コンパートリオット・コミュニティ


 G.Fとの契約を果たし、彼等を脳に宿らせる者は、多かれ少なかれ、日常生活の中で、頭の中にノイズを感じ取る事がある。
それはG.Fとの契約により齎されるもので、言ってしまえば自分のものではない異物が其処に場所を作っているから、お互いの意識の相互干渉の影響ではないか、と言われていた。
力の強いG.Fとの契約、多数のG.Fとの契約を交わす事により、このノイズは大きくなる傾向があるが、契約者とG.Fの関係が良好なものであれば、G.Fが平時に出来る限り力を抑えてくれる事も可能である為、日常生活に負担が及ぶことはない筈───と言うのが、今現在、G.Fに関する研究で判明している所だった。

 G.Fとの契約には、G.Fとの信頼関係、または利害の一致のようなものが必要となる他、契約者となる人間の資質が必須となる。
その資質は生まれ持ってのものである事が多く、扱える魔力の過多の他、様々な因子が絡み合っているそうだ。
資質が高い者ほど、強力なG.Fと契約を交わす、或いは複数体との契約を得る事が可能と言われている。
レオンはそれについて類稀なる資質に恵まれたようで、現在、七体とのG.Fとの契約を果たしている。
通常、資質があって二体、稀に三体のG.Fと契約を得るのが限界であるとすれば、レオンのこの契約数は異常と言っても良い位だ。

 レオンの特異な点は、契約数だけではない。
神話の時代から語り継がれたG.Fオーディンや、鉄壁の守護神と呼ばれるアレキサンダーなど、長らくその姿を確認されていたが人間との契約を断固として受諾する事のなかったG.Fが、レオンとは契約を結んだのだ。
また、レオンはミッドガル社に入社する以前から、その身に海竜リヴァイアサンを宿している。
リヴァイアサンについては、いつ契約を結んだのか、レオンも全く覚えていない程で、これとの契約はSEED部門の入社試験を受けた際、身体検査で発覚した事だった。
他にも雷の化身ケツァクウァトルも、レオンの意識に掛からないまま、何年も前から彼の脳内に宿っていたようだ、と言われている。

 G.Fは、その正体については未だ研究の段階にあるが、今現在の総括として“自我を持ったエネルギー生命体”とされている。
自我───意思を持っている訳だから、それぞれの固体に性格や性質と言うものがあり、中にはかなり縄張り意識の強い者もいる。
そうしたG.Fと契約を交わすと、G.Fは契約者を己の一部、或いは半身のように思うのか、宿った脳内を自身の縄張りと認識し、そのエリアを守ろうとする。
これによりG.Fと契約を交わしている者は、精神干渉魔法の類に耐性を得られると言う恩恵があるのだが、複数体のG.Fと契約を交わしている場合、自分の居場所を守ろうと喧嘩が起こると言う事例も少なくなかった。

 G.Fはその体を構成する魔力エネルギーの質が強く表面化している。
レオンが契約している雷の化身ケツァクウァトル、炎の魔人イフリートは分かり易い例だった。
海竜リヴァイアサンも、その呼び名の通り、水の性質を持っている。
この三属性は、魔法属性において三元素と呼ばれる構図にあって、炎は水を嫌い、水は雷を嫌う傾向があった。
相反した属性質を持つG.Fが衝突を起こす事は珍しくない為、G.Fと契約をする者の多くは、出来るだけ最初に契約を得たG.Fの属性に準じて、次の契約を得る。
レオンのパートナーであるクラウドがそうだ。
彼は最初の契約を冥界王ハデスと交わし、次に魔列車グラシャラボラスと契約している。
どちらも闇の属性を色濃く持つG.Fだ。
また、クラウドとG.Fとの間は、どちらも人間嫌いのG.Fが契約を求める者の追従を厭うことから、それらを断ち切る目的で性質の近いクラウドとの契約を許したと言う背景がある。
────契約の理由はそれぞれあるが、ヒトとG.Fの間に為される契約の多くは、契約後に齎されるヒトにとっての不利益な影響を緩和させる為に、そう言う形が多くなるものだった。

 だが、レオンの契約したG.Fは、契約者であるレオンとは勿論、縄張りを共有する他者とも比較的良好な関係にある。
個々の力の差が理由にない訳ではなかったが、かと言ってどれかが委縮している訳でもない。
どちらかと言えばのびのびとしたもので、時折、小競り合いのような事は起こるものの、それがレオンの体調を悪くさせる程の影響にはならなかった。
これがまたレオンの変わった所だ。

 他に、契約者がG.Fを召喚する際、呼びかけから彼等が顕現するまでタイムラグがある。
これは学者の研究によれば、G.Fは“脳に宿る”と言われてはいるものの、それはあくまで自身の縄張りの一つで、平時は現世とは違う別の次元空間に棲んでおり、自分の意思、或いは契約者の呼びかけに応じて、次元を渡って“こちら側”に来ると考えられている。
その為、G.Fにとって人の脳と言うのは、“こちら側”と“あちら側”のゲートとしての役割もあるのではないか、との事だ。
真偽については専門の研究機関でもはっきりとしないが、今の所、その説が強く唱えられている。
こうした説を下にして、G.Fは契約者の呼びかけを聞いてから、ゲートを開き移動するまでの数拍の時間が必要となり、これが顕現へのタイムラグになっているとされている。

 タイムラグの大きさも、契約者によって差がある。
一般的には、契約者の魔力総量が大きい事と、契約者とG.Fの信頼関係、結びつきが強い程、ラグは小さくなる傾向があった。
実際に信頼関係がまだ成り立っていないと、契約者の呼びかけにG.Fが応じないと言う事例も確認されていた。
契約をしてはいても、資質の差によりそもそも召喚が出来ない、と言う者もいるので、全てのG.Fが信頼関係により応えてくれると言う訳ではないのだが、意思を持つエネルギー生命体であるG.Fが、契約者の呼びかけに対し、応じるつもりがあるかないかでも違うのは確かであった。

 レオンはこのタイムラグに関しても、飛び抜けている。
彼は契約したG.Fのほぼ全てを、呼びかけから限りなく間を置かずに顕現させる事が可能となっている。
この為、要人や遺跡調査団の警護の際、テロリストや魔物の奇襲に対し、G.Fでの即時応戦やカウンターが可能だった。
G.Fをそんな戦い方に使う者は見た事がない、と学者が唸る程、レオンの召喚速度は異常なのだ。

 あまりにも異例が重なり過ぎている為、レオンはエスタにあるG.F研究所に協力を依頼され、月に一度の頻度で様々な実験検査を行っている。
これはレオンがSランクSEEDになってからの事で、今年で三年目に入るが、未だにレオンの特異体質の理由は判っていない。
ちらと聞いた話では、レオンの持つ魔力パターンが特殊であるようだが、それが果たしてG.F関連との特異性とイコールとなるかは、はっきりしていなかった。

 理由は色々あるが、G.Fと契約するに当たり、彼等との信頼関係を築くことが一番のメリットに繋がる事は、G.Fと関わる職種に就いている者にとっては広く認識されている。
その信頼関係の形も様々だ。
レオンは純粋に信頼関係を結んでいるが、クラウドの場合は“必要以上には不干渉”である事が互いの信頼を維持している。
この為、クラウドは時々レオンに対し、「G.Fと親しくなるってどうやるんだ」と訊いていた。
訊いた理由は単なる疑問からであって、彼が今以上に自分のG.Fと親しくするつもりはないのだろう。それも判った上で、レオンは「偶には遊び相手をする事かな」と答えた。
それを聞いたクラウドは、冥界王と魔列車の遊び相手をする所を想像して、「俺はやらない方が良い」と言った。

 “G.Fの遊び相手”とはどう言う意味か。
召喚して実際にじゃれ合いでもするのか、と思われそうな言葉だが、召喚は契約者の魔力を消費する為、長時間の維持は難しい。
強力なG.Fほどその影響は大きく、じゃれあっていられる程の長時間の顕現には無理があった。

 だからG.Fとの信頼性を重んじる契約者の多くは、彼等を“こちら側”に呼び出すのではなく、自分が彼等の方に近付く方法を得るようになる。
G.Fは自分の脳内───頭の中に居場所を作っているから、契約者は自分の意識をそちら側に強く傾ける事で、睡眠に近い状態になり、疑似的な夢の中でG.Fと触れ合うのだ。




 日曜日のスコールは少し忙しい。
学業は休みなので時間があるのだが、平日はゆっくり出来ない家事雑事をまとめて片付ける必要がある為、自由時間が其方に奪われる。
平日は難しい掃除に、溜まった洗濯、食事の作り置きの為の買い出しにも行き、市場から帰ってきたら直ぐにキッチンに入る。
面倒な事ではあるが、此処で少しでも仕事を多く片付けておけば、平日の自由な時間が増やせるのだ。
そうやって平日も休日も何かを片付けているので、時々全てを投げ出したくなるが、爆発させる事が苦手なスコールは、面倒だと呟きつつ今日も家事に勤しんでいた。

 昼食を終えて二人分の食器を片付ける音がキッチンに反響している。
今朝仕込んで置いたベーコンと野菜のスープが上手く出来ていたので、スコールは少し機嫌が良かった。
これならティーダも食べるだろう、と夕飯には来るだろう幼馴染の顔を思い浮かべつつ、洗い終わった食器を拭いて、棚の定位置に片付ける。


(スープとそれから……偶には揚げ物をするか。貰った芋を消費したい。明日はジェクトも帰って来るし、レオンは一応、明日も休みだし、少し位多くても平気だろう)


 幼馴染とその父親の健啖家振りを思えば、それでも足りないかも知れない。
其方の二人には、健康の為にも、足りない分は野菜を多めに食べて貰うとしよう。

 洗い物を終えたスコールは、濡れた手をハンドタオルで拭き取った後、窓の向こうに見える庭を覗いた。
はたはたと心地良く翻る白いシーツを見て、次は洗濯物の取り込みだと方向転換した。

 キッチンを出たスコールは、ふと窓辺のテーブルに座っている人物───レオンを見た。


(……寝てる?)


 椅子に深く座り、腕を組んで、背中を丸めている兄。
窓から差し込む午後の柔らかな光の中で、彼は瞼を閉じていた。

 レオンが居眠りなんて珍しい。
そう思ったスコールだったが、彼は昨日まで、トラビア大陸で魔物相手に忙しくしていた。
ただでさえ寒い場所で、吹雪にも見舞われたと言うし、仕事で仕方がないとは言え、疲れていない訳がない。
数少ないSランクSEEDとして様々な仕事が毎日のように宛がわれるレオンにとって、今日明日はようやく訪れた休みなのだ。
ベッドに入る程でなくとも、居眠りくらいはしたくなるだろう。

 スコールは出来るだけ大きな音を立てないように、そっと移動して、玄関から外に出た。
庭に設置した物干し竿に駆け寄ると、はためくタオルケットを取り、軽く叩いて皺を伸ばす。
ちょっとした誘惑に負けて、布地に顔を近付けると、柔軟剤の香りだろう、ふんわりと柔らかな匂いがした。

 スコールはタオルケットを手に家へと戻ると、またそうっと玄関のドアを開閉する。
レオンは変わらない場所で目を閉じており、スコールは足音を立てないように気を付けながら、兄の傍へと近付いた。


(……起きない。やっぱり疲れてるんだな)


 すぅ、すぅ、と規則正しい、小さな呼吸音が聞こえる。
そんな距離までスコールが近付いても、レオンは目を開ける様子がなかった。

 スコールは持って帰って来たばかりのタオルケットを広げ、そっとレオンの肩に被せる。
それだけだと布が滑り落ちてしまいそうだったので、起きるなよ、と願いつつ、布の端を寄せて、レオンの躰を包んでやった。


(……よし)


 起きなかった、と安堵しつつ、目的を果たして、スコールは満足げに口端を上げる。

 するべき事が出来たので、またスコールの機嫌は少し良くなった。
ととっと玄関に戻って行く足取りは軽い。
ドアを開けて、慣れた筈の吹き抜けた潮風も、今日は随分と心地良く感じられた。



 朝起きた時から、頭の奥に小さなノイズがちらついていた。
それ自体は特に珍しいものでもなければ、どうしても気になる程に酷かった訳でもない。
いつも通りと思えばいつも通りである。
けれども、そう言えばしばらく遊んでいないな、と思った。

 弟が用意してくれた昼食を終えた後、片付けを手伝うと言ったら、「偶の休みなんだからちゃんと休め」と言われてしまった。
レオンにしてみれば、スコールの方こそ、平日も休日も忙しくしているように見える。
自分がガーデンに通っていた頃、妹と家事を分担し、弟達も次第に手伝うことを覚えていったとは言え、それなりに大変だった事をレオンは覚えていた。
だから偶の休み位、スコールが休めるように家事を引き受けたいと思っているのだが、弟の方が中々許してくれない。
結局、今日は諦める事にした。
代わりに明日は自分がやろう、とひっそり心に決めつつ、レオンは役目を終えた食卓の席に戻った。

 する予定の事がなくなったので、どうしようかと考えていたら、またノイズが聞こえた。
それがレオンの琴線を引いて、彼等にも世話になっているし、労いを伝えようと思って、眼を閉じた。

 ゆっくり、ゆっくり、意識が奥深くに沈んで行く。
それは微睡にも似た感覚だったが、レオンの意識は明瞭していた。
重力の少ない場所を浮かびながら落ちているような、ティーダやジェクトが親しんでいるスフィアプールの中と言うのは、こう言う感覚なのだろうか。
そんな事を考えている間に、落ち続けていた足が、とすん、と地面らしきものを踏んだ。

 閉じていた目を開けると、其処には棲んだ暗闇が広がっている。
しかし、暗いとは感じない。
足元には道のようなものが薄らと見えていて、レオンは一歩を踏み出した。
こつん、と踵が硬いものを踏んだ感触があって、二歩目、三歩目と歩き続けて行く内に、道の形が段々と明瞭になって行く。

 真っ直ぐに伸びる道を歩き続けていると、キュルル、と言う鳴き声が聞こえた。
歩きながら頭上後ろを見上げてみると、翡翠色の翼を持った蛇のような生き物が後をついて来ている。
レオンがそっと右腕を掲げると、生き物───雷獣ケツァクウァトルは頭をぐっと下ろして、レオンの手に顎を乗せた。


「お前はいつも一番に来てくれるな」


 レオンが言うと、キュゥイ、と鳴き声が答える。
ケツァクウァトルの頭部と思しき場所には、眼も口もないのだが、それでもレオンは表情が判る気がした。
喉元をくすぐってやれば、尾びれに似た形をした尾が嬉しそうに揺れる。

 そのまま歩き続けていると、ざあ、ざあ、と潮騒の音が聞こえて来た。
家は海沿いの道の傍に建っているので、室内で過ごしていても時折その気配を感じるのだが、今聞こえる音は、それよりもずっと近い。
その内に固い音を立てていた足元が、僅かに沈む感触を踏むようになった。
じゃり、ざり、と細かな砂土を踏む感覚に変わって間もなく、いつの間にか、直ぐ傍に海原が広がっていた。

 真っ暗闇の中に浮かび上がるように広がる海岸。
レオンが其処をのんびりと歩いていると、遠くから「バウッ!」と大型犬の鳴き声が聞こえた。
前を見れば、ざしゃっ、ざしゃっ、ざしゃっ、と砂を強く踏み走る、四つ足の音。
レオンが足を止めると、背を追うように飛んでいたケツァクウァトルがひらりと高度を上げた。

 海岸の向こうから、レオン目掛けて大きな影が走って来る。
それは体高が2メートルから3メートル、動物らしい四つ足を弾むように動かしながら、三股に分かれた頭を揺らしている。
ぶんぶんと振られる尻尾は二つに分かれ、何も知識を持たずに見れば、異形の動物に見えただろう。
ケルベロス───レオンが契約を交わしている、地獄の番犬の異名を持つ、G.Fであった。

 ケルベロスはレオンの下まであと数メートルの所で、強く地面を蹴って跳んだ。
三つの首が大きく口を開けてレオンに迫る。
レオンが両手を拡げてやれば、どすん、と砂埃を舞い上げながらケルベロスが目の前に着地した。
その振動にレオンが後ろへと倒れ込むと、真ん中の頭がぐわっと近付いて来る。
そして、犬が飼い主にじゃれつくように、ぐりぐりとその大きな額をレオンの頬に押し付けた。


「よしよし、いい子だ。ほら、喧嘩するな。ちゃんと皆撫でてやるから」


 左右の頭が、レオンにじゃれつく真ん中の頭を、押し退けようと鼻面を頬にぶつけている。
真ん中の頭は譲るものかとばかりに、レオンの頬を濡れた鼻でずりずりと擦った。
レオンはそれを受け止めつつ、両腕を伸ばして、左右の頭の顎舌を擽ってやる。

 真ん中の頭が少し退いてくれたので、レオンは起き上がり、三頭を順番に撫でる。
一頭を撫でていると、僕も僕も、と言わんばかりにレオンの手を浚おうとするので、いつもキリがない。
その様子が、一見すると強面な顔や、“地獄の番犬”の異名に反して、甘えたい盛りの仔犬のようで、レオンは気に入っていた。


「さて、何をして遊ぶ?」


 あやしながらレオンが訊いてみると、右の頭が首を空へと向ける。
薄く開けた口の先に、小さな魔力の渦が生まれ、氷の球が成形された。
ケルベロスは大きな牙で壊さないようにそれを噛み、レオンの前に持ってくる。
レオンはそれを受け取ると、うん、と頷いた。

 カチカチに冷たい氷のボールは、大きさはブリッツボールに使うものと同じ位。
冷気をまとうそれは普通に持っていると冷たい筈なのだが、レオンは特に苦には感じなかった。
ぽんぽん、とその感触を確かめるように手の中で弾ませていると、ケルベロスはじりじりとレオンから後ずさりして離れて行く。
三頭の頭が一様にふんふんと鼻息を荒くしていた。


「行くぞ」


 ボールをケルベロスに見せて、レオンは腕を振り被った。
遠く続く砂浜の向こうに向かって、レオンは目一杯力を入れて腕を投げる。
風を切ったボールが大きく弧を描きながら飛んでいくと同時に、ケルベロスが走り出した。

 地面に落ちる前のボール目掛けてジャンプして、三頭が首を伸ばす。
一つ高い位置にある真ん中の頭が、一足先にボールに届いた。
はくっと大きな口がボールを捕まえ、大きな体でブレーキをかけ、ぐるぅんっと方向転換。
ざんざんと砂浜を踏みながら、尻尾を振って駆け戻って来るケルベロスを、レオンは迎え入れた。


「上手い上手い。さあ、もう一回だ」


 真ん中の頭を撫でてやり、手を差し出したレオンにボールを返して、ケルベロスはくるんとまた方向転換。
レオンはもう一度、大きく腕を振って、ボールを投げた。
バウバウ、と吠えながらケルベロスは駆け出し、ボールの軌跡を追っていく。

 ケルベロスは三つ頸の魔獣で、その三つ全てにそれぞれ別の意思がある。
故に姿通り三位一体のG.Fである為、交わす契約は一つでも、固体としては三体として考える事も出来た。
だからなのか、レオンがよく見る三頭は互いに張り合っていて、こうしたボール遊び一つでも、先を争い合っている。
遊んでいる時は尚更で、ボールを持って帰ればレオンに撫でて貰えるから、今度は自分が、今度も自分が、と競い合う。

 ケルベロスが戻ってくると、今度は右の頭がボールを咥えていた。
左の頭が心底悔しそうに他の二頭を睨んでいる。
レオンがボールを返して貰い、右の頭を撫でていると、左の頭が自分も自分も、鼻先をレオンの体に擦り付けた。


「判った判った。よしよし、お前も頑張ってるな。さあ、行くぞ」


 今度は頑張れよ、と発破を駆けつつ、レオンは少しだけ贔屓目にボールを投げた。
興奮もあり、喜びもあり、悔しさもあり、三頭それぞれにボール目掛けて首を伸ばしながら、大きな体が駆けていく。

 一際遠くまで投げたボールを咥えて戻って来たのは、悔しがっていた左の頭だった。
見て見て、と鼻息を鳴らしながらボールを差し出すケルベロスに、レオンはくすくすと笑いながら、大きな額を撫でる。


「よく出来たな。っと、う、お、」


 褒めて撫でてやっていたレオンの腹を、左の頭がぐぅっと押した。
蹈鞴を踏んだレオンが尻餅を付くと、べろぉ、と大きな舌がレオンの顔を舐める。


「う、ぷ。ちょっと、待て、んっ。ふ、ふふ」


 砂浜に倒れ込んだレオンの顔を、三頭が代わる代わるに舐めて来る。
大きな舌は、一舐めするだけでレオンの顔を覆ってくれるのだが、それが何度も何度も襲ってくる。
息がし辛い、とレオンは思うのだが、ハッハッハッ、と聞こえる犬の呼吸は楽しくて高揚しているものだから、無碍にする気にもならなかった。

 こうなると気が済むまで離してくれないので、レオンは程なく、五体投地でケルベロスの好きにさせてやる。
その内ケルベロスは、レオンの顔を舐めるだけでなく、体のあちこちに鼻先を寄せてはぺろりと舐める。
恐らく、毛繕いのようなもので、彼等にとってはこれも信頼の証なのだろう。
レオンは時折、腕を伸ばして彼等の鼻先や顎の下をくすぐりながら、彼等の情を受け入れていた。

 キュゥイ、と言う鳴き声を聞いて、レオンが聞こえた方へと目を向けると、じぃっと此方を見下ろしている雷獣がいる。
レオンにはその時の鳴き声が、良いなあ、と言っているように聞こえた。

 ケツァクウァトルはその姿形から、ボールを咥える事は出来ない。
口が形として創られていないので、ケルベロスのようにレオンを舐めて毛繕いする事も出来なかった。
そんなケツァクウァトルに、レオンはくすりと眉尻を下げて笑みを零し、まだじゃれたがるケルベロスを宥めながら起き上がる。


「おいで」


 レオンが両腕を広げてそう言うと、ケツァクウァトルはゆっくりと飛ぶ高さを下げて行く。
鳥が翼を休めるように、ケツァクウァトルが砂浜に下りる。
ケツァクウァトルには動物の鳥のように足がないので、腹を直接地面に下ろしている状態だった。

 レオンがケツァクウァトルの前に来ると、蛇のように長い首を持った頭が下がって来る。
レオンはその頬を両手で包んで、鼻先に頬を寄せた。
キュルルル、と高く小さな鳴き声が零れる。


「お前にはいつも感謝しているよ。ずっと昔から俺に付き合ってくれてるんだから」


 囁いたレオンに、ケツァクウァトルの尾が僅かに揺れる。

 レオンとケツァクウァトルの付き合いは長い。
レオンがこのG.Fと出逢ったのは、まだ彼がバラムガーデンの学生であった頃だ。
当時、ガーデンの七不思議の一つに、訓練施設のある一角に謎の光が現れる、と言う物があった。
肝試し感覚でその正体を確かめに行こう、と言う級友たちに連れられて行った場所で、レオンはケツァクウァトルと出遭うことになる。
その時は何が何だか───と言う内に、ケツァクウァトルはレオンの脳内に入り込み、それから長い間、ひっそりと隠れ過ごしていた。
その後ケツァクウァトルが再びレオンの前に姿を現したのは、レオンがミッドガル社に就職した後のことだ。
自覚のないままとは言え、レオンがケツァクウァトルを宿したのが十七か十八の頃であったと思うと、既にこの付き合いは七年もの月日を数えている事になる。
そんなにも長く自分の事を気に入ってくれて、力を貸してくれる存在を、レオンは有り難く思っていた。

 ケツァクウァトルの顔を摩るように撫でていると、つんつん、とレオンの後頭部を押すものがある。
振り返れば予想通り、拗ねた顔をした頭が三つ。


「まだ足りないか?」


 レオンが苦笑しながら言えば、全然足りない、と三頭の頭がレオンの背中に押し付けられる。
判ったよ、とレオンは笑いながら、ケルベロスとケツァクウァトルの頭を代わる代わるに撫でた。

 ギィン……と金属が擦れるような音を聞いて、レオンは二体を撫でる手を続けながら、音のした方向を見る。
海を背にする形でレオンが体の向きを変えると、視線の先には大きな鉄城が聳えていた。
鉄壁の要塞アレキサンダー───一見すると無機な砦のように見えるそれも、G.Fである。


「調子はどうだ、アレキサンダー」


 レオンが声をかけると、高い位置にある頂きの塔に、小さな光が二つ浮かび上がった。
光は、人が瞬きをするように、一回、二回と明滅した後、ゆっくりと消えていく。
言葉はないが、それでレオンには十分だった。

 巨大な要塞が見守る下で、レオンは歩き出す。
ケツァクウァトルがゆっくりと舞い上がり、レオンの後をついて行く。
ケルベロスも尻尾を振り、頭を上下に揺らしながら、散歩を楽しむようにレオンの隣を歩いた。

 ボール遊びで刻まれたケルベロスの足跡を踏みながら、大きいな、と思う。
けれども足跡の形はしっかりとした肉球になっていて、可愛い、とも思う。
砂浜にはしっかりと巨大な爪痕も残されており、契約する前にはそれと戦った事も覚えているレオンだが、契約してからはすっかり懐かれてしまったので、その恐ろしさも今は遠いものになってしまった。
爪の痕を見て今思うのは、頼もしい味方になったな、と言うことだ。

 何処まで続くかも知れない砂浜を歩いていると、ゆらゆらと揺らめく陽炎が見えた。
程無くそれは明確な形を形成し、角を生やした魔人の姿へと変わる。
レオンは、自分の体に空気のように触れている魔力が、僅かに熱を持ったのを感じ取った。
炎の魔人と呼ばれるイフリートが齎す影響だ。

 そのイフリートの隣に、馬に乗った鎧姿の武人が立っている。
重厚な鎧兜に身を包んだ武人は、緋色を纏った眼で、じっとレオンを見詰めていた。
武人を乗せた馬は、一見すると普通の白馬に見えたが、よくよく見ると足が一対多い。
それがケルベロス同様、普通の動物の馬とは違う存在である事の証明であった。
鎧の武人は古の剣豪と呼ばれるオーディン、そしてその愛馬スレイプニル───彼等は二体で一つの契約を為す、此方も二位一体のG.Fである。

 イフリートが背中を丸めた低い姿勢でゆっくりとレオンに近付く。
レオンの方からも距離を近付けて行き、あと少しで触れると言う距離まで来た所で、レオンは足を止めた。
じい、と見下ろす強面を見詰め返しながら、レオンは両の手に炎を生み出す。
左右の手を合わせて炎の熱が増すと、呼応するようにイフリートの全身に魔力の渦が集まり、炎の形を作り出す。

 レオンの炎と、イフリートの熱が共鳴し合い、膨らんで行く。
やがてレオンの炎は火の粉となり、すう、と呼吸したイフリートの体へと吸収されて行った。
宿主の魔力をその身に得たイフリートの口端が、微かに緩むのをレオンは見ていた。

 がしゃり、と音を立てて、オーディンが愛馬から降りる。
それを見たレオンは、まだ熱の火照りを残す体を宥めつつ、オーディンとスレイプニルの下へと近付いた。


「借りても?」


 スレイプニルの体を撫でながらレオンが言うと、オーディンは静かな目を向けた後、ゆっくりと踵を返した。
離れて行くオーディンの背に、ありがとう、とレオンは言った。

 剣豪オーディンは、姿こそ普通の人間に近しいものであるが、その体は屈強なものだった。
G.Fに体重などと言うものが存在するのかは知らないが、身に付けた鎧具足を含め、相当な重さになるのは間違いない。
そのオーディンの愛馬として、彼を乗せ続ける事が出来るスレイプニルもまた、普通の馬とは思えない程に大きな体をしていた。
全体を見た体高こそケルベロスには届かないが、鞍を乗せた位置が普通の馬よりも遥かに高い。
レオンがその背に上ると、平時は勿論、チョコボに乗った時よりも高い目線になるのが新鮮だった。


「相変わらず大きいな。全然世界が違って見える」


 スレイプニルの鬣を撫でながら呟くと、ブルルッ、と鳴き声が答える。


「よしよし。走るか?」


 レオンが言うと、スレイプニルが鼻を鳴らす。
くすりとレオンは笑みを零し、手綱を握って背中を軽く蹴った。
トットットッ、とスレイプニルが歩き出し、砂浜に蹄の痕が刻まれていく。

 レオンが馬に乗る機会は少ないが、皆無と言う訳でもない。
バラムに馬はいないし、牧場が開けるほど広い土地が確保できるような島でもないので、触れる機会は先ずなかった。
バラムでなくとも、機械の普及が広い国では、車や電車が主な移動手段となる。
大陸特有の条件で、イヴァリースでは車類の普及は難しかったが、代わりに空を飛ぶ飛空艇が発展し、陸路の移動には昔から変わらずチョコボが主流となっている。
スピラ大陸では、大陸全土で信仰されている宗教が機会を禁止している為、此方も長距離の移動はチョコボが主となっていた。
このように、移動手段なら車、それが出来ないならチョコボと言うのが定説となっているが、一部には馬を愛用する者もいる。
特に、イヴァリース大陸に在る、現在アルケイディア帝国の占領下となっているナブラディア王国では、チョコボよりも馬を主流とした移動・運搬方法が取られている。
現在はアルケイディア帝国の統治下にあること、またアルケイディア帝国とダルマスカ王国の戦争により、地理的に戦の真っ只中にある為、長らく異邦人が訪れる事は忌避されているが、平和な頃は馬の騎乗を目的とした旅行者もあった程だ。
他にも、広けた場所と自然資源が豊富な地域では、馬牧場を経営している所もある。
レオンは仕事柄、そうした場所に訪れる事も多い為、馬との接する機会には恵まれている方だった。

 チョコボが二足歩行の鳥類であること、馬が四足歩行の哺乳類である事など、理由はあるのだろうが、レオンの体感として、馬に乗るのはチョコボに比べると安定感がある。
賢さはどちらが上と言うこともなく、騎乗主の指示をしっかりと聞いてくれる。
レオンが接した馬の中には、中々に気性の荒いものもいたりはしたが、それは馬に限った事ではない。
そんな経験の中で乗るスレイプニルの背は、非常に安定していて、心地良いものだった。


(スコールやティーダにも乗せてやれたら良いんだが。普通の動物とも違うし、G.Fだし、難しい事だな)


 脳裏に過ぎる家族に、この楽しさ、心地良さを伝えたい。
言葉にするには難しいから、実際に体験させてやる事が出来れば一番なのだが、普通の馬ならともかく、此処にいるのは皆G.Fだ。
契約者のレオンであるから、こうした深いコミュニケーションが可能なのであって、まだG.Fに触れた事もないであろう弟達には、簡単な話ではないだろう。

 もう少しG.Fの研究が進めば、或いは、若しかしたら───と夢のようなことを考えて言うと、ドッ、ドッ、ドッ、と砂を強く踏み蹴る音がした。
のんびりと散歩をしていたスレイプニルの横を、四つ足の構えでイフリートが駆け抜けていく。
それを追ってケルベロスも走り、レオンとスレイプニルを追い越した。
それを見たスレイプニルの耳が、ピンッと立ったのを見て、レオンもその感情を読み取る。


「行くぞ、スレイプニル!」


 声を大きくして、レオンはスレイプニルの背を蹴った。
待っていたとばかりに、スレイプニルが嘶きを上げて強く地面を蹴り、飛び出すように加速する。

 スレイプニルの走る足音を聞いて、ケルベロスの一頭が此方を振り返った。
バオウッ、と来たぞと吠える。
ケルベロスの足が更に強く地面を踏み、砂土を蹴り上げながら走る速度を上げた。
気配を感じ取ったか、イフリートも姿勢を低くし、風の抵抗力を下げて走る。
イフリートが強く踏んだ砂浜に火が生まれ、彼の奔る軌跡が焦げ跡になって続いて行く。
キュゥーイ!と高い鳴き声にレオンが顔を上げれば、頭上を覆うように翡翠色の翼が大きく羽ばたいている。

 この海岸に果てはない。
終わりを作れば終わるのだろうが、レオンはそれを意識していなかった。
広く遠く、何処までも続く砂浜を、四頭のG.Fと青年が走り行くのを、要塞の眼が細く眩しそうに見つめていた。



 普通の肉体とは違う生命エネルギー体と言えど、疲労を感じない訳ではないらしい。
走りに走って、飛びに飛んで、徒競走はようやく終わった。
スレイプニルの背に乗っていたレオンは、自分の足で走るよりは疲れていないが、全速力で走る馬の背に乗り続けるのも中々力のいる事だ。
満足したスレイプニルが足を止めた時には、レオンもそれなりの汗を掻き、手綱を握り続けていた手も少し疲れていた。

 レオンが鞍から下りて、ぽんぽんとその背中を撫でた後、スレイプニルは本来の主君の下へと戻って行く。
オーディンはそれを一つ大きな岩場の上に座して待っていた。
レオンは、戻って来たスレイプニルをオーディンが見遣り、その足元にスレイプニルが腰を下ろすのを見届けた後、


「ふー……」


 天上を仰いで長い呼吸を一つ。
それから辺りを見回すと、ケツァクウァトルとケルベロスがそれぞれ砂浜に丸くなっているのを見付ける。
アレキサンダーは最初に現れた時と変わらない場所で佇んでいた。
イフリートは、ともう一度首を巡らせてみると、寄せては返す波の向こう、突き立つ岩の天辺に背を丸めてじっとしていた。
そのイフリートの向こうから、ざあああ、と一つ波が寄せると同時に、水面が大きく持ち上がり、水のカーテンを抜けて海竜───リヴァイアサンが姿を現した。

 レオンが白波に足を踏み入れる。
今の時期はまだ水は冷たいものであるが、ここにある波は不思議と柔らかな温度をレオンに与えてくれた。
イフリートがいるからなのか、リヴァイアサンの恩恵か、レオンには判らないが、お陰でこの水の中に入る事にいつだって躊躇は必要なかった。

 レオンが膝の深さまで海に入ると、リヴァイアサンが長い体をゆっくりと伸ばして泳いでくる。
程なく浜の直ぐ手前まで来たリヴァイアサンは、頭を垂れるようにレオンの下へと降ろして行った。


「お前はいつも最後に来るんだな」


 そう言って、レオンはリヴァイアサンの鼻先に触れる。
その感触に、リヴァイアサンの双眸が細められた。

 G.Fと関係の長いレオンであるが、その中で最も長いのがリヴァイアサンである。
レオンは、この海竜と自分がいつ出逢ったのかを覚えていなかった。
深く記憶を探れば、何度かその恩恵に与ったのであろう出来事は思い出す事が出来るのだが、当時はそれがそう言った理由にあるとは思っておらず、奇跡のように感じていた。
レオンがリヴァイアサンの存在を明確に知ったのは、ケツァルクァトルと同様、ミッドガル社で行った検査によるものだ。
それからは自分を最も長く見守り続けている守護者として、畏敬の念をもって接している。

 レオンが両手を伸ばすと、リヴァイアサンはその手にゆっくりと顎を乗せた。
口を開ければレオンを一飲みにもしてしまえる程の大きさだ。
口の隙間から僅かに覗く牙は、鋭く大きく、ジオスゲイノも簡単に噛み砕いてしまえるだろう。
だが、リヴァイアサンの力と言うのはそう言った物理的なものではなく、大海を操る力だ。
大波、湿気、時には渦竜巻さえも生み出す、自然界を操る膨大な魔力を有している。
その力は暴走すれば天災を引き起こすもので、故にリヴァイアサンは神話の時代より、海竜、海王、海の神とすら呼ばれていたのである。

 リヴァイアサンがまたゆっくりと頭を動かし、レオンの前に額を差し出す。
その意をレオンはしばし考えた後、


「乗っても良いのか?」


 確かめに訊ねてみると、宝石のような光を宿した瞳がレオンを見た。
珍しい事だとレオンは小さく笑みを零して、頭に映えている角をそっと握って、濡れた足を持ち上げる。

 角と鰭のある鶏冠に捕まったレオンを乗せて、リヴァイアサンが頭を持ち上げた。
レオンの視界がぐんぐん高くなり、砂浜の向こうで此方を見ているアレクサンダーと、近い高さで目が合う。
レオンがひらりと手を振ると、アレクサンダーの両目の光がゆっくりと明滅した。

 レオンを頭に乗せて、リヴァイアサンは広い海を悠然と泳ぐ。
レオンは落ちないように気を付けながら、リヴァイアサンの頭の上に座った。
スレイプニルの背に乗っていた時とも、チョコボに乗るのとも違う、船の上に似た少し不安定さのある浮遊感。
昔、妹弟たちと一緒に海に遊びに行った時、ゴムボートの上で揺蕩っていた時と似ている気がする。


(そう言えば、あの時───)


 レオンの脳裏に、いつかの海での事件が蘇る。
遊んでいる内にゴムボートがひっくり返り、突然海に放り出され、パニックになった妹弟を、レオンは必死で救助した。
あの時、一歩遅ければ誰かを失っていたかも知れなかったが、幸いにもレオンは三人を無事に助ける事が出来た。


(……あの時から、お前は俺の中にいて、俺を助けてくれたんだな)


 まだ何も知らず、力の何たるかも分からなかった頃。
ただ家族を助けたくて守りたくて、死に物狂いだったレオンに、ほんの一匙、その力を分け与えてくれたもの。
既に十年も前の話だから、聊か記憶が曖昧な所もあるが、あの時確かに、レオンは自分ではない“何か”に助けられた事を感じていた。

 レオンはそっと、リヴァイアサンの額を撫でた。
リヴァイアサンが泳ぐのを止めて、群青色の瞳がぐっと上へ向けられる。
自分を見ているのだと判って、レオンがもう一度額を撫でると、フルルル、と鼻を鳴らす声が聞こえた。

 やがてリヴァイアサンはレオンを陸へと帰すと、自身もまた海へと帰って行った。
大きくうねり泳ぐ躰が波の間に幾つも橋を作っては流れて行き、尾鰭が水面を叩いて飛沫を上げる。
その姿の全てが深く深く海へ潜り、見えなくなるのを見届けて、レオンは白波の打ち寄せる浜の上に倒れ込んだ。

 目を閉じ、ゆっくりと大きく呼吸する。
遠くない場所に散らばっているG.Fたちの気配が、レオンの意識の中で、柔らかな光になっているのが感じられた。



 レオンが目を開けると、ぽかぽかと暖かかった。
少し乾燥した目元を擦りながら、固まりかけていた背中を持ち上げ起こすと、するりと柔らかな布地が肩から滑り落ちる。
おや、と思って視線を落とせば、干したてのタオルケットがレオンの体を包んでいた。

 キィ、と言う音にレオンが振り返ると、玄関扉が開いた所だった。
潜って入って来たのは、買い物袋を持った弟だ。


「お帰り、スコール」


 買い物から帰って来た所だろうと声をかけると、スコールは顔を上げて、


「ただいま。あんた、今起きたのか」
「ああ」


 まだ少し眩しそうに目を細めるレオンに、スコールは珍しいなと言った。
何の事かと思ったが、時計を見てレオンも納得する。


「結構寝ていたようだな」
「疲れてたんだろ。今日は早く寝ろよ」
「もう大丈夫だ。十分休んだしな」
「昼寝なんて仮眠みたいなものだろ。寝落ちてたような感じだったし。ベッドでちゃんと、しっかり寝ろって言ってるんだ」


 叱る弟に、レオンは眉尻を下げつつ、尤もだと頷く。

 スコールがキッチンに入り、レオンが畳んだタオルケットをソファに置き、弟の後を追ってみると、彼は早速夕飯の仕込みを始めていた。
冷蔵庫から取り出した芋を洗っているのを眺めていると、蒼の瞳が此方を見る。


「なんだ?」
「いや、暇だからな。何か手伝える事はないかと思って」
「……」


 レオンの言葉に、スコールは一つ溜息を零す。
ない、と言いそうになったのを堪えたのか、やれやれと言う気持ちの表れか。


「晩飯、天麩羅にするんだ。海老を買って来たから、処理しておいてくれ」
「判った」


 冷蔵庫に入れた、と言う海老を早速取り出して、レオンは弟と並んでキッチンに立った。
レオンがSランクSEEDになって以来、こう言う事が出来る機会も随分と減った。
だから、休んで欲しいと言う弟の気持ちは有り難くも、レオンはこうして並んで過ごせる時間を大事にしたいと思う。


「ティーダはもう少ししたら来るかな」
「多分」
「ジェクトは……明日か」
「ん」
「明日の分も揚げておくんだろう?結構な数になるな」
「ん」
「ちゃんと野菜も食べさせないとな」
「無理やりでも食わせる」


 隣家の幼馴染の父子を含め、現在、うちの食卓を預かっているのは、事実上スコールである。
そのスコールが食べろと言ったら、基本的に食べさせて貰う側に拒否権はない。
食べなきゃ天麩羅も取り上げる、と言うスコールに、厳しいなとレオンは笑った。

 今朝から折々に感じていた頭の中のノイズは、すっかり静かになっている。
遊び疲れて寝る、なんてことがG.Fにも通じるのかはレオンにも判らなかったが、彼らが満足してくれているなら良いと思った。




平和な時のレオンとG.F達。オフ本では戦闘中か実験検査中ばかりだったので、平時ののんびりしてる時の彼等とレオンの様子も一回書いてみたかった。

基本的に彼等はレオンを気に入っている為、コミュニケーションをするのも嫌いません。
アレキサンダーとオーディンは眺めているだけですが、それはそれでレオンを気に入っていると言う表れです。

G.Fに年齢と言う概念はあまりないけど、いつからG.Fとして存在していたか、と言う年数で差は結構あります。
レオンが契約しているG.Fの内、一番古くから存在しているのがリヴァイアサン、オーディンとスレイプニル(神話の時代から記録がある)。
アレキサンダーは神話から現代史に移り変わる当たりから、現代史になるとイフリートのように自然界から発生したエネルギーによって生まれたものや、魔物・魔獣・動物が転生したものが増えて来る。
ケルベロスやケツァクウァトルはかなり若い方です。なので割とよく焼きもちもする(ケルベロスは自分の頭と喧嘩をする)。でもレオンの資質もあり、不定期だけどこうしてじゃれ合いもしているし、G.F側もレオンに負担をかけたい訳ではないので、皆仲良く過ごしています。