続く縁の交錯点


 スピラ大陸で機械戦争が始まる、ほんの僅かに前の時代。
それは平和が終わりつつある時代で、各地に紛争の火種が散らばっていた。
燻ぶったものが、それぞれの出来事を切っ掛けに煙を上げ始め、やがて戦禍となって大地を巡り巻き込んでいく。

 その頃、一人の武芸者があった。
それが一体何処から来た、何者であるのか、明確に知る者はいない。
携えた刀は名刀であったとも言われたが、何処ぞで拾って来た鈍らだとも言われていた。
無銘であったことだけは確かと言うが、それすら、噂の出所が不明瞭な話である。

 戦乱の中にあって、戦う術を知る者は、何処に行こうと重宝される。
敵を屠る為、街都を守る為、奪う為、取り返す為、理由を選ばす引く手数多であったと言えただろう。
必然、それを生業に飯の種を得る者も増えて行った。
そして在る国に忠誠を誓うものもいれば、金に忠を持つ者もいて、ただただ血を求めて凶刃を振るう輩も少なくはなかったと言う。

 件の武芸者は、金を貰えば理由を問わずにその剣を振るった。
さりとて、血を見ることに酔っていた訳ではない。
いや、傍から見れば十分に、狂人の域に入っていたと言って良いだろう。
振るう刀がどれ程の肉を斬ろうとも、歩く足がどれ程黒ずんだ血に塗れても、それは進むことを辞めなかった。
金は、食わねば死んでしまう、生命活動の為の手段であったが、同時に、それを得る為に刀を振るうことこそが、武芸者が最も追い求めていたものだった。

 大陸を北から南へ、或いは南から北へ、根無し草に渡り歩く武芸者は、時には感謝を、時には憎悪を向けられながら、ただ歩き続けたと言う。
大金謝礼を貰おうとて一所に留まることはなく、戦が始まったと人々の噂を聞けば、其処へ行く。
何某と言う魔物が現れて野を荒らすと聞けば、其処へ行く。
そうして幾人と幾頭と斬り続けた。

 その武芸者の末がどうなったのかは、伝えられていない。
野で死んだとも、何処の国に下ったとも、腕を喪って刀を手放したとも知られなかった。
噂は噂を呼び、金を貰って高貴な御仁を殺したとか、その罪で砂漠に流刑されたと言う者もいたが、結局は判らないままだ。
件の武芸者は供の一人も連れることなく、広い大陸を何処へと歩いては通り過ぎて行った。
名を知る者がいたのかもすらも判らない。
これからもそれを知る者はいないだろう。
唯一、その足を追い歩いていたと言う、一頭の獣を除いては。




 エッジがエブラーナ頭首の下に伝えられる文献を片端から紐解いて、微かな琴線を頼りに持ち出してきた本に、その一節は綴られていた。
それは太古から連綿と人々の信仰によって紡がれてきた神話や伝承と言うよりは、ごくごく小さな、真偽不確かな逸話に過ぎないものだ。
歴史上の出来事と言うには曖昧で、創作か、土着の人々の間でのみ囁かれた噂話が、尾鰭をつけて僅かな場所にのみ記録された程度のこと。

 エッジがそれを探している間に、ロックもスピラ大陸の中心都市であるベベルの図書館で、神話や伝承の本を開いていた。
しかし、此方には今回の事件と繋がりのありそうなものは見付からない。
今回の顛末の舞台となった遺跡について調べても、事前にロックが調べ上げていた以上のことは出て来なかった。
また、スピラ大陸で確認されているG.F───召喚獣についても調べてみたが、少なくともベベルの図書館が所有・公開している本の中から、遺跡で遭遇した召喚獣と合致する情報は発見できなかった。

 級友たちが情報を探っている間、レオンはリディアと共に、エブラーナの集落で休息していた。
遺跡の中で起こった未知のG.Fとの戦闘に加え、リディアを介して精神干渉を行ったことで、魔力の負担が大きかったのだ。
当然、リディアの負荷も大きく、まずは体を休めるべきだと皆に勧められた。
ベベルにある実家に帰る選択肢もあったが、しかしナギ平原を越え、マカラーニャの森を中ほどまで行かねばならないことを考えると、少々距離がある。
エッジの計らいで、彼女がじっくりと休む為の場所も設けられた。

 そして一日の後、レオンとリディアが概ね回復した所で、ロックがベベルから戻り、エッジが文献が持って来た。
集まった客間でそれに目を通した一同は、それぞれに唸る。


「……これが、あの遺跡にいたG.Fの逸話、か……?」
「当て嵌まるものっていったら、これ位しか見付からなくてよ。とは言っても、この話自体、本当か嘘か判らないんだけどな」


 胡坐に頬杖をついて言うエッジに、レオンの眉間には深い皺が刻まれる。
それを見ながら、ロックが腕を組んで訊ねた。


「この伝承があのG.Fと一致するなら、あれは元人間のG.Fだってことか?……力の強い魔物が死後にG.Fとして転生する事例はあるけど、ただの人間がそんな風になることってあるか?」


 ロックの問に、レオンはしばらく思案した後、


「魔物や魔獣がG.Fへ転生するのは、個体の元々の魔力量が多いことと、その場所の魔力濃度が高いことが必要条件と言われている。その上で、魂が強い意志や執着を持っていれば、起こり得るものだと考えられているが……人間が、となると、条件のクリアがかなり厳しくなるし……」


 野生の魔獣・魔物のG.F化について、研究者の間で色々と節は唱えられているが、どれも協力な魔力エネルギーの作用が必要となることは変わらない。
件の遺跡は、土地に漂う魔力エネルギーの量で言えば、そう言ったことが起きないとも限らなかった。
だからこそ大量の死霊(アンデッド)の生息域になっているのだろう。


「……人間が死霊(アンデッド)になることが、生物のG.F化の過程の中にある、魔力が足りない事による失敗例と捉えるなら……人間のG.F化と言うのも、有り得ないことじゃないのかも知れない。オーディンも伝えられる伝承の中のいくつかは、神話の時代の人間が、功績の末に神の力を得た、とされているものもあるから」
「あまり神話伝説をそのまま事実とは考えない方が良いけどなぁ……いや、伝説上は神の遺産みたいに扱われているものも、実の所は人間が手彫りした代物だったりもするし。逆にそっちの線も案外ありなのか?」


 ぶつぶつと考え始めるロックに、何とも言えない、とレオンは答えるしかない。
そんな二人を見ながら、エッジはがりがりと頭を掻いて、


「仮にあれが元人間のG.Fだったとして、だ。それがどうして、あんな遺跡の奥で、あんな状態になって急に出て来たのかってことだよ。俺とロックが二人で調査に行った時には、あんなもんが出て来る空気は一切なかったんだぜ」


 なあ、とエッジがロックに目を向ければ、当事者はその通りだと頷いた。
レオンは頭の中で小波が音を立てているのを聞きながら、じっと三人の話を聞いている少女に視線を向けた。


「それについては、やはり、リディアがいたからじゃないかと思う」
「……そう、なのかな……、やっぱり」


 レオンの言葉に、リディア自身も思い当たる節があるようで、曖昧ながらに呟く彼女に、レオンも小さく頷いた。


「俺も契約しているG.F───召喚獣の何体かは、あちらからの呼び掛けを聞いたことで、遭遇したものがある。その際、現場に召喚獣と感応可能な素質を持つ者が複数いたとしても、その全員に呼び掛けが聞こえる訳じゃないらしい」
「召喚獣側が選んで呼んでるのか?」
「そう言う場合もあるとは思うが……今回に関しては、偶然、リディアがあの召喚獣の持つ魔力エネルギーと相性が良かったんだろう。言うなれば、電波のチューニングが合い易いと言うか……」


 実際、今回の件で、レオン自身は遺跡で遭遇したG.Fの声は聞こえていない。
あのG.Fが意図して呼び掛ける対象を選んでいたか、其処については判然としなかったが、しかし、リディアを通した干渉しか手段がなかったのは事実だ。
そうした媒介を必要とせず、直接声を聞き拾うことが出来るのが、G.Fとそれと繋がるものの相性の良好性を示す一つの指標となるのだ。

 それを聞いたリディアが、思案しながら呟く。


「じゃあ、あそこで私が聞いていた頭の中の声は、あの召喚獣の声そのものだったってことなんですね」
「恐らく。俺が直接聞いた訳ではないから、断定は出来ないが、可能性は高いと思う。だからこそ、リディアはあの召喚獣が何を望んでいるのかを聞き取ることが出来たんだろう。俺はそれを、リディアを通して又聞きさせて貰っていたようなものなんだ」


 レオンの言葉に、ロックとエッジがふぅん、と門外漢なりに多少は納得したと言う反応をして、


「───で、肝心なとこ。あいつはなんで、あんな場所にいたのかって話だ」
「そうだったな。それについては、昨日、リディアと俺で話をして、認識の擦り合わせをして考えてみた。文献の類がほぼ見付からないなら、あくまで推測の域は出ないんだが……」


 件のG.Fの声を聞いたリディアと、彼女を通してその感覚を共有したレオン。
それは文献や伝承と言った、他者の手による編纂を介さずに得た、最も純度の高い情報と言えるかも知れない。


「ロック。あの洞窟の遺跡は、機械戦争の時代の初期に建てられたものだと言っていたな」
「ああ、多分な。ちゃんと調べた訳じゃないから、年数までは出せないけど、時期は近い筈だ」
「だとすると、その頃のスピラと言うのは、規模は大きくなくとも紛争の類が多くて、あちこちで地方国同士の衝突もあった時だ。……スピラ大陸で召喚獣と言うのは、古い時代から信仰の対象として祀られているものではあったが、機械戦争の時代はその多くは途絶えていた。しかし、召喚獣は別段、信仰心で存在しているものではないから、存在を維持する為の魔力エネルギーが枯渇しない限りは、活動し続けている筈だ」


 自然信仰が途絶え、G.Fへの畏敬の念も薄れていた、機械戦争の時代。
G.Fに対し、神の御使いと崇めていたその心が薄れても、G.Fたちはこの世に顕現し続けている。
その中には、次元の向こうへと身を隠した個体もあったとは思うが、記録に残り続けているものは、機械戦争の時代にもこの世界に留まっていたのだろう。


「その機械戦争が始まる頃───まだ無人兵器による戦闘が当たり前になる以前。彼ら召喚獣を戦う力として、戦争の武力として利用した者もいた」


 レオンの言葉に、エッジとリディアの表情が微かに強張る。

 機械技術が洗練され、隆盛するにつれて、人々は自然への畏敬を薄らげていく。
その傍ら、召喚獣のような自然エネルギーの結晶体は、機械で未だ制することが出来ないこともあってか、機械の抑制の手が届かない分野として、従来の手段を用いて支配することを試みるようになった。

 ロックも各地の伝承を学びながら遺跡史跡を巡る者として、スピラ大陸のこの時代のことは聞き及んでいる。


「……機械戦争時代の最初期。まだ人同士でも争いが多かった時、機械はあくまで補助的な要素として、それを扱える人間ありきの道具だったって言われてる。火力も限界が知れていた筈だ。だから、それを更に上回る戦闘力として、召喚獣が用いられていた時期がある」
「ああ。その当時、現代で言う召喚士も、多くが戦場へと投入されたと───この辺りのことは、恐らく歴史的な戒めとして、エボン宗が定めるスピラ大陸の歴史としても伝えられている。まあ、あまり一般的な話ではないが……」


 レオンもスピラ大陸については、学生時代に履修した、世界史としての範囲の方が親しみがある。
その際には、スピラ大陸の過去に機械戦争と言う時代があったことは学んだが、触れるのは歴史の転換点となる要項が精々だ。
それ以上の事は、SEEDとなって以後、様々な分野に触れる機会に連れて、先人や学者の知識を取り入れて言ったに過ぎない。

 エッジとリディアは、スピラ大陸の生まれであるから、此処で一般的な教養として定められる歴史として、もう少し詳細を聞く機会がある。
特に、エボン宗が定めているスピラ大陸の歴史については、信仰の有無にせよ、学ぶに触れることは多かった。
そして自然崇拝を強めた歴史の中、スピラ大陸の最も大きい負の遺産として、機械戦争の時代を広い範囲で追及することもあった。


「……その時代、各国の召喚士は、それぞれ召喚獣と契約を結び、戦場でその力を借りて戦ったとされている。契約者がなんらかの理由で死亡すれば、契約解除された召喚獣は、全く新たな契約者を得ることもあるし、そのまま雲隠れすることもあった。その中で、常に新たな契約者を求め続け、戦場から離れない召喚獣がいたようなんだ」


 レオンの言葉に、リディアが続ける。


「その召喚獣は、戦い続けることを自分自身の役割としているみたいでした。だから常に新しい召喚士と契約を交わしたようなんですけど、その召喚士が何処の誰だとか、何処の国に身を置いていたとかは関係なくて……その時に契約している召喚士の呼び掛けがあれば、それが魔物が相手でも、人が相手でも、戦ったんです」
「……召喚獣の意思が、契約した者の意思決定に依ることはある。例えば俺が、この場でエッジやロックを敵だと定めた状態でG.Fを呼び出せば、彼らは二人を攻撃するだろう。召喚獣の方が二人に足して個人的な友好感情を強く抱いていれば抵抗があるかも知れないが、基本的には、契約者の意には沿う筈だ。契約者と召喚獣の関係が、余程に悪い状態でなければ、な」


 召喚者の素質、相性、その時々の精神状態など、不確定な要素はいくつもあるが、両者の間に大きな不和さえなければそう言うものであると、レオンは聞き及んでいる。


「その上で、戦場で戦うことを望んでいる召喚獣なら、その為に契約を求める者と結ぶことは拒否する必要もない。そして、恐らく件の召喚獣は、色々な召喚士の間を渡り歩いて行ったんだろう」


 ───エッジの見付けた文献が、件の未知の召喚獣の正体であったとすれば。
それは自らの剣技を磨き続ける為、戦場を渡り続けた武芸者で、死ぬまでその道を歩き続けたのだとしたら。
その道への執着によって、死後も魂が留まり続け、G.Fとして生まれ変わったのだとしたら。

 戦乱を深めていく時代のスピラ大陸では、少しでも大きな力を操る術が求められた。
嘗ては畏れ敬い、神の御使いと祀っていた筈の召喚獣を、戦場の兵器として繰り返し導入していた程だ。
其処に、戦うことを是とした召喚獣がいて、契約者の求めるに応じて剣を振るい続けることを厭わないのなら、多くがこの剣豪の力を求めるに違いない。

 召喚獣は戦場で請われる度、その剣を振るった。
人を、魔物を、若しかしたら機械すらも。
その存在が戦場で声高に叫ばれれば叫ばれる程、その力を求める者は増える。
契約者が死ねば、新たな契約者を結び、その時々の召喚者によって斬る相手を変える。
それを繰り返していたのだとすれば、何処の国に明確に帰属することもなく、あまねく命を屠る恐ろしい死神にも等しかったのかも知れない。


「……でも、とある召喚士が、それを封じたみたいなんです」
「とある、って?」


 問うエッジに、リディアは首を横に振る。


「其処までは判らなくて。あの召喚獣の干渉を受けた時に、断片的に見えた景色があっただけなので、なんとも言えないんですけど……でも、もしかしたらそれが、私の一族に繋る人だったのかも知れません」


 リディアの言葉に、レオンが小さく頷く。


「召喚獣の呼び掛けに関する感度が、どうやって振り分けられているのかは判らない。召喚士も血筋だけで定められるものでもない。だが、個人の持っている魔力の質と言うのは、血縁関係で辿れる程度にはパターンが読み取れる。あの遺跡の召喚獣と縁を持った召喚士の中に、リディアの祖先がいたと言う可能性はある」
「若しも、祖先とあの召喚獣が一度でも契約していて、魔力の繋がりが出来ていたとしたら、その血縁の人にはより繋がり易くなることはあるんじゃないかって、昨日、レオンさんと話してたんです」
「……これも、想像でしかないがな。俺も学者ではないし」


 マカラーニャの森の奥地に嘗て存在していたと言う、召喚士の村。
既に形もないそれについて、詳しいことを調べることは難しいし、今から確かめに行く時間もない。
今は、現状で判る情報を集め、想像を巡らせるのが精々だ。

 ───それで、とリディアは話を戻す。


「若しかしたら、ですけど。あの召喚獣を世に出し続けることで、もっと沢山の人が犠牲になるんじゃないかって、思う人がいて。契約を求める人が現れる限り、それがずっと続くのだとしたら……それを断ち切る為に、あの遺跡に召喚獣を封印した可能性はあるんじゃないかって、思ったんです」


 リディアの言葉に、エッジとロックは顔を見合わせた。
少女の願いに似た想像は、確かにその方が、時代の人々が未来への英断を取ったようにも思えたが、しかし。


「出来るもんなのか。召喚獣……G.Fの封印なんてことは」


 G.Fの力がどれ程大きいものなのか、エッジもロックも、昨日に目の当たりにしたばかりだ。
神話の時代より存在が確認されている、オーディンの力は凄まじかった。
あれと渡り合う程の力を有する存在を、幾ら召喚士と言う存在があるとは言えど、“封印”等と言うものに納めることは可能なのだろうか。

 レオンもこれについては、苦い表情で唸るしかない。


「正直、俺も判らない。だが、“封印”と言うと大仰だが、もっと簡素に……例えば、“誰も契約の出来ない場所に留める”ことなら、出来るんじゃないかと思う」
「っつったって、G.Fは契約してなくったってあちこち移動できるだろ?次元の移動もそうだし、縄張りを変える奴だっているし」


 エッジが益々納得の行かない表情で眉根を寄せて言った。
その隣で、ロックが思案しながら呟く。


「なあ、レオン。お前が契約してるオーディンは、確かセントラ大陸の遺跡にいた筈だよな」
「ああ。記録によれば、随分長い間、あそこにいたらしい。あの遺跡も古いものだから、恐らく、何百年かはいた筈だ。一度も移動せずに……と言う訳でもないかも知れないが」
「人嫌いか判らないけど、誰とも契約しないまま、遺跡にいたんだよな」
「そう聞いている」
「それがなんでお前とは契約したのか不思議だけど……自分が契約して良いって言う奴が来るまで、ずっと其処で待っていたって言うのは、あるかも知れないよな。スピラ大陸に限らず、古い遺跡に祀られたり、守護者として配置されたような場所にいるG.Fは、誰かと契約をするまで、其処に留まり続ける例がある」


 ロックの言葉に、レオンは頷いた。
オーディン然り、他にもイヴァリース大陸の遺跡の奥で出会ったアレクサンダーと言うG.Fも、レオンと契約を交わすまで、其処で幾星霜と息を潜めていたと言われている。


「あの召喚獣も、新たな契約者になる召喚士が来るまで、あの遺跡で待っていたのかも知れない。リディアちゃんのお袋さんが異界送りの為に洞窟に来た時、幽霊(レイス)が内側から大量に出て来たって言うのは、新たな召喚士が近くにいることにあの召喚獣が気付いて、“こっち側”に来たからだったのかもな。幽霊(レイス)たちからしたら、とんでもなく強い奴が遺跡の奥にいきなり沸いて出て来たから、咄嗟に逃げた。あいつらは死んだ人間のなれの果てだけど、其処から消滅───もう一度死ぬかもしれないって事態に陥ると、本能的に逃げることがあるから。───で、その後、俺とエッジだけであそこまで行った時には、肝心の召喚獣は姿を見せなかった。そりゃそうだ、俺たちじゃ奴との契約は出来ないから」


 魔法の扱いを門外漢としているロックは勿論のこと、エッジもG.Fと契約を成せるほどの魔力は宿していない。
それが今回は、リディア、若しかしたらレオンも含め、G.Fとの感応の素質を持つ者が現れた事で、待ち望み続けていた存在がようやくやって来たと、姿を見せたのかも知れない。


「遺跡を作ったのは、封じることになる召喚獣への敬意。祀ると言う形で、封印に対する詫びのつもりだったのかも知れない。遺跡が用意されるってことは、まだそのくらいには召喚獣への畏敬が残っていた。そして、次に此処を訪れる召喚士が、新たな契約者だって言うことにした───のかな」


 ロックの言葉に、エッジはふぅむと顎に手を当てつつ、


「此処までの話、まあ、判らないでもないけどよ。それが機械戦争の初期の頃の話なら、もう五百年以上前の話だろ。その間、ずっとあの召喚獣は待ち続けてたのか?そんなに気が長いもんか?」
「それについては、G.Fの時間の概念が、俺たち人間と同じとは限らない───としか言えないかな」


 あまりに悠長な話だ、と指摘するエッジに、レオンは眉尻を下げて曖昧に答えるしかなかった。
何せ、永遠とも言えるほどの長い時間、存在し続けているG.Fもいるのだ。
人間にとって、百年二百年と言う昔の話を、“ごく最近”で片付けてしまう例はある。
人間から見ると壮大な歴史上の記録とされる出来事も、長く生きて見届けて来たものから見ると、昨日見た普遍的な出来事として口にすることもあった。

 エッジは腑に落ちない表情をしていたが、さりとてこれも確かめられる事ではないからか。
天井を仰ぎながら大きな溜息を吐き出して、「そう言うことにしとくか……」と呟いた。
沸く疑問は尽きないが、何せG.Fのことも、余りに古い時代の話も、不透明な話しかないのだ。
明確な答えを求めても、出て来ないのも無理はなかった。


「んぁー……じゃあ、ついでにもう一個。想像で良いから、こうじゃねえかって思うことがあるなら、教えてくれ」
「なんだ?」


 人差し指を立てて提案する級友に、レオンが快く受け止めれば、エッジは頭を起こし直して、最後の疑問を口にした。


「あの召喚獣が出て来た時、どう見てもまともな状態じゃなかっただろう。ありゃあどう言う理屈で、あんな状態になったんだ?」


 遺跡奥地の穴の中から、突如として出現した召喚獣。
それを見た時、まるで真っ黒なタールの中に何百年と浸かったかのように、異様な姿だったことは、忘れられる訳がない。

 エッジが件の召喚獣の姿をまともに目にすることが出来たのは、レオンとリディアが召喚獣の干渉を始めた後のこと。
召喚獣とオーディンの激しい剣戟が繰り広げられる中、徐々にその身を覆う重油が灌ぎ落とされて行った。
そうしてようやく、歌舞いた派手な井出達が目の当たりにされたのだが、何故あの召喚獣は、怪異か魔物かと見紛う有様になっていたのか。

 エッジの問いに、レオンとリディアは顔を見合わせる。
どう説明したものか、と腕を組んで思案するレオンに代わり、リディアが「多分だけど」と前置きして言った。


「あの洞窟、奥は遺跡だけど、入り口の方はお墓でしょう。機械戦争の時代に亡くなった人たちの」
「ああ」
「埋葬に使われている場所は、奥より入り口の方が多いんだと思うけど、入り口に限らず、幽霊(レイス)も多いし、奥にもそれは沢山いたんだと思う。幽霊(レイス)って肉体がないから、魔力エネルギーで大部分が構成されていて、そう言う意味では、G.Fと近い所もあるの。でも幽霊(レイス)を構成している魔力って、重くて暗い、闇系に属する元素が多い。そう言うのって、魔力の波とか流れがある場所ならそれ程悪影響はないんだけど、留まり続けていると、良くないものも溜まり易くって」
「良くないもの?」
「感情で言えば、悲しみとか、怒りとか。死霊(アンデッド)になってしまう魂が持ち易いものだって言われてる。そう言う魂を核にして生まれた魔力エネルギー体が沢山ひしめいていたら、その近くにある別の魔力にもそれは伝わって行くの。感染するみたいに」
死霊(アンデッド)に襲われて死んだ死者が、新しい死霊(アンデッド)になり易いのは、そういう魔力の質が齎す影響もあると言われている」


 リディアの説明に、付け足す形でレオンが言うのを、エッジは眉間に皺を寄せながら聞いている。


「ナギ平原の北部、あの谷合は、機械戦争の時代以前から、人の死と関わっている場所だ。遺跡が作られて、あの召喚獣が封じられたことで、より土地の魔力濃度も高くなった。機械戦争の時代になると、死んだ人が放り捨てられるようになり、土地の魔力と融合して死霊(アンデッド)が生まれる要因になって───エボン宗の介入の下、土壙墓として再利用されることになった。だが、現地に生まれた死霊(アンデッド)は退治できない。この措置の是非については置いておくとして……多くの死霊(アンデッド)が長い間、あの遺跡の内外に留まり続けた結果、あの遺跡全体の魔力の質も、変質してしまったんだろう」
「その変質した魔力エネルギーが、あの遺跡にいた召喚獣を構成する魔力にも、影響してしまったんじゃないかって。レオンさんは考えているみたいで、私も、同じような感じかな……って思ってる」


 リディアの言葉に、エッジは一昨日の彼女が見せた行動を思い出していた。

 件の召喚獣と、オーディンの戦いの決着の後。
蹲り動くことなく、一頭の獣に縋られていた召喚獣を前に、リディアは異界送りを行った。
死んだ人々を異界へ───死後の世界へと、迷わぬように送り届ける、召喚士に預けられた役目。
リディアはレオンの援けを借りて召喚獣との干渉の後、休む暇もなく、それを果たしたのだ。

 リディアの異界送りの最中に、召喚獣は獣と共に姿を消した。
消滅したのか、次元の向こうへ隠れたのか、或いは単に姿を現していられるだけのエネルギーを消耗してしまったのか。
レオンにもそれは判らないと言う。
ただ、少なくとも、あの場所に滞留していた重く淀んでいた空気は、ほんの少し、洗い流されたように感じられた。


「じゃあ、あの時の異界送りは、奴の変質した魔力を整えるって目的もあった訳か」
「そう、出来たら良いなって。上手く行ったのかは判らないけど」


 リディアは眉尻を下げながら、自信のない表情を浮かべていた。
母を危険な目に合わせるまいと、代理として赴いたことだから、出来ることはやるつもりでいた。
ただ、正式に召喚士として認められた訳でない身もあって、成すべきを成せたのかは、まだ判らない。

 そんなリディアに、エッジは首を横に振った。


「俺は魔力をそう強くは感じないけどよ。見た感じ、最初に出て来た時より、大分楽になったようには見えたぜ。第一、リディアはやれる事やっただろ。だったらお前は、胸張ってりゃ良い」
「……エッジ……」
「あの遺跡の奥まで行って異界送りをやった奴なんていない。今回の事件自体が異例のもんだってのは勿論あるが、そんな状態でも、やらなきゃならない事はやり遂げたんだ。それに、お前がいなきゃ、今回の事は解決しなかったかも知れない。手に追えなくて巻き込んじまった俺が言うのも難だが……俺は感謝してるよ」


 エッジの言葉に、リディアの口元が微かに綻ぶ。
瞳はまだ不安な色を残してはいるものの、エッジの言葉は確かにリディアの心に届いている。
リディアは胸の内に貰った言葉を反芻させながら、


「……うん。ありがとう、エッジ」
「おう」


 はにかむ笑みを浮かべたリディアに、エッジは覆面の中の口元を隠すように手を当てながら、ややぶっきらぼうに返事をした。
それが彼の照れた様子を隠そうとしている仕草であることを、級友二人も気付いている。
それを少女の前では言うまいと思いつつ、二人は顔を見合わせて表情を緩めていた。

 ───さて、とレオンが表情を切り替えて、エッジが持ち出してきた文献を手に取る。


「今回の件の分析としては、こんな所か。報告書にどう書くか……エッジ、この本の記述も参考文献として必要になると思うんだが、書き抜いても大丈夫か?」
「ああ。別に門外不出ってもんでもないしな」
「ロックは、あの遺跡の歴史の詳細について、後でデータを送って貰えるか?」
「作られた年代と、様式だな。洞窟に関して言えば、墓として扱われるようになってからの記録も浚っておこうか」
「よろしく頼む」


 淡々と仕事の事後報告の為に段取りを整えるレオンに、ロックは慣れた反応だ。
そんなレオンを、リディアは忙しくなるんだなぁ、と眺めていたが、


「リディア、少し良いか」
「えっ。あ、はい」


 名前を呼ばれて、リディアは思わず背筋を伸ばす。
レオンは荷物の中から小さなメモのリフィルとペンを取り出しながら言った。


「今回の件、未確認のG.Fと接触したことも含めて報告するつもりなんだが、そのG.Fの詳細について、直に干渉した君の証言も添えたい。君の名前については伏せるようにするが、後でもう一度、確認に協力して貰っても良いか?」
「はい。大丈夫です」
「ありがとう。協力に感謝するよ」


 リディアの返答に、レオンは口角を緩めて笑んで見せた。




 レオンが事件の分析、同行したリディアを始めとした友人たちの証言、それをまとめた報告書の草案を作り終えたのは、翌日の朝だ。
清書は帰りの船の中で改めて作るとして、レオンはエブラーナの集落を後にした。
その帰る足は、往路と違ってチョコボ一羽ではなく、三羽分が並んでいた。

 レオンとロックは、事件の間、集落に預けていたチョコボを引き取り、他国との連絡船が集まる港があるルカへと向かう。
そしてその道の途中、マカラーニャの森の中腹まで、エッジとリディアも同行していた。
リディアも今回の事件が終われば、在籍しているトラビアガーデンに戻るつもりだったが、その前に母の顔を見ていくと言う。
ガーデンに戻れば、次に帰省するまでは、また離れ離れの生活だ。
事件を無事に終えた報告も含めて、母子の語らう時間がもう一度あっても良いだろう、とエッジが奨めたのだ。
ルカへと向かう道は、エッジが付き添うから、レオンたちが一足先に帰路へ向かっても問題はない。

 マカラーニャの森の中、ベベルへと向かう分かれ道の袂で、レオンたちはチョコボの手綱を引いた。
足を止めたチョコボの背で、レオンとロックは、別れる級友と少女を見る。


「じゃあ、此処までだな」
「ああ。ありがとよ、二人とも」


 元々はエブラーナの部族が、エボン宗からの要請を受けて動いていた異変だった。
手に負えないと判断したエッジの権限で集まることになった学生時代の友人たちは、かくして事件を無事に収めた。
エッジにとっては、全く感謝の言葉しかない。

 そんなエッジの謝辞に、レオンとロックは顔を見合わせてくつりと笑う。


「此方こそ助かった。根回しも先に済ませてくれていたから、俺も随分楽だったしな」
「現地の人間が協力的なことに越した事はないからなぁ。ああ言う遺跡や遺構って言うのは、どうしてもデリケートな場所だからさ」


 二人の言葉に、エッジは「そりゃこっちが頼んだ事だからよ」と言う。
しかし、それでも協力が得られないことは少なくないのだと、レオンたちは知っていた。

 レオンもロックも、職種は違えど、世界のあちこちに足を運ぶ機会のある人間だ。
現地の案内や慣習に関する問題などは、どうしても土地の人間を通さなくてはならない。
その際、誰も彼もが快く手を貸してくれる訳ではないから、今回のエッジのように、事前に厄介となるであろう事例について、先んじて潰しが利いたのは非常に有難いことだったのだ。


「───ま、そうは言ってくれるが、面倒な話を振っちまったのは確かだからな。今度逢う時は、もっと気楽に飲もうぜ」


 杯を傾ける仕草をしながら言うエッジに、レオンたちも頷く。
この場にいる誰もが忙しい日々を送り、連絡も碌に取り合うことはないが、こうして懐かしい顔触れを見る機会を得たのは、存外と嬉しいものだった。

 レオンは、エッジの背に捕まって、彼のチョコボに供乗りしている、妹の友人に声をかける。


「リディア、君も協力してくれてありがとう。まだ体は疲れがあると思うから、無理はしないようにな」
「はい」
「妹を宜しく。仲良くしてやってくれ」
「ふふ。此方こそ、宜しくお願いします」


 トラビアガーデンに戻れば、顔を合わせるであろう友人の名に、リディアは嬉しそうに頬を綻ばせた。

 じゃあな、とレオンとロックは片手を挙げて、もう一度チョコボの手綱を引いた。
待機姿勢を解除して、二羽のチョコボが足元軽く走り出す。
エッジとリディアは、森の向こうに二羽の姿が見えなくなるまで、それを見送ったのだった。





レオン、エッジ、ロックの同期の桜が再集合した話を書きたかったんです。

それぞれガーデンを卒業してから10年も経ってはいませんが、バラバラのタイミングで卒業したことや、その後は各自の道を選んだので、同窓会みたいなこともするような機会もなく。
でもレオンとロックは職業柄、あちこちに行ったり顔が利いたりするので、偶然再会してからは時々連絡を取って仕事の援けをして貰うこともあったりします。
エッジは実家に戻ったので、環境もあってレオンとは中々連絡を取ることもないのですが、ロックはスピラ大陸の遺跡群の調査やら何やらで、時々融通を利かせて貰うことも。その辺りのよしみで、今回の事件は三人が揃った訳です。
今回のレオンは、同行しているのが学生時代の友人で、弟や年下メンバーと一緒にいる時の保護者モードがオフになっているので、大分砕けています。
そこに原作でも召喚獣と縁のあるリディアも並べたかった。妹の友達/友達の兄に意外な所で逢えて、ちょっと興奮しているレオンとリディアでした。

四人が遭遇したG.Fは、FF10のヨウジンボウです。原作でも詳しい経緯はない、お金払って働いて貰う独特のタイプということで、武人気質の文字通り用心棒をしていた人だった……のかも知れない、と言うG.Fになって貰いました。