過ごす終わりをこれからも
2021年正月


バラムの年末年始の人々は、その殆どが一度は皆とへと集まる。
島と言う環境にあって、漁業が盛んなバラム島では、海を司るとされる竜の姿をした水神が祀られていた。
漁師が今年一年の感謝と、来年の抱負を祈り、また漁業以外の仕事をしている人々も、海難事故などあれば嫌が応にも響いて来るものであるから、此方も同様に感謝と抱負の願いを捧げていた。
水神が祀られているのはバラムの街の港の先端にあるのだが、この港自体は決して大きいものではない。
島にバラムガーデンと言う大きな教育機関が出来たことや、セキュリティ会社が大きなビルを建設して、其処に何百人と言う社員を持つようにもなったことも重なり、実に多くの島民多くが集まるので、平時よりも更に其処は大盛況となる。
参拝に訪れる人々をターゲットに、いつしか出店も並ぶようになり、それの数も増えて行き、また年末年始の大安売りや、福袋の呼び込みをする者も出てきた。
若者の中には参拝よりも出店を目的とする者も多く、年末年始のバラムの港は、年々混雑を増している。

レオンは、バラムに来るまで、年末年始と言えば家でのんびりと過ごすものだった。
故郷である山間の村は、そもそも時節に限らず静かで穏やかなものであったが、年の瀬が近付くと少し慌ただしくもなる。
母であるレインは小さなバーを営んでおり、村の人々が其処に集まるのが平時の光景だ。
店はほとんど不休で開いていたそうだが、レオンが生まれて以来、年末年始だけは店を閉めている。
息子と夫と、エルオーネが生まれてからは彼女も加え、家族四人で過ごす為だ。
とは言え、元々が何もない小さな村であるし、何処かに出掛けようにも、車がなくてはどうにもならない場所であるから、やっている事は普段と大して変わらない。
けれど、ノイズの混じり易いテレビを見ながら、いつもより遅い時間まで起きていて良い、と言うのが、幼いレオンとエルオーネにとってはイベントのようで楽しかった。

そしてバラムに移り住んでからは、その地の年の瀬と言うものに段々と染まっていく。
初めてレオンが水神の参拝をしたのは、スコールが一歳になった年明けのこと。
人で溢れ返ってしまう年末年始直ぐのタイミングは避けて、シド先生に連れられて、妹弟と一緒に港の先へと訪れた。
その時にはもう出店も殆ど畳まれており、いつも通りの港の景色が戻って来ていたが、レオンと同じように人出が減った所にと参拝に来た人は、まだちらほらと確認できていた。
レオンはシド先生に教わった通りに、エルオーネとスコールはそんなレオンを真似て参拝をした。
帰りには、此方も平常運営となった出店に立ち寄って、「きちんと神様にご挨拶できたご褒美ですよ」と、レオンとエルオーネにはココアを、スコールはミルクを買って貰った。
温暖な気候のバラムとは言え、冬真っ只中の港は冷えるもので、ベンチに座って飲んだ温かな飲み物は染み入るようであった。
それ以来、レオンは毎年、年末年始には水神の参拝に行くようにしている。

孤児院の子供達は、それぞれのタイミングに合わせて、クレイマー夫妻が水神の参拝へと連れて行っていた。
とは言え、一番年上のレオンであるから、そう遅くはない内に、彼も「子供達を連れて行く側」になっている。
担当は先ずスコールとエルオーネだが、孤児院の兄役であったレオンは幼い子供達に人気があったから、僕も私もレオンと一緒が良い、と言う子は少なくなかった。
中には「レオンが一緒じゃなきゃ行かない!」とまで言う子もいたので、レオンはスコールをエルオーネや夫妻に任せ、その子供と一緒に、繰り返し参拝に行くと言う年もあった。

バラムガーデンの立ち上げと、それに伴う孤児院の閉鎖を経て、レオンは夫妻の手を放した。
バラムの街に家族三人で過ごすようになってからも、年末年始はやはり一度は皆とへ参拝に行くようにしている。
物心がつく前からそれをしていたからか、スコールもすっかりそれを習慣ととして認識しているようで、「お参りに行くよ」と言うと直ぐに自分で準備する。
エルオーネは時々「寒いからやだ」と言うようになったが、参拝を済ませた後のホットココアに釣られてくれる。
彼女にとっては、寒い港での参拝よりも、其方の方が目当てなのだろう。

そして今年、兄弟の下には新しい家族が加わった。
トラビア大陸にある大都市ザナルカンドからやって来たティーダは、生まれた土地とは違う年末年始の過ごし方に、終始不思議そうにしていた。
街にネオンが光る訳でもなければ、賑やかな音楽が鳴り響くこともなく、テレビは正月に向けた特別番組が放送されるが、ブリッツボールのエキシビジョンマッチやパフォーマンスが生放送される事もない。
街は店頭にこそ正月に向けた飾り付けやセールのお知らせが出ているが、全体は普段の風景とそれ程変わりはなかった。
“眠らない街”と称されるザナルカンドとは全く異なる光景に、ティーダは毎日のように不思議そうに首を傾げている。

そんなティーダも伴って、レオンは参拝に行く事にした。
普段は人混みを避け、一番込み合う日から遅れて向かうことにしているが、偶には真っ最中に行ってみるのも良いだろう、と思ったのは、やはりその時が一番出店が多く並んでいるからが理由だ。
出店が出ていると聞いた時から、ティーダもそわそわと待ち遠しそうにしていたし、それに感化されたか、スコールも心なしか楽しみにしていた節がある。
それなら、日が落ちる前に行こうか、と言ったレオンに、ティーダは万歳を上げて、スコールもいそいそと上着を取りに行って出発の準備を始めた。


「港は寒いから、ちゃんと上着を着なくちゃ駄目よ、ティーダ」
「はーい」


スコールと一緒に人数分の上着を持ってきたエルオーネ。
その手から自分の上着を渡されて、ティーダとスコールが袖を通すのを確認してから、兄姉も服装を整えた。

島民の多くが、時間を問わず、それぞれの都合に合わせて港を目指すので、路を歩いていると擦れ違う人も多い。
スコール達と同じ年頃の子供達が、手に手にお菓子やジュースを持っているのを見て、幼い瞳が羨ましそうにそれを追った。
お参りが終わったらね、と宥めるエルオーネに、スコールもティーダもこくこくと頷くのが、見守るレオンには微笑ましい。

道すがらに会う近所の人たちに挨拶を交わしながら進むと、段々と人の影が増えて行く。
港には市場もあるから元々人が集まり易い場所ではあったが、今日はそれの比ではない。
出店の姿もちらほらと見えるようになって、ティーダが今から吟味するように目移りしていた。


「あっ、トウモロコシある!レオン、あれ食べたい!」
「ああ、後でな」
「見てみて、綿菓子ある!お祭りみたい!」
「そうだな。こら、手を離しちゃ駄目だぞ。はぐれたら大変だから」


良い匂いを漂わせる屋台の方へ、ふらふらと誘われていくティーダを、レオンは引っ張って連れ戻す。
こう言った誘惑が子供達にとってそれはそれは魅力的なのは判っているが、この人混みの中ではぐれてしまったら、迷子放送でもしなければ見付けられない。
平和なバラムの街であるが、こうも人が多いと、どうしても危ない事を狙う連中もいるものだから、繋いだ手は離さないようにしっかりと守らなくては。

レオンとティーダの後ろを歩く、エルオーネとスコールも、やはり並ぶ屋台に目移りしている。


「スコールは、お参りが終わったら何食べたい?」
「んとね、えっとね……チョコバナナ!」
「甘くて美味しいよね。半分こして食べよっか」
「うん」


スコールの食べる気満々で待ち遠しい様子に、お昼はもう此処で良いかなあ、とエルオーネは考える。
屋台の種類は様々で、お菓子もあれば総菜系もあるし、恐らく異国の食べ物であろう見慣れないメニューも並んでいた。
大きな寸胴鍋でスープを振る舞っている店もあり、何処か落ち着いて座れる場所でもあれば、其処で昼食にしても良いだろう。
それなら家に帰って準備と片付けをする必要もないし、と思いつつ。

参拝路にもなっている市場を半分ほど進んだ所で、港の先端へと延びる行列が出来ていた。
その最後尾に四人が並ぶと、すぐに後ろに別の人が並んでいく。


「レオンー、これ何の列?」


急に進む足が遅くなって、ティーダがレオンを見上げて訊ねた。


「水神様へお参りする人の列だ。ちょっと時間がかかると思うが、良い子で待ってるんだぞ」
「ちょっとってどれ位?」
「さて……この位置からだと、一時間かかるかどうかかな」
「えーっ、そんなに?先に行っちゃダメ?」
「駄目だな」


一時間の待ち時間となれば、ティーダは退屈だろう。
思った通りの反応に、レオンは眉尻を下げて苦笑しつつ、


「ちゃんと良い子で待ってたら、後で食べたいものを買ってやる」
「本当?」
「ああ」
「じゃあ待ってる!」


ティーダはレオンの手を握り、決意を固めるように宣言した。
よしよし、と頷くレオンの後ろで、そんな兄と幼馴染を、スコールが羨ましそうに見つめている。
そんなスコールと繋いだ手が、きゅう、と握り締められるのを感じたのはエルオーネだ。


「スコールも、良い子で待てる?」
「うん」
「じゃあ後でご褒美だね」
「うんっ」


姉の言葉に、スコールはぎゅっと手を握って頷いた。

参拝列が少しずつ動く中、ティーダは暇を持て余して、終始レオンやスコールにじゃれついている。
レオンはそんなティーダの両腕を握ってブランコのように吊り上げたり、木登りのように登らせたり。
昨年まで、スコールとエルオーネと三人で参拝に来た時とは、また違う光景だ。
時々、出店に誘われて列から出て行きそうになるティーダを捕まえ直しながら、レオンは参拝の順番を待っていた。

その内にレオンをアスレチックにするのも飽きたのだろう、列を整える為に張られた仕切りのロープを摘まんで遊びながら、ティーダが言った。


「ねえ、レオン。バラムって花火しないの?」
「花火?」


この時期に?とレオンが鸚鵡返しをすると、ティーダは拾った石を手の中で遊ばせながら続ける。


「ザナルカンドだとね、夜にでっかい花火が上がってたんだ。もう直ぐ来年ですって時に、ごー、よーん、さーんって数えて、最後にどーん!って」
「張る程、カウントダウンと、明けて新年の祝いみたいなものか」
「そう言えば、テレビでも見たことあるね」


年明け間もなくから、テレビで放送される番組の中には、各国の年明けの様子を見せてくれるものもある。
ザナルカンドの新年はいつも賑やかなもので、ティーダがバラムの静けさを不思議に思うのも無理はない、と思う程に様相が違っていた。
若者達が夜通し街に繰り出すほど、人々が賑やかに楽しむ様子に、スコールも「お祭りみたいで楽しそう」と言っていたものだ。


「ねー、花火ないの?」
「バラムで花火が上がった事はないな」
「なんで?キレイですごいのに。皆も喜ぶよ」
「確かに、そうだろうな。でも、バラムはそう言うことをしてこなかったから」
「むー」


故郷で見ていた年の瀬の光景が、此処では見られないと知って、ティーダは少し残念そうだ。
バラムでは、花火と言えば夏の風物詩で、それ以外の機会では殆ど見ることがない。
自分達でやろう、と言うにも花火自体が売られていないので、ティーダが見たい景色はやはり難しいだろう。
レオンは拗ねたように唇を尖らせるティーダの頭をくしゃくしゃと撫でて、石遊びに夢中になって離してしまっていた彼の手を握り直した。

四人の前に並んでいた老夫婦が参拝を済ませ、ようやく順番が回ってきた。
海竜を象った石像の前に来て、レオンがジャケットのポケットに入れていた財布を取り出し、小銭を三人に握らせる。


「これどうするの?」
「あそこに入れるんだよ」


やり方が判らないティーダに、スコールが石像の足元にある石の器を指差した。
此処から入れるの、と目印にロープを置いて引かれた線の前に立ち、スコールは小銭を投げた。
ちゃりん、と言う音を立てて器にギル貨幣が入るのを見て、ティーダは「こう?」と同じように小銭を投げ入れる。


「それで、手を叩いて」
「こ?」


ぱん、ぱん、と小さな手が少しズレながら音を立てる。


「それから、お願いするの」
「何を?」
「えーと……ほんねんどはおせわになりました、らいねんもよろしくおねがいします、って」
「ほん……んん?」


ティーダに教えるスコールの拙い言葉遣いに、レオンとエルオーネはくすりと笑う。
毎年、シド先生に連れて来て貰っては、彼がそう言っていたのをそっくり真似ているのだ。
まだあまり内容までは理解できていない様子だったが、こう言った行事は、習う気持ちが大事というもの。
レオンとエルオーネも、それぞれ賽銭を投げ入れると、柏手を打って、海竜に向かって頭を下げた。

スコール、レオン、エルオーネがそれぞれに同じ仕草をしているのを見て、ティーダも同じようにぺこりと頭を下げる。
それから少しの間を開けて───ティーダはその間に、頭を上げては、三人の様子を見てまた戻す───、今年の感謝と来年の抱負を祈るお参りは終わった。


「よし。もう良いぞ、ティーダ」
「終わり?」
「ああ」
「やったー!」


退屈な待ち時間が終わったとあってか、ティーダは判り易く喜んだ。
隣に立っていたスコールの手を引いて、ぴょんぴょんと喜ぶティーダ。


「レオン、お店行こ!オレ、良い子にしてた!」
「ああ。スコールも、エルオーネも、皆よい子だったな。折角だ、何か食べて帰ろうか」
「おひるごはん?」
「そうだね。スコールもティーダも、なんでも食べたいもの言って良いよ」


兄姉の言葉に、スコールもまたティーダと同じように、ぴょこぴょこと跳ねて見せる。
全身で喜んで見せる弟達に、レオンとエルオーネは唇を綻ばせるのだった。




2021/12/31

大晦日と言うことで。
以前に書いたバラムの年末を、また書きたいなと思ったもので。

ザナルカンドは年末年始もクリスマスも、そう言う節目行事自体が賑やかになりそうだなと。
厳かに迎えるよりは、新年を迎えると言う喜びとして、都市の中心部に皆が集まって一斉カウントダウンしたりとか。アメリカみたいな。
バラムは[の世界ではのんびりしてそうと言うか、都市と言う程大きくもないし、島なのでもっとのんびりしてそうだなと言うイメージです。