ヴァイイング・ゲーム


 一仕事を終えて隠れ家に戻ってきた時、其処は変わらず平穏であった。
チョコボの愛嬌のある鳴き声に迎えられながら、エントランスを潜り、あちらこちらで話し声のする大広間に入る。
時刻が夕方手前とあって、奥天井から差し込む陽の光は限られつつあり、蝋燭の火がぽつぽつと足され始めていた。

 お帰りなさい、とシドの帰還を迎える声に、片手をあげて返事をした。
怪我はないか、外で何か事件はなかったかと尋ねる仲間達に、何事もないと返事をする。
実際、魔物退治は特別な問題もなく終わったし、巣の駆除も出来たし、何処かの国の兵隊に追われる事もなかった。
万事上手く行ったと言って過言もなく、これと言ったトラブルもなかったお陰で、シドは心地良い疲労感で一日の仕事を終えたと思った。

 隠れ家に戻ったらあれとこれと、と片付ける手順を頭の中で描いていたシドであったが、ともあれ、ひと心地に至ったお陰か、腹の虫が主張を始めている。
時間を思えば夕飯も近い頃で、厨房ではその準備に追われ、食欲を促進させる香辛料の匂いが漂っていた。


(何か食ってから行くか)


 匂いに誘われるまま、シドはラウンジに入った。

 夕食時と言うにはまだ早いからか、テーブルはぽつりぽつりと人がいるものの、何処でも座れる程度に空いていた。
そんな時間にシドがラウンジにやってくるのは珍しいもので、肉を捌いていたケネスが驚き混じりに歓迎する。


「シドじゃないか。戻ったのか」
「ついさっきな。腹が減ってるから、何か貰えるか?あとエールを一杯」
「ああ、ちょっと待ってくれ。すぐに用意するよ」


 肉を切る手を再開させたケネスは、処理の真っ最中だった塊を手早く解体すると、竈で鍋を掻き混ぜていたモリーに声をかける。

 動物の骨を煮込んで出汁にし、野菜の葉一枚も無駄にせずに具にした鍋は、ケネスが熱心に研究した香辛料の組み合わせのお陰で、とても美味い。
モリーはそれをスープ皿にたっぷりと注ぎ、もう一つの鍋から肉団子を三つ盛る。
ケネスは解体したばかりの肉から、新鮮で柔らかい色をした部位を切り落とすと、隠し包丁を入れて、鉄のフライパンで一気に火を入れた。
表面が良い焼き色となった所で皿へと移し、香辛料とハーブを添え、その隣にパンが並べられる。
そしてジョッキにエールが注がれ、揃えたそれらがトレイに置かれて、シドの前へとやって来た。


「お待ちどうさま。ゆっくり食って行ってくれよ」


 シドが食堂で時間を過ごすことは少ない。
何かとやる事が絶えず現れるのだから無理もない事だったが、皆の食事を一手に引き受けているケネスとしては、やはり食事は焦らずゆっくり摂って欲しいらしい。
今日ならシドにもその時間はあるだろうとウィンクするケネスに、シドは肩を竦めつつ、トレイを受け取った。

 さて、ラウンジのテーブルはそこそこに空いているが、何処で落ち着こうか。
まだ夕餉には早いとは言っても、この時間からとルールが定められている訳でもないから、ばらばらと人は来るだろう。
上の席からそれを眺めながら食うのも良い、とシドはラウンジの二階へ上ることにした。

 今日も今日とて勉強熱心に黙々と読書をしているナイジェルの邪魔をしないように通り過ぎる。
と、階段を登りきると言う所で、通りの良い声が聞こえてきた。


「───で、次。こいつとこいつ、それからこれで。それから残りの二枚がこう言う具合にペアになって。こういう形のもので、新しい一つの役になる訳だ」
「ふむ……これもさっきのも五枚使った役だが、強いのはどっちなんだ?それとも同等?」
「こういうので同等の強さってのはないなぁ。って事で、こいつの方が強い。さっきのは絵柄が同じであれば良い訳だから、数字の縛りはないんだよ。だから、絵柄ひとつで十三枚の内の五枚と、数字ひとつを四枚のうちから二枚+三枚揃えるってなると」
「成程。確率としては此方の方が狙い難くなるか」
「これを狙う時点で、三枚揃いはしておいて欲しいもんだな。その上でもうひとつ、勝率を上げておきたいって時に狙うと良い。コレより強い役もあるけど、上位に入る役だぜ」


 声の方向へと首を巡らせてみれば、思った通り、黒髪と金髪が向かい合って座っている。
ロストウィングで初めて顔を合わせた時の刺々しい雰囲気は何処へやら、金髪の男───ガブの声は随分と楽しそうだ。
それに応じる黒髪の男───クライヴの方はと言うと、至極真面目な様子で、ガブに何やら教えを乞うているらしい。

 クライヴがフェニックスゲートから戻ってきて以来、二人はよく話をするようで、すっかり打ち解けている。
クライヴは他者に対する拒絶的だった空気が緩和され、元来持っていたのであろう、人当たりの良さが表に出るようになった。
ガブは元々人懐こい所があるし、最初こそ警戒していたのは、クライヴがザンブレクの兵装を身に着けていた為に、ガブにとっては第一印象が最悪だったと言う点があるだろう。
あれからガブはクライヴの為に奔走し、クライヴは窮地にあったガブの命を救った。
お互いを信頼し信用するには十分で、今では酒を交わしながら他愛のない雑談をする事もある。

 その二人が顔を突き合わして、何の話をしているのか。
特に意味も理由もないものであったが、シドは暇潰しの気分で、二人の元へと近付いた。


「よう、邪魔するぞ。何かお勉強か」
「おっ、シド」


 隠れ家のリーダーの帰投に、ガブが明るい表情で顔を上げる。
その手には、大人の男の掌に収まるサイズの、年季の入ったカードがあった。
テーブルの中央にも、それと同じ様式のカードが大雑把な山になって積まれ、その横に表替えしたカードが五枚並べられている。

 これは、とシドが察すると同じくして、ガブが言った。


「クライヴにカードゲームを教えてたんだよ。こいつ、やった事がないって言うからさ」


 ガブのその言葉に、シドがクライヴへと視線を移すと、此方はカードを手に真面目な表情でそれを見詰めている。
その眼には、心なしか好奇心のような、幼心を思わせる興味の欠片が覗いていた。

 シドは隣のテーブルから椅子を寄せて、二人に相席させて貰うことにした。
カードの山の邪魔にならないようにトレイを置くと、ガブが「旨そうな匂いだな」と言ってスープを覗き込んでくる。
今なら貰えるぞと言えば、此方も空き腹に覚えがあったようで、クライヴにひとつ断りを入れてから、いそいそと席を立った。

 クライヴは山のカードを一枚一枚捲っては、しげしげとその絵柄を眺めている。
シドは食事を始めながら、飽きずにカードを眺めているクライヴの横顔を見ていた。


(カードゲームをやった事がない、か。まあ、こいつの環境なら然程おかしくもないか?)


 カードを使ったボードゲームの類と言えば、トランプを筆頭に色々と見るもので、生活の端々にそれに触れることも少なくはないだろうが、クライヴの場合はその出自と経緯が特殊だ。
元々はロザリア公国大公の嫡男と言う立場にあり、勉学の類は幼少から躾けられたものと思うが、其処に娯楽の類は少ないだろう。
戦術的・数学的な習いにもなるチェスは、王族貴族の間でよく用いられるものだが、クライヴはそれに触れるよりも、一兵卒同様に剣を握る立場となった。
兵士たちの間でこうしたゲームがやり取りされる事はありそうなものだが、其処に王子を誘うかと言うと、そう簡単に歓迎はされるまい。
ロザリア公国の崩壊後は、ベアラーとして、使い捨ての兵として使われ、娯楽など到底縁遠いものだ。
トカードゲームに馴染みがないのも、無理はないだろう。

 一階から戻ってきたガブは、シドが思った通り、肉団子入りのスープと、ジョッキを二杯持ってきた。
エールの入ったジョッキをひとつクライヴの前に置いて、自身はさっそくスープに口をつける。
期待通りに旨味がたっぷりと仕込まれたスープに、ガブは上機嫌に舌鼓を打った。


「うめえなあ、これ。クライヴも食うか?」
「ん……いや、俺は良い。まだ腹が減ってないんだ」
「そーか」


 食事よりも今はカードが気になるのか、クライヴの視線はずっと其方に釘付けになっている。
まるで初めての遊具を見付けた子供のような様子に、シドはくつりと笑みが零れた。


「商人や傭兵の間じゃ、カードは酒の肴になる事もあるが、流石にお前は触れる機会がなかったか?」


 立場を持つものであるが故に、娯楽に触れる機会は少ないだろうと、シドがそう尋ねてみると、クライヴはしばし考えるように口元に手を当ててから、


「まあ……そうだな。ずっと子供の頃に、一度だけ人から誘われたことがあったと思うが、多分それきりだ。物は遠くから見ることはあったけど。賑やかな席と言うのも得意じゃなかったし」
「遊ぶよりは剣の鍛錬、か」
「そんな所だろうな。遊んでみたいと思う事もなかったと思う」


 ロザリア公国があった頃───既に十年以上も前とあれば、当時のクライヴはまだ少年と呼んでも差し支えはなかっただろう。
しかし、立場と期待を持って生まれながら、そして持たざる者となった彼が、少年時代をどう過ごして来たのかは、シドにも想像できるものではない。
ただ、野山で伸び伸びと駆け回り、気ままに枝木を振り回していた訳でもあるまい。
彼が手に取るものは、自ずと洗練と選別されたものであったことは間違いない。

 それから不遇と言っても足りない年月を過ごした今になって、クライヴは初めて見たもののように、薄い板のようなカードに触れている。
物珍しさも募ろうと言うものだろう。

 クライヴはカードの山をひとまとめにし、トントン、と端を揃えた。
ガブが一度手本でも見せたのだろう、慣れない手つきでそれをゆっくりとシャッフルし、トップから順に一枚ずつ引いていく。
表替えして並べられたそれらは、四枚目まで同じスートが並んだが、最後の一枚が別の柄になった。
三枚目を捲った所から、微かに期待が滲んでいたブルーアイズが、眉尻を下げて苦笑する。
それを見付けたガブが、くくっと笑った。


「惜しかったな」
「ああ。それで、この一枚を交換して、次のを引いて───」


 絵柄の違う一枚を捨て、新たに山札から一枚を取る。
と、ブルーアイズが判り易く驚いた風に開いた。


「揃ったか?」
「ああ」


 五枚を並べると、絵柄が同じものが綺麗に並ぶ。
案外と幼さの残る眦が嬉しそうに緩んでいるのが見て取れた。

 ガブは肉団子を飲み込んで、口端の欠片を指で拭いながら、


「これよりもっと上の役は、形としちゃ判り易いんだ。数字が全部並んでるとか、それから更に絵柄も同じとかな」
「それはかなり難しそうだな」
「そうなんだよな〜。でも揃えられる奴ってのはいるんだよ。まあ、全くの運でってなると、そいつはよっぽど幸運の女神様に愛されてるんだって事になるんだろうけど……自力で揃える方法ってのも、なくはないからな」


 やり方は色々とあるのだと、含みを持たせて言うガブに、クライヴは首を傾げる。
遊びと言うものに疎い男にとって、ガブの言う“やり方”はどうにも想像し辛いのだろう。
そんなクライヴに、ガブはにんまりと笑って言った。


「試しにやってみるか、クライヴ。こう言うのは実際にやってみるのが理解も進むってもんだ」
「……そうだな。折角お前に教えて貰ったんだ。試してみよう」
「じゃあカードは俺が配るぞ」


 左手を差し出したガブの言葉に、クライヴは頷く。
ガブはクライヴが開いていたカードも揃えて山札に戻し、慣れた動きでシャッフルしてから、二人の前にカードが配られていく。
その様子を、シドはエールを傾けながらゆるゆると眺めていた。

 クライヴは配られたカードを一枚ずつ手に取り、ガブに見えないように揃えて開いた。
形の良い眉の間で、じわりとした皺が浮くのを見て、揃いが良くないようだと滲み出る。
シドはこれくらいの助言なら良いだろう、と基本の釘を指しておく。


「クライヴ、カードの具合を顔に出すなよ。良くない手合いってのがバレるのは、相手に塩を送ってるようなもんだ」
「む……そうか」
「カードの揃いは運だが、勝負の肝は駆け引きだ。弱い役しかなくても、強気な顔して、相手に投了させれば勝ちを取れるんだからな」
「そうそう。ま、今回は練習みたいなもんだ。気軽にやろうぜ」


 表情を気にして顔を手で触っているクライヴに、ガブはひらひらと手を振って言った。
クライヴは経験者のアドバイスに対し、相変わらず真面目な顔をしながら、ふむふむと聞き込んでいる。
その間も彼の手は、自分の口元やら眉間やらに触れていた。

 クライヴが顔の具合を気にしている間に、ガブはカードを一枚捨てて、新たにカードを取る。
それを見たクライヴも、自分の手元をじっと見た後、三枚を交換した。
改めてカードを見詰めるクライヴの表情は真剣さが滲んでいるが、シドの助言を受けてか、表情筋を動かさないように意識しているようだ。
長年、ベアラーとして心を凍り付かせていた所為か、彼の表情の動きはスムーズとは言い難い所もあるが、根は驚くほど素直な男だ。
緊張状態でもない今、眉根や目尻、口元には、存外と感情が反映されやすい。
これが勝負事において吉と出るか、さて、とシドはエールを傾ける。

 クライヴがもう一度カードを交換して、お互いの準備は揃った───が。


「……ガブ」
「ん?」


 クライヴは口元に手を遣って、しばし考え込むように眉間に皺を寄せた後、


「さっき、お前がカードを配った時なんだが、俺とお前で違う位置からカードを出していなかったか?」
「うっ」
「役を教えてくれている間は、一番上から全部取っていただろう。その方が取り易いし。配る時もそうだと思うが、勝負で配る時には、それぞれ違う場所から配るルールがあるのか?」


 ぎくっ、とガブの首が慄くように逃げた。
見遣る青の瞳は、様子を伺う体を見せていたが、其処には疑問混じりの不安めいたものもある。
自分の見間違い、勘違いと言う可能性もありつつ、そもそもこれは言及するべきことなのだろうか、と言う点もよく判っていないのだろう。
気になったので一度確認を取ってみた、と言う様子だ。

 だが、クライヴのその言葉は、シドのツボを突くのに適していた。
渋面で固まったガブと、返事がないことに首を傾げるクライヴに、シドの喉がくくく、と笑う。


「っは、よく見てるもんだ。残念だったな、ガブ」
「……あ〜……くそ、そんな気もしたんだよな。目が良い奴ってのはこれだから」


 ガブはがしがしと頭を掻いて、持ち札をぱらりと表替えして放った。
其処には同じ図柄が揃って並び、勝負に出るにもリスクは少ない手札であった。
それを見たクライヴが自分の手札を出すと、三枚のカードが同じ数字を重ねている。
役としてはガブに軍配が上がった事になるが、ガブはやれやれと負けた側の顔をしていた。


「バレてたんなら、こりゃ無効だな」
「見栄を張るなよ。バレた時点でお前の負けだ」
「……ガブの勝ちだろう?」


 ガブとシドのやり取りの意味が分からず、クライヴが首を傾げる。
先にガブから教わっていた内容と、記憶違いをしていたかと唸る様子に、シドはひらひらと手を振って、


「イカサマだよ、クライヴ。勝つ為にカードをちょいと操作して、自分の所に欲しいカードが来るように仕込んだんだ。だが、イカサマがバレた時点で勝負はご破算、イカサマ師は強制退場だ」
「そーいうこと。初心者なんてのはカモにされるから、気をつけろよーって言うアドバイスもしておこうと思ってだな」
「良い役揃えて凄いとでも言わせたかったんだろ?」
「いや、そんなことねえって。教えるならちゃんとこう言うリスクもあるって言っとくべきだろ?でもマジのイカサマ野郎が、これからイカサマしまーすなんて言うわけないんだ。だからこれは、より実地に近い勉強ってもんでさ」


 口数の多くなるガブに、シドは分かった分かったと手で制す。

 ガブの本音は何処にあるにせよ、実際に宿場の一角で交わされる、カードを使った賭け事には、こういった不正も珍しくない事だ。
彼の言う事も全くの間違いではないし、これで身包みを剥がされたり、最悪の場合は奴隷契約めいた関係を持ってしまう者もいる訳だから、必要な忠告ではあっただろう。

 何より、イカサマの手段と言うものは、知っていることで対策にもなる。
クライヴが見抜いたガブのイカサマは、カードを配る際に、平等にトップから配っているように見せて、自分に対してはボトムから配り出すと言うもの。
前提として、カードの山の中身の並びが仕込まれていることが必要だが、シャッフルと配り手を一手に引き受けることで出来る方法だ。
どちらか片方だけでも、役割分担することが出来れば───イカサマ犯の仲間がないことも前提とされるが───回避できる手法である。

 ガブは自身が行った手法について、ゆっくりとした手の動きをクライヴに見せながら解説して見せた。
まず、一度勝負をしようと言ってカードを集めた時に、先にクライヴが揃えていた同じ図柄の五枚をボトムに仕込む。
シャッフルは、そうしているように見せかけているだけで、実は全く混ざっておらず、集めた時のそのままの並びになっている。
そしてクライヴにはトップから、自分に対してはボトムから配ることで、ガブの手元には、同じ図柄の五枚が揃ってやってくるのである。

 其処まで聞いて、クライヴは得心のいかない表情で眉根を寄せる。


「でも、お前は一枚、カードを交換しただろう」
「ああ。だから正確に言うと、お前に配ったカードは、一番上のカードじゃないんだよ。その下の方から配ってたんだ」
「……一番上に一枚、下に四枚の目当てのカードを揃えて入れておいて……俺には上から二番目のカードを配り続けた───と言うことか?」
「そういう事。で、最初っから強い役がキレイに揃うってのも、不自然かと思ってよ。お前が手札を変える前に、頭の一枚を貰う為に、ササッと交換した訳よ」


 解説を咀嚼していくクライヴの言葉に頷きながら、ガブは自分の動き方について説明する。
同時に手元で、その時の動きを再現して見せた後、更にもう一回、と手札を配った時と同じ速さで行って見せる。
その動きは慣れているのは勿論のこと、ごくごく自然な手付きであり、目を凝らして見たとしても、不正な動きをしているとは思えない。
クライヴの動体視力が優れていたからこそ気付いた、と言って良いだろう。

 ガブはカードを適当にシャッフルして手遊びしながら言った。


「普通はそう簡単に分かんねえもんだよ。仕掛ける奴がよっぽど下手でなけりゃ。明らかにイカサマだって言えるような勝率取ってても、やる方もバレないようにやってる訳だからさ」
「イカサマをイカサマと見抜くには、現行犯以外にないからな。やってる最中を取り押さえて証拠を挙げなきゃ、イカサマだと訴えた所で、ただの難癖だ」
「だからイカサマのやり方を知ってるってのは大事なんだ。何処を見れば証拠が挙がるって分かるからな。さっきのやり方なんて本当、見抜くには此処を見るしかないし」


 此処、と言ってガブはカードの山を持った左手を翳して見せる。
このカードの山の動きと、配り手の指の動き・持ち方の形が大事なのだ、と。
カードゲームに明るくないクライヴがそれを見ていたのは偶然だったのだろうが、だとしてもガブの素早い手付きについていける目がなければ、その違和感には気付かなかっただろう。

 クライヴは自分の右手、左手を順に見て、


「……そのやり方、俺も少し試してみても良いか?」
「ああ。結構難しいもんだぜ」


 簡単には出来はすまいと、ガブは少しばかり得意げな表情でカードを渡す。

 クライヴは受け取ったそれを左手に持ち、「上から二番目…」「下から…」と呟きながら、目的のカードを引き出そうと試みる。
しかし、あまり細々とした作業に馴染みのない指は、その動きがぎこちないのは当然、山が崩れるように中途半端な所からカードが零れ落ちてしまう。
真剣な表情で、もたもたと手指を動かしながら、見様見真似に四苦八苦している男の様子は、なんとも微笑ましいものであった。

 クライヴが奮闘している間に、シドの食事はすっかり終わり、エールも空になった。
ガブが持ってきたスープも平らげられ、二人の腹は満足にしている。
さてそろそろ部屋に帰ろうか、とシドは思っていたのだが、


「……難しいな」
「だろ?俺も出来るようになるまでは苦労したもんだよ」
「相当練習したんだろう」
「まあな。お前もやれば出来るようにはなるよ。ま、その前にゲームのルールをちゃんと覚える所からか」
「そうだな……見ていればもっとよく分かるかも知れない。シド、あんたもこのゲームは出来るよな?」
「あ?」


 少しばかり気をそぞろにしていた所だったので、シドは一瞬反応が遅れた。
クライヴはそれを特には気にせず、カードをシドの前に置いて、


「あんたとガブで勝負している所を見せてくれ」
「そりゃ俺は構わないが」
「げっ、シドと?マジかよ」


 クライヴの提案に、カードの山札を手にしながら応じるシドとは対照的に、ガブが顔を顰めて半身を引いた。
それを見たシドの表情に、にやりと意地の悪い笑みが浮かぶ。


「なんだ、ガブ。俺に勝つ自信がないか?」
「あんた相手に真面にやって勝てる気がしないって。いつも勝ち皿キレイに持って行ってんのは誰だって話だよ」
「そりゃ偶々その時俺の運が良かっただけさ。今日はどうか分からんぞ」


 シドはそう言うものの、ガブの渋面は消えない。
シドは手元のカードを適当に引き、山札に戻してはまた引きと、手遊びしながら言った。


「じゃあ、俺に勝ったらエールを奢ってやる」
「俺が負けたらどうなるんだよ」
「ちょいとした雑用を頼むかもな」
「割りが合わねえ仕事になりそうだなぁ……」
「なら、エールだけじゃない、他に飲みたいものがあればそれも良いぞ」
「何でも良いのか?」
「太っ腹だろ?」
「くぅ〜……仕方ねえな、一回だけだぞ!」


 酒の誘惑に抗えず、ガブはクライヴからの提案を受け入れた。
それじゃあ、とシドがカードを配ろうとすると、ガブが「待った」をかけた。


「クライヴ、カードを配るのはお前がやってくれよ」
「俺?」


 もうすっかり見学のつもりでいたのだろう、クライヴがガブの言葉にきょとんと眼を丸くする。
ゲームに参加する訳でもないのに、どうして自分が、と首を傾げるクライヴに、


「イカサマ防止だよ。お前ならどっちかを勝たせようって贔屓したりはしないだろ」
「それは……まあ。そもそも、贔屓の仕方が分からない」


 ゲームを不正に操作するとなれば、それなりの知識と技術が必要だ。
この手の娯楽にまるで触れてこなかったクライヴに、そんな素養がある訳もなく、カードを配れと言われれば、山の一番上から順番に回していくしかない。
ガブがやったような、特定の位置からカードを引き抜いていくなんて、もたついて動きが何もかも丸見えになって意味もない。

 だとすればこれ以上の適任はない、と言うガブに、シドも頷いた。


「確かにな。お前なら俺も信用できる。ってわけで、ほら」


 シドは手に持っていたカードの山札をクライヴに差し出した。
クライヴは少し戸惑った表情を浮かべはしたものの、二人がかりに任されては、断っても詮無いと思ったか。
勉強前の一仕事を、彼はカードを受け取る形で引き受けた。

 クライヴは山札をゆっくり、丁寧にシャッフルして、ガブとシドにカードを配る。
二人はそれを一枚ずつ手に取り、揃った五枚の手札を眺めた。
クライヴがその表情を見回すと、やはり慣れたもので、シドは眉根一つ動かさず普段と変わらない顔をしているし、ガブの方も悠々とした表情でカードを見ている。

 ガブがカードを二枚交換し、シドは四枚のカードを交換した。


「さて。続けるか、降りるか。どうする?」


 シドが口角を上げた表情で言うと、ガブは唸るように手札を見ながら、


「このゲームで降りたら負けだろ。やるしかない」
「今日はそうだな」
「……此処で降りる場合もあるのか?」


 二人のやり取りに、クライヴが尋ねてみると、「場合によってはな」とシドが言った。


「今回は降参する意味もないが、例えばこれが金でも賭けている場合。幾らの金額を賭けるかって所で、失う額も得る額も変わってくる訳だ。其処で、自分の手持ちが強いならでかい額をかけてリターンの見込みを増やし、逆に弱ければ負けた時の損を減らす為に掛金を少なくする。その掛金にどれだけ強気に臨めるかで、相手の手札を想像することも出来る。で、明らかに強気に出してきた奴がいて、勝ち目がないと悟った時点で、手札を見せる前に降参を選ぶこともある訳だ。当然、自分が賭けに出した金は持って行かれるが、相手の掛金分まで浚われることはないとすれば、どっちの損が大きいかは想像が着くだろ?」
「損害を最小限に抑える為に降参を選ぶんだな」
「そう。そしてこの掛金の大小にも、勝負ってのはついて回る。強気な額を出した奴が、必ずしも強い役を持っているとは限らない。相手の降参を促す為に、はったりを仕掛けてくるのもいる。それで降りてくれれば、手持ちがハイカード(ブタ) でも勝つことが出来る」


 シドの話をクライヴが聞いている間に、ガブはカードをもう一枚交換した。
新たなカードを見たガブの唇が微かに尖るが、それはほんの一瞬で、すぐにいつもの表情が作られる。


「んじゃ、俺は決まったぜ。シドこそ降りなくて良いか?」
「俺はとっくに決まってるさ」
「よし、行くぞ」


 勝負、と合図の一声の後、シドとガブは同時に手札を場に出した。

 ガブのカードは、五枚の数字が7から上へと並び、絵柄はばらけている。
大してシドの方は、四枚のカードの数字が重なり、残る一つは、数字もなく魔物の絵が描かれたもの────ジョーカー、若しくはワイルドカードと呼ばれる、特殊な役割を持つカードだ。
それを見たガブが、頭を抱えて天を仰ぐ。


「マジかよ、そんなの!」
「悪いな。近い内に仕事をして貰うぞ」
「くっそぉ、こんなのに勝てる訳ねえって」


 ラウンジに響き渡るのではと言うほどに大袈裟にも見えるリアクションをするガブに、シドはくつくつと笑うばかり。
そんな二人の真横で、クライヴは習った覚えのないカードの並びに首を傾げていた。


「ガブ、これはどう言う役だ?四枚揃ってはいるが……」


 数字がぴったり揃うのが難しい、と言うのはクライヴも分かっている。
彼の様子からして、シドの役が相当強いのだと言うことも、なんとなく理解したが、こうも嘆く程の強手なのだろうか。

 ガブは金色の髪を一頻りぐしゃぐしゃに掻き乱した後、やれやれと溜息を吐きながら、教鞭を求めるクライヴへと体を向き直した。


「こうやって四枚数字が揃ってる時点で、俺の役より強い手だ。その上、こいつな」


 コンコン、とガブはモンスターのカードを指先で突く。


「こいつは足りないカードの代わりになることが出来るんだ。例えば二枚のカードの数字が揃ってる所にこいつが加われば、同じ数字のカードがもう一つ増えることになって、三枚揃いのスリーカードにランクアップ。ハイカード(ブタ) だったとしても、最低でもワンペアが成立する」
「種類問わず、どのカードにもなる……と?」
「そう。同等の役に比べると価値が低くなる場合もあるけど───まあ、そりゃその時のルールによるな。それで、今回の役なんだが、このワイルドカードが入ることで、五枚目の同じ数字のカードが揃ったことになるんだ。ワイルドカードはこのゲームじゃ基本的に一枚しか入らないから、この上はないって言う、最強の役なんだよ」


 なんでこんなのが揃うんだ、と苦々しい表情を浮かべながら、ガブは魔物のカードを指先でぐりぐりと押している。

 ワイルドカードがなかったとしても、ガブの手持ちの役では、シドに勝つことは出来ない。
それはガブも分かっているが、これがなければ、もっとカードを厳選して、粘り勝ちすることも出来たかも知れないのだ。
たらればの話は勝負に何の意味も持たないが、どうにも悔しい気持ちが煮えて、子供染みた八つ当たりをせずにはいられないのであった。


「あんたイカサマしてんじゃないか?一発で揃う訳ないだろ、こんなの」
「何か証拠でもあるか?」
「……ぐぅう」


 折角良い酒にありつけるチャンスだったのに、と嘆くガブを、クライヴは困った風に眉尻を下げて見ている。
シドはガブの肩をぽんと叩いて、「じゃあ仕事のことは後でな」と言って席を立った。
立ち去るシドの背中で、おいおいと嘆き出したガブに、クライヴが「エールなら俺が奢ってやるから」と宥めている。

 シドは厨房にトレイを返して、夕食時になって賑々しくなったラウンジを抜けて、私室の方へと延びる階段を上っていく。
思いの外ラウンジに長居をしたが、既に今日の仕事と言うのは終えているし、手紙の確認なりを済ませれば、もう眠ってしまっても構わないだろう。
その前に、エールは飲んだが、寝酒にワインの一杯くらいは楽しもうか───と思っていると、


「シド」


 呼ぶ声が後ろから聞こえて、振り返ってみれば、さっきまでラウンジで友人を慰めていた男───クライヴがいた。


「おう、どうした」
「明日、マーサの宿に行く予定だっただろう。そのことで昼間、マーサの所からストラスが飛んできたから、あんたにも伝えておこうと」


 クライヴの言う通り、明日は彼とジルを伴って、マーサの宿に向かう予定だった。
マーサの宿から近い、悲しみの入り江近辺で出没する、リスキーモブの討伐の為だ。

 リスキーモブの直近の目撃情報や被害状況の共有をし、明日の出発に向けて必要となる資材の確認を済ませる。
足りないものは明日、カローンを頼るか、現地で調達することになるだろう。


「───こんな所だな」
「ああ、了解した。ところで、ガブはどうした?」
「飲んでるよ。俺の奢りで」


 苦笑気味に答えたクライヴに、シドは肩を竦める。
判り易い嘆きようを見せてくれるガブであったが、切り替えも早い男だ。
一頻りグダを巻くように嘆いた後は、けろりとしているに違いない。

 連絡事項を済ませると、クライヴはやる事は終わったと、ラウンジに戻ろうとした。
が、ふとその眼に、白いものがちらつく。
それはシドが身に着けている服の端から覗いたもので、彼が持つ色としては明らかに異色の存在であった。

 立ち尽くしてじっと一点を見詰めるクライヴに、シドが首を傾げていると、クライヴの手がシドの無造作に開いたジャケットの隙間に伸ばされる。
その手から逃げもしないシドのジャケットの内側から、掌に隠れるサイズのカードが取り出された。

 つい今し方、それを使ったゲームを見ていた訳だから、当然、クライヴにもそれが何なのかすぐに理解する。


「あんた、これは……」


 青の瞳が胡乱に細められ、じとりとシドを見る。
遊びに詳しくないとは言っても、こんな所にこんなものが滑りこんでいる理由を察せない程、この男も鈍くはない。
長い時間沈んでいた環境の割りに、驚くほどに根は素直だが、真っ新に白い訳でもないのだ。
なんとなく、裏切られたと言うのか、失望めいた批難の気持ちが瞳には滲んでいたが、シドは肩を竦めて口角を緩めて見せる。


「いつまでも証拠品を手元に隠しておくもんじゃないな」
「……やっぱりイカサマか。ガブが怒るぞ」
「あいつも仕掛けてくる事はある。お互い様さ」
「そう言う問題じゃないだろう……」


 はあ、とクライヴは溜息を吐いて、今もまだラウンジで飲んでいるであろう友人を思う。
見学したいと自分が言ったばかりに、と若干の責任感を募らせている様子のクライヴに、シドは真面目な奴だと喉で笑う。


「酒なら今度奢るさ。これの詫びとは言わないが」
「仕事もさせるんだろ?」
「そりゃあ。仕事は仕事だからな。イカサマに気付いたのがガブ(あいつ) なら、話は別だっただろうが」


 ゲームが終わるまで、ガブはシドの仕掛けたイカサマに気付かなかった。
クライヴも、今ここでシドの懐から覗いたカードを見なければ、誰もこの真相を知る事はなかっただろう。

 手元のカードを見詰めるクライヴに、シドは言った。


「バラすか?ガブに」


 別に構わないが、と言う表情のシドに、クライヴは微かに眉根を寄せたが、


「……いや、今更だ。指摘するなら、ゲームの最中か、終わった直後に、証拠の掲示と同時に言うべきだろう。そうでなければ、ただの難癖だ」
「そういう事になるかもな」
「あんたの持っていたこのカードが、さっきのゲームに使ったものかも、俺には分からないし。……こんな所にカードを数枚だけ忍ばせているのも、大概、怪しいものだが」
「ま、いつでも隠し持ってるような奴は、常習犯だと言ってるようなもんだろう。俺も其処まで間抜けでも、詐欺師でもないつもりだ。お前がこうやって追ってこなければ、後で元に戻すつもりだったさ。誰も見てない所でな。と言う訳で、このカードは間違いなく、お前が勉強に使ってたカードだよ」


 言いながらシドは、懐から更に二枚のカードを取り出す。
ほかにもあったのか、と一枚だけでは飽き足らなかったイカサマの仕込みに、クライヴの整った眉が判り易く寄せられる。

 シドは二枚のカードと、クライヴの手にある一枚を指差して、


「このカード、そこそこボロいだろう」
「ああ。随分使い込まれているな。あちこち傷もついている」
「カードはゲームの他にも、算術系の勉強に使えるから、カローンが幾つか仕入れてくれたが、これだけ傷のついてるカードは、この1セットだけだ。だから、お前が勝負をしてみせてくれって言うのを、受けてやったんだよ」


 言いながらシドはクライヴの手からカードを取り上げる。
三枚のカードは数字も絵柄もバラバラで、これだけを見ても、一体どうやってイカサマに使うのか、クライヴには想像がつかなかった。
そんなクライヴの胸中を察して、シドはにまりと笑って見せる。


「この傷が教えてくれるんだよ。勝負に勝てるかどうかをな。相手が何を持っているか分かれば、こっちがどれ位の役を揃えれば勝てるか分かるだろう?」


 シドの言葉に、クライヴは顎に手を当てて、眉間に皺を寄せながらカードを見詰める。
使い込まれたカードは、表も裏も細かい傷が幾つもついており、この隠れ家で長い間愛されてきたのが感じられた。
それだけ長く使われてきた訳だから、当然、シドにとっても手に馴染みのあるカードセットに違いない。

 じっと見つめるクライヴの前で、シドは手の中の三枚のカードをシャッフルする。
かと思うと、三枚揃えて掌に包み込むように収めたそれをクライヴに見せ、くるりと手首を回す。
と、次の瞬間、シドの手からカードが跡形もなく消えていた。


「……!?」


 ブルーアイズが判り易く見開かれて、年齢の割に幼さのある貌が露わになるクライヴに、シドは更に手首を返す。
くる、くる、と手首を二回、回して見せると、今度は何処からともなく一枚のカードが現れる。
それから手首を回す度に、三枚のカードが入れ替わりに出現するのを、クライヴは白黒とさせた目で凝視していた。

 シドは最後に両手でカードを挟み、こすり合わせる仕草を見せて、両手を離し開いた。
其処にあった筈の三枚のカードはまたしても、跡形もなく消え去って、クライヴはきょろきょろと足元を見回すが、何処にもそれらしいものは落ちていない。
魔法どころか、まるで幽霊でも見たように、青い瞳がシドを見るものだから、シドは笑い出さずにはいられなかった。


「良い反応だ」
「……カードは、何処に?」
「此処にある」


 辺りを見回すクライヴの前に、シドは手首を返して、カードを一枚、出現させる。
どう言う現象なのか意味が分からないのだろう、背中を丸めてまじまじと手元を覗き込んでくるクライヴに、シドは種明かしと、手の甲を見せてやった。


「あ」


 其処には、湾曲したカードが二枚。
カードはシドの人差し指と中指、薬指と小指の間に、端と端を挟んで隠されていた。
シドの手を盾にして、クライヴから見えない位置に、カードはずっとあったのだ。


「仕掛けはふたつだ、クライヴ。ひとつはカードそのもの。もうひとつは、こう言う方法で、自分の手札が有利になるカードを隠し持っておく。あとは不自然にならないように、手元にきたカードと、隠し持っておいたカードを入れ替えれば良い」
「…理屈は分かった。でも、隠し持つなんて、そんなのは一度自分がカードを手にしていないと────」


 其処まで言ってから、はたとクライヴは気付いた。
勝負を見せてくれ、と言ってクライヴがカードを差し出した後、ガブが勝負を受けるまで、シドはその山札を触っている。
配ることはガブの提案で阻止されたが、その前にシドは優位を取れるカードを抜き取っていたのだ。
クライヴにもガブにも気付かれないように、会話をしている間、ごくごく自然な仕草と技術で、堂々と。

 細かなその技術や方法はさて置くとしても、シドがいつ何をしていたのか、クライヴは理解したようだ。
そんな時から、と驚いた表情を浮かべる青年に、シドはカードを持つ手をひらりと揺らし、


「こう言うものは、勝負が始まる前から始まってるんだ。とは言っても、技術や方法は幾らでもあるが、一番は度胸だな。何を仕掛けるにしても、自分がビクビクして挙動不審になれば、あっという間にバレて終わり。戦闘と同じだ、次に自分が何を仕掛けようとしているのか気付かれれば、作戦は台無しだろう」
「確かに、そうだな。動揺も顔に出せば読まれる、付け入られる隙になる」
「そういう事だ。だからお前も、もし何処ぞで賭け事にでも誘われたら、その席に座る前に十分警戒して置いた方が良いぞ。人食いは、同じ人間の顔をして其処に座っているもんだ」
「……覚えておこう。あんたが案外、底意地が悪いのも含めて」
「人聞きの悪い。結構大事な話だぞ、お前はいまいち警戒心が足りないようだからな」


 余計な一言で刺してくれる男に、シドはカードの端でその肩を小突いてやる。
クライヴはその指摘に対して、心外だと言う表情を浮かべたものの、反論はしなかった。
自分の警戒心の度合いについて、自覚のあるなしは置いて、人からの忠告は真面目に聞き入れる程には、出来た人間だ。
シドは癖のある黒髪をくしゃくしゃと掻き回しながら、おい、と叱る声を無視して言った。


「お前も少しは、嘘やはったりが出来るようになってみろ、クライヴ。世の中、正直なだけでやっていける程優しくはないからな」
「わ、分かってる、から、やめろっ」


 乱雑に撫でられる所為で頭が揺れるものだから、クライヴは右手で払ってシドの手を退ける。
中途半端にあちこち跳ねた黒髪に、ただでさえ整い切らない所のあるシルエットが、より無精気味になっている。
ジルが見たら櫛を持ってきそうなものだが、それでこの癖毛が何処まで大人しくなってくれるのかは、微妙な所だ。

 流石に前髪で目元が隠れるのは鬱陶しいのか、クライヴは前髪を手で掻き上げている。
そうして露わになる澄んだ青色の瞳は、何処までも底抜けにお人好しの空気が否めない。
十三年の不遇と呼ぶにも足りない時間を過ごしても、何処かで人間を嫌いになり切らなかった青年の横顔に、シドの眦が微かに緩んだ。


(まあ───お前はそれだけ真っ直ぐでも良いのかもな。それがこの先、どう転ぶかは、まだ分からないが)


 愚直な人間が真っ直ぐに信じる道を進んで生ける程、このヴァリスゼアと言う世界は優しくない。
シドは短くはない人生で、それを嫌と言うほど感じて来た。
それでも、まだ人間は捨てたものではないのだと希望を抱き続けたいと思っている。

 目の前の若い芽は、何処まで真っ直ぐに育って行くだろう。
願わくば何処までもと思いながら、それが世界の理を曲げることと同じ程に難しいことは、分かっていた。




隠れ家の男三人、仲良しの図。

16のアートワークに、カードやダイスがあるのを見てから、ヴァリスゼアにも少なくともトランプカードの類はあるのだと思いまして。
ゲーム中では、「世界の危機が目前に迫っているような状況で、クライヴはカードゲーム等の娯楽に時間を費やすことはない」と言うことで削られたミニゲーム系。キャラクターとしてはそうだろうなと納得しつつ、それならカードゲームに馴染みのないクライヴが、シドやガブにそれを教わったりする所が見たいなあ、と言う妄想から書きました。
純粋にゲームを楽しむならばイカサマなんて当然ご法度なんですが、あの世界にはアウトローも多そうだし、場末の宿や酒場なんかでは、酔っ払いがそう言う遊びをしたりもするだろうなと思って。となれば、シドは娯楽として楽しみながら、必要があれば駆け引きとして手段の一つとしていそうだし、ガブも遊びは遊びとしつつ、こちらも情報収集等の手段の一つとして利用する事ありそうだなぁと思いました。
クライヴは少年時代に兵士の間で揉まれてもいそうですが、やはり立場上、遊びに触れる機会は少なそう。誘えるのは叔父さんくらいだろうし。ベアラ―兵時代は周囲と交流するような精神的余裕もないと思うので、ティアマット隊でも他の皆が息抜きにしていても、参加しないだろうなーと。

ついでにクライヴは手品もあまり見たことがなさそうなのと、シドなら出来そうって言う期待も添えたのでした。
種も仕掛けもある手品、やり方を知っている人にしか分からない、ファンタジー世界の魔法とまた違う奇跡のように見えそうな。