夜の隙間に消える


 ────選べ、などと言われたのは、クライヴにとって初めてのことだった。

 十三年前のあの日、ベアラーの印を刻まれ、全ての意志を剥奪された。
命を命と思わぬ過酷な訓練も、魔獣の餌になるような作戦も、やれと言われれば拒否権はなかった。
このヴァリスゼアに置いて、ベアラーは古い時代から、そう言う存在として使われている。
ベアラー兵となってもその裁量は最低限度のもので、死にかける程の傷を負っても、治療の手など一番最後で、時にはそのまま見捨てられる。
ベアラーの為に某かの労力を割くよりも、捨てて次の道具を使った方が、人にとっては建設的なのだから。

 人の遥か下にあるものが、ベアラー。
動物や魔獣よりも、その命は軽く、権利などと言う言葉は最初から存在しない“モノ”。

 そんなベアラーの中でも、ヒエラルキーは存在する。
それは普通のベアラーよりも、ベアラー兵の方が顕著だった。
古参兵が新兵を犯すのは、鬱憤晴らしや性欲処理もあるが、ヒエラルキーにおいて、自身が何処にいるか、立場と言うものを刻み込む為にも行われた。
クライヴも複数のベアラー兵に囲まれ、抵抗も押さえ付けられ、男の矜持を奪われた。
それは何度も何度も繰り返されて、いつの間にかその行為が当たり前のものに感じる程になっていた。
次第に抵抗するのもバカバカしくなり、群がる獣たちを満足させてやった方が、自分の疲れも半分で済むことを知った。

 嫌だと言っても、誰も止めてくれなかった。
やれと言われれば、応じるしかなかった。
拒否をした所で折檻され、結局は従わされた。

 そんなクライヴにとって、シドの言葉は信じられないものだったのだ。
勝手に手が伸びて来る訳でもなく、触る訳でもなく、シドはクライヴの答えを待っていた。
その言葉の意味をゆっくりと飲み込むにつれ、薄暗かったクライヴの瞳には微かな光が戻ってくる。


「俺が……選ぶ……」


 呟いたクライヴに、「ああ」とシドは頷いた。


「このままお前を放っておくのも、ちょいと難とは、思うが。俺は嫌がる奴に無理強いするような奴にはなりたくないんでね。するならちゃんと同意の上で」
「……」
「だからって、はいどうぞって言うように、お前を誘導する気もない。それも無理強いと同じ事だ。だからクライヴ、お前がちゃんとお前の意志で、どうしたいのか選んでくれ」


 其処まで言い終えると、シドは口を噤んだ。
じっとクライヴの顔を見つめるだけで、彼が何か言うまで、動くことはしない。
外に出るにも、此処に留まるにも、クライヴが決めるまで待ち続けるつもりだ。

 クライヴは、幻でも見るような気持ちで、じっとシドを見つめている。
はく、と何度か唇ら開き結びと繰り返し、瞳が戸惑いを表して分かり易く彷徨っている。
自分の行動を決めてくれる誰かを探すベアラーの姿とよく似た仕草だ。
はいも、いいえも、選択権があることすらも知らない様に、彼がいた泥沼の闇の深さが見て取れた。

 ───クライヴの体に、じわりとした熱が浮かび上がる。
それを自覚するのは酷く嫌悪を伴うことで、抱えているのも悍ましく、早く消えて欲しいといつも思っていた。
長い間、散々に弄ばれた所為で、自分の躰はもう普通のものとは違う。
自分で処理をすることすら出来なくなったことに気付いた時、どれほどショックを受けたか、もう分からなかった。
それ以来、吐いて捨てる事も出来ない熱は、時間と冷たい空気で収まるのを待つしかなく、しかし特効薬でもなんでもないそれは、長い間クライヴをじわじわと締め嬲り続けるのが常だった。

 楽になりたい。
早くこの感覚を終わらせたい。
でも出来ない。
そんな雁字搦めのクライヴにとって、選択を委ねてのシドの言葉は、奇妙であると同時に、真綿のように柔らかく感じられた。

 ベッドシーツを握り締め続けていたクライヴの手が解け、そう、と伸ばされる。
その手がシドの肩のすぐ其処まで来て、ひたりと止まり、小さく震えを見せていた。
どれ程その迷いの仕草をしたか、曖昧な時間が過ぎた後、クライヴの手はシドの肩へと届く。


「……してくれ」
「……クライヴ」


 ぽつりと零された言葉に、シドは良いのかと問う。
今一度、その意思を確かめる為に名を呼んだシドを、クライヴの瞳が水を湛えて見下ろしていた。


「あんたなら……きっと、大丈夫だと思うから」
「……嫌になったら、その時は言えよ」


 此処で答えを一つ出したからと言って、それは絶対に守られる必要のないものだと、シドは言った。
クライヴが小さく頷いたのを確かめてから、シドはベッドへと片足を乗せる。


「後ろだけで良いのか」
「……それで良い。多分……」


 シドの確認に、クライヴは曖昧ながらもそう答えた。
はっきりとしないのは、何処をどうされるのが自分の躰にとって良いのか、分かっていないからだろう。

 シドはクライヴに下肢を脱ぐように言った。
言われた通り、直ぐに従うクライヴに、彼がこう言った行為を半ば受け入れているのが読み取れて、シドは漏れそうになる溜息を飲み込む。
クライヴがベッドに四つ這いになると、男二人分の体重を受けたベッドがぎしりと重い悲鳴を上げる。
シドは右手の手袋を外し、人差し指と中指に自分の唾液を塗して、差し出された秘穴に指を宛がう。


「……っ…!」


 ひくっ、とクライヴの体が小さく震えるのが分かった。


「……嫌なら早いうちに言え。その方が傷も作らなくて済む」
「……大…丈夫…だ……」


 シドの言葉に、クライヴはベッドシーツに額を埋めて答えた。
ふ、ふ、とくぐもった呼気が規則的に聞こえ、今から予想できる体の拒否反応を抑えることに注力している。

 中心部の穴に指を押し付けると、くぷり、と簡単に侵入する事が出来た。


「っう……!」


 とは言え、異物感はあるのだろう、クライヴの秘部がぎゅうっと狭くなって、シドの指を締め付ける。
しかし内肉はねっとりと柔らかい弾力があり、蕩けるように絡み付いて来るのが感じられた。

 ゆっくりと指を押し入れて行くと、侵入が深くなる感触を得てか、クライヴの唇からはぁっと吐息が零れる。


「う…く……」
「息止めるなよ」
「わか、って…いる……っ……」


 身勝手な男たちに弄ばれたその躰は、確かに男を迎え入れることをよく覚えているようだった。
シドの指を締め付けながらも、求めるように吸い付いて来る内肉。
クライヴが意識しての呼吸を繰り返す度に、連動したリズムできゅう、きゅう……と締め付ける感触が伝わった。

 指が半分まで入った所で、シドは関節を曲げてみる。
くん、と壁の上を押し上げられる感覚に、クライヴの腰がびくんと跳ねた。


「ふ……っ!」


 同じ個所をク、ク、と指先で持ち上げると、クライヴは奥歯を噛んで体を震わせる。
彼の股間では、ぶら下がるものがその頭をピクピクと震わせており、先端にはじわりとした汗が滲んでいた。

 二本目の指を穴に宛がうと、ひくりと孔縁が戦慄くのが見えた。
一つ指を咥え込んでいる其処を、二本目の指先でツンとノックすれば、クライヴは差し出すように腰を突き出してくる。
男としてはと酷く屈辱であろうその仕種も、クライヴにとっては処世術だ。
群がる男たちの支配欲を満足させる為のそれを見せられて、シドはなんとも苦い気持ちを抱いていた。

 二本目の指を挿入する。
クライヴの躰はこれもまたいとも容易く受け入れて行き、程無く刺激された壁の場所まで辿り着いた。
今度はそこを掻き回すように、ゆっくりと指で円を描いてやると、クライヴはベッドシーツを強く握り締めて、ベッドに乗せた膝をビクッビクッと弾ませた。


「ふ、ぐ……ん……っ!」


 押し殺しくぐもった声に、彼の顔を見ると、クライヴはベッドシーツに強く噛みついていた。
呼吸は鼻でする事で体の強張りを解こうと懸命にしているが、それで追い付かない程、クライヴの体は強張っている。

 シドは逡巡した後、クライヴの秘孔から指を抜いた。


「っうあ……!」


 ずる、と抜け出る感触に、クライヴが小さく声を上げる。
歯が布地から離れている隙に、シドはクライヴの肩を掴んで、振り向かせた。
クライヴは秘部に残る違和感に意識を浚われており、眉根を寄せてふるふると体を震わせている。

 シドはクライヴの体を抱き寄せ、腕を自分の背中へと回させた。


「……シド……?」
「捕まってろ」


 視界の変化にようやく気付いて、目の前の男の名を呼ぶ青年に、シドはそう促した。
クライヴはふう、ふう、と鼻での荒い呼吸を続けながら、シドの背に回された腕に力を籠める。
兵士として鍛えられた腕はしっかりと太く、シドがいつであったか最後に感じた、娼婦の嫋やかな腕とは比べものにならない程逞しかったが、微かに伝わる震えが、彼が見た目以上に稚拙おさない人間である事を伝えていた。

 シドはクライヴを腕に抱える格好で、もう一度手を下肢へと伸ばした。
兵士として役立つように餌は与えられたのか、彼の筋肉は厚みのあるもので、臀部もしっかりとした固さがある。
その谷間に沿って指を滑らせれば、ついさっきまで物を咥え込んでいた穴があり、入り口に触れるとふくりと動いた。


「っは……!」


 感触に敏感になっているクライヴが、縋るように身を寄せて来る。
重みはあったが、好きにさせて、シドは陰部にもう一度指を埋めた。


「あ……う……っ」
「舌を噛むなよ。出来るなら、口は開けておけ」
「っは……、は……っ、……っあ……!」


 クライヴは言われた通りに口を開け、短い音の漏れと共に、途切れ途切れの呼吸を続けている。
それが中途に詰まる事のないように、シドはゆっくりと指を彼の中へと進めて行った。

 先と同じ深さまで指が入り、シドはちらとクライヴの顔を盗み見た。
長い睫毛を携えた瞼を閉じ、眉間に皺を寄せながら、シドの言いつけに従うように、乱れた呼吸を繰り返す青年。
汗粒の滲む顔を見る限り、聊か苦しそうではあるが、少なくともその表情は痛みの類に歪んでいるようには見えない。
腸内はじっとりとした湿度を帯びており、指を動かしていると、くちゅ、くちゅ、と言う音が微かに聞こえ始めていた。


「……っふ……、は……、はぁ……っは……!」
「もう少し入れるぞ」


 シドの言葉は辛うじて聞こえたようで、背中に絡む腕が僅かに強張った。
シドは背中に爪の感触が当たるのを感じながら、指を根本まで挿入させる。
とろりとした蜜のような感触が、内側から染み出して、シドの指に絡み付いた。

 悪戯に傷付けてしまうことのないように、十分に注意しながら、シドはゆっくりとクライヴの内肉を解していく。
天井や横壁を指先がなぞる度に、クライヴの腰がぶるりと震えて、シドの耳元で熱を孕んだ呼気が漏れた。
艶めかしい感触と共に締め付けて来る媚肉は、まるで更に奥へと誘うように、奥園をヒクつかせている。
その戦慄く肉ヒダを指先で掠めてやると、


「っあ……!」


 ビクン、とクライヴの体が大きく跳ねて、縋る腕が解けた。
仰け反った体が厭を訴えるように強張り、指を埋めたままの腸壁が殊更固く閉じようとする。

 暗い天井を仰ぎ、はくはくと陸に上げられた魚のように唇を開閉させているクライヴ。


「クライヴ」
「……っ、……っ…!」
「息を吐け、クライヴ」
「っ……、っ……は……!は……っふ……!」


 ごくごく短い息が漏れた後、もう一つ二つとそれが続いてから、クライヴは息を吸う。
苦しさに喘いでいた肺に必要な栄養素が送り込まれて、ようやっとクライヴは呼吸の仕方を思い出していた。

 シドがもう一度クライヴの体を抱き寄せると、彼の腕がゆるゆるとシドの背中へと回された。


「……動かすぞ」
「……う……」


 シドが合図をすると、クライヴの閉じた瞼がふるりと震える。
聞こえているなら意識はあると、シドは一先ず進めることを良しとした。

 当てたばかりの勘所に、もう一度指を添えてみる。
ヒクッ、とクライヴの肩が震えたが、彼はシドの肩口に額を押し付けてくるだけだった。
壁に当てた指の腹で、その表面をなぞるように行き来させると、クライヴはビクッ、ビクッ、と体を震わせながら熱のこもった息を零す。


「っは……あ……、そこ、は……っ」
「嫌か」
「ふ……わ、から、な……でも、そこ……いつも……おかし、く……なる……っ」
「…イって済ませるんなら、此処が一番楽だ。どうする」
「……っん…、う……っ……」


 指を勘所に当てた状態で、どうしたいのかを聞いてみる。
クライヴの瞳が薄く覗き、物言わぬ壁天井を見つめるその瞳は、何かをぐるぐると考えて焦点を揺らした後、


「……は、やく……おわ、らせて、くれ……」


 この行為を長く続けられるほど、クライヴの精神状態は良くはない。
彼自身もその感覚があるのだろう、シドの背にしがみつく腕を強くして、訴えるように、小さな声でそう言った。

 分かった、とシドは言って、また指を動かし始める。
陰部の奥から分泌されたものが、狭い中で掻き回されて、くちゅくちゅといやらしい音を立てている。
クライヴは耳を塞ぎたがってか、シドの首元に顔を寄せて来た。
傷みがちの黒髪がシドの頬を擽る。


「少し体の力を抜けるか。呼吸しろ、大丈夫だから」
「ふ……っは……はぁあ……っ!」


 喉に詰まっているものを、クライヴは意識して吐き出そうと試みた。
何が其処に入っている訳でもない、出るのは吐息と、精々飲み込み忘れた唾液が口端から零れた程度だった。

 それでも、絶えず呼吸を続けたお陰か、次第にクライヴの体から過剰な力は抜けていく。
シドの指にも、締め付けばかりが強く感じられていたのが、緩やかな蠢きと共に絡むものへと変化して行った。
その艶めかしい内部を、シドは勘所とその周囲を中心に、小刻みに掻くように刺激を与えてやった。


「あ、あ、シド……っ!う、んん……!」


 クライヴは大粒の汗を滲ませ、引き締まった筋肉に覆われた腰を戦慄かせていた。
秘孔の奥でシドの指が動く度に、言いようのない感覚が腹の底から競り上がって来る。
これはなんだ、と初めての感覚に俄かに恐怖が浮かんだが、薄く目を開ければ、すぐ其処にアッシュゴールドの短い髪と、いつの間にか嗅ぎ慣れた煙草の匂いがして、奇妙な安心感が生まれた。

 感じることそのものに、クライヴの体自体は慣れているようだった。
シドが少し勘所を撫でるだけで、その躰は顕著な反応を示し、彼の中心部も頭を起こして蜜を滲ませている。
ただ、彼の精神の方が酷く不安定で、感じ入る事に意識を任せることも、逆らい拒むことも出来ない状態になっている。

 シドはクライヴの弱点一点を集中して刺激し始めた。
奥壁の手前にある其処を、指先で少し抉るように押し上げてやると、「うあ……!」とクライヴが声を上げる。
その音が消え切らない内に、同じ場所をノックし続けている内に、クライヴの呼吸の速度が上がって行く。


「あ、あ……!っは、シド……っ、あぁ……!」


 刺激を与える男の名を呼ぶクライヴの声には、戸惑いと熱が滲んでいる。
膨らんだ下腹部の熱が我慢の限界を訴えて、とろとろと先走りを溢れさせた。


「はあ、はあ……あ、あう……っあ……!」
「イけるか」
「あ、あ……わ、わからない……っく、うぅ……ん……!」
「もう少しって所か」
「は、はっ、う、うぅ……っん、ふぅぅう……!」


 クライヴの中心部は、もういつ吐き出しても可笑しくはない状態になっている。
刺激しているのは後ろだけだが、彼は確かに、それで十分な熱を得ているようだった。
それならと、秘部に埋めた指を激しく動かし、抜き差しを繰り返してやれば、クライヴはシドにしかとしがみつきながら、迫る官能の大波に身を捩らせた。


「うあ、あ……し、シド…っあ、来る……っ!」
「ああ」
「は、っあ、あぁ……!も、う……っくる、しい……っ!」
「我慢するな。そのままで良い」


 無理に留めるなと縋る男の体を抱いて、シドは駄目押しに奥壁をぐぅっと押し上げてやった。
最も感じていた場所を強く刺激されて、クライヴは息を忘れて背中を震わせる。


「っ……!っう……あぁ……っ!!」


 ビクッ、ビクンッ、と全身を強張らせながら痙攣させて、クライヴは遂に絶頂した。
痛い程に張り詰めていた彼の中心部から、びゅくりと勢いよく吐き出された精が、二人の腹に飛び散る。
服を脱いでおくんだった、とシドは苦い表情が滲んだが、それよりもクライヴだ。
恐らくは随分と久しぶりの熱の放出に、体の何かが箍が外れたのか、彼は何度も腰を震わせながら、振り切った官能の感覚に意識を持って行かれていた。

 長い絶頂の余韻に苛まれている間、クライヴの秘部はずっとシドの指を締め付けていた。
不規則な脈動をしながら、吸い付くように絡み付く肉の感触から、シドはゆっくりと指を引き抜いた。
密着した肉に擦れる指の感触で、クライヴの体がヒクッ、ビクッ、と弾む。


「あ……っ…は……っ」


 久しぶりの放熱の余韻は、初めての解放感を齎して、クライヴの表情がとろりと溶ける。
こんな感覚だっただろうか、と記憶の蓋を揺らすが、上手く思い出すことが出来ない。
それよりも、やることがある、と熱に浮かされた頭が勝手に回路を繋げていた。

 シドの背に回っていたクライヴの腕が解け、寄り掛かっていた体がゆっくりと起きる。
少しは頭が冷めたかと、シドが声をかけようとすると、ぼんやりと昏い光を灯した瞳が其処にあった。
まるで何か暗示にかかったように、クライヴはするりと動いて、シドの下肢へと身を寄せる。
その口元が、脚衣の前紐を噛んだのを見て、彼が何をしようとしているのかを悟った。


「おい、クライヴ!」


 頭を掴んで押しやるが、クライヴは噛んだ紐を離さなかった。
結びが解けて前が緩むと、直ぐにクライヴの手が伸びて来る。
待て、とシドはその両手を掴んだが、すると今度は彼の頭が直に下腹部へと埋められた。

 突き飛ばすのは簡単だった。
クライヴの体には大した力は入っておらず、シドが本気の力で投げ飛ばすなり、頬を打つでもすれば正気に戻せたかも知れない。
しかし、過去に無体をされる事にも慣れ切ってしまった青年に、それをするのは躊躇われた。
打たれるのも、詰られるのも、恐らくは延々と繰り返されたであろう彼に、自分が同じことをする訳にはいかない。

 シドが逡巡するうちに、クライヴはシドの雄を取り出していた。
躊躇わずに顔を寄せ、開けた口から舌が覗く。
唾液に濡れたそれがシドの先端に絡み付き、形を確かめるように、ゆっくりと這い回った。


「っこの……」


 シドに両腕を掴まれたままだと言うのに、クライヴは気にも留めない。
その無抵抗な様子が、また彼がこう言った不自由にすら慣れているのだと突き付けられているようで、シドは顔も知らない何処かの誰かに、強い嫌悪と怒りを抱いていた。

 掴んでいた腕を自由にすると、クライヴは両手でシドの雄を包み込んだ。
先端を舌先で突き、柔く握った胴に手淫を与えるクライヴは、同性への奉仕の仕方をよく心得ている。
娼館で此処数日を過ごしても、そう言う意味で世話になるのは控えていたから、シドも其処に刺激が与えられるのは久しぶりだ。


「ん……は……」


 口を開けて咥内へとシドを招き入れる。
生暖かい感触に包み込まれる感覚に、シドはぞくりと奔るものを自覚して、舌を打った。
そんなシドの様子にも気付かない様子で、クライヴは頭を動かして奉仕を行う。


「ん、ん……っぷ、ふ、ぅ……っ!」
「おい、クライヴ。クライヴ」
「は、はむ……ん、うん……っ」
「俺にそんなことしなくて良い。良いんだ」


 聞き分けのない子供に言い聞かせるように、シドは言った。
クライヴはようやくシドを見遣ったが、青の瞳はちらとしただけで、彼は直ぐにまた行為に没頭する。

 クライヴはシドを喉奥まで招き入れると、竿に舌を絡めた。
じゅるり、と唾液をまぶし音を立てながら、喉奥で先端を啜る。
鈴口からじわじわと堪え切れないものが溢れ出すのを悟って、シドは唇を噛んだ。


「く……!」
「ん、ぅ……は、ぢゅ……っ!ん、ぢゅぅ……っ!」


 どく、どく、と露骨な脈を打って、シドの其処はあっという間に張り詰めていった。
こんな事になるなら、適当に女を買っておけば良かった。
今更そんな事を考えた所で手遅れでしかなく、クライヴの舌の感触に、シドの熱は煽られていく。

 息を詰めて堪えるシドに、クライヴの舌遣いは益々大胆になっている。
長い舌がシドの根元を擽り、びく、と雄の反応を読み取ると、クライヴは其処を集中的に舐めた。
唾液に濡れそぼった雄が、じわじわと膨らみを増すのが分かる。
括れのある場所に舌の根を押し付けながら、じゅう、と音を立てて強く吸った。


「っ……クライヴ……!」


 流石にこれ以上はと、シドはクライヴの肩に手を置いた。
それだけで、びくりと震えた肩に、置いた手に力を入れる術を失う。
結局、その手はクライヴの頭を撫でるように添えただけだった。

 クライヴはシドの雄を深く咥え込み、喉で扱くように頭を前後に動かした。
生々しく濡れた咥内が、包み込んだ雄の象徴を高みへと導こうとしている。


「クライヴ……っ、もう離せ……!」
「ん、んぅ……ぐ、ぅ……っ!」
「う……っく…!」


 一際強く啜られて、シドの腰がぶるりと震えた。
脈打つ雄の限界に、クライヴは駄目押しとばかりに、咥え込んだものを強く吸った。

 出る、と悟った瞬間、シドはクライヴの頭を掴んで、強引に其処から離す。


「っ……!」
「っぷあ……!」


奉仕する事に夢中になっていたクライヴは、引っ張る力に逆らい損ねて、シドの肉棒から口を離した。
ずるっと舐めた舌の感触に、シドは歯を噛んだが、一歩及ばすクライヴの顔に白濁液が飛び散る。

 何処かぼんやりと、夢現にいる表情を浮かべて、クライヴはシドを見上げている。
白いものが無精な髭を生やした顎を伝い落ち、ねっとりとした糸を引いた。
シドは溜息を吐いて、シーツを引っ張り手繰り、クライヴの顔を拭く。


「目、入ってないか」
「……あ……?」
「……大丈夫そうだな」


 顔の中心から鼻筋を伝い落ちるものを丁寧に拭い、唾液と白濁が混じった口の周りも綺麗にしてやる。
クライヴは、じっとシドのする事を受け入れていた。
閉じることも意識していない、微かに開いた唇の隙間からは、精液に濡れた舌がある。
シドは何かないかと部屋の中を見回してみるが、安い一部屋であるから、水瓶の類は見当たらなかった。

 体の方も出来るだけ身綺麗にして、シドはようやく息を吐く。
クライヴの目元はとろりとし、このまま寝落ちてしまいそうな表情だ。
それならそれで構わないが……とは思いつつ、


「クライヴ。なんでこんな事した」
「……」
「しなくて良いって言っただろう」


 シドの言葉に、ようやく意識が戻って来たのか、クライヴは俯いた。
項垂れる姿が、まるきり叱られる子供のそれで、シドはがしがしと頭を掻いて、


「別に怒ってる訳じゃない。理由を聞いているだけだ」
「……」
「こう言うことが好きな訳じゃないだろう、お前は」


 クライヴがした事は、彼がこれまで強制された事に違いない。
思い出すのも悍ましいことなら、あんな真似はしなくて良いのだ。
過去の命令と経験から、しなくてはならない、と思い込んでの事なら、もうそれは捨てて良いものだ。
此処には、一方的にクライヴを犯し、その意思を殺すような者はいないのだから。

 クライヴは長く沈黙していた。
先の表情から、まだ寝てはいまいなとシドが顔を覗き込んでみると、長い睫毛が微かにぱち、ぱち、と動いているのが見えた。
それからややも時間が経って、


「……俺ばかりだったから。何か、返さないとと思って」


 クライヴのその言葉に、感謝の意であれなのか、とシドは頭痛を覚えた。

 顔を上げたクライヴが、じぃ、と此方を見ている。
青の瞳が不安を宿して揺れる様子に、シドは言いかけていた言葉を飲み込んだ。
今のクライヴに、常識めいた説教などした所で、彼を余計に追い詰めるだけだろう。
小さな子供のような表情を浮かべる青年に、シドは傷んだ黒髪をくしゃりと撫でてやった。

 ゆら、と傾いたクライヴの体が、シドの下へと寄り掛かる。
傭兵と見ても違和感のない大の男の体躯は、のしりと重かった。
耳元からは、すぅ、すぅ、と規則正しい寝息が聞こえて、彼がようやく寝落ちた事を知る。


(まるで子供だ。……いや……そうだな、こいつは……)


 一度呆れたシドだったが、直ぐに思い直した。
人生の半分をかけて戦士として十分な体躯に恵まれたこの男は、その見た目に反して、精神面の成長が歪な所で止まっている。
彼のこれまでの人生を思えば無理のない事で、寧ろよくも根が素直なまま、ここまで生きたものだと思う。

 シドはクライヴをベッドに横にしてやった。
乱れていた服を着せ、シーツをかけてやれば、いつも通りに寝ている様子と変わりない。
明日、ジルが起きるまでに彼が目を覚ますかは分からないから、問われたら適当に誤魔化してやった方が良いだろう。
最も、クライヴをよく知る幼馴染の彼女が騙されてくれるかは、微妙な所だが。


(だが、知られたくもないだろう。自分が何をされていたか、その所為でどうなったかなんて事は)


 他人にも話したくないことを、自分を慕ってくれる女性に言える訳もない。
勘の良い彼女が、上手く誤魔化されてくれる事を祈って、シドは疲れから重みを感じる体をベッドから下ろした。

 眠る青年を一人にする事は少し気掛かりだったが、目覚めた時に気まずい顔をされる気もした。
足音を立てずに部屋を出て、ようやっとシドは、彼を起こさないようにと詰めていた息を吐いたのだった。




 翌朝、目を覚ましたジルは、すぐに幼馴染の姿がない事に気付いた。


「シド、クライヴは……」
「ああ、少し風に当たって来るってよ。で、昨日分かったことなんだがな───」


 心配なのか、とにかく顔を一目見ておきたいのだろう、探しに行こうとするジルを、シドは適当な理由で留まらせた。
今後の作戦の為となれば、物分かりの良いジルも拒否はしない。

 幾つかの情報を整合していた所で、部屋の隅で丸くなっていた狼が頭を上げた。
すっくと立って扉の方へと向かえば、扉が開いて主人が入って来る。
ぱたぱたと尻尾を揺らして見上げるトルガルを、クライヴは小さく笑みを浮かべて頭を撫でた。


「クライヴ」
「ああ、ジル」


 名前を呼ばれて顔を向けたクライヴを、ジルはじっと見つめた。
クライヴがそんな幼馴染にことりと首を傾げていると、ジルの表情がほろりと和らぐ。


「よく眠れたの?クライヴ」
「ん……そう、かも知れないな」
「良かった。昨日よりも顔色が良いもの。最近、あまり眠れていないみたいだったから、気になっていたんだけど……安心したわ」


 ジルの言葉に、クライヴの目が気まずげに彷徨った。
ジルはそんなクライヴに、寝不足の原因を問うことはせず、傍らで行儀よく座っているトルガルに「良かったわね」と話しかけている。

 シドはそんなジルの様子に、煙草を咥えた口の奥で、こっそり舌を巻いた。


(……よく見てるもんだ)


 此処数日の間、クライヴが満足に眠れていないことも、恐らくは夜毎に長く部屋の外に出ている事も、彼女は知っていたのだろう。
同時に、クライヴがその理由を聞かれまいと思っているのも、きっと気付いていた。
誤魔化すも何もなかったなと、シドは自分の浅慮を反省する。

 クライヴは、シドの方を見ようとはしなかった。
昨夜の今日で気まずく、自分の弱みや過去を明かしたこと、その後の事も含めて、今は触れたくはないだろう。
此処にはジルもいるのだから当然だ。
シドも敢えて、彼に分かるようには視線を向けず、その様子を覗き見るに留めておいた。

 今日の予定について話し合うジルとクライヴの傍から、トルガルがシドの下へとやって来る。
トルガルはシドの腕に鼻を近付け、すんすんと匂いを嗅いでいた。
金色の双眸がじいっとシドの顔を見上げるので、頭を撫でてやる。


「あいつが望まないことはしてないさ」


 クライヴの本心が、その言動と何処まで一致しているかは、聊か不明瞭な所もあるものの、シドは少なくともそのつもりで接している。
賢い狼は、シドの言葉をそっくり理解しているかのように、オン、と小さく鳴いたのだった。




初出 2023/07/10(Pixiv)

初めて書いたシド×クライヴでした。
どうやらマイナー路線のようだと思いつつ、どうにか二次が増えないかと、書けば増えるの精神で、私の中のシドクラ像を出力。
28歳のクライヴは、自分自身を受け入れてからは大分落ち着きを取り戻し、オリフレムへ向かう道中でも、ベアラーとしては変だと言われる程、しっかり自分の考え方を口にできるようになっていましたが、13年間のベアラー生活は色々と根が深いよねぇ絶対って言う私の妄想。
ベアラー兵として生きる中で、目を着けられる条件が役満で揃っていると思うので、色んなことさせられたと思っています。
それを引き摺りながら生きていく彼に、シドには最初に彼を拾った義務感もありつつ、放っておけないと手を尽くさざるを得ない感覚になったら良いなぁ、と言うのが私のシドクラ像のようです。