花あわいの形
スコール誕生日記念(2025)


 秩序の聖域には、秩序の女神に召喚された戦士たちが拠点としている屋敷がある。
十人の戦士たちに、一人につき一部屋ずつ、専用の個室が宛がわれる程度の広さを持った屋敷だ。
一階がリビングダイニングや風呂場、書庫と言った共有空間が集まっている。
個室は二階と三階に分けて、それぞれ五つが並んでいる。

 スコールの部屋は、二階の真ん中にあった。
左右隣がそれぞれジタンとティーダの部屋で、時折、夜中までボードゲームで遊んでいる声が聞こえることがある。
壁は決して薄くはないが、距離が近ければ多少の音は伝わってしまうものだ。
余程の騒音と呼べるレベルのものでなければ、スコールは気にしなかった。
元の世界でも、似たような環境で生活をしていた───ような気がする───ので、然程不便も感じていない。

 各自の部屋の中には、まず最低限として、ベッドとテーブルと椅子が一揃いしている。
クローゼットも添えられているが、その中身の具合は人によってまちまちだ。
色々と雑多なものを詰め込んでいる者もいれば、スコールのように必要なものだけを収め、比較的整えられた状態の者もいる。
ウォーリア・オブ・ライトに至っては、まるで生活感の欠片もないと言うが、スコールは彼の部屋の中に入ったことがないので、実際はどうなのかは知らなかった。

 今日のスコールは、自室で暇を飽かしていた。
出掛けても良いのだが、今日に限っては勝手気ままに動くことが憚られる。
外出するなら戻る時間を気にしなければならないだろう。
何故なら、今日はスコールの誕生日パーティが計画されているのだから。


(……この間、クラウドの誕生日パーティをしたばかりだろう。俺までしなくたって良いのに)


 リビングダイニングに吊るされているカレンダーは、8月を示している。
そのカレンダーに、いつの間にか、二名分の誕生日の日付がメモされていた。

 何の好奇心が切っ掛けなのかは知らないが、しばらく前に、バッツが仲間たちの誕生日を聞き回っていた。
スコールも聞かれて、8月23日、と端的に答えた事は覚えている。
後はスコールの知らぬことではあるが、バッツは全員から調査をして、明確に日付が判る者の誕生日を記録した。
それから、カレンダーを捲っては、「今月の誕生日は───」と確認している。

 恐らくは、その辺りからの流れだろう。
秩序の戦士たちの中で、仲間の誕生日を祝う為の催しが開かれるようになった。

 誕生日を把握している者は、半分ほど。
そのうちのまた半分も、季節や月は判るが、日付までは判らないと言う。
それなら月を見てこの辺りと見繕い、他の面々もいつ頃生まれだったら良いかと言う希望を聞いて、十名分の誕生日が作られた。
そして、その日に合わせて、ささやかながら賑々しい誕生日パーティが計画されるのだ。

 先月は夏生まれだと言うフリオニールの誕生日があった。
そして8月になって、まずクラウドの誕生日が迎えられる。
どちらもその日の主役が好む料理が用意され、仲間たちそれぞれから贈り物もあり、フリオニールは勿論、クラウドも満足そうだった。
当然、スコールもその席に参加しており、プレゼントも───大分頭を抱えた末に───用意している。

 そんなクラウドの誕生日から、約十日後の今日、スコールは誕生日を迎えた。
月に二度もパーティなんて必要ないだろう、とスコールは言ったのだが、「一人だけナシなんて駄目だ」と言う主張が三名ほどから挙がった。
静かに過ごしたいスコールとしては、大々的なことなんていらない、と言う所だったのだが、仲間たちは気にしていない。
寧ろ楽しそうに、食べたい料理は何かとか、欲しい物はないかとか聞いて来るので、スコールもパーティを開くことについては閉口した。


(……どうせやりたいだけなんだろうしな……)


 誰かの誕生日だなんて、賑やかに過ごしたい面々の、体の良い理由付けだ。
スコールはそう思っている。
その傍ら、プレゼントを一所懸命に選ぶ仲間たちの顔は知っているから、本気の所から無碍にし辛いのも確かであった。

 今も仲間たちは、リビングでパーティの準備をしている。
そろそろ夕飯の時間になるので、急ピッチになっているのではないだろうか。
入念な計画がある訳ではなく、思い付きであれをやろう、これも用意しよう、と動くものだから、際になって一層慌しくなるのがパターンになりつつあった。

 そしてその準備が整うまでの間、スコールは自室待機をしている。
今日に限ってあまり出掛ける気にならないのは、その為だ。
一応の主役席を用意されている自分が、肝心の場にいないとなれば、後で文句のひとつふたつは言われるだろう。
判っているから、その面倒は御免だった。


(……でも、そろそろ終わらないと、飯も食えないよな)


 机の隅に置いてある時計を見ると、空き腹も耐え難くなる頃合いだ。
寝転がって時間の経過を待っているだけのスコールでもそうなのだから、準備に勤しんでいる仲間たちも腹が減っているに違いない。

 そう思っていた所に、コンコン、と部屋のドアがノックを鳴らした。


「開いている」
「お邪魔します」


 起き上がりながら応答すると、断りと共にドアが開いた。
顔を出したのは、ティナだ。


「待たせてごめんなさい。もうすぐご飯にできると思うから、それを言いに来たの」
「……そうか」


 もうすぐ、と言うことだから、今すぐと言う訳ではないらしい。
しかし、いつまでこうしていれば良いのだろう、と不透明に待ち続ける必要はなくなったのは、気分として有難かった。

 ベッドに座ったスコールの前にティナがやってきて、ふふ、と楽しそうに笑う。


「バッツがね、美味しそうなパイを焼いてたわ。アップルパイって言ってた。最初はケーキを作ろうと思っていたみたいなんだけど、リンゴが一杯手に入ったから、美味しい内に食べようって」
「……そうか」
「それから、フリオニールが大きなお肉を捌いていたの。スコールの食べやすい味付けにするって」
「……ふぅん」
「あとね、ルーネスとジタンがお昼にデザートを作ってたの」
「パイもあるのに?」
「そうね。でも、パーティなんだもの。色んなものを食べられるのって、きっと楽しいわ」


 ティナはころころと笑っていた。
いつにも増して表情が明るく見えるのは、彼女も準備に勤しむ仲間たちの空気に当てられているのだろう。
フリオニールの時も、クラウドの時も、彼女は可愛らしいものを用意することに夢中だったので、今回もまた、そう言った楽しさに浸っているに違いない。


「プレゼントも用意してあるから、楽しみにしててね」
「……ん」


 楽しみも何も───とスコールは言いかけたが、堪えた。
朗らかなティナの様子を見ていると、やはり水を差す気は失せる。
だからティナを一度此方に来させたのだろうな、とスコールは仲間たちの意図を読み取っていた。
実際、その思惑の通りになっている。

 ティナはほうっと息を吐いて、藤色の瞳を柔く細める。


「誕生日のお祝いって、嬉しいものね。皆で集まって、楽しく過ごして。スコールの世界でも、こういう習慣はあるの?」
「……環境にもよるとは思うが、習慣自体は大体の所にあると思う」
「スコールも、お祝いをして貰ったことがあるのかな。あったら良いね」


 スコールもティナも、元の世界の記憶と言うのは、虫食い状態の所が多い。
誕生日については、スコールは正確に覚えていたし、ティナも多分この辺りの日、と言う位には感覚があるようだった。
だが、それが本当に正しいものかは判らないし、祝う習慣に肖って来たのかも判然としなかった。

 弁舌の立つ二人ではないものだから、会話は長くは続かない。
ティナは少し手持無沙汰な様子で、きょろりと部屋を見回した。


「スコールの部屋って、いつも綺麗ね」
「別に、普通だろう」
「お花もあるのね。ちょっと意外だった」
「……?」


 ティナの言葉に、スコールは首を傾げた。
何の事かと尋ねようと顔を上げて、ティナが此方を見ていないことを知る。
彼女の視線の方向を追うと、各人の部屋にも置かれているものと同じ、テーブルと椅子がある。

 テーブルの上には、小さな花が飾られていた。
白い小粒の花を携えた小さな花瓶は、透明で飾り気のないシンプルなものだ。
その分、飾られた花の素朴な可愛らしさが引き立てられている。
それはスコールがこの部屋を使うことになった時から、ずっと其処に存在しているものだった。

 ティナはテーブルに近付くと、小さな花に鼻先を寄せる。
すん、と匂いを嗅いで、笑みを綻ばせた。


「良い匂い。なんのお花かな」
「……さあ」


 気にした事もなかった、とスコールは詮無い返事をするしかない。
ティナは気を悪くした様子もなく、花を見詰めて頬を綻ばせている。

 スコールはそんなティナを見詰めながら、ふと沸いた疑問を口にした。


「ティナの部屋には、こう言うものはないのか」
「うん。ルーのお部屋に入らせて貰ったことがあるけど、其処にもなかったと思う。他の皆は、どうかな」
「……」
「お花、あってもお世話が出来そうにないし。スコールは偉いね、ちゃんとお世話してないとすぐに萎れてしまうもの」


 ティナの言葉に、スコールの眉間に皺が浮かぶ。


(世話なんて、そんなもの。一度もした覚えがない)


 それの存在をスコールは認識してはいたが、特段、気に留めてはいなかった。
テーブルで時に記録用のメモを書いたり、読書をすることはあるが、花を眺める時間を作ったことはない。
更に言えば、場所を少々占有する為に時折位置を動かす意外に、触れた事もなかった。
活けた水の入れ替えだってしたことはない筈だ。

 顔を顰めて沈黙しているスコールに、ティナはことんと首を傾げる。


「お世話、してない?」
「……覚えがない」
「でも綺麗よ。花も茎も元気そう」


 ティナの言う通り、花瓶に生けた花は、瑞々しさを保っている。
ドライフラワー等の加工した花なら分かるが、見る限り、この花は生花だ。
花の寿命は色々と違いはあるだろうが、入れっぱなしの水だけで、そんなにも長く生きられるものだろうか。

 ティナはまたことんと首を傾げたが、じっと花を見つめてからぽつりと呟いた。


「コスモスの気配がするかも」
「……コスモスの?」
「うん。でも気の所為かも知れない。ほんの少しだけだから」


 掴みとり難い物を探すように、ティナは曖昧に言った。
スコールはじっと花を見つめ、時に仲間の気配を探す時のように意識を集中してみるが、花からは何も感じられなかった。


「フリオニールの“のばら”も、あの状態で枯れないし、潰れてしまうこともないし。この花も、同じようなものなのかしら」
「それだと、フリオニールの“のばら”にもコスモスの力が宿っているって事になるが……感じた事があるのか?」
「うーん、どうかな。あまり意識した事がなかったから」


 今はなんとなく、似ているものを思い出して、ああかこうかと想像を巡らせているだけだ。
それも結局は想像でしかなく、スコールもティナも、フリオニールの“のばら”は勿論、此処に飾られた花についても判ることはなかった。

 ティナは柔い花弁の縁に指先を触れて、


「もしかして、コスモスから貰ったものなのかな」
「…だとしたら、俺の部屋にだけあるのは可笑しいだろう」
「そうかな。でも、ずっと此処にあって枯れないのなら、誰かが見守ってくれてるのかも知れないね」


 笑みを浮かべるティナの言葉に、夢見がちだな、とスコールは思った。

 とりとめのない二人の遣り取りを終わらせたのは、ドアのノックの音だった。
スコールがドアを開けてみると、ルーネスが立っている。


「遅くなってごめん。もう下りてきて良いよ」
「判った」


 スコールが頷くと、ルーネスは「先に行ってるね」と言って駆けていった。
スコールはティナが部屋を出るのを待ってから、ドアを閉める。

 パーティの始まりが待ち遠しかったのだろう、ティナの歩く足が何処か軽い。
スコールよりも彼女の方が、今日の誕生日パーティを楽しみにしていたのは間違いない。
その後を追うように階段を下りながら、スコールは部屋で彼女と交わしていた会話の内容を反芻していた。


(あの花……)


 スコールの部屋にだけあると言う、小さな花。
枯れることも、萎れることもなく、差した水も汚れない。
ティナは微かにコスモスの気配がすると言っていたから、そう考えればコスモスからの何らかのメッセージか、意図があるものと考えられるが、


(……多分あれは、そうじゃない。でも、それなら───)


 誰かが見守っているのかも、とティナは言った。
誰かがスコールに、あの花を贈ったのではないかと、彼女は言っているのだ。

 神々に召喚された世界で、そんなことをしてくれるような人間は、冗談や遊びを含めればいないことはない。
しかし、今此処で浮かぶその選択肢は、もしもそうだとすればもっと喧しいことをする、とスコールは確信していた。
悪戯と言うには静かだし、スコールが部屋になってからそれなりに時間が経つから、反応を待っていたなら痺れを切らしているに違いない。

 ───それならば。


(誰かって、誰だ?)


 コスモスの気配がするのなら、彼女に聞けば、何か教えてくれるだろうか。
しかし、近頃はウォーリア・オブ・ライトでさえ、滅多に彼女と顔を合わせることは出来ないと言う。

 浮かぶ疑問に答えてくれる者はいない。
代わりに頭の奥隅で、何かが夢のように浮かんだ気がしたが、掴む前にそれは泡のように溶けて消えたのだった。





スコール誕生日おめでとう!と言うことで、DdFFのラグナからお祝いさせたいなと思って。

012時点のスコールは皆と距離を置いているので、012よりも遠巻きにされている印象があります。
でもバッツやジタンと一緒に行動していたり、規律的な所で団体行動そのものを拒否することはないと思う。でも喧しいのはそもそも好きではないので、騒がしいことの中心に据えられるのは嫌がりそう。
その辺りの距離感を判った上で、此処までならセーフ、と読み取っているのがバッツとジタン。
ラグナはぐいぐい来るかと思いきや、急にふっと何かに思い至って引いたりして、無自覚にスコールを困惑させてると良いな、と。
スコールはラグナが近付いて来ると身構えるけど、思った以上に寄って来なかったり、ラグナが見える所で足踏みしてると、律儀に待ってると思う(自分からは行かない)。