小さな約束


ウォーリアが学校帰りに立ち寄るスーパーは、その周辺で暮らす人々にとって、生活の要的存在であった。
最寄であること、生鮮食品は勿論のこと、二階フロアには生活雑貨と被服も少し扱っており、ちょっとした買い物なら此処で一通り済ませる事が出来る。
その為、其処で買い物をしていると、近所住まいの人々とばったり会う、と言う事も少なくなかった。

今日もウォーリアはそのスーパーで夕飯を買う為に訪れて、知り合いと偶然の邂逅を果たす。
が、その“知り合い”が一人で買い物をしていると言うのは、初めて見る光景だった。


「スコール」
「あ、ウォルお兄ちゃん」


ウォーリアが声をかけたのは、小学一年生の男の子だ。
男の子───スコールは、ブレザー姿のウォーリアを見付けると、ぱぁっと明るい表情を浮かべた。
その手には小さな体には少々嵩張るであろう、このスーパーの買い物カゴを持っている。

ウォーリアは辺りを見回して、スコールといつも一緒にいる筈の母親の姿を探した。
しかし、先ず遠く離れる事はしないだろう───何せスコールの方がいつも離れないから───母親らしき人は、何処を見回しても見付からない。


「親御さんはどうした?一人なのか?」
「うん」


母か、或いは父か、どちらかと一緒にいるとばかり思っていたウォーリアに、スコールは思いも寄らない返事をした。
一人で此処に来たのか、と普段は両親の陰に隠れるようにくっついている姿を見ているだけに、ウォーリアは驚きも一入に目を丸くする。

ウォーリアが驚いることは判ったが、その理由は判らないのだろう、スコールはきょとんと首を傾げる。
そのタイミングで、揺れたカゴの中でポリ袋に入ったジャガイモがころりと転がった。
転がる野菜の振動が伝わって、スコールはカゴを落とさないようにと持ち直し、


「あのね、お使いなの。お母さんに頼まれたんだよ」
「ああ───そうか。それは、偉いな」


説明するスコールの表情は、いつになく爛々として興奮気味だ。
恐らくは初めての一人きりでのお使いに、緊張もありつつも、頑張ろうとやる気になっているのだろう。

お使いメモもあるんだよ、とカゴを持つ手に一緒にしていた小さなメモ帳を見せるスコール。
見せて貰うと、確かに彼の母親のものであろう、すっきりとした綺麗な字で、必要な食材の名前が書いてある。
スコールはメモの上から順番に品物を探しているようで、次はニンジンを探さなくちゃ、と歩き出す。
ウォーリアは自分の買い物カゴを取ると、幼子の背中をゆっくりと追って行った。

ニンジン、トマトをカゴに入れたスコールは、次に豚肉のコーナーに向かう。
部位と切り方で沢山の種類がある豚肉パックを見て、ええと、ええと、とスコールはきょろきょろと棚を見回している。
どれを買えば良いのか判らない様子に、ウォーリアは隣に屈んで、


「スコール。メモには、何と書いてある?」
「えっと……ぶたにくのきりおとし、だって」
「では、これだな」


商品の詳細はバーコードつきでシールが貼られているが、まだスコールには読めない漢字だ。
代わりにウォーリアが商品を見付け、目当ての物を手に取り、スコールに渡す。

恐らく、買い物を頼んだ母としては、判らないことは店員に───と言う思惑も少しばかりあったのだろう。
人見知りが激しいスコールにとっては高いハードルではあるが、だからこそ一つ乗り越えて欲しい、とも。
それを思うと、ウォーリアの助け舟は少々余計なお世話かも知れないとは思ったが、偶然会ったのだから此処は目を瞑って貰おう。
そんな事を思ってしまう位には、ウォーリアはこの子供の事を気にかけていた。

スコールがパンコーナーで選んでいる間に、ウォーリアは傍にある総菜の棚から、夕食にするものを選んだ。
其処からスコールの下に戻るついでに、牛乳パックも取って置く。

スコールがメモにあるものを一通り手に入れられたのを確認して、二人は揃ってレジへ向かった。
スコールが先に会計を済ませ、ウォーリアは彼の支払いが終わるのをじっくりと待つ。
小銭を落としたスコールが焦るのを宥めつつ、拾うのを手伝って、なんとか無事にスコールの買い物は終わった。
袋詰めをしているスコールを横目に見守りつつ、ウォーリアも自身の買い物を済ませる。

最低限のものだけを買ったウォーリアに比べ、スコールの買い物袋は大きく膨らんでいた。


「大丈夫か、スコール。随分と重そうだ」
「だいじょうぶ!」


辛いのならば代わりに、と申し出ようとしたウォーリアだったが、スコールはきっぱりと言った。
うんしょ、と両手で袋を抱える様子は重みを感じさせるものだが、小さな子供は最後まで頑張ろうとしている。
これを取り上げるのは水を差す事になるだろうと、ウォーリアも出しかけた手を引き上げさせた。

重い荷物を持っているので、子供の足も自然と重くなる。
ウォーリアはその歩調に合わせ、ゆっくりとした帰路を歩いていた。


「一人でお使いが出来るとは、スコールは偉いな」
「えへへ」


ウォーリアの言葉に、スコールは頬を赤くしながら、嬉しそうに笑う。
いつも母の後ろをついて歩いている子供にとって、一人きりでの買い物は、きっと不安もあったに違いない。
だが、今のスコールは、それをやり遂げたと言う満足感と自信に満ち溢れていた。

スコールは抱えた袋を落とさないように持ち直しながら、高い位置にあるウォーリアを見上げて言った。


「お兄ちゃんもすごいね。毎日一人でお買い物してるんでしょ?」
「ああ」


ウォーリアは高校生であるが、一人暮らしをしている。
元々、身寄りのない孤児であったウォーリアは、今のスコールと同じ年の頃に養母に引き取られ、それからは彼女の下で育てられた。
そして高校生一年生になる時、受かった高校への毎日の通学路のことを考えて、一人暮らしを提案したのだ。
養母は心配もしていたが、貴方ならきっと大丈夫でしょう、と送り出してくれた。
その信頼を裏切らない為にも、ウォーリアは日々の生活を恙なく、無理なく、勉学と共に両立させる事を目標としている。

スコールとウォーリアが出逢ったのは、ウォーリアが独り暮らしに選んだアパートが、彼の家と近かった事が理由だ。
ウォーリアのアパートと、スコールの家とは、道を挟んで向かい合う位置に建っている。
ゴミステーションも共有の場所で、最寄スーパーも勿論同じであるから、折々に顔を合わせる機会に恵まれた。
そうして些細な交流を重ねる内に、人見知りが激しいスコールもウォーリアに対してすっかり慣れ、顔を見ると「ウォルお兄ちゃん」と呼んで駆け寄ってくれる程に懐いてくれた。

このような環境であるから、スコールもウォーリアが独り暮らしである事を知っている。
それがスコールにとって、ウォーリアへの憧れを強めるものとなっていた。


「お兄ちゃん、お買い物するのも、おうちにいるのも、一人なんでしょ」
「そうなるな」
「お休みなさいするのも、一人なんだよね」
「ああ」


ウォーリアの下に、同居人の類はいない。
アパートに住む際の規約もそれに殉じるものであったし、あの手狭な広さでは、二人でも中々窮屈になるに違いない。

だが、スコールにとって部屋の広さと言うものは問題ではなく、“一人”でいる事が先ず考えられないことだった。


「すごいなぁ……ウォルお兄ちゃん、おとななんだ」
「……大人、とは?」


年齢で言えばまだ成人もしていないウォーリアにとって、スコールの言葉は少し不思議なものだった。
どういう意味かと訊ねてみると、スコールは拗ねるようにも見える表情で唇を尖らせ、


「だって、おとなは一人でも寂しくないんでしょ?」
「それは────どうだろうか。確かに、私は寂しいとはあまり感じたことはないが……」
「やっぱりおとななんだ。僕、一人でご飯食べるの、おいしくないからイヤだもん」


お父さんとお母さんと一緒が良い、と呟くスコールに、ウォーリアは子供らしいと小さく笑みを漏らす。


「それにね、僕ね……一人でおやすみなさいできないの」
「そうなのか」
「うん……オバケが来たらどうしようって思ったら、こわくって。サイファーは、そんなのいるわけないって言うけど、でも……もしかしたら、いるかも知れないでしょ」


スコールがそう考える原点は何なのか、ウォーリアにはよく判らない。
だが、夏の心霊番組だとか、子供向けアニメでもオバケを取り上げる事はあるし、感受性豊かな子供の想像の始まりは、きっと何処にでもあるのだろう。
それをきっぱり否定する友達───よく名前を聞くので、恐らく友達───への羨ましさはあるものの、それも根拠のないものであるから、若しかしたら、をスコールはついつい考えて怖くなってしまう。

スコールの片手が買い物袋から離れて、ウォーリアの手に重なる。
オバケへの恐怖心を思い出したのか、きゅうと縋るように握る手を、ウォーリアはやんわりと握り返してやった。


「……サイファーがね。僕もいつかは一人で寝なきゃいけないんだぞって言うの。おとなは一人で暮らせるようにならなきゃいけないんだからって。それでね、サイファーはね、もう一人でおやすみなさいできるんだって」
「そうか。それは、強い子だな」
「……んぅ……」


よくは知らないが、それでもスコールと同じ年頃で、もう一人寝が出来るのなら、大したものだ。
そんな素直な気持ちをウォーリアが口にすれば、スコールはまた唇を尖らせた。


「……ウォルお兄ちゃん」
「なんだ?」
「……ウォルお兄ちゃんも、僕も一人で寝れるようにならないと、ダメって思う?」


スコールの問いに、ウォーリアはしばし考える。
自立心を養うと言う意味では、確かに一人寝が出来るかは重要な事であるし、いつまでも親に寄り添って貰っていなくてはいけない、と言う訳にもいかないだろう。
しかし、見上げる蒼灰色の瞳は、信頼できる大人からの寄り添いを待っているように見えた。

スコールは賢い子供で、幼いなりに周りのことがよく見えている。
父母に対しては目一杯に甘えているが、それでも空気を読んでいるようで、いつでも我儘を言うことはなく、タイミングを測っているように見える事も少なくなかった。
だから恐らく、周りの大人が“本当は何を思っているのか”をスコールは感じ取っている。
けれど、それでも今はまだ甘えたいと言う子供らしい気持ちもあって、信頼できる”おとな”からの反応を願っているのだろう。


「確かに、一人で眠れるようになるのは大事なことだろう。大人になると、そう言う事も増える筈だから」
「やっぱり……?」


ウォーリアの言葉に、蒼の瞳が不安そうに揺れる。
今はまだできない一人寝に、どうしても不安が募る様子の幼子に、ウォーリアは出来るだけ安心させられるように努めて続けた。


「だが、大人でも一人で眠るのが苦手だという人はいる」
「……そうなの?」


驚いた表情で尋ねるスコールに、ウォーリアは頷いた。

実際にそうった人がウォーリアの身近にいるではなかったが、それは今は問題ではない。
早く一人で眠れるようにならないと、と焦っている子供を安心させてやるのが大切なのだ。

スコールはぱちぱちと瞬きを繰り返した後、また俯いて、もじもじとしながら言った。


「じゃあ、僕、一人でおやすみなさいできなくても、大丈夫……?」
「ああ」
「でも、一人暮らし、できるようにならないとでしょ?お父さんとお母さんがいなくても、平気にって」


それなら一人で眠れるようにならないと、とスコールは言った。
其処には、一人暮らしをしているウォーリアのような“おとな”に対する憧れが混じっている。
不安が多くて今は出来なくても、いつかは───と願う気持ちは、スコール自身にもあるのだ。

ふむ、とウォーリアはしばし考え、


「では、スコールがもしも親御さんのもとを離れる時が来たら……その時、まだ一人で眠るのが怖いようなら、私と一緒に暮らしてみるのはどうだろう」
「え?ウォルお兄ちゃんと?」


ウォーリアの提案に、スコールは真ん丸な目を大きく開いた。
そんなこと良いの、と確かめるように見上げる少年に、ウォーリアは頷いてやる。


「親御さんから離れる時、誰もがすぐに一人きりから始める訳ではない。誰かと一緒に暮らす所から始める人もいる」
「誰かと一緒?……お兄ちゃんと一緒でも良いの?」
「ああ。勿論、君のお父さんとお母さんと、スコール、君自身が良いと言ってくれるなら」
「そんなの、全然、良いもん!」


駄目なんて言わない、とスコールは大きな声で言った。
よく知っているウォーリアの下なら、きっと両親も駄目だなんて言わない、と心からの確信を持って。


「でも、良いの?ウォルお兄ちゃんは、一人でおやすみできるんでしょ?」
「そうだな。だが、時には誰かと一緒に過ごしたい、と思う事もある。その時、スコールがいてくれたら、私は嬉しい」


その言葉を聞いて、スコールはぱちぱちと瞬きをした後、ふわぁ、と笑った。
ふくふくとした頬を赤らめ、照れたように頭を揺らす様子に、ウォーリアもくすりと唇が緩む。


「えへへ。じゃあ、お兄ちゃんと一緒に暮らすようになったら、僕が毎日ご飯作ってあげるね」
「スコールの手料理か」
「うん。僕ね、お母さんがご飯作るの、お手伝いしてるんだよ。お野菜、きれいに洗ってるんだ。ジャガイモの皮むきもできるよ」
「それは頼もしい」


一緒に暮らせるようになるのが楽しみだと、そう言ってやれば、スコールも大きく頷いた。

今はスコールが6歳、ウォーリアが高校生だ。
若しもスコールが早い独り立ちとして、高校生になる頃に親元を離れるとしても、その時にはウォーリアは社会人として暮らしているだろう。
となれば、日々の諸費用はウォーリアが工面する事になる。
その傍ら、スコールが食事作りを担当してくれるとなれば、その食卓は一人暮らしの今とは違う、温もりのあるものになるのではないだろうか。

とは言え、スコールが親元を離れるなんてことは、まだまだ先の話に違いない。
彼が高校生になる頃には、一人寝も慣れているだろうし、ウォーリアと交わしたこんな会話も、果たして覚えているかどうか。
忘れられていても無理はなく、そもそも、今はこうして繋いでいる手も、次第にもっと身近な友人のことを優先するようになるだろう。


(だが、今は────)


いつか離れるのだとしても、今はこうして、小さな手を握っていたい。
嬉しそうに何度も握り返してくる手の感触を記憶しながら、ウォーリアは家路をゆっくりと歩くのだった。

────それから十年の後、その遣り取りが現実になる日が来るとは、この時のウォーリアが知る由もない。




2022/08/08

『学生WoLと子スコのほっこり』のリクエストを頂きました。

知らず知らずに未来の約束をしていくWoLと子スコです。
年齢が離れているので、WoL自身はこの時点では親戚の子供を相手にしている気持ちだと思う。スコールの方が憧れ多めでWoLのことが大好き。
成長して行くに従って、スコールは素直な気持ちを表面い出せなくなるけど、心の底に子供の頃にWoLと話したことを覚えていて、結構それを頼りにして行くんだと思います。そして同棲に至る。