコールの力ない声が何度も零れていた。
感じているのだと判るその声が、聞く者の耳から侵入して、脳を弄っている気がする。
その声を聞いた者に、秘めた欲望を解放しろと囁くように。

 くしゃり、と小さな紙の音が手元で鳴ったのはその時だった。
執務室の中からではなく、自分の手元から聞こえたそれに、意識が現実へと帰って来る。
同時に、白いコートが翻ろうとするのを見て、慌ててその場を逃げ出した。




 窓から差し込む光が夕焼けの色に染まる頃、指揮官室に入ってみると、其処にはスコールとキスティスの姿があった。
翌々日に予定されている、ガルバディアガーデンとの合同演習について、最終的な打ち合わせ確認をしていた所らしい。

 合同演習には、ガルバディアガーデンからは成績優秀な生徒が選抜されて参加する一方、バラムガーデンからは一般生徒とSeeDの混合班での実施が計画されている。
参加するSeeDはDランク以上で、かなり参加人数が必要となる為に此処までランク幅を広げたそうだが、其処にも届いていない自分には関わりのない話だ。

 打ち合わせを中断させる形で入室した事を謝罪しつつ、手に持っていた報告書を提出した。
提出期限から一日遅れであったその書類を、スコールもキスティスも一目見て気付いたようだったが、


「反省文ね。それで良いわ」
「……そうだな」


 提出と同時に、自分から提出期限の遅れを申告した正直さに免じて貰うことになって、少しほっとした。
今までは真面目に過ごしていたので、前科がなかった事にも救われたようだ。

 スコールは提出された報告書に目を通すと、確認済のサインをした。
片付けておいてくれ、と差し出された紙をキスティスが受け取り、壁際に設置された本棚のバインダーへと納めに行く。
その間にスコールは自分のデスクに向き直って、打ち合わせ用にと広げていたのであろう、並べられた紙に視線を戻していた。

 いつの間にかシンボルのように定着した額の傷と、其処にカーテンを引くようにかかる濃茶色の前髪。
その前髪の隙間から、伏せ気味に降りた瞼がゆっくりと瞬きを繰り返すのを、じっと見る。


(睫毛、長……)


 ぱち、ぱち、と降りては開けられる度に、その長さがよく判る。
その飾られた瞼の中に何度も隠れる蒼の瞳は、今日も相変わらず冷たい印象を振り撒いていた。
それは誰もが見慣れた蒼色で、これが爛々と輝く瞬間と言うのは、大抵、物騒な刃をその手に握っている時である。
それ以外の時は、眉間に深い皺を刻んで、唇を真一文字に噤んでいるのが、スコールのデフォルトの表情だ。

 じっと見つめる視線に気付いて───いや、デスク前でいつまでも立ち尽くしている男の気配を無視できなくなって、スコールが顔を上げる。


「……まだ何か用か」
「……あ。い、いえ。失礼します」


 眉間の皺を三割増しにしたスコールの言葉を聞いて、はっと我に返る。
慌てて敬礼のポーズを取った後、くるりと踵を返してドアへ向かって歩き出した。

 その扉が外の方から開かれて、金色の髪に白いコートを着た男が現れる。


「……!」


 ドキリとした。
判り易く、心の臓が跳ねた。

 そんな事は露知らず、欠伸を漏らすサイファーに声をかけたのはキスティスだ。


「あら、今日は随分のんびりじゃない」
「昨日の晩にようやく帰れたとこだったんだよ。寝る時間くらい好きにさせろ」
「そう言えばそうだったわね。お疲れ様」


 どうやらサイファーは、昨晩の内に任務から帰って来た所らしい。
何の任務かは自分の知る由ではないが、彼の事だから、恐らく魔物退治の類だろう。
過去の行いによってついて来る肩書は色々とあるが、その実力は並の正SeeDよりも高い為、人手不足を理由に彼はよく駆り出されていた。
多くはエスタ方面へ、“月の涙”により凶暴化した魔物の駆除に派遣されるのだが、移動距離が群を抜いて長く、往復するだけでかなりの時間を要するので、疲れて帰って来た者がしばらく寝て過ごすのは珍しい話ではなかった。


(────じゃあ。じゃあ、昨日のあれは)


 脳裏に浮かぶ、酷く現実離れした、あの光景。
白いコートの男に覆い被さられ、あられもない声を上げていた、あの揺れる脚は、


(やっぱり、夢だ。そうだな、当たり前だ)


 ちらりと後ろにいる人を見て、そう確信する。
きっと報告書を描き終わった後、うっかり安心して寝落ちてしまって、妙な夢を見たのだ。
そうに違いない。

 取り敢えず、早くこの部屋を出よう。
自分の用は済んだのだから、いつまでも立ち尽くしていても、此処で働く人たちの邪魔になるだけだ。

 ───と、改めてドアに向かって歩き出した所を、碧の瞳が捕まえて、


「よう。良い趣味してんな、お前」


 にやりと、口元に笑みを浮かべるサイファーに、心臓が跳ねた。
昨晩、何度なく自覚したのと同じ逸りを覚える胸中を、まるで全て見透かすように、肉食獣のような凶暴さを滲ませた碧が笑う。
その笑みの意味を、言葉の意味を、本能が読み取った。

 失礼します、と頭を下げて、急ぎ足でその場を離れた。
部屋を出る瞬間、「知ってる奴だったのか?」と言うスコールの声と、「いや、別に」と言うサイファーの声が僅かに聞こえた。

 指揮官室から寮まで、息を詰まらせたまま歩いて、気付いた時には走っていた。
まだ使い始めて間もない自室に飛び込んで、鍵をかける。
脳裏に浮かぶ碧の瞳に、生命の危機のようなものを感じたのは、気の所為ではない。
追って来なかったのは何故だろう。
彼と自分の間には、圧倒的な力の差があって、いつでも如何とでも出来るからか。
そう思うと俄かに恐怖が過ぎるが、しかし、それ以上に、


(夢じゃ、ない)


 もう一度、頭の中に浮かぶもの。
ついさっきも思い浮かべた、夢である筈だった光景が、色鮮やかに蘇る。

 小さく開いたドアの隙間の向こうで響く、甘くて蕩けた声と、漂う咽かえるような性の匂い。
肌を激しくぶつけ合う音と、熱を孕んだ息遣い。
淫水音が鳴る度に、細い足が揺さぶりに合わせて弾んで、時に張り詰めてその持ち主の状態を教えてくれた。
紡ぐ言葉は雄を求める雌のもので、聞く者を益々熱に滾らせる。

 はあ、はあ、と息が上がって、下半身が熱くなった。
痛いほどに張り詰めるそれを、衝動のままに抜いたのは、昨日の夜遅くの事だ。
あの淫夢から逃げるように此処まで戻って来て、眠ろうにも興奮し切った体が眠れる筈もなく、ギンギンに滾ったものを夢中で抜いた。
耳にこびりついて離れない、男を求めて已まない声を思い出しながら。


「っう……うぅ……っ!」


 夢だと思いたかったのに、そうすれば忘れる事が出来たかも知れないのに、もう無理だ。
パンツを脱げば、すっかり頭を持ち上げて固くなった自分の一物がある。
それを握って乱暴に扱きながら、頭に思い浮かべるのは、いつも見ていた雑誌に載っていた豊満な体の女性ではなく。

 デスクに落ちる、ダークブラウンの髪。
傭兵と言うにはシルエットの細い肢体を、書類の散らばる天板に縫い付けて、剥き出しにした恥部に自分の欲棒を押し込む。
彼はあられもない声を上げ、蕩けた顔で覆い被さる男の名前を呼んだ。
駄目、と言いながら、雄を咥えた雌口は我儘に締め付けて来て、もっと奥へとねだって離さない。
───けれど、その雌口の感触を、自分は一つとして知らなかった。

大体、蒼の瞳が蕩けて溺れた所だって見た事もないのだ。
それでもきっと、あの肢体が齎してくれる官能は天国なのだと確信して、何度もその奥を突き上げ、抉り、悦を求めて咽び啼く蜜壺をむしゃぶりつくしてやった。


「はぁ…、はあ……っ!指揮官っ…、スコール……っ!スコール!」


 目の前でその名前を呼んだ事など、一度もない。
若しもそんな事をしたら、当人から怪訝な顔をされるだけでなく、本気で生命の危機を考えなくてはならない。
全てを見透かした碧の瞳が、それを否応なく知らしめていた。

 それでも。
それでも呼ばずにいられなくて、勝手に名前を繰り返しながら、いつも冷たく此方を見ている整った顔を、頭の中で一方的に汚していったのだった。





うっかり見てはいけないものを見てしまって、見ちゃいけないと分かっているのに最後まで見てしまった上に、完全に拗らせたモブが書きたかった。

サイファーは任務帰りで昂ってた上、消灯時間も間際なのでもう誰も来ねえよってなったんですね。
スコールも口では止めるけど待ってた所もあったので、そんなに本気で抵抗しない。
そこへ来ちゃったんですね、彼がね。夢中になってたのでサイファーも気付く時まで気付かなかったし、スコールは結局気付かなかったようです。