君が何より好きなもの
スコール誕生日記念(2022)


 バラムの夏は暑いもので、毎日のように陽光の恩恵が容赦なく降り注ぐ。
そんな日々でも、外遊びが好きな子供たちは、元気に外に駆け出していくものだった。
レオンはそんな子供たちに、日差し避けの為に帽子を被って置くように注意しているのだが、律儀に守ってくれる子供は半分もいない。
頭の締め付けが嫌だとか、ゴム紐が顎に当たるのが嫌だとか、邪魔になるとか、理由は色々だ。
それでも一応は声をかけるのを忘れず、水分補給も忘れないように、疲れたらきちんと日陰で休む事を欠かさず言いつけていた。

 毎日が子供たちの相手と、家事の手伝いで忙しいものだから、レオンの一日と言うものは、あっという間に過ぎていく。
ついつい日付感覚が狂う事も少なくはないのだが、しかし日めくりカレンダーを捲っていると、どうしても忘れる事が出来ない日と言うのは気付くものだった。

 今年で12歳になったレオンは、一人で台所を任せて貰える事も増えていた。
母と一緒に孤児院を頼った時、遅れてやってきた当時4歳だったエルオーネも、今や8歳だ。
あれから弟が生まれた事もあり、やんちゃ盛りだったエルオーネは、段々と“お姉さん”と言う立場を強く意識するようになった。
また、孤児院に来て4年と言う時間の内に、引き取られて行った子供がいる反面、新たに入って来た子供もいた。
そんな中でレオンとエルオーネは、引き取りたいと希望する者が現れても断り、孤児院に籍を置き続けている。
お陰でレオンは勿論、エルオーネも年長役と言える歳になり、二人で孤児院の家事をそれぞれ引き受ける事も多くなった。

 今現在、孤児院では、レオンを最年長に、次にエルオーネと同い年のレイラ、その下に6歳以下の子供たちと言う状態だ。
最年少は3歳のスコールで、孤児院の子供たちにとっては皆の弟になっていた。
本人はどうにも人見知りが激しく、相変わらず兄姉と、クレイマー夫妻以外には抱き上げられるのも嫌がるのだが、少なくとも孤児院の子供たちを怖がる事はしなくなっている。

 最近のスコールは、なんでも兄姉を真似したがって、台所にいるレオンや、外で過ごすエルオーネと一緒にいたがる。
今日は外遊びをしているエルオーネについて行き、小さなコンパスで一所懸命に姉を追い駆けていた。

 そんな妹弟を時折窓の向こうに眺めながら、レオンは台所に立っている。
今朝の市場でシド先生が買って来てくれた魚を慣れた手つきで捌き、今日の夕飯に使えるように仕込んで置く。
その傍ら、レオンは時折、小さく唸りながら考え事をしていた。


(うーん……出来ればプレゼントを用意してやりたいけど……)


 蒼の瞳がちらりと壁を見て、其処にかけられた日めくりカレンダーを捉える。
今日の日付を記したそれが、あと一週間分めくられると、スコールの4回目の誕生日がやって来る。
その日の為に準備できるものは何かないかと、レオンはずっと考えていた。

 孤児院では、籍を置いている子供の誕生日がやってくると、必ず誕生日パーティが催される。
夕飯はその子の好きなものがメインメニューになり、ケーキもママ先生が手作りをしてくれるのだ。
最近はレイラが主体になって、誕生日を迎える子供に、メッセージカードを作るようになった。
レオンもエルオーネの誕生日にメッセージを贈り、レオン自身も自分の誕生日に受け取った事があるが、あれが中々くすぐったくて嬉しいものなのだ。
恐らく、今回もそう言った流れがあるだろうとは思っているのだが、それはそれとして、レオンはスコールに何かプレゼントを渡してやりたかった。


(贔屓になるのは判ってはいるんだけどな)


 孤児院にいる子供たちに、当然ながら、優劣と言うものはない。
ママ先生は出来る限り、どの子供にも平等に接するように努めており、誰か一人を極端に贔屓しないようにしていた。
甘えたがる子にも、自立心の強い子にも、欠かさずに目を配り、愛を注ぐ。
手のかかる子供にはどうしても多めに時間を割くことにはなるが、大人しいからと言って放っておいて良い訳ではなく、本当は甘えたいのを言い出せない子もいるのだから、そう言った子も寂しい思いをしなくて良いようにと願っているのだ。

 勿論、レオンも同じように、ママ先生から他の子供たちと同様に愛情を注がれている。
孤児院に来た時、その時分から年長者として入ったこと、実の母が一緒だったことなど、レオンは他の子供よりも特別なことが多かった。
特に実母が傍にいた事は、多くが親を喪ったり、戦争による疎開を目的として預けられたりと言う子供が多い中、異例と言えば異例と言えた。
それでもママ先生も、シド先生も、年上だからとか、母がいるからと言う事を理由に、レオンを軽視することはない。
寧ろより注意深く目を配られていたことを、レオンは最近改めて悟るようになった。

 そんな育ての母の下で暮らしているので、レオンもこの孤児院では出来るだけ皆が平等に過ごせるべきだとは思っているのだが、彼の中で、妹弟の存在はどうしても特別なものだ。
この孤児院で生を受けたスコールは勿論のこと、生まれ故郷でずっと面倒を見てきたエルオーネも、レオンにとっては宝物である。
二人を贔屓するなと言うのが、無理な話なのだ。


(夕飯はスコールが好きなものになるから、食べ物は別だな。最近は本をよく読むようになったから、何か新しい絵本とか。でも……)


 レオンの脳裏には、昨日の夜のことが浮かんでいた。

 最近、スコールは絵本を読むことに嵌っているようで、毎晩のようにレオンやエルオーネに読み物をねだっている。
孤児院には皆が使う絵本が沢山置いてあるが、スコールが特に気に入っているのは、レオンが故郷からバラム島へと移住した時に持ち出していたものだった。
当時8歳だったレオンにとって、もう読むことは殆どない本だったのだが、思い出があってどうしても残して行けなかったのだ。
それが最近、弟へと引き継がれる形で彼の心に刺さったらしく、スコールは頻繁にその本を持ち出している。

 スコールは何か一つのものが気に入ると、それに執心する所があった。
あの絵本は彼にとって大ヒットしたようで、あれを越えられる絵本と言うのは、中々見付からないだろう。
と言うのも────


(ライオンを主役にした絵本なんて、どこの本屋も置いていないんだよな。あの絵本自体、かなりの年代物のようだし、俺もどこで見つけたんだったか……)


 かつてはレオンを、今はスコールを虜にして已まないその絵本は、ライオンと言う生き物を主役にした冒険譚が描かれていた。
一人きりで強く生きていたライオンが、仲間を見付け、擦れ違いをしながらも絆を深めていく。
仲間を護る為、強い敵に猛然と立ち向かうその姿が、幼い兄弟には強い憧れとなって焼き付いたのだ。

 物心がついた時には、レオンはその本を持っていた。
故郷の村は小さなもので、物はどれもこれも古くから使われているものが多く、本など表紙板さえもボロボロになって、破れたページを糊やテープで補修しているものが殆どだった。
ライオンの絵本は綺麗な方だったから、ひょっとしたらレオンが生まれた後、行商が来た時に買ったのかも知れない。
本の発行日のページは、日焼けで褪せて文字が消えてしまったから、日付は勿論、出版社の名前も判らなくなっていた。
当時のレオンはそんな事は気にせず、よく父と母に読んで欲しいとねだったものだ。

 そしてバラム島へと移り、スコールが生まれ、絵本が彼に引き継がれてから、レオンは同じものがどこかに売られていないかと探すようになった。
お気に入りの本なのでスコールは大事に大事に扱ってくれるが、買ってから恐らく十年は経ったものだから、流石に劣化が著しい。
真っ新な新品の方がスコールも喜ぶだろうと、見付けたら新調できたらと思っているのだが、バラムの本屋を幾ら覗いてみても見付からない。
本屋の店員に訊ねてみた事もあったが、そんな本がある事自体、知られていなかった。
年を取った店主が、あったなあ、と思い出のように呟いたのみである。

 同じものが見付からないなら、他にライオンを題材にした本はないだろうか、とターゲットを変えてみた事もある。
しかし、店員に訊ねてみても、紹介されるのは幻獣図鑑だったり、絶滅した伝説上の生き物の図録が精々だった。
図鑑はスコールも嫌いではないが、毎日の読み聞かせに求めるものではないようで、少々レオンの希望とは外れてしまう。


(ライオンってあまり知られてないんだって、こっちに来てから初めて知ったな。あの絵本のお陰で、父さんも母さんもライオンを知っていたから、誰もが知ってるものだと思ってた)


 ふう、と溜息を吐いて天井を仰ぐ。


(偶に見付けても、ライオンが主役ではないし。それも結構古かったりするから、今時の新しいものはもう扱われていないのかも知れないな……)


 見付けること自体が困難な、ライオンの絵本。
ドラゴンを主役や題材にした本は沢山あるのに、どうしてライオンの本はないのだろう。
認知度と言うものが様々な方面で重要であることを、少年が知るのは、まだもう少し先の話であった。

 幾ら考えても見付からないものは仕方ない、とレオンは絵本を探すのは諦めることにした。
手元は相変わらず、すっかり慣れた手で野菜を刻みながら、他にスコールが喜びそうなものは、と考えていると、


「ただいまー!」
「あつーい!」


 外遊びに飽きたか、夏の太陽が本気を出してくる時間帯になって避難してきたのか、ダイニングが俄かに賑やかになる。
わいわいとした声の中、エルオーネとスコールが台所にやって来る。


「レオン、ただいま!」
「お帰り」
「お兄ちゃん、ただいま」
「お帰り、スコール。手は洗ったか?」
「うん」


 とたとたと駆け寄って来たスコールが、ぎゅっとレオンの腰に抱き着く。
その柔らかい頭を撫でながら、レオンは食器棚からグラスを出しているエルオーネを見て、


「水分補給はしっかりな」
「うん。ほら、スコールも」


 エルオーネはグラスを一つ手に取って、冷蔵庫から出したピッチャーの水を注ぐ。
よく冷えたそれを落とさないようにと弟に渡した後、他の取り出したグラスにも注いで行った。

 スコールがレオンの隣に立って、こくこくと水を飲む。
その間にエルオーネは、他の子供たちにも水分補給をさせるべく、トレイに乗せたグラスをダイニングへと持って行った。


「皆ー、お水飲んで!」
「はーい」


 エルオーネの号令に、子供たちが揃って返事をするのが聞こえた。

 レオンはスコールの空になったグラスを受け取って、シンクに置いておく。
後で調理道具とまとめて洗おう、と思っていると、此方も綺麗に空になったグラスを持って、レイラがキッチンにやって来る。


「皆ちゃんと飲んだよ」
「ああ、其処に置いておいてくれ。後でまとめて洗うから」
「ううん、あたしが洗っておくよ」
「そうか。ありがとう」


 弟の存在に触発され、姉らしく振る舞うことも増えたエルオーネに影響されてか、レイラもある頃からよく家事を手伝ってくれるようになった。
他の子供たちの面倒も見てくれるので、レオンは勿論、クレイマー夫妻も多いに助かっている。

 グラスを洗って干してから、レイラはまた子供たちの面倒を見に行った。
外遊びに疲れたからと言って、子供たちの遊ぶスイッチが途端に切れる訳でもない。
今度は家の中で出来る遊びをしようと、めいめいやりたい事を提案する声に、今日も元気で良いことだ、とレオンは思った。

 そんな中、ぴとっとレオンの傍にくっついているのがスコールだ。
外遊びの間はずっと姉の後を追いかけていたスコールは、今度は兄に甘えたいのだろう。
そうして密着してくれているのは、可愛らしいものではあるのだが、此処は台所である。
此処にいる時のレオンは中々に忙しくて、料理に伴う危険性もあって、あまりくっつかれていると少し危ない。


「スコール、危ないぞ」
「んぅ……」


 もう少し兄を感じていたかったのであろうスコールだが、レオンに眉尻を下げて注意されて、渋々と言う顔で離れる。
変わりに食器棚のある部屋の隅でしゃがみ込むスコールに、レオンはくすりと笑って「ありがとう」と言った。


「スコールは、もう皆と遊ぶのは良いのか?」
「うん。お兄ちゃんと一緒にいる」
「そうか。ご飯を作るのはもうすぐ終わるから、そしたら皆の所に行こうな」
「お兄ちゃんも一緒?」
「ああ」
「じゃあ行く」


 お兄ちゃんが一緒だったら行く。
優先順位第一位の兄が一緒と聞いて、スコールは満足そうな顔をして頷いた。

 鳥の骨で出汁を取ったスープに野菜を入れ、煮込むことしばし。
鶏ガラスープの匂いがよく漂い、野菜から染み出た旨味と合わさって、良い塩梅になって来た。
後は夜まで寝かせておけば、野菜にしっかりと味が染み込んでくれるだろう。
これでよし、とレオンはコンロの火を止めた。

 エプロンを外すレオンに、しゃがんでいたスコールがそわそわとし始める。
レオンが食器棚の上にエプロンを片付けると、待ってましたとスコールが足元に抱き着いた。


「こら、蹴ってしまうぞ」
「んふふ」
「全く」


 注意をするレオンだが、スコールは全く気にしていない。
兄がそんなことをしないと判っているからだ。
レオンは溜息を吐きつつ、スコールの頭をぽんぽんと撫でて、皆の所に行くようにと促した。

 手を繋いでいつも皆が遊んでいるリビングに入ると、其処は思いの外静かだった。
子供たちはそれぞれソファやカーペットなど、思い思いの場所で過ごしていたが、その半分は寝落ちてしまっている。
暑い中を外でよく駆けまわって遊んだので、疲れていたのだろう。
ボードゲームやカード遊びを始めても、腰を落ち着けた事で体が休息に切り替わったようだ。

 そんな中、子供たちの姉役として面倒を見ていたエルオーネとレイラも、ソファに座って欠伸を漏らしている。


「エル、レイラ」
「あ、レオン兄。ご飯作るの終わったの?」
「ああ。皆の相手をしてくれてありがとう」
「んーん。レオンもお疲れ様」


 妹たちからの労いに、レオンは笑みを浮かべる。
そんなレオンの隣から、小さな影が離れ、


「お姉ちゃん」
「うん、おいで、スコール」


 ソファに落ち着いている姉の下へ駆け寄るスコール。
エルオーネは弟の為に場所を開けると、ここにおいで、とクッションをぽんぽんと叩いた。
スコールが其処に座ると、その隣になったレイラがもう一つ移動して、レオンが座るスペースを空ける。

 年長のレオンもまだまだ12歳で、子供と呼べる年齢であるが、とは言え四人も座るとソファはすっかり埋まった。
スコールにしろ、エルオーネもレイラもまだ小柄だから、窮屈に感じなくて済む位のものだ。
だがスコールは、その密着感が安心できるようで、姉と兄に挟まれて満足そうに頬を赤らめている。


「えへへ」
「スコールは何かして遊ぶ?」
「んっと……カードやりたい」
「トランプ?」
「うん」


 ソファの前のローテーブルには、カードの山が散らばっている。
他の子供たちが遊んでいる内に、片付ける前に寝落ちてしまった名残であった。
レオンはそれを集めて端を揃え、スコール、エルオーネ、レイラ、自分の順にカードを配る。


「レイラは眠かったら無理しなくて良いぞ」
「まだ大丈夫」


 子供たちと一緒に駆け回り、此方も疲れていない訳ではないだろうとレオンが言うと、レイラは自分のカードを確かめながらそう返した。
スコールが寝るまでは起きてるよ、とも耳打ちされて、面倒見の良い少女達に、レオンは何度目か知れない感謝をする。

 他の子供たちが次々と眠ってしまったのと同様に、スコールも程無くうとうとと舟をこぎ始めた。
他の子供たちが眠ってしまい、兄も家事が終わって、兄姉を一人占めできる時間が出来たのだ。
だから起きていようと頑張っていたようだが、孤児院で一番の末っ子は、まだまだ体力も覚束ない。
遊びたい気持ちとは裏腹に、何度も目を擦っている内に、瞼はとろとろと下りて行った。

 ふあ、とレイラが欠伸を堪えられなくなった頃、スコールもレオンに寄り掛かって目を閉じていた。
すぅ、すぅ、と寝息を立てるスコールに、レオンは一度その体を抱き起こして、眠り易い体勢に直してやる。


「……よし。エル、レイラ、お疲れ様」
「ふあぁ……あたしもちょっと寝るね」
「ああ」


 レイラはぐぅっと体を伸ばした後、ソファを離れた。
クッションを一つ持って行き、適当な場所を見繕って丸くなる。

 このまま昼寝タイムだな、とレオンが思っていると、


「ね、レオン。ちょっと良い?」
「ん?」


 エルオーネに声を掛けられて、レオンは彼女を見る。
あのね、と言う妹は、隣で眠る弟を起こさないようにと声を潜めていた。


「あのね。もう直ぐスコールの誕生日でしょ」
「そうだな」


 日めくりカレンダーがもう直ぐ示す大事な日を、エルオーネもしっかりと覚えていた。
その事に密かな喜びを感じつつレオンが頷くと、エルオーネは続ける。


「それでね、スコールに何かプレゼントできないかなあって思って」
「ああ、うん。それは俺も考えていたんだ」
「ほんと?」


 兄が同じ事を考えていたと知って、エルオーネの目がきらきらと輝いた。
自分だけなら難しいことでも、レオンがいたら、と言う期待がありありと映し出されている。


「じゃあね、私ね、スコールはライオンが好きだから、ライオンをプレゼントしてあげたら喜ぶと思うんだ」
「ライオンを?」


 思わずオウム返しをしたレオンに、エルオーネは力強く頷く。


「スコール、いつもライオンの本を読んでるしょ?」
「ああ」
「猫とか、犬とかも好きみたいだけど、やっぱりライオンだと思うの」


 両手を握って力説するエルオーネに、流石、弟のことをよく見ているな、とレオンは思った。
毎晩のように同じ絵本を寝床に持って行くスコールであるから、あの絵本が一等お気に入りである事は、エルオーネにもよくよく判ることだろう。

 でも、とエルオーネの表情が曇る。


「本物のライオンはいないし、それは会わせてあげられないから、ぬいぐるみはどうかなって思ったの。スコールもよく探してるんだけど、どこにもないからいつも残念そうにしてて、プレゼントにしてあげられたら、凄く喜ぶんじゃないかと思って。でも、ママ先生やシド先生と一緒に買い物に行った時とか、お願いしてあちこちお店を見てみたんだけど、どこにも見付からなくて」
「ああ……うん、そうだろうな」


 絵本を探していたレオンと同様に、エルオーネもスコールが喜ぶものを一所懸命に探していた。
しかしここでもライオンと言う動物は見付けることが出来ず、プレゼント探しは難航している。


「レオンは知らない?ライオンのぬいぐるみがある所」
「……いいや。俺もそれは見た事がないんだ」


 妹の期待に応えられない心苦しさを隠しながら、レオンは緩く首を横に振った。
エルオーネも、自分の足で探した後だったからか、なんとなく想像はしていたようで、「そっかぁ……」と眉尻を下げる。

 バラムの街はそれ程大きなものではないから、其処に並んでいる商店の殆どは、個人経営のものである。
だから店ごとに置かれている商品が全く違っていたり、店主が趣味で作った調度品や小物が商品として置かれていることも少なくない。
それ位に、マーケットとしては小ぢんまりとしているのだ。
そう言った場所に、あまり知られていない、伝説上の生き物をモチーフにしたアイテムが出て来ることは早々あるまい。
子供の足で行ける生活圏の中にある店と言うのも限られており、船に乗って外国の都市まで探しに行くと言う程の行動力が取れない少年少女には、探せる限界が知れていた。


「ライオンのぬいぐるみか……猫やクァールは見た事があるけど」
「ううん、それじゃないの」


 探しているのはライオンなのだと強調する妹に、うん、とレオンは頷く。
だが、バラムの町中を探したとしても、ライオンのぬいぐるみは見付かる気がしない。


「……残念だけど、ライオンは置いてないと思うんだ」
「……そっかぁ……う〜……」


 レオンの言葉に、エルオーネはしょんぼりと肩を落とす。
絶対にスコールが喜んでくれるだろうと期待があるだけに、それが叶わないのは悔しいものだ。
判り易く落ち込む妹に、レオンもまた唸る。


「どうしてもライオンでって事を考えると、多分、作るしかないんだろうな……」


 ないものは作るしかない、と言うのはごく単純な発想だった。
しかし、単純ではあるが簡単ではないだけに、レオンはその線を考えていなかったのだが、


「作る?作れるの?」
「いや、出来るかと言われると、それは────」


 食い付いて来た妹にとっては、それは光明であった。
口籠る兄に気付かず、そうすれば良いんだ、と丸みのある白い頬が興奮したように赤くなる。


「そっか、作れば良いんだ。ライオンのぬいぐるみ!」
「うん、まあ、そうだが……多分難しいぞ?」
「大丈夫、できるできる!スコールの為だもん!」


 弾んだ声のエルオーネは、自分を鼓舞しているようにも見えた。
できると思えばできるものだと、弟の為ならやって見せると言わんばかりの輝く瞳に、これに水を差すのは可哀想だなとレオンも思う。
何より、レオン自身も、スコールが喜ぶものを用意してやりたいのだ。
一人では難しいことでも、妹と一緒にやれるのなら、何か形のあるものが出来るのではないかと思えて来る。

 妹がやる気になっているのだから、兄も考えてばかりいないで、行動をしなくてはなるまい。
そんな気持ちにもなって、レオンは頭を切り替えた。


「そうだな、じゃあ先ずは……ぬいぐるみを作るのに何がいるのか、調べておかないと」
「本屋さんで調べたら判るかな?」
「探してみよう。多分、作り方を書いた本があると思うんだ」
「判った。スコールの誕生日、もう直ぐだから、急がなくちゃね」
「ああ」


 暦を見れば、弟の誕生日までは後一週間と少し。
毎日が忙しい子供の日々は、気付かぬ内にあっという間に過ぎて行ってしまうものだ。
つまり、まだ先だ先だと思っている間に、スコールの誕生日も来てしまうと言う事。

 明日から益々忙しくなるなと思いながら、兄姉はすやすやと眠る弟の寝顔を眺め、口元を緩めるのだった。




 ぬいぐるみと一言で言っても、色々とあるらしい。
布地を切り、それを縫いつけ、中に綿を詰め込んだもの。
毛糸を織り込み、その編み方で模様や色を替えながら、形を作るもの。
小さいものなら、羊毛を使って作るアイテムもあるようだ。

 レオンは子供たちの服の補修をする事もあるので、裁縫なら多少の心得があった。
編み物の方はよく判らないが、布を切って縫い付けていく方法なら、レオンの力でも出来るだろう。
とは言え、やった事があるのは服の解れを直したり、空いた穴を縫って閉じたりと言う位で、一から何かを作った事はない。
流石に指南書に出来るものが欲しい、とレオンは買い物の途中で本屋に立ち寄り、初心者向けと書いてあるものを一冊、購入した。

 レオンが買った本には、型紙がついていた。
やはりライオンのものはなかったが、猫や犬、ウサギと言った代表的な動物の他に、海の生き物ならイルカやカメ、魔獣のトンベリやマンドラゴラと、中々種類が豊富だ。
その中からレオンは、猫を参考にして、ライオンの体とする事にした。
元々、ライオンは猫科に属する動物であったと言われているから、恐らくそう極端な違いはないだろう、と思ったのだ。

 材料の買い出しは、エルオーネがママ先生と一緒に行った。
ママ先生なら裁縫に必要なものが一通り判るし、スコールがどんなものが好きかも判っているから、強力な助っ人だ。
作る時にも、判らないことがあれば聞いてね、と言ってくれた。
まずは二人で頑張ってみようと気合を入れた兄姉だったが、頼れる当てがある安心感は大きい。

 それからは二人それぞれ分担しての作業が始まった。
何せレオンもエルオーネも、家事手伝いに年下の子供たちの相手にと忙しい。
勿論、甘えたい盛りのスコールのことも放っては置かない。
時間を作りながらの作業は中々に大変だった。
スコールには秘密のプレゼントにしたかったから、彼の目を避けてと言う必要もあったので、尚更だ。
その内、昼間はどうにも慌ただしいこともあり、段々とその作業時間は、子供たちのお昼寝タイムか、彼等が眠った夜に始めるようになった。

 型紙から布を切り、本に書いてある手本の通りにパーツを縫って行く。
エルオーネが「大きいのにしようよ。ライオンは大きいんだもん」と言ったのもあって、一つ一つのパーツに使う布も大きくなり、縫う作業も増える。
レオンとエルオーネは、時間を作り合って、スコールや子供たちの相手もそれぞれ引き取りながら、作業を進めて行った。

 明後日にはスコールの誕生日がやって来る。
明日には完成させておきたいと、レオンは子供たちが寝入る前から作業を始める為に、クレイマー夫妻の寝室を借りた。
ぬいぐるみ作りは、頭、体、手、足にそれぞれ綿が詰められた所まで出来上がっている。
後は各パーツを縫い繋げれば完成だと、レオンは気合も一入に頑張っていたのだが、


「……うーん……」


 どうにも違和感を感じて、レオンは首を傾げる。
ぬいぐるみは頭と体を繋げ始めていたのだが、どうしても気になる事があった。


(なんとかなる…か……?綿はもう……)


 完全に針を動かす手を止めて考え込むレオン。
そんな少年を、ママ先生とシド・先生は黙って見守っていた。

 ───コンコン、と部屋のドアがノックされて、ママ先生が返事をしながら扉を開けてみると、パジャマ姿のエルオーネがいた。


「いらっしゃい。皆は寝たかしら?」
「うん。レイラも見てくれてるから、私は行って良いよって」


 お邪魔します、と言ってエルオーネは夫妻の部屋に入った。
窓辺のテーブルでぬいぐるみを縫っている兄の下に駆け寄る。


「レオン。ぬいぐるみ、どう?」
「ああ、一応、進んではいるんだけど……ちょっと気になる事があって」
「気になること?」


 なんだろう、と首を傾げるエルオーネに、レオンは腕に抱えていたものを見せる。
エルオーネは正面からそれを見て、むぅ、と唇を尖らせた。


「なんだか、頭が大きいね?」
「やっぱりそうだよな」


 ぬいぐるみは、判り易く頭でっかちになっていて、体が細長くてひょろひょろとしている。
頭はふっくらとしているのに対し、体は薄っぺらいのだ。
別々のパーツの時には気付かなかったが、二つを繋げたことで、その膨らみの違いが顕著になった。
スコールは勿論、今でもレオンの憧れである、雄々しいライオンのイメージとは正反対に、なんともか弱いアンバランスなシルエットになっている。

 どうしてこうなったんだろう、とレオンは考えてみた。
最初に頭のパーツを作った時、しっかりと綿を詰め込んだ、と言うのがまず一つ。
そして、恐らく、鬣のパーツを作ったからだ。
本来、猫を作ることを想定としている型紙に、当然ながらライオンの特徴である鬣はなく、これだけは作るのに頼りに出来るものがなかった。
絵本に描かれたイラストを参考に、余った布を繋ぎ合わせてふわふわとした毛の塊をイメージして作ったまでは良かったが、それを膨らませる為に綿を使ってしまったのだ。
だから最後に体を作った時、そこに詰める綿が足りなくて、しっかりと膨らませることが出来なかった。

 此処まで来たのに、明後日は誕生日が来てしまうのに。
どうしたものかと眉をハの字にしてしまった兄に、エルオーネもなんだか悲しくなって来る。
弟が喜んでくれるものを作りたかったのに、兄の手に抱かれたぬいぐるみは、とてもそんな立派なものには出来そうにない。


「どうしよう。お腹に何か入れたら良いかな?」
「そうしたいのは山々なんだけど、もう首を殆ど繋げているし……」
「もう入れられない?」
「いや……まだ完全に繋げてはいないから、入らないことはないと思うけど、入れる綿がもうなかっただろう」
「何かないかな。これ、余った布だよね」
「ああ」


 エルオーネは、テーブルの足元に置かれていた袋を開いた。
ぬいぐるみを作る為に買い物に行った時、材料を入れて持って帰ったその袋は、そのまま余った布や糸を入れるものとして使っていた。
エルオーネはがさがさと袋を探り、使えるものを探してみるが、あるのは布の切れ端ばかり。


「これ入れても駄目かな?」
「……試してみよう」


 何事もやってみないと、とレオンはエルオーネの手から布の切れ端を受け取った。
布を丸めて、ぬいぐるみの頭と体の隙間の穴に詰めてみる。
ぎゅっぎゅっと指で押し込んで行くと、丸い布は中に入ってはくれたものの、首の部分に不自然にぽっこりとした膨らみが出来ていた。


「入った!」
「うーん……」
「ダメ?一杯入れたら、なんとかならないかな?」


 布ならまだあるから、とエルオーネは袋をテーブルの上に置く。
レオンは、腫れたように膨らんでいる首を指で押し、中へ中へと押し込んで行くが、


「沢山入れたら、なんとかなるかも知れないけど、小さくしないと入れられそうにないんだ」
「私がやってみる。貸して」


 エルオーネが差し出した手に、レオンはぬいぐるみを渡した。
レオンがやったように、エルオーネも余った布をぬいぐるみの首元から入れようとするが、その隙間は決して大きくない。
スムーズに入って行かない布に四苦八苦する妹に、レオンは何か方法はないかと考えていると、


「どう?上手に出来そう?」


 聞こえた声にレオンが顔を上げると、遠目に兄妹を見守っていたママ先生が傍に立っていた。
レオンは眉尻を下げて、ええと、と口籠る。


「その……後少しだとは思うんだけど、ちょっと体が細いなって。でも、綿も足りないから、どうしたら良いかなって思って」
「あのね、ママ先生。綿がないからね、余ってた布を中に入れたいの。でも中々入らなくって。ママ先生、なんとかできる?」


 育ての母の助け舟に、レオンは恐々と、エルオーネは躊躇いなく飛び込んだ。
ぬいぐるみを差し出して助けを求めるエルオーネに、ママ先生は小さく笑みを浮かべてそれを受け取る。

 ママ先生はテーブルの椅子を引くと、其処に座って、ぬいぐるみをしげしげと眺めた。
健康的に膨らんだ頭に対して、綿が足りなくてひょろりとしてしまった体。
詰め物をすればきっと解決するだろうと言う子供たちの想像は、決して外れてはいない。
問題はその詰め物が足りないのと、詰め物を入れる為の場所が小さいと言う事だ。


「そうね。じゃあ……ライオンさんの、ここに一度穴を開けても良いかしら」
「えっ、お尻?お尻に穴開けちゃうの?」


 其処には後で尻尾をつけるのに、と言うエルオーネに、ママ先生は黒髪を優しく撫でて言った。


「後できちんと塞ぐようにするから、大丈夫よ。尻尾もきちんとつけられるように、出来るだけ綺麗にしてあげましょうね」
「そんな風に出来るの?」
「ええ。レオン、鋏を取ってくれる?」


 レオンは裁縫箱の中に納めていた鋏を取り出し、ママ先生に手渡した。

 ママ先生はぬいぐるみをくるりと逆様にすると、布の合わせ目に通っている糸と一緒に、ライオンのお尻から背中に向かって鋏を入れていく。
ちょきちょきと大胆に切り進めていくその手には迷いがなく、これから何をどうすれば良いのか、全てを知っているようだった。

 レオンとエルオーネがじっと見つめる中、ママ先生はライオンの背中を大きく開くと、其処に余り布を柔らかく丸めて詰めていく。
その傍ら、ぬいぐるみが参考にしている本のそれよりも随分と大きいものになっている事には気付いていたようで、


「随分、大きく作ったのね」
「だってライオンは大きいんだもの」
「ふふ、そうね」


 母と妹のそんな会話を聞いたレオンは、そうか、大きいから綿も足りなかったのか、と新たな理由を知る。
布は売られていたものがメートル単位だったので、本に書かれた必要な量よりも十分に確保できていたが、綿に関しては気付かなかった。
手芸屋に売っていた袋に詰められた綿を一つ買っただけでは、本の型紙よりも大きく作ったぬいぐるみに足りないのは当然か。

 明日、買い足しに行って間に合うだろうか───とレオンが考えていた時だ。


「イデア、これで良いですか」
「ええ。ありがとう、あなた」


 此方も見守り続けていた筈のシド先生が、その手に白い袋を持って来ていた。
差し出されたそれをママ先生が受け取り、搾っていた口を解くと、真っ白な綿が入っている。


「綿だ!」
「皆のぬいぐるみを直す事もありますからね。余っていて良かった」
「使って良いの?ママ先生、ありがとう!」


 子供たちがおもちゃとして使ったり、夜には夢の友達になることもあって、孤児院にはぬいぐるみが幾つか置いてある。
それらは長い間現役で過ごしており、子供たちが取り合ったりする事も少なくない為、度々傷んでは耳が取れたり、手足が千切れたりと言う事も頻繁であった。
その度、ママ先生が綺麗に直してくれるので、零れた綿や、取れたボタンやビーズを補給する為の素材も揃えている。
それをスコールのプレゼントの為に使ってくれると知って、エルオーネは目を輝かせてママ先生にお礼を言った。
レオンも傍らでじっと見守るシド先生を見上げ、「ありがとう」と伝えると、皺のある顔に柔らかい笑みが浮かんだ。

 綿と一緒に余った布も詰めて、ライオンの体がふっくらとして行く。
詰め物が十分に行き届くと、やっと頭のサイズとのバランスが取れて来た。
鬣の分だけ頭はやはり大きく見えるが、体が膨らんだお陰で、もうひょろひょろと頼りない印象はない。

 ママ先生は、最後にライオンの背中に空けた穴を縫い合わせた。
指先をすいすいと動かして、綺麗に縫い合わされていく布地。
まじまじと覗き込むエルオーネの目の前で、すっぱりと切り分けられた筈の布地が、糸の姿も隠しながら綺麗に閉じていく。
最後の糸留めも小さく小さく結ばれて、余った糸を糸切り鋏で切ってしまえば、もう其処に大きな穴が空いたなんて思えないほど、ライオンのお尻はすっきりと綺麗に直っていた。


「はい、これで良いかしら?」
「うん、ありがとう」
「すごーい!すごいすごい!お尻、すごく綺麗に塞がっちゃった!」


 差し出されたライオンを受け取るレオンと、ママ先生の裁縫技術に感心し切りのエルオーネ。
エルオーネはライオンのお尻をまじまじと覗き込み、ママ先生が直してくれた場所を指ですりすりと摩っている。
其処には布地が繋ぎ合わさったと言う微かな凹凸の感触があるだけで、糸の感触もなく、触り心地の良い布の手触りが生きていた。

 じゃあ後は頑張って、と応援を貰って、レオンは改めてぬいぐるみと向き合う。
繋いでいる途中だったライオンの首に再び針糸を通し、取れないように念入りに縫って行く。
と、それを見ていたエルオーネが、


「レオン、私も私も」
「ああ」


 このぬいぐるみは二人で作るプレゼントなのだ。
やりたい、と手を挙げるエルオーネに、レオンはぬいぐるみと針を渡す。

 それから、エルオーネが眠気を感じて目を擦り始めるまで、二人は交代し合ってぬいぐるみのパーツを縫って行った。
その途中、手と足をつける所を逆にしたり、足の前後ろを間違えたりと、気付くと糸を切って解き、もう一度最初から付け直す。
その内に時間は過ぎて行き、エルオーネの手元が段々と危なっかしくなって行くのを見て、レオンは此処までにしようと言った。
ぬいぐるみは、後は右足と尻尾を縫い付ければ完成する。
これなら、きっと明日の夜には完成していることだろう。




 その日が自分にとって唯一無二の特別なものだとスコールが気付いたのは、夕飯での事。
自分の好きなもので一杯になった食卓と、オムレツプレートにケチャップで『Happy birthday!』の文字。
隣に座ったエルオーネが「誕生日だね!」と言ったのが一番の切っ掛けになって、スコールは丸い頬をふくふくと赤くして喜んだ。

 食事の前の挨拶は、今日はバースディソングになる。
孤児院の末っ子の為に、子供たちは手拍子をしながらお祝いをして、賑やかな夕飯が始まった。
その後は子供たちにとって一番の楽しみである、ケーキだ。
ママ先生が作ってくれたケーキを綺麗に切り分け、一人一人に配られる。
そのタイミングで、スコールにはレイラから、孤児院の兄姉たちが寄せ書きした手紙を受け取る。
最近、絵本に興味津々なこともあって、文字を覚え始めたスコールにとって、文字の入った手紙と言うのは嬉しいものだった。
手紙を貰ったお礼を言うのも恥ずかしくて、いつものように姉に隠れながらではあったが、スコールはきちんと「ありがとう」が言えた。
そのご褒美にと、スコールのケーキには、名前とお祝いのメッセージが入ったチョコプレートが添えられる。

 夕飯とケーキで子供たちの腹もすっかり満たされ、後は順番に風呂に入って眠るだけ。
バースディパーティをした事もあり、まだまだ興奮気味の子供たちを、ママ先生とシド先生が呼んでグループになって入浴に連れて行く。
残ったレオンとエルオーネとスコールは、今行った子供たちが戻ってきたら、入れ替わりに風呂に入るのだ。

 それを待っている間にと、レオンは弟を呼んだ。


「スコール、こっちにおいで」
「なあに、お兄ちゃん」


 手招きするレオンに、スコールは直ぐに駆け寄った。
そのまま抱き着いて来るスコールを、レオンはしっかりと受け止めて、嬉しそうな背中をぽんぽんと撫でる。

 レオンはスコールの手を引いて、寝室に向かった。
今はまだ人の気配がないその扉を開けると、一足先に戻っていたエルオーネが部屋の真ん中で立っている。
そんな姉を見付けて、スコールは直ぐに彼女に駆け寄った。


「お姉ちゃん」
「ふふ。スコール、今日で何歳になったか言える?」
「んっとね……4さい!」


 姉の言葉に、スコールは指を四本立てて答えた。
正解、と褒めてくれるエルオーネに、スコールは嬉しそうに彼女の胸に顔を埋める。
エルオーネはスコールが一頻り甘えて満足するのを見てから、背中に隠しているものを持ち直して、


「じゃあ、4歳になったスコールに、プレゼントがあります」
「ぷれぜんと?」


 きょとんとしてオウム返しをしたスコールは、その手に持っていたメッセージカードを見た。
これも、プレゼントだよ、とレイラから渡されたものだ。
スコールはそれを兄と姉に見せ、プレゼントなら貰ったよ、と首を傾げる。
勿論、そのメッセージカードも彼の為に皆が用意したプレゼントに違いないのだが、今日は他にも用意してあるのだ。

 エルオーネは背中に隠していた物を前に出して、弾んだ声で言った。


「スコール、4歳の誕生日おめでとう!私とレオンからのプレゼントだよ」
「!」


 夕飯と、ケーキを食べている時と、もう何度も聞いた言葉でも、大好きな姉から真っ直ぐに告げられるその言葉は、スコールにとって特別に嬉しいものだった。
それに加えて、差し出された大きなそれを見て、大きな瞳が真ん丸に見開かれる。

 母と兄譲りの蒼の瞳に映るのは、いつもスコールが絵本に見ていた動物。
プレゼントらしく首にリボンを巻き、自分と同じ身長ほどもあるそのぬいぐるみは、幼いスコールにはとても大きくて立派なものに見えていた。
円らな瞳は黒のボタン、太い眉毛で凛々しさを、口は閉じているけれど大きいと判る。
耳や目の位置が左右で微妙にズレている事や、手足の大きさが違っているなんてことは、スコールにとってどうでも良いことだ。
頭の周りには立派な鬣を持ったこの動物を、スコールが間違える筈がなかった。


「らいおんさん……!」


 きらきらと目を輝かせるスコールに、エルオーネは飛び上がりたい位に興奮していた。
それを一所懸命に堪え、ふわあ、ふわあと声にならない声を上げる弟に、ぬいぐるみを差し出してやる。
スコールはその意味を感じ取って、そお……っとそれを受け取った。


「ふわ……わ……!」
「そのライオンさんは、スコールのライオンさんだよ」
「ぼくのライオンさん……」


 姉の言葉を、スコールは確かめるように繰り返した。

 腕に抱いたそれをまじまじと見つめる目は、其処にあるものが幻ではないことを確かめようと一所懸命だった。
おもちゃ売り場のぬいぐるみコーナーで、何度探しても、どんなに目を皿にしても、何処にもなかったライオンのぬいぐるみ。
猫やウサギや、ドラゴンのぬいぐるみもあるのに、どうしてライオンだけがないのだろうと、スコールはいつもがっかりしていた。
そんな日々があったものだから、此処にあるのが本当にライオンのぬいぐるみだとは、俄かに信じられなかったのかも知れない。

 スコールは、腕に抱いたものを持ち上げたり、後ろを覗き込んだりした後、ぷらぷらと揺れる房のついた尻尾を見付けて、いよいよこのぬいぐるみが“ライオン”なのだと理解すると、興奮を表すようにその場でぴょんぴょんと飛び跳ねた。
そんな弟につられて、エルオーネも喜び一入に膝を跳ねさせるのを見て、レオンはくすくすと笑う。


「良かったな、スコール」
「お兄ちゃん。見て、ライオンさん。ライオンさん!」


 声をかけたレオンに、スコールは興奮し切った声で言った。
頷き、良かったなと頭を撫でてやれば、スコールはぬいぐるみをぎゅうっと抱き締めた。


「ありがとう、お兄ちゃん、お姉ちゃん」
「ああ。どう致しまして」
「ライオンさん、大事にしてあげてね」


 今日一番の喜びをその瞳一杯に映し出して、スコールは兄姉にお礼を言った。
それだけでレオンもエルオーネも、今日の為に頑張って来た日々の苦労が報われる。
ぬいぐるみに頬を寄せ、丸い頬を赤らめて、嬉しそうな弟の顔こそが、二人が見たかったものなのだから。

 風呂に行っていた子供たちが寝室に戻って来て、入れ替わりにレオン達は風呂を済ませる。
その間、スコールは早く風呂を出てベッドに戻りたがっていた。
烏の行水になってしまいそうなスコールを宥めてきちんと頭と体を洗って、風邪を引かないようにときちんと拭いてから寝室に戻る。
いつものようにエルオーネと一緒の布団に入ったスコールは、その腕にしっかりと、兄姉の愛情がこもったライオンのぬいぐるみを抱き締めていた。




スコール誕生日おめでとう!

スコールの誕生日に、ライオンのぬいぐるみを手作りするレオンとエルオーネを、いつか書きたいと思っていたので。
このぬいぐるみは当分の間、スコールにとって一番の宝物になります。
ライオンのぬいぐるみがどこにも売ってなかったと言うのは勿論、やっぱり一番は、大好きなお兄ちゃんお姉ちゃんが作ってくれたものだから。
しばらくは何処に行くにも持って行こうとするから、ぼろぼろになって解れたりして、二人やママ先生が直してくれるんだと思います。
その内、大事に大事にする為に、持ち歩くのをやめてしまうけど、成長してからも捨てずに隠して持っているんでしょうね。