籠ノ鳥 7-3


 二年生は全員揃って、無事に進級した。
留年の可能性が示唆されていたティーダも、春休みの補習に駆り出され、無事に必要なだけの単位を取得する事が出来た。
三年生になると、スコール、ティーダ、ヴァンの三人は同じクラスになった。
ジタンも一年生から二年生となり、今までと変わらず、放課後には三人の下に合流して、一緒に遊んでいる。

 昼休憩も、以前と同じように皆で過ごす。
教室で、天気が良ければ屋上や中庭などで、好き好きに雑談をしながら食事をする。
最近の話題は、スコール達が三年生に上がった為か、将来───進路について話し合う事が増えた。

 昼休憩を迎え、賑々しくなる教室の隅で、スコールは静かに本を開いていた。
其処へ弁当を持ったティーダがやって来る。


「スコール、昼飯、屋上で食べよう」
「……ああ」
「あれ。スコール、それ、読んでるんスか?」


 机の上に開かれた本を見て、ティーダが目を丸くする。
それは今時の高校生が好んで読むような漫画雑誌ではなく、ビジネスマンが読むような経済誌だった。

 このクラス、学年に置いて、経済誌を目にする機会は少なくない。
女子生徒がとある理由で好んで購入し、仲間内で回し読みをしているからだ。
経済誌など、一介の高校生が読むには中々ハードルが高く、興味を注ぐものも少ないだろうと思われるが、この経済誌は、不定期に購読者層が一気に広がる時がある。
それは若くして大手商社の支社長を任された青年が、インタビューを載せているからだ。
この青年が、若くして大成した若手社長として、見目の良さと、"家族思い"と言う親しみ易いイメージで人気を博している。

 スコールが開いていたページも、彼のインタビューが掲載されている所だった。
そのページにはカメラを意識していないスナップショットも掲載されており、映った青年からは洗練された大人の雰囲気が滲み出ていた。
これが、若い女子高生やOLの心を掴んでいるのである。
無論、それだけが売りではなく、彼はインタビューにも誠実に応えており、本来の購読層にも十分通用する受け答えが出来ていた。

 ティーダは持っていた弁当を机に置いて、雑誌を見下ろした。


「スコール、最近この雑誌よく読んでるな。前は買ってる所も見なかったけど」


 その理由を、ティーダは朧気に理解していた。

 スナップショットに映っているのは、正真正銘、血の繋がったスコールの兄だ。
スコールは、家族が殊更に有名である事、自分がその弟である事を、余り快く思っていなかった。
兄の事は少なからず尊敬してはいるものの、彼がメディアに多く露出するが故に、弟である自分にも周囲から好奇の目が向けられる。
人目を煩わしいと思うスコールにとって、これは苦痛だった。
だから自分自身は、メディアに露出する兄の姿を追わなかったのだ。

 それがいつの頃からか、兄が出演した雑誌はさり気無くチェックするようになり、時には発売日当日に購入している事もある。
以前は、クラスメイトが「ほら、お兄さんが───」と言って見せに来ても、見るのも嫌だと言わんばかりの表情を浮かべていたのだが、何か心境の変化でもあったのか、とティーダは首を傾げる。

 ティーダは雑誌を手に取って、インタビュー記事を眺めた。
インタビューの内容は、殆どが経営の心得やら、経済の流れやら、ティーダには全く判らない話が綴られている。


「なんか……何喋ってるのか、俺には全然判んないけど……スコールは、判るの?」
「……いや」


 スコールも、経済だの経営だのと言う話は、まるで判らない。
恐らく、大事な事を話しているのだろうが、商学を学んでいる訳でもないごく普通の高校生には、違う世界の話としか思えない。


「じゃあ、何見てるんスか?」
「別に」
「別にって───あ、」


 凄く熱心に見ていたのに、何が別になのか、と言うティーダの疑問は、最後まで聞かれなかった。
持っていた雑誌をひょいと抜き取られ、スコールは雑誌を閉じて鞄に入れた。

 弁当箱を持って席を立ったスコールを、ティーダが慌てて追う。

 ティーダの呼ぶ声を背中に聞きながら、スコールはティーダに声を掛けられるまで読んでいたインタビューの終わりを思い出していた。

 兄へのインタビューは、その全容は専ら会社の経営に関する指標や、経済の動きについての言及であるが、最後の方はいつもプライベートに関する質問が寄せられる。
其処で見せる柔らかな表情や、家族への愛情を滲ませる言葉が、彼の人柄となって多くの人々を惹きつけているのだ。


『───このインタビュー中、世間は春休みシーズンですね。経営はお忙しい事と思いますが、家族旅行などの計画はありますか?

"いえ、生憎ながら。弟が来期で高校三年生で受験への取り組みが本格化するので、その前に楽しい思いをさせてやりたいとは思ったのですが、人の多い所が苦手な子ですからね。家でのんびりしていようと思っています。"

 ───弟さんと言えば、以前、思春期になってから友達と過ごす事が多くなっていて、少し淋しい、と仰っていましたね。

"そんな事も言いましたね。今はもう、大分落ち着いたので、寂しい事もなくなりましたよ。一度、大きな喧嘩もしましたが、そのお陰でお互いの事をちゃんと判り合えたので、結果的には良かったかなと思います。"

 ───雨降って地が固まった感じですか。

"そうですね。寧ろ、雨が降ってくれたから、ちゃんと分かち合う事が出来たのだと思います。一歩間違えれば、取り返しのつかない事にもなっていたかも知れないけど、そのお陰で、私にとってあの子が、他のどんなものよりも大切だと言う事が判りましたから。"

 ───仲直りも出来た事ですし、今度は、家族揃っての旅行計画が実現できると良いですね』


 そんなインタビューの後、一言二言、結びの言葉が綴られていたが、スコールは其処まで覚えてはいなかった。
スナップショットの兄の横顔が脳裏を過ぎって、スコールはこっそりと溜息を吐く。


(恥ずかしい事言うなよ)


 そんな事を思いながら、あれを繰り返し読んでいる自分も、相当恥ずかしい事をしているような気がする。
が、それを気付く者は誰もいまい。
あのインタビューで言った兄の言葉の本当の意味を知る者が、自分以外にいないように。

 後ろをついて来ていたティーダが隣に来て、スコールの顔を覗き込む。


「なんかスコール、顔赤いっスよ。なんか嬉しい事でもあった?」


 ティーダの言葉に、スコールは顔を逸らす。


「……別に、何も」
「ん〜、そうは見えないけどなー。ひょっとして、さっきのレオンのインタビューとか? レオン、何か言ってた?」


 わくわくとした表情で訊ねて来るティーダに、スコールの眉間に皺が寄る。
良いじゃん、教えてよ、とじゃれついて来る子犬のような友人は、実はスコールの内心を捉えているのではないかと思えて来る。

 スコールは嘆息して、興味津々と言う表情をしているティーダに向かって、一言。


「あんたも、ジェクトに対してたまには素直になってみろ」
「うえっ!?」


 突然の父の名前に驚きつつ、条件反射なのか、ティーダは苦々しい顔をする。
その反応を尻目に、スコールは階段前で手を振っているヴァンとジタンの下へと足を急がせた。



《終》

2013年に発行したレオスコ本でした。本を買って下さった皆様、有難う御座いました。
在庫切れになって長く、再販の予定もありませんので、Web再録に踏み切りました。人生初めての再録です。

基本的に拙宅のレオスコは、兄弟であるかないかに関わらず、結構べったり甘々なのがデフォルトですが、冷え切った間柄から始まる二人の話が書いてみたかったんだと思います。
スコールを顧みない、無自覚に独占欲を燃やして無体をするレオンとか、諦め悪く抵抗したり逃げたりするけど、肝心の所で逃げ切れずに捕まるスコールとか、書いてて楽しかった覚えがあります。
最終的には仲直り的ハッピーエンドと決めて書いていましたが、其処に至るまでギスついているレオスコと言うのが新鮮でした。
完結後の二人は、これまでの生活の反動みたいに、二人でよくイチャついてると思います。一生やってて欲しい。