一夜一夜の数重ね


 どういう訳だか、妙な人間が寄って来易い人間と言うのは、いるものらしい。
それが他人の話なら、大変だなと思うだけで終わることだったが、自分事なのだから、つくづく辟易する。

 高校生の頃まではそう言った気配は殆どなかったように思うのに、大学に入ってからとんと増えた。
お付き合いを、と言う文句をよく聞くようになったのもその頃からで、当時のレオンは、色事には大した興味もなかったが、逆に言えば断る理由もなかったので素直にその告白を受け止めることも多かった。
タイミングとして、良い人がいるのなら流石に断っていたのだが、何故かそれでも「愛人でも良いから」等と詰め寄って来る輩が増えた。
貞操観念が固い訳ではなかったが、不誠実は嫌いだ。
浮気のような真似はしたくなかったし、気持ちの所はどうあれ、一応は付き合っている人物に対しての誠意として、そんな申し出は当然拒絶していた。

 それでも何故か諦めない人間と言うのはいるもので、更に言えば、そういう人間ほど異常にしつこかった。
粘着質と言っても良いだろう。
ストーカー紛い───そのものだと幼馴染は言う───に遭った事もあったし、今ならチャンスと強引に関係を結ぼうとする男もいた。
何人かは文字通り投げ飛ばしたこともあり、体術に覚えがなかったらどうなっていたかと思うとゾッとする。
どうして世の男はこんな莫迦が多いのかと辟易したのは、一度や二度ではなかった。

 付き纏う雑踏がそんな輩ばかりと言うのも甚だうんざりする話だが、誠実に関係を持った筈の男すら、面倒が多かった。
独占欲が強い束縛男だったり、学校にまで母の送り迎えを必要とするマザコンだったり、告白して置いて当たり前に浮気をする奴もいた。
どうしてあちらから告白して置いて、浮気をする気になるのか。
気持ちと言うのは揺らぐものだから、他に好きな人が出来たと言うのを咎めだてする気はないが、それをきちんと言って別れるなりなんなり、関係を清算して欲しい。
肉体関係まで及んで、閨ではわざとらしく愛を囁く奴ほど、鳴りやまない携帯電話に不特定多数の女性からのメッセージが入り続けていたりして、よくもまあ忙しくいられるものだと反って感心した位だ。

 レオン自身に、男を見る目がないと言われれば、否定は出来ない。
名前と顔を辛うじて知っている程度の男から告白されて、了承するのも良くなかったのかも知れない。
しかしその前は、少なからず会話はした事がある人物であった事もあるし、人伝に噂を聞いたりする事もあった。
それでも、腹を隠すことに長けた人間はいる訳で、表向きは非常に好感のある人物に擬態していたりする。
レオンがそれを見抜けたのは、それこそ付き合っていたから、そう言う距離感にあったから垣間見ることが出来た情報のお陰で、そこから一歩も離れてしまえば、相手はよくもまあ上手く化けているものであった。

 貞操観念や、それに伴う価値に、絶対性があるとは思わない。
しかし、繰り返すが、レオンは不誠実は嫌いだ。
お互いに判り切った上での関係なら、拗れない程度に好きにすれば良いと思うが、曲りなりにも“恋人同士”になって置いて、隠れて好き勝手をされるのは納得いかない。
体だけの関係が欲しいなら、最初からそう言えば良いのだ。
それでレオンが頷くかは判らないが、少なくとも、そう言うものだと割り切って考えることは出来る。

 浮気をしない人間に安堵していたら、今度は独占欲が酷いパターンだ。
携帯電話は授業中も鳴り止まないし、休憩時間は会いに行かないと鬱々としたメッセージが届く。
付き合い始めの頃は、関係が始まったばかりで不安なのだろうと、よくよく宥めもしたものだったが、流石に延々と続けば疲れた。
基本的に何事にも辛抱強く取り組めるレオンだが、余りにもしつこいものは付き合っていられなくなった。

 これで「別れたい」と言った時、素直に受け止めてくれるなら随分マシだ。
ファミレスで駄々を捏ねるように泣きじゃくられるのも、まだマシだ。
酷いのは、ストーカーになって、その後延々と付き纏われることだ。
お陰で何度引越しをしたか判らないし、大学構内でも遭遇しないように気を付けて、幼馴染に一時護衛役をを頼んだ程だ。
話を聞いた幼馴染は呆れつつも同情してくれたが、「あんた、もう告白とか受けるな。呼び出されても行くな」と言われたのには、ぐうの音も出なかった。

 ────更に、こう言った面倒な人間のラインナップに、もう一つ付け加えるタイプがある。
夜の営みに癖が強い者だ。

 レオンが初めて付き合った男は、開発するのが好きだった。
生まれ持って体格に恵まれていたレオンは、身長もありつつ、めりはりのある体をしており、グラマラスである。
それこそ男が引き寄せられるような体型をしているのだが、高校生の頃までは、それを高嶺の花と崇められていた。
彼女がそれを知る由はないが、ともかく、そのお陰でレオンは、大学生になって初めて恋人と言うものが出来るまで、全くの未経験だった。
そう言った蕾を開かせるのが好きな男はいるもので、レオンはこれに捕まったのだ。

 当時は初めての恋人と言うこともあり、元々色事に興味が薄かった事も手伝って、何が普通の睦言かもよく知らなかった。
少々過激なメディア作品などは、目にすることがなかった訳ではないが、参考書を読んでいる方が暇潰しになったレオンである。
営みで何をするのかと言う最低限の知識はあっても、実際のそれが余りにも多種多様である事は知らなかったのだ。
だから相手に言われるがまま、教えられるがままに応じていた。
────この時の男は、レオンの体を一頻り堪能すると、次の興味に移ったようで、次第に疎遠になって行く。
レオンも段々と、相手がそう言うヘキであると理解しつつあったので、自然消滅させている。

 それからの関係でよく遭遇したのが、加虐趣味の持ち主だ。
縛るだとか、叩くだとか、詰るだとか、そう言うやり方でレオンを責めて興奮する男。
初めは普通、優しいと言えるような人間ですら、段々とそれを露骨にして行って、エスカレートしていく。
最初の頃は当然レオンは拒否していたが、しつこく頼み込まれると断り切れなくなる気質が仇になって、未知の世界に漬け込まれてしまった。
体に傷が及ぶようなことは断固として受け入れなかったが、蚯蚓腫れや縄の擦り切れた後が絶えなかった日もあった。
────何度もその手のことをしたがる人間に出遭うので、世の男は全員こういう性癖持ちなのではと思ったこともある。
幼馴染やその友人が全力で否定してくれたが、レオンは一時期、本気でそう考えていた。

 そう多くはない友人達に恋人とのことで悩みを相談すると、一にも二にもなく「とにかく別れろ」と口を揃えて返される。
そして最終的に、もう恋人と言うものは持たない方が良い、色事に巻き込まれない方が良い、と言う結論に行き付くのだ。

 社会人になると一層それは増えていた。
違うのは、恋人と言う関係に納まることよりも、一晩の夢だとか、割り切った上での関係を求められる事だろうか。
だが、大学時代に悉く面倒に振り回された事を思うと、迂闊に頷く気にはならない。
それでもレオンに寄って来る虫は多い。
幼馴染をいつまでも虫除けにさせているのも悪いし、しかし一人で過ごしていると妙な男が寄って来る。
下手に地位のある上司もいたりして、平穏に過ごしたい事を思うと、セクハラされても軽率に投げ飛ばす訳にもいかない。

 そんなレオンの前に現れたのが、社内でもとくに有名な一人の男だった。




 新卒で入社してから、三年が経つ間に、レオンはそれなりに人々から認められる力をつけていた。
物覚えが良く、仕事も早いレオンは、今では方々から頼られており、社内になくてはならない人物と評されている。
しかし彼女自身は、謙虚と言うよりは只管真面目なもので、日々の業務を黙々とこなす毎日であった。

 上司から得意先との取引の場に、是非とも同席して欲しいと求められたので、レオンはそれに応じた。
こぢんまりとした会議室で、テーブルを挟んで相手先の人間が二人、そしてレオンの隣には上司が座っている。
交渉自体は既に話がついていたようなもので、最終合意の確認と、後は腹の探り合いがあるようなものだ。
そんな場所に自分がいる意味はあるのかと思うが、テーブルの向こうで初老の男がにやついた顔で此方を見ているのを見付けて、ああそう言う事かと理解した。

 表向きは書記係として、実際には色仕掛けの為に呼ばれたのは甚だ不快ではあったが、大人と言うのは面倒なもので、こんな時でも愛想をしなくてはいけない。
苦手な笑顔を不自然にならない程度に浮かべていれば、取引先の男たちは機嫌良く喋ってくれた。
隣の上司はその様子を見て良し良しと思っているようだが、部下に不快な思いをさせていることも、少しは察して欲しいと思う。
其処に鈍くて、部下の信用信頼を知らない間に下げているから、この人は自分が思う以上に昇進できないのかも知れない。

 雑談めいた遣り取りが三十分も続いて、ようやくレオンは解放された。
またよろしく、と言って握手を求める取引先に、レオンは顔を顰めそうになるのを堪えて応じた。
軽く握り合えば良いものを、いやにしっかりと握られた気がして、後で手を洗おうとこっそり思う。

 会社を後にする相手先を玄関前まで見送って、やっとレオンは肩の荷が下りた。
ほっと息を吐くレオンに、上司がへらへらとして、


「君が一緒にいてくれたお陰で助かったよ、レオン君」
「どうも。それでは、私はこれで」


 相手が上司なので、レオンはぺこりと頭を下げて、早々にその場を去ろうとした。
と、上司は腕時計をちらと確認して、レオンを引き留める。


「もう昼だ。業務も概ね止まっているだろうし、急いで戻らなくても良いだろう。ランチでも済ませていかないか、私が奢るよ。場所はそこの食堂になってしまうけど」


 ビルの奥に誂えられている社員食堂を指差す上司に、気前は良い人なんだけどな、とレオンは胸中で溜息を吐く。

 この会社に入ったばかりの頃は、折々に世話になった人だ。
その気前の良さは知っているが、彼の視線がレオンの胸に向き勝ちなのは、どうしたって不愉快を誘う。
あまり長い時間を二人きりで過ごしたくないのが、レオンの本音であった。

 角が立たないようにどう断るかと頭を巡らせていた、その時。


「レオン」
「!」


 後ろから聞こえて来た呼ぶ声に驚いたのは、レオンだけではなかった。
レオンの前に立っていた上司は、彼女以上に驚いた様子で、息を飲んでいる。

 レオンが振り返ると、長い銀糸と、不思議な虹彩を宿した碧眼を持った、美丈夫が立っている。
仕立ての良いスーツは、有名な海外ブランドのオーダーメイドだと言うが、その姿は文字通り絵になる。
整い過ぎたと言っても良い顔立ちに、頭のてっぺんから足の爪先まで完璧なバランス体型で、センター街でも歩けばスカウトが寄ってくると評判だ。
その上、仕事も出来るとあって、正しく完全無欠と世の男たちからは羨ましがられ、女たちからは羨望と憧れの眼差しを向けられている。

 その男の名は────


「セフィロスさん。何か御用ですか」


 上司の更に上の地位を持つ男の名を呼べば、「ああ」と短い返事。
その碧眼がちらとレオンの前にいる上司を見遣れば、うだつの上がらない男はすごすごと退散して行った。

 人が行き交うビルの玄関ロビーで、すらりとした体格の美丈夫と、それに見合う身長のレオンが並んでいると、よく目立つ。
遠目に行き交う社員たちが、その光景をちらちらと見ていたが、当人たちは露とも気にせず───そもそも気付いていないのだ───向き合っていた。

 セフィロスは、黒の手袋を嵌めた右手に持っていた封筒を、レオンに差し出した。
自分宛と言うことを察して受け取ると、先日、外部に発注を頼んでいた会社の名前が書いてある。


「届いた所に出くわした。お前に用もあったから、ついでに持ってきたんだ。部署まで行くつもりだったが、此処にいたなら丁度良い」
「有難う御座います。後で中身を確認します」
「それで、例のプロジェクトの件だが、概ね案の通りで行けるだろう。ただ、発注に使える所をもう二つほど挙げておいてくれ。最近の世情を考えると、小さな工場はいつまで持つか判らん。信頼できる腕の良い所に頼むのが最適ではあるが、保険も用意しておきたい」
「判りました」
「目星はあるか?」
「三つほど。連絡をつけてみるので、少し待って頂けますか。早い所だと明日には返答があるかと思うのですが、念の為───そうですね、四日くらいは」
「猶予はある。一週間までは先ず問題ない」
「はい」


 レオンは胸ポケットに入れていたメモ帳を取り出し、走り書きした。
部署に戻ったらまず最初に確認する為、要チェックの印を入れておく。

 これで用は終わりかなと、メモ帳を元の場所に戻していると、


「それから、いつもの時間に打ち合わせをする予定だが、先にスケジュールがあるなら構わん」
「いえ、問題ありません」
「なら決まりだ。用は済んだ、俺は行く」
「はい。お疲れ様です」


 踵を返して去っていくセフィロスに、レオンは頭を下げた。
定型に則って時間を計り、顔を上げた時には、セフィロスはエレベーターホールへと紛れて行った。

 さて、とレオンは手に持った封筒を見て、先ずはこれを置きに行かなくてはと、反対側のエレベーターへ向かった。




 都内の中心にありながら、ひっそりと目立たない場所に存在するバーは、老紳士風のマスターの趣味で経営されているらしい。
人伝に聞いた話なのでレオンは詳しくはないが、しかし落ち着いた雰囲気の店内と、人生経験から培った豊富な伝手を元に仕入れた酒は、好みはあれど美味いものばかりで、レオンも気に入っていた。

 週に二度の頻度でそのバーへと足を運ぶレオンには、必ず待ち人がある。
どちらが先に着いて待っているかは、その日その時の仕事の捗り次第であるが、大抵はレオンの方が遅かった。
色々と必要なことを片付けていると、必然的にレオンの退社は遅い時間になってしまうのだ。
いつも相手を待たせることに悪いと思いはすれど、それを口にすると、相手は「お前を待たせるよりは良い」と言って笑う。
なんでも、待つ楽しみがある、のだそうだ。
そうは言われても気を遣う……とレオンは思うのだが、あちらも気遣ってくれているのだろうから、言葉は素直にそのまま受け取ることにした。
そして、出来る限り早く店へと迎えるように仕事を片付けるのが、レオンが出来る精一杯の誠意であった。

 時計の針が20時を指して少しした頃、レオンはバーの扉を開けた。
一昔前に流行ったと言う音楽を店内BGMにした店内は、客はレオンを含めて4人ばかり。
カウンター席をそれぞれ離して、男性客が3人座り、レオンはその一番端に座っている男に近付いた。

 席の高いバーチェアに座ったその後ろ姿は、床につきそうな程に長い銀糸のお陰で、誰と迷う事もなく直ぐ判る。
その色と正反対のコントラストを作る黒いスーツは、今日の昼間も見たものだ。
その隣のチェアを引いて座ると、グラスを傾けていた男の瞳が此方を映し、


「早かったな」
「お陰様で」


 挨拶替わりの短い遣り取りに、男───セフィロスが微かに口角を上げる。

 レオンは荷物を隣のチェアに置かせて貰いながら、マスターに注文を通した。
「いつもの」と言えば、それだけでレオンが気に入っている酒を出してくれる。その隣でセフィロスも、空になっていたグラスを置き、「同じものを」と言った。

 マスターが酒を作っている間に、レオンはカウンターテーブルに寄り掛かりながら長い息を吐いた。
ようやく仕事用のスイッチが切れて、一個人として肩の力が抜ける。
途端に腹の隙間が自己主張をして来て、何か腹に入れようか、と視界の隅に置いてあった小さなメニュー表を取る。
その仕種を見たセフィロスが、


「夕飯か」
「そんな所だな。何か軽いものでもと思って」
「お前の事だから、昼の後は詰めていたんだろう。パスタ位は食べておけ」
「いや、ナッツで十分……」
「マスター」


 レオンの意向を無視して、セフィロスはマスターを呼んだ。
マスターも判っていると言う顔で頷くものだから、もう注文は通ったようなものだ。

 これまでの経験から、レオンが断った所で意味のないものだと学習しているので、レオンはまあ良いかと思う事にした。
会計の時の支払いは、きちんと此方で出すつもりだが、それもセフィロスが受け取るかどうか。
そもそもマスターが完全に別に計算してくれれば良いのに、元々の常連客への贔屓もあってか、男に花を持たせる心意気なのか、いつもレオンを躱して支払いを持って行くのだ。
後で押し問答をしてもまた無駄なのだろうなと、ならば開き直って甘えてしまうのが一番なのだが、それはそれでレオンにとって聊か引っ掛かるものであった。

 程なくレオンの夕飯のパスタと、二人それぞれにアルコールが提供される。
隣席を取り、一応連れ合いである事は傍目にも判るレオンとセフィロスであるが、二人の間に会話は少ない。
セフィロスは、食事中のレオンを邪魔しないと言う気遣いもあるのだろうが、そうでなくとも二人とも言葉は少ない性質なのだ。
それがお互いに苦にもならないので、優先から流れる音楽だけをBGMに、静かな時間は流れて行く。

 レオンの食事が終わって、ようやくぽつぽつと会話が始まった。
とは言え、その内容には大した色気はなく、仕事の愚痴が半分だ。


「一月前の仕事は、どうやら上手く行ったらしいな」
「ああ。あんたが口利きしてくれたのが効いた。助かった、感謝する」
「礼には及ばん。顔を出すだけで話が進むなら、損もない。しかし、連中も見る目のない奴等だな。お前の仕事ぶりを見ておいて、まだ後ろ盾が欲しいとは」
「保険は多いに越したことはないんだろう」
「お前を侮っているだけだ。少しは怒れ」
「怒ったさ。だからあんたを引っ張り出した。そうしないと話が進まない事は、少し腹に据えるものがあるが……」


 仕事をしていると、儘ならない事は多かれ少なかれ起こるものだ。
それが致し方のない事なら、相応に対処しながらベストを心がけるものであったが、レオンの力ではどうにもならない事も儘ある。

 今のこの時代でと言われそうなものだが、女であることを理由に侮られたり、露骨な圧力をかけようとする人間はいるものだった。
それは僻み嫉みと言う感情が起こすものであるから、どんなに仕事を完璧にこなしても、黙らせることは難しい。
なんでも良いからケチをつけようと言う人間はいるものなのだ。
それは相手が異性であろうと、同性であろうと起こるものだが、レオンはそう言う時、遠慮なく自分の背景の力を使う事を覚えた。
セフィロスは社内では勿論、業界内で知らない者はいないと言われる人物である。
そんな彼を電話一つで呼び出せる者など、片手で足りるほどしかいないだろう。
その一人に、レオンは入っているのだ。
それを知るだけで、権威におもねる連中は黙らせることが出来る。

 実力だけで自分の価値を示すことが出来ないのは、レオンにとって悔しいものだった。
学生の頃から努力を積み重ねており、今でもそれを続けているのもあって、その努力を一笑に蹴られるのは腹が立つ。
だが、其処に固執していては、回るものも回らなくなるのだと言う事も、否応なく学習した。
そして、培った努力から実った伝手を使うのも実力の一つなのだと教えられてからは、その利を使うことを覚えたのだ。

 レオンにとって、セフィロスとの関係が、その際たるものであった。
自身の上司であり、社内は勿論、業界内においてもその名を知られた人物と、レオンは誰より近い席を許されている。
それを傍から見て何と言われるかは、色々と呼び名が付くものであったが、口さがない者の噂話などたかが知れているものだ。
何より、本当の関係と言うのをお互いが理解していれば、雑音など気にしなくても良かった。


「────まあ、気分はどうあれだ。お陰様で仕事は上手く行ったし、感謝しているのも本当だ。礼に一杯奢ろうか」
「お前に奢られるつもりはないな。逆なら良い」
「それじゃ返すことにならないだろう」
「俺を良い気分にさせるなら、大人しく受け取れ。マスター」


 セフィロスがマスターを呼び、メニュー表には書かれていないカクテルの名を告げる。
勝手知ったる常連客の注文を、老紳士は柔い笑顔一つで受け取った。

 やれやれ、とレオンは眉尻を下げて小さな溜息を一つ。
セフィロスのことも含め、自身の伝手を遣う事に否やはとうに捨てたレオンだが、毎回こう言う調子なので、レオンは碌に恩返しが出来ない。


(……まあ、この男がわざわざ他人から貰いたがるようなものなんて、ないも同然だろうから無理もないけど)


 ちらと隣を見ながら、レオンはそんな事を考える。
見目も良ければ、頭も完璧、社会的地位もある男だ。
欲しいものは何でも手に入るだろうし、完璧すぎる容姿に引き寄せられる異性は勿論、同性からも憧れは止まない。
社内では、某国の石油王から油田をプレゼントされたこともあるとかないとか言われている程だから、今更レオンが酒一杯を奢った所で、大した意味もないだろう。

 レオンの下に、淡い水色と濃紺色のグラデーションのカクテルが差し出された。
隣を見れば、翡翠色の瞳が薄く笑みを透いて此方を見つめている。
レオンがグラスを手に取り、口元へと運んで傾ければ、男は満足そうにその双眸を細めていた。


「ふぅ……」
「回って来たか」
「多少。歩けない程じゃないから、大丈夫だ」


 レオンはあまりアルコールに強くはない。
この一杯を飲んだら、あとは止めた方が良いな、と言う位であった。


「後はタクシーを呼ぶ」
「悪いな」
「構わん。どうせ俺も乗る」


 行く先は決まっているのだと嘯く男に、レオンもそうだなと頷いた。




 レオンが水色のカクテルを飲み干して、バーでの一時は終わった。
案の定、支払いはセフィロスがカードを使ってすぐに済ませ、伝票も見せてくれない。
せめて半分くらいは出させてほしいのがレオンの本音であったが、やはりセフィロスは受け取らないのであった。

 店の前へと呼んだタクシーに揃って乗り込み、走り出した車は都内のホテルへと向かう。
いつの間にか其処を決まって使うようになったのは、立地による利便性の高さと、傍目には“そう”と判らない外観だったからだ。
表から見ると、知っている人間から見れば判るものだが、そうでなければただの小綺麗なオフィスビルにしか見えない。
通りの反対側からは、エレベーターのある地下駐車場に入れるようにもなっているので、色々と都合が良い訳だ。

 ロビーは白とナチュラルウッドカラーを基調にし、コンシェルジュも常在しており、一見すると普通の受付だ。
初めて見た時には、オフィスビルを改装して作ったビジネスホテルにも見えるだろう。

 チェックインを済ませたセフィロスと共に、三台あるうちのエレベーターの一番奥に乗り込む。
其処には開閉ボタンの他には、フロア指定のボタンが二つしかない。
最上階とその一つ下のフロアだけに止まる仕様のそれを、セフィロスはいつも最上階の方を押していた。

 少し長い上昇時間の後、扉が開くと、空間の仕切りの為にか、防災上の問題をクリアさせる目的もあるのだろう、小さな廊下とその奥に扉が一つ。
カードキーでロックを解除して中に入れば、ワンフロアを広々と使った、シックな造りの部屋があった。


(毎回思うけど、下手なホテルのスイートより高そうだな)


 視線だけで部屋を見渡して、レオンは何度目かになる感想を思いつつ、荷物をクローゼットに置きに行く。
何度も使っている場所だから、何処に何があるのかはよく判っていた。
セフィロスも荷物を置き、スーツの上着を脱いでハンガーにかける。
ネクタイも解いてから、一日中嵌めていた手袋も外し、ソファの背凭れへと投げた。

 L字の布張りのソファは大きく、座り心地が良いものだ。
そこにセフィロスが腰を下ろしていたので、レオンも端の方へと座る。


(時間は……まあ、良い頃合いか)


 部屋の壁にかけられた、少々細工の凝った時計を見ると、時刻は22時を過ぎている。
アルコールで少し心地良くなっていた頭も、移動している間に多少は抜けてくれたようで、これなら大丈夫だろうとレオンは下ろしたばかりの腰を上げた。


「シャワーを浴びて来る」
「ああ」


 チェストに綺麗に納められていたバスローブを取り出し、レオンはバスルームへと向かう。

 此処は所謂ラブホテルと呼ばれる場所だが、この部屋は各空間の仕切りがしっかりと区切りられているお陰で、普通のホテルと使い心地が変わらない。
らしい特徴と言えば、ベッドルームが広く、諸々の道具が用意されている事くらいだろうか。
バスルームや脱衣所にも、よくよく見れば入浴以外の目的に使うアイテムが並んでおり、レオンもそれを使った事はあるのだが、気にしなければどうと言う事はなかった。

 広い湯舟になみなみと張った湯の中に全身を浸して、レオンはゆっくりと息を吐きながら天井を見た。
この後のことを思うと、シャワーで汗を流す程度でも良かったが、やはり一度全身を温めておきたかった。
多少長い風呂になっても、セフィロスは何も言うまいと、存分にバスタイムを満喫する。

 ────レオンとセフィロスの関係を一言で示すのなら、セックスフレンドと言う言葉が当て嵌まる。
こうして夜の褥を偶に共にしながら、約束事をするような間柄まではなく、遣り取りは何処かビジネスライクめいていた。
日中の過ごしようも、上司と部下である以上の事はなく、仕事に関係すること以外で会話をする事も殆どない。
それでも、二人がそう言う関係である事は、近しい人々にとって、公然の秘密のように知られていた。

 仕事に置いてセフィロスがレオンを重用する事や、レオンがセフィロスの力を借りることは儘ある。
その事を重ねて、二人を愛人関係のように囁く者がいるのも事実であったが、互いに独身の身だ。
後ろめたいことがある訳でもなし、仕事もそれぞれが完璧に熟しているとなれば、文句を言いたい者でも中々つけるケチがない。
悪戯な贔屓と言う程、露骨なものもなく、仕事に関しては適材適所を考えた末のベスト又はベターな選択である事も、誰の目にも明らかなものだった。

 また、そう言った近しい関係を持ちながら、昼日中の二人は決して上司と部下の関係を逸脱しない。
唯一の例外と言えば、“打ち合わせ”と称してバーでの逢瀬を取り付ける程度だが、それも某かの先約があれば無効になる程度のもの。
二人の関係を察している者ですら、その時の遣り取りが余りに仕事のそれと変わらないものだから、反って関係が消化されたのかと疑う程だ。

 実際、ある日突然、この関係がなくなっても当然ではあると、レオン自身は思っている。
今でこそこうして一夜を過ごす日もあるが、この関係に明確な名はないのだ。
元々、利害の一致から始まった事だから、某か支障が起きたり、どちらかがきちんと身の置き所を見付けたら、それで終わりになるのだから。

 ────芯まで温まってバスルームを後にする。
肌触りの良いバスローブに身を包み、長い髪をタオルで拭きながら脱衣所を出ると、ほんのりと甘い香りがした。
匂いのもとへと視線を向ければ、先と同じソファの位置で、セフィロスが葉巻を吹かしている。
何をしていても絵になる男だ、と思いつつ近付けば、翡翠の瞳が此方を見たので、


「少し長湯させて貰った」
「ああ」


 お陰で楽しめた、と言う表情で、セフィロスは葉巻を灰皿に置いて席を立つ。

 セフィロスがシャワーを浴びている間に、レオンは髪を乾かした。
長く豊かな髪は、毛量もそれなりにある事も手伝い、いつも乾くのに時間がかかる。
面倒ではあるのだが、なんとなく───子供の頃に、妹たちが楽しそうに髪を触ってくれていたこともあって───短く切ってしまう気にもならなくて、ずっと伸ばし続けている。

 灰皿に置かれた葉巻が、すっかり灰になった頃、レオンはベッドルームへと移動する。
それから程無く、セフィロスも部屋に入って来た。
彼も大概長い髪を持っているから、あれも整えるには暇がかかるのだろう。
レオンが欠伸を漏らす程度には、ゆっくりとした時間を過ごす事が出来た。

 ベッドの端に座っていたレオンの隣に、セフィロスが腰を下ろす。
傍らの銀糸がまだ水分を含んでいることに気付いて、レオンは部屋のクローゼットの上から、新しいタオルを取り出した。


「あんた、ちゃんと拭かないと風邪を引くぞ」
「ああ」


 返事をしながらも、セフィロスは其処から動かない。
やれやれとレオンは肩を竦めつつ、男の前に立って、頭にタオルを被せた。
どうにもこう言う所は子供のようだなと思いながら、線の細い銀色から余計な水分を吸い取って行く。

 と、そうしていると、男の目の前には豊かな膨らみがある。
今日も一日、多くの異性の目を引きつけたそれへと寄せられる視線を、レオンも理解していた。
しかし、此処でそれを見ているのは、名前がなくとも関係のある男だ。
好きにさせていれば、徐に持ち上がったセフィロスの腕が、レオンの腰へと回された。


「やり難い」
「ああ」


 髪を拭き難いと抗議するが、セフィロスはまた返事をするだけで、レオンの腰に絡んだ腕を離さない。
もう毛先の方は良いかと、ベッドの縁に散らばっている銀色を見下ろしながら思っていると、腰を抱く腕に力が込められたのが分かった。

 タオルを傍のチェストに放って、レオンは片足をベッドに乗せた。
座している男の体を足で挟むように乗ると、二人の距離がより近付いて、乳房が男の顔に押し付けられる。
すう、と息をするセフィロスの息が谷間に当たり、くすぐったさにレオンは微かに身を捩った。


「ん……」


 当たる吐息から逃げるように体を揺らすが、セフィロスの腕の力は緩まない。
腰の横で結んでいたバスローブの紐が、しゅるりと解けて、衿合わせが緩んだ。

 衿が開いて覗いた鎖骨に、セフィロスの口元が寄せられる。
ちゅ、と吸われる感触に、ぴくりとレオンの肩が揺れた。
腰を抱く腕が背中へと滑り、ゆっくりと力をかけて来たので、逆らわずに従う。
支えられながらレオンの躰はベッドへと落ちて、チョコレート色の髪が真っ白なベッドシーツの上に広がるように散らばった。

 ゆっくりと近付いて来る顔は、相も変わらずよく整っている。
社内に限らず、女が憧れ、男が妬み羨む美貌を持つその顔が、レオンの首筋に落ちた。
吸われる感覚を得て、ぴくりとレオンの肩が微かに反応する。
その肩に大きな手が宥めるように重ねられ、肌の上を滑って行くのを、レオンはぼんやりとした表情で受け入れていた。

 大きな胸は、仰向けになっても、そのハリのお陰でしっかりとした山を天井に向けている。
それを男の手が左右から挟むように掌を押し付ければ、谷間が狭くなって膨らみのサイズが一層強調された。
バスローブの下は、ショーツ以外は身に着けていなかったから、衿が開ければ直ぐに甘い色をした頂が現れる。

 セフィロスの小さな口から舌先が覗き、蕾の先端を舐めた。
ちろりと生暖かさとくすぐったさ、そして弾力の感触が伝わって、レオンの胸にじんわりと熱が燈る。


「んっ……!」


 窄めた唇が乳首の先に吸い付く。
ちゅう、と吸いながら、セフィロスはレオンの乳房を揉み始めた。

 丁寧なマッサージを施すように、セフィロスの手はレオンの大きな乳房を下の付け根から持ち上げるように撫で揉んでいる。
セフィロスの手は、身長に見合って大きなものであったが、レオンの豊乳はそれでも掬い切れずに、指の端から零れていた。


「はあ……、ん……、あ……」


 中学生だったか、高校生だったか、その頃から急激に大きくなった胸は、今ではもう慣れた代物だが、やはり重さはある。
それをセフィロスの手が持ち上げる度に、肩や胸部にかかる重力から解放される気がして、少し楽になった。

 良いものの詰まった感触のある胸を、セフィロスは丹念に揉んでいる。
その内にハリは程好く和らいで、たぽん、と水風船のように蕩けた乳肉になっていった。
その頃にはマッサージのお陰でレオンの胸はぽかぽかと温かく、


「……膨らんできたな」


 舌先で乳首を突きながら、セフィロスが言った。
その言葉の通り、レオンの乳首は初めの頃よりも心なしか大きくなっている。
それをセフィロスがちゅうっと一つ強く吸ってやれば、


「んぁ……っ!」


 ビクッとレオンの肩が跳ねて、甘い声が漏れた。
どうにも聞き慣れることのない自分の嬌声に、勝手に耳が熱くなる。
唇を噤んで、片手の甲を噛んで抑えようとすると、セフィロスはその手頸を掴んで、ベッドシーツへと押し付けた。


「ん、ちゅ」
「あっ、んん……っ!は、や……あ……っ」


 駄目だと言葉の代わりのように、セフィロスがまた乳を吸った。
ぴくんと跳ねる体に、更に追い打ちに甘く歯を立てられる。
敏感になりつつある場所に、少しばかり緊張を与える刺激。
それが一層、レオンの躰の官能のレベルを上げていく。

 胸を揉んでいた手がするりと肌を滑り降りて行き、腰に絡まるバスローブをいよいよ開いた。
すぅと少し冷えた空気が腹を直接撫でて行き、肌寒さを嫌ったレオンは、覆い被さる男に身を寄せる。
太腿を引き寄せながら擦り合わせていると、其処に男の膝が割入って来たので、渋々にレオンは両膝を離した。

 赤いレースで飾られたショーツの縁を、形の良い指が辿る。
太腿の内側にそれが滑って行って、レオンは俄かに鼓動が早くなって行くのを感じていた。
指は誘いを待つように、レオンの太腿の中央を行ったり来たりと繰り返し、その触れているようないないような微妙なソフトタッチが、レオンには酷くいやらしく感じてしまう。


「あ……セフィ、ロス……」


 名を呼べば、相手の双眸に微かに笑みが滲むのが見えた。
いつの間にか自由になっていた手頸を、セフィロスの首へと回してやる。
密着する彼女をセフィロスは自由にさせながら、自身の手も好きなように、レオンの肌の感触を堪能していた。


「はあ……んん……、くすぐったい……」


 むずむずとした感触をいつまでも足の付け根に与えられて、レオンは抗議した。
しかしセフィロスにしてみれば、耳元で吐息交じりに紡がれたものだから、誘われているも同然だ。

 すっかり焦らした後の様子を眺めた後、セフィロスの指はようやくレオンの中心部へと向かう。
頼りない布地一枚に守られた其処は、ショーツ越しに触れただけで判る程、しっとりと濡れていた。
敢えてそれを直接でなく、布の上から筋に沿って指を這わせてやれば、レオンは悶えるように喉を逸らして見せる。


「あぁ……っ、は……あ……っ」
「濡れている」
「……っは……んん……っ」


 わざわざ事実を囁いてくれる低い声音に、レオンの頬が赤くなる。
自分の体のことだから、良かれ悪しかれ経験もあるし、判っていることを言わないでほしい。
常々レオンはそう思うのだが、恥ずかしさに細めた眼から見える男の顔は、こんな時ばかり分かり易く愉しそうなのだ。
整い過ぎた貌の満足そうな表情に、無性に腹立たしさを覚えつつ、レオンは抵抗の意でセフィロスの手を太腿に挟んでやるのだが、


「もっとか?」
「っあ、あぁ……っ!ふ、んっ……!」


 男にしてみれば、そんな事をされたら、強請られているようにしか見えまい。
何せ、太腿に手を挟まれている所為で、そこから離すことが出来ないばかりでなく、恥部に触れた指先は存外と自由に動けるのだ。
伸ばした人差し指を淫筋に押し付け、小さな円を描くように中心部を擦ってやれば、其処はひくひくと戦慄きながら洪水を溢れさせてしまう。

 一度溢れ出すと、レオンの躰はもう自分の思うようにはならない。
セフィロスの指先が、其処に刺激を与えていると思うだけで、勝手に蜜は作られて行き、下着をしとどに濡らしていった。
その内に布地越しの刺激が反ってもどかしくなってきて、レオンは無意識のうちに身を捩りながら、求めるように足を開いて行く。


「……触れるぞ」
「……っ……」


 断りを入れるわけではないだろうが、セフィロスのその言葉が次への合図だった。
期待するように体が熱くなるレオンの肌が、火照るように色を増す。

 下着の中に手のひらが入って来て、レオンの女芯が直接触れられる。
膨らんでいる芽に指先が掠って、あ、と言う声が出た。
思わずと言う声を、恥ずかしさにレオンが唇を噤んだ所で、男がそれを聞かなかった事にはしてくれない。

 セフィロスの指がしっかりと膨らみを捕えると、引っ掻くように爪先がそれを刺激する。
快感を得る為だけの機関であるそれは、レオンにとって一等弱い場所だった。


「ああっ、あっ、んぁ……っ!セフィ、ロス……っ、そこ……っ!」
「ああ、良い感度だな」
「はっ、はぁ……っあ……!うぅん……っ!」


 触れられるだけで反応してしまう場所を、爪弾くように苛められて、レオンの躰が顕著に跳ねる。
ビクッ、ビクッ、と弾む腰は自分の意志ではどうにもならず、強張った背中に力が入って、ベッドシーツから尻が浮く。
陰部を突き出すような格好になっていくレオンから、セフィロスは唯一の守りとなっていたショーツを脱がしていった。

 ショーツの穴から片足を抜いて、これでレオンの動きを阻害するものはなくなった。
爪先に染みの浮いたショーツを引っ掛けた右足を、セフィロスの腕が持ち上げて、肩の上に乗せる。


「は……はぁ……っ、あ……っ」


 芯に残る官能の感触に、レオンは息を荒げている。
セフィロスはそんな彼女の体に覆い被さりながら、右手をまた陰部へと宛がった。
最早頼りない布では抑えきれない程に溢れていた其処は、蜜液でとろとろに濡れており、触れるだけでぬるりとした肌触りがセフィロスの指先を汚す。
それを拭うように掬って、濡れた指先をヒクつく入口へと宛がい、


「入れるぞ」
「は……っあん……っ!」


 レオンが一つ呼吸を整えた後、セフィロスの指は侵入した。
よくよく濡れた其処は、それが十分に潤滑剤となり、すんなりと異物であるはずのものを受け入れる。

 指を中ほどの場所まで挿入すると、艶めかしい感触がセフィロスに絡み付いて来る。
ひくひくと細かに脈打ちながら、温かく蕩けた肉が、指の皮膚を丹念に舐めしゃぶっているようだった。
その内壁を指の腹でゆっくりと、柔い力で押しながら撫でてやれば、


「あ、あ……っ、は、あぁ……っ」


 体の内側からじわじわと染み込むようにやってくる快感に、レオンは甘い声を漏らしていた。
体の中央を、奥から染め上げて行く官能に、癖のように頭を振った。
しかし、いやいやの仕草を見せた所で、此処で事を辞めてくれた男は一人もいない。
無論、目の前の美丈夫もそれは同じことだった。


「もっと良い所があるだろう」
「ん、や……っ」


 これだけで済むわけがないだろう───と言う意図で囁くセフィロスの言葉に、レオンの蜜奥がきゅうっと切なさに疼いた。
自ら求めるつもりでなくても、体はその快感を知っているのだ。
勝手に欲しがるように鳴き出す貪欲な体は、目の前の男を無自覚に誘って已まない。

 セフィロスの耳元で、レオンのあえかな吐息のリズムが上がっていく。
耳朶をくすぐる空気が熱を孕み、時折舌が覗いては、セフィロスの耳の端を掠めた。
これで誘っている訳ではないのだから、中々に性質が悪い───とセフィロスが思っていることを、レオンは知らない。

 蜜壺の中で、くちゅくちゅと淫水音が鳴っている。
奥から溢れ出してくる蜜液を指で絡め取り、セフィロスはそれを肉壁に擦り付けるように塗り広げて行った。
肉壁が指先になぞられ、押されている感触に、レオンの腰は甘い痺れが絶えず響く。


「はあ、あぅ……んっ、んぁ、あっ……!」
「もう少し奥が良いか」
「あ、あ……っ!や、そこ……あぁ……っ!」


 く、と奥へと一段侵入を深めた指が、柔らかな窄まりのある壁を捕えた。
指先で其処をノックするようにつつけば、レオンの腹がヒクンッヒクンッと脈を打つ。


「あっ、あっ、セフィ……あぁっ……!」


 腹の底にじんとした感覚とともに襲う官能に、レオンはベッドシーツを握り締めて悶えた。
丸まった足の爪先が白波を蹴りながら強張り、汗と蜜でしっとりとした太腿が震えている。


「はぁ、あぁ……ん……ふぅ……っ」
「此処だ」
「んくぅ……っ!」


 セフィロスの言葉通り、彼の指はレオンの疼きを発する原点を見付けた。
丸い爪の先でかりかりと引っ掻くように其処を刺激されると、レオンは陸に揚げられた魚のようにはくはくと唇を開閉させるしか出来なくなる。


「は、はぁ……っ!だ、め……セフィロ、ス……っ」
「お前のそれは“良い”だろう」
「あぁあ……っ!」


 ぐりぐりと弱点を押し潰すように苛められて、レオンの四肢が強張って伸びる。
緊張した筋肉は、刺激に対してより敏感になり、尚且つより快感を得る為の体勢を取ってしまう。
その色香を振り撒く肢体に誘われるまま、セフィロスは二本目の指を挿入させると、直ぐに彼女のウィークポイントを捕まえた。


「あっ、やっ、んぁあっ……!はっ、はぁ、んんっ!」


 レオンは長い髪を振り乱しながら、体を右へ左へと捩り、快感からの逃げ道を探す。
しかし、身の内側から襲う官能は、どう足掻いてもレオンを絡め取っていて、逃げを打つ程に返って強烈さを増していった。
その原因である男は、自分の手で乱れ喘ぐレオンの姿を、恍惚とした笑みを浮かべて見下ろしている。


「はあ、ああ、セフィロス……っ!そこ、ばかりは……あぁっ……!」
「音がよく聞こえる。本当に、お前は濡れ易い」
「はあ、言うなって、あ、あぁ……っ!や、あぁ……っ!」


 くちゅくちゅ、くちゅくちゅと、わざと音を立ててレオンを攻め立てるセフィロス。
鼓膜への刺激と言うのは、存外と効果の強いものだ。
レオンはその音が隠れようとするように、体を強く捻ってベッドシーツに片耳を押し付けていた。

 顔を背けた格好になっているレオンの耳元に、セフィロスの唇が近付いた。
長い舌がつぅと伸びて、レオンの耳朶をねっとりと舐める。


「ああぁ……っ!」


 ぞくぞくと、嫌悪と紙一重の感覚がレオンを襲う。
ふるふると頭を振って嫌がる彼女に、セフィロスは蜜壺の指をくっと上へと持ち上げた。


「あふぅっ……!」


 気を散らしていた所で、一番の弱点を押し上げられて、レオンは堪らず高い声を上げた。
瞬間、ビクッビクッと彼女の太腿が大きく戦慄き、蜜の飛沫がシーツに散った。


「う、んん……あぁ……っ」
「イったか」
「あ、う……は……っ」


 絶頂を迎えた体は、強張りから中々戻ることが出来ない。
わなわなと四肢を震わせているレオンの眦に、セフィロスの唇が落ちた。
あやすように眦、瞼、眉間にキスをしながら、余韻の締め付けを示している中心部からゆっくりと指を抜いて行く。


「ああ……擦れ、て……んぁ……っ」


 高められたばかりの体は、些細な刺激にも甘露を溢れさせてしまう。
媚肉は指に吸い付きながら、染み出した蜜を絡めて行き、もう一度奥へと誘うように締め付けた。
それはセフィロスにとって蠱惑の誘いであったが、それだけで互いを満足させてしまうのも勿体無いと言うもの。

 二本の指が出て行って、レオンの躰が僅かに緩む。
はあ……とあえかな吐息が安堵したように漏れて、彼女の腹が呼吸に合わせてゆっくりと上下している。
その肌はしっとりとした汗に濡れて、火照りに上気し、匂い立つような性の色香を振り撒いていた。

 セフィロスは、とうに開けていた自身のバスローブを脱ぎ捨てた。
裸身になった男女は、乱れた波に支配されたシーツの上で重なり合い、互いの鼓動を聞かせ合う。
とくとくとそれぞれに脈打つそれが混じり合うようにシンクロして行くにつれ、皮膚一枚の壁さえも判らなくなるような錯覚があった。


「……レオン」


 名を呼ぶ男に、レオンはゆっくりと目を向けた。
熱と官能で柔く蕩けた蒼灰色の瞳に、変わった虹彩を持った碧眼が映し出される。

 レオンの視界は、碧眼と、銀色のカーテンで埋め尽くされていた。
まるでこの男だけが世界に存在しているかのようで、だとすれば何となく空恐ろしいような気もする。
それ程、目の前の男の美しさと言うのは、非現実めいているのだ。

 しかし、頬に触れる手は確かな現実性を持っている。
平時は専ら黒の手袋に隠されている皮膚は、滅多に日に晒されない事もあって、陶器のように白い。
健康的ではないよなと思いつつ、それに自分の手を重ねれば、確かに人の体温と言うものが感じられた。


「入れるぞ」
「……ああ……」


 必ず、セフィロスはこうやって次への合図を送る。
それがレオンには無性にこそばゆさを呼んだが、手前勝手な男ばかりに振り回されていた過去もあってか、なんとなく気遣いのようなものを感じていた。
存外、それは心地の良いもので、何も言わずに彼のこの儀式めいた短い遣り取りも受け入れている。

 レオンの膝裏が拾い上げられ、横へと持って行かれる。
足を大きく開いた格好にされるのは、年齢と経験の割に初心な所が抜けきらないレオンには、少々恥ずかしいものだった。
勝手に逸る心臓の音に極力気付かないふりをしている間に、硬くて熱いものがレオンの中心に宛がわれる。


「……は……っ」


 これからの事を想像して、緊張をほぐす為の吐息が漏れた。
太腿を撫でる手は、レオンを宥める為のものだろうか。
その指先が、レオンの薄く開いた下の口を捉え、くぱり、と柔く開くようにと促す。

 セフィロスは、蜜が溢れるレオンの恥丘に、自身の竿を擦り付けていた。
ずり、ずり、と硬いものが陰口の表面を摩擦する感触で、其処からじんじんとした痺れがレオンの躰に広がっていく。


「あふ……ん…、んん……」


 擦っているだけなのに、当たっているだけなのに───気持ちが良い。
口にするには恥ずかしいその感覚に、レオンは頭の中がぼうっとしていくのを感じていた。

 染み溢れだしたレオンの蜜は、彼女の双丘を、太腿を伝い、シーツにも零れて色を変えていた。
当然、その口に擦り付けられていたセフィロスの胴もたっぷり濡れ、男の欲望の準備を十分に整えさせている。

 セフィロスはベッドの端に転がっている枕の下に手を入れた。
レオンがセフィロスの髪を拭き始める前に、潜めるように備えておいたコンドーム。
封を切って自身に被せ、薄皮一枚の壁をまとった雄の先端を、受け入れる準備をとうに終わらせた秘口へと宛がう。


「ふ……っんん……!」


 ぬぷ、と先端が自身の穴を広げるのを感じて、レオンの眉間に皺が寄った。
指の時と同様、最初のこの瞬間の違和感だけはどうにもならないが、セフィロスの挿入はいつもゆっくりとしたものだから、焦らないように呼吸を続けるように努めた。


「は…はふ……、っふ……んん……っ」
「……熱いな……」
「あ……あぁ……っ…!」


 耳元で聞こえたセフィロスの言葉に、とくりとレオンの心臓が跳ねる。
同時に男を迎え入れた場所が切なく鳴いて、きゅうう、とセフィロスを締め付けた。

 柔らかくうねりながら絡み付く体温の感触に、セフィロスの額に汗が滲む。


「ふぅ……まだ、大して入ってもいないと言うのにな……」
「あ……っ、セフィ、ロス……大きく、なって…ん……っ!」


 レオンの胎内で、セフィロスの体積が増していく。
感覚として、まだ半分も言っていない筈だと言うのはお互いに判っていたが、既にそれぞれの体は喜びを示し始めていた。

 レオンの腰にセフィロスの腕が回り、しっかと抱き締められる。
普段は黒を基調とした服をしていること、タイトな造りのものを好んでいる所為か、セフィロスは一見細いシルエットをしているが、こうして抱き締められると、案外と体格が良いことがよく分かる。
背が高いから、厚みがあっても、あまりそれを感じさせることがないのだろう。
その背中にレオンが腕を回すと、背中や肩甲骨の盛り上がりが分かって、目の前の美丈夫が間違いなく“雄”なのだと実感させられた。

 対してセフィロスの方はと言うと、身を寄せ合う都度に、レオンの“女”を感じて已まない。
豊かに育った乳房が、二人の体に挟まれて形を歪ませながら、男にはない柔らかな脂肪の感触が直に伝わる。
それを徐に掴んでやると、「あっ」と声が上がった。
中への挿入の感覚に意識を浚われていた彼女にとって、不意打ちであっただろう場所へ───その頂でツンと尖っていた蕾を摘まんでやれば、


「あぁっ!」


 甘い悲鳴が上がって、セフィロスの耳を楽しませる。
もっと聞いてやろうと、摘まんだ乳首を指先で捏ねくってやれば、短い吐息を交えた声が何度も聞こえた。


「あっ、あぁっ……!セフィ、あっ……や……っ!」
「こうすると、お前の中もよく締まる」
「やぁ、あっ、あぁ……っ!」


 顔を赤くして頭を振るレオンに構わず、セフィロスは乳首を軽く引っ張った。
大きな乳房に見あってか、彼女の乳輪も少々大きく、乳頭は小指程のサイズがある。
その先端の小さな穴に爪先を当て、カシカシと小刻みに擦り引っ掻くと、セフィロスは彼女の中が強く締め付けて来るのを感じた。


「ふっ、ふっ、んん……っ!」


 ぴりぴりと痺れを孕んだ快感が、レオンの乳首から胸へ、下肢へと伝わって行く。
腹の中は連動したように熱くなって、もう直そこへ届くであろう男へと、媚肉を通して温度を伝えていた。

 胸への刺激により、断続的に震えては締め付ける彼女の中心部。
その奥園へ、セフィロスは殊更にゆっくりとした時間をかけて辿り着いた。
ともすれば互いに焦らされていると思う程の時間にもなって、二人は全身から高揚による汗を滲ませ、うずうずとした衝動に支配されていた。


「セフィロ、ス……ん、もう……っ」


 耐え切れなかったのはレオンだ。
男の名を呼びながら、レオンの腕が首に周り、縋るように体を密着させる。
はあ、と零れる吐息がセフィロスの喉仏を擽り、レオンの中で男の象徴がどくりと露骨な脈を打った。

 セフィロスがぐっと腰を押し付けると、中にあるものが奥壁を圧した。
堪らず「あぁ……!」と切なく甘い声を上げるレオンに、セフィロスの口端が上がる。


「行くぞ」
「はっ、ああ、っ……!」


 レオンの両の膝裏を、セフィロスの両手が掴んで押す。
折り畳まれた格好にされた息苦しさを、レオンは息を吐いて意識して逃がしながら、来るものに備えて心を決めた。

 ぎし、ぎし、とリズムよくベッドが軋む音を立て始める。
初めは緩やかなものから、それが徐々に速度と強さを増していく事を、レオンはよく知っていた。
指で丹念に解された蜜壺は、摩擦する竿の感触に心地良さを得て、レオンの女の悦びを花開かせていく。


「あっ、んぁっ、あっ……!セフィ、ロ……あっ、はぁ……っ!」
「はっ、は……っ、まだ奥まで、いけるだろう……っ」
「あ、んぅう……深く、なる……あぁ……っ!」


 セフィロスがレオンの躰に覆い被さる。
挿入されているものが、奥へと真っ直ぐに深く入って来るのを感じて、レオンは天井を仰いだ。

 セフィロスが自身の全てを納め切ると、レオンの奥園に隠れていた場所に届く。
其処が彼女にとって一番のウィークポイントである事を知っているのは、恐らくこの男だけだろう。
彼女でさえ知り得なかった其処は、セフィロスによって見付けられたのだから。


「あぁあ……っ!」


 そのスイッチを押されると、レオンはもうどうにもならなかった。
体中で官能を感じる為の細胞が一斉に目を覚まし、胎内にいる男に全てを支配されてしまう。
悶えベッドシーツを握りながら体を撓らせるレオンを、セフィロスはその腕でしっかりと捕えて、律動を始めた。


「あっ、あんっ、くふぅっ……!セフィ、そこ……あぁっ!」


 其処は駄目、と訴えても、セフィロスが辞めてくれる事はないだろう。
判っていても、レオンは感じ過ぎてしまう事への恥ずかしさと恐怖で、いつもそう口走ってしまう。
そうするとセフィロスは、そんなレオンの胸中さえも官能で塗り潰してしまおうとするのだ。


「あっ、あっ、あぁっ!だめ、あっ、うぅんっ……!」
「奥からいやらしいものが溢れ出してきているな」
「はあ、あっ、あんたの、所為で……あぁっ、んんっ」
「ああ、責任は取るつもりだから、安心して感じていろ」
「はっ、はっ、あっ、ひぅ……っ!んっ、あぁ……っ!」


 激しく、時に優しく、緩急をつけて秘奥を突き上げるセフィロスに、レオンはされるがままに喘ぐしか出来ない。
首に絡めた腕は、縋るだけの力は保っているものの、抗議に爪を立てることも出来ない。

 セフィロスの腕が、ぐっとレオンの腰を引き寄せる。
二人の中心部が全く隙間がなくなる程に密着すると、レオンは奥にあるものが弱点を抉ったのを感じて、甘い悲鳴を上げた。


「ひぅううんっ!」
「…っ……!」


 悲鳴と共に今夜一番の締め付けを見せたレオンに、セフィロスは一瞬息を詰まらせた。
直ぐそこまで来ている自身の欲望であるが、まだ弾けさせてしまうには早い。
まだ中断は取るまいと、セフィロスは衝動を歯を噛んで抑えながら、レオンの足を大きく開かせた。


「ああっ、やぁ……っ!見え、る……あぁっ!」


 雄を咥え込み、蜜を溢れさせ、しとどに濡れた自身の中心部。
繋がった場所をすっかり露わにさせられて、レオンは真っ赤になりながらいやいやと頭を振った。
だが、そんな嫌がる仕草とは対照的に、彼女の体は悦ぶように熱の温度を上げていく。


「やあ、はっ、あぁっ!あう、あっ、深いとこ…ああっ、突いて、んぁあっ!」


 セフィロスの律動の力強さが増し、腰骨が当たる度に皮膚がぶつかりあう音が響く。
股間を襲う刺激の度に、レオンは腹の奥を強く突き上げられ、重い衝動のようなものが下腹部に膨らんで行くのが判る。


「はあ、っ、だめ、あっ、来る……っ!また、来て……っ」
「ああ、我慢しなくて良い」
「はっ、だめ、や……あぁっ!んぁっ、あっ、ひうんっ」


 迫る感覚にレオンが本能的に耐えようとしていると、セフィロスはそれを打ち崩さんと、一層強く彼女の弱点を突き上げた。
打ち上げられたレオンの躰は大きく撓み、豊満な乳房がぶるんっぶるんっと踊る。
見下ろす者の視覚を大層に楽しませるそれを眺めながら、セフィロスはレオンの秘奥をずんっと突き上げた。


「あああぁんっ!」


 一際甘く甲高い悲鳴を上げて、レオンの躰は一気に登り詰めた。
大きく開いた足の爪先がピンと伸びて強張り、ビクビクと痙攣する。
深く雄を咥え込んだ秘園から、まるで漏らしたように勢いよく飛沫が飛び散って、淫らな芳香が部屋中に広がった。

 今夜最も深い場所での絶頂を迎えた躰は、それを齎した雄に全身でたっぷりと奉仕する。
艶めかしく温かく濡れた媚肉が、セフィロスを隙間なく包み込んで締め付け、嘗め回すように絡み付いていた。
それが齎す吸い付くような締め付けの中で、セフィロも遂に限界を迎える。


「く……っ、ううっ……!」
「あっ、んぁ……っ!震えて…あっ、あぁあ……!」


 引かない絶頂の波に溺れながら、男が自身の中で達した事をレオンも覚る。
薄ゴム一枚の壁の向こうで、濃いものが固まりになっているのを感じて、レオンはぞくぞくとした感覚が背中に走るのを自覚した。

 それからしばらくは、二人の吐息の音だけが聞こえていた。
抱き合う体を離すことも、その腕を解く事もなく、ただ逸る呼吸と心臓のリズムがもう一度同じものになるのを待つ。
その内に段々と汗ばんだ体に部屋の空気が冷たく感じられるようになって来て、暖を求めるように先に身を寄せたのは、セフィロスの方だった。


「ん……、セフィロス……?」


 覆い被さる男の重みが増したような気がして、レオンは疲労にとろりと重くなった瞼を持ち上げる。
銀糸が視界の端にあって、そちらを見れば、額に汗を滲ませた綺麗な貌があった。


「……セフィロス、」
「……ああ、聞こえている」


 もう一度名を呼ぶと、妙に甘い音を滲ませた返事があった。
世の女がこんな声を聴いたら、その気があろうとなかろうと、熱を舞い上げてしまうに違いない。
しかし、セフィロス自身には恐らくそんなつもりはない訳で、お陰でこの男も色々と疲れる出来事に振り回されていたそうだ。

 自覚がないのはどうしようもないよな───と、幼馴染が聞けば「あんたが言うな」と言われたのだろうが、やはりレオンにもそんな自覚はある筈もなく。
殊更に甘い声を持つ男の苦労を、勝手に想像しながら、レオンはその白い頬に手を添えた。


「疲れたなら、終わるか?」
「……そう勿体無い事は出来んな」


 有能振りの所為で忙しいことを労い半分に慮れば、存外と即物的な返事が返って来た。
しかし、セフィロスは自分の手をレオンのそれに重ねながら、


「お前に負担がかかるのなら辞めるつもりだ」
「それは、別に。あんたの好きにすると良い」


 事に及ぶのは疲れない訳ではなかったが、セフィロスとするのはレオンにとって厭うものはなかった。
気持ち良くしてくれるし、レオンが嫌がることもしない。
セフィロスがしたいと言うのなら、それに応じることは、決して吝かなものではなかった。

 それなら、とセフィロスがベッドに預けていた体を起こす。
重なり合っていた肌が離れて、滑り込んだ冷気がレオンの胸を撫でて行ったが、火照りの冷めない体にはそれ程気にはならなかった。




 日付を越えてもしばらくセックスは続いた。
お互いに疲れて、レオンが一度意識を飛ばした事で、甘やかな時間は終わる。

 レオンが目を覚ました時には、体は綺麗に清められていた。
情事の後の独特の倦怠感を覚えながら体を起こすと、丁度シャワーを終えて来たセフィロスが部屋に入って来た。
一度脱ぎ捨てたバスローブに改めて身を包んだ男は、よく気を利かせてくれるもので、グラスに入った水をレオンに差しだした。
素直に受け取り、口に運べば、水分不足の喉が心地良く潤って行く。

 温め直した体が湯冷めしない内にと、セフィロスもベッドに入って来た。
裸身のままベッドで寝ていたレオンの躰が抱き寄せられ、腰をしっかり捕まえられる。
この人を寄せ付けない美人な男が、意外と人肌好きであると知っているのは、レオンだけだ。
そんな一面を見せる相手がレオンしかいないのだから当然だが。

 やっぱり髪をちゃんと乾かさずに来たな、としっとりと水分を含んでいる銀糸を見つめるレオンに、セフィロスが言った。


「ザックスが言っていたんだがな」


 セフィロスにとっては後輩兼友人で、レオンにとっては幼馴染の友人である人物。
よくよく話題に上る人物であるから、うん、とレオンも深く考えずに相槌を打ったのだが、


「“お前らって、いつちゃんと付き合うの”だそうだ」
「……は?」


 共通の友人から出て来たという台詞に、レオンはぽかんと目を丸くした。
何を言われたのか、何を言い出すのかと言う表情で見詰めるレオンを、セフィロスはちらりと見遣った後にその目を伏せる。


「個人的にも親しく、夜も過ごす。まあ、普通の感覚からすれば、そういう話になるんだろう」
「……そうか。普通はそうかも知れないな」


 セフィロスの言葉に、レオンは遠くを見るように天井を見上げた。


「…でも、別に珍しくないだろう、俺達みたいなのは。学生じゃないんだから、よくあることだ」
「まあな」
「それで、色々言われているのも知ってはいるが……別に、それも。あんたが何か面倒と思っているなら、解消しても良いけど」
「それはお断りだ」


 逃がさん、と言わんばかりに、レオンの腰を抱く腕に力が籠る。
そう思ってくれるのならば、レオンとてセフィロスとのこの関係を失くす気にもならなかった。

 そのまましばらく、会話もなく何処か緩やかな時間を過ごしていたが、レオンに睡魔がやって来た。
一時意識を飛ばした程度では休憩に足りず、体は今一度の休息を求めている。


「……少し寝る」
「ああ」


 短い遣り取りだけをして、レオンは目を閉じた。
腰を抱く腕は相変わらず離れなかったので、少し窮屈さもあったが、裸身で過ごしている身に他人の人肌は心地良い。
それで抱く腕のことは赦すことにして、レオンはゆるゆると睡魔に身を委ねた。

 ────すう、すう、と規則正しい寝息を立てているレオンを見て、ふう、とセフィロスは一つ息を吐く。


(……“いつ付き合う”か)


 その脳裏に過ぎるのは、後輩に言われた一言。
良くも悪くも素直で明け透けな後輩は、よくこうして突き挿す一言をくれる。

 ……レオンとセフィロスがこう言う関係になったのは、打算的な所があってのこと。

 レオンは昔から碌でもない男に付きまとわれる事が多く、随分と苦労していたと言う。
そしてセフィロスも、生まれ持った才能や貌、培った地位を求めて、異性が集まって来ていた。
とかくセフィロスの“特別”になろうとする女達は、彼自身にとっては面倒な存在でしかなかった。
幾人かは物事を有利に運ぶ為に利用した事もあったが、その後の面倒の方が遥かに厄介で、女とはかくも面倒な生き物であることを痛感したものだ。

 そんなセフィロスにとって、レオンは心地が良かったのだ。
生真面目過ぎる所は少々解れた方が良いとは思うが、女としての意地であるとか、それを主張して武器にすることもない。
どちらかと言えば、さばさばとしている、と言って良いだろう。
それでいて面倒見の良さもあるのだが、求めない相手にそれを無理に押し付けることもしない、程好い距離感を取るのが上手かった。
そして、セフィロスが求めれば、その分には応じる。
それ位がセフィロスには丁度良かった。

 必然的に、セフィロスはレオンと言う存在を求めるようになった。
だが、その感情を彼女に伝えるつもりはない。
と言うのも、レオンが過去の経験により、男性と言うものに一種のトラウマめいた感情を持っていることが予想できたからだ。
セフィロスはそれを人伝に僅かに聞いただけではあるが、その一端だけでも、彼女に手を出した男を八つ裂きにしようかと思う程には嫌悪した。
同時に、彼女が求める以上のことは決してするまいと悟る。
それでも、長年によって培われたレオンの男への悪い印象は、簡単には払拭できまい。

 だから今の二人は、セックスフレンドと言う間柄なのだ。
セフィロスと言う完全無欠な男と特別な関係にあることで、レオンに近付く有象無象は大抵が尻込みし、女達もまた、レオンの有能振りに敵わない歯を噛む。
後者は聊か嫉みが強すぎてトラブルが起きはしないかと懸念はあるが、レオンに某か事件でもあれば、その犯人がどうなるかは判らない―――なんて実しやかな噂があるお陰で、軽率な輩の足は踏み出さずにいるようだ。
それが二人の関係の根幹にある、利害の一致と言うものであった。

 望んでもいないのに手前勝手に近付いて来るものを寄せ付けない為に、お互いの立場や存在感を利用し合う。
上司と部下と言うカテゴリに加え、打算と幾つかの要望と見返りを挟んで成り立つ関係。
煩わしくなればいつでも解消できると言う前提があるから、レオンも深く思い囚われる事無く、セフィロスの手が届く場所にいることを良しとしている。

 ────好いた女と閨を共にしながら、いつでも離れる準備をしている。
実際、それはは酷くもどかしくはある。
だが、レオンの一番柔い部分を未だに触れられない以上、急く事も出来ないものだ。


(……その甲斐あってか、大分、慣れては来たようだが)


 こうした関係になってから、セフィロスはレオンの嫌がることはしていない。
仕事に置いての遣り取りについては、これでいてセフィロスは彼女を甘やかしてはおらず、レオンも虎の威を借ろうとはしない。
あくまで仕事は仕事と割り切りっているから、悪戯に拗れることもなかった。

 セックスについてもそうだ。
初めの頃、分かり易く何かを警戒していたレオンだったが、最近はセフィロスの手に身を委ねるようになった。
あんたの好きにすると良い、と心地良さげな笑みを交えて言われれば、莫迦な男が喜ばない筈もないだろうに、何処までも彼女は無自覚に罪を重ねてくれている。
───それを思えば、二人の内情をそれぞれに知る友人達がやきもきするのも判らないではなかったが、


「………」


 傍らで眠る、密かな想い人を見て、セフィロスは小さく嘆息する。

 信頼は得ている。
体の相性も悪くはなく、彼女がセフィロスとの夜を強く拒む事もない。
夜の彼女の貌を見れば、憎からず思っているのかも知れない、とも受け取ることは出来るだろう。
そう言う貌を、彼女はセフィロスに向けて見せている。

 それでも、と思うのだ。


(……まだしばらくだな)


 過去の経験から、色事そのものを彼女は忌避している。
それも知っているから、セフィロスは辛抱強くあることを決めていた。

 眠るレオンの躰を抱き寄せ、温もりと心地の良い香りに浸りながら、セフィロスもゆっくりと目を閉じた。




唐突にセフィレオ♀が見たくなった。
お互いに経験は色々あるだけに、それに付随する人間関係の面倒臭さに疲れていて、体だけの関係と言えばそんな感じでもある。
進展はするものやらしないのやら。

甘い雰囲気にまで行かないけど、お互いのことは信用している位の距離感。
セフィロスは勿論、レオンの方も憎からず思ってはいるだろうけど、どっちもその辺の機微に鈍いので、ザックスあたりが一番やきもきしていると思う。
たまにそれぞれの相談を受ける後輩たちからは、「さっさとくっつけ正式に」と思われているんじゃないだろうか。