瘡蓋に滲む


 隠れ家への手土産に、不足していた鉱物を少しばかり分けて貰おうと、鍛冶屋に相談していた。
それも概ねまとまり、少なくはあるが次にカローンが仕入れてくれるであろうタイミングまでの繋には出来ると、減った財布の代わりに重くなった素材用の布袋に気をよくしていた所だった。

 宿屋の裏手で涼んでいた筈の狼が、一匹でシドの元までやって来た。
賢いもので、悪戯に無体を働いて来るような輩でもなければ襲うことはしないし、マーサの宿の集落の人々にとっても、彼は見慣れつつあるものだ。
お陰で狼が一匹で闊歩していても騒ぎになる事はなかったが、しかし指示もなくそんな事をする性格でもない。
何かあったかと眉根を寄せれば、思った通り、トルガルはシドの服袖を噛んで、早く来い、と言わんばかりにぐいぐいと引っ張った。

 トルガルがそうやって急かす時と言うのは、十年以上の時間を経て、ようやくの再会が叶った相棒に何かが起きている時だ。
集落はこれと言って喧噪の気配もなかったが、ザンブレク兵の姿も多く、嘗てその軍にベアラー兵として籍を置いていたクライヴのことを思えば、気掛かりも少なくない。
宿もすぐ其処だからと、先に一人帰らせたが、何か面倒に捕まったか、とシドも急ぎ向かった。

 トルガルの誘導に任せて宿の裏手へと着くと、其処にクライヴは立っていた。
背を向けていたので表情は分からなかったが、彼の前にザンブレク兵が立っているのを見て、シドは眉根を寄せる。


(絡まれたか)


 ザンブレク皇国でベアラー兵と言うのは往々にして扱いが酷い。
皇都近辺が特に酷い傾向があるものだが、其処から離れたロザリア領でも、支配国として常駐しているザンブレク兵の中には、ベアラーを物とも思わぬ者は少なくなかった。
昨今は大公派の粛清が過激化している事も伴い、ベアラーそのものを排除すべきもの、と唾棄する者も目立ちつつあるとか。

 そういった類にクライヴも絡まれたのかと思ったが、近付いてきて、どうも妙な雰囲気がある事に気付く。


(あの目は────)


 クライヴを見る男の目に、卑しいものがぎらついている。
それが低俗な欲を隠しもせずに浮かべているのを悟って、シドは首の後ろがひりついたのを自覚した。

 トルガルが今にも兵士に飛び掛からんばかりに、ぐるぐると喉を鳴らしている。
シドはその背中を叩いて宥めながら、


「兵隊さん。すまんが、そいつは俺の持ち物なんだ。ベアラーだからって、勝手にして貰っちゃ困る」


 シドの言葉と共に、オン、とトルガルが吠えた。
それにクライヴの肩が判り易く跳ねて、一瞬、足元が踏鞴を踏む。

 ザンブレク兵が胡乱な目でシドを見た。
邪魔をするなと言わんばかりの厳めしい表情を浮かべているが、シドは構わず近付いて、動く様子のないクライヴの腕を引く。


「兵隊さんだからって、人のものを勝手に持って行こうってのは、立派な窃盗になると思うがね。せめてこっちに話を通してくれないか」
「ふん。だったらそうしよう。そのベアラーを一晩貸せ」


 男は厚顔にも、当たり前の権利であるとばかりに、そう言った。
こいつは躾の悪い奴だな、とシドの瞳にもじわりと怒りが滲み、足元ではクライヴの前に割り込んだトルガルが、牙を剥き出しにして男を睨んでいた。


「お断りだな。忙しいんだ、あんたに貸してる暇はない」
「幾らだ?」
「生憎、困っちゃいないんでね。いらんよ。あまりしつこいと、あんたの上官殿に報告させて貰うぞ」


 誰がこの男の上に立つものかなど、シドも知る由ではなかったが、この脅しはそれなりに効いたようだった。
男は苦々しい表情を浮かべると、惜しいと言う目でクライヴを見る。

 シドは今にも男の喉元に食いつきそうなトルガルを宥め、「行くぞ」と言った。
それはクライヴにも向けた言葉ではあったが、彼は沈黙したまま、反応を見せない。
クライヴが歩き出したのは、トルガルの躰に膝を押されて、ようやくの事だった。

 宿屋に戻り、夕食時の賑やかな喧噪の食堂を素通りして、屋根裏部屋へ上がる。
クライヴに預けていた荷物は、無事に此処まで手放されずにいたものの、中のパンがすっかり潰れていた。
抱えている間に、彼が力いっぱいにそれを抱き潰してしまったのが分かったが、叱れるものでもない。
食べれなくなった訳でもないので、シドは気にしない事にした。

 屋根裏に来るまでも、上ってからも、クライヴは一言も発さない。
ちらとシドがその顔を見遣れば、酷く薄弱した青の瞳が、焦点を忘れて彷徨っている。


(拾った時でも、こうはなかった)


 ベアラー兵として脱走したばかりの頃、クライヴは人との会話も覚束ない所はあったが、此処まで戸惑いが見える顔はしていない。
似ていると言えば、自身に隠されていた力を知った直後、その現実に打ちひしがれていた時だが、こうも瞳は惑ってはいなかった筈だ。

 クライヴは屋根裏に上がると、天井の低い隅に蹲った。
安易に触れる事は躊躇われ、シドは一旦、食堂に行ってくると声だけかけて梯子を下りる。
宿の前までついてきていたトルガルはどうしたかと、玄関から外に出てみると、すぐ其処に彼はいた。
裏手の方が人通りも少なく、休むには快適だろうが───と思っていると、階段を下りた向こうに、先の男が立っているのを見付ける。


「成程。仕事が的確だ」


 獲物惜しさに追ってきたか、主として振る舞うシドの目を掠めて、クライヴを持って行こうとしたのかも知れない。
しかし宿屋の客と言う訳でもないようで、番犬宜しく、トルガルが陣取っているものだから、近付く気にもなれないようだ。

 シドはトルガルの頭を撫でた。
トルガルの耳がちらと此方を向いたが、すぐに彼の意識は警戒対象へと戻される。


「近付いてきても迂闊に飛びつくなよ、トルガル。見てるだけで十分だ」
「ウゥ」
「クライヴはこっちで見ておくから、此処は頼んだぞ」


 ワフ、とまるで人間が返事をするようなタイミングで、トルガルは短く吠えた。

 食堂へ戻ると、マーサと目が合う。
こっちに、と手を振るマーサに気付いて、シドは上へ戻る前に其方へ足を向けた。


「おう、なんだ」
「なんだはこっちの台詞さ。さっき見えたけど、一体どうしたんだい。随分、顔色が悪かったけど」


 そう言って階段へと視線を向けるマーサが言っているのは、クライヴのことだ。
此処で食堂を切り盛りしているマーサには、外から帰ってきたシドとクライヴの様子もよく見えた事だろう。

 シドは一つ溜息を吐いて、


「ちょっと厄介なのに絡まれたって位だ」
「それだけにしては……いや、私が何か言えるものじゃないね。とにかく、スープを一杯、持って行くよ。先に上がっておいて」
「ああ、ありがとう」


 気の利く女主人は、人の好い青年を純粋に心配してくれている。
時間も時間であるし、腹を満たす温かいものがあれば、と思ったのだろう。

 シドが屋根裏に戻って間もなく、梯子の下から呼ぶ声があった。
マーサがスープ皿を二つと、小さな燭台を乗せたトレイを差し出してくれたので、上から腕を伸ばしてそれを受け取る。
皿を戻すのは明日で良いから、と言う言葉に有難く甘えることにした。

 マーサが貸してくれた燭台の灯のお陰で、明かりのなかった屋根裏に光が齎される。
天井の低いこの空間で、迂闊に梁に燃え移らないように注意しながら、シドはトレイをクライヴのいる隅まで持って行った。


「飯だ、クライヴ。冷めない内に食べておいた方が良いぞ」


 折角のマーサのサービスだから、と言うと、クライヴは抱えていた膝からゆっくりと顔を上げた。
小さな灯に照らされて、青の瞳が悼むように細められる。

 シドは潰れたパンを千切って、スープに浸して柔らかくしながら、夕食を始めた。
クライヴはしばらくの間、じっと動かずにいたが、シドがパンを半分食べた所で、ようやくスープ皿に手を伸ばす。
温かかった湯気は大分大人しくなっていたが、まだ冷めきってはいないだろう。

 静かな食事が続く間に、屋根裏部屋の気温はぐっと下がって行った。
シドが明り取りの窓を薄く開けてみると、夕方の頃に懸念していた通り、雨が降っている。
湿地から伸び生えるように出来ているこの集落では、雨ともなれば当然のように風も吹きつけ、立ち並ぶ民家の雨戸がギシギシと音を立てている。
この天候なら、宿の玄関にいたトルガルも、何処か別の場所に移動して休んでいるだろう。

 カチャ、と小さく金属の鳴る音がして、クライヴが食器をトレイに戻す。
皿の中身はあまり減っていなかった。


「食っておかないと、明日に響くぞ」
「……」
「……クライヴ」
「……」


 拾った頃から、名を呼べば返事をするものだったが、クライヴは黙したまま動かない。
明らかに普段とは様子の違う青年に、シドは一つ嘆息して、その隣へと移動した。

 懐から煙草を取り出して、指先に灯した熱で火をつける。
屋根裏などと言う狭い場所で煙を炊くのは感心されないものと分かっているが、取り合えずは必要だと思ったのだ。
傍らでずっと躰を強張らせている青年の意識を、此方へ引き戻す為にも。

 そうして、一本を吸い終わった頃に、ようやく。


「……シド」


 小さく名を呼ぶ声が聞こえて、シドは視線を寄越す。
クライヴは俯いていて、無精に伸びた前髪が目元を隠し、表情はよく見えなかった。


「……助、かった」
「ああ」
「……拒否するべき、だとは……分かっていたんだが……」


 言いながらクライヴは、手甲をしたままの手で首元に触れる。
爪先が首を掻く仕草をして、其処に詰まっているものを剥がしたがっているように見えた。

 シドは目を細めて、クライヴに問う。


「言いたくなければ、良いんだがな。さっきのザンブレク兵は、お前の知っている奴だったのか」
「……ああ」


 クライヴは短く答えた後、また項垂れるように、立てた片膝に額を押し付ける。


「……俺を最初に犯した奴だ」


 静かに告げられた言葉に、ぴくり、とシドの煙草を持つ指先が震える。
後幾らも残っていない煙草を、シドは口元に運ばせながら、続くクライヴの声を聴いていた。


「ベアラーになってから、そんなに経っていない時だったと思う。いきなり連れて行かれて、複数の兵士たちに嬲り者にされた。何回もそれはあって、躾だとか、教育だとか、そう言っていた」
「……」
「部隊に出されるようになってからは、遭う事もなかったから、……こんな所で出くわすとは思わなかった。声をかけられてから、気付いた。あの時の奴だ、と。それで、気付いたら、躰が……動かなくなって……」


 クライヴの声は徐々に小さくなって行き、はく、と苦し気な呼吸が零れる。
それが、まだ無垢だった頃に、それを引き裂かれた傷が齎す反応であることは、シドにもすぐに理解できる。

 シドは俯いたクライヴの髪をくしゃりと撫でた。
触れた一瞬、びく、と強張った肩が震えたのが分かったが、敢えて気付かなかった振りをして、いつものように黒髪を撫で回す。
そうしている内に、其処にいる男が、自分に傷を刻んだ者ではないことを思い出したのだろう。
クライヴはゆっくりと、意識しながら、長い息を吐いていった。


「もう、あの頃とは違うのに……どうしても声が出なかった。情けないな……」


 クライヴの呟きは、独り言なのだろう。
もう十何年も前の出来事なのに、もっと酷い目にも遭ったのに、と青い瞳が頼りなく揺れている。

 だが、仕方のないことだとシドは思った。


「十五の子供が、そんな目に遭って平気な訳もないだろう。何年経ったって、簡単に忘れられるものじゃない」


 言いながら、シドはクライヴの頭を抱き寄せてやる。
撫でる手の心地良さに誘われてか、クライヴは素直に寄りかかってきた。


「……忘れていたと思っていたんだ。誰が最初だったかなんて、本当に覚えていなかったし。でも、あの顔を見たら、急に頭の中がざわついて、一気に……」


 幼い少年が自分の心を守る為、蓋をしていた禍々しい記憶が、急に吹き上がってきた。
それと同時に、クライヴの精神もまた、同じ頃に戻ったのだ。
徹底的に嬲られるものとして、逆らわないよう、従うように繰り返された痛みと恐怖が、あの時目の前にいた男に対して、クライヴから自由を奪った。


「……忘れたままで良かったのに」


 どうして思い出してしまったのか。
偶然の事故のようなものだとは、クライヴ自身も分かっているのだろうが、痛みを上げる心がそう零さずにはいられなかったのだろう。

 薄明りのみを頼りにした狭い空間で、子犬が親の温もりを求めるように、シドの躰に寄りかかって来る。
それなりに体格の良い男にこうして体を預けられると、中々に重みが感じられた。
その癖、揺れる青の瞳は迷子の子供のようで、平時と違って随分と頼りなく、幼さが滲む。

 シドはクライヴの頭を撫でながら、すぐ其処にある米神に緩く唇を押し付けた。
気分は寝付けない子供をあやすものだったが、ゆっくりと此方を見たブルーアイズが、その先を望んでいる。
嫌な記憶を忘れる手段としては、聊か後ろ向きな気もしたが、シドは突き放す気にはならなかった。

 細められた眦に、其処から顔のパーツの一つ一つを辿って、キスをする。
クライヴの眉間の皺は緩む様子はなかったが、唇からはゆっくりと正常な呼吸が零れていた。
手甲をしたままの手のひらに緩く指を滑らせれば、それが促す意味を悟って、クライヴは装備を外し始める。

 敷布を手繰り寄せて敷いて、その上に裸になったクライヴを横たえた。
同じく衣服を取り払ったシドがその上に覆い被さり、じっとりとした汗を滲ませていた首筋に顔を寄せた。
当たる髭の感触にクライヴは小さく頭を揺らしたが、それだけだ。


「ん……」


 首筋を辿る舌の感触に、押し殺した声が漏れる。
敷布の下にあるのは板張りの床で、その向こうには誰か───恐らくはザンブレク兵───が寝泊まりする部屋がある筈だ。
あまり大きな物音は立てられない。

 均整の取れた躰に、シドの手が滑って行く。
譲り受けた仕立ての良い旅装もあり、頬の刻印さえなければ、普通に傭兵として通用する体格だ。
それでも、こうなる以前はごく普通の少年らしい時期もあったのだろう。
それを無理やり犯して揺さぶって、今でも消えない傷を作った男に、シドはじわりとした黒い感情が浮かぶのを抑えられなかった。

 殊更優しく、シドの手はクライヴの肌を撫でていく。
緩やかな愛撫に、どうにもそう言った感触に不慣れな男は、落ち着かない様子で身体を捩った。


「ん……シ、ド……」
「平気か」
「……あ、あ……」


 嫌な感覚はないかと、短い言葉で問うシドに、クライヴは双眸を細めて頷く。
手の甲で隠した口元から、はあ、と微かに熱を孕んだ呼気が漏れた。

 しっかりとした筋肉で盛り上がった胸元に唇を寄せ、舌で辿り、頂きの蕾を食む。
ひくん、とクライヴの躰が震えたのが伝わった。
浮いた背中と敷布の間に、シドの左腕が差し込まれて、仰け反った躰を支えながら、舌で蕾をあやしてやる。


「…は……、ん、ん……」


 クライヴは緩く頭を振りながら、胸元から滲む官能の兆しに身を震わせた。

 背に触れたシドの腕に、温もりとは裏腹に無機質な固さを感じながら、クライヴはゆっくりと息を吐く。
薄く瞼を持ち上げれば、普段と違って、随分と近い位置に低い天井があった。
空間の狭さは分かっている事で、その所為だろうか、身を寄せる男の躰が普段よりも密に接しているような気がする。

 艶めかしく弾力のあるものが、クライヴの胸の上を往復するように滑る。
その内に彼の胸の頂は膨らみ、果実のようなサイズになったそれが吸われた。
ひくん、とクライヴの躰が小さく弾み、シドの下腹部に当たっているものが、段々と固さを帯びていく。


「ん、ふ……っは、……シド……っ」


 名を呼ぶ男に、返事の代わりに甘く歯を宛がえば、クライヴの背中にぞくりとした痺れが走った。
仰け反った背を抱く腕に力が籠り、二人の体がより密着する。

 クライヴの腕がシドの背中に回される。
縋るものを欲しがる青年を好きにさせながら、シドの右手がクライヴの腰を辿り降りた。
引き締まった腰の骨の形を指で丁寧になぞって、肉の乗った臀部に触れる。


「……っあ……」


 シドの手が向かおうとしている場所を意識して、クライヴは其処がひくりと疼くのが分かった。
浅ましい快感を覚えて久しい身体は、それだけで熱を膨らませ、彼の中心部が頭を持ち上げる。

 シドの指先は、臀部の谷間をゆっくりと辿り、程なく中心部の窄まりを見付ける。
指先がすりすりとその窪みを摩ると、


「う、ん……ん……っ!」


 ひく、ひく、と淵が戦慄いて、触れるものを中へと誘おうとする。
シドは人差し指で入り口をつん、つん、と突いてから、強請る仕草をする其処に、ゆっくりと侵入を始めた。


「あ……ん……!」


 くぷ、と入り口が広がって異物が入って来る感触に、クライヴは甲高い声を上げそうになって、意識的に口を噛む。
力んだそれが秘孔もきゅうっと締め付けてしまい、シドは中への侵入を拒むような感触を感じていた。

 ふう、ふう、と鼻息で呼吸をしているクライヴ。
シドは丸めていた背中を伸ばして、クライヴの口の端にキスをした。
あ、と其処にある匂いと感触に、クライヴが緩く唇を開く。
すぐにシドの唇がそれと重なって、舌を絡めあう音が、薄暗い屋根裏で静かに響く。


「ん、ふ……んん……っ」
「……ふ……ん……」
「は……ん、むぅ……っ」


 零れる声を殺す目的で重ねたキスは、同時にクライヴの躰から緊張の強張りを解いていくのに役立つ。
指先に絡む締め付けが微かに柔らぎ、侵入の続きをねだるように絡み付いてくるので、シドは伸ばした人差し指を中へと真っ直ぐに挿入させた。
深くなる侵入物に、クライヴの眉根が寄せられるが、


「んっ…ん……!ふ、う……ん……っ」


 重ねた唇の隙間から零れる声には、苦悶よりも甘い色がある。
そのまま、こなれて柔らかい内肉をゆっくりと撫でながら中を進み、感じる事に慣れたクライヴの媚肉に緩やかな刺激を与えて行った。


「っん……は……は……あ……っ」


 糸を引きながら呼吸を開放させると、クライヴはとろんとした眼差しで、覆いかぶさる男を見た。

 長らく苦痛を耐えるセックスばかりをしていた所為だろうか。
望まず重ねた経験の割りに、クライヴは官能と言うものに耐性が出来ていない。
彼が感じる場所を、指の先でゆっくりと押し上げてやると、クライヴは喉を差し出すように晒しながら、はくはくと唇を戦慄かせていた。


「あ……っあ……!シ、ド……其処、は……っ」
「ああ」
「は、う……あ……っあ……!」


 クライヴの腹が、ヒクッ、ヒクンッ、と震えている。
腰が痺れて力が抜け、下腹部から登って来る快感を無防備に受け止めるしか出来ない。
中心部は既にしっかりと勃ち上がり、立派な大きさになったその先端から、とろりと蜜を溢れさせていた。

 シドが秘穴に埋めた指を動かし、中を撫で広げていくと、クライヴの喉から甘い声が漏れていく。


「んぁ、あ……は……っあ……」
「……もう少し奥か」


 クライヴの反応を、声を間近に聞きながら、シドは彼の官能の深度を探る。
体の下の敷いた敷布を握り締めるクライヴの表情からは、まだ理性の欠片がある。
それを、埋めた指先をもう一つ奥へと押し込んで、其処にある天井の肉ビラを爪先で軽く引っ掻くと、


「っあ!」


 ビクン、と背筋を仰け反らせると同時に、クライヴの唇からは短い悲鳴が上がった。
思わず上げてしまった嬌声に、クライヴが耳を赤くしながら、自身の手の甲を噛む。

 同じ場所を指でクニクニと刺激すると、クライヴの腹が判り易く跳ねた。
ふぅっ、ふぅっ、と零れる鼻息が益々荒くなり、奥からじわじわと分泌される腸液が、シドの指を濡らす。
それを彼の肉壺の中に丹念に塗り広げながら、シドは彼の艶めかしい肉をこねて行った。


「は……ふ、く……んん……っ!」
「もう一本だ」
「う……んぅっ!」


 くぷん、と二本目の指が入って、クライヴがくぐもった声を零す。
圧迫感が増して、クライヴの眉根が寄せられるが、そのまま数秒待ってやれば、


「……は……ふ、う……」


 クライヴはゆっくりと息を吐いて、中の締め付けも柔らかくなる。
それからシドは、二本の指をそれぞれに動かして、クライヴの中をより拡げて行った。


「ん……ん、ふ……シド……シド……っ」
「もう少し待て。ちゃんと最後までしてやる」


 くちゅくちゅと中を掻き混ぜられる感覚に、クライヴが名を呼べば、シドは宥めるようにそう言った。

 クライヴの引き締まった腰が、シドの指の動きに合わせて、ゆらゆらと揺れる。
彼の雄は既に泣き出していて、竿を伝って滴り落ちた蜜が、クライヴの股間をしとどに濡らしていた。

 シドの手付きは、手酷いセックスに慣れたクライヴにとって、ぬるま湯のように優しい。
どうにも焦らされているような感覚になって、早く太いものを挿入して欲しい、と思ってしまう。
何度かそうねだった事もあったが、シドがそれを聞き入れてくれた事は少なかった。
特に今日は、殊更に大事に解されているように感じられて、クライヴはやるせなさばかりが募って行く。


「シド、もう……大丈夫、だから……っ」
「もう少しだ」
「う、んん……っ!十分、解れて、る……あ……っ!」


 二本の指が、クライブの中で左右に分かれて、内肉がくぱりと開かれる感覚に襲われる。
道を開いた媚肉が、痒みに似た疼きを発して、早く其処を擦り上げてほしいと望んでいた。

 このまま果てまで持って行かれそうで、クライヴは覆い被さる男に足を絡めて縋りつく。
反り返る程に固くなった中心部を、シドの腹へと押し付ける。
今にも熱を吐きそうな兆しを見せているクライヴに、シドはようやく、中を弄っていた指を引き抜いた。


「っは……!っあ、あ……っ」


 出ていく直前まで、ゆっくりと肉壁を撫でられていたものだから、余韻の痺れが抜けない。
クライヴの躰がふるふると震え、熱に蕩けた青の瞳がぼんやりと宙を彷徨う。

 シドがクライヴの愛液で濡れた手で自身の中心へと触れてみれば、其処は既に固くなっていた。
二、三度軽く扱いてやれば、十分な硬度に育って、じっとりと汗が滲む。


「クライヴ」
「……あ……は……、はあ……っ」


 合図に名を呼ぶ声を、クライヴは辛うじて聞き留めた。
シドの腰に絡めていた足を解き、膝裏を自分の手で持ち上げて、秘部を差し出す。
もう随分と短くなった燭台の灯が、赤く色づいた陰部がヒクヒクと震えているのを照らし出していた。

 クライヴの愛液で濡らしたシドの雄が、伸縮運動を繰り返す口に宛がわれる。
シドは、ふう、と一つ息を吐いてから、ゆっくりと青年の艶めかしい肉壺の中へと己を挿入させた。


「ん、ん……っあ……うぅん……っ!」
「ふ……く……!」


 奥から分泌された愛液で、ぐっしょりと濡れそぼった媚肉が、固く張りつめた雄を隙間なく包み込んでゆく。
食っているのは自分の方なのに、食われているようだ、とシドはいつも思う。
それ程にクライヴの中と言うのは、ねっとりとした弾力を帯びて心地良く、これを気に入る獣がいるのは当然のことだと、否応なく分かってしまう。

 クライヴはようやく自分の中を一杯に満たすものが入ってきた事に、得も言われぬ充足感を得ていた。
指では足りなかった、狭い其処を埋め尽くされて、固い先端がゆっくりと道を押し開いていく。
張りのある嵩が肉ビラを削ぐように擦って行くのが分かって、喉奥からは堪えようのない声が漏れて行った。


「はっ、あ……っ!ん、あ……んん……っ!」


 今夜はいつものように声を上げる訳にはいかない。
敷いた敷布の下は板一枚、その下には赤の他人が寝ている部屋がある。
屋根裏の物音や声が、どれくらい響くのかは分からないが、下手をすれば筒抜けだ。

 シドの脳裏に、嘗て虐げた蜜をまた啜ろうとしていた男の顔が浮かぶ。
覚えていても下らない事だとは分かっていたし、それを覚えている事が一番苦しいのはクライヴだろう。
忘れていられたら良かったのに、と呟いた青年の、幽鬼めいた横顔が過って、シドはクライヴの唇を塞いだ。


「んん……っ」


 深く唇を重ね、惑い気味の舌を絡め取る。
すぐに応じた青年を舌先であやしながら、シドは下半身をより密着させた。
ぐぷ、と深くなる挿入に、クライヴはくぐもった喘ぎ声を漏らしながら、シドの雄を根本まで受け入れる。

 そのままシドが律動を始めると、クライヴの腕が首へと絡んだ。
しがみついてくる青年の体温と、胸で逸る鼓動の音を聞きながら、秘奥を何度も突き上げる。


「ふっ、ふっ、んん……っ!」
「……っふ、ん……ふっ……!」
「ん、あ、んん……っ!は、ふぅ、ん……!」


 揺さぶる隙間に、一瞬の呼吸を許しながら、また塞ぐ。
奥壺を抉る度に、其処から愛液が溢れ出して、潤滑油になって二人のまぐわいを援けてくれた。
抽出もスムーズになって行くにつれ、シドの腰の動きは大きくなっていく。

 胎内で媚肉を擦り上げるシドの熱が、判り易く堆積を増して行くのを、クライヴは感じていた。


「っは……はっ、あ……シド……中……っ、熱い……っ!」


 近い屋根の向こうでは、雨と風の音が鳴っている。
屋根裏部屋の空気は益々冷えていたが、絡み合う体温に夢中になっている二人は、露とも気にしていなかった。

 クライヴは切羽詰まった感覚がすぐ目の前まで来ていて、勃起した雄は、我慢も出来ずにとろとろに濡れていた。
後ろの刺激だけで、彼はもう達する手前の所まで来ている。


「はっ、うあ、あ……ん、あぁ……っ!」


 秘奥を擦られ、奥の勘所を突き上げられる度に、クライヴの口からは甘い声が漏れている。
シドは「良いぞ」と囁いて、その唇を塞ぎ、彼の一番感じる場所を突き上げた。


「んんん………!!」


 クライヴの唇をすっかり塞いで、上り詰めさせてやれば、彼は足の指先を強張りに縮こまらせた。
シドの背中に縋る手が、爪を立てて強く引っ掻き後を残す。

 逞しい戦士らしい躰が、ビクンッ、ビクンッ、と大きく脈打って、膨らんだ雄から濃い精子が吐き出される。
若い身体に蓄えられた白濁液が、二人の腹をどろりと汚して、滴り落ちて行った。
そして、絶頂まで持ち上げられた事で、クライヴの肛穴はより強い締め付けを示して、シドの熱を搾り取ろうと絡みつく。


「く……クライヴ……っ!」
「っ、んぁ、んんんん!」


 名を呼んで直ぐ、シドはまたクライヴの唇を塞いだ。
床板一枚向こう側にある、誰かも知らない男達に、この声を聞かせてやる義理はない。
増してや、この青年に消えない傷を刻んだ男になど、尚更。

 クライヴは胎内に注がれる淫液の感触に、ぶるりと体を震わせた。
嘗ては自分の心を腐らせる為だけに、何度となく飲み込んだそれが、今は全く別の───満たされるような感覚を持ってくる。
物は大して変わりのないものである筈なのに、と薄く開いた瞼の隙間から、其処にある煙草の匂いを感じながら、隙間なく昇って来る官能の波に体を仰け反らせた。


「ふ、う、うぅ……あ、あぁ……っ!」


 自分の中がシドの熱で満たされたのを感じて、クライヴは悶えに身を捩った。
繋がったままの秘部の奥で、ぐちゅりといやらしい音が鳴る。
それだけで、クライヴの腰がびくりと震えて、深く咥え込んだままの雄をきゅうぅと締め付けた。


「あ、あっ……っは……あ……っ」


 熱に籠った呼吸が零れ、覆いかぶさるシドの耳元をくすぐる。
クライヴの胎内もまた、ひくひくと戦慄きながら、其処に収めたままの雄に絡みついて、離れようとしない。
続きをねだるように縋りつく肉の感触に、シドもまた、自分の熱が集まって来るのを感じていた。

 そのまま、クライヴの荒い呼吸が続く事、しばし。
やがてそのリズムも落ち着いてきた頃に、シドは熱の余韻で涙を浮かべたクライヴの眦を指先で撫でた。


「……シド……」


 子供をあやすように触れる男に、クライヴの濡れた瞳が向けられる。
何度も重ねた唇の隙間から、唾液に濡れた赤い舌が覗いて、シドの下唇を舐めてくすぐった。
シドはその顎を捉えて固定し、何度目になるか、深く深く口付ける。


「ん……、ん、ふ……」


 舌を絡めあい、くちゅくちゅと音を立てて唾液を交換すれば、またクライヴの肉壺がシドを締め付ける。
もっと、続きを、と促すその熱に、シドも誘われるようにして、律動を再開させた。





 煩かった雨風の音が大人しくなった頃に、クライヴは眠った。

 マーサが貸してくれた燭台は、蝋燭がすっかり溶けて、いつの間にか灯も消えていた。
シドの目は暗闇にとうに慣れていたので、シルエットを頼りに、眠る青年の体を敷布で包んでやる。
自身は軽く身嗜みを整えて、気怠い躰を板張りの床に横たえた。
煙草が欲しくなったが、火事を招きそうで我慢しておく。

 隣で時折、むずがる子供のような声が零れていた。
見遣れば当然クライヴのもので、腕を伸ばして頬を撫でてやると、次第に落ち着いていく。


「……儘ならない奴だな、お前も」


 あちこち傷だらけで、自分自身でさえも忘れていた場所にあったそれが、不意をついたように開いてしまう青年。
彼自身が言うように、忘れたままでいられたら良かった、と思う事は少なくないのだろう。
受け入れた過去と罪然り、彼の足元は今でも危ういもので、ふとした時に崩れかける事がある。
そうと分かっていても、きっとこの青年は、本当の意味で自分の傷を忘れる事も出来ないのだ。

 生き辛い世界で、生き辛い生き方をしてしまう人間を、シドはずっと見て来た。
もう少し肩の力を抜いて楽に生きても、誰も咎めはするまいに、張本人がそれを選べないのだからどうしようもない。

 それならば、眠る一時の間くらいは、熱に酔う事に甘えても良いだろう。
それは傷の舐め合いにも思えたが、開いた傷が塞がるのは容易なことではないし、流れ出した血を掬う手はあって良い筈だ、とシドは思う。

 ────それにしても、と。

 シドは暗闇の中、眠るクライヴの顔をぼうと眺めながら、夕刻の出来事を思い出していた。
立ち尽くす青年の向こう側、露骨に目尻をにやつかせていた男を見た時、首の後ろがひりついたのを忘れてはいない。
明らかに厄介なものに絡まれたクライヴを、其処から離すのは当然の事だったが、それで済ませる安い位だと、聊か気が立ったのも事実。
そして、あの男がクライヴにした仕打ちを聞いて、腸の底に煮えるような感覚があった事も、覚えている。

 思い出せばじわりと滲んでくる感情に、またちりちりとした感覚が浮かぶ。
が、隣で蹲っている青年がごろりと寝返りを打って、熱を求めてか身を寄せてくるのを見ると、


(……やれやれ。大分入れ込んでるな、これは)


 緩やかに萎えていく感情の波に、シドはクライヴの頭を抱き寄せてやりながらそう思った。
らしくもない、と思いつつ、其処に捕まえた温もりはそこそこに心地良い。
下世話な男の顔など、これ以上思い出すのも馬鹿馬鹿しいと思った。

 すり寄って来る青年の体は、鍛えられた筋肉のお陰か、それなりに熱量がある。
陽が上るまでは気温も上がらないであろう屋根裏部屋で、それは丁度良い暖になった。





トラウマで動けなくなるクライヴと、あやすシドが書きたくて。
28歳の頃なら、まだ取り繕う余裕もなくて、明らかな動揺と静かな恐慌しててくれるかなと。
トルガルがいなかったらどうなってたのか。うちのクライヴは大体トルガルに助けられている。

ベアラー時代に色んなことをクライヴがされているのは、いつもの事ですね。基本設定として。
ザンブレク軍の兵士にも色々いるものと思いますが、まあ規模の大きな軍の端の方って、やっぱりそう言う奴もいるだろうなと思っている。
全てを失った失意の直後のクライヴが、そう言う目に遭っていると興奮します。私が。
そして赤子がベアラーと分かってすぐに連れて行かれる事に、怒って涙を流すシドなら、子供がそんな目に遭ってれば当然怒るだろうなぁ、と。
うちのシドクラはなんだかんだとシドがクライヴに情が移ってるなあ、と思いました。