無垢に染め色


 予約をしていたホテルへチェックインし、部屋へと入ると、クライヴは疲れ切った顔でソファに腰を落とした。
はあ、と深い溜息を漏らすクライヴに、シドはジャケットを脱ぎながら苦笑する。


「疲れたか」
「正直に言うと、かなり」


 のろのろと黒のジャケットを脱いだクライヴは、皺になるとは分かっていつつも、それをハンガーにかけに行く気力もなかった。
シャツは第一ボタンを締めていた訳ではなかったが、どうにも感覚的な息苦しさが拭えなくて、三つ目まで外す。
首にかけられたネックレスの鎖が、ちゃり、と小さく音を立てた。


「ああいった場所がどう言う世界なのか、話ばかりに聞いてはいたけど、実際に立つことがあるとは思っていなかった。こうも気疲れするとは思わなかったな……」
「今日は優しい方だぞ。まあ、ロズフィールド家が直接絡む時のことを思えば、何処に行っても優しいものだったかも知れんがな」
「……そうだな。父上やジョシュアの苦労に比べれば……」


 呟きながら、クライヴは額に張り付いた前髪を無造作に掻き上げた。
今朝にはそれなりに整えた筈の髭も、宵の口も過ぎた今では、自宅で見慣れた濃さに戻りつつある。

 シドも身なりを整えた格好を続けるのは此処までと、靴を脱いで凝った爪先を曲げ伸ばししていた。


「シャワーくらいは浴びておけ。さっぱりしてから寝た方が朝が楽だぞ」
「……あんたが先に入ってくれ。もう少し休みたい」


 今直ぐに動く気になれなくて、クライヴはソファに背中を沈めた状態で言った。
格好を繕う気もない青年の様子に、シドはやれやれと肩を竦める。


「そう言えば、お前、向こうで何か食ったか。酒以外で」
「……食べてない気がするな。タイミングが分からなかった」


 会場には色とりどりの料理が並び、いつでも好きに取れるようにはなっていたが、クライヴはそれに手を伸ばしていない。
ロズフィールド家の人間と言う事が知られていたので、ひっきりなしに人がやってきて挨拶やら何やらと絶えなかったし、慣れない場所だったので一人で歩く気にもならず、専らシドの傍に立っていた。
それがなんとなく、不安から親元を頼る子供であったように思えて、今更に恥ずかしくなって来る。

 遅まきに赤くなる気配のある顔を、腕で覆うように隠して天井を仰いだ。

 パーティと言う形ではあったが、あれが社交の場、人との交流を主目的とした場所である事は分かっていた。
様々な業界で、立場を持つ人間が集まり、名刺交換や情報交換をしたり、にこやかな笑みの中で腹の探り合いをする所だ。
立ち振る舞い、マナー、会話の引き出し等々、求められるものは多い。
そして、ああ言った場所で何某か失態を犯せば、それはあっという間に広まってしまうのだ。

 クライヴは実家から長らく離れた環境にいるが、それでも、ロズフィールド家直系筋の嫡男であることは事実である。
シドもそれを理解していてクライヴを今回連れて行ったし、それを聞いて接触を図った者は多いだろう。
そんな場所でクライヴが何か悪手をすれば、上司であり、連れて来たシドは勿論のこと、実家───ロズフィールド家、もっと言えばその直系筋である家族の醜聞となってしまう。

 じわりと、クライヴの胸中に一抹の不安が浮かぶ。


「……シド」
「なんだ」
「俺、何か失敗していないか。マナーとか、会話とか……」


 実家に長らく帰っていないとは言え、クライヴにとっては大事な家族だ。
彼らの顔に泥を塗るような真似はしたくない、と言うのは、クライヴの誓いにも等しい気持ちだった。

 シドは備え付けの冷蔵庫から、水の入ったペットボトルを取り出して、一口飲んでから答える。


「初めての社交界での振る舞いにしては、及第点だろう。声をかけて来た連中の思惑としては、多少、肩透かしはあったかも知れないがな。奴らの狙いは、お前の向こう側だろうから」
「………」
「マナーは順当に守っているし、挨拶されて会話から逃げていた訳でもない。無理にケチをつけられる所はないだろうな」
「……それなら、良かった、かな」


 あの場でロズフィールド家の、家族の品位を汚すことをしていないのなら、クライヴにとっては確かに及第点であった。
ほう、とようやくの安堵の笑みが漏れて、知らず知らずに強張っていた両肩から、ようやく力が抜けるのが分かった。

 目元を覆った腕の隙間から、橙色の電灯が見える。
直に見上げるその光に、目元を細めていると、視界に人の手────シドの手が映った。
それはクライヴの頭にぽんと下りて、子供をあやすようにくしゃくしゃと掻き撫ぜられる。


「今日はお疲れさん。俺の都合に付き合わせて悪かった」


 かけられた言葉は、クライヴにとっては思いも寄らなかったもので、少しばかり目を瞠った。
腕を下ろして首を少し傾けると、ソファの傍に立って此方を見下ろしている男と目が合う。


「……別に、あんたが詫びるような事じゃない。今日じゃなくても、何処かでこういう機会はあったんだろう。俺がロズフィールドの人間だと言うのは、事実なんだし。叔父さんが俺の話をしていなくても、その内、何処かで漏れただろうさ」
「そうかね。そうかもな」
「俺も特段、触れはしないが、隠してるつもりもないからな。名乗れと言われれば、支障が出る場面でもない限り、本名を使うし」


 遅かれ早かれ、何処かから噂は回って行ったのだろう、とクライヴは思っている。
シドに拾われる前、会社の歯車として過ごしていた頃にも、出身に関して何某か言われることはあったのだから。

 寧ろ───とクライヴは思う。


「これでも、あんたのお陰で色々準備が出来たから、助かったと思っているんだ。服も揃えられたしな」
「派手で落ち着かない服をな」


 笑みを交えたシドの言葉に、クライヴもくつりと笑う。


「落ち着かないのは確かだが、気に入らないとは言っていない」
「その感想は初めて聞いたぞ」
「あんたも聞かなかっただろう。だから言う機会もなかっただけだよ」


 言いながらクライヴの右手が、緩めたシャツの襟元に触れる。
開いた襟の隙間に覗く、皮膚に浮き上がった鎖骨の間に、鈍色のチェーンに連ねられた赤紫色の石がちらりと光る。

 クライヴの頭を掻き撫ぜていたシドの手が、するりと滑ってイヤーカフを嵌めた耳元に触れる。
耳朶を擽る指先の感触に、クライヴが小さく頭を揺らせば、逃げる肌を追うように手のひらが頬骨を辿った。


「……ん……」


 項のあたりからじわりと煽られる熱を感じて、クライヴの唇から小さな音が漏れる。
それを聞き留めたシドの口角が笑みを浮かべ、明らかな意図を持って、親指をクライヴの口端に当てた。

 クライヴは緩く顔を上げて、見下ろす男と目を合わせた。
近付いて来る気配に、瞼を閉じて待つ姿勢になれば、程なく嗅ぎ慣れた煙草の匂いと共に、呼吸が塞がれる。
ぬる、と艶めかしいものが咥内に入ってくる感覚を、抵抗することなく受け入れた。


「ん、ん……ふ……っ」


 鼻に抜ける呼吸音と共に、耳の奥で鳴る水音で、クライヴの熱のスイッチが入って行く。
じんとしたものが体の奥から滲み出るにつれて、己の中心部が膨らんでいくのが分かった。

 舌を吸われる感覚に、クライヴの背筋にぞくぞくとしたものが奔る。
震える腕で覆い被さる男の肩を捕まえれば、ぎし、とソファが重みを受け止める音がした。
頬に触れていた手がゆっくりと下りて、クライヴの首を辿り、首元にかけたチェーンを引っかけて、ちゃりちゃりと小さな音を鳴らして遊ぶ。


「ん……っは……はぁ……っ」


 誘い出すように舌を持って行かれながら、ようやく呼吸を許された。
今になってまるで酒が回ったように、ふわふわとした多幸感を感じて、クライヴの青の瞳がとろりと溶ける。

 まだ糊の効いている、真新しいシャツの上を、シドの手が辿る。


「……皺になる……」
「じゃあ辞めるか?」
「……別に、あんたの好きにすれば良い」


 分かりきったやり取りだ、と思いながらクライヴがそう返せば、くつ、と笑う気配があった。
年輪を重ねた顔が近付いてきて、クライヴが首筋を晒すように天井を仰げば、思った通り、唇が吸い付く。

吸われた場所が、ちくりと小さな痛みを伝えて、其処に痕が残ったことを示していた。

 シャツを弄っていた手が、硬い生地の上から、頂きの膨らみを見付けた。
指先で其処を引っ掻くように小刻みに捏ねられて、クライヴの肩がふるりと震える。


「っは……う……」


 もどかしい感覚に、クライヴは身を捩った。
そんな反応を見たシドの手が、慣れた様子でシャツのボタンへとかけられる。
片手ひとつで卒なくボタンが外され、引き締まった肉に覆われた体が露わになった。

 ジャケットは脱ぎ、ネクタイの類はしていないとは言え、今日の為に誂えた服だ。
クライヴが普段着にしている格好に比べると、畏まった衣装に見えるのは違いない。
それを一枚ずつ剥ぎながら、かと言って裸にさせる訳でもなく、半端に開けさせるに留めた格好と言うのは、シドにとっては新鮮味を誘うものだった。


「中々どうして、癖になりそうだな」
「……何がだ?」
「自分が選んだ服を着ているのを、脱がすって言うのが、な」
「……そう言うつもりで選んだのか」
「偶然だよ。今こうやってるのもな」


 狙ってやった訳じゃない、と言うシドに、どうだか、とクライヴは返す。
言いながら、シドの言葉が何処まで本当なのかは、クライヴとて大した問題ではなかった。

 赤いシャツの下にあった、黒のインナーをたくし上げて、シドの手が直にクライヴの肌に触れる。
ゆっくりと皮膚を辿る男の手のひらの感触に、クライヴの鼻から籠った呼吸が小さく漏れていた。


「ふ……、っん……」


 逞しく鍛えられた胸筋は、皮膚と肉の隙間が薄いものだから、触れると敏感に反応してしまう。
つぅ……と指先が滑って行く道筋が露骨に伝わるものだから、クライヴの体は次に続く刺激を想像して、勝手に熱を膨らませて行った。

 そしてクライヴが想像していた通り、シドの手はクライヴの胸の頂に触れる。
微かに膨らんだ蕾を指先が摘まみ、遊ぶようにこね回されて、クライヴの背中にぞくぞくとした感覚が走った。


「っは……、ん……あ……っ!」


 天井を仰ぐ瞳がぼんやりと熱を帯び、頬が赤らんでいく。
緩く頭を振って、逃げを打つように腰を引かせるクライヴだったが、背中はソファの背凭れに押し付けられている。
これ以上に何処にも行けない体は、ゆるゆるとした刺激を与える手のひらに翻弄されるしかなかった。

 シドの唇が、またクライヴの首筋を吸う。
ぬる、と艶めかしいものが首をくすぐり、クライヴの喉仏がひくりと震えた。
は、は、と短い呼吸を繰り返す度、動く喉をゆっくり愛でながら、シドの頭は喉元へと移動していく。


「う、あ……シド、っは……くす、ぐったい……」


 シドの髭の感触が皮膚を掠めるように擦って行くものだから、クライヴはむず痒いものを感じていた。
拙い抗議を訴えてみると、くつ、と笑う気配が合って、胸の蕾をきゅっと摘ままれる。


「っんあ……!」


 不意打ちに与えられた強めの刺激に、思わず高い声が上がる。
自分らしくもない声に、急に羞恥心が返ってきて、クライヴは耳まで熱くなるのが分かった。

 頭をふっくらとさせた乳首を、シドの器用な指が擽っている。
先端を押しつぶすようにぐりぐりと虐められても、指先が其処から離れれば、すぐにぷくりと起き上がった。


「あ、あ……っはぁ、ふ……っ!シ、ド……っ」
「熱いか」
「は……っ、ん、熱い……っあ、あ……っ!」


 シドの問に、熱に翻弄されながら応えれば、喉に触れる唇が満足そうに弧を作る。

 ソファに乗り上げていたシドの片膝が、ぐ、とクライヴの中心部を押した。
胸への刺激に意識を囚われていたものだから、其処への刺激に心構えが出来ていなくて、思わずビクッと肩が竦んだ。
膝の皿を押し付けられた其処は、スラックス越しからでも分かるほど、はっきりと起立している。


「う……シド、ん……っ、あ……っ!」


 血流の集まった所をぐりぐりと圧されて、クライヴは堪らず身を捩る。
それは嫌がっている仕草ではなく、自らシドの足じ自身を擦り付けており、身体が決定的な熱を欲しがっていることを示していた。


「自分で脱げるか」
「……た、ぶん……」
「良い子だ」


 子供にするように褒めて、シドの唇がクライヴのそれを塞ぐ。
すぐに侵入してくる舌に応じながら、クライヴは微かに震える手を自身の下肢へと持って行った。

 かちゃ、かちゃ、とベルトのバックルを外す音が鳴る。
前のボタンを外し、フロントのジッパーを下ろす───それだけでクライヴは随分と時間がかかった。
それをしている間、シドの手が胸部を弄り続けているのだから尚更で、指先が敏感になった乳首を掠める度、びくりと体が震えて動きが止まってしまう。

 丁寧に愛でたがる男の愛撫を感じながら、クライヴは不自由に腰を使いつつ、スラックスを下ろす。
布一枚を取り除かれると、下着を押し上げる中心部の様子が判り易くなった。


「随分、興奮してるようだな」
「……あんたも」


 気分良さげに指摘したシドも、崩していないボトムの奥で、雄の高ぶりを示しているのが見て取れる。
言われた仕返しとばかりに指摘したクライヴに、シドは「良い景色だからな」と言った。

 実際、シドにとっては中々の光景が目の前に広がっている。
普段、自宅でセックスをする時には、大抵は就寝前と言う事もあってラフにしているし、脱ぐのも脱がすのも手早いものだった。
しかし、今日はクライヴも中途半端に服を着たまま、シドに至ってはジャケットこそ脱いだものの、それ以外は崩してもいない。
そう言った、普段と違う状態と言うのも刺激のひとつだが、視覚刺激もまた大きかった。

 自分が選んだワインレッドのシャツ、それを暴くように開けさせて臨む、パートナーの肌色。
じっとりと汗ばんだ皮膚をゆったりと手のひらで撫でて行けば、感じているのだろう、逞しく鍛えられた胸がピクピクと反応するのが伝わった。
首元を愛でてやれば、ネックレスの鈍い光がその存在を主張する。
それを選んだのもシドだから、この光景にシドが満足感を覚えるのは、当然と言えば当然だった。

 胸を撫で触っていた手が下腹部へと下りて行く。
その事に気付いたクライヴが、きゅ、と下唇を噛んだ。
期待に漏れる吐息を殺している様子を間近に眺めながら、シドの手はクライヴの下着の中へと侵入する。

 手探りに中の様子を確認すれば、思った通り、彼の雄は固く張りつめていた。
シドはそれを柔く包み込んでやると、竿を上下に扱いて刺激を与え始める。


「あ、あ……っ!シド、あ……っ!」


 期待していた所に、願っていた通りに触れられて、クライヴは天井を仰ぎながらびくびくと体を震わせる。
スラックスを膝元で絡ませたままの足が、不自由そうに動いて、爪先がカーペットの床を引っ掻く。

 慣れない場所の緊張があったからか、普段と違う環境故か、クライヴの中心部はいつもよりも大きく膨らんでいた。
敏感と分かっている先端を指先でぐりぐりと穿ってやれば、クライヴは言葉を失って見悶える。


「んん、う、あぁ……!はっ、はぁ……っ、ああ……っ!」


 切なげな声を上げながら、クライヴはされるがままに喘ぐ。
先端からはじわじわと先走りが溢れ出し、とろりと零れたそれがシドの手のひらに付着した。
滑る感触を、竿全体に塗り伸ばしながら扱いて行くと、潤滑剤の代わりになって、シドの手淫がスムーズになっていく。

 は、は、は、とクライヴの呼吸は逸り、シドの手の中では雄がみるみる張り詰めていく。
競りあがってくる切迫感から、クライヴはゆるゆると頭を振って、言葉にならない感覚をシドに訴えた。


「良いぞ、クライヴ」
「う、あ……あ、あ……っ!シド……っは、あ……あ……!」


 名を呼ぶ声も絶え絶えに、クライヴはシドの肩に腕を回して捕まった。
鍛えられた肉体に相応しく、しっかりと強い力でしがみついて来る年下の恋人の様子に、シドは得も言われぬ満足感を感じながら、手の中のものをきゅうっと強く握る。


「っああぁ……!」


 堪らずクライヴは甲高い声を上げた。
びくっ、びくっ、と腰が震えて、下着の中にどろりとしたものを吐き出す。
粘っこくて艶めかしいものが、下着と其処に侵入したままのシドの手を汚していった。

 天井を虚ろに仰いだまま、ヒクヒクと震えているクライヴの体は、熱の高まりに昇ると簡単には戻って来れない。
震える喉元に滲み出る汗が伝い落ちるのを、シドの舌がゆっくりと掬い舐めた。
それだけでも今のクライヴにとっては堪らない刺激で、脳天にびりびりとした痺れが奔る。

 シドの手の中では、未だにどくんどくんと露骨な脈があった。
滑る感触を、脈動する一物に与えるように撫でつけながら、ゆっくりと下着の中から手を抜く。
生暖かい感触が手のひらに残っているのを感じながら、シミの浮かんだ下着の前をずらしてやれば、幾らも固さを失わない一物がむくりと頭を起こした。


「若いってのは羨ましいもんだ。まあ、まだこっちも触ってないからな」


 するりとシドの手がクライヴの太腿の内側へと滑り、彼の秘められた穴へと触れる。
其処は今夜はまだ一度も触れていない筈なのに、期待を表すかのように土手を膨らませ、ヒクヒクと伸縮運動を始めていた。

 指先が秘穴をツンとつつけば、ヒクン、とクライヴの下肢が震える。
入り口の具合を確かめる為、指の腹ですりすりと穴表面を撫でるシドに、クライヴはもどかしさで喘いでいた。


「はっ、あぁ……シド、早く……っ」
「そう焦りなさんな。まだ夜も長いだろう」
「ん……っ、う、あ……はぁ……っ!」


 窘めるシドの言葉だったが、クライヴにとっては焦らされているようなものだ。
内側の疼きはもう堪えられない所まで来ていて、それを慰める為の刺激が早く欲しくて堪らない。

 シドがクライヴの両足を掬うように持ち上げた。
柔軟な筋肉を持ったクライヴの体は柔らかいもので、前屈運動も苦ではない。
胸元に着くほどに持ち上げられた膝に、シドが言わんとしていることを察して、クライヴは自分の腕で膝裏を掴んで支えた。
膝に絡まっているスラックスが、中途半端に自由を奪って拘束されているような気分を誘う。

 下着が太腿の位置までずり上げられて、クライヴの秘部が空気に晒される。
一度果てた筈の中心部は、変わらず頭を持ち上げたまま、先端からはトロトロと泣き虫な蜜を零していた。
それが竿を辿りながら伝い落ちて、会陰の筋を滑って行き、ヒクつく秘穴の周りにまとわりついている。
シドは既に濡れている指先で、同じ粘液を拭いながら集め、待ちわびて赤く綻んでいる秘孔の中にゆっくりと侵入した。


「んぁ……っ、あ、あ……!」


 待ち焦がれていた場所にようやくの感覚がやって来て、クライヴの体がビクッビクッと跳ねる。
悦びを示して早々に締め付けて来る入り口を、シドはゆっくりと丁寧に解し始めた。


「あ、んぁ……!あふ……っあ……!」
「痛みはないな?」
「あ……ん、平気、だ……あっ、あぁ……っ!」


 ぬぷぷ、と深くなって行く侵入に、クライヴは甘い声を上げ始める。
中への刺激に慣れ、それなしではいられなくなった体は、貪欲に奥へ奥へと異物を誘い込もうと蠢いている。
誘いのままにシドの指が中へと進んでいくと、指はすっかり根本まで飲み込まれ、中では肉が柔らかく強く吸い付いていた。


「動かすぞ」
「う……んぁっ、あっ、あは……っ!」


 くち、くち、と中の指が動いて、内壁を擦り始める。
幾重もの繊毛に覆われた直腸壁は、そのヒダの集まりを広げるように指先で擦られると、クライヴの体に熱の電流を訴えた。
それが脳の快楽物質を、より一層大量に分泌させて行く。

 始めこそ入り口の締め付けはありつつも、与えられる刺激に従順になる事を覚えた身体だ。
シドの指の動きに合わせ、媚肉がきゅう、きゅう、と緊張と弛緩を繰り返す内に、受け入れる為の準備は整えられていく。
腸壁の奥からはじわじわと蜜液が染み出して、シドが指を動かすに合わせ、潤滑剤が塗り広げられていく。


「はっ、は、はぁあ……っ!シド、そこ……っんぁ、あ……っ!もっと、奥に……っあ、あ……!」
「指じゃ其処まで届かない。もうちょっと待て」
「や、あ……シド、あぁ……っ!あ、ああ……!」


 待てと言われても、クライヴは十分耐えたつもりだ。
と言うよりも、これ以上の待ては体の方が効いてくれそうにない。
興奮したままの体は再び熱の高ぶりへと持ち上げられようとしていて、このままだと、指で中を解されているだけで果ててしまいそうだ。

 体の奥が疼いて堪らなくて、早く其処に決定的な熱が欲しい。
もどかしさに抱えた膝を震わせながら、クライヴの濡れた瞳が、至近距離にある男の顔を見詰めた。


「シド……っ、もう……!」


 待てない、無理、限界だと、熱と涙を孕んだ瞳が訴える。
妙齢と言えばそうだが、存外と幼い顔立ちをしている男がそうやって縋って来る顔に、シドは得も言われぬ充足感を得ていた。


「ああ、」
「は、あ……っあ、ぁ……!」
「そうだな、もう良いな」


 中を弄る指の動きに、喘ぐクライヴの耳元でそう囁けば、秘部が咥え込んでいるものをきゅううっと締め付けた。
その最中に指を一息に引き抜くと、縋るように肉壺が指を引き留めようとする。

 窄まった穴から、にゅぽっ、と指が脱出した瞬間、ビクンッ、とクライヴの体が仰け反る。
判り易い反応にシドがくつりと喉で笑うと、その気配を感じたクライヴの顔が赤らんだが、


「もう少し、そのままの体勢でな」
「う……んっ、んん……っ!」


 言われた事は従順に守る青年の眦に、ご褒美だとキスが触れる。

 シドはようやく自身のベルトを外し、前を緩めた。
下着をずらして取り出した雄は、勃起したクライヴのそれとも負けず劣らず興奮を形にしている。

 すっかり甘く色付いた秘穴に、シドの雄が宛がわれると、逸った肉壺がヒクついて先端に吸い付こうとする。
いやらしい動きで雄を誘ってやまないクライヴに、やらしくなったもんだな、とシドは囁いた。
それがシドの戯れの言葉だと分かっていて、クライヴの体は羞恥と被虐めいた悦びで震えてしまう。


「行くぞ」
「う……早く……っ」


 合図すらももどかしく感じられて、クライヴは性急に続きを求めた。
シドは、蕩け切った顔で誘うクライヴの唇を塞ぎながら、彼の中へと自身の楔を埋め込んでいった。


「んんんん……っ!!」


 指と比べるべくもない質量を持ったものが、胎内に侵入して来る感覚に、クライヴはくぐもった声を上げながらそれを受け入れた。
柔らかくこなれた内壁は、シドの雄を容易く根本まで食べ尽くし、貪欲に吸い付いて脈打つリズムを与え始める。

 シドの体が、クライヴの折り畳まれた体を、自分とソファの背凭れとで挟んで逃げ場を失わせる。
クライヴは決して広くはないソファに背中を殆ど預け、秘部を上向きに晒す格好になっていた。
なんとも恥ずかしげもない格好をしていると、頭の隅で自覚していたクライヴだが、内壁を擦られる感触にそんな理性も溶けていく。


「あ、あ……は、中が、擦れ…て……あぁ……っ!」


 待ち侘びていた熱の塊の感触に、クライヴは唇を噛むことも出来なくなっていた。
内側に侵入したものが、徐々に奥へ奥へと沈むにつれ、身体に記憶された官能の波が押し寄せて来る。

 シドの指で丹念に解されたお陰で、媚肉は蕩け切り、侵入を拒むことはない。
クライヴは、自分の中に納まったものが、どくどくと脈を打ちながら苦し気に戦慄いているのを感じていた。
秘奥を固い先端がぐぅっと押し上げるのが分かって、腹の底が啼くように切ない疼きを増す。


「ふ、うぅ……っ!」
「苦しいか?」
「ん……問題、ない……っあ、うぅん……っ!」


 呼吸を止めないように意識しながら、クライヴは奥に届いた雄の感触に酔っていた。

 全てをクライヴの中に収めて、シドもひとつ長い息を吐いた。
此処に至るまで、クライヴの痴態を前に昂った熱は、気を抜けば暴発しそうな程に膨らんでいる。
跳ねる心臓が急性したくなるのを堪えながら、シドはクライヴの意識が戻って来るのを待った。


「っは……はぁ……あ……っ」
「クライヴ」
「……あ……っ、シ、ド……っ」


 近い距離で名前を呼ばれて、ふるりとクライヴの肩が震える。
膝を変えていた腕が解け、ゆるゆると伸ばされたそれが絡んだのは、シドの首だ。
案外と甘え下手な恋人の、不器用に言葉なくねだる仕草に、シドの唇に笑みが浮かんだ。

 唇を重ねながら、シドはゆっくりと律動を始める。
クライヴの中をいっぱいに広げていた雄が前後に動き、長いストロークで直腸内を擦り上げた。


「ん、んぅ、んん……っは、ああ、ああ……っ!」


 塞いでいた呼吸が解放されると、甘やかな声が漏れる。
太い肉棒が内側を擦り上げていく度に、クライヴの体に痺れるような快感電流が走った。
閉じる力をなくした唇の隙間から、赤く濡れそぼった舌が覗き、はっ、はっ、と短い呼気を零すその様子は、大好物の餌を前にした獣に似ている。
内側は貪欲にシドに吸い付き、もっと奥へ、もっと深くへと誘い続けていた。

 二人分の体重を受け止めているソファが、そう言う使い方は想定していない、とばかりに、ぎぃぎぃと軋んだ音を立てる。
煌々とした灯りの中、ベッドではなく、こんな所で情事に及んでいることが、非日常感を助長させていた。

 クライヴは胎内でシドの熱が膨らんでいくのを感じていた。
いつも年長者らしく余裕のある表情をしている顔が、段々と息を詰まらせ、汗を滲ませているのがよく見える。
その年輪を刻んだ頬に手を滑らせると、ヘイゼル色の瞳とぶつかった。


「シド……あっ、んぁ、あ……っ!も、っと……あぁっ……!」


 目を見詰めて名前を呼び、ねだる声を上げれば、男は当然のようにそれに応えて来た。
ずぐっ、と最奥を突き上げられて、脳天に快感が迸る。
下半身が強張りながら力を失くして、揺さぶられるままに膝が揺れ、熱の奔流に持ち上げられて足の爪先が縮こまった。


「はっ、シド、そこ……あっ、深い、所に……届く……っ!」
「ああ……此処だろう?」
「んぅうっ!」


 固い感触が行き止まりの壁をぐりっと抉って、クライヴは体を大きく仰け反らせた。
ビクビクと感服のスイッチを入れた体を、シドは休まず攻め立てる。


「あ、あっ、あぁっ!そこ、いい、ああっ!」
「は、ふぅ……っ!いい感触だ……っ」
「シド、シド……っ!うあ、イく、もう……っ、出る……っ!」


 クライヴの中心部は、腹に届きそうな程に反り返っている。
先端からとろとろと泣き出す蜜を堪える方法などなく、シドが一突きする事に、我慢し切れなくなったそれがぴゅるっと噴いた。
零れた汁が、中途半端に脱がした服に付着していたが、今更それを気にする者はいない。

 クライヴの直腸内で、シドも限界まで膨らんでいる。
それがストロークの強弱を変えながら執拗に愛でるものだから、クライヴの媚肉はぐずぐずに濡れていた。
絡みつく肉壁も、ヒクヒク、ヒクヒクと小刻みに戦慄いて、シドを締め付けながら限界を伝える。


「あ、あ、うあぁ……っ!」
「っは……クライヴ、イくぞ……っ!」
「ん、ん、あぁぁぁっ!」


 ずぐん、と奥を強く突き上げられて、クライヴは絶頂した。
太く立派な雄から、びゅるるるっ、と勢いよく精子が吐き出され、クライヴの腹に降り注ぐ。

 同時にクライヴの直腸内も一層強く締め付けを増して、其処を支配している雄に隙間なく密着した。
ぎゅうっ、ぎゅうっ、と不規則なリズムを作りながら戦慄いた肉にマッサージされ、シドも息を詰まらせる。
どくん、どくん、どくん、と大きな脈を打った後、シドはクライヴの中へと自身の熱を注ぎ込んでいた。


「ああっ、あぁあ……っ!く、ふ……あぁあん……っ!」


 悩ましい声を上げながら、クライヴは愛しい男の欲望を受け止める。
どろりとしたものが自分の内側を染めるように満たしていくのを感じながら、クライヴは赤くなった背中を悦びに震わせた。

 一転して静まり返った部屋の中は、汗の所為か湿気が増して、性的な匂いが充満しているように感じられる。
中途半端に開けた服の中で、熱を持った体が発汗し、じっとりとした感触が体中の皮膚にまとわりついている。
シドは、暑苦しいな、と今更に思いながら、見下ろす青年の様子を確認していた。


「ふ……あ……あ、ぁ……っ」
「……クライヴ。意識はあるか」
「ん……あ……う……」


 頬に触れて耳元で名前を呼んでやれば、クライヴはむずがるように頭を逃がそうとする。
そうしないと、耳朶に触れる吐息で、感じてしまうのだ。
雄を咥え込んだままの秘部が、きゅ、きゅう、と反応を示すものだから、シドにもそれが伝わる。


「まだ欲しいか」
「……う……んん……っ」


 イヤーカフをしたままの耳元を指先で擽りながら言うと、クライヴは嫌とは言わなかった。

 シドがゆっくりと腰を引くと、ずる……、と中で擦れる感触に、クライヴが「ああ……!」と声を上げる。
一番の高ぶりの時から、締め付けは幾らか和らいではいたが、存外と甘えたがりの肉壺は、吸い付きを止めない。
内肉を引っかけながら下がって行くシドに、クライヴは悶えるように身を捩り、


「シ、ド……んぁ、抜け…る……っあぁ……う……」


 駄々をこねる子供のような声で、クライヴはパートナーの名を呼んだ。
シドの首に絡んでいた腕に力が籠り、離れないでくれと言葉の代わりに訴える。
それはシドにとっても、嬉しい誘いではあったが、


「こんな狭い所より、ベッドの方が良いだろう」
「ん、う……んぁ……っ!」


 クライヴの中からすっかり自身を抜き去って、シドはクライヴの項を宥めるように撫でながら言った。

 動く気力もない、体の中の熱に翻弄されて身悶えしていることしか出来ないクライヴ。
シドはそんなクライヴから、スラックスと下着を脱がせてやった。
肩を支えながら立ち上がらせて、近い位置にあるベッドへと運び、横たえてやる。


「…は……はぁ……、シド……続き……」


 待っていられないと手を伸ばすクライヴに、シドは小さく笑みを浮かべながら、シャツとインナーを脱ぐ。
ぎしりとベッドのスプリングが軋む音を鳴らして、近付いてくる気配に、クライヴは自分の心臓が期待で煩く高鳴るのを感じていた。




 気の済むまでまぐわって、心地良い疲労感でクライヴが意識を飛ばした後、シドもしばらく眠った。
睡眠時間としてはさして長いものではなかったが、体を休める分にはそれで十分だったので、シドは睡魔が再来するまで、煙草を吸うことにした。

 最低限の明かりだけを灯して、約半日ぶりの煙草の味を堪能する。
ゆらゆらと揺れる紫煙の向こう側に、すぅすぅと眠るパートナーの顔がある。
髭で貫録か迫力を作ってはいるが、存外と幼い顔立ちをしているクライヴは、寝顔となるとまた幼さが際立つものだった。

 セックスをしている間に服はすっかり脱がせたから、ベッドの中のクライヴは裸身のままだ。
後処理は出来るだけのことは済ませているが、風呂にも入らないままに盛り上がってしまったし、朝にはシャワーを浴びた方が良いだろう。
シドもそうするつもりはあるのだが、今については、まだこの気怠い感覚が齎す余韻に浸っていたい気分だった。

 ふう、と吐いた煙が、換気扇に攫われていく。
その時、傍でもぞもぞと身動ぐのを感じ取って、


「クライヴ?」


 起きたか、と声をかけてみる。
が、身動ぎはもうしばらく続いたものの、後はまた規則正しい寝息だけが返ってきた。
パーティですっかり気疲れを募らせた後、夢中で熱に溺れたものだから、今夜の彼はもう目を覚ますことはなさそうだ。

 寝返りを打って此方へ向いた顔を覗き込んでみる。
寒さを嫌って布団を手繰り寄せているクライヴの首元に、ちらりと鈍く光る鎖があった。
徐に手を伸ばして鎖を辿れば、赤紫色の石を抱いたペンダントがある。


「……たかがと言えば、そうなんだがな。存外、良い気分になるもんだ」


 今日、クライヴの首にかけられていたネックレスは、揃えた服に合わせてシドが選んだものだ。
アクセサリーだけではない、適度な遊びとしての着崩し方も、シドが教えた通りの形にしている。
自分でやるとかっちりと着込んでしまうものだから、それじゃつまらないだろうとシドが手を出したのだ。
クライヴも、元々がシドに任せて服を揃えた事もあり、選んだ本人が「こうするのが良い」と言うならそれに任せて良いと思ったのだろう。

 実際にそれで、クライヴは十分に映えるものがあった。
パーティに集まる目の肥えた者たちも、安易な文句をつけはするまい。
引いては、クライヴの立ち振る舞いについて、遠からず耳にすることになるであろう、ロズフィールド家にも、醜聞を聞かせる事にはならない筈だ。

 それで結果は十分────とシドも思っているのだが。
脳裏に過る旧知の男の言葉に、自覚すればする程、否定の言葉が詰まってしまう。

 上から下まで、シドが選んだものを着ていたクライヴ。
ことファッションには疎いと自覚のある彼だから、そうした方が良い、と彼自身も納得しての事だ。
シドにとっても、今回のパーティへの出席にクライヴを連れて行くことは、自分の都合に付き合わせていると言う気持ちもあったし、準備をする手間は引き受けて然るべきだと思っている。
その際、きちんと彼に合う色を選ぶべきだと思ったのも、シドにとっては自然な思考だ。

 だが、その最中、シドが選んだものを見ては、疑いもせずにそれを身に着けてみる恋人を見て、ごく個人的な充足感を感じていた事は、否定できなくなっていた。


「……元はと言えば、そう言うつもりはなかった、とは思うんだがな」


 零す独り言に、返ってくるのは、何も知らない寝息だけだった。




クライヴの服を選ぶシドと、シドが選んだものを身に着けてるクライヴが見たいなと思いまして。
クライヴはあまり服装にこだわりはなく(原作28歳にそんな余裕はないし)、シドは結構オシャレだろうなと言う願望も込み。
あと着エロって良いよなあと思って書き始めた。ちゃんとクリーニングしないと大変なことになりますねコレは。
書いてる奴がファッションへのアンテナが全く立たない奴なので、ただただ見たいものと書きたい所を抽出してお送りしています。

シドに色々と言える立場の人って、バルナバスしかいないなあ〜と思って登場して貰いました。多分元々はシドも彼の下で仕事してたんだと思います。設定は詰めておりませんが、そういう雰囲気で考えているくらいです。