ファストブランド・アンバサダー


 ミッドガル社は世界的に有名なセキュリティ会社であるが、その事業はセキュリティ業務だけではなく、多岐の分野に広がっている。

 まず代表的なものとしては、危険度S級の魔物退治や、過酷な環境での遺跡調査などを警護する、特殊SP”SEED”部門の人材は勿論、一般的なセキュリティ会社と同じ業務を担当するセキュリティ部門。
これらに所属する社員が使用する武器の開発も行っており、メジャーな銃や刀剣の他にも、手甲やグローブと言ったナックル系、魔法を主とする者はそのブースターとなる物を製造する事を担当している、兵器開発部門がある。
兵器開発部門には、個人が使う武器の他、大型駆動の二足歩行、多足歩行、据え置きの設置兵器、船や飛空艇に搭載する装備を研究している課もある。
武器兵器を開発、研究する為には、様々な資材が必要となり、これを調達する為の部門もあるし、調達できる場所を探す為の部門もあった。
また、危険な任務を引き受ける事も多い為、医療部門も専用フロアを三つ使って整えられており、バラム島と言う小さな島国にあって、世界一級レベルの医療器材が揃っている。
また、世界的に有名な大手会社であり、活動地域がほぼ世界全体に渡る事から、任務の際に各国で起こり得る法的な問題への対処などを担当している部門もあった。

 此処まではセキュリティ会社として、寄せられる依頼を捌く為に主に稼働している部門であるが、それ以外にも分野はある。
例えば、会社の宣伝広告などを企画したり、機械系の開発部門が製造した機器類を販売する為の販促を担っている部門。
一部のSEED社員が、世界的なステータス価値として人気を博している事から、これにあやかってグッズ販売なんてものを企画する課も存在していた。

 ミッドガル社は、歴史的に見ると、比較的若い企業である。
だと言うのに、こうまで世界で引っ張りだこになる程に呼び声がかかるのは、目玉であり危険を賭して働くSEED達の功績が大きかった。
また、業績が波に乗った前社長の頃から、広告費にも中々の投資をしていた為、この効果があった事もある。
前社長の急死により、その息子であるルーファウスが引き継いでからは、広告費はかなり抑えられるようにはなったものの、テレビの方がミッドガル社を───もっと言えば、其処に所属する者を放っておかない。
各国の要人が政治催事含めて某か動く都度、その警護として声がかけられるSEEDは、その多くが容姿を隠さず晒している。
これをメディアが食い付かずにいられる訳もなく、実力が高く、尚且つ見目も良いとなれば、昼のワイドショーで特集企画が組まれる程。
会社側は社員のプライバシーは守るようにと徹底し、時に違反したマスコミがいれば容赦なく圧力をかける程であったが、任務の隙間にカメラが向けられる事は止めない。
特に大きな式辞祭典等があった際には、それを狙ったテロリストを捕縛する瞬間などをカメラに捉え、大々的に報じてくれる為、これを宣伝として利用している程だ。
その時、社員が自社で製造された武器や道具を持っていれば、これもまた宣伝になり、それを見た傭兵や国から「あれを買う事はできないか」と問い合わせも来るので、上手い仕組みになっている訳だ。
無論、何か不手際が起これば、一気に槍襖となるリスクは、承知の上である。

 ミッドガル社はバイタリティに溢れる会社で、それは社長が若いからではないか、と言われる。
故にこそ今の時代にあった方針を採る事が出来、それに追随できる若い社員もまた多いのだ、と。
反面、昔からのやり方、ルーファウスに言わせれば「古いやり方」に拘る者からは反発も多いのだが、現在の結果として、ミッドガル社が大企業として成功している事が、全ての答えであると言えるだろう。

 ────そんな訳で、ミッドガル社は時折、本当にセキュリティ会社なのか、と言う企画も現実になったりする事がある。
それは大抵、兵器開発部門の無茶ぶりであったり、研究部門を統括しているマッドサイエンティストと定評のある博士の突然の思い付きであったりで、内々(ミッドガル社本社ビル内)で行われる事である事が多く、一般人が知らない事も多々ある。
しかし、広告や販促が企画したものであれば、世間一般の目に披露目される事も儘あった。

 今回、スコールとティーダが朝早くに大陸横断鉄道に乗り、ティンバーくんだりまで来たのは、その為だ。


「なーんでバラムで初日取り扱ってくれないんスかね〜。一番近いのにさ」
「………」


 愚痴を零しながら歩くティーダの隣で、スコールは眠い目を細めてふらふらと頭を揺らしている。
時刻は朝9時前、バラム駅から始発の電車に飛び乗り、つい先程着いた所だった。
朝に弱いスコールにとっては、まだ空が白む内に家を出た事もあって、中々辛いスケジュールである。

 ふああ、と何度目かの欠伸を漏らして、スコールは目を擦った。
ティンバー駅で着いた直後に買った炭酸ジュースを飲んで、少しでも目を覚まそうとは思うが、やはり瞼が重い。
そんなスコールの隣で、ティーダはいつも通り、快活としたものだった。


「通販してから店舗で受け取りはバラムでも出来るみたいだけど。通販なんて絶対ホームページ重くなるから、バラムの回線じゃ先ず無理っスよ。だからせめて、どっか店で買えれば良かったのになあ。それなのに地域ごとに販売タイミングをズラすって、どういうつもりなんだろ?そんな事したら、後から販売始めた店が折角入荷したのに売れないーって不公平になりそうなのに」
「……レオンが言ってたが、」


 渋い顔をしているティーダに、スコールは揺れる頭を持ち上げつつ口を開いた。


「……バラムにある店は、何処も大きくないだろう。道路も広くないし。何処に卸しても、そこに人が殺到したら色々事故が考えられるから、店頭販売開始の日付を遅らせる事にしたんじゃないかって。実際、バラム以外の店でも、一部の販売店舗は今日じゃなくて一週間とか二週間後からって言う所も多いし。宣伝のページに取扱店舗ごとの販売開始予定日も含めて、そう書いてある」
「そうなんスか?そこまで見てなかった。最初の販売店舗のページしか確認してないや」
「ミッドガル社のビルの販売コーナーに置くのも考えたらしいけど、朝は社員の出入りが激しいし、色々物を搬入したりするから、一般人が近付くのは危ないかも知れないとか」
「まあ、色々扱ってるからなあ。それは仕方ないのか……」
「それと、店頭の取り扱いは遅れるが、販売開始の遅い店では代わりに通販の受付用紙を置いているそうだ。ガーデンの購買に置いてあるのも見た」
「それに欲しいもの書いて、取り置きみたいな感じにして貰うってこと?」
「多分。店頭販売開始日に、受付した店に用紙の控えを持って行けば、目的のものを受け取りが出来る、と。初日に買いに行けない奴もいるだろうから、そう言う奴には良いのかもな」
「そんな方法があったんなら教えてよ。そしたら、朝早くからティンバーまで来なくても良かったのに」


 スコールの言葉に、ティーダは欠伸を混じらせながら言った。
早朝の起床はブリッツボール部の朝練習で慣れた事とは言え、やはり眠いものは眠いのだ。
折角の日曜日、部活もないとなれば、偶には惰眠を貪りたくもなる。

 と、思ったティーダだったが、すっかり晴れた空を見上げて、


「んあ〜……でも折角なら、最速で実物見て買って、持って帰りたいっスよね。スコールもその方が良いだろ?」
「……お前が絶対に今日行って買うって聞かなかったんだろう」
「朝ちゃんと起きてた癖に。日曜っスよ?」


 ティーダの指摘に、スコールは唇を尖らせる。

 ティーダと違い、平日だろうと休日だろうと朝に弱いスコールが、今日はしっかり起きて幼馴染が呼びに来るのを待っていたのだ。
ティーダの気合の入り様に面倒臭そうな顔をしつつも、ちゃんと始発に乗れるように、事前に切符も用意していたのだから、何が彼の本音なのかは、少なくともティーダにとっては明らかであった。

 駅を出てから徒歩で10分、ティンバーの中でも賑々しい商業区に着いた。
多くは個人店である事が多い中、ちらほらとチェーン店も混じって並ぶ、ティンバーの商店街である。
左右に店舗が並ぶ道を進んで行くと、目当ての看板を出している店を見付けた。


「あったあった。うわっ、やっぱりもう並んでる」


 ティーダの視線の先には、まだシャッターの開いていないブティックがある。
少し古めの建物が多い商店街の中で、今時風にスタイリッシュな外観をした其処は、一昨年にティンバーに出店したアパレルメーカーの直営店だ。
この商店街にあって、聊か異彩にも見える佇まいだが、品質の安定したカジュアル系の量産品と、流行のコラボデザイン等の服を取り扱っているので、今時の若者たちが重宝している。

 普段はスコール達と同世代、若しくはもう少し上と言う程度が客層なのだが、今日並んでいる人は老若男女と幅広い。
そもそも、平時であれば開店前に並ぶ必要もない訳で、やはりこれは今回のイベントがあっての客足なのだろう。

 二人が列に並んで間もなく、次の客はやって来て、列はあっという間に伸びて行った。
この街で暮らす地元民は勿論、ティンバー近郊の人々や、スコール達のようにバラムから来た若者も集まっているのだろう。
ティーダは、伸びて行く蛇の尻尾を覗き見ながら、つくづく感心していた。


「流石の販促効果っスね。始発で来てなかったら、売り切れになってたかも」
「……大袈裟だろ。昼からでも多分……」
「こう言うの、案外あっと言う間なんスよ。アクセだって限定物とか瞬殺だろ?」
「……それは生産数が少ないからで、今回のはそうじゃないだろう」
「いやー、甘い甘い」


 厳しい見立てをするティーダに、スコールは眉根を寄せながら首を捻る。
だが、ちらりと後ろを見てみれば、まだまだ伸びる列の尾に、流行のものに詳しい幼馴染の言う事も外れていないのかも知れない、と思う。

 と、前の方から「こちらをお持ち下さい」と言う声がした。
おや、と二人が前を見ると、店員が一人、前から順に並ぶ客に何かを渡している。


「整理券っスかね」
「……らしいな」


 大人しく待っていると、思った通り、店員がやって来て二人にそれぞれ一枚の数字札を手渡した。


「開店までもうしばらくありますので、此方を持ってお待ち下さい。番号ごとに入店を受け付けますので、なくさないようにお気を付け下さいね」
「はーい」
「……はい」


 返事をする少年たちに、若い女性店員はにこりと笑いかけ、次の客へ。
大変だなあ、とそれを見送るティーダを、スコールが腕を引っ張って、崩れ始めた列から抜けた。


「開店は10時半、番号札の10番ごとに、10分間隔を開けて入店……か」
「27番!スコールは28番で、うん、これならイケそうっスね!」


 良かった良かった、と安心した様子のティーダに、スコールもほっと胸を撫で下ろす。
と、ぐぅうう、と低い音がティーダの腹から鳴った。


「ほっとしたら腹減ったっス。時間はまだ大丈夫なんスよね?」
「……今が9時半。あと一時間程度はある」
「朝飯は電車で食ったけど、やっぱ足りなかったな。な、ちょっと一服しない?」


 ティーダの提案に、スコールはすぐに頷いた。
腹が減っているのはティーダだけでなく、朝が苦手なスコールはもっと胃が空だ。
朝は起きて身支度を整えるのがスコールの限界で、朝食なんて食べられる状態ではなかったのだ。
このまま開店まで待ち、目当てのものを手に入れる為に店舗前で立ち尽くす事をしなくても良いなら、そろそろ何か食べたい。

 念の為、早めに店舗前には戻れるように、スコールは携帯電話のアラームをセットする。
それまでは軽食でも食べようと、近くにあった喫茶店に入ったのだった。



 ミッドガル社の本社ビルにある販売コーナーには、色々な物が置いてある。
多くは自社をモチーフとしたステッカーやキーホルダー、社員が御用達にしているサプリメント等、ちょっとした土産物のようなものだ。
その他、バラムでも売っているご当地土産であったり、世界的な有名企業である事から、外国の商品も並んでいる。
広報の部門が社員向けの雑誌を出版している事もあり、一般に流通しているものと併せ、雑誌コーナーも設けられていた。

 その販売コーナーは、主には本社ビルの観光にやって来た一般人向けに解放されているのだが、社員も偶に利用する。
社員には社員用の購買が、寮フロアや食堂などに併設されているのだが、全ての社員がそれを利用する為に上がる訳ではない。
レオンのように寮を使わず、バラムの街や他国に自宅や拠点を持っている者は、必要な時に本社に赴くだけで、寮フロアまで上がらずに一階で用事が済んでしまう事も多かった。
レオンの場合は、一階奥にある事務受付に任務の報告書を提出し、そのついでにエントランスにある販売コーナーで、雑誌であったり軽食であったりを買って帰る、と言うパターンが多かった。

 その販売コーナーに、数日前から大きな空き棚が作られていた。
『準備中』の紙を貼った其処には、もう直、とある商品が並べられると言う。
本来のスペースを一時的に拡大し、わざわざ新しい棚を用意して売るつもりだと言うから、企画した社員の気合の入り様が判ると言うものだ。

 ただ、其処に並ぶ商品の仔細を少なからず知っている身としては、聊か複雑な気持ちにもなるのだが。

 後続の派遣班に引き継ぎを済ませ、早朝の大陸横断鉄道でティンバーからバラム島へと帰って来たレオンは、すぐに報告書の提出の為に本社ビルへとやって来た。
恙なく書類の提出を済ませ、さて家族の待つ家に帰るか、と思ったのだが、忙しくしている販売コーナーを見付けて、ふと足が止まり、今に至る。


(……そうか。あれは今日から販売されるんだったか)


 まだ一週間は『準備中』の張り紙が鎮座するであろう棚。
しかし、一般的には、今日が件の商品の売り出し初日となっている。
諸々の事情を加味した結果、本来なら早売りすら可能であっただろうバラムの島全体で、販売を遅らせたとは噂の話であるが、強ち外れてもいないのだろう。
実際、早売りを目当てに、小さな島国に世界中から人が押し寄せると言うのは、街の治安の一端を任されているセキュリティ会社の本分として、聊か抵抗があったのは否めまい。

 販売開始のタイミングが、地域ごとに差が発生する事については、内外問わず色々な声が上がっているようだが、一先ずは無事に最速販売が始まった事は良かったのだろう。
後は大きな事故なく、各地域で思うように売り上げが上がれば万々歳か。


(そうなってくれると、一応、身を削った者としては有り難いんだが……)


 何とはなしに、遠目に販売コーナーを眺めながら、レオンはそんな事を考える。

 レオンの脳裏には、約二ヵ月前の出来事が蘇ってきた。

 SランクSEEDとなってから、此処数年の内に、レオンは様々な仕事を寄越されている。
魔物退治や要人警護と言った、部門の本来の仕事の他、テレビに顔を映されるようになってから、雑誌のインタビュー等も増えた。
時には、モデルのような仕事も企画された事があり、流石にその時は拘束期間とスケジュールの都合等もあってお流れにはなったが、後にクジャから、彼と一緒の仕事になる筈だったのだと聞いた時には驚いたものだ。
また、これは少々特殊な経緯がある事も含むが、バラムガーデンの特別講師として声をかけられる事もある。

 このように、期せずして様々な世界に触れる機会を得ているレオンであるが、先日、また一つ新たな世界を知った。
なんと、ミッドガル社に所属する社員の中で、特に有名な者を起用して、アパレル会社とのコラボが決まったのだ。
このアパレルメーカーは、普段から様々な企業やデザイナーとコラボ企画を行っており、一部はファングッズ的な品物として売り上げを出している。
其処から今回のコラボ企画としてミッドガル社に声がかかり、ならばとミッドガル社の方からも大盤振る舞いな計画が挙げられたのだとか。

 ミッドガル社で特に有名な者───と言えば、SEEDであり、その中でもトップの実力を持つSランクであり、何かとカメラに追い駆けられているレオンは当然企画の目玉として取り上げられた。
その他、レオンの台頭前にミッドガル社を牽引し、今の地位まで押し上げたと言われるセフィロスや、その友人でありやはり此方もSランクであるジェネシスとアンジールも商品化のラインナップに加えられている。
後はレオンは面識はないが、商品の販促などによく顔を出すプロジェクトマネージャーだとか、自社製造した武器や兵器等もデザインに採用されているとか。
ちなみに、聞いた話では、社長自身を起用したデザインもあるとかで、その企画を通した若き社長の懐の深さたるや……と言うべきだろうか。

 企画が決まってから、レオンの元にもしっかりとした依頼の一つとして、会社を通した案件が回ってきた。
肖像権やら何やらと、個人の像を使う事もあって、法的な根回しはきちんと済ませられた上で、最後は本人の了承の上で商品化の是非は委ねられた。
勿論、拒否権もきちんと守られており、これによる罰則などはある筈もなく、会社として個人の意思と権利は保たれていたと言って良いだろう。


(問題がないならと了承したのは自分だが、改めて考えると───少し軽率だったような気はしないでもないな。何か、こう、気分的にと言うか……)


 自身をモチーフとしたグッズ的な品物の商品化について、レオンは依頼書とそれに関する規約事項に目を通した上で、了承している。
悪意を持って利用されないのであれば、仮にそのような事態が起きても会社がきちんと対応するのなら、まあ良いか、と言う気持ちはあった。
だが、企画が進行するに連れ、デザイン作成への協力等を経る内に、俄かに複雑な胸中へと変化して行く。


(まあ、グッズの製作みたいな話は初めてじゃないし、協力と言っても撮影を幾つかしただけではあるんだが……)


 レオンのスケジュールは常に埋まっているものだから、撮影は仕事の隙間を使って行われた。
報告書を提出した直後に事務員から頼まれて、上のフロアへ上がったり、出先でこう言う写真を頼む、と言われてクラウドやザックスの手を借りたり。
そうやって小出しにするように撮ったデータを提出していたので自覚はなかったのだが、撮影数は結構な枚数になっていたとか。
その内のどの写真を、どうやって使われるのかはレオンには判らないが、果たしてあんなにも必要だったのかと疑問に思う。
が、企画を担当している社員曰く、「あるだけあると嬉しいですよ!レオンさんの商品は、今回の目玉なんですから」ときらきらとした目で言われてしまった。

 そうして作られたグッズが、今日から世界各地で店頭に並ぶ。
あれだけ顔の映った写真を撮っているから、一つ位はそれが使われている商品もあるかも知れない。
となると、自分の顔がプリントされた服だとかファッションアイテムだとかが、ずらずらと棚に並ぶのかと思うと、

(……妙に……恥ずかしいと言うか……)


 今更ながら、そう言う事になるのだと言う事実に理解が追い付いて、レオンは俄かに顔が熱くなる。
掌を顔に当てて、誰からと言う訳ではなかったが、赤らんだ顔を隠したいくらいには羞恥心が沸いてきた。


(まあ……まさか、俺の顔を直接使ってる事はないだろう……セフィロスなら有り得そうだが。ジェネシスとか。アンジールは───どうだろう、そもそも了承してるのか?)


 服のデザインについて、レオンは全く触れていない。
流行のお洒落の類には全くセンサーを立てていないし、デザイン云々と言うものも詳しくはない。
最終決定稿を見た会社が良しと判断するのなら、それで良い───と、普段の雑誌のインタビューで使われる写真についてもそう考えている。
こうした考えで会社に判断を一任しているミッドガル社の社員は、そう少なくはなかった。

 他のSランクSEEDの事を考えつつ、彼等ならどんなデザインでも気にしなさそう、しかし彼の場合は、と勝手に反応を想像していると、


「おっ、レオンじゃん。何してんだ、そんな所で」


 慣れ親しんだ声が聞こえて、レオンが顔を上げると、ザックスが立っていた。
その隣には、昨夜レオンより一足先にバラムへ帰っていた、クラウドの姿もある。


「報告書か?」
「ああ、今出した所だ。クラウド、お前もちゃんと期限内に提出して置けよ」
「判ってる」


 釘を差すレオンに、クラウドは表情を変えずに返した。
本当だろうな、と目を胡乱に細めるレオンだが、なんだかんだとは言っても、一応、いつも期限内ギリギリには提出しているクラウドだ。
大丈夫だろうと思う事にして、それよりも気になるものに視線を落とす。


「お前たちが着ているのは────」
「気付いたな。ま、そりゃそーか」


 レオンの視線に気付き、ザックスが胸を張って見せる。
しっかりと鍛えられた胸筋に服が持ち上げられて、Tシャツの胸元にプリントされた絵が綺麗に見える。

 其処には、黒地に銀色のインクで、長髪の男の横顔がプリントされていた。
黒に映える銀ではあるが、ラメのような輝きは抑え目で、天井からのライトの反射光で煩くなることはない。
寧ろ重みを感じさせる重厚な鈍銀色で、モチーフとして使用された人物の質の良さを表しているようだった。


「……セフィロスか」
「おう!貰いもんな。本人からって言うのがちょっと笑えるけど」


 そう言ってザックスは、後ろはこう、と背中を見せる。
衿の後ろにミッドガル社のロゴマークが印字された、ごくシンプルなものだった。


「本人からの貰い物……と言う事は、サンプル品か何かか?」
「あー、多分そうだな。最終決定した奴の試作品、記念にって渡されたんじゃないか。でもあいつTシャツなんて着ないから、俺に寄越してきたんだろ」
「それを早速着ている、と」
「折角だから記念にな!着心地は良いぜ。流石大手メーカー品、信頼と安定の品質」


 ぽんぽんと胸元を叩くザックスに、それは良かったな、とレオンは言った。
そしてレオンは、もう一つ、ザックスのそれ以上にどうしても目を引いてしまう、クラウドの服に目を遣る。


「……それで、お前が着ているのは……」
「これはメーカーの奴から貰った」


 レオンが指差した其処───クラウドが着ているTシャツには、黒字に此方は濃紅色のインクを使い、版画のような印象にして、眉間に傷の入った男の目元がプリントされている。
自分自身でも判る、どうしても特徴的と言わざるを得ない傷が入っているその貌を、レオンは本物の傷痕が歪む程に眉間に皺を寄せて睨んでいた。


「どうしてよりにも寄って、お前がそれを着ているんだ?」
「相方さんにもどうぞ、だそうだ。帰った時、搬入物のチェックに来ていた向こうの社員から、直接渡された」
「向こうさんにしてみりゃ、気を利かせたんだろ。……相方が着てるって事も含めて、販売前のバラムでの宣伝効果も狙ってそうだけど」


 渋面になるレオンと、平然としているクラウドと、眉尻を下げるザックスと。
ザックスにしてみれば、今のクラウドとレオンが逢えば、こう言った反応になるのは想像できていたのだろう。
レオンを宥めるザックスの表情は、思った通りになったな、と言っていた。

 睨むように見つめるレオンに、クラウドも眉根を寄せて言った。


「今日は休みだし。別に良いだろう、俺が何を着ていても」
「それは、そうだが。そうなんだが……」
「なんだ?」


 何がそんなに気に入らないのか、と問うクラウドに、レオンは胸中を言語化したものかと悩む。
確かに、クラウドが何を着ようと、それは彼の自由であって、レオンが口を挟む事ではない。
レオンもそれを判っているつもりだが、どうしても今彼が着ているものが引っ掛かってしまう。
が、かと言って今すぐ脱げと言うのも大人げない気はしたし、冷静に考えれば、事の了承をした時点でこう言う事になるのは受け入れたようなものでもあるし───と。

 眉間の傷に手を当てて、深々と溜息を吐くレオンに、クラウドは首を傾げる。
一体どうしたのかと問う視線がザックスへと向けられるが、此方も肩を竦めるしかなく。


「自分の顔が描かれてるからな。加工されちゃいるけど、写真だし。ミュージシャンとかモデルとかじゃないんだから、こう言うのは誰だって慣れてないんだよ」
「セフィロス達は気にしていないようだったぞ」
「あいつらは変に肝座ってるからさ。アンジールは諦めた感じになってたぜ。まあ、あいつもこう言う企画に駆り出されるのは初めてじゃないらしいしな」


 ザックスの言葉に、そう言うものなのか、とレオンはまた溜息を吐く。
全員で四人いるSランクSEEDの中で、最も歴が浅いのはレオンであるが、他の面々はこうした企画にも慣れているのか。
慣れて行かねばならないのか、と半ば諦念が沸くレオンであった。

 そんなレオンの胸中を察したか、ザックスはぽんぽんとレオンの肩を叩き、


「まあそう悲観しなさんな。お前も少しは堂々としてても良いんだぜ?ほら、宝条博士みたいにさ?何言われても気にしない感じで」
「……お前にそれが出来るのか?」
「……いや、それについてはノーコメントだけど……」


 励まし方を間違えた、とザックスは項垂れる。
と、出てきた名前を聞いてか、クラウドが思い出したように言った。


「宝条博士も、確かラインナップに入っていたな。研究部門の奴が着ていた」


 宝条博士とは、ミッドガル社に長年籍を置いている、開発系の部門の総合的なトップを担っている人物である。
彼はミッドガル社のみならず、世界でも有名な化学博士として知られているが、同時に非常に厄介なマッドサイエンティストであった。
自分の関心のある物事には、寝食を忘れて取り組み、様々な功績を上げているのだが、興味を喪えばポイと放り出してしまう気分屋だ。
極度のデータマニアとしても知られ、魔物を始めとした生物のデータのみならず、ミッドガル社に所属しているセキュリティ部門の者、特にはSEEDに関する緻密な観察データを保持しており、それを利用したバーチャルシュミレーターも導入されている為、非常に精巧な訓練シュミレートの利用を可能としている。

 博士と言う呼び名に違わず、優秀な科学者なのだが、前述の通り、彼はマッドサイエンティストである。
突然の思い付きでとんでもない実験を始めたり、社員寮で暮らしているSEEDは、よくそれに駆り出される羽目になっている。
注意や文句を言った所で全く気にする人物ではない為、前社長の代から彼は半ば野放図状態な所があった。
はっきり言って危険人物であると言って全く大袈裟ではないのだが、その頭脳は誰にも替えの効かないものだ。
これを他企業に取られたり、悪事に利用される方が余程危険であると言う考えの下、彼は社長直下の研究者としてミッドガル社に在籍している。

 ────そんな人物が、今回の企画の商品ラインナップに入っている。
流石に流行だのコラボだのと言うものに鈍いレオンでも、この違和感は逃せない。


「……あの人は、どういう需要が見込まれているんだ?」
「さあ?俺は要らない」


 レオンの問いに、クラウドはきっぱりと言い切った。
彼自身が抱える体質や、G.F.との適正と契約に加え、社員寮に住んでいると言う事から、クラウドはよく宝条博士の実験に駆り出されている。
傍迷惑な目に遭わされる事の多い彼からすれば、あんな人物のグッズを誰が欲しがるのか、と言う所だろう。

 そんなクラウドの金色の鶏冠を宥めるように撫でながら、ザックスが言った。


「一応、研究者の間じゃトップクラスの頭してるからな。そっちの方じゃ人気って言うか、支持してる層があるんじゃないか?あとはしっかり休暇取る人だから、リゾートなんかでも金払いが良いとかで有名だからなあ。……まあ、……俺も要らないけど」
「……少なくとも、SEED部門で欲しがる奴はいないだろうな」


 クラウドに続き、ザックスの呟きに、レオンも同意する。
レオンも数少ないSランク取得者である事、持っている魔力に特殊な波形が確認されているとかで、研究対象として興味を持たれている節がある。
バラムの街住まいであるお陰か、タイミング悪く捕まる事が少ないので、研究と称した被害に遭う事は滅多にないのだが、出来れば世話になりたくはない。
そう思う位には、SEED部門の人間にとって、件の人物は忌避されているものであった。

 それはともかく、とザックスが気を取り直して、改めてレオンに言う。


「今回はもう物が出ちゃってる奴だから、仕方ないけどさ。もし嫌だったら、次からはちゃんと断れよ。向こうさんはお前のが一番売りたい商品だろうけど、うちの社長はその辺は判ってくれるだろ」
「……ああ。それも考えよう」


 売上の幾らかは、依頼からの成功報酬として、ボーナスと言う形で給与に還元される事は聞いている。
それもあって、引き受ける事を良しとした一面もあったレオンではあったが、現実にそれが形になってから湧き上がる恥ずかしさは、中々帳消しには出来そうにない。
若しも次にまた同じような企画があったら、それは辞退させて貰おう、と思った。

 レオンは目を細めて、相棒であるクラウドを見た。
正しくは、その胸元にプリントされている、自分の顔の断片を。

 画像の加工云々と言うのはレオンにはよく判らない話だが、そのまま写真を使っても、デザイン的に売り物としては難しい事は予想できた。
元の写真や絵をどうトリミングし、デザインとして落とし込むか、それがデザイナーの腕の見せ所なのだろう。
多くの商品はそうやって作られており、其処に伴う写真などの素材も、それを作ったり集めたりする者が努力した作品の一つである。
今回のアイテムの素材元となったレオンは、ただ被写体になっていたと言う感覚しかないが、あの大量に撮り溜めた写真の中から、使えるものを厳選していく作業は、とてつもない苦労だっただろう。

 そもそも、企画の発端から、それを実現に導くまでにも、沢山の人の努力と熱意があったに違いない。
想像は出来ないが、そうであろうと考える事は出来るから、レオンは今回の企画を、無碍に否定しようとは思わなかった。
だから、今更になって、この企画を白紙にしてくれ等と言うつもりもない。
あるかどうか判らない次回の話はどうあれ、少なくとも今回は腹を括ろうと思う。


(ただ……)


 ただ───ただ慣れない。
レオンの複雑な胸中の根本は、何よりもその一言だった。

 ちらりとレオンの視線が販売コーナーへと向かう。
倣ってクラウドがそれを追えば、つられてザックスも同じ方向を見た。
まだ空っぽの棚を見詰めるレオンに、ザックスは苦笑する。


「ああいう所に自分の顔がずらーっと並ぶのは、なんかこう、恥ずかしいって気はするよな」
「…意外だな。お前はこう言う企画になったら、はしゃぎそうなものだと思ったが」


 普段からノリの良いザックスの、少々意外な反応に、レオンは言った。
ザックスは眉尻を下げながら頭を掻いて、


「嬉しいとは思うぜ。やっぱりこう言うのは、人気がなきゃ話にならないし、会社側も推してくれてなきゃGOは出ないだろうからさ。それだけうちの会社からも、世間からも、期待されてるって訳だ」
「……」
「それは嬉しいんだけど、セフィロス達と違って、俺も人並みの羞恥心くらいはあるんだよ。格好良く作ってくれるのは大歓迎だぜ?でも、それとこれとはちょっと別でさ。恥ずかしいって言うか、照れ臭いって言うか。そんな感じ。それ目当てに買う人がいるって言うのも、なんかな」


 同僚の言葉に、確かに、とレオンは思う。
複雑に思う気持ちの中には、ザックスの台詞に近いものもあるような気がした。

 そんなザックスに、クラウドがしばし考えるような仕草を見せてから、


「エアリスなんかは、喜んで買うんじゃないか。あんたの顔入りのTシャツとか、トートバッグとか」
「うっ」
「花屋の恋人か」
「うう……それなんだよな。其処が一番複雑になるって言うか……」


 ザックスの恋人については、親しい者の中では割と周知されている。
バラムの街で、母と共に小さな花屋を経営している彼女は、レオンも折々にその店を利用する事もあり、顔見知り程度の面識があった。
人を包み癒すような笑顔を浮かべる彼女は、ザックスと非常に仲が良い。
急な仕事でデートの約束を反故にせざるを得ない恋人にも、いってらっしゃい、お土産宜しくね、とメッセージを送ってくれる人だとか。
常にザックスの背を押してくれると言うから、若しもザックスのグッズなんてものが発売されたら、一つくらいは買って応援してくれそうだ。
……それは嬉しいのだが、恋人が自分の顔がプリントされたTシャツを着ていたら、勿論嬉しくない訳ではないのだが、なんとも面映ゆい気持ちが否めない。

 頭を抱えていたザックスだったが、しばらくすると赤らんだ顔を手で扇ぎながら気を持ち直す。


「まあ、まだBランクの俺じゃ先ずない企画だからな。そう言うのに使われるまでに、自分の顔見ても堂々としてられるように売れとくさ」


 そうすれば恥ずかしくもないだろう、と言うザックス。
前向きな意識ではあるだろうな、とレオンは思った。

 存外と立ち話をしたな、と時間の経過に気付いて、そろそろ帰ろうかと思った時だった。
ポケットに入れていたプライベート用の携帯電話が、マナーモードの着信を知らせる。


「どした?」
「……ジェクトだ」


 携帯電話を取り出して液晶画面を見れば、面倒を見ている少年の父親から。
筆無精なのか、文字を打つ細々とした作業を面倒だと言う彼にしては珍しく、電話ではなくメールでの着信だ。
なんだろう、と着信通知からメールを開いてみると、添付された画像が表示される。
それを見た瞬間、レオンは赤らむ顔に手を遣らない訳にはいかなかった。


「何考えてるんだ……」
「何々───おぉ、やっぱキングは流行は押さえてるな」
「サイズ少し小さいんじゃないか、これ」


 げんなりとするレオンに、ザックスとクラウドが携帯電話を覗き込む。
其処には、クラウドが着ているものとはまた別のデザインのTシャツを着ているジェクトの写真があった。

 グレーカラーに、敢えての黒インクを使い、重いモノトーン調にした、レオンの横顔を乗せたデザインのそれ。
普段、ブリッツボールをする際には、自身が所属するチーム『ザナルカンド・エイブス』のエンブレムマークを刻んでいる筈の胸に、今は知り合いの青年の横顔が大きく飾られている。
どうだ、と言わんばかりの顔でそれを着ているジェクトは、サムズアップまでして、如何にも楽しそうだ。

 今日何度目かの溜息を吐いた所で、また携帯電話が震える。
今度は電話の着信だった。
通話ボタンを押して耳に当てると、がやがやと賑やかな雑音をバックに、楽しそうなジェクトの声が聞こえる。


『おう、レオン。見たか?』
「見た。何してるんだ、本当に」
『何って、応援だよ、応援。昔から知ってる奴が、有名ブランドのデザインに使われたんだ。記念に一通り買っとくモンだろ』
「一通りって───他にも買ってるのか?」
『ああ、お前のだって判る奴は大体手に入ったぜ』
「勘弁してくれ……」


 つい数十分前に、身内が今回の企画で販売されたものを手に入れる事もあるのだと言う現実に気付いて、なんとも言えない気持ちに苛まれている所なのだ。
仕事仲間であるクラウドはまだ良いとして、家族同士の付き合いである男の下にも、これが届く事になるとは。
何処か他人事のように考えていた今回の企画が、急速に我が事としてその重大さを突きつけられたようで、レオンは気持ちの落とし所が見付からない。

 そんなレオンの胸中を、世界的に有名なプロスポーツ選手は、確り汲んでくれていた。


『お前はバカみてえに真面目に生きて来てるからな。こんなモンが世に出るなんて思ってもいなかっただろうし、色々心配やら気になる事やらあるだろうが、悪い事じゃねえのは確かだよ。欲しがる奴等がいるって事は、それだけお前が色んな所から支持されてるって事だからな。だから、お前は恥ずかしがってないで、堂々と胸張っときな』
「……」


 電話越しに聞こえる声は、いつも豪放磊落な男にしては珍しく、微かに柔らかさを含んでいた。
そんなジェクトの声に、そう言えば、彼も同じような品物は沢山商品化されているのだと思い出す。

 ブリッツボールの本場と言えるザナルカンドで、プロデビューから瞬く間にスターの階段を駆け上った男───それがジェクトだ。
それから現在に至るまで、華々しい活躍と伝説を作り続ける男は、サービス精神も旺盛であった。
当然、その人気に肖ったグッズは作られており、常設品から限定品まで、選手個人のグッズとしては他の追随がない程の売り上げを誇っている。
最早本人のイメージとは程遠いものでも、企画が通れば流通し、多くの人が手にとっては、嬉しそうにそれをレジへ運ぶのだ。
ジェクト自身、ファンサービスとして、持ち寄られた自分のグッズにサインをしたり、一緒に写真を撮ったりと言う事も多い。

 ジェクトも、昔は自分のグッズを見て、レオンのように戸惑う事もあったのだろうか。
それでも、グッズを持って嬉しそうに見せてくれる、応援しているとアピールするファンに、面映ゆさを感じたりしたのだろうか。
そして、応援してくれる人々の為にもと、より良いパフォーマンスと試合結果を残してきたのか。


(そう言えば……初めて雑誌に取り上げられた時も、似たような事を言われた気がするな。注目されるのは悪い事じゃないから、堂々としてろ、って)


 Sランクを取得して間もない頃だったか、初めて雑誌のインタビュー依頼が来た時のこと。
偶々バラムに戻って来ていたジェクトに、レオンはインタビューなんて何を答えれば───と零していた。
ジェクトは具体的なアドバイスなんてものは出来ないが、と前置きした上で、「ビビってないで、胸張ってな」と言った。
其処で見せる自分の姿が、何処に行ってもついて回る事になるのだから、虚勢でも良いから堂々としている所を見せておけ、と。
その時は、やはりレオンもまだ今よりも幼かったし、ジェクトのように自分に常に自信を持てる程の経験もなかったから、そう言われても……と戸惑ったものではあったが、思い返せばジェクトの言葉はふとした時にレオンの背を叩いてくれるものだったのだ。

 ふう、とレオンは一つ息を吐く。
今日、何度も吐いた溜息ではなく、肩の力を抜く為のものだった。


「……判った。あんたの助言を受け取ろう」
『そんな大層なもんでもねえけどな。けど、それ位の心積もりでいる方が色々と余裕が持てるだろ?』
「ああ。しかし、それを着てバラムで歩き回るのはちょっと止めてくれ。子供の頃からの知り合いが多いんだ、流石にその人達に見られるのは……」


 腹は括るが、流石にすぐに気持ちまでは切り替えれず、レオンは嘆願するように言った。
するとジェクトは、「まだそんな事言ってんのか」と少し呆れたように、しかし仕様がないと言うような声で言って、

『お前、そんな調子じゃ、後で引っ繰り返る事になるんじゃねえか』
「……何がだ?」
『こう言うのに飛び付きそうなのがいるだろうが、一番近くによ』
「それは────」


 暗にして指摘するジェクトに、レオンの脳裏に今日はまだ見ていない家族の顔が浮かぶ。


「……確かに、ティーダはこう言うものは好きそうだが……」
『スコールもだろ。お前が載ってる雑誌、いつも買ってんだろ?今回のも探しに行ってるんじゃねえか』
「そうかも知れないが……今回の企画の商品は、地域ごとに販売開始のタイミングが違うんだ。バラムの販売は遅くなっているから、何処の店も店頭での販売はしない筈だし、少なくとも今はまだ……」
『じゃあガルバディアの方まで行ってるかもな。日曜だし、ガキは暇してんだろ』
「流石に其処までする必要はないだろう。後で販売開始するのは判っている事なんだし、わざわざそんな」
『甘いねえ。ファンってのは案外行動力あるんだぜ』


 含み笑いを匂わせるジェクトの声に、レオンは首を傾げる。
その電話越しの会話が聞こえたか、クラウドが肩を竦め、ザックスも苦笑いを浮かべるのを見て、レオンは益々首を傾けたのだった。



 今から帰るなら覚悟しておけよ、とまるで何かを見てきたかのような釘を刺されて、レオンはなんともすっきりしない気分でミッドガル社を後にした。

 ジェクトの言葉を受けてと言うつもりはなかったが、やはり気にはなるもので、レオンは帰り道に通り掛かるブティック等をこそりと覗いてみた。
ザックスやクラウド、ジェクトが着ていたものと同じようなものは、やはり何処にも置いていない。
ひょっとしたら搬入は済んでいるのかも知れないが、企画の概要として、販売開始のタイミングと言うのはきちんと管理されている筈だ。
そうでなくては、フライングをした店があるとか、正規ではない方法で入手した者がいるとかで、今回の企画そのものが大火傷するのが目に見えている。

 何処の店が件の品を入荷すると知っている訳ではないが、バラムの街で大手メーカーの品を大量に取り扱う店は限られている。
個人経営の店が多い事もあり、ザナルカンドやデリングシティのような大きな都市にある店と違い、この手の商品は店ごとの入荷数も店長の売上予測の匙加減である事から、在庫を多く持たない所もあるだろう。
同時に、店の大きさは勿論、交通網や道路の幅の広さなど、予想される行列を問題なく捌くことが出来るか、と言う問題点も挙げられている。
それ故に、人が一ヵ所に集中する事で起こり得る事故などを考慮して、バラムはミッドガル社の膝下の位置にありながら、販売のタイミングをズラせる事が決まったと言う。
だからと言うばかりではないだろうが、今日のバラムもいつもの通り穏やかなものであった。


(……でも、駅前は少し人が多かったような気もするな)


 レオンが帰りの途に使った電車から降りた時、ホームには多くの人がいた。
とは言え、今日は日曜日で、学生や仕事のない大人が、娯楽を求めて大陸に移動するのは珍しい話ではない。
遊びに行くには聊か長い距離であるが、日帰り出来ない事もない為、ティンバーまで向かう者は少なくなかった。

 そう考えると、やはりいつも通りか、とも思う。
ジェクトに言われた事や、件の企画のことが頭の大部分を占めているので、ついついそれを基準に考えてしまう。
自分のグッズの事を強く意識しているなんて、妙な気分だ、と思いつつ、レオンは歩き慣れた道を進む。

 海沿いにある我が家が近付く頃には、時刻は正午を過ぎていた。
早く弟達の顔が見たい、と少々足が早まるレオンであったが、今日は日曜日である。
ガーデンが休みなら、ティーダに引っ張られたスコールが出掛けている事も儘あることだ。
日用品の買い物に行く必要もあるかも知れないし、帰って直ぐは家が無人と言うのも珍しくない。
そうしたら、冷蔵庫の中を探って、何かあればそれを摘まんで、のんびり過ごすとしよう。

 と、考えていたレオンだったが、玄関の扉に手をかけた所で、中から声が聞こえてきた。
約四日ぶりに聞く、元気の良い少年の声に、自然とレオンの口元が緩む。
疲れが緩やかに抜け落ちていくのを感じながら、レオンは玄関の鍵を開けた。


「ただいま、スコール、ティーダ────」


 弟達の名を呼びながら、帰宅の挨拶を投げかけると、すぐに「お帰り!」と言う声が返ってくる。
それは一人分、ティーダのものだけだ。
スコールはと言うと、


「あ……」


 虚を突かれた、と言う顔で、スコールは食卓のテーブルの横でぽかんと立ち尽くしている。
その傍ら、テーブルの上には、有名ブランドのロゴ入りの大きめの紙袋が二つ。
今日と言う日に限っては、そのブランドの事を忘れずにはいられなかったレオンにとって、自然と目を引いてしまうロゴである。

 俄かに気まずそうな表情を浮かべるスコールの前には、頬を赤らめ、溌剌と嬉しそうな顔をしているティーダがいる。


「レオン、お帰り!見てみて、これ買って来たんスよ!」


 紙袋のロゴマークに釘付けになっているレオンに、ティーダが声をかける。
それに視線を映してやれば、その胸元を飾る、青年の横顔がある。
これもまた、つい先程、携帯電話で見たものと同じ絵だ。


「色んな物一杯あってさ、目移りしちゃったんだけど、先ずはやっぱコレだろって思って。もう皆がババーッて持っていくもんだから、俺達の順番が来るまでになくなっちゃわないかドキドキしたっス!」
「あ、ああ……そう、なのか…?」
「早い内に行っといて良かったっスよ。整理券も結構前の方で貰えたから、割と見る時間はあったし。でもモタモタしてたら、皆がどんどん持ってっちゃうから、やばい!早く選ばないとって。あれ昼とかにのんびり行ってたら、買えない奴もあったかも」


 興奮気味に早口になっているティーダに、レオンは圧倒されたように言葉を失っていた。
ティーダはそんなレオンに気付いていないようで、爛々と目を輝かせている。


「そんで、さっき帰って来たんだけど、折角だからちょっと着てみようと思って。もう直ぐレオン帰って来るかも〜って思ったけど、どうせなら見せちゃおうかなって。言ってたら帰って来たから、ナイスタイミング!」


 親指を立てるティーダに、良いタイミングだったのか、とレオンはぼんやりと思う。
少なくとも、ティーダは本心からそう思っているのだろう。
傍らで真っ赤になっている幼馴染の事には気付いていないようだが。

 レオンは、ええと、としばし考えた。
驚きか戸惑いか、混乱と呼んでも良いだろう、停止した頭を無理やり動かして、一つ気になる事を訊ねてみる。


「ティーダ、その、それは一体何処で?」


 まだバラムで売っている所はなかった筈、と確かめてみると、


「ティンバーっス!」
「わざわざ行ったのか?」
「だって早く買いたかったし。バラムで買えるの待つのが勿体無くってさ。先着限定のクリアファイルも貰ったんスよ」


 ほら、とティーダは紙袋からビニール袋に入ったままのクリアファイルを取り出した。
それは四人のSランクSEEDの写真の一部を切り抜いて、特徴的なパーツが判るようにデザイン的に並べてプリントされている。

 ティーダはすっかり満足したようで、ほくほく顔でクリアファイルを紙袋に戻した。
ようやく意識が戻ってきたレオンは、その横顔を見ながら、彼の父親の言葉を思い出す。
ファンと言うのは、案外と行動力があるものなのだと。
……ついでに、彼の着ているTシャツが、父が着ていたものと同じ柄だと言う事は、恐らく言わない方が良いのだろう。

 レオンの胸中など露知らず、ティーダは明後日の方向を向いているスコールの頭をくしゃくしゃと掻き撫ぜている。
机に置いていた紙袋を、いつの間にか隠すように抱えている弟は、項から覗く首筋が判り易く赤くなっていた。


「スコールも買った奴見せたら?レオン、どんなデザインなのか知ってる?」
「いや……そう言うのは、会社に任せていたから、俺はまだ何も」
「じゃあ見てみると良いよ。どれも格好良いし、スコールの渾身のチョイスだから」
「バ……言うな!別にそう言うつもりじゃ……!」


 真っ赤になってティーダを睨むスコールだが、睨まれた側はけろりとしている。
良いじゃん別に、と人懐こい笑顔で言われて、スコールは葛藤するような表情を浮かべている。
レオンはそんなスコールを見て、ええと、と言葉を探した後に言った。


「お前もティンバーまで行ったのか?」
「……ティーダが、どうしても今日行くって、煩かったから」
「また俺の所為にして。電車の切符、頼んでなかったのに用意してくれてたのスコールだろ────いひゃいいひゃいいひゃいっス〜!」


 今回の企画に対し、口では何と言おうとも、それを手に入れる為の努力は吝かではなかったのだと、スコールのそんな本心を暴露して行く幼馴染に、スコールは堪らず彼の両頬を引っ張って黙らせる。
ただでさえ血色の良くなった顔を、沸騰しそうな程に赤くしているスコールに、ごめんって、とティーダが詫びるまで時間はかからなかった。


「大体、買ったのはレオンのだけじゃなくて、他にも……普通の服も、その、買ったし。だから、レオンのは、……」
「ついでに?」
「………」


 拙い言い訳のような台詞を連ねつつ、口籠ったスコールに、レオンが代わりに先を繋いでみる。
するとスコールは、それを肯定するのは嫌なのか、何とも言えない表情で俯いてしまった。

 肩を震わせ、真っ赤な顔で、ともすれば泣き出しそうにも見えるスコールに、レオンはくすりと笑って、濃茶色の髪を撫でる。
ぽんぽん、と子供をあやすような兄の手に、益々スコールの顔は沸騰したが、撫でる手を振り払う事はしなかった。
それからレオンがティーダの頭を撫でてやれば、此方も少し照れたように頬を赤らめながら、へへ、と笑う。

 昼飯の準備をする、と言ってスコールはキッチンに逃げ込んだ。
ティーダは放ったらかしにされた紙袋をソファへ移して、食卓テーブルを空ける。


「レオンは昼飯、食って帰ったの?」
「いいや。帰って何かあればと思ってたんだが、どうだ?」
「スコール〜」


 キッチンにいる幼馴染に声をかけに行くティーダ。
程なくして、お前も手伝え、とでも言われたか、壁一枚向こうから二人の遣り取りが聞こえて来るようになった。

 一人になったリビングで、壁ごしの弟達の声を聴きながら、レオンはソファに移された紙袋を見る。
自分をモチーフとした商品と言う代物に、相変わらず恥ずかしさは否めないが、目の前でこんなにもはしゃぎ喜んでくれる人がいると言うのは、なんとも擽ったいものだ。
ともすれば緩んでしまう口元を誤魔化す事が出来なくて、レオンはひっそりと頬を抓ってしまうのだった。

 ────後日、トラビアガーデンの妹から送られてきたメールに、改めてレオンが顔を赤くするのは、また別の話。




FF30周年記念で某ブランドとのコラボを元ネタに。勢いで書きました。
このシリーズのレオンは、トリプル・トライアドのカードになってたりもするので、色んな所に顔が使われておりますな。
スコールとティーダは手に入れられるものは一通り買っているので、自室のどこかにコレクションとして置いてるんだと思う。

ティーダはファン精神を隠さないで、好きだよ!応援してる!と言える子ですが、スコールは推しに自分の熱意を見付かったら引かれるんじゃないかと思うので隠しておきたい。
エルオーネはちょっと照れ臭いけど、やっぱり好きは伝えなくちゃと思ってるタイプです。
あとは某国の大統領もお忍びで買いに行ったりしてそう。次に逢う時に、スーツの下に着てたりするかも知れない?