フェイクサインにご注意を


 偶にはちゃんと休め、と言われるのは、スコールにとって珍しい事ではない。
ただでさえ人材不足のSeeDの中にあって、そのトップたる席に座る彼は、常に忙しさに振り回されている。
書類仕事は勿論のこと、任務の現場に出れば、最前線で剣を振るう傍ら、全体の総括指揮も背負う事になる。
当然、スコール自身がそれを望んで選んでいるという訳ではないのだが、彼の立場と、現状の世界情勢、そしてどう足掻いても撤回の難しい人員不足が、スコールを忙殺せしめているのである。

 とは言え、実際の所、何もかもがスコールの存在失くして回らないのかと言うと、そうでもない。
スコールが現場に出る事を厭わない───と言うより、彼もそう言う場所で任務に集中するのが、本来の在り方だろう───為、バラムガーデンではよくよく指揮官不在の時間が出来る。
その間、残ったバラムの首脳メンバーで、指揮官代理の仕事も含め、一応は回す事が出来るのだ。
そう言う事態に主要な面々はそれなりに慣れており、スコールがいないから判断できない、と言う事は殆ど無い。
余程の場合は、現場にいるスコールに通信なりメールなりで連絡を寄越し、幾つかの確認を取った後、案件を通過させることも少なくなかった。

 勿論、スコールがバラムガーデンに指揮官として滞在している時が、何事も話が通り易いのは確かである。
しかし、だからと言って、スコールが一分一秒とバラムガーデンから離れないで欲しい、等と思っている者はいないのだ。
だから、キスティスを始めとした、スコールの幼馴染やその仲間達は、忙殺の日々を甘んじて受け入れている形になっているスコールに、半ば強引にでも休暇を取らせるように、折を見ては画策しているのであった。

 今回もそう言う理由で、スコールは休暇の日程をちゃっかり組まれ、仕事を取り上げられた訳だが、


(……急に休みにされても……)


 休みになったから何処か出掛けて来い、と放逐するようにスコールを指揮官室を追い出したのはサイファーだ。
その後ろで、キスティスとシュウが「行ってらっしゃい」とにこやかな笑みで手を振るものだから、スコールは閉じた扉を開けられなかった。
笑顔の裏で、戻って来ないで頂戴ね、と言っているのが聞こえたから。
無論、それは彼女たちの優しさであり、なんだかなんだで面倒見の良いサイファーも、本音はどうあれ、彼女たちの意向には同調しているのだろう。
ついでに、書類提出にやって来たニーダとも擦れ違った際、「ああ、休暇だっけ。久しぶりだもんな。のんびりして来いよ」と人の好い顔で言われたので、いよいよスコールは指揮官室前から退場せざるを得なかったのであった。

 そう言う訳でのろのろと寮へと戻ろうとしているスコールだったが、彼の感覚的には急に休みになったものだから、何をするにも予定が立てられない。
あった筈の仕事の予定が取り上げられて、思考のスイッチが切り替えきれないのだ。
やったあ遊ぶぞ、とはなれないのが、変に真面目で流され勝ちなスコールたる所以であった。

 と、渡り廊下を歩いていた時だ。
ポケットに入れていた通信機が鳴り、誰かから緊急の連絡でもきたかと取り出してみると、其処には想像とは違うものが綴られていた。


『休みの日の過ごし方───提案2。提案者:アーヴァイン・キニアス』
(……なんだこれ)


 人気の少ない廊下の真ん中で立ち尽くし、通信機を見下ろしていると、再びそれが鳴る。


『休みの日の過ごし方───提案1。提案者:セルフィ・テルミット』
『休みの日の過ごし方───提案6。提案者:リノア・ハーティリー』
(リノアまで……)


 次々と入って来るメールは、どうやら仲間達からのもののようだ。
あと数件来るな、と思っていると案の定、ゼル、キスティス、なんとサイファーからも送られてきた。
更にシュウとニーダからも。
暇なのか、と胡乱に目を細めるスコールであったが、大方、スコールの行動の鈍さを予測して、仲間達が気を利かせたのだろう。
折角の休みなんだから、こんなことをしてみてはどうか、と。
提案に添えられるナンバーがメールの到着順に対して不揃いなのは、セルフィが提案し、身近にいる人からそれを拡げていった名残と言った所か。

 誰もいないのを良い事に、寮へと向かう足を再開させながら、通信機を見詰める。
休暇の過ごし方について、プレゼンは各人の特色がよく出ていた。
セルフィはバラムやドールでのウィンドーショッピング、キスティスとアーヴァインはカフェでのんびりなんてどう、とそれぞれお薦めの店も紹介している。
ゼルはランニングや訓練施設で汗を流す、サイファーは「お前の事だから何もしたくねえんだろ」と言わんばかりに、昼寝してガンブレードの調整でもしていろ、との一文。
リノアは、ガルバディア軍の軍縮と共に、活気の出てきたティンバーを観光してはどうか、とのこと。
皆があまり遠出を勧めていないのは、スコールの腰の重さを理解しての事だろう。
手近な場所でゆっくりする方が、スコールの性に合うだろうと言う判断が、よくよく理解者であることをスコールに実感させる。

 その傍ら、少々違う所から切り込んできたのが、シュウとニーダだった。
シュウはドールで最近流行っていると言う、整体マッサージを薦めている。
元々ドールは、カジノなどの娯楽も多く、観光客は勿論、保養目的で訪れる者も多かった。
昨今、“月の涙”の影響により、各国の軍人が酷く忙しくしている事も相俟って、休息を求めた軍人が休暇で利用する事も増え、それらを当てにした整体マッサージ屋が増えているそうだ。


(……マッサージか……)


 それなら、行った先でうろうろ歩き回る必要もない、と言うのがスコールの琴線に触れた。
ドールならバラム港から船が出ているから、それ一本で往復も出来るから、日帰りも難しくない。
シュウのプレゼンには、評判が良い店は此処、としっかり紹介も添えていた。
混んでいなければ、予約なしで飛び込みで頼める所ばかりで、平日の今日なら何処か一つくらいは空いているのではないか、とのこと。

 ドールまで行ってマッサージが一つも空いていなかったら、副案として、ニーダが薦める温泉にでも入って帰れば良い。
なんでも新しい健康施設がオープンしたとかで、其処なら温泉あり、サウナあり、他にもカラオケやら飲食店やらと、とにかく一所で休暇の目的は完結できるだろう、とのこと。
人が多そうな場所はスコールの好む所ではなかったが、複合施設一ヵ所で全てが済むのは有り難かった。

 ────かくして、スコールはバラムガーデンを後にしたのであった。




 スコールがドールに到着したのは、昼過ぎの頃だ。
バラムの港で買った漁師飯の弁当を船の中で食べ、下船した足でそのまま目的地を探す。

 ドールは余り訪れない為、スコールは土地勘がなかった。
シュウが薦めているマッサージ店を見付けるには、先ずドール港にある案内所を訪ね、マップに店舗場所のチェックを入れて貰い、後は近くまで歩いて行く事にした。
タクシーでも使った方が早いとは思ったが、タクシー待ちの行列を見て辞めた。

 ドールの街は少々入り組んでいる。
国の歴史が長い事もあって、旧い街並みが今も残っている地区も多く、これを目的としてやって来る観光客もいる為、余り区画整理には乗り気ではないらしい。
それ故に道筋が細く細かく枝分かれしており、この地形を利用して、路地裏の隠れた名店だとか、ちょっと表には出せないようなものを扱う店、なんて言うものも散らばっている。
ガルバディアのデリングシティとはまた違う、少しアンダーグラウンドな匂いがする場所も少なくなかった。

 スコールは時折、小さな飲食店やアクセサリーショップに立ち寄り、メニューや商品を眺める傍ら、目的のマッサージ店を探した。
すると、多くの店の者は、マッサージ店に寄った帰りにでも店に立ち寄って欲しいと言う思惑か、近場にあるマッサージ店も紹介してくれる。
それは情報として有り難く頂く事として、スコールは当初の予定通り、シュウが紹介してくれた店を探し続けた。

 そして幾つかの聞き込みの繰り返した所、カフェバー(夜になるとパブになるらしい)の店員が、


「ああ、これなら知ってる店があるよ。案内しようか?」
「それは───助かるが、店が」
「良いよ、良いよ。平日の昼間っから来る客なんていないから」


 申し出は有り難いがと眉根を寄せるスコールに、カフェバーの店員である青年はひらひらと手を振って言った。
耳に三つもピアスをしているソフトモヒカンの井出達は、少々チンピラめいた印象で、スコールは店に入った時に余り良い印象を持っていなかったのだが、他人のファッションにケチをつけるのも野暮だろう。
スコールは店長に外出の許可を貰う青年の声を、店の端に立って待っていた。

 程なく青年はエプロンを外しながら戻ってきた。


「じゃあ行こうか。店名をもう一度確認させて貰っても良いかな?」
「ああ」


 スコールはシュウのプレゼンメールを見せた。
彼女から提案された店は四つあり、そのどれかが入れれば、とのことだ。
青年はふんふんとメールを確認し、


「この一番上のはちょっと難しいかな。予約なしで入れる所だから、それをアテにした客が多いんだ。行っても良いけど、大分待つかもなあ」
「……そうか。他の店は?」
「他は大丈夫だと思うね。隠れ家みたいに大きく看板出してない所もあるから、そう言う所なら飛び込みも少ないし。まあ、たまーに観光の団体客が幾つか分かれて施術して貰いに入る事があるから、絶対じゃあないんだが。ああ、店に電話してみようか?」
「確認して貰えるなら、有り難い」
「はいはい、ちょいとお待ちくださいねっと」


 青年は携帯電話を取り出し、慣れた様子でプッシュボタンを押した。
しばらくのコールの音の後、


「もしもし、俺俺。うん、今空きあるかなーって。お客さん見付けたから、行けそうなら。うんうん」


 まともに名乗りもしないで話を続けている様子に、顔馴染か何かか、とスコールは思った。
スコールに対しても酷くフランクに話しかけて来るから、元々距離感の近い人間なのかも知れない。
あまり好きではないタイプだな、とこっそり思う。


「あー、はいはい。うんうん。じゃあ準備宜しく〜」


 挨拶らしきものを投げて、青年は電話を切った。


「……行けるのか?」
「おっけー、おっけー」


 スコールが確認すると、青年は指でOKサインを出す。
じゃあ行こう、と向かう彼を追って、スコールも歩き出した。

 地元民にとっては慣れた道、と行った所だろうか。
青年は細い路地路をすいすいと迷いなく歩いて行く。
ついでに、道中の彼はよく喋り、何処から来たんです?観光?保養?カジノは行きました?等と絶えず質問を投げて来る。
スコールには聊か鬱陶しくはあったが、案内を頼んでいる手前、黙っているのも厄介になる気がして、問われた事には答えた。
SeeDであると言った途端、「じゃあ“魔女戦争の英雄”って見た事ある!?」等と食い付かれ、スコールは聊か引きながら、少しだけ、と答えた。
それからは、世間で噂されている“魔女戦争の英雄”についての話を立て板に水のように聞かされ、まさか自分がその当事者であるとは言いはすまい、とスコールは唇を固く噤んだのであった。

 そうこうしている内に、景色は街の裏側めいたものが増えきた。
と言うのも、大通りからはすっかり外れ、路地裏の路地裏、と言った道を通ってきたからだ。
ピンク色の目立つ看板が、今はまだ電気も点けられずに、狭い道にはみ出して置かれている。
それをちらりと目で追いながら歩いていると、男が言った。


「ここらは、まあ、繁華街でね。夜になるとちょっと危ない店もあるんだけど、昼間だから静かなもんだろう」
「……まあ……」
「こんな所にあるから、怪しい店じゃないかってUターンする客も結構いるんだけど、その辺は大丈夫だから。立地がアレなもんだから、店の家賃が安いってんでさ、その分リーズナブルにサービスが提供できるワケ。一回行くと病みつきになっちまう位に上手いんだよ。俺、よく案内するんだけどさ、場所がこんな判り難い所だろう?あの感覚が忘れられないからもう一回案内してくれないかって、よく言われるんだ」
「……ふぅん」
「慣れれば一人で来れるようになるさ。夜はダッシュで大通りに出ちゃうのをオススメするけどね。昼間に来る分には、静かなもんだよ」


 店の裏事情などスコールにはどうでも良い事だったが、適当な相槌をしているだけでも、男は気分良く喋ってくれた。
男の言葉が何処まで本当なのか、今のスコールには知るべくもないが、いずれにせよ店に着けば判る事だ。
ぼったくりに遭うような事でもなければ、今日のスコールの目的としては十分だろう。

 少々古びた雑居ビルに男が入って行く。
大きな看板はなく、外階段の横に、マッサージ屋の店名と料金表のシンプルなプレートだけが掲げられていた。
これは確かに、知っている人間でなければ気付きそうにない、と思いながら、スコールはプレートを横目に見て男の後を追っていく。
────だから、其処にグラフィカルな書体で綴られた店名の綴りが、シュウが提案していた店の綴りと僅かに違っている事には気付かなかった。

 三階の非常口を通ってビル内に入ると、元々はオフィスビルだったのを、内装だけを改修したのが分かる作りになっていた。
一番近くにあった、『Welcome』のメッセージプレートを掲げた扉を、男はノックもなしに開ける。


「こんちわー。お客さん案内して来ましたー」


 やはり何処までもフランクに、気安い感覚で声をかける男。
それを聞いてか、受付の奥にある扉から、一人の男性が現れた。


「はいはい、今日もありがとさん。いらっしゃいませ、初めてですね?」
「……はい」


 スコールの返事に、ありがとうございます、と返す男性は、上下ともに白い衣装を身に纏い、額に薄らと汗を掻いている。
飾りっ気のない、ベリーショートヘアの男性は、その額の汗を軽く拭うと、受付の棚から書類とペンを取り出した。


「初回の方は、まずは体験と言う事で、金額を一定にして、先払いと言う形にしておりますが、宜しいですか?」
「…はい」


 男性の問いに、スコールは短く答えた。
先払いをして大して効果のないマッサージをされる可能性も考えたが、後払いでぼったくられるような事をされても面倒だ。
先に払って、後の追加がないなら、その方が楽な気がした。


「お名前と連絡先と。あとは此方に、体の気になる所を。肩が凝るとか、胃腸の調子が良くないとか、治したい所を書いて下さい」


 差し出されたペンを受け取って、スコールは名前をフルネームで書く。
治療したい所、と言われると直ぐには浮かばなかったので、無難に肩と背中が凝る、と書いておいた。
その間、男性と青年の会話が聞こえる。


「昨日のお客さんどうだった?」
「満足して貰えたよ。いつも案内ご苦労さん」
「俺のお陰で来てる客多いっしょ?またご褒美頂戴よ」
「判った判った。じゃあ何処か日を開けておけよ、声をかけるようにするから」
「やりィ。そっちからも連絡してよ、俺だけじゃ都合が判んないじゃん。タイミング合わせたいんだからさ」
「はいはい。そろそろ戻らないと店長にドヤされるんじゃないか。あんまり長居すると、またサボりだろうって言われるぞ」
「へーい。んじゃ、俺はこの辺で。ごゆっくり〜」
「……どうも」


 最後にスコールに向けてひらひらと手を振り、人懐こい笑顔を浮かべる青年に、スコールは社交辞令に会釈をした。
一応、彼にはこの店まで案内して貰ったのだから、それ位の礼儀はして良いだろう、と。

 書類の記述を終えると、施術衣を渡された。
案内に従い、受付のあるこの部屋から廊下へと出て、連なる扉の一番奥に入るようにと指定される。
言われた通りに奥の部屋へと入ってみると、カーテンで仕切られた小さなスペースの中に、荷物置き場と脱衣籠があった。

 服を脱いで施術衣を広げてみると、薄い生地のポロシャツと短パンの他に、紙パンツが入っていた。
マッサージ用にオイル等も使われる事は多いし、汗も掻くだろうし、汚れるのが嫌なら履き替えた方が良いだろう。
普段、ボクサーパンツを愛用しているスコールにとって、ゆったりとして風通しのあるトランクス型の紙パンツは落ち着かなかったが、自前のものが汚れるよりは良い。


「着替えが終わりましたら、此方へどうぞ」


 カーテンの向こうから男性の声が聞こえた。
スコールは備え付けられていたスリッパを借りて、カーテンを開ける。

 元々はもっと広い空間だったのだろうが、マッサージ屋をするに当たって、大きく改造したのだろう。
元々の壁の色と違う、アクセントカラーとなっている壁は、立て板を使った仕切りを使って、部屋を幾つかに分けているようだった。
壁際の棚には施術に使われるのか、オイルの瓶やタオルなどが並べられている。
真ん中には施術台が置かれ、薄手のシーツやタオルが準備を整えられていた。
出入口は、スコールが通って来た扉の他に、店のバックヤードにでも繋がっているのだろう、小さな扉が奥側にあるだけだ。
窓は小さなものが一つあったが、隣接しているビルの壁が見えるだけで、明り取りとしても大した効果は望めそうにない。

 癖で室内を見回していたスコールに、男性が「これをどうぞ」と言った。
何かと思って振り返ってみれば、湯気を立てる薄い色のついた液体が入った紙コップが差し出されている。
これもまた職業からの癖である、警戒の滲む目で眉根を寄せるスコールに、男性は人の好い笑顔を浮かべて言った。


「うちで特別にブレンドしている健康茶です。新陳代謝の促進と、老廃物の排出を促すものでして。施術の効果を高める為に、お客様には飲んで頂いているんです。ちょっと苦いですが、そう言うのがお嫌いでなければ、是非」
「……はい」


 逡巡が過ぎったスコールだったが、誰でも飲んでいると言うのなら、と紙コップを受け取った。
口元に寄せて、くん、と匂いを嗅いでみると、煎った茶のような匂いがした。
舌先で舐める程度に口に含んでみると、すっきりとした味わいと、僅かな苦みが感じられる。
舌先に痺れるような感覚がない事から、一応毒の類ではないらしい、と判断した。
猫舌ではないが、それでも消え切らない警戒心から、スコールはちびちびと様子を見ながら茶を飲んだ。

 空になった紙コップを返し、スコールは施術台に上がる。
横になったスコールを見下ろし、男性はにこやかな笑みを浮かべて言った。


「遅くなりましたがご挨拶を。此処で店長と施術を請け持っております、本日はどうぞよろしくお願いします」
「……よろしくお願いします」
「では、先ずは仰向けで。全身の状態の確認をしますので、順に触って行きますね」


 定型に則っているのであろう、手短に挨拶を終えると、店長だと言う男性は蒸しタオルで温めた手をスコールの肩に乗せた。
柔く触り、強弱をつけて押したり揉んだり、それを体の上から下へと満遍なく施していく。


(まあ……悪くはないか)


 人に触れられることに関して、スコールは全般的に、出来れば避けたいと思っているのだが、マッサージに来ておいてそれを嫌がるのも可笑しな話であるし、微妙な強弱で揉まれる筋肉の感覚が少し気持ち良い。
先の青年が行っていたように、リピーターが多いと言うのも、こう言った心地良さの体験を忘れられないとすれば、頷ける気もした。
指や足の爪先に、じんわりとした熱が広がる感覚があって、体の奥がぽかぽかとしてくる。


「ふ〜む、大分凝ってますね。若いのに此処までは珍しい。バラムの学生さんですよね」
「……はい」
「勉強のし過ぎかな。学生さんもテストだなんだってありますしね。バラムのって事は、バラムガーデンだと思いますけど、やっぱりバトルの訓練とかも?」
「……色々あります」


 話をして客をリラックスさせようとしているのだろうか。
なんでもない事を訪ねて来る男性に、スコールは短く答える。

 自分が正SeeDであると言う事は、なんとなく伏せている。
先の青年に“魔女戦争の英雄”について食い付かれた事もあり、其処について突かれるのが面倒だった。

 確認作業は脚まで下りていて、踏み込みをする右足を重点的に触られているのが判る。
太腿、膝、その裏、脛───足首を軽く持ち上げて、間接の可動域を確認される。
それから足の裏を揉まれ、ぐぅっと強く圧されて、反射的に右足の筋肉が硬くなった。


「うっ」
「失礼、痛かったですか?」
「……いえ」
「痛みがある時は言って下さいね」


 言いながら男性は、施術台を離れた。
ふぅむ、と考える声が聞こえる。


「全体的にではあるんですが、右側が特に凝ってますね。まず血流を良くしてバランスを整える為に、リンパマッサージをしますね」


 カラカラカラ、と道具を乗せた押し車を施術台に寄せながら、男性は言った。
スコールは「…お任せします」とだけ言って、横になったまま動かない。

 男性はオイルを手にたっぷりと塗し、両手を揉み込んで人肌に温めると、スコールの頭側に立った。
失礼します、と断りを入れて、両手をスコールの施術衣の襟元から入れる。
鎖骨にオイルの滑る手が触れ、するすると肌の上を泳ぎ始めた。


(……ちょっと気持ち悪い……)


 鎖骨周りを滑るオイルの感触は、こういう事に慣れていないスコールにとって、少し嫌悪感を呼んだ。
が、マッサージとはこう言うものだと言うのも(初体験の事であはるが)分かっているので、口を噤んで施術を受け入れる。
男性の手は丹念にスコールの首回りを撫で、鎖骨から肩へ、首の付け根、首の横と、掌全体を使って丁寧に辿って行く。


「ちょっと強く圧しますね」
「……はい……んっ……!」


 掌の圧が僅かに強くなって、焦らすようなスピードで、殊更ゆっくりと手が滑って行くのが分かる。
首筋の筋肉が苦痛にならない程度の圧迫感を得て、その圧から解放されるに従い、首回りの塊が解れていくような気がした。

 それから右側の腕全体、そして左側の腕をマッサージされる。
肩を動かされるのも抵抗せずに任せた。
腕が持ち上げられ、袖の隙間から手が入って来て、ぬるつく手が脇に当てられる。


「んっ……!」


 普段、風呂に入っている時位しかそう触る機会のない場所を、他人の手で触られる感覚。
むず痒さを感じてスコールは眉根を寄せたが、男性は黙々と施術を続けている。
丹念に塗られたオイルがスコールの肌を温め、上半身にじんわりと汗が滲んで行く。


「胸の方、失礼しますね」


 男性はそう言って、施術衣の上からスコールの胸に両手を置いた。
傭兵と言うには聊か厚みが足りないと言われ勝ちな胸板を、円を描くように撫でる掌。
施術衣にオイルの湿気が染み込んで行くに連れ、それが肌にぴったりと張り付いて、薄い生地越しに男性の掌の厚みが伝わってくる。

 ぽかぽかと体の奥から染み出て来るような熱を感じて、スコールは薄く息を吐いた。
ふぅっ……と呼吸を零した事で、慣れないこの状況への緊張で知らず詰まっていたものがガス抜きしたような感覚を得る。
それから、少し意識をしながら呼吸を続ける事に終始していた時だった。
胸を撫でていた手が、五指を拡げてゆっくりと胸全体を覆った時、指の付け根がスコールの乳首を挟む。


「っ……!」


 ひくん、とスコールの躰が一つ小さく跳ねた。
かと思うと、胸を撫でていた四指が揃えられ、胸板を下の位置から寄せてあげるように持ち上げる。
そうして手が短い感覚で上に下にと動く度、スコールの色の薄い乳首が、親指と人差し指の隙間に挟まれるようにして擦れていた。


「っ……ふ……っ、ん……っ!」


 胸の肉を持ち上げられる度、乳首の上に据えられた親指が隙間を閉じるように肌を挟むものだから、それに巻き添えにされて乳首が挟まれる。
挟んでは緩み、手が滑ってはまた挟み。
きゅ、するる……きゅぅ、という間隔で刺激を与えられて、スコールは眉根を寄せた。


(これは……んっ、言うべき、なのか……?んんっ……!)


 きゅうぅ……とまたゆっくりと乳首を挟まれる。
痛かったら言って下さい、と男性は言ったが、これは進言するべき事なのだろうか。
だが、ちらと見遣った男性の表情は真剣そのもので、スコールに「乳首が変な感じがする」等と言う事を躊躇わせる。

 考えている内に、手の動きが変わった。
今度は脇から胸の中心に向かって、流れを整えるように手が滑る。
動きの変化にほっとしたのも束の間、揃えられた指が柔く皮膚を引っ掻くように立てられて、指先がスコールの乳首を引っ掛ける。


「んっ……!」
「大丈夫ですか?」
「……は、い……」


 痛みはありませんか、と問う男性に、スコールは一瞬正直に言う事を考えたが、結局出来なかった。
こういうものだと言われたら、初めてマッサージと言うものを体験するスコールには、反論の材料もない。

 胸肉を脇から寄せられたまま、指が肉の付け根をぐりぐりと押す。
ツボを探してか、少しずつ位置をずらして調整しているそれが、乳首をピンポイントでぐっと圧した。


「っふ……!」


 ピクッとスコールの肩が震える。
指はすぐに移動して、別のポイントを見付けると、そこの凝りを解そうとぐりぐりと小さな円を描くように押し刺激を与えた。

 男性は反対側の胸にも同じようにマッサージを施した。
胸肉を寄せ、指が引っ掻くように肌を擦る。
乳輪が指に引っ張られ、内側に寄せるように押されたかと思うと、乳首を二本の指の腹で柔く圧し潰された。
じんじんとした奇妙な感覚が胸全体に拡がって来て、スコールが堪らず身動ぎをした時だ。


「直接触れますので、服の前を捲りますね」
「え……あ…は、い」
「女性でしたら、やっぱり男に肌を見られるのは恥ずかしいと思うので、タオルを被せたりするんですが────」


 どうしますか、と訊ねる男性に、俺が決めるのか、とスコールは思った。
確かに客が女性で、施術担当が男なら、そう言う配慮が不可欠だろう。
しかし、スコールは目の前にいる施術士と同じ性別を持っている訳で、体も傭兵としてそれなりに鍛えてある。
それなのに、此処で「裸を見られるのは恥ずかしいのでタオルを」と頼むのは、それを選ぶ方が無性に恥ずかしい気がして、見栄が出た。


「……大丈夫です」
「判りました。では続けますね」


 そう言って、男性はスコールの施術衣の前を捲り上げた。
施術衣越しにマッサージを施された胸元は、外気に晒されても、寒気のようなものは感じない。
それ所か、滲むような熱がその内側にあって、薄らと汗ばんでさえいた。

 男は新しいオイルを両手に塗って馴染ませると、その手をスコールの下腹に置く。
厚みが足りないとは言え、しっかりと割られた腹筋を、胃腸の形をなぞる様に撫で回す。
その傍ら、片方の手はまたスコールの胸板に置かれ、左右の胸を交互に揉み回していた。


(胸が……指が、引っ掛かって……んっ、変な感じが、また……)


 僅かな中断でほっとしたのも束の間、また始まった胸へのマッサージ。
新しいオイルを丁寧に塗りこむように、指を細かく波打たせ、手のひらを手首から回し動かしては、スコールの胸全体を揉みしだいている。

 腹を撫でていた手が、スコールの窮鼠をゆっくりと押す。
反射的に腹に力が入ったスコールに、


「ゆっくりと息を吐いて下さい。深呼吸する感じで」


 男性の指示に、スコールは意識して息を吐く。
ふぅー……と細く長く息を吐くのに合わせ、男の手がスコールの腹を押して行く。
押す手に促され、酸素を吐き切る所まで行って、ようやく手が離れた。
瞬間、空っぽになった灰に酸素を一杯に取り込もうと、スコールは息を大きく息を吸い込んだ。
腹が判り易く膨らむ程に酸素を取り込んだ後、また男性の手がスコールの臍の上に置かれ、ゆっくりと圧を与える。


「はい、息を吐いて、吐いて。吐き切ったら、吸って」


 男の指示に合わせて、スコールは大きな呼吸を繰り返す。
そうしている内に、段々と肩の強張りが抜け、頭の片隅にあった考え事が薄れていくのが判る。
リラックス、と言うのはこう言う感覚なのだろうかと、ぼんやりと考える。

 何度目かの呼吸に合わせ、長く息を吐くスコールの腹を、男性の四指がクックッとリズミカルにノックするように押す。
臍の奥にある内臓を刺激される感覚に、スコールは我知らず体を捩った。
と同時に、胸を揉んでいた手指が、きゅうっと乳首を強く挟む。


「んぅっ……!」


 意識していなかった所からの強めの刺激に、思わず喉から声が漏れた。
変な声が出た───とスコールが俄かに顔を赤くする間にも、男性の指はスコールの臍をぐりぐりと押し、胸を乳首を挟んで丹念に揉む。


「ふっ……!ん、んっ……!」
「胃腸も疲れているようですね」


 そう言って男性は、また強く臍を押し、乳首をきゅうぅっと絞った。
胸からの痺れるような感覚に、スコールの躰が強張る。


「うぅん……っ!」
「痛みがありますか?」
「……っ……!」


 訊ねる声に、スコールはこくこくと頷いた。
痛い、と言うことはなかったが、胸からはぴりぴりとした痺れが、腹の奥からはじんと重い感覚が襲ってくるのに耐えられなかったのだ。

 男性の手が胸と腹から離れて、スコールははぁっと息を吐いた。
強張っていた体が僅かに弛緩し、スコールは明りの乏しい天井を見上げて、はあ、はあ、と呼吸を繰り返す。


「では次は下半身の施術を始めますね」


 心なしか乱れた呼気を繰り返しているスコールであったが、男性は平静とした様子で次の作業に取り掛かった。
オイルを塗り直した手が、スコールの腰骨を包むように宛がわれ、柔らかい力で其処を押している。
短パンの上から脚の付け根、腿、内腿と揉まれ、脛から踝までをオイルの手が滑るように下りていく。

 足首を柔軟するように回されては、骨の継ぎ目、関節部などを親指が強弱をつけて押す。
踵をオイルの手が丁寧に撫で回して、足の裏を指が滑って行くのが分かった。
まず人に触れられる事のない場所からの感触に、ぴく、ぴく、とスコールの足が震える。


(んっ……、くすぐ、った……あ……っ!)


 土踏まずを指の腹が押して、凹んだ部分を爪先の方へと押し持ち上げていく。
それから、足の指の隙間に、オイルで濡れた手が侵入した。
指の隙間を広げながら、ぬるぬるとした手が丁寧に指の隙間を擦る。
両足ともにしっかりとオイルを揉み込み、足の裏が火照ったような感覚に包まれた頃、またマッサージの手は脚を上って行った。

 足の甲から足首、向う脛、ヒラメ筋と、両手で足を包み込んで、先端から体の中心へと血流を促す手の動き。
スコールは、とくん、とくん、と自分の心臓の音が鳴るのを聞いていた。
血が巡っているのだろう、体全体が火照りを帯びて、ともすれば熱っぽい呼吸が漏れる。
はあ……っ、と息を吐くのに合わせて、足を滑る腕が、ゆぅっくりと力を入れて脚の肉を押し上げている感覚が伝わった。

 膝から上まで手が上って来て、失礼します、と男性の声の後、短パンの隙間から手が入る。
太腿をやわやわと揉まれ、スコールはそこからむずむずとした感覚が生まれるのを感じた。


「んっ……っは……」
「やっぱり右足ですね。この辺りから……」


 男性の手が太腿の中央を押して、するすると上って行く。
短パンの裾が捲れ、紙パンツの下に腕が侵入して来るのが分かる。


「ふ…う……っ」
「ここまで」
「あ……っ!」


 足の付け根の皺の所を、指先でするりと撫でるように触られた。
むず痒いソフトタッチに、スコールの太腿がビクッと跳ねる。
染みるように残る触れられた感触に、スコールは知らず知らずに足の爪先を丸めていた。


「よく揉んでおきますね」
「ん……んん……っ」


 言った通り、男性はスコールの内腿を丹念に揉み始める。
引き締まっているとは言え、やはりある程度は脂肪のある肉を、指を細かく動かしながら揉みしだかれる。
広げた指が不規則にうねって、時折脚の付け根の皺に食い込んだ。


「固いですねえ。やっぱり、走り込みとかってあるんですか?」
「ん……た、偶、に……」
「偶にって言う凝りようじゃありませんよ。まあ、バラムガーデンって傭兵を育成してるんですしね。僕等一般人とは基準が違うんでしょうね。ああ、ちょっと、足を広げて貰えますか」


 会話の中に入ってきた指示に、スコールはそろそろと従った。
投げ出すように伸ばしていた右足を少し外へと広げる。
すると、「もう少し」と言って、男性はスコールの太腿を押して、脚を左右に広げさせた。


「この位で───おや?」
(ふ……あぁ……っ!)


 男性が何かに気付いた声を上げて、スコールはぎくりとした。

 訓練された身であるから、人の視線と言うものには敏感だ。
スコールは、じんじんと強い視線が、拡げた足の間に注がれているのを感じていた。
其処がどうなっているのか、認めたくないのに判っているから、スコールは憤死したい程に顔を赤くする。

 スコールの股間は、熱の高まりを象徴するように、テントを張り始めていた。
ボクサーパンツのように抑えられてもいないから、主張を始めるや其処は正直にその有様を晒している。
 ただマッサージをされているだけなのに────と赤らめた顔を腕で隠すスコールに、男性は特に動じた様子もなく言った。


「大丈夫、他にも男性のお客様がいらっしゃることもありますが、よくある事ですよ。マッサージすると体の血流がよくなりますからね。あと、ちょっとお茶の効果が効き過ぎているのかも知れませんが……まあ生理現象ですから」
「は……っ、ふぅ……っ、うぅ……っ!」


 宥めるように言われて、スコールは反って余計に恥ずかしくなった。
恥ずかしい所を見られていると、そう考えた自分の頭の中が、より不埒なものであるように思えたからだ。
それで昂ぶりが収まってくれれば良いのに、どうしてか一層体が熱を増す気がする。

 「続けますね」と言って、男性は全く変わる様子なく施術を再開させる。
短パンの裾から、パンツの裾から手が入って来て、脚の付け根を包み込む。
もみもみと柔らかく揉まれる感覚が、肌を伝って中心部にまで伝わってきた。
其処にぶら下がっているものが、目覚めたように刺激を拾う。


(あっ……!あ……っ!)


 どうしても敏感に出来ている場所に、変に優しい刺激が伝わってくる感覚に、スコールの下肢がふるりと震える。
揉まれる度に、広げられた足が、ぴく、ぴく、と反応して、スコールは中心部に熱が上って来るのを感じていた。


(た、ただの……んっ、マッサージ、んっ、なのに……っ)


 よくある事だと男性は言ったが、それでも性的な事にデリケートな年頃であるスコールにとっては、恥ずかしい反応だった。
あからさまに性的刺激を与えられているならともかく、そう言う目的でもないのに、体がそれと勘違いしているような状態になっている。
鎮まれ、鎮まってくれ、と幾ら念じても、刺激を与えられれば躰はひくんひくんと反応を示していた。

 紙パンツの内側が、じっとりと湿っている。
丁度自身の先端が当たっている所に、大きな染みがじわじわと生まれていた。
顔を隠した腕の隙間から、ちらりと覗き見てみると、施術衣の中心部が薄く色を変えているのを見付けた。
頼むから気付かないでくれと、丹念に丹念に、股間と足の付け根の狭間をマッサージしている男性に対して祈る。


「では、体を横向きにしまして。足を上げますね。ちょっと苦しい姿勢になると思いますが、呼吸を止めないように。ゆっくり息をして下さい」
「は、……あ……っ!」


 ごろりと体勢が横向きにされると、右足が膝裏から持ち上げられた。
天井に向かって白い脚がすらりと伸びて、太腿を抱えるように押さえ付けられて固定される。
太腿に重みが乗ったのは、恐らく、男性の体重だろう。
股関節をゆっくりと押すように体重をかけられながら、スコールは言われた通りに息を吐く。


「はあ……っ、ん…、ふ……ぅ……っ」
「良いですよ」


 褒める声に促されて、スコールは懸命に息をする。
男性の手が太腿の裏側に宛がわれ、尻の方へと押し滑る。
かと思えば、肉の薄い尻肉をぐっと掴まれ、太腿側へと持ち上げられた。
そうして、押しては引き寄せ、押しては引き寄せと、太腿と尻をマッサージされる。


「は……、ふぅ……っ、はふ……っ!」
「体の柔軟性はしっかりしていますが、日々の柔軟だけでは伸ばしきれない所ってあるんですよ。お尻の周りとか特にね。はい、こちらの足も上げますね」
「うあ……っ!」


 また仰向けにされて、左足も持ち上げられる。
背中が施術台から浮く程に持ち上げられ、スコールは尻を天井に向けて差し出すような格好になっていた。


(こ、こんな格好……!)


 かあ、とスコールの顔がまた熱くなる。
しかし、嫌だと暴れることも出来なくて、スコールは真っ赤になった顔を隠しながら、ふるふると耐えているしか出来なかった。

 わしり、と男性の存外と大きな手がスコールの尻肉を掴む。
びくりと震えたその肉を、指が強弱をつけてむにむにと揉んだ。
こんな格好でそんな所を、女なら悲鳴を上げても可笑しくない、と思ったが、しかしこれはマッサージである。
足の間から僅かに見える男性の顔は、やはり変わらず平然としたもので、このポーズと状況を意識している自分の方が過剰反応なのだとスコールに思わせた。


「やっぱり勉強もバトルの訓練も大変なのでしょうね。こんなに凝ってるのは早々ないですよ」
「んっ、ん……っ!んん……!」
「この辺のツボとか、よく効くんで、覚えておくと良いですよ」


 そう言った男性の指が、スコールの会陰をぐっと圧した。


「ひうっ?!」
「痛くはないでしょう?」


 ペニスと校門の中間、局部の中心である其処は、敏感な神経が集まっている。
そこを突然に刺激されて、ビクンと体を竦ませたスコールに、男性は淡々とした口調で続けながら、会陰をぐりぐりと刺激した。


「うっ、んっ、んんっ」
「此処には色んなツボと血管が集まっていましてね。此処をこうやって押すと、」
「ふ、いうぅっ!」
「ドーパミンが一杯出て、血行促進されるんですよ」
「うぅんん……!」


 ぐぅう、と指の腹を食い込ませんばかりに強く圧され、じぃんと重いものがそこから股間全体に拡がっていく。
堪らずスコール頭を振ると、


「押すのがお嫌いでしたら、引っ掻くのも良いですよ。こうやって」
「ひっ!あっ、やめっ、あっあっ!」


 カリッ、と微かに尖った爪先が会陰を引っ掻いて、スコールは堪らず声を上げた。
ストップをかけようと口を開いた所へ、カリカリ、カリカリと会陰を掻かれて、高く持ち上げられた尻が、ビクビクッビクビクッ!と跳ねる。


「や、やめ、やっ、ひっ!」
「ああ、失礼。すみません、ちょっと刺激が強かったようですね」


 足の間から腕を伸ばし、会陰を刺激する手を追い払おうとするスコールに、男性は相変わらず平坦な反応だ。
よくある事、よく見る反応だとも言うような態度で、ようやく手を引っ込める。

 体を折り畳まれるように持ち上げられていた足を元に戻される。
シャツを捲られて露わになった胸が、はあ、はあ、はあ、と荒い呼吸で上下していた。
火照って汗ばんだ肌は、丹念に塗りこめられたオイルで艶めかしく光り、薄暗い筈の照明を反射させて、ひくひくと震える躰の様子を判り易く浮き立たせている。

 施術台の上で、くったりと体を投げ出しているスコール。
その躰は、全身が熱ぼったく重く、頭の芯はぼんやりとしていて、思考回路がまともに働かなくなっていた。


(これ……マッサージ……?本当、に……?)


 ぼうとした頭の隅で考えるが、体のあちこちに、じんじんとした痺れや重みがあって、倦怠感さえ感じる。
リラックスと言うには齟齬がある気がしたが、その是非を教えてくれる者はいない。

 唯一、この場にいるスコール以外の人間はと言えば、


「ふぅむ。これはしっかり毒素を抜いた方が良さそうですね」


 そう言って、スコールの腹に手を置いた。
それだけで、びくん、と体を震わせた少年に、男の眸が薄く笑みを湛えるが、スコールがそれに気付く事はなかった。