それは尾花か幻か


 訓練施設に出ると言うオバケは、日に日に行動範囲が広がっていると言う。
と言っても、大きく広範囲にと言う訳ではなく、初めに目撃情報があった場所から、転々とその目撃場所が増えていると言う事だ。
同時多発的に見られる訳ではなく、今日はここで、昨日はあそこで、と言った具合だった。
その目撃情報を集めてまとめると、オバケは幾つかの決まったポイントを移動しているのでは、と言う分析が成り立つ。

 ロックは大学部の友人に頼んで、固定カメラを仕掛けることにした。
まず最初の頃の噂で目撃情報が齎された場所に、そしてオバケの移動ルートと思しき場所に二つ。
バッテリーの持つ二日を放置し、回収して映像を確かめてみると、


「まあまともに撮れちゃいなかったんだけど。それはある程度予想してたし、魔物もいる訳だから、壊されたりもあるだろうはとは思ってたんだ。だけど一つだけ、妙な影と言うか────光の残像みたいなのが少し映ってるように見えるんだ」


 そう言ってロックが友人二人に見せた映像には、強いノイズが混じっていた。
夜間の訓練施設、明りもない場所も相俟って、見辛いそれに目を凝らしていると、鬱蒼とした茂みの隙間から、ぼんやりと発光したものが浮かび上がった。
僅かに鳥の羽のような形も見えたかと思った直後、映像は強いノイズを映し、砂嵐となってブツリと切れてしまう。


「撮れてたのは、これだけ。後は収穫なし。なんならバッテリー膨張してたり、カメラの中の線が焼き切れたりしてて、そもそも宛てに出来なかったな」
「そんなボロカメラ借りてたのか。まあタダで頼んだようなもんだし、しょうがねえか」
「いや、カメラはちゃんとしたの寄越してくれたんだよ。急ぎで借りたから旧式のものではあるけど、ちゃんと使えるものだったんだ。設置も『俺が取り付けるのが一番確実だろう』って準備してくれた奴が直接やったし、取り付け確認した時はどれも問題なかった」
「と言う事は、設置した後に何かあった、と見るべきか。まあ、訓練施設だしな。魔物もいるし、そのお陰で電気設備や電線なんかが切れて変な所で漏電している事も珍しくはないし」


 レオンの言葉に、エッジもそうだなと同意する。
ロックも頷きつつ、モニター付きの小さなカメラの電源を切った。

 レオンは現在、バラムガーデンの寮にある、共有スペースの談話室に来ている。
時刻は直に21時を回ろうかと言う所で、普段ならばとうに家で宿題を解いているか、そろそろアルバイトの時間が終わろうかと言う頃だった。
しかし今日はアルバイトは休みである。
それなのにレオンが自宅から出ているのは、まだまだ尽きない様子の、オバケの噂を確かめる為であった。

 カメラを片付け、三人は部屋を出る。
腰にそれぞれが愛用している武器を持ち、向かうのは件の噂の出所────訓練施設だ。
時間は随分と遅い為、消灯時間を過ぎており、本校舎は勿論、寮の廊下も最低限の明りを除いて消えている。
宵っ張りの若者は何処にでもいるもので、寮でもあちこちで人の気配はあるものの、明日に備えたり、勉強に耽る為に部屋に籠ったりが殆どで、昼間のことを思えば随分と静かだ。
それが日中以外をガーデンで過ごすことのないレオンにしてみると、随分と不思議な光景に見える。


「夜のガーデンって静かなんだな」
「まあな。騒がしくすりゃ隣近所からの苦情もくるし、先生からも呼び出し食らうから」
「隣近所ってのが文字通り壁一枚向こうだからな。もっと言ったら、同室の奴もいるんだし」


 二人の寮生の言葉に、レオンはそれもそうかと納得する。

 バラムガーデンの寮は基本が二人一組一室となっており、兄弟などが揃って入ればある程度は考慮されるものの、多くは他人同士の組み合わせである。
其処で新たな友人関係を築くものもあれば、不可侵条約が交わされる事もあるし、時には全くウマが合わずにトラブルが絶えない事も。
いずれにせよ一部屋で毎日を過ごす訳だから、それなりの配慮と言うのは互いに必要となるのだ。
そして壁一枚向こうには、また別の人が住んでいるから、これにも配慮は必要になる。
テレビのボリュームは上げ過ぎないように搾ったり、音楽を聴く時はイヤフォンを使用したり、と言うように。

 孤児院にいた時と似たような感じだな、とレオンは思う。
あの頃は沢山の子供たちが一つの部屋で一緒に寝ていて、時々夜更かし好きの子供が遅くまで起きて、話し相手を求めて来たりしていた。
他の子のおやすみを邪魔しないように、静かにお話ししような、とよくよく促したものだ。
うっかり声が大きくなると、他の子供が起きてしまったり、いつまでも寝ないで賑やかにしている子供には、ママ先生の雷が落ちた事もある。

 懐かしい記憶に浸っていると、レオンの前を歩いていたエッジが肩越しに振り返りながら言った。


「しかし変な気分と言うか、妙な感覚だな。こんな時間にお前がガーデンにいるってのは」
「正直、俺もそんな気分だ」


 自分に向けられたエッジの言葉に、レオンも頷いて返す。
その隣では、ロックが此方も同じ気分だと眉尻を下げて笑っていた。


「勘の良さそうなお前が一緒に来てくれるってのは、まあ有り難いもんだけど、まるで興味なさそうにしてたのに、何の気が変わったんだ?」


 腰に携えた短剣の感触を確かめるように、鞘を握ったり離したりと遊ばせながら、ロックが訊ねる。
レオンは友人の顔をちらりと見て、ふう、と一つ溜息を零した。


「ちょっとな……やっぱり、こう言う噂は早い内に解消と言うか、正体が判ってしまった方が良いんじゃないかと思ったんだ」
「オバケの正体、ねえ。って事は、チビ達が怖がってるって感じか?」
「確かにスコールは怖がっているし、エルもこの手の話は好きじゃない。エルは中等部生だから、訓練施設を使う授業もあるし、その時に危険があるなら放っておけない。でも、一番はティーダだな」
「ああ、預かってる元気っ子。あいつも怖い話は駄目なタチ?」
「それは多分、そうだと思うんだが……今回は、逆と言うか。エルとスコールが怖がるからか、自分がオバケの正体を暴いて、二人を安心させてやろうとしているんだ」
「へえ、勇気あるじゃん」


 幼い少年の気概に、エッジは感心したように口笛を吹く。
しかし、レオンにとっては、余り褒めて良い気になれる話ではない。


「それだけなら良いんだが、今すぐにでも訓練施設に入って、オバケを探しに行きそうで……」
「レオンの弟達って、まだ初等部だよな?」
「ああ。だから訓練施設に入る事はないと思うんだが……普段は俺達の言いつけや、決まり事を破るような子じゃないんだけど、二人が怖がるものだから、『早くなんとかしてあげたい』って意気込んでいるんだ。ティーダも案外慎重な所があるから、まさかとは思うが、万が一が起きないとも言えない雰囲気もあって……」
「そのまさかをする前に、お前が一肌脱ごうって思った訳だ」
「そう大したものじゃない。ただ、先に噂の真相が判ってしまえば、先生達も具体的に何とかしようとしてくれるかも知れないし、ティーダも妙な気を起こさなくて済むんじゃないかと思ったんだ」


 レオンとて、自分が噂の正体を突き止められるとは思っていない。
だが、エッジとロックが、興味からとは言え、そのつもりで動いているし、ならばその輪に加わらせて貰って、やれる事をやってみようと思ったのだ。
大切な家族が怪我をする前に、少しでも早く、と。


「それでこんな時間にガーデンに戻って来た訳だ。でも、家の方は大丈夫なのか?嬢ちゃんとチビ二人だけだろ、いつもそれを心配で速攻で帰ってるじゃねえか」
「心配ではあるが、今日だけはこっちを優先する事にした。今日はアルバイトはなかったんだが、少し遅くまで入らせて貰うって言うことにして、……エルはいつも俺が帰るまで起きて待っていてくれるけど、今日は皆、先に寝るように言ってある」
「じゃあレオンのオバケ探しは今日だけだな。何度も出て来るんじゃ、バイトの言い訳だってきついだろうし、エルちゃん達も心配だろ?」
「ああ、そのつもりだ」
「だったら今日の内に尻尾でも捕まえたいもんだな」


 寮を出て、校舎へと渡り廊下を進む。
校舎もやはり寮と同じく明りが絞られ、建物自体の広さに対してどうにも明りが足りなくて、全体が薄暗く不気味に見える。
これを見るだけで、『ガーデン七不思議』などと言う物が実しやかに噂されるのも頷ける気がした。
日中の明るさや、人の気配の多さが何処か遠くに行くだけで、同じ空間なのにこんなにも印象は変わるのだ。

 訓練施設は時間を問わず利用できる為、誘導灯は常に点灯している。
普段は寝る前の一運動をして寮に戻る生徒もいるとエッジは言ったが、今日は誰とも擦れ違わなかった。
オバケの噂が拡がるにつれ、不気味がる生徒は夜は近付かなくなったと言う。
今は肝試しの感覚で、夜の訓練施設に入る者がいるそうだが、それも今夜はいないようだ。


「……先生の見回り位は、ありそうなものだけど。意外だな、それもないのか」
「夕方くらいまではやってるようだぜ。つっても、オバケの話は大体が夜だから、意味があるんだかないんだか。ま、オバケなんて信じてないんだろうさ。大人の目撃証言も少ないらしいし」
「黙ってるだけかも知れないけどな。先生も見た!なんて話になると、生徒の間で余計に噂が拡がるだろ?」
「……確かに、そう言うのに興味を持つ奴はいそうだな」


 大人が一貫して噂を否定しているから、“所詮は噂“と流され勝ちになるのも判る気がする。
下手に子供の側に立って噂の真実味を増すのは、少なくともガーデンの大人達にとって、得にはなるまい。

 訓練施設の入り口は、校舎内よりさらに暗くて、暗闇が顎を開いているように見えた。
これはスコール達は怖がって入らないなと、感受性豊かな弟たちの反応を想像しつつ、かと言って此処まで来て戻ることはしない。
当初の予定通り、レオンは友人達と共に、件のオバケの出没地点まで向かう。

 場所は訓練施設の中でも特に鬱蒼とした場所で、確かに以前ロックが言っていた通り、水の気配もなく、照明設備も設置されていない。
こんな場所で発光する何かがあったら如何にも不自然だ。


「ここがオバケの目撃情報が特に多い場所だな。普通に使う道からも遠くないし、目に付きやすい場所ではある」
「……今の所は、何もないか」
「俺らが近付いて来るから、隠れた可能性もあるぜ。歩きやすいとこ歩いて来たからな。開けてるから、あっちも見えるかも知れない」
「じゃあこのまま一度通り過ぎて、別のルートから戻ろう」


 警戒されていると見做して、先ずは此処に用はないのだと言うポーズを取っておく。
通り過ぎてしばらく行くと、大きな木を目印に曲がった。

 目的のポイントが視界から見えなくなった所で、エッジが蔓の巻き付いた木に登る。
ロックもそれを登ったので、レオンも直ぐに追った。
木の上には訓練施設のメンテナンス用のルートとして、空中に鉄網の橋が渡してある。
本来ならば、訓練施設の入り口の傍にある専用の扉を通らなくては通じないルートだが、身軽な二人は木を伝って其処に登る手段を得た。
誰かに見付かったら大目玉なのだろうなと思いつつ、レオンも橋に到着する。

 高場とあって、其処からは生い茂る訓練施設の様子がよく見渡せた。
足元をグラットが食料や水を求めて徘徊しているのを眺めながら、前を進むエッジ達の後を追う。


「此処がさっき言った場所」


 カン、とロックが網橋を爪先で軽く突いて言った。
レオンは柵から少し身を乗り出して、下の様子をじっと見るが、


「……道は判るが、茂っている所は碌に判らないな」
「木が密集してるからな。葉も結構重なってるし」
「映像に撮れてた光が鳥の羽みたいな形をしてたから、飛行能力はあるんじゃないかと思うんだよな。となると、飛ぶなら少なくとも木の上か、開けた道の所までは出て来る筈だ。あれだけ草木が集まってたら、小動物以外はぶつかりまくって飛び難そうだし」
「成程。飛んでいる瞬間を見付けられるとすれば、此処が一番やり易そうだ。向こうがこっちを地面にいるものと思っているなら、頭上で張られているとは気付いていないかも知れないし」


 この場所に来た理由を説明するエッジに、レオンも納得する。


「ま、それで昨日も此処で見張ってた結果、収穫はなかったんだけどな。でも場所を説明するには丁度良いだろ、俯瞰で見渡せるし」


 エッジはそう肩を竦めた後、移動を始めた。
少し進んだ所で足を止め、訓練施設の端壁に寄り掛かるようにして生えている、一つ頭を飛び出させた太い木を指差す。


「あの辺も目撃情報がある所だ。奥の方だからな、肝試しに来た奴が見たって言うのが殆どだな」
「カメラで撮れてたのもあの場所なんだ。───で、後はあっちの池に近い方」


 最後にロックが指差したのは、貯水池に程近い方角だった。
池までは交差する道を挟み、その道を挟む茂みのそれぞれで目撃情報があると言う。


「水を飲んでる?」
「かもな。生き物なら十分あり得る」
幽霊系レイスの線は消えたかな?」
「いや、それはまだ判らねえぜ。水場で死んだ由来を持つ死霊アンデッドなら、関連する元素に惹かれる場合もあるらしい」
「水場に集まる生物を餌にしてる可能性も……」
「ああ、確かに。水そのものが目的じゃなくて、それに群がる奴が目当てか。そっちだとすると、肉食になるな」
「そもそも何か喰っているのか?食性があるのか」
「そりゃ判んねえ。今んとこ、食い散らかしみたいなのも見当たらないし。あってもアルケオダイノスの仕業さ。此処でグラットやケダチクを食い散らかすのは奴等くらいだし、共食いを考えても、牙の太さと数で判る。まあ、オバケの正体が似たような肉食性じゃなければの話だけど」


 噂に詳しくないレオンが、今この時点で感じる疑問の殆どは、エッジとロックも思っていた事だ。
その上で行動し、情報を集めている二人だが、存外とその成果は芳しくないらしい。
目的のものに直接行き会う事も出来ていないので、より進展が鈍いのだろう。


「さて、上から見えるのはこれ位だな。今の所は此処からも変わったものは見えないし……降りるか?」
「俺は残ろう。人が多いんだ、そっちの手は足りるだろ?」
「そうだな。じゃあ頼んだ」


 残留しての見張りを提案するロックに、エッジは頷いた。
そしてエッジは、俺達はこっち、と網橋の向こうへとレオンを誘導する。

 下に降りると言うから、元の場所に戻るのかと思っていたレオンだったが、エッジは網橋を最後まで進んだ。
行き当たったのは訓練施設の壁で、上下それぞれに伸びる階段がある。
これもメンテナンス用のルートなのだろう。
フェンスで施錠されている其処をエッジがよじ登って越えたので、レオンも追う。


「誰かに見付かったら大目玉だ」
「今更だぜ、不良優等生さん。バラさないでくれよ、大事な秘密のルートなんだから」
「悪戯に使うなよ」
「判ってるって。昼寝しに来る位さ」


 エッジの言葉に、それもどうかと眉根を寄せる。
が、実際に悪いことに使っていないのなら、レオンから言う事はない。
……サボタージュと禁止区域への進入が“悪いこと”ではないのかと言う点は、既に此処に入っている自分も共犯となる為、目を瞑る。

 階段を下に降りて行くと、上から見ていた時に教えられた、太い木のあるポイントが程近くに見えた。
成程、地面から行くより早い───と思っていた時、


「………?」


 レオンの足が止まり、首が巡る。
ついて来ていた筈の友人の足音が止まった事に気付いて、エッジが振り返ると、レオンはきょろきょろと辺りを見回していた。


「どうした?」
「いや……気の所為、か……?」


 訝しむように、特徴的な傷の奔る眉間に皺を寄せるレオンに、エッジも首を傾げる。


「なんだよ。何か気付いたなら言えって」


 貴重な情報かも知れない、と言うエッジに、レオンは小さく唸る。


「そんな、気付いたと言うようなことでもない。ただ、何か聞こえたような気がしたんだ」
「音?どんな?」
「………?」


 詳しく確かめようとするエッジに、レオンも今しがた感じた筈のものを思い出そうとするが、判然としない。
はっきりとした音が聞こえた、と言うものでもなく、本当に“気がする”程度のものだったのだ。
それこそ、空耳だろうと言った方が、まだ判るレベルのものだった。

 眉根を寄せて考え込んでしまった友人に、しょうがねえなとエッジも頭を切り替える。


「また何か聞こえたら言ってくれ。こう言う時は、些細なことでも情報第一だからな」
「判った」


 レオンが頷くと、よし、とエッジも納得する。


「音ねえ。此処数日、この辺でよく張り込んでたけど、そんなものは聞こえた事がなかったな。ロックも何も言ってないし」
「ただの空耳のような気もするが……」
「さて、それもどうなんだかな。ひょっとしたら、お前、オバケに気に入られて、声かけられたのかも知れないぜ」
「だから俺にそう言うものはないって言ってるだろう」
「ああ言うのは、波長が合うと、霊感あるなしに関係なく見えたりもするモンらしいぞ」


 笑って言うエッジに、これは揶揄われているだけだなとレオンは眉尻を下げる。
いつもと違う環境にいる友人に、冗談めかして緊張を解そうとしているのだろう。
気遣いは受け取ろう、とレオンは肩を竦めつつ苦笑した。

 階段を下りて行くと、最後は壁の内側へと向かうルートがあった。
その手前に、安全の為に巡らされた、背の高いフェンスがある。
エッジはこれもよじ登り、反対側へと越えた。
レオンには少々労のあるルートとなったが、持ち前の運動神経で、程無くエッジ同様にフェンスを乗り越える。

 土のある地面の上に立つと、生い茂るシダ植物の所為か、じっとりと湿気が感じられた。
そのまとわりつくような空気が、オバケの噂と相俟ってか、また不気味さを演出している。


「向かっているのは、さっき見た木のある所か」
「ああ。カメラにも映ってた事だし、いる可能性は高いぜ。いなくても、しばらく張ってたら戻ってくるかも知れない」


 棲家にしてる可能性もある、と言うエッジ。
鬱蒼とした木々は、既存の生物たちや、興味本位に覗きに来る少年少女達から、良い隠れ蓑を作ってくれる。
奥まった場所とあって、辿り着くまでの面倒を思うと、此処まで見に来る者も少ないだろう。
カメラに映像が映っていたのも、そう言った油断や安心が齎した効果かも知れない。

 生い茂る木々を分け進むものだから、どうしてもガサガサと枝葉の擦れる音がする。
一度は逃げるかもしれないな、とレオンが思った時だった。


《─────》


 きん、と耳鳴りのようなものがレオンを襲った。
一瞬くらんと頭が揺れる程の、鋭い感覚を灯ったそれに、レオンの足が止まる。


「……?」


 名残の滲む頭に手を当てて、また辺りを見回し、


「……エッジ」
「ん?」
「……また何か……」
「!」


 前を歩いていたエッジがすぐに戻ってくる。
爛々とした目は、新しい情報の気配を待ち望んでいるようだったが、生憎、レオンも其処まではっきりとしたものは得ていない。
それでも何をどう言えば良いかと頭を捻り、


「さっきより強い、耳鳴りみたいな感じだった。少し耳の奥が痛いような……」


 レオンの言葉に、エッジは口元に指を当てて思案する。


「……可聴域、だっけ?人間には、聞こえる音聞こえない音があるって言う……」


 人間の耳は、動物のそれより、総じて鈍麻になっている。
しかし世の中には様々な種類の音があり、中には人間が聞き取れない周波数、高音、低音が多数存在していた。
生物の中には、それを使って人に聞こえない音で会話をしている種類もある。

 そんな鈍い人間の耳であるが、中には可聴域が特別広い者もいる。
この聴域の幅は個人、年齢によっても変化し、所謂モスキート音などは、子供や若い人間には聞こえるが、加齢を重ねた者ほど聞こえにくくなる。
耳が遠くなる、と言われるのは、この聴域の幅が狭くなって行く為に起こるものだ。

 その可聴域の差で、レオンが耳鳴りに聞こえる音が聞こえ、エッジに聞こえていないと言うのは理屈としては判るが、


(俺の方が耳は良い筈だ。それは間違いない)


 顔を顰めるレオンを見ながら、エッジは眉根を寄せる。
生まれ故郷の風習故に、エッジは幼年の頃から様々な感覚神経を研ぎ澄ます訓練をして来たから、五感の鋭さは自信があった。
聴覚についても同じである。
確かにレオンは様々な方面で優秀な友人ではあるが、普段の生活や授業の様子から見ても、この点は間違っていない筈だ。

 レオンも、それは同じように思っていた。
自分が顔を顰める程に、音か超音波か判らないが、そんなものが聞こえた気がするのに、エッジがけろりとしているのは可笑しい。


「お前は何ともないのか?」
「ああ。今なんて、音なんか碌にしない────」


 エッジがそう言いかけた瞬間、ザッ、と傍の枝葉が揺れた。
反射的に二人が腰の獲物に手を遣りながら構えるが、あるのはしんとした静寂のみ。

 数秒の硬直の後、二人はゆっくりと息を吐いた。
そして、同時に物音に対して反応した事から、二人の耳が正常に同じ音を拾ったことを確認する。


「……まだ耳鳴りしてるか?」
「いや……変な感覚は残ってるが、聞こえるようなものはない」
「ちょっと慎重に進むか。気分悪くなったら言え、あと無理はするなよ」
「ああ」


 責任感の強い友人に、此処まで来たならと言う理由で無理をしてくれるなと、釘を刺すエッジ。
レオンも小さく頷いて、腰のガンブレードに触れる手は離さないようにしながら、再び歩き出したエッジの背中を追った。

 生い茂るシダの枝葉が折り重なるばかりだった景色の中に、一本の太い木が現れる。
その木を指差して、エッジが言った。


「これ、うろがあるんだよ」


 言われてレオンが木の下部を見ると、根回りが大きく盛り上がっている。
其処にぽっかりと穴が空き、レオンやエッジなら、体をかがめる必要もなく潜れる程の洞孔があった。


「何かの巣だったのか?」
「巣ごもりするような奴って訓練施設にいたか?アルケオダイノス?」
「卵を育てている間は、巣と言うか、孵らせるのに適した場所に雌が留まったと思うが……」
「あいつら、此処に天敵なんていないようなもんだからな。わざわざ隠れる必要もなさそうだけど」
「昔作られたものなら可能性はあるかも知れない」


 今やアルケオダイノスは訓練施設の覇者だが、最初は其処までではなかった筈だ。
訓練施設の環境への適合と、天敵の不在ですっかり繁殖も定着してしまったが、元々は間違いで運び込まれてしまった魔物。
排除するべく努力もされていたし、そうした手を逃れて繁殖しようとした個体が、こうした穴を掘って隠れ育てていた可能性は否定できない。

 洞孔に近付いてみると、入り口の周囲には枝葉が乱雑に散っていた。
もし動物が巣として使っているのなら、習性として、入り口が見付かり難いようにもう少し偽装しそうなものだが、それにしては穴が目立つ。


(……人が出入りしていると考える方が、まだ不自然でもなさそうだが……)


 それにしては、と地面を見詰めるレオン。
エッジもその視線を悟り、


「気付いたか?」
「ああ。足跡らしきものがない」


 此処を出入りしているものがあるとして、それが人間ならば、まず間違いなく足跡が付く。
地面が硬ければ別だが、じっとりとした湿気と、降り積もった草木が分解され土に還った為か、地面は柔らかい色をしていた。
此処まで歩いて来たレオン達の足跡も、真新しくくっきりと残っている。


(バイトバグやグヘスアイなら、浮遊しているから足跡はない。でも、こいつらだったら、そもそもオバケの話にはならない。後はアルケオダイノス、グラット、ケダチク……こいつらは絶対に足跡が残るから、こんな状態にはならない)


 残る可能性としては、浮遊魔法を使った人間か、飛行能力を有する魔獣と言う線。
仮に人間であれば、偽装工作でオバケを演出し、人を遠ざけることは考えられる。
訓練施設は終始人の出入りがあるとは言え、その空間は広く、その中でもこんな片隅となれば、犯罪者が隠れるには格好の場所になり得るだろう。
しかし生息する魔物の危険性や、噂が噂と人を呼んでいる事を思うと、現状、賢いやり方ではない。

 後に残るのは、魔獣や魔物と言う線。
生態系が摩訶不思議なものも少なくないから、これは幾ら考えても、逆に強い否定が出来ない所があった。

 エッジが息を殺し、足音を抑えて、ゆっくりと洞孔に近付く。
大胆な行動にレオンは眉根を寄せたが、他に中を確かめる術もない。
共に腰に据えた武器をいつでも振るえるように、飛び退けるだけの姿勢と警戒を持って、孔を覗き込む。

 ちか、ちか、と中で明滅しているものがあった。
それこそがオバケ────しかしてその正体は、と探る暇はなかった。


《キュイイイイイイイ!!!》


 甲高い引き絞るような音と共に、その光は強烈な稲光を放った。
洞孔の奥から、入り口を覗き込んでいる二人に向かって、閃光が迸る。
危険を悟った本能が二人の体を強制的に後ろへと飛び退かせた。


「っなんだ!?」
「魔物……!?」


 ズドン、と言う雷が落ちたような音が響いた後。
バチバチと帯電する空気に弾かれて、地面に散っていた枝葉が揺れている。
雷属性、とそれだけが今のレオン達に齎された新しい情報だった。

 二人は眩む目に顔を顰めながら武器を抜く。
構える二人の間を突き抜けるように、もう一閃、洞孔から飛び出すように光が弧を描いて迸り、上空へと駆け上った。
ぶお、と風が吹き上がって、焦げた葉が舞い上がる。
反射的に顔を庇って、交差した腕で守った後で、レオンは風の行方を見る。


「……なんだ、あれは……!?」
「光る鳥……!?」


 茂る木々で覆われた狭い空の隙間に、光を帯びた鳥が飛んでいる。
それは二人の頭上で一度旋回した後、頭と思しき部分を此方に向けて、急降下してきた。


「危ねえ!」


 エッジの声に、レオンは咄嗟に転がった。
レオンが立っていた場所を、光の羽が閃の尾を引いて飛び抜けて行く。
生い茂る木々の向こうへと突き抜けて行った光を、レオンとエッジは直ぐに追った。

 道として舗装された場所に出ると、光は見当たらなくなっていた。
何処に、と首を巡らせていると、


「レオン!エッジ!」
「ロック!光る鳥みたいなの見なかったか!?」


 上からも騒ぎが見えたのだろう、駆け付けた友人に、エッジが真っ先に問い質すと、それに応えるよりも早く、


《ギュイィーーー!!》
「!」


 答えは道の向こうから聞こえて来た。
先と同じ、しかしそれよりも劈くように鋭い音が響く。
まるで狂乱した魔物が暴れているかのような叫び声だ。

 更に、ピシャッ、ピシャアン!と空気が弾ける音が響き渡った。
その音がする方向へ、迷わずに走り出したのはエッジだ。


「おい、エッジ!」


 詳細の判らない危険な生物に近付くなど、危険極まりない。
まして、辺り構わず攻撃して来るような性質を持っているのなら、尚更触れるべきではない────が、


「ほっときゃ何処に行くか判らねえだろ!」
「だからって一人で行くなよ!」
「ロック、お前まで───ああもう!」


 未だ正体の割れていない生物へ、一人追走しようとするエッジに、ロックが追って走り出す。
そんな彼等を放っておけないレオンもまた、ガンブレードを抜いて駆け出した。

 バリバリと響いていた電撃の音は、次第に小さくなって行く。
それでも警戒は解かないように、少年たちは走りながら防壁魔法を展開させた。
どれ程の効果が期待できるかは判らないが、ないよりはマシだと信じるしかない。

 騒ぎに寝床を邪魔された動物や、バイトバグが逃げ出してくる。
それと逆方向に進めば、貯水池の前に佇む、鳥の前へと辿り着いた。


「鳥の魔獣……?」
「動物じゃないのは確かだな」
「あれ、目はあるのか?」


 それぞれ武器を構えて、レオンを真ん中に三方に広がる。

 鳥は、蛇のように長い首を、疲れたように草臥れさせていた。
頭部と思しき先端は、やはり蛇の頭に似た形をしているが、目や口は見当たらない。
シルエットは鳥に似ているが、翼に羽毛のような質感はなく、ぼんやりとした光の輪郭で覆われているように見えた。

 鳥の背中には、貯水池がある。
そこに追い込むように、レオン、エッジ、ロックの三人は構えていたが、先の強烈な放電や閃光を思うと、これ以上迂闊な接近は出来ない。
サイレスのような魔法で効果があるかどうか……と此処からどう動くべきか、三者三様に頭を巡らせていると、


《キュイ………》
「……?」


 鳥が小さな鳴き声のような音を零したと同時に、レオンの頭の中で何かがざわついた。
こんな時に何の雑念かとレオンが眉根を寄せた直後、────まるで昼間の太陽のような眩い光が、鳥の全身から放たれた。


「うわっ!」
「く……!」


 網膜を焼かれまいと、三人は咄嗟に腕で顔を覆った。
真っ白に焼けつくす程に強い光が、訓練施設全体を明るく照らす。
若しも誰か人がいたなら、昼間かと思う程の明るさに、大火事でも起きたのかと思った事だろう。

 それ程の眩しい光の中で、ばさり、と翼が風を叩く音が鳴る。
まずい、とレオンが口早に防壁魔法を重ねるべく詠唱するが、それが終わるよりも早く、風が動いた。
目元を庇って重ねた腕の向こうで、追い詰められた生物が、レオンに向かって突進して来る。


「………!!」


 防御が間に合わない────とレオンが悟ると同時に、より眩しく鳥が輝きを放つ。
全てを光の中に飲み込まんばかりの眩さの中、少年達は動く事も出来なかった。

 ────そうして幾何か。
身を庇い続けていたレオン達にとって、これほど長く感じる瞬きの時間はなかっただろう。
瞼の裏まで透ける程の輝きが収束しても、三人はしばらくの間、固まっていた。
心なしか痛む頭がまだきちんと胴体と繋がり、心臓の音が鳴っているのを確かめながら、エッジがゆっくりと顔を上げる。


「……消えた……?」


 その声に、ロックもようやく目を開けた。
遠くに見える照明の光を水面に微かに反射させる貯水池で、跳ねた魚が波紋を作っている。
生き物の気配はそれだけで、つい先程まで三人でこの場に追い詰めていた筈の光る鳥は、何処にもいない。


「……逃げた?」
「……?」


 隠れているのではと辺りを見回すロックとレオンだが、それなりの体高があった筈の鳥は、影も形も見付からない。
見付けた時にあれが放った稲光の音もなく、訓練施設はいやに静まり返っていた。

 レオンは、ひたりと自分の胸に手を当てた。
どくどくと逸る鼓動の音があって、自分が間違いなく生きていることを知る。
それから、鼓動を測る手を、腕を、足を見て、自分が五体満足である事を確かめた。
そんなレオンの元に駆け寄ったエッジも、べたべたとレオンの躰を触る。


「お、おい」
「腕あるな?足あるな。顔見せろ、顔」
「ちょっ、首を引っ張るな!」
「あの鳥、お前の方に突っ込んでったように見えたぞ。目見えてるか?」
「見えてる。ちゃんとお前の顔も見える」
「腹は?焼けたりしてねえか?」
「脱がすなっ」
「確認してんだろ!」
「判った、判ったから!」


 シャツを引っ張り出して腹を晒させるエッジに、レオンは慌てて抵抗する。
剥かれた腹をエッジが念入りに探るが、見る限りでは皮膚が変色している場所もない。

 そんな二人に、ロックが声をかけた。


「二人とも、無事を確認するのは良いけど、移動しよう。此処じゃ暗いし、さっきの騒ぎで散った魔物もその内戻ってくる。安全な所に行った方が良いぞ」
「……だな」


 エッジの手がシャツから離れて、レオンはほっと息を吐きつつ、いそいそと服を整える。
取り敢えずあっちに、と照明のある道へと促すロックに頷いて、三人はその場を離れた。

 それから互いの状態を確認しながら、訓練施設の出口へと向かう。
道すがらにあの鳥がいないかと見回してみたものの、それらしき発光体や、鳴き声と思しき音もなかった。
塒に使っていた木の洞に戻ったのかも、とも思ったが、今夜のうちに今一度それを確かめに行く気にはならなかった。
それぞれの状態に、頭痛や疲労、あの眩い光の所為だろう、眼が眩むような感覚以外には異常がない事を確認して、今日の所は解散する事になった。




 レオンがエッジ、ロックと共に、夜の訓練施設に赴いてから、一週間。
あの日からもエッジとロックは件のオバケ───その正体と思われる光る鳥の行方を捜していたが、それらしきものは何処にも見当たらない。
その上、噂のオバケの目撃証言も、あれ以来ぱったりと途絶えてしまったと言う。

 休憩時間に顔を突き合わせた三人は、噂について今日も話し合っていた。
しかし、新しい目撃情報がないので、目ぼしい話題は尽きてしまい、過去の情報を繰り返し確認するしかない。
それも飽きてきた頃に、


「やっぱりあいつがオバケだったのか?」


 ロックが首を捻りながら言った。
うーん、とそれに唸るのはエッジだ。


「だとして、何処に消えたんだよ」
「無難に考えると、安心できる場所じゃないと思って訓練施設を離れたと言う所じゃないか」
「そこそこでかくて目立つ奴だっただろ。あんなもん、訓練施設の何処を通って出て行くんだよ」
「入って来たんだから、同じ所から出たと言うのが自然だろう。何処から入ったのかは判らないけど」
「飛んでたしな。上の方は完全に囲われてる訳じゃないし」
「あんなでかいのが上を飛んでたら、誰か見付けるだろ。昼は授業に使うクラスもあるし、先生も見回りしてる。夜は俺たちが見に行ってるだろ。あんなの何処にも飛んでなかったじゃねえか」


 納得できない、と顔を顰めるエッジだが、さりとて真相を確かめることも難しい。

 あれから光る鳥は何処を探しても見付からないし、隠れていたと思われる木の洞にも、戻ってくる事はなかった。
目撃ポイント以外の所に移動したかも知れない、と思ったが、他の場所からの目撃情報も齎されない。
レオン達に追い詰められたのを切っ掛けに、訓練施設を出ていってしまったと考えるのが一番理に適うだろう。

 ふう、と溜息をもらして、ロックが椅子の背凭れに寄り掛かる。


「色々気にはなるけど、見付からないんじゃ、もう一回確かめるも何もないからな。ぼちぼち潮時なんだよ、エッジ」
「ぐぅ〜……すっきりしねえぜ」


 苦い表情を浮かべるエッジに、レオンはロックと顔を見合わせ、眉尻を下げる。
件の噂を突き止められる所まで来たのに、肝心な所───オバケの正体そのものが結局判らないので、腑に落ちないのだろう。
しかし、もう一度あの光る鳥が現れない限り、この話はおわったも同然なのだ。

 噂のオバケが姿を見せなくなったと言う事は、この噂も時間と共に収束に向かって行くのだろう。
何かと浮気勝ちな若者達の興味は、日に日に新しい出来事に流されて行くものだ。
噂を怖がっていたスコールやエルオーネ、オバケの正体を見破ろうとしていたティーダも、噂が聞こえなくなれば、次第に忘れて行ってしまうだろう。
彼等が安心して過ごせるのなら、レオンはそれで構わない。

 それより、レオンは此処数日、気掛かりな事がある。


「……うーん……」
「なんだよ、また頭痛か?」


 皺を寄せた眉間に手を当て、俯くレオンに、エッジが言った。

 この三日ほど、レオンは慢性的な頭痛に苛まれている。
勉強やアルバイト、日々の生活に支障が出るほど酷い訳ではなかったが、こうも続くと少々気が滅入って来る。


「多分、寝不足あたりが原因じゃないかと思うんだが……」
「お前、頑張り過ぎなんだって。昨日もバイトだったんだろ?」
「ああ」
「朝は早起きして飯作らないといけないもんな」
「それもあるんだが、何かこう……熟睡できていないと言うか。妙な夢を見るから、寝ても寝た気がしなくて」
「夢?」


 声を揃える友人達に、レオンは口籠るように黙った。

 ここしばらく、レオンは同じ夢を繰り返すように見ている。
始まりは必ず暗闇の中で、何かが近くにいるような気配がするのだが、見渡しても何もいない。
其処で水の音がしたり、耳鳴りが聞こえたり、ノイズか雑音のようなものが聞こえたり。
何かに呼ばれたような気がして、その方向へと歩いて行くも、真っ暗な世界はどこまでも続いているばかりで、結局何も見つからない。
そうして、はっと気付いたように目を覚ます。

 たかが夢でとは自分でも思うが、目が覚めた時には疲れたような感覚に襲われる。
夢を見ている間も意識は酷くはっきりしているから、あれが本当に夢なのか───寝ている状態なのかと言われると、頷ける気がしない。
その夢の中で意識を持ってから、現実に目を覚ますまで、ずっと覚醒状態が続いている感覚があるのだ。

 ────と言う状態を、何と説明すれば判って貰えるだろうかと、レオンは噤んだ口の中で考える。
その声がエッジとロックに聞こえている訳ではなかったが、真面目でよく知る級友が、誰の目にも疲れ切っている事は確かに判ることだった。


「保健室で寝て来いよ。でも夢見が悪いんじゃ意味ないか?」
「いつもと違う所で寝れば、夢も見ないかもしれないぜ。カドワキ先生にも相談してみろよ」
「そんな、先生に頼る程の事じゃ。大体、そんな授業をサボるみたいなこと────」
「つったって、次は体育で、その後はバトルの授業だぞ。見学するなら、保健室で休んでる方が堅実だろ。体調不良で休むんだったら、サボりでもないしな」


 エッジの言葉に、そうだった、とレオンは今日の時間割を思い出す。
これから体育、戦闘実技と続き、訓練施設も使う予定がある。
体育は騙し騙しでこなすとしても、訓練施設でのバトルとなれば、魔物を相手にするので油断はできない。
見学でも出席すれば単位は取得できるが、レオンは別に必死で単位取得に拘らなくても良い程度には日々の成績に余裕があった。

 重ねてエッジが言う。


「どうせ家に帰ったら、チビや嬢ちゃん達に心配させないようにって、いつも通りにやろうとするんだろ。だったら今のうちに休んどけって」
「そうだな。無理してるってエルちゃんにバレて、また怒られる前に、な」


 友人二人の言葉に、レオンはぐうの音も出ない。
妹弟の前にいると、どんなに体調を崩していても、平静を装うのはレオンの癖のようなものだ。
彼等がいつでも安心して過ごせるように、兄として、大黒柱の自分がしっかりしていなければと、半ば強制的にそのスイッチが入る。
しかし、エルオーネは勿論、スコールやティーダも、レオンの事をよく見ているから、隠しきれない時にはやはり悟らせてしまうものだった。

 それを思えば、ガーデンで彼女たちと離れている間が、レオンにとって一番心身を休める事が出来るタイミングかも知れない。
体調が悪いと自覚している今の内にこそ、しっかりと休むべきだと。


「……一度、保健室に行ってくる」
「先生達には言って置くから、安心して寝てろよ」
「ああ、頼んだ」


 席を立って、友人たちに見送られ、教室を後にする。

 エレベーターで一階に降り、円を描く通路をぐるりと回って、ホールと反対方向にある保健室へ向かう。
その途中、枝分かれしている道の一つ、訓練施設へと延びる道へとなんとなく目が向いた。

 頭の奥で、ノイズのようなものが聞こえたが、これも寝不足で疲れている所為だろう。
ノイズの向こうに、漣と高い音が鳴っている事に、レオンは気付いていなかった。





レオンと長い付き合いとなる、ケツァクウァトルとの出会いでした。
この日以降、レオンはケツァルコアトルを宿しますが、発覚するのはガーデン卒業後、ミッドガル社に入社したした後となります。

肝試しや眉唾な噂にレオンは特に興味はないけど、家族が怖がるのなら話は別。なんとかしてやりたいなと思う。
エッジとロックは興味があれば、安全を確保した上で野次馬しに行く位には好奇心がある。身軽で遠目も効くのでその才能を存分に発揮する。
レオンは基本的にはルールは順守するので優等生で通っていますが、他に手段がなさそうなら、規則破りも割と平気な所があります。