二人、一つ屋根の下


 試合と言うのは、ジェクトにとって、日常のプロセスの一つのようなものだった。
プロの水球選手となる以前から、その意識は変わらず、試合が始まるまでも、終わってからも、特に変わった事が起きるようなものではない。
試合に向けたコンディションの調整や練習も含めて、特別な意識の上にあるものでなく、毎日の光景の一つだった。
それを貫き通せる程、彼の実力が若い時分から抜きんでており、常にチームのレギュラーメンバーとして中核を成していた事も、間違いのない事実である。

 とは言え、その意識を徹底して続けていられるのは、何もジェクト一人の力で成し得ている訳ではない。
成人するまでは両親や指導者に、その後はチームメイトに。
結婚後は妻が家事雑事を全て引き受けてくれていたからこそ、ジェクトは他の何を顧みる事もなく、前を向いていられたのだ。

 だからこそ、妻が余りに早い死を迎えた時には、流石に狼狽した。
幾ら前だけ向いていたとは言え、背中を押し、支えてくれていた妻の体が、病魔に蝕まれていた事に全く気付いていなかったと言うのは、己のこれまでの傲岸不遜振りに怒りを覚えた。
どうして僅かでも振り返ってやらなかったのかと、三日前の自分を殴りたくなる事も多かった。
そして、ぽつんと遺された一人息子を見て、どうやってこいつを護って行けば良いのだろうと、洗濯物のやり方さえ判らないジェクトは、途方にくれたものだった。

 妻の死後は、旧くからの友人達が何くれと気にかけてくれ、手を貸してくれた。
お陰で、スター選手のスクープを捕まえようと追いかけ回してくれるマスコミから逃げ果せる事が出来たし、二人で静かに暮らせる場所を押える事も出来た。
それは非常に有り難い事だったのだが、しかし父子二人の生活は中々簡単には回らない。
母の急逝に加え、目まぐるしい環境の変化に振り回された幼い息子の、その時の心情たるや。
ジェクトには想像も及ばない事ではあったが、幼い彼が酷く不安であったことだろうと、それだけは理解できる。
だからこそ息子とはより密に向き合わなくてはならなかったのだろうが、当時の───今もだろう、とよく知る間柄の者からは言われる───ジェクトは、それまで碌に息子と顔を合わせる時間を確保していなかった事もあり、親子の日々は毎日がぎこちなさと喧嘩の繰り返しであった。

 友人達もそれぞれの生活があり、常にジェクト親子の面倒が見られる訳ではない。
判っていたから、ジェクトはジェクトなりに生活を立て直そうとしていたが、元々、がさつなきらいのある男には存外と難しいものであった。
まだ小学生に上がり立てたった息子の方が、母との生活の手伝いをしていた事もあって、細々とした気が回っていた程だ。
食事は外食か、コンビニ弁当やスーパーの総菜、冷凍食品で済ませている。
食いっぱぐれるよりはマシ、とジェクトは自分に言い聞かせたが、大人の自分はそれで良くても、育ち盛りの子供にそればかりはどうなのだろう、とも思う。
チームメイトが契約している栄養士やコックに頼み、息子用の食事を作って貰った事もある。
だが、やはりそれも、しょっちゅう頼めるものでもない。
息子の好き嫌いも中々多かったし、体に良いから食えと言った所で、そう簡単に通じてくれる訳もなかった。

 亡き妻に、どうやってあいつを宥めてたんだよ、と何度訊ねただろう。
返事などある筈もなく、虚しさと悔しさと、思うようにならない苛立ちで、幼い息子相手に声を荒げた事もある。
そうして怯えた顔で、或いは涙を浮かべながら懸命に唇を噛む息子に、ああやっちまったと自己嫌悪になった。
そうして反省する筈なのに、また同じ事を繰り返すものだから、いつか息子に手を挙げそうで怖かった。
水球選手として日々訓練をしている自分の体でそんな事をしたら、小さな子供がどうなってしまうのか、辛うじてそれは理解した。
だから、それだけは、と握った拳を振り上げないよう、必死に堪えていたのを覚えている。

 ────そんな風に、叫ぶように訴える息子の声と、それ以上の声で黙らせようとする父の声は、隣近所の人々にとって酷く不穏なものであったに違いない。
頻繁に聞こえるその遣り取りに放っておけなくなったからと、隣家の住人が父子の下を訪れたのは、無理もなかった。

 隣家に住んでいたのは、父一人とその息子二人。
若々しい風貌のその父親は、意外にもジェクトよりも年上であった。
子供は長男が中学生、次男はジェクトの息子と同じ年で、幼子二人は程なく仲良くなった。
母は次男を生んで間もなく亡くなったそうで、それから父子の三人暮らしをしていると言う。

 隣家の父は、一人きりで子供を育てるのは大変だろう、うちでも面倒を見るよ、と言ってくれた。
突然と言えば突然の話だったから、信じて良いのかジェクトも判じかねたのが正直な所だったが、何度か交流を重ねていく内、彼等が信頼に足る人々だと理解した。
何より、ジェクト自身から見ても、父子二人の生活そのものに限界が近かったのだ。
本当の意味で崩壊してしまう前に、藁にでも縋りたかったと言うのが、当時のジェクトの正直な心境だろう。

 あれから十年───ジェクトは今も、プロの水球選手として、第一線で活躍している。
若い頃、スター選手と持ち上げられた実力は勿論そのままに、世界中で名を知られたビッグプレイヤーとして名を馳せていた。
その傍ら、一人息子のティーダは十七歳になり、隣家との交流は変わらず続けながらも、日々の暮らしについてはほぼ一人暮らしと言う環境が定着しつつある。
彼が生活の知恵を身に付けていくに連れ、一人で手を離していても問題ないと思えた頃から、ジェクトは自身の居場所をチームの拠点のある外国へと移すようになった。
年に数回は帰ってはいるが、それも述べて十日と少し位のもの。
ティーダもその環境に慣れており、一人でいる方が面倒が少なくて良い、ときっぱり言ってくれる程だ。

 ならばと、ジェクトは本格的に水球を中心とした生活に戻る事にした。
日々の練習と訓練に費やし、試合となれば勝利を掴む。
そうして選手として長く輝かしく活躍する事が、遠く離れた地にいる息子の生活を守る事に繋がるのだ。
同時に、近年、ティーダが水球部のある高校に進学したと言う話もあり、背を追う足があるのなら、ジェクトはそれが追い付いて来るまで前を走り続けるのが義務だと定めた。
絶対に追い抜いてやる、と強気に睨んだ海の色は、今はとても青臭く、ジェクトは鼻で笑ってしまったが、その裏で楽しみが出来たと思っている事は、誰にも知られてはならない秘密だった。

 ───秘密だったのだが、それを知っている者は、実の所少なくない。
チームメイトは、嬉しいもんだろう、と冗談めかしながら言ってくるし、それには馬鹿言えと返してはやるが、後は笑って帰されるばかりだ。
また、長年世話になった隣家の父子三人は言わずもがな、古い友人達には最初から何もかもバレている。
父の胸の内を知らないのは、息子一人と言う訳だ。
絶対に知られたくないのはそれだけなので、一向に構わない事であるが。

 後を追って来る息子に負けてなるかと、父親としての意地が、ジェクトを一層輝かせた。
元々、度胸は勿論、肉体的に恵まれていた事もあり、パワーで押しきる豪胆なプレイを得意としていたジェクトだが、人間としても選手としても年齢を重ねた事で、技術と応用力も磨かれた。
そうして“キング”と呼びなわされる程になった頃から、ジェクトは試合や練習以外にも、様々な仕事が依頼されるようになった。
雑誌やテレビを通じたインタビューは勿論、パフォーマンスを見せるイベントにも呼ばれ、多くの人を魅了している。
気風の良さとファンサービスが旺盛なお陰で、水球界に限らず、様々なファンがついた。
こうなると、また更に忙しくなるもので、チームはジェクト専属のマネージャーを就けることを決定した。

 このマネージャーに、あろう事か採用されたのが、世話になり通しである隣家の長男レオンであったものだから、こればかりは本当に驚いたものだ。
監督から、「今日から彼が専属マネージャーだ」と紹介された時には、何のドッキリかと思った程だ。
因みに、彼がジェクトのマネージャーと決まるに辺り、昔からの付き合いであるとか、家族ぐるみの知った仲であるとは、全く関係していない。
それ所か、彼はその手の話は一切出さず、他の候補者と同じように粛々と面接を通して採用されたらしい。
だからなのかレオンは、ジェクトとようやく二人きりになった時、安堵と同時に、悪戯が成功したような顔をしていたのが、随分と深く印象に残った。

 それからは、ジェクトとレオンの二人三脚で生活が回っている。
ジェクトが水球の試合に集中できるように、レオンは彼の生活と、スケジュール周りを全て管理している。
その手腕は確かなもので、よくそんな所まで気が回る、とジェクトはいつも感心していた。
それは嘗て、父と幼い弟を支える為に彼自身が必死に立てていたアンテナに因るもので、今はジェクトの為にのみそれを尖らせている。
気にするものがあんたの事だけだから楽な位だ、と言ったのは、冗談なのか、本気なのか。
何れにせよ、レオンは案外、ジェクトとの生活と仕事を楽しんでいるようだった。

 そんな生活を続けて、早いもので三年が経っている。
その間に、生活管理がし易いからと言う理由で、レオンはジェクトと同居するようになった。
日によっては朝から晩まで一緒にいるので、それまでは知らなかったお互いの側面と言うものも、色々と見えて来る。
それを重ねている内に、次第に二人の関係を呼ぶ名前にも、新しいものが加わった。
今はまだ、家族にも秘密の、“恋人”と言う呼び名が────



 関係者席に座って、レオンは白熱する試合模様を具に見詰めていた。
舞い上がる水飛沫、高く跳ね飛ぶボール、湧き上がる大歓声。
周囲の熱気とは裏腹に、レオンは酷く冷静な瞳で、水の戦場を泳ぎ回る人物を観察する。

 試合は前半こそ一進一退を繰り返していたが、後半に入って観客のボルテージが最高潮に達する頃から、ある一人の選手を中心に渦が完成した。
潮流の流れを誰よりも早く掴み、そのスピードに乗って、逆らおうと襲い掛かって来る波を蹴散らす男。
選手年齢としてはベテランの域に入り、人によっては引退を視野に入れ始める頃だが、その男はまだまだキングの座を降りるつもりはないようだ。
それでないと困る、と今まさにキングの背中を追い駆けている少年の横顔を思い出しながら、レオンは手元のメモ帳にペンを走らせていた。

 奪い合っていたボールが、誰かの手に弾かれて、明後日の方向へと飛んでいく。
だが、それもしっかりと計算済みだ。
男───ジェクトはボールの落下地点に誰よりも早く到着し、水底を蹴って高くジャンプした。
丸太のように太い腕がしっかりと伸び上がり、大きな手に吸い込まれるようにボールが落ちる。
跳んだ躰が再び水へと落ちるのを待たず、ジェクトは強いバネを持った上肢を大きく捻って、ボールを振り被った。
止めろ、と言う声が響くが、遅い、とレオンは思った。
相手チームは、先ずジェクトがそのポイントに到着する前に止めなくてはならなかったのだ。

 引き絞られた弓から放たれた矢のように、ボールは一直線にゴールポストへ向かう。
流石にこれは読んでいたのだろう、キーパーが歯を食いしばって狙いを定め、構えた。
ボールはそのまま真っ直ぐに飛ぶ───かに思われたが、くん、とその軌道が弧を描く。
変化に気付いたキーパーがボールの軌道上に割り込もうと腕を伸ばしたが、指先が僅かにそれを掠めたものの、その揚力を阻むには至らなかった。

 ゴールネットを突き破らんばかりの勢いで、ボールは其処へ飛び込んだ。
甲高いホイッスルの音が響き、駄目押しの一点が入る。
巨大なスクリーンに、仲間達と拳で讃え合う選手の姿が映し出されると、観客が更なる歓声を上げた。

 そんな中、レオンはちらりと腕時計を見て、


「……ふう」


 一つ息を吐いて、レオンは席を立った。
周囲の客席の邪魔になることを詫びつつ通路に出て、ちらりと試合場を見る。
ゴールネットから解放されたボールを、キーパーが何度目かの戦場へと送り出すが、其処に鳴り響く笛の音が試合終了を告げた。

 スクリーンには試合成績が大きく表示され、あちこちで悲喜交々の声が上がり、それぞれの健闘を称える声も聞こえる。
収容人数が万を数える客席を埋め尽くす人々は、冷めない熱気にまだしばらく酔い痴れている事だろう。
そんな宴の音に背を向け、レオンは足早に観客席を後にした。

 ネームプレートを見せて関係者通路に入ると、試合会場の喧騒が一気に遠くなる。
スタジアム関係者とチーム関係者のみが忙しく行き交う通路を真っ直ぐに進み、レオンはチーム関係者用にと宛がわれた会議室に入った。
其処には、レオン以外にも、各選手のマネージャーやトレーニングコーチをしている人々が集まっている。
それぞれがレオンの顔を見付けると、流石、と言うようにサムズアップした。
それにレオンも親指を立てて返しながら、部屋の奥に設置されているテレビを見る。
其処には、今正に試合を終えた選手が映し出されており、興奮冷めやらぬ観客たちに向けたインタビューが行われていた。
一人一人の選手が映し出される度、その担当マネージャーとコーチに拍手が送られる。


『それでは、皆様のお待ちかね、キングにお話を伺ってみましょう!』


 インタビュアーがそう言った直後、スピーカーから沢山の人々の歓声が上がる。
カメラがすいと横にスライドし、映し出されたのは筋骨隆々とした逞しい男。
レオンがつい先程まで、観客席で具に見ていた者───ジェクトである。

 インタビュアーもまた、興奮しきった様子で、ジェクトにマイクを向ける。


『今日もご活躍でしたね。最後のシュートは、実に見事でした。あのボールを受け止めたゴールネットが羨ましい程ですよ』
『そりゃあ有り難ぇな。俺様としちゃ、ど真ん中にぶち込んでやるのが好きなんだが、まあそれはそれだ。入らないストレートより、入るもんが入った方が気持ちが良いもんだろう?』


 なあ、とかける声は観客に向けたものだ。
観客席から万雷の拍手が響き、それでこそ勝利を掴みとる男だと、今日一番のファインプレーをした男を褒め称える。


『前半では少し動き難そうな印象もありましたが、後半は圧巻のプレイでした』
『今日の相手は強かったからな。少し出方を見たかったってのもある。お陰で後半は良い具合にギアが入った』


 ジェクトは水に濡れた髪を掻き上げながら、僅かな呼吸の乱れこそあるものの、受け答えは強くはきはきとしていた。
体力にはまだ余裕がある、とでも言いそうなその姿に、憧れる者は後を絶たない。

 レオンの隣に立っていた同僚が、「もう一試合しようとでも言い出しそうだね」と言った。
強ち外れていないものだから、レオンは眉尻を下げて苦笑するしかない。
同時に、今夜は宥めるのが大変そうだな、とひっそりと溜息を漏らしたりもした。

 インタビューを終えたジェクトが、チームメンバー達と揃って試合場を後にする。
プールサイドを歩きながら、手を振る観客に応えてやれば、あちこちで黄色い悲鳴が上がった。
その様子を一頻りカメラが映した後、テレビ画面が試合の余韻に浸る観客を眺めるように映すようになってから、レオン達は会議用のテーブルへと着席した。

 これからレオン達は、次の試合に向けてのスケジュール調整をしなくてはならない。
各選手の予定を確認しつつ、個人練習、全体練習、筋肉トレーニングと言ったその隙間に、各メディアからのインタビューが挟まる予定だ。
次の試合もそう遠くない日である事を思うと、中々タイトなスケジュールになりそうだが、休息日も忘れず用意しなくてはいけない。
さて、何処から調整したものか、と頭を悩ませるレオンであった。



 クールダウンを終えたジェクトとレオンが顔を合わせたのは、ほんの一分少々と言う程度。
レオンは直ぐに別の打ち合わせがあったし、ジェクトは試合後の反省会が恒例だ。
夕飯はそれぞれの関係者と連なって予定があったので、其処も同席する機会には至らなかった。

 レオンがジェクトのマネージャーとなってから、早三年が経っている。
ジェクトが数年前から自身の拠点を海外へと本格的に移していた事から、レオンも彼を追う形で母国を発つ事となり、現在は同じ屋根の下で暮らしている。
しかし、良い大人の二人暮らしであるから、仲良く食卓を囲むと言う機会は少ない。
レオンは習慣として、自分がキッチンに立てる時には料理をするし、二人分の用意もするが、ジェクトが飛び込みの飲み会に誘われる事は珍しくなかった。
それで目くじらを立てるようなものでもないこと、段々とレオン自身も外食の機会が増えた事もあって、最近はレオンがきちんと二人分を用意するのは朝食位のものであった。

 機会が増えたと言っても、レオンの外食はそもそも少ない。
父と弟との生活を支える為、家事全般を長らく引き受けていた事もあって、習慣として外食と言う選択肢に馴染みがないのだ。
育った母国とは味が違う異国の店ともなれば尚更、余り好んで足を運ぶこともない。
その為、外食する時は必ず誰かに誘われてのことで、訪れる店も全く知らないサプライズ状態で向かう事はよくあった。

 今日のレオンの夕食は、同僚たちと情報交換会を兼ねて、地元で美味いと評判の大衆食堂だった。
地元に根付いているとあってか、メニューの多くは地域の家庭料理の代表と言うものが多く、異国育ちのレオンには馴染みのない物も多い。
少々のチャレンジ精神を用いつつ、これは美味いぞ、と言う同僚の奨めに則って、そこそこの量を食べ終えた。
食べるものを食べた後は、雑談を交えながら、仕事についての愚痴やら有力情報を共有する。
最後は、まだまだ続く今シーズンを乗り切ろう、と言う発破と共にお開きとなった。

 タクシーを使って、母国であれば都心と呼んでよいであろう地域に入ると、小綺麗なビルが増えて来る。
その風景を眺めながら、明日の朝飯は何にしよう、とレオンは考えていた。


(……昼まで寝てる可能性もあるな)


 予定を立てた所で、それが崩れるのは、儘ある事だ。
何せ明日は休日である。
平時は常に規則正しく目を覚ます事が習慣になっているレオンだが、偶にはそんな時もある。
大抵、其処には、レオンが原因ではない───100パーセントそうだと言う訳でもないが───理由が付いていた。

 朝起きないとしても、仕込みくらいはやって置こうかと、仕事を前倒しにする計画を立てている内に、タクシーが停車する。
料金を払った車を降りれば、見慣れたマンションロビーの玄関先だ。

 上層へ向かう専用のエレベーターに乗り込み、遠くなる下界を見下ろす。
母国に比べると幾らか地上の光の数が足りないが、それでも栄えた街だ。
この夜景も見慣れてきたな、と此処に来てから年月が経った事を実感していると、エレベーターが停止する。

 毎日清掃員が入る為、廊下はいつも綺麗に磨かれている。
それだけで、成功者が住む場所だと感じ取る者はいるだろう。
実際、家賃と言うものも相応であるから、生半可な収入で住める場所ではないのも確かだ。
レオンは、契約者であるジェクトが此処に住んでいるから、其処へ居候として加えて貰っている。
お零れで生活をしているようなものだが、周辺環境も色々と便利な施設が揃っているので、とても快適に過ごさせて貰っていた。

 エレベーターから一番遠い扉に、鞄から取り出したカードキーを当てる。
電子音が鳴って、カシャン、と鍵の開く音がした。


「ただいま」


 中に人がいるかは分からなかったが、習慣として声をかけた。
すると、返事の代わりのように、リビングの方からテレビの音が聞こえる。
靴を脱いで其処へと向かうと、同居人であり、この部屋の元々の主であるジェクトの姿を見付けた。


「ただいま」
「おう、お帰り」


 改めてレオンが帰宅の挨拶をすると、ジェクトは缶ビールを片手に此方を見て返事をする。
レオンは鞄を食卓テーブルの椅子に置きながら、ソファで寛いでいるジェクトを見た。


「酒だけ飲っているのか。つまみは?」
「晩飯鱈腹食ったからな。いらねえ」
「そうか」


 それなら明日の仕込みだけして置こう、とレオンはキッチンへ向かう。
冷蔵庫の中身を確認し、使えるものを取り出して、水を沸かせた鍋へと順次放り込んで行く。
しばらく弱火でくたくたと似て、固い野菜が程好く解れ、野菜の出汁も採れたであろう所で、厚切り肉のベーコンを入れる。
これもまたしばらく煮て、肉の旨味が染み出てきたのを確認してから、コンロの火を切った。
これで明日もしくは昼に食事を準備する際が楽になる。

 今日最後の仕事だと、スープを作る為に使った調理器具を洗っていると、空のビール缶を片手にジェクトがやって来た。


「終わったか?」
「ああ、もう少し」


 後は洗って乾かすだけ、と洗剤を染み込ませたスポンジを片手に、まな板を洗っていた時だ。
シンクの端にビール缶が置かれて、レオンの腰に太くしっかりとした腕が回される。
普段は水球ボールを掴んでいる、指先までしっかりと発達した筋肉に覆われた大きな手が、レオンの腹をするりと撫でた。


「もうする気なのか?」


 レオンが問えば、


「十分良い時間だろうが」


 にやりとした気配が、首の後ろから感じられた。
時計を見れば、成程確かに、もう十分に夜は更けている。
全く───とレオンは呆れるように溜息を吐いて見せるが、ジェクトは意に介さずに、するすると腹を撫で続けていた。


「あんた、疲れてるんじゃないのか。試合の後なんだから」
「馬鹿言え、あれ位で俺がへばるかよ」
「偶にはへばって欲しいけどな。本当に、何処からそんな体力が来るんだか。相手をするのは大変なんだぞ」


 言いながらレオンは、食器の泡をしっかりと流して、乾燥機の中に綺麗に納めた。
乾燥スイッチを押せば、後は明日の朝まで触らなくて良い。
其処まできっちりと仕事を済ませて、レオンはやれやれと言う表情を浮かべつつ、背後の男の方へと振り返る。


「あんたは疲れてなくても、俺は会議だ何だで疲れているんだぞ」
「ああ」
「ちゃんと加減してくれるなら、しても良い」
「判ってるって」
「あんたのそれはまるで信用出来ないんだよ」


 スイッチが入ると止まらないんだから、と言うレオンに、ジェクトは誤魔化すように愛想笑いを浮かべて見せる。
それが見慣れないものには、元々の強面加減と相俟って、少々悪人面に見えたりするのだが、見慣れたレオンには愛嬌のある顔に見えるのだから、痘痕も笑窪だ。

 レオンの腰にジェクトの腕が改めて回され、逃すまいと言わんばかりに、太い檻にしっかりと閉じ込められる。
レオンはもう一度、やれやれ、と言う表情を浮かべてやってから、ジェクトの首へと腕を回した。


「……あんた、風呂は?」
「試合の後にシャワーはしたぜ。十分だろ」
「じゃあ、俺が済ませるまで待っててくれ」
「要らねえだろ。大して汗掻いた仕事はしてないんだろ?」
「あんたよりはな。でも一日過ごした後だぞ。エチケットだ」
「悪いな、待ってらんねえよ」


 言うなり、ジェクトはレオンの腰をぐっと抱えるように持ち上げた。
浮遊感に、うわ、と思わずレオンが声を上げるが、ジェクトは気にせずに青年を抱えたまま寝室へと向かう。
レオンは、飯の準備よりも先に風呂に入るべきだったな、と思ったが、それはそれで、風呂上がりに強制連行されそうだ。
結局、どちらかの仕事は叶わなかったに違いない。

 寝室にはベッドが二つあるが、レオンが運ばれたのは、ジェクトがいつも使っている方だった。
ぼすん、と放られるように落とされても、良いクッション性が受け止めてくれるから、寝床と言うのは金をかけるべきものだとよく思う。
そんな所に、ぎしりとベッドが軋む音を立てて、体躯に恵まれた男がレオンの上に覆い被さって来た。


「脱ぐ暇位は待てないのか」
「そうだな。お前が帰って来るまで、我慢してたもんだからよ」


 そう言って見下ろす紅い瞳には、ぎらぎらとした闘争心が宿っている。
ああこれは、と明日の自分の行く末を想像しつつ、レオンは自身の首元のネクタイに手をかけた。

 レオンがネクタイを解き、シャツのボタンを外すと、直ぐにジェクトの手が伸びて来て、前が大きく開かれる。
本当に待ての聞かない様子に、レオンは愛撫を始める彼の邪魔にならないように努めながら、シャツを袖まで抜いた。
腰のベルトのバックルを外していると、ジェクトの顔が下りて来て、太い唇とレオンのそれが重なる。
太くてねっとりとした肉厚の舌が、レオンの薄い唇を何度も舐めしゃぶるのが、食われるみたいだな、と思わせた。

 いつも無精にしているジェクトの髭が、レオンの口の周りでチクチクと刺さる。
くすぐったさに笑いが堪えられなかったのは、こう言う関係になって初めての頃だった。
今ではくすぐったくはあっても感覚自体には慣れたもので、レオンは黙ってジェクトからのキスを受け止めている。


「ん、ん……っふ……」


 肉厚の舌に何度も唇をノックされて、レオンはゆっくりと扉を開く。
直ぐに舌が中へと侵入して来たので、応える形でレオンも舌を差し足せば、思った通り、すぐに絡み付いて来た。
唾液を塗り広げるように何度も舌を嘗め回されて、交わる唾液の音が耳の奥で響く。


「む、ふ……んぁ……っ」


 侵入した舌に咥内をたっぷりと舐られ、レオンはぞくぞくとした感覚が首の後ろに走るのを感じていた。
官能の始まりを告げるそれに、体も伴って準備を始めるように熱を持つ。

 ベルトの前をようやく外す事に成功して、レオンはスラックスを脱ごうとした。
が、覆い被さる男がいる所為で、どうもスムーズには行かない。
もどかしく絡まる布地を邪魔に思っていると、ジェクトの手が其方へと移動して、緩んだウエストを下へと引っ張った。
手助けに殉じてレオンは下肢を捩り、ようやくスラックスが抜けていく。
膝まで降りてくれれば、後は蹴るように足先を動かして、用済みとなったそれをベッドの端へと放る事に成功した。

 インナー姿になった所で、ようやくレオンの唇が解放される。
はあ、と漏れた吐息と、唾液の垂れる口元を手の甲で軽く拭いながら、レオンはまだきっちりと服を着ている恋人を見上げる。


「俺ばかり脱ぐのは狡いだろう」
「へいへい」


 あんたも脱げ、と促すレオンに、ジェクトはくつくつと笑いながら応じた。
2Lサイズだと言うのに、ぴったりと体のラインを浮き上がらせているTシャツを思い切りよく脱ぎ捨てて、楽だからと好んで履いている短パンも、下着ごと下ろす。
裸になったジェクトの股間からは、中々に凶悪と言って良いサイズを持った雄がそそり立っていた。


「試合の後だからって、興奮し過ぎじゃないか?」
「その前にさんざお預けさせてくれたじゃねえか」
「俺の所為だって?」
「ヤらせてくれなかっただろ」


 拗ねたように言うジェクトだが、その目元は笑っている。


「試合前に疲れる事は御免だ」
「試合すんのは俺じゃねえか。お前は見てるだけだろ」
「“キング”のマネージャー業と言うのがどれだけ大変か、判っていないようだな?」
「冗談。いつも感謝してるぜ」
「だったら試合前くらい、余計なことを考えずに集中してくれ。あんたの結果次第で、俺の仕事の評価も変わるんだから」
「判ってるって」


 言いながら、レオンの手はジェクトのシンボルへと触れる。
平均サイズの数字などレオンはよく知らないが、しかし自分のそれよりも胴周りも長さもあるから、相当大きいのは明らかだ。
それをいきなり受け入れるのは、慣れた今でも辛いものであるから、先ずはしっかりと準備をしなくてはいけない。

 レオンは雄を両手で包み込むと、先ずは太い根本の方を扱き始めた。
掌をぴったりと竿に密着させて、皺を擦り付けるように肉を擦る。
その傍ら、先端には端正な顔を近付け、窄めた唇で鈴口をちゅっと吸った。


「ん……、んっ、ふ……」


 赤い舌がちょろりと覗いて、先端を擽るように舐める。
手の中でドクドクと言う脈が感じられ、レオンの鼻孔にむわりと濃いムスクのような匂いが届く。
試合の後にはシャワーも浴びているだろうが、この国は中々蒸し暑くて、半日も過ごせばまた汗を掻く。
そう言う匂いが混じっているのを感じながら、レオンは丹念にジェクトの雄を愛撫して行った。


「ふ、ん……ちゅ、んちゅ……っ」
「ふうーっ……」


 頭上で意識して息を吐く声が聞こえて、レオンはちらりと上目遣いに雄の持ち主の顔を見た。
紅い瞳が真っ直ぐに此方を見下ろし、無精髭を蓄えた口元が、にやりと笑っている。
興奮している時の笑い方だ。
ジェクトがそう言う顔をする時は、今夜は長くなると言う合図だと、レオンは経験則で知っている。

 レオンは口を開けて、雄の先端をぱっくりと飲み込んだ。


「あむ、ふ……んぁ、」


 ジェクトのそれは大きいものだから、とても全てを迎え入れる事は出来ない。
レオンは出来るだけ口から喉までの道を真っ直ぐに意識して、雄を口の中へと招いて行く。
それでも半分まで届けば良い方だ。
どうしたって根本までは行けないから、其処は手で扱いて揉んでと刺激を与え続けた。

 頭を前後に動かして、竿に舌を絡めながら、口淫で刺激を与え続ける。
雄はレオンの咥内でむくむくと膨らんで行き、その内にレオンの口の中はジェクトの味で一杯になった。


「お、ふ……、んっ、ぢゅぅ……っ!」


 唇を窄めて、喉から吸うように力を入れる。
同時にきゅっとジェクトの根本を指の輪で挟んでやると、「うおっ……!」と言う声が聞こえた。


「ん、ぢゅっ……んむ、ふぅう……んっ!」
「っは……はぁ、おぉ……っ!」
「ぢゅ、う……んっ、んぷぅ……っ!」


 自身の膨張感にか、ジェクトは眉根を寄せながら、俄かに顔を顰めている。
昂った体は刺激に対して敏感になっているようで、まだ準備している最中であると判っていても、昇って来るものが抑えきれないようだ。
それなら、とレオンがもう一度強く雄を啜ってやると、


「んぢゅううっ……!」
「くぉおお……っ!」


 どくんどくんどくん、と雄の根本が脈を打って、血流と一緒に、熱が放出に向かって迸る。
衝動を堪えようとジェクトは歯を食いしばったが、レオンがずるりと雄を口から抜く感触に、肉竿が擦られて刺激を与える。
其処にダメ押しとレオンが窄めた唇で鈴口をぢゅうっと強く吸えば、


「ぐぅっ!」
「んぷっ……!」


 びゅくんっ、と白濁液がレオンの顔に飛び散った。
反射的に片目を瞑りながら、レオンは生々しい匂いのするそれを浴びる。

 ジェクトが詰めていた息をようやく吐き出す内に、レオンは鼻筋を伝い落ちる粘液を指で拭う。
その口元は緩く笑みを浮かべており、その意味をジェクトも僅かに冷静が戻った頭で理解していた。


「……ふふ」
「笑ってんじゃねえよ」
「仕方がないだろう。もう少し堪えられるかと思ってたのに」
「煽ったのはお前じゃねえか」
「さて」


 何の事だか、と言ってくれるレオンに、この野郎、とジェクトの太い腕が伸びる。
掴まれた肩が力任せに押されるのを、レオンは抵抗せずに受け入れた。
どさりとベッドに背中が落ちたかと思えば、ぐるんと視界が反転する。

 俯せになったレオンの足から下着が剥ぎ取られる。
足が左右に開かされ、腰が持ち上げられてジェクトの膝に乗せられると、大きな手が尻たぶをわしっと掴んだ。


「俺が慣らして良いな?」
「ああ。その方が早い」


 レオンがジェクトを受け入れる為の前準備は、丹念に行わなくてはならない。
何せ、あの大きな代物を受け入れる訳だから、中途半端に解した程度では、まるで入る訳がないのだ。
お陰でこの関係になった頃、レオンは随分と苦労をしたものであった。
それでも生物の体と言うのは大したもので、繰り返していく内に次第に慣れるようになり、あの頃よりは幾分かはスムーズに受け入れる事が出来る。

 とは言え、やはりジェクトのそれが規格外に大きい事には変わりなく、受け入れる負担が軽くなった訳でもない。
そして、ジェクトの方もレオンに無体を働きたい訳ではなかったから、我慢の効かない今夜でも、前戯を忘れる事はしなかった。

 ジェクトの手がレオンの引き締まった臀部を撫で、直に指が谷間と辿って秘部に触れる。
先の快感を知っている其処は、露わにされた時から色付いてヒクヒクと戦慄き、雄を露骨に誘っていた。
其処に今すぐ挿入したい気持ちを抑え、ジェクトは指先を秘孔に宛がう。


「ん……」


 敏感になっているものだから、それだけでレオンは甘い吐息を漏らした。
そんな自分に自覚はあるようで、レオンは今更ながら、恥ずかしがるようにベッドシーツに顔を埋める。
あれだけ雄を煽る言動をして置きながら、自分の体の事には、歳の割に初心さが抜けない青年に、ジェクトの子供じみた悪戯心が刺激される。

 穴口を指の腹ですりすりと撫でるように擦ってやれば、ぴく、ぴく、と細腰が反応を示す。
ジェクトの後ろで、むずがるようにレオンの足が身動ぎしていた。
そんなレオンの太腿を軽く掴んで押さえ付けると、動くな、とでも言っているように感じたのだろう、ぴたりとレオンの動きが止まる。
しかし、秘孔口とその周りの土手を指の腹で撫で続けると、またヒクッヒクッと躰が反応を示すのが判った。


「う…ん……っ、ん……っ」


 レオンはベッドシーツを手繰り寄せ、縋るように握って背中を丸めている。
爪先で穴口の縁を擽ってやれば、刺激に対して我慢しようと、背中が益々縮こまった。


「んん……っ、ジェク、ト……」


 名前を呼ぶ声には、少し咎めるものがあった。
遊んでいるとばれている、とジェクトはまたくつりと口元を歪ませて、徐に人差し指をつぷりと挿入する。


「あ……っ!」


 待ち侘びていた感覚のようやくの来訪に、レオンは思わず声を漏らした。
秘孔がきゅうっと喜ぶように口を閉じて、ジェクトの指に肉の感触が絡み付いて来る。
艶めかしく吸い付いて来るその感触を堪能しながら、ジェクトはゆっくりと指を奥へと挿入して行った。


「は……ふ……、う、ん……」
「ちぃとキツいような感じもするが───」
「あ……ジェクト……んっ……!」
「しっかり中まで入りやがる。お前もやっぱ待ってたんだな?」


 侵入に対して、絡み付いては来ても、抵抗らしい反応を示さない青年の躰に、ジェクトはにやにやと笑いながら囁いた。
その声を聴くレオンの耳は先端まで赤くなって、シーツを握る手だけが抗議のように力を込めている。
だが、そんな事をしても、秘部への侵入者を拒める訳もなく。


「は……ジェクト、そこ……っ」
「此処か?」
「あぁ……っ!」


 レオンの合図に合わせて、ジェクトが指を曲げる。
くんっと角度を変えた指が、肉壁の敏感なポイントを押し上げて、レオンは甘い声を上げた。

 は、は、と短く吐息を吐くレオン。
ジェクトはそれのリズムを読んで、カリ、カリ、カリ、と爪先で内壁を擦って苛めてやった。


「あっ、あっ……!あ、っふ……!」
「もうちょい奥だな」
「あ、ああ……っ!」


 ぐ、と侵入を深めた指が、先とは数センチずれた所を突いた。
ビクンッと判り易く反応を示してくれたレオンに、ジェクトは舌なめずりをして、同じ場所をトントンとノックするように突いてやる。


「はっ、あっ、ジェク……っ!そこ、は……っ!」
「後で此処もしっかり突いてやるから、慣らしておかないと、だろ」
「あっ、んっ、あぁ……っ!」


 ジェクトの指で小突かれる度に、甘い電流がレオンの躰を駆け抜ける。
刺激によって走る電流で、勝手に体の筋肉が反射反応を起こすものだから、レオンはその反応を抑える事が出来ない。
自分の手でビクッビクッと感じ入っている青年の姿は、見下ろす雄の目を大層楽しませていた。

 丸めた背中をふるふると震わせ、甘い刺激に酔い始めたレオンの秘孔は、ひくひくといやらしく蠢いてジェクトの指に吸い付いていた。
もっと、もっと欲しい、と誘うように絡み付いて来る其処に、ジェクトは二本目の指を挿入させる。


「んぅ……っ!」


 長年、水球競技で鍛えられたジェクトの指は、一般人のそれよりもずっと太い。
本来受け入れる器官ではない場所に、それを二本も挿入させるだけで、圧迫感はそこそこ大きなものになった。
だが、それでもジェクト自身を受け入れるには足りないのである。

 乱れた呼吸で、なんとか余分な力を抜こうと努力するレオンの様子を伺いながら、ジェクトはゆっくりと指を奥へと入れていく。


「あ、う……んぅ、ふ……ふぅん……っ!」
「もう裂けやしねえとは思うが、無理はすんなよ」
「は……あ、あ……っ!」


 ジェクトの声かけに、レオンは言葉を返す余裕もない。
その傍ら、頭の隅で、最後はそんな気遣いも何もなくなるのだと言う事を、これもまた経験則で悟っていた。

 レオンの躰が違和感に慣れるまで、ほんの少しの間を取ってから、ジェクトは改めて指を動かし始める。
二本の指をそれぞれバラバラに動かして、中で滲み始めた蜜液を掻き混ぜてやると、くちゅくちゅと言う音がした。


「準備できて来てるな」
「あ、ああ……っ!は、ん……うん……っ」


 肉が解れるに連れ、奥から染み出るように溢れ出してくる腸液は、挿入した時に僅かながら助けになってくれる。
それを全体にくまなく塗り広げる為、ジェクトの太い指は、殊更に丹念にレオンの内壁を嘗め回した。


「は、あぁ……ジェクト、そこ…あっ、擦るな……んんっ」
「つっても、此処が一番大事な所だろ」
「や、あ……あっ、はぁ……っ!ふ、くぅ…ん……っ!」


 先もノックされて、官能のスイッチを入れられた場所を、二本の指の腹がぐりぐりと押すように擦る。
否応なく痺れる感覚に襲われて、レオンはシーツを足の指先で引っ掻けるように蹴って悶えた。

 奥の敏感な場所をしつこく苛められて、レオンの躰も昂っていた。
ジェクトと同じ性のシンボルは、すっかり膨らんで大きくなっており、先端からはとろとろと蜜を零している。
後ろからの刺激だけで、それ程興奮してしまう程、レオンの躰はジェクトの手に染められているのだ。
普段、凛としてストイックにも見える程の青年が、そんなにも乱れる有様が、ジェクトをまた興奮させる。


「奥ばっかじゃいけねえな。ちゃんと拡げねえと」
「ああ……っ!」


 肉壺の中で、二本の指が左右に広げられる。
狭い道がややも強引に拓かれるのを感じて、レオンは涙の混じった鳴き声を上げた。
続けて周囲の道も拓く為、指が戦後左右に小刻みに動く。


「あっ、あっ、んん……っ!ジェクトの指が、んっ、動いて……ぇ……っ!ふ、中が……あっ、広がって…くぅ……っ」
「もうちょっと尻上げれるか」
「はっ、はふ……っくふぅ……っ」


 悶える最中にジェクトに強請られ、レオンは震える膝に力を入れた。
僅かに腰を高く持ち上げる事に成功すると、「ありがとよ」と礼を言われ、中で指がくりゅんっと回転する。


「くぅんっ!」


 中を大きく掻き回される感覚に、レオンは高い声を上げた。
上体を支えていた膝が頽れて、尻だけを高く掲げたような格好で、上半身を突っ伏す。
その格好のまま、ジェクトの指に中をくちゅくちゅと掻き回されて、レオンは息も絶え絶えに喘いでいた。


「あっ、あ……ジェク、あぁ……っ!」
「大分馴染んできたか」
「は、ジェクト、ああ……!も、もう……んっ、来る…ぅう…っ!」


 太い指の丁寧で丹念な刺激の与え方に、レオンの躰は限界が近くなっていた。
このまま秘部が指の形に染まるまで撫でられていたら、その間にレオンは果ててしまうかも知れない。
それ程、レオンの躰はジェクトの手で攻められる事に興奮していた。

 だが、果てるのならばどうせなら、と願いにも似た想いがある。


「もう……大丈夫、だから……あぁ……っ!」
「……ああ、そうだな」


 ねだるレオンの声に、馴染み切ってはいない事に僅かに逡巡したジェクトであったが、自分の我慢もはちきれる寸前まで来ていた。
レオンのお陰で一度出したとは言え、口淫による戯れ交じりの程度で、雄の衝動が満足して収まる筈もない。
寧ろ、あれのお陰で、より一層、この魅惑的な青年を貪りたくて堪らなくなった。

 もっともっとと誘うように絡み付いて離れない蜜壺から、ずるりと指が引き抜かれる。
レオンは「ああっ!」と甘い悲鳴を上げた後、ビクッビクッと下肢を戦慄かせて、くたりとベッドに沈んだ。
はあ、はあ、と乱れた呼吸で肩を揺らす青年に、熊のように大きな男が伸し掛かる。


「は……あ……っ」


 覆い被さる重みのある気配に、レオンが首を巡らせれば、ぎらぎらと滾る赤眼に貫かれて、腹の奥がじゅくりと疼いた。

 ジェクトはレオンの長い脚の片方を掴むと、自分の肩の上へと乗せ上げる。
恥部を差し出すように丸見えにさせれば、青年はこくりと唾を飲んだ後、自身を落ち着かせようとしてか、一つ長い息を吐く。
ジェクトはその眦に滲む雫を舐めて、「良いな?」と囁いた。


「ジェク…ト……」


 整い切らない呼吸のまま、レオンは了承の合図に名前を呼んだ。
そろそろと伸ばされたレオンの手が、ジェクトの頬を包み込み、二人の唇が重ねられる。

 ちゅく、ちゅく、と舌を絡め、唾液を交換し合う最中に、ジェクトは猛り切った自身の一物を、レオンの秘孔に宛がった。
早く早くと急かすように、入り口がヒクヒクと戦慄いているのを感じながら、此処ばかりは焦らないようにと意識して、ゆっくりと腰を押し進める。


「ん、むぅん……!」


 太いものが入り口を強引に広げる感覚に、レオンが眉根を寄せる。
ジェクトがレオンの唇を解放すれば、はあっと大きな呼気が漏れて、先端を咥えた秘孔がきゅうぅっと締め付けた。


「ああ……っ!」
「息してろよ」
「は……あっ、あう……はぁ……っ!」


 ジェクトに言われた通り、レオンは呼吸を止めないようにと努めていた。
その呼吸のリズムに合わせ、僅かに彼の体の緊張が緩むタイミングで、ジェクトは少しずつ自身を彼の中へと納めて行く。


「あっ……はぁ…あ、はく……う、ふぅ…ん……っ!」
「ったく、やっぱり、狭いな……っ!」
「ん、あんた、が……大きい、んだ……っあぁ……!」


 お互いに抗議をしながら、それでもどちらも行為を辞めようとは言わない。
初めの頃はそんな遣り取りも何度かあったが、本当に中断させた事は二度あったかどうかと言う程度だ。
特に、レオンがジェクトを受け入れる事に慣れて来てからは、そう言う事はすっかりなくなっている。

 それでも大部分はレオンの努力の甲斐で、ジェクトは半分まで自身を納める。


「あ、う……んっ、うぅ……っ」
「ちょっと待っててやるから」
「は……は……っ!ジェクト、うん……っ」


 繋がりが深くなるに連れ、嫌でも負担が増すレオンに、ジェクトはそう囁いた。
良いから、とレオンは言いたげに見上げるが、ジェクトは動かない。
中途半端な状態で一番辛いのはジェクトである筈なのに、とその思い遣りにレオンは安堵のようなものを感じて、しばし自身の呼吸を整える事に集中する。


「は、あ……は、はぁ……っん……」
「焦んなよ」
「うう、ん……っふ……ふぅ……っ」
「……どうせ後になったら、もっと無茶させっからよ」


 火が点けば止まれない自分の性格を、ジェクトはよくよく自覚している。
恋人とのまぐわいにとってもそれは同様で、興奮すればする程、ジェクトは自分の本能を抑えられなくなる。
勿論、レオンに可惜に無体をするつもりはないが、この青年への劣情が、それを凌駕する程に激しい熱を生み出すのだ。
───だから常々、レオンは明日の予定が決まっている時は、ジェクトとのこうした交わりを断固として拒否しているのである。

 数字にすれば数秒の間を過ごして、レオンの呼吸は落ち着いた。
体を襲う違和感は相変わらずだが、慣れた感覚でもあり、苦痛がなければ十分だ。
はあ、ともう一度だけ深く呼吸をして、レオンは体勢を整えた。


「良いか?」
「……ん……」


 確かめる声に、レオンは小さく頷いた。
停まっていた挿入が再開され、より深くジェクトの楔がレオンの胎内へと入って行く。


「あ……っは……!」


 増す圧迫感で自分自身を追い詰めないよう、レオンは努めて息をした。

 やはり、試合を終えた後の猛りを受け入れるのは、中々骨がいる。
しかし、窮屈な秘孔が一杯に広げられる内に、段々と体の奥から熱が滲んで来るのだから、不思議なものだ。
覆い被さる重みから伝う汗が、二人の肌を溶け合わせて行く。


「っは……ジェクト……っ」
「もうちょいだ」
「は、はあ……奥、届く……んんん……っ!」


 長くて太いものが、腹の中に到達しようとしているのを感じて、レオンは四肢を撓らせた。
ベッドシーツから浮いた背中に、ジェクトの腕が滑り込む。
抱き込むようにしっかりと捕まえられて、レオンはその腕に体を委ね、ようやくジェクトの全てを受け止めた。


「あぁ……っ!」


 ぐぅ、と奥壁を圧し上げられるのを感じて、レオンは天井を仰ぐ。
逸らされて露わになった喉元に、ジェクトの肉厚の唇が寄せられた。
喉仏をべろりと舐められ、甘く噛むように歯を立てられると、食われる錯覚に陥る。
絶対的な雄に捕食される感覚に、レオンは言いようのない興奮を感じて、自身の中にあるものをぎゅうっと締め付けた。


「っは……ジェクト……、く、ふぅ……っ!」
「動くぜ」
「あっ……!」


 ジェクトはレオンの返事を待たなかった。
此処までで十分、彼にとってはレオンに合わせてくれたと言って良いだろう。
それももう限界だと、ジェクトはぎしりとベッドの軋みを鳴らして、レオンの上に覆い被さった。

 ずる、と太いものがレオンの秘孔を擦りながら出て行く。
道一杯にそれが入っているものだから、ジェクトが少し腰を揺するだけでも、肉壁全体が擦られてしまう。
それがレオンには堪らなく心地良い。


「ああっ……!あ、あ……っ!」
「っは……ふぅ……っ!」
「うぅん……入、って……ん、あぁ……っ!」


 前後運動を繰り返し始めたジェクトに、そのリズムに合わせてレオンの声が上がる。
行為に慣れて、快楽の感じ方を覚えた躰は、その熱に染まるのも早かった。
初めの頃、息を詰めなくては耐えられない程に苦しかった事も忘れて、甘い声が何度も漏れる。


「はっ、はぁ……っ、あっ、あ……っ!」


 首筋に柔く噛み付かれて、レオンの肢体が仰け反った。
もがくようにシーツの上で泳いでいた腕が、徐にジェクトの首へと回される。
傷んできしんだ黒髪の隙間に指が滑り込んで、レオンはジェクトの頭を抱き込むように掴まった。

 ギッ、ギッ、とベッドの軋む音が大きくなって行く。
高さのある嵩が何度も往復してレオンの肉壁を擦り、官能の波を大きくしていく。
その熱に頭が茹ったように溺れ始めた頃、


「足、こっち持ってろ」
「ん、ふ……っ!」


 ジェクトに肩に持ち上げられていた脚を押さえながら言われて、レオンは言われた通りにその足に腕を引っ掛けて抱える。
自ら恥部を差し出すようなポーズになったレオンに、ジェクトは上から伸し掛かった。
レオンの躰の横に両手を突いて自重の支えにしながら、ずるぅ、と大きな雄を引き抜いて行く。


「あああ……っ!」


 全体を満遍なく擦られて、レオンは堪らず声を上げる。
ぞくぞくとした感覚が丸めた背中を駆け抜けて、腰が痺れたように下半身から力が抜ける。
しかし秘部は出て行こうとする雄を引き留めようと吸い付いて、ぎゅううっ、と強く締め付けた。

 其処へ、ジェクトが思い切り腰を打ち付けてやれば、


「はぁんっ!」
「っ!」


 ずんっ、と強く秘奥を突き上げられて、レオンは甲高い声を上げる。
自分のものとは思えないような嬌声に、レオンが羞恥を自覚する暇はなかった。

 ジェクトはしなやかなバネのような筋肉を駆使して、強くレオンの躰を突き上げる。


「あっ、あっ、あっ!」
「っは、ふっ、ふうっ!」
「んぁっ、深、ジェク……っあぁ!」


 突き上げるリズムは徐々に激しさを増して行き、レオンは声を抑えることも出来なくなって行く。
太い猛りに、剥き出しになった快感腺を隙間なく摩擦されて、何処を抉られても強烈な快感を得てしまう。

 皮膚のぶつかり合う音が強く大きく響いている。
レオンの声も高く甘く反響し、寝室にはすっかり性の気配が充満していた。
汗を滲ませるジェクトの肌からは、一層濃い雄の匂いが醸し出され、レオンはそれに充てられたように、頭の中が目の前の男の事で一杯になってしまう。


「ジェク、ジェクトぉ……っ!んっ、くぁ……あぁっ!激し、い……んぁ、あ、ああっ!」


 レオンは喘ぎながら、ジェクトの躰に全身で縋り付く。
抱えていた脚も離して、両腕はジェクトの逞しい背中に回された。
ジェクトはそんなレオンの両足を掬い上げ、折り畳むような格好にさせて、更に体重をかけて秘奥を抉った。


「はっ、はくぅっ!もう、あっ、一番、奥に……あぁっ、来て、るからぁ……っ!」
「っは、ああ……!お前の、良いトコにな……っ!」
「あぁっ、あんっ、あぁあ……!」


 にやりと笑うジェクトの口元に、レオンの秘奥が疼きを訴える。
そこを太く固いものがごつりと打ち上げれば、レオンは頭が白熱する程の官能を得た。
ビクビクと顕著な反応を示した躰が、一つ強く強張ったかと思うと、レオンの中心部から蜜が噴き出す。


「あぁあっ!」


 耐える余裕どころか、それが迫っている事すら身構えられない程に、レオンは一気に登り詰めた。
そんな青年の姿に、覆い被さる雄はより凶悪な笑みを浮かべ、自身に熱を集めて行く。


「はあ、ああっ、ジェクト……っ!太、いぃ……んぁっ、くふぅっ!」
「お前の中も蕩けて来たな……っ!」


 ジェクトのその言葉の通り、レオンの秘部は柔らかく蕩け、熟れた果実のようにうねっていた。
突き上げる度にぎゅうっと締め付けたかと思うと、甘くねっとりと絡み付く。
極上の褥に仕上がっている事を繋がった場所から伝えられて、ジェクトは益々興奮する。

 ストロークのリズムが早くなり、レオンの与えられる快感への処理速度が追い付かなくなっていく。
気持ち良い、と感じた傍から、それと同様、或いはそれ以上の快感に襲われて、レオンはイきっぱなしになっているような感覚に陥っていた。


「ジェク、待っ、あん、あぁっ!はっ、早い、からぁ……っ!」
「無茶させるって言っただろっ」
「あっ、あっ、バカ、死ぬ……っんあ!あぁっ、深く入って、ひんんっ!」
「一番奥行くぞ……!」
「待て、今は───んぁぁあっ!」


 レオンの止める声など、獣と化した男が聞く筈もなく、一際強い突き上げがレオンを襲った。
根本までずっぷりと入った雄に、秘められた園の最奥を捉えられて、レオンは大きく声を上げる。
そうして弓のように撓る躰を、丸太のように太い腕が、逃がすまいと言わんばかりにしっかりと抱き締めていた。

 足の爪先までピンと伸ばしているレオンの躰を、更なる快感が襲う。
熊が羽交い絞めにでもするように、覆い被さって抱き締める男が、ずんずんと激しく腰を打ち付けて来る。
レオンは強い衝撃にされるがままに揺さぶられながら、あられもない声を上げるしか出来なかった。


「ああっ、ああっ!だめ、待て、待って、んぁあっ!」
「はっ、はあっ、くぁっ!ったく、すげぇよ、お前は……っ!」
「あふっ、あっ、やあっ!ま、また来る……んっ、イく、から、ああっ!」
「ああ、俺も、そろそろ……っ!」
「っは、あ、中で……ああっ!大きく、んっ、なってる、うぅんっ!あっ、あっ、そこ、そこ突いたら、うっ、んんんっ!」


 胎内でより大きくなって行く熱の塊を感じ取って、レオンの躰が慄くように震えた。
同時に自身も再び上り詰めており、レオンの雄からはトロトロと我慢汁が漏れている。
それも幾らも耐えられないと言う所で、レオンは迫る切迫感に必死で身を捩り、そんなレオンにジェクトの律動がいよいよ限界を迎える。


「はっ、はっ……!イくぜ、レオン……っ!」
「あ、ジェク、ジェクト……っ!あっ、んっ、」
「は、はあっ、くうぅっ!」
「ああっ、ああっ、ああーーーーっ!!」


 宣言から数回、腰を打ち付けて、ジェクトはレオンの中へと欲望を注ぎ込んだ。
無沙汰にしていた事もあり、濃厚な雄の精がどぷどぷと大量に注がれるのを感じて、レオンも幸福感と共に絶頂する。

 ビクッ、ビクンッ、と痙攣するレオンを、ベッドにしかと縫い付けて、ジェクトは自身の精を余す所なく青年の胎内へと注ぎ込んだ。
繋がったその僅かな隙間から、泡になった蜜がこぷこぷと溢れ出し、レオンの双丘を汚していく。


「あ……っ、ああ……っ」


 久しぶりに味わう感触に、レオンは言葉も出ない程にうっとりとしていた。
試合前は絶対にセックスをしない、と決めてはいても、レオンとて若いのだ。
熱を覚えた躰がそれに餓えなかった訳もなく、待ち侘びていたものをようやく与えられれば、躰は正直に悦ぶ。
その証拠のように、レオンの媚肉は嬉しそうにきゅうきゅうと雄を締め付け続けていた。

 長い射精を終えて、ジェクトはゆっくりと体を起こす。
ほとんど下敷きにした格好になっていた青年の顔を見れば、どろどろに溶けた蒼の瞳が茫洋と宙を見詰めていた。
その目玉を舐めるように、永い睫毛を携えた瞼に舌を這わす。


「っん……ジェクト……」


 名を呼ぶ声に応えて、唇に触れるだけのキスをする。
すると瞳の焦点がゆるゆると合って、ジェクトの顔を映し出した。
もう一度、今度は深くキスをすれば、レオンの方から嬉しそうに舌を絡める。

 ちゅくちゅくと、レオンの耳の奥で、いやらしい音が鳴っている。
それだけで首の後ろにぞくぞくとした官能が迸って、レオンはジェクトを締め付けていた。
きゅう、きゅう……と求めるように吸い付く感触に、当然、ジェクトの熱も容易く息を吹き返す。


「後ろ向けるか」
「ん……っあ……!」


 ジェクトに言われて、レオンはしがみ付いていた腕を解くと、ごろりと躰を横に転がした。
その拍子に、入ったままのジェクトが中をぐにゅんっと抉り、レオンの腰に甘い痺れが襲う。
四つ這いになって、汗と白濁で濡れた尻がヒクッヒクッと快感の余韻に戦慄いているのを見ながら、ジェクトはレオンの腰を掴んで膝立ちになった。

 直ぐに律動が再開され、蕩け切ったレオンの嬌声が上がる。


「あっ、あっ!はっ、あぁ……っ!」
「ぐちゅぐちゅ言ってやがる」
「はっ、あんたが、ああっ、出し過ぎ、だから、あぁっ……!」
「そりゃ悪かった、なっ!」
「あぁんっ!」


 レオンの言葉に、意趣返しのように、ジェクトは腰を強く打ち付けた。
ぱあん、と響いた音と共に、レオンの高い声が反響する。
それが消えない内に、ジェクトはずんずんとレオンの躰を攻め立てる。


「はっ、あぁっ、強い……んっ、固いぃ……っんぁ!」
「お前の方は、どこもかしこも、柔らかくなってるぜ。最高だ」
「あふっ、あっ、んんっ……!あ、あぁ、あぁ……!」


 繋がった場所で感じ取る、お互いの感触。
レオンの言葉にジェクトは益々雄を固く勃起させ、レオンは頬を赤らめながら、嬉しそうに蕩けた肉褥でジェクトを締め付けるのだった。




 長くなる、と言うレオンの予想に違わず、その日のまぐわいは空が白む頃まで続いた。
最後の方はレオンは文字通り息も絶え絶えで、出るものも出し切って、もう無理、と何度となく訴えていたが、久しぶりに味わう獲物にジェクトの方は全く納まらなかった。
寧ろ涙を浮かべて限界を訴えるレオンの様子が、無性に獣の獰猛性を煽ってくれるものだから、もっと啼かせたい、もっと貪りたいと、いつまでもレオンを離さなかった。

 ようやくジェクトが落ち着いた時、レオンは意識もあるのかないのかと言う具合であった。
何度も突き上げられ、揺さぶられた体はすっかり疲弊し、ぐったりとシーツの波に沈み、その後のジェクト手ずからの後始末にも身を委ねる事しか出来ない。
シャワーで体を清められている内に、瞼はとろとろと降りて行き、整えられたレオンの寝台へと入る頃には、とうに夢の住人になっていた。

 試合で滾った後の夜には、よくある事だ。
だからレオンも判り切っていて、翌日のスケジュールは二人ともに終日休みを入れてある。
トレーニングは午後か夕方にでも、気が向いたら、と言う程度だから、ジェクトも遠慮なく昼まで寝る事にした。

 正午を過ぎて目を覚ましたレオンは、全く起き上がる事が出来ない自分の状況を見て、毎度のことと思いつつ溜息を漏らす。


「本当に、あんたは手加減をしてくれないな」


 着替えるのも面倒で、ベッドの中で裸のまま、ジェクトの片腕に捕まえられた状態で、レオンは呟いた。
恋人を腕に抱いて悠々と休日を楽しんでいた男は、その言葉にちらりと視線を寄越して、


「お前の具合が良すぎるから、無理なんだよ」
「俺の所為にしないで、もう少し自制を覚えてくれ」
「俺を煽っといてその言い草はねえだろう」


 自分の理性の枷を外すのは一体誰だと、ジェクトはレオンの顎を指で捕まえながら言うが、


「俺が煽っても動じない位、理性的になってくれると有り難いな」
「よく其処まで心にもない事が言えるもんだ」


 レオンがそんな理性頑なな人間性を、ジェクトに求めている訳がない。
厭味も皮肉も、こうまで心が伴わないと、全く腹が立たないものになるらしい。
そう言うジェクトに、レオンは肩を竦めて見せるのみだ。

 自分と比べ、若いとは言えそれなりの年齢になっている筈なのに、殆ど髭の生えないレオンの顎を指で遊びながら、ジェクトは心地良い気怠さの中にいた。
レオンは擽る指から逃げるように、時折頭を左右に揺らすが、閉じ込める腕から抜け出そうとはしない。
次にこんなにものんびりと熱の名残の時間を過ごせるのは、一体いつになるか。
そんな事をジェクトが考えていると、そう言えば、とレオンが言った。


「来月、スコールとティーダが遊びに来るぞ」
「あ?」


 突然の息子とその幼馴染の少年の名前に、ジェクトは反射的に眉根を寄せた。


「なんで急に」
「忘れているようだが、あっちは直に大型連休だ」


 レオンの言葉に、ああそんな物もあったな、とジェクトは呟いた。


「初めての海外旅行だからな。父さんは仕事で来れないし、色々心配だから、俺が引率する事になった」
「その方が良いだろうな。ガキ二人じゃ心配ごとが多過ぎる。何日だ?」
「予定は三泊。その間、二人ともうちに泊める」
「……じゃあその間、お預けだな」
「まあ、そうだな」


 息子もその幼馴染───レオンにとっては弟───も、年齢は十七歳と、分別の付く年頃ではあるが、まだまだ世間知らずは否めない。
不慣れな土地で何があるかも判らない、そう言う者を鴨にする輩もいると思えば、現地の生活に慣れたレオンが傍にいた方が良いに決まっている。
宿泊場所についても、言葉が通じるかも判らないホテルを使うより、身内の家を使った方が、何にしても便利だろう。

 と、それはジェクトも理解しているので、レオンの判断は当然だと思う。
しかし、少年二人は、自分の父親と兄が恋人同士である事は露とも知らない。
聊か話の内容が特殊である事は勿論、二人ともにそれぞれの家族に若干の後ろめたさもあって、打ち明ける事には今はまだ消極的になっていた。
となれば、普段は人目を気にする事なく、此処で存分に恋人との同棲生活をしているが、彼等が泊まっている間は、こうした熱の交わりは勿論のこと、睦言めいたスキンシップもする訳にはいくまい。


「仕方ねえ。お子様にゃ刺激が強すぎるからな、我慢するか」
「そうしてくれ。あんたのスケジュールには影響が出ないようにはするつもりだから、トレーニングなり練習なり、しっかり発散して来てくれると助かる。ティーダと喧嘩されるのも良くないしな」
「……しねえよ」
「さてどうだか」


 信用ならない、ときっぱり言ってくれる容赦のない恋人に、ジェクトは拗ねた顔で唇を尖らせた。
と、その表情をすぐに切り替えて、今度は悪戯を思い付いた子供のような顔になる。


「ガキがいる間は仕方ねえ。代わりに、あいつらが帰ったら、その日は覚悟しておけよ?」
「……だから発散してくれと言ってるんだがな」


 にやにやと判り易い顔をするジェクトに、レオンは呆れたと溜息を吐いた。
だが、そんな反応をしてはいても、きっちりスケジュールの調整はしてくれるのだろうと、ジェクトは確信しているのだった。




ネタ粒で書いた水球選手×マネージャーなジェクレオの設定が個人的に美味しくて。
基本的に二人きりの同棲生活で、スケジュール調整はレオンが二人分やるし、こう言う事が日常的に出来る設定な訳でして。
人目を気にしなくて良いから、軽口叩きあいながら存分にいちゃついてるのが書きたくなったのです。