いつかの未来へ続く今日


 バラムガーデンが夏休みに入っても、スコールの忙しさは変わらない。
学業が一時休暇になる分、授業に出ながら任務をこなす正SeeD生の実働に回せる時間が確保されるので、平時よりも人手は増えていると見ても良いが、それが活かせるかは依頼の内容に因る。
特にエスタからの依頼で多く寄せられる、“月の涙”の影響で活性化・凶暴化した魔物の退治は、その危険度から上位ランクのSeeDを派遣する必要が求められる為、任務を回せる者はそれ程多くはない。
また、長期の休みである事から、帰省を含めて少々遠出の旅行に行きたいと希望する者もいる。
夏本番前には、早い内に狙った休暇を確保しておきたいと、休暇申請も続々と提出されていた。
それらの希望を出来得る限りは叶えつつ───基本は先着順であるが───、寄せられる依頼を達成できる人材とスケジュールを担保させると言うのは、中々に頭を使う重労働であった。

 そんな中スコールは、任務を除けば何処かに遠出する予定もなく、帰る家と言ったらバラムガーデンであるから、帰省というものを考える必要もない。
実質、ガーデンに缶詰になっていても、何も問題がないのである。
これはスコールだけでなく、キスティスやサイファーも、実家が程近いバラムの街にあるゼルも同様であった。
その結果として、緊急性や危険性の高い依頼は、主にこの面々で回す事が多くなっている。

 ちなみにセルフィは、彼女自身の希望もあって、復興中のトラビアガーデンへの助力任務を優先させており、二つのガーデンを忙しなく行ったり来たりと繰り返している。
アーヴァインは魔女戦争の後、ガルバディアガーデンに一時期戻っていたのだが、いつの間にやら正式手続きを踏んでバラムガーデンに転校した。
彼の実力はバラムガーデン首脳陣のよく知る所であったから、彼も主力として数えて良いのだが、生憎、彼はSeeDではない。
この為、彼をリーダーとして派遣するのは難しいので、任務先がガルバディア地域である場合はその知見を活かす事を目的として、搦め手や補佐の役割で派遣されるのが主である。
スコール達とは少し理由は異なるものの、この二人も十分に忙しい日々を過ごしている。

 忙しい日々を過ごしている内に、バラムの島では夏が盛りを迎える。
そして、夏休みをたっぷり満喫し、伸び伸びと過ごしていた生徒達の中から、段々と背中を追って来る負債───夏休みの課題に喘ぐ者が出て来る頃に、スコールの誕生日がやって来る。

 誕生日であるからと、スコールがそれを深く意識する事はなかった。
いつものように目を覚まし、低血圧の彼はそのまましばしぼんやりと過ごす。
ようやく活動のスイッチが入ったら、バターを塗って焼いただけのトーストと、冷蔵庫の中のミネラルウォーターで朝食を済ませた。
───その頃から、何やら部屋の外に人の気配を感じてはいたのだが、此処はバラムガーデンの寮である。
指揮官と言う立場であれど、それは緊急時に勝手に課せられた肩書で、生活様式は他のSeeD達、いやバラムガーデンの一般生徒達と変わりない。
正SeeDであるから個室を持っているという程度で、扉を開ければ其処は他の生徒達も行き来する廊下だ。
夏休みと言えど、補習やら夏期講習やらに向かう生徒は多かったし、任務返りでようよう帰った生徒がふらふらと覚束ない足で歩いて行く事もある。
今日はそういう奴等が多いんだろう、と思う程度で、スコールはそれらの気配を深く気にする事なく、身支度を整えた。

 寝癖のついていた髪をきちんとセットして、お気に入りのジャケットに袖を通す。
昨晩は比較的早い内に上がれたお陰で、久方ぶりに睡眠時間が多めに取れた。
今日も今日とて書類に付き纏われる一日になるだろうが、心持ち頭がすっきりとしている所為か、なんとなく気分は良い。
このまま面倒が起きずに一日が過ごせれば幸いだ。
と思いつつも、大抵、そんな時に限って厄介な事に巻き込まれるパターンなので、余り多くは期待しないのが精神の均衡を保つコツである。


(……行くか)


 手袋を嵌め、その感触を確かめるように、二、三度握り開きを繰り返して、スコールは顔を上げた。
ドアノブを開けて廊下に出ると、いつも通りの景色がある───筈だったのだが、


(……なんだ、これ)


 ドアを開けたその向かい側にあるのは、壁だ。
窓は左右にはあるが、スコールの部屋のドアの真正面にあるのはあくまで壁である。
掲示板の類がある訳でもなく、指揮官の部屋の前だからと言う配慮なのか躊躇なのか、生徒主催のイベントを告知するポスター類が貼られる事も先ずない。
故に其処はいつも無機質な白壁があるだけだったのだが、今日は全く違っていた。




 今日の指揮官室は、いつもと様子が違っている。
其処で過ごしているのは、指揮官であるスコールと、その補佐役を務めるキスティスとシュウ、そして補佐官兼監視対象であるサイファーと、面子は見慣れたものだ。
違うのは、その内の半分が自分用のデスクではなく、来客用に設けたスペースを使って、大量のプレゼントボックスを積んでいる事であった。

 スコールとサイファーがそれぞれ依頼の確認や報告書を通し読みしている傍ら、キスティスとシュウは指揮官室の一角を占拠するプレゼントボックスを捌き続けている。
エスタが開発し、実用性を確認したいので使ってみて欲しい、と寄与された、特殊な波状の光射機能を有した機械を使っての内容物確認作業が、大変捗っている。
それは内容物を出さず、蓋すら開けず、箱の中身を確認できるものだった。
判るのは陰影とその立体感程度であるのだが、それでも「蓋を開けた瞬間に中身が爆発」等と言う可能性もある事を考えると、その危険を回避してある程度のチェックができるというのは、非常に助かる代物だ。
そんなものまで持ち出してチェックする必要があるのかと問われれば、あるのだ。
何せこのプレゼントは全て、バラムガーデン擁するSeeDの指揮官である、スコール・レオンハート宛に贈られたものばかりなのだから。

 先の魔女戦争で、魔女の懐まで飛び込んでそれを屠った功績と、その後のSeeDの世界各国での活躍により、スコールの名は広く知られている。
しかし、まだ未成年である事を最も大きな理由として、実はスコールのパーソナルな部分は世間に殆ど公表されていない。
しかし、それはあくまで対外的な話である。
元々、バラムガーデンの一生徒として籍を置いているスコールであるから、校内ではよく知られていた。
風紀委員としてあちこちで目立っていたサイファーが、因縁の相手のように何かと突っかかっていた上、それを真正面から受け止めていた訳だから、バラムガーデンでは二人セットで有名であった。
そして、スコールにとっては知らぬ話であるが、彼は存外と人気がある。
人嫌いと言ってもそう違いはないであろう気質を持っていても、密かな思いを寄せる女子生徒は少なくなく、そんな中には色々と情報に精通した者もいた。
そう言った生徒間の独特の繋がりや、そう言う所からいつの間にやら広まる噂等から、スコールがどう言った人物なのか、公的プロフィールめいたものも広く知られているのである。

 だから今日、スコール宛に大量のプレゼントが届けられたのだ。
その多くは、早朝の内に指揮官室の前に積まれ始め、キスティスがやって来た頃には、既に一山できていた。
多くは無名のまま、『スコール様へ』『指揮官へ』と宛先だけのカードが添えられている。
恐らく、正面切って渡すにはハードルが高く、それを越えられないが諦めきれない生徒達が置いて行ったのだろう。


「───人望があって良かったな、スコール」


 内容物の確認作業をしながら、そんな事を言ったのはシュウだ。
書類にペンを乗せたスコールの手がぴたりと止まり、紙に視線を落としたまま、傷のある眉間に深い皺が浮かぶ。
そんなスコールを見たキスティスがくすりと笑い、


「確かに、嫌われているよりはよっぽど良いわよ、スコール」
「……好きに言ってくれ」


 キスティスとシュウを相手に、何を言った所で自分が不利になるのは判り切っている。
スコールは頭に浮かぶ色々な言葉を全て飲み込んで、溜息だけを投げた。

 スコールに大量のプレゼントが届けられた理由は、他でもない、今日が彼の誕生日だからだ。
生徒達がその情報を何処からどう聞いたのかは最早どうでも良い話である。
とにかく、それを知った生徒達は、こぞってスコールにバースディ・プレゼントを用意した。
しかし、生徒として同期である生徒達はスコールの気質をよく知っているし、指揮官となってから彼を憧れのように仰ぐ者も多く、それぞれの理由から、多くの生徒はプレゼントを直接渡す事を気後れしたようだ。
だから早朝の内に、本人の寮部屋であったり、指揮官室の前であったり、スコールかその周りの者が気付くであろう場所にそれを置いて行った。
かくしてその狙いは的中し、キスティスがいつもの時間に指揮官室の鍵を開けようとフロアに上がった所で、プレゼントの山は発見されるに至る。

 バラムガーデンは、まだ子供と呼べる年齢から、年齢制限に至る二十歳まで、在籍する事が出来る。
この為、ガーデンは学校としてもそれなりに大きな規模を持っていた。
その内の三分の一には匹敵するのではないか、とキスティスはプレゼントの山を見て計算する。
立場上、自分の上司であり且つ、幼馴染の弟分として可愛がっている少年が、それだけ沢山の人に愛されているのは嬉しい事だ。
と、キスティスもそれ自体は喜んでいるのだが、


「差出人の名前も書いてくれていると、こんなに厳重な確認作業をしなくて良いんだけどね」


 親友から手渡しされた直径10cm程の円形のプレゼントボックスを、透視機械に当てながら呟く。
それを聞いたシュウも「まあな」と苦笑しつつ、


「仕方があるまい。皆奥ゆかしいと言うことだろう」


 と言ったが、それが冗談であるのはキスティスも判っている。

 スコールは案外と多くの人に好かれているが、多くの人間はそれを本人の前に晒さない。
それはスコールが指揮官に就任する以前からの事で、人嫌いの気すらあったスコールは、いつも遠くから眺められているばかりだった。
他者との慣れ合いそのものを避けているスコールに、堂々と好意を寄せて体現させられる人間は限られている。
それも、そう言う感情を表に晒して見せると、スコールは大抵、眉根を寄せてしまうから、余計にそう言った好意的な感情を晒す人は減って行った。
また、“指揮官”と言う立場もあって、彼を前にすると緊張すると言う者も少なくなく、それは畏怖もありながら、憧れが大きな理由を締めているのだが、挨拶するのもやっと、と言う生徒は多い。
魔女戦争を経て、以前より丸くなったと言われる今でも、スコールに好意的な気持ちを明け透けに見せるのは、身内と呼べるリノアやセルフィ位である。

 だから、スコールに寄せられたプレゼントの多くは、差出人が記されていないのだ。
誰から贈られたものか判らないから、迂闊に開ける訳にも行かず、こうして一つずつセキュリティチェックをしなくてはならない。
一つ二つなら、密かにスコールを慕う生徒が精一杯の勇気を出したのだ───と可愛らしい話になったのかも知れないが、何せ数がある。
その確認作業に追われる身としては、愚痴の一つも出ようと言うものだ。

 そんな事を言っている傍から、一つ、差出人の名前が記されている箱があった。
宅配で届けられたそれは、ガーデンに出入りする業者が一通り危険物チェックを通しているのだが、念の為、これもスキャンして置く。


「あら。ちょっと珍しいものが届いてるわよ、スコール」
「……何だよ」
「エスタのお菓子ですって。観光に力を入れるようになったから、こう言うのも販売されるようになったのね。ピエットさんが送ってくれたみたい」


 聞き覚えのある差出人の名に、スコールはしばし記憶を辿る。
スコールが初めてエスタに着いた時、大統領官邸までスコール達を案内した人だったか。
ラグナ達とも付き合いの長い人物であったように記憶している。

 延々と続くチェック作業にも疲れて来たのだろう、キスティスとシュウは確認の手を止めて、ピエットから贈られたボックスの封を開けた。
添えられた手紙には、スコールの誕生日を祝う旨と共に、「皆さんでどうぞ」と書かれている。女子二人は「安全確認ね」「そうね」と囁き合いながら、個包装された焼き菓子の一つを開け、口に入れた。


「ほろほろした食感で美味しいわ」
「確かに。しかし、この色はなんとかならなかったのか?」
「エスタらしい色よ。確かに、食べ物としては中々エキサイティングな見た目だけど」


 キスティスの言葉に、スコールが彼女の手にあるものを見ると、成程、確かに変わった色をしている。
物はシンプルなクッキーのようだが、合成着色料を使用して、普通の焼き菓子ではない変わった色になっていた。
味に合わせて色をつけているようだが、その発色が聊か濃いのが、シュウには若干の不評になったようだ。

 とは言え、美味しい事には変わりないようで、キスティスは二個目の封を切っている。
朝から延々と続いたチェック作業は、これで完全に小休止だ。
シュウもそのつもりのようで、思い立ったようにソファから腰を上げ、


「コーヒーでも淹れようか。スコール、サイファー、貴方達もどう?」
「……貰う」
「おう」


 スコールとサイファーの短い返事を聞いて、シュウはひらりと手を挙げて給湯室へ向かう。
それと入れ替わりで、デスクを立ったサイファーがプレゼントボックスの山へ近付き、


「物好きが多いもんだな。こんな奴の何が良いんだか」
「良く言うわね。一番の物好きの癖に」


 呆れた口調の呟きに、すぐさま鋭角からの反撃を寄越されて、サイファーはキスティスをじろりと睨む。
が、キスティスはどこ吹く風と、ゼリービーンズのような色をした焼き菓子の味を楽しんでいる。


「貴方も食べる?」
「すげぇ色してんじゃねえか。本当に食いモンの色か?」
「案外美味しいわよ。観光客向けでしょうけど、ちゃんと販売に出すんだから、其処はクリアしてるでしょうね。まあ、エスタは鎖国もしていたから、独特の文化色もあるでしょうし、お土産もののインパクトとしては良いんじゃないかしら」


 話のネタに買って行く人はいるわよ、と言うキスティスに、サイファーもそれなら理解できなくもないと思う。
同時に、ネタ狙いであろうと、売り出すのならやはりそれなりに味のクオリティが必要なものだ。
製作メーカーとしてはリピーターも欲しいだろうし、最低限のクリア基準は満たしているのは間違いない。

 試しに、とサイファーも箱から一つ頂戴し、封を開ける。
表に裏にとしげしげと眺めた後、


「毒はねえな?」
「今の所はね」


 念の為と確認すれば、キスティスも平然と答えた。
形ばかりの安全確認も同然であったが、その返事があるならと、サイファーもクッキーを口に入れる。


「……ふぅん。エスタじゃこんなのが流行か」
「どうかしら。他の国にあるお土産物を参考にして、先ずは無難なものから始めてみたのかも」
「無難の色じゃねえよ」
「まあね。で、味はどう?」
「悪くはねえな。色さえ気にしなけりゃ」


 あくまでサイファーにとっては色がネックになるらしい。
あんな色じゃな───と、スコールも二人を遠目に見ながら思う。

 と、その視線に気付いて、サイファーが箱から菓子をまとめて掴んだ。
大きな手で掴めるだけの量を掴んで、スコールのデスクまで来ると、書類の横にそれを置く。
ばらばらと零れ落とすように置かれた菓子に、スコールは眉根を寄せて顔を上げた。


「なんだ、急に」
「一応お前宛てなんだ。安全確認は終わったから、一つ位食っとけ」
(じゃあ一つだけ持って来れば良いだろ)


 それ程大きな菓子ではないが、それが五つ、書類整理の邪魔になる位置を陣取っている。
判っていて此処に置いたな、とサイファーを睨むが、彼はさっさとデスクを離れていた。
代わりに給湯室から戻って来たシュウがやって来て、香ばしい匂いの漂うコーヒーを置く。


「少し休憩しないか、スコール。私達もそのつもりだし」
「……ああ」


 指揮官室の中は、すっかりリラックスムードだ。
それに充てられてやる気を失う事はあまりないが、別段、スコールが仕事に意欲的な訳でもない。
幸い、書類も急ぎのものはなかったし、サボっても良いか、と思ってしまえば、それまでの事だった。

 サイファーが寄越してきた菓子の封を切って、口の中へと入れる。
軽く噛んだだけで、クッキーは簡単に崩れていき、柔らかくほんのりと甘い焼き菓子の風味がスコールの咥内に広がった。
色は確かにサイケデリックにも見えるものであったが、エスタの国のあちこちに散見される色使いと言えばそうだろう。
スコールは余り気にしなかった。


(そう言えば、エスタの菓子なんて初めて食べたな。あそこで食事をする事はあるけど、こう言うものはあんまり見た事がなかった)


 エスタからはよく依頼が寄せられるので、行く機会は多い。
遠出になるので、ホテルを取って過ごす事も多いのだが、その際、スコールは観光目的で街を歩く事はしていなかった。
最近エアステーション内に併設された土産物屋なんてものも覗かないから、こう言うものが出回り始めた事も、今知った位だ。

 コーヒーを半分、クッキーも半分食べた所で、指揮官室のドアがノックされた。
すっかり休憩モードではあったが、気にせずキスティスが「どうぞ」と促す。
ドアを開けてひょっこりと顔を出したのは、スコール達がよくよく見知った顔だった。


「よう」
「ただいま〜」


 片手をあげて挨拶したゼルと、任務でドールへ赴いていたアーヴァインだった。
二人の両手には、大きな紙袋がそれぞれ二つずつ、合計で六袋分が抱えられている。


「随分大荷物ね」
「ああ。俺達のじゃないぜ、全部スコール宛だよ」
「……俺?」


 ゼルの言葉に、スコールは今日何度目になるか、眉間に深い皺を寄せた。
ゼルとアーヴァインは持っていた荷物をプレゼントボックスの山の中へと加える。


「そう、我らが指揮官殿に〜ってね。皆スコールの誕生日をお祝いしたかったんだよ。面と向かって渡すのは恥ずかしいからって、僕等に渡しに来たけどね」
「でもこの様子だと、結構渡しに来た奴もいたみたいだな」


 来客用スペースを占拠するプレゼントの山を見て言ったゼルに、「いいえ」と首を横に振ったのはキスティスだ。


「朝、此処に来たら部屋の前に置いてあったのよ。あとスコールの部屋の前にもあったらしいわ」
「其処まで持って来てるんなら、本人に渡せば良いのに。なあ?」
「はは、そうだね〜。でも難しい人の気持ちも判るよ。スコール、受け取る時にあんまり良い顔してくれなさそうだもの」


 笑いながら言ったアーヴァインを睨むスコールだが、確かに、判り易く喜んでやれない自覚はある。
今日が自分の誕生日だと言うことすら忘れていたとしたら、目の前に差し出されたそれを受け取るかどうかも怪しい。
それが想像できたから、多くの生徒は、こっそりと置いて行くと言う手段を選んだのかも知れない。


「それにしても、こっそり置いて行ってるとなると、差出人も判らないよね。全部チェックしてるの?」
「真っ最中だ。ゼル、アーヴァイン、貴方達も手伝ってくれると助かる」
「良いぜ、手も空いたとこだしな」


 シュウの申し出に、ゼルが言葉通り空になった両手を見せて言う。
アーヴァインはと言うと、任務終了の最後の報告書の提出を済ませて、これで身軽になったと言った。


「おっと。手伝っても良いけど、その前に。スコール、お前に渡すものがあったんだ」


 ソファに腰を落ち着けようとしたゼルが、はたと立ち上がる。
プレゼントボックスの横に並べて置いていた紙袋から一つ取り、中に入っていた物を取り出して、スコールのデスクへと向かう。


「スコール。これ、俺からな」
「……本?」


 ゼルが差し出したのは、一冊の本だ。
梱包用の袋に透明ビニールに包まれたままの、新品と判るそれ。
厚みのある上製本の表紙には、最近スコールが図書室で借りて読んでいたシリーズ物のタイトルが綴られている。
しかしサブタイトルには見覚えがなく、まだ図書室には仕入れられていない、先日発刊されたばかりの新作である事が判った。


「最近、この作家の本読んでるんだろ?続き物みたいだから、まだ途中までしか読んでないかも知れないけど、まあ一足先に持ってても良いかなと思ってさ」
「図書室にある分は、ついこの間、全部読み終わった。だから丁度良い」
「おっ、そりゃ良かった」


 スコールの言葉に、ゼルが嬉しそうに言う。
図書室で借りている本の事なんて、誰にも話したつもりはなかったのに、ゼルは一体どこで───と思ったスコールだったが、彼には親しくしている図書委員の少女がいる。
彼女は毎日のように図書室で過ごしているから、偶に其処を利用するスコールの事を見付けていても可笑しくないだろう。

 本を受け取ったスコールを見て、ゼルは嬉しそうにデスクを離れる。
それと入れ替わりに、今度はアーヴァインが持ってきた物を差し出した。


「僕からはこれ。ドールで見付けたんだけど、カードケースがあってさ。ほら、スコール、『トリプル・トライアド』のカード、沢山集めてるだろ?」
「……ああ」
「ケースなんてもう持ってるかも知れないけどさ。君が使ってくれそうなのは、これ以外にはガンブレードのメンテナンス用品とかしか浮かばなくて。でもそう言うの、自分で買った方が良いだろうし」


 自分が愛用している武器について、こだわりがあるのはアーヴァインも同じだ。
人から用立てて貰ったものを無碍にするつもりはないが、やはり自分で見て選んだ物の方が信頼が置ける。
だから敢えてその線は外して、アーヴァインは身内であるからこそ知っている、スコールの趣向に重きを置いてプレゼントを選んだのだ。

 簡易ながらも、誕生日プレゼント用を意識しているのだろう、綺麗に放送された箱を開ければ、黒を基調に銀箔で模様を刻んだカードケースが現れる。
ドールはカジノがあったりと、カードを使ったテーブルゲームに人気が集まっており、その為か、テーブルゲームに使う小道具を取り扱う店が多く並んでいる。
恐らくはその中で見つけたのであろうこのカードケースは、黒の塗装が重厚そうな雰囲気を醸し出しており、インテリアとしてのポイントも高い。


「……悪くないな」
「スコールが好きそうだな〜と思ったんだよね。気に入ってくれたなら良かった」
「報告書のサイン忘れがなかったらもっと良かったんだけどな」
「えっ、うそ。ちょっと待ってくれよ、今書くから」


 スコールの一言に、アーヴァインは慌てて提出したばかりの報告書を確認する。
最後に必要な自身のサインがない事に気付き、スコールが使っていたペンを借りて、走り書きで名前を書く。
改めて提出されるそれをスコールが受け取ると、アーヴァインはほっと息を吐いた。

 その遣り取りを見ていたシュウが、緑色のクッキーを齧っているキスティスに訊ねる。


「キスティスも何か用意しているのか?」
「ええ、そうね。一応。渡すのは後にしようと思ってたから、部屋に置いたままだけど」
「そうなのか。私も何か用意して置けば良かったかな」


 シュウの言葉に、キスティスの視線がスコールへと向かう。
視線を感じたスコールが顔を挙げれば、女子二人と目が合って、スコールはゆっくりと視線を外しつつ、


「……気持ちだけ貰って置く」


 何やら妙な具合に沢山の人から祝われているスコールであるが、本人にとって、今日と言うのはそれ程特別なものではない。
こうやって大量のプレゼントが届けられたり、幼馴染の面々に祝いの品を渡されていなければ、去年通りの何でもない一日で終わった筈だった。
確かに、祝って貰える事はこそばゆくも悪い気持ちにはならないが、かと言って、面と向かって祝ってくれ、プレゼントをくれ、等と図々しい事が言える性格でもないのだ。

 だからシュウの言った事は、本当に気持ちだけで充分と言うのがスコールの本心なのだが、彼女の方はそれでは収まらなかったようだ。
今日は間に合わないだろうが、近い内に何か用意する、と言うシュウに、スコールは好きにしてくれと返すのだった。

 渡すものを渡した二人は、キスティス達が食べている物に興味を持ち始めた。
シュウに薦められてそれぞれ個包装のそれを取り、帰還の一服と早速食べ始める。
色の割には、とお決まりになりつつあるポイントを指摘しつつ、味はゼルのお気に召したようで、ぱくぱくと平らげていく。
と、その途中でゼルはふと思い出して、自分のデスクで頬杖をつきながらコーヒーを飲んでいるサイファーを見た。


「サイファーは何かないのか?スコールの誕生日プレゼント」
「あぁ?」


 藪から棒なゼルの問いに、サイファーはスコールに敗けず劣らずの顰め面をして見せる。
しかしゼルにとっては見慣れたもので、彼は気にせず、次の袋を開けていた。
その隣で、アーヴァインも、


「そうだねぇ。折角なんだし、何かあげても良いんじゃない?」
「なんで俺がこいつに」


 こいつ、とデスクの向こうのスコールを指差すサイファー。
人を指差すな、とじろりとスコールが睨むが、当然、構う男ではない。


「これだけお祝いされてやってる奴に、俺が何かしてやる必要があるかよ」
「まあ良いじゃない。それに、今何か渡して置けば、サイファーの誕生日には倍返しになるかもよ?」
「…恩の押し売りなら結構だ」


 提案のように気楽に言ってくれたアーヴァインの言葉に、スコールは反って面倒臭い、と跳ね付けた。
しかしその反応こそが、一周回ってサイファーの興を誘ったらしい。


「そうだな。プレゼントなんて物を用意してやるような事でもないが、お前の好きな時に、指揮官代行を引き受けてやっても良いぜ。馬鹿みたいに真面目に仕事してる指揮官様には、休暇も貴重だろ?俺が仕事を引き受けてる間、ゆっくり羽根を伸ばせば良い」
「随分安上がりだな」
「お前の誕生日なんてそんなモンなんだよ」


 互いの顔を見遣る事もせず、言葉の応酬でやり合う二人に、アーヴァインとキスティスが顔を見合わせて肩を竦める。
いつもの光景と言えばそうだ。

 皆で食べるエスタの菓子は減って行き、残りはあと三分の一になっていた。
そろそろプレゼントボックスのチェック作業を再開させようか、とシュウが言ったタイミングで、───コンコン、と扉のノック音が鳴り、


「おハロー!」
「まみむめも〜!」


 奇天烈であるが、これもまたスコール達には聞き慣れた、独特の挨拶が二つ。
リノアとセルフィであった。
その手にはそれぞれ大きさの違う紙袋が握られている。


「お帰り、セルフィ。リノアもいらっしゃい」
「お邪魔しまーす。あっ、皆何か食べてる。って言うか、何?この箱の山」


 すっかり過ごし慣れたリノアが、スコールの座るデスクに向かって歩きながら、通り過ぎ様に来客スペースを占拠しているプレゼントボックスの山に目を瞠る。


「我らが指揮官殿へ、皆から誕生日祝いだよ」
「あー、そっかそっか!スコール、良かったね」
「………」


 シュウの言葉に、リノアが納得して朗らかにスコールに笑いかける。
それを見返すスコールの眉間には露骨な皺が浮かんでいるが、リノアは一つも臆さず、その眉間をつんつんと指で突いた。

 セルフィはと言うと、幼馴染の面々が食べている物が気になったようで、早速食い付いている。


「何食べてるの〜?お菓子?休憩時間?」
「エスタのお菓子よ。ピエットさんがスコールの誕生祝にって送ってくれたの。皆さんでどうぞって」
「うわあ、凄い色してる。美味しいの?」
「コーヒーには合うわよ」


 ふうん、とセルフィは頷きつつ、菓子箱に手を伸ばす。
味色々あるねぇ、と呟きながら、先ずは内容をチェックと、味ごとに分けられた包装紙を各一つずつ取り出した。
一揃いを出すとプレーン味と書かれたものから風を切って、さくさくと食べていく。


「色の割にフツーやね」
「お土産だからね。バラムにもあるでしょう、そう言うの。見た目のインパクトでお客の目を引くような商品」
「うんうん。あ、意外と美味しい。リノアも食べる〜?」
「食べる食べる!」


 セルフィの誘いに乗って、リノアがスコールのデスクを離れる。
その背に隠すように持っていた紙袋が、一瞬スコールの目を引いた。

 仲間達の輪に加わったリノアに、キスティスがエスタの菓子を渡す。
独特の色を前面に押し出したその見た目に、リノアがきゃらきゃらと笑った。
人数が増えた事もあり、セルフィが帰って来たからだろう、アーヴァインがコーヒーを追加すると言った。
給湯室へと向かうアーヴァインに、セルフィが「ミルク入れてね〜」とねだっている。
勿論、アーヴァインの事だから、しっかりと彼女好みにしたコーヒーを用意して来るだろう。

 それを待っている間に、とセルフィが紙袋を手にスコールの下へ向かう。


「はんちょ、はんちょ。誕生日、おめでとー」


 人懐こく駆け寄りながら言ったセルフィに、スコールは小さく頷いた。
セルフィは持っていた紙袋をスコールのデスクに置き、中からB4サイズ程の厚みのある本を取り出す。


「これ、私から。最近撮った写真と、新しいアルバム。前のアルバム、もう一杯になってるでしょ」
「ああ」
「そろそろ新しいのいるだろうな〜って思ってたんだ。写真はまたあげるね」
「……ん」


 本───アルバムを受け取って表紙を捲ってみると、1ページ目には既に写真が納められていた。
魔女戦争を終えた後から、セルフィはカメラで色々なものを記録する事に嵌っている。
ビデオカメラも扱う事があるが、もっと気楽に色々なものを残していきたいと、写真も録画も残せるデジタルカメラをエスタで購入した。
それ以来、何かと幼馴染達の姿を写真に撮り、折々でこうしてアルバムを作っては仲間に渡している。

 セルフィがどうして写真に嵌ったのか、スコールはよく知らないが、元々彼女は、日記のようなものを記録していく事を好んでいた。
其処に文章だけでなく、その時に見た風景や人々の記憶も一緒に残して行けるのが嬉しいようだ。

 ───SeeDとして生きる為、G.F.を手放す事を選ばなかったスコール達にとって、その影響である記憶野の侵食を止める事は難しい。
けれど、石の家で共に過ごした事も忘れていた幼馴染達との再会は、彼等にとって記憶がどんなに大事であり、同時に容易く薄れてしまう儚いものなのかを強く認識させた。
だからセルフィは、眼に見える形で記憶を記録に残す事を意識するようになったのかも知れない。
自分の記憶だけでなく、大切な仲間達にも、いつの間にか大事にしていた筈の記憶を取りこぼしてしまう事のないように、些細な出来事も残していこうとしているのかも。

 それはスコールがセルフィを見ていて勝手に想像しているだけの事だ。
一方で、セルフィが残してくれた写真は、これまでそう言うものに意識を向ける事もなかったスコールにとって、少々新鮮な気持ちを抱かせた。
だからこうしてセルフィがアルバムや写真を渡してくれる度、突き返さずに受け取っている。

 渡すものを渡して満足して、セルフィはデスクを離れる。
アーヴァインも丁度良く戻って来て、皆でソファに座って午後の小休止を楽しんでいると、


「リノアも渡しておきなよ」
「あ、あー。ん、うん」


 セルフィに促されて、すっかり腰を落ち着けていたリノアが立ち上がる。
ソファの端に置いていた紙袋を改めて持って、スコールの下へ。

 スコールは、リノアの表情が、何処となく緊張しているのを感じ取っていた。
今日のこれまでの流れと、セルフィが促した事から、恐らくは彼女も何か用意してくれているのだろう。
途端にむず痒いものを感じて、スコールは緩みそうになる口元をコーヒーを飲んで誤魔化した。

 リノアはデスクの向こうで足を止め、スコールを見て言った。


「えーっと。誕生日、おめでと、スコール」
「……ああ」
「取り敢えず、こっちからね。これ、パパからのお祝い」


 そう言ってリノアが差し出した紙袋には、細長い長方形の上質な箱が入っている。
紙袋そのものも厚手で光沢があり、洒落た書体を使ったロゴらしきものがあしらわれていた。
そのロゴが見覚えがあるような、ないような、とスコールが考えている間に、リノアは紙袋の中に収められていたものを取り出した。


「大佐からって、どうして」
「私がこの前、もう直ぐスコールの誕生日なんだーって言ったからかな。今日ガーデンに行くって言ったら、渡してくれって頼まれたの」


 スコールとしては、自分の誕生日だと知ったからと言って、何故カーウェイ大佐がプレゼントを用意したのかと言う点が気になるなのだが、リノアはそれ以上の事は言わなかった。
紙袋から出した長方形の箱を、はい、と差し出すリノアに、スコールは戸惑う気持ちを隠しつつ受け取る。

 蓋を開けると、其処にはネクタイとピンが揃えて納められていた。
ネクタイは一見すると黒一色に見えたが、よくよく見ると整然とした文様が薄く浮き出て見える。
シルバーのネクタイピンはシンプルなデザインであったが、故に品性の良さを感じさせた。

 ネクタイなど、スコールは馴染のないものだ。
魔女戦争が終わってから、“英雄”等とほめそやされて、あちこちに招待される事は増えたが、スコールはそう言った場でネクタイを身に付けた事がない。
SeeDであるスコールにとっては、SeeD服か、または学生としてならバラムガーデンの制服が礼服に当たるので、それを身に付けていれば良かった。
SeeD服のデザイン上、タイの類が必要になる事もない。
それはリノアも同じように思っていたようで、


「ネクタイあげても、スコールはつける事ないよって言ったんだけどね。そしたらパパ、今はそうでも、卒業してからはそうもいかないだろうって」
「……まあ……そうかもな。SeeD服も着なくなるだろうし」


 SeeDはあくまで、バラムガーデンに籍を置いている間に適用される資格である。
だから卒業するとSeeD資格と言うのは失われるし、“SeeD資格を取った傭兵”として箔になる位のものだ。
そうなればSeeD服を着用する事も出来なくなり、自分で任務先に即した衣装を整える必要も出て来る。
その時、カーウェイが言うように、ネクタイの着用を求められる場合もあるだろう。

 そう考えれば、カーウェイからのこのプレゼントは有り難いものなのかも知れない。
卒業───スコールにとっては二年は先の事で、随分と気の早い話にも思えたが、後々に必要になるものだと思えば、無為になるような物でもない。
よく知らない物から見ても、きっと上等なものだと判る位には、センスの良いものだった。


(……後で感謝のメールでも送って置くか)


 カーウェイに対して送れる文章など、依頼任務の報告の類を除けば、定型文くらいのものだ。
とは言え、一応それ位は、と言う気持ちはあるので、夜にでも考えるとしよう。


「んと、それからね。うーんと」


 もじもじとするリノアに、スコールは顔を上げた。
リノアの瞳に蒼灰色が映り込み、じっと見詰めてれば、リノアの頬にほんのりと朱色が浮かぶ。

 リノアはデスクの反対側からぐるりと回って、椅子に座っているスコールの隣に立った。
トレードマークでもある水色の上着のポケットに手を入れて、小さな箱を取り出すと、それをスコールに差し出す。


「これ、私からスコールに。気に入ってくれるか判らないけど」
「……?」


 リノアの手には、ラッピングされた小さな箱がある。
スコールはそれとリノアの顔を交互に見た後、頬を紅潮させている恋人の瞳に促されるようにして、その箱を受け取った。
そのままデスクに置いても良かったが、見詰める瑪瑙の瞳が「開けて」と言っているような気がして、スコールは箱に結ばれた細い蒼のリボンを解く。

 蓋を開けると、其処には薄水色のピアスが並んでいる。
片方を摘まんで眺めてみれば、天井から落ちるライトを受けて、トルマリンの宝石がひらひらと光を反射させた。
アクセサリーは幾つか持っているスコールだが、その多くはシルバーで、時折小さな石を抱くものも気に入って購入する事はあったが、この色は持っていない。
自分自身ではあまり食指も伸びないであろう宝石に、どうしてリノアはこれを選んだのだろう、と思ったが、理由なんてものは直ぐにどうでも良くなった。
この石をリノアが選んでくれたと言うのなら、それでスコールには十分だ。


「……リノア」
「はい」
「……ありがとう」


 手のひらの上で閃く石を見詰めたまま、スコールは言った。
それを聞いたリノアの顔に、ぽぽぽ、と朱色が浮かぶのを、スコールは見ていない。


「えへへ。気に入ってくれた?」
「ああ」
「そっか。うん。良かったぁ」


 ほっと胸を撫で下ろすリノアに、スコールの口元が緩む。

 ピアスはとても小さく、身に付ければさり気無く持ち主を輝かせてくれるものだった。
いつまでも手に持っていると、うっかり落としてしまいそうで、スコールは失くしてしまわないようにとジュエリーボックスへと戻す。
身に付けても良いのだろうが、どうせならリノアと出掛ける時に着けたい。
そんな事を考える自分を、妙にむず痒く感じながら、スコールはピアスを納めた箱をデスクの真ん中に置いた。
そっと優しく箱を置くスコールに、リノアは面映ゆい気持ちで目元を細める。


「ねえ、スコール」
「ん」
「今度、美味しいもの食べに行こうね。あ、でもやっぱり忙しいか」


 いつかのデートの約束を口にしながらも、直ぐにスコールが忙殺されている身である事を思い出すリノア。
確かにスコールが忙しいのは事実だし、折角の誕生日だと言われても、今日のスコールが今すぐ手を開ける事は難しいものではあるが、


「その時には、サイファーが指揮官代行をするから問題ない。そうだろ?」


 スコールがデスク向こうの男に声をかければ、当人は暇を持て余して自分のデスクに足を乗せていた。
翡翠がちらりとスコールを見た後、しっしっ、と追い払うように手を振る。
勝手にしろ、と言うことだ。
それをリノアも理解して、「ありがと!」とサイファーに感謝を投げるのだった。




 今日一日、指揮官室には続々とスコールへの誕生日プレゼントが運び込まれていた。
やはりその多くは差出人不明であった為、指揮官室に集まった幼馴染の面々とシュウとリノア、ついでにスコールの寮部屋前が通行不可能になりそうだからと、其処からプレゼントを指揮官室まで運び込んできたニーダも加わって、セキュリティチェックが行われた。
全く終わらないその気配に、終始眺めているだけだったサイファーも駆り出されている。
なんで俺が、と愚痴を零しながらも、効率的に作業を回す彼は、本当に存外と付き合いの良い男だとスコールは思う。

 スコールの趣味趣向を詳しく知っている者が限られているからか、多くのものはコーヒー豆や茶葉と言ったもので、指揮官室横の給湯室に並べられる事になった。
その中から一部はスコールの寮部屋にも持ち帰られる事となる。
その他、食べ切ってしまえば邪魔にもならないとあってか、少量の菓子類も多い。
とは言え全体数がかなりのものになるので、スコールはその中から幾つかを選んで持って行く事にした。
また、一部はスコールの実用性重視の思考を鑑みてか、ガンブレードのメンテナンスに使える道具や油など、此方は幾つあっても困らないもの。
此方は種類ごとに分けてまとめて部屋に運び込んでいる。

 指揮官室がいつもと違う雰囲気であった所為か、今日の仕事はあまり捗らなかった。
しかしトラブルもなかった訳で、穏やかに過ごせたと言えば確かである。
スコールが覚えている限り、こんなにも心地良さを感じる誕生日と言うのは、霞んだ遠い記憶以来の事だった。

 誕生日なんだから、といつもよりも早い時間に指揮官室を追い出され、荷物を持って部屋へと帰る。
今朝はプレゼント置き場になっていた寮部屋の前は、ニーダのお陰ですっかり綺麗になっていた。
見慣れた白い壁を横目に見ながら、ドアを開けて部屋へと入る。
抱えていた荷物を机に置いた後、ジャケットを脱いで、ベッドへと俯せに飛び込んだ。


「……ふう」


 漏れた吐息は、この空間がいつも通りである事を感じての脱力。
ごろりと寝返りを打って仰向けになれば、此処も見慣れた天井がある。
そんなものを見て少し安堵する位に、今日一日はスコールにとって風変わりなものだったのだが、


(……悪くはなかった、か)


 脳裏に浮かぶ仲間達の顔は、どれも笑みを浮かべている。
ほんの一年前まで、何でもない夏休みの一日として今日を過ごしていたとは思えない変化だった。
それだけ今のスコールには、他者との繋がりが多く出来たと言うことだろう。

 このむず痒くも心地良い感覚のまま、眠ってしまうのも良いかも知れない。
そう思ったスコールだったが、ふと机の上に置いたものを見付けて、やらなければならなかった事を思い出す。


(カーウェイ大佐に送るメールを考えておくか)


 リノアの父であるカーウェイ大佐から渡された、誕生日プレゼント。
リノアを介してのものなので、公人としてではなく、個人として───娘と親しくしている者として───送られたものであろうとは思うから、今日中に慌てて送る事はないのかも知れないが、こう言うものへの返礼の言葉と言うのはスコールにとって苦手なものだ。
何せ、定型文だけで終わらせる訳にもいかない。
草案だけでも考えておこうと、スコールはデスクに移動して、隅に置いていた端末の電源を入れた。

 メールソフトを立ち上げると、着信を知らせる音が鳴る。
仕事用に使っているものではなく、プライベート用のアドレスからだ。
それを知っている者はごくごく限られており、今日も顔を合わせた仲間達でないのなら恐らく───とツリーを開いてみると、思った通り。


(エルオーネ)


 今は離れて暮らしている、姉と慕った彼女。
現在、エルオーネはエスタでラグナと共に暮らしており、スコールが任務で現地に行くと、時折ではあるが顔を見せてくれる。

 『Happy birthday, Squall』と綴られたタイトルをクリックすると、添付ファイル付きのメールが開かれた。誕生日を祝う言葉と共に、『今度は皆でお祝いさせてね』と言うメッセージが添えられている。

 添付ファイルをダウンロードすると、ビデオ映像が流れ始めた。
其処にはスコールが想像していた、科学大国エスタとは程遠い、牧歌的な風景が広がっている。
ウィンヒルだ。
録画作業に慣れていないのか、映像は不規則に揺れて、足元を移したり、また前方を移したりと忙しない。
画面の向こうから『大丈夫?』と心配する姉の声が聞こえたが、やがて画面の揺れは落ち着き、誰かの手へと渡されると、景色がスライドして姉の姿を映し出された。


『撮れてる?うん、良かった。ほら、おじさんもこっち』


 カメラに向かって、確認の為であろう手を振って見せるエルオーネ。
カメラの持ち主がOKを出したか、ほっとした表情を浮かべた後、彼女はフレームの外に向かって腕を伸ばした。
其処に隠れようとしていた人物を引っ張り出すと、しっかりと逃げないようにその腕を捕まえて、カメラの向こう───スコールに向かって手を振る。


『スコール、久しぶり。誕生日おめでとう。18歳になったんだっけ。今度バラムに行った時に、お祝いに何か持って行くね。今日の所は、こういう形でお祝いさせて貰うね』


 幼い頃に分かたれて以来、長い長い時間離れ離れになっていた姉からの、誕生日を祝う言葉。
幼い頃はこれを聞くのが何よりも嬉しかった事を思い出して、スコールは胸の奥にふわふわと柔らかく温かいものが滲むのを感じていた。

 そんな姉の隣には、笑みを浮かべつつも眉尻を下げているラグナがいる。


『エルぅ、俺はやっぱり良いって。お前のおめでとーってのが、スコールはきっと一番嬉しいだろ?』
『そんな事ないよ。さ、おじさんもちゃんと言ってあげて』
『だってよぅ、俺、あいつの誕生日だってのも昨日まで知らなかったのに』
『今日はもう知ってるでしょう?お祝いしてあげたいって言ったのはおじさんなんだから、ね』


 今更逃がさない、と言わんばかりに、エルオーネはしっかりとラグナを捕まえている。
ラグナはうーんうーんと唸るように首をひねっていたが、やがて一つ息を吐くと、ちらりと画面の方を見てから、


『えーっと……誕生日おめでとう、スコール。その、俺がお前の誕生日って知ったのは、つい昨日だったんだけど。だからプレゼントとか何にも用意できなくてさ。いや、用意してても、渡して良いんだかちょっとどうなんだろうって思ったりもしてるんだけど』


 スコールもいつであったか見た花畑を風景に、話すラグナはしどろもどろと歯切れが悪い。
いつも一方的によく喋る男にしては珍しい、と思ったが、こう言うラグナの姿は時折見ているものでもあった。
それはスコールとラグナが、護衛とその依頼人と言った公的立場ではなく、血の繋がった親子としてのぎこちない時間が生まれた時に零れ出るものだ。

 その事に気付いてから、ああ、とスコールはようやく気付く。
映像の中にいるラグナは、きっと“父親”として“息子”にメッセージを送ろうとしているのだろう。
しかし、スコールもラグナも知り合ってからまだ一年と経っておらず、逢って話す機会も少ない。
ラグナがスコールの誕生日を知らなかったように、スコールもラグナの事を多くは知らないし、『バースディメッセージを送る』なんて事をするような間柄と言えるかと聞かれれば、スコールは首を傾げてしまう。
それ位に、二人の間にはまだ小さくはない溝がある。


『……なんか、その。沸騰して来たような感じって、今でもあるんだけどさ。でも出来れば───良かったら、俺もお前のお祝いが出来たら良いなって。お前も忙しいだろうし、いきなり俺がそっちに行くのも迷惑だろうから、こんな形なんだけど』


 本当は直に逢って言えたら良かったんだけどな、と呟くラグナに、エルオーネが苦笑を浮かべている。
お互いの立場と言うものに柵が多過ぎて、簡単に逢える時間を作れない事を、誰よりも残念に思っているのは エルオーネだ。
だが、姉のそんな胸中は理解しつつも、今はこのビデオメール位が丁度良い気がする、とスコールは思う。


(これなら、一々反応を気にしなくて良いしな…)


 ビデオメッセージは録画されたものだ。
だからこれを見ている時、スコールはあちらの言葉の一つ一つに返すものを考えなくて良い。
リノアや幼馴染の面々に比べ、会話の遣り取りもぎこちないラグナとは、まだ一方的な遣り取りで終わる方が楽だった。


(でも……)


 ぼんやりと思考を飛ばすスコールの前で、メッセージは続いている。


『今年は、こんな感じになったけど、来年とか、その次とか……』
『もう、おじさん。来年でしょ?』
『それは俺も思うけどよぅ、スコールの都合があるだろ?』
『いつもこっちの都合なんて聞かないで色んな事してるじゃない。ねえ、スコール、今度は皆でお祝いしようね。キスティ達も一緒にね。勿論、サイファーやリノアも』


 及び腰が抜けないラグナを諫めつつ、エルオーネはしっかりとスコールとその仲間達が揃う事を願う。
相変わらずちゃっかりしてる、と思いつつ、スコールの脳裏には、いつか来るかもしれないその光景が浮かんでいた。
其処に加わるラグナと言うのは、どうにも覚束なくてぼやけているが、それでも厭う気配ではない。

 皆で迎える誕生日。
それは、遠い記憶に埋もれていた、石の家で迎える誕生日を思い出させた。
滅多に食べられない大きなケーキ、皆で作った飾り付け、周りにあるものを掻き集めて皆で作った手作りのプレゼント。
すっかりはしゃぎ疲れた子供から順に寝落ちて、スコールもよくテーブルについたままで寝てしまったものだった。
けれど、目を覚ましてみればベッドの中にいて、スコールの隣にはエルオーネがいた。
そんな子供たちを優しく見守るシド先生とママ先生がいて、幼い頃のスコールは、こんな日が毎日続いていたら良いのにと思っていた。

 あれから十年以上も経った今、幼い頃と同じように、無邪気にはしゃぐ事はないだろう。
誰もが明日の準備を頭の隅で考えているし、そこそこの時間にはお開きにして、一人、また一人と日常へと戻って行く。
スコールも明日にはいつも通りの一日が戻って来て、任務と書類に終われる日々になるに違いない。
リノアと交わした出掛ける約束は、何処かでサイファーに今日の約束を果たさせるとして、それはいつなら良いだろうか。
リノアの日程をまた確認しないと、とぼんやりと考えている間に、ビデオメッセージは後少しと言う所まで進んでいた。


『それじゃあ、スコール。エスタに来たらまた顔を見せて頂戴ね。18歳の誕生日おめでとう』


 またね、とエルオーネが手を振った。
そんな彼女を横目に見て、ラグナはなんとも言えない表情を浮かべながら、


『俺が言っても、お前は嬉しくないかも知れないけど、やっぱり言わせてくれな。誕生日おめでとう、スコール。今年の分と、これまでの分と……これからもずっと、お祝いさせてくれたら嬉しいかな。それじゃあ、また』


 そう言ってラグナは、壮年の証を滲ませる眦を緩めて手を振った。
柔らかいその微笑みは、時折、エルオーネに向けられる事のあるもの───幼い子供を見守るような優しさを滲ませている。
それが自分に向けられている事を、スコールはまだどう受け止めて良いのか判らなかった。

 ビデオメッセージが終わる間際、カメラが横へと動いて、広がる花畑を映す。
見覚えのある其処に、小さな墓石が立っていた。
スコールの脳裏に、恐らくは其処で眠っている筈の人の影が浮かぶ。
彼女にもまた、スコールはどんな顔をして会いに行けば良いのか判らなくて、魔女戦争が終わってからは一度もあの村には行っていない。


(いつか……いつかは)


 行かなくては、と思う気持ちはあった。
それを忙しさを理由にずるずると延ばしている自覚はある。


(……いつか、行くから。きっと)


 “いつか”なんて曖昧な言葉は信頼できるものでもないが、今のスコールにはそう考える事が精一杯だ。
ひょっとしたら、誰かに背中を押して貰うまで、こうしてぐずぐずと考え続けているのかも知れない。


(……今度の、休み……)


 ちらりと壁にかけたカレンダーを見て、いつだっただろう、と考える。
明日にでも確認して、その時にまだこの気持ちが残っていたら、予定を組んでみるのも良いかも知れない。

 リピートボタンの映っているビデオメッセージを見て、スコールはその再生バーを横へとスライドさせた。
早送りした場面を途中で留めて、その画面をキャプチャする。
印刷画面を立ち上げ、保存していた画像を張り付けて、印刷開始ボタンを押した。
部屋の隅で音を鳴らすプリンターが排出した紙には、ビデオメッセージの一場面がそのまま描き出されている。

 スコールは机の隅に立て掛けたコルクボードを手に取った。
其処には、セルフィが撮った写真が数枚、飾られている。
映っているのはリノアやゼル、セルフィ、キスティス、アーヴァイン───そしてサイファー。
いつ撮ったのだろうと思うような、目線を向けていないものもあって、どれもが完全なプライベートショットだと言うのが判る。
スコールは其処に印刷した紙を留めた。
微笑む姉と、少し視線を彷徨わせつつも笑みを浮かべた父親の姿。


(来年……────)


 バラバラに散らばっている写真が、一つに集まる事になるのだろうか。
やはり、その想像はぼんやりとしていて、スコールの想像力では明瞭なものにはなりそうにない。
第一、自分が身を置いている環境からして、明日の事など保証も出来ないのだ。

 それでも、そうなれば良いと、細やかな祈りのように思った。




スコール誕生日おめでとう!と言うことで、今年は皆からお祝いして貰いました。
皆それぞれの距離感でお祝いしてあげてたらいいなぁと。
スコール自身はまだ自分がそんな風に好かれているらしい事に戸惑いつつも、昔とは違う今を感じてたら良いな。