泥に咲く花
スコール in FF7R


 魔晄都市ミッドガル───その名の通り、魔晄エネルギーにより世界でも類を見ない程に発展したこの都市は、複数のプレートと壁によって、各地区が区切られて整備されている。
壱の数字を冠した順に、都市の生活水準は高く、治安も良い。
故に多くの人間は、一番街を始めとした、上流階級の住まう層に羨望を抱き、其処で暮らすことを夢としている。
半面、下層に行く程に貧富の差は激しくなって行き、一部の区画は『スラム』と形容される程だった。
スラムの住人は、上層の住人が使い古して捨てたもの、廃棄処分として落としてきたものを掻き集め、それを使って生活を執り成している。
治安に関しては、またそのスラム内での差こそあれど、上層程に上等なセキュリティシステムが構築されている訳でもなく、半ば治外法権的な空気があった。
スラムと言う環境から脱することを目標に、様々な方法で立身出世を企てる者も少なくはないが、前述の明らかな貧富の差、そこから生じる様々な意識の違い、また出身区画を理由にした差別も多く、上層区画とスラムの住人は、相容れないと言う人間も少なくはなかった。

 だが、どんな環境であれ、人は暮らしていく内に、其処で生き続ける為に順応していく生き物である。
そこに適応することが出来なければ、待っているのは死だ。
それは肉体的な意味もあれば、精神的な意味も含まれる。
生き物は生存本能として、死を回避し、生を全うしようとする。
その本能さえも壊される程、自我に罅が入るまでは、なんとかして生きる為の手段を見付けようと抗うのだ。



 七番街スラムは、スラムらしいと言えばらしい風景である。
そこにあるのは沢山の廃材を掻き集めて作られたバラックによる街並みと、産業廃棄物の山、それを漁って日々の糧を得る人々。
足元は土がむき出しで、ここが魔晄都市ミッドガルの最底辺の場所にあることがよく判る。

 地面があるからと言って耕作物の類はまず見られることはなく、砂は細かく耕せど耕せど崩れてゆき、そもそも土壌を作るほどの栄養がこの地に確保される事もない為、最初からその手のものは高望みでしかない。
小さなプランターで、小さなジャガイモを作るのが精々で、それも根気よくした所で、生産性が上がることもほぼなかった。
故に七番街スラムでは、野菜は総じて高騰する。
そこまで地面が痩せているのは、魔晄都市ミッドガルの構造そのものに原因があり、空を覆う巨大なプレート───都市の上層を支える基盤プレートが常に頭上を覆っている為、陽光と言うものが一切届かないのである。
昼間は煌々として明るいが、これはプレートを整備する為に備えられた、巨大な電灯……通称『スラムの太陽』が点いているからだ。
この為、夜になって消灯されると、月や星明りさえない七番街は暗闇に堕ち、灯りは遠くに臨むプレート支柱の照明の他は、小さな電球や焚火でしか得られない。
これでは、太陽の恩恵を求める地の恵みなど得られるものではなかった。

 瓦礫の山は、そこから資材を発掘して商売をしている者にとって、宝の山も同義である。
その傍ら、それらを見付ける為には、それなりのリスクと言うものが伴った。
瓦礫の多くは、上層社会が廃棄したことによる機械類の残骸と言うのが殆どだが、此処に生物や兵器がまじっていることが多々ある。
大抵は魔晄エネルギーを一手に掌握している大企業『神羅カンパニー』の仕業だ。
神羅カンパニーは様々な分野にその食指を広げており、中には生物兵器を生み出し、戦闘手段として用いることを目的として、研究開発している部門もあった。
それにより生み出された合成獣や生物兵器が、失敗作として廃棄されるのだ。
それらが死んでいるならまだ良いが、生きたまま廃棄孔に放られることも少なくなく、瓦礫の山の何処かに潜んでいる。
上層に住むような優しい優しい人々なら、人間の身勝手な実験に使われて可哀想、だなんて嘆いて見せたかも知れないが、スラムの人々にしてみれば、お涙頂戴の話なんて鼻で笑うものでしかない。
スラムの人々は、自分の命を守る為、或いは自分の生活の糧を得る為、そうした生物兵器を狩り、埋め込まれたパーツを取り出したり、稀に得られる新鮮で毒性のない動物性たんぱく質を手に入れたりと、再利用している。
逞しいものであった。
そうでなくては、このスラムでは生きられない。
そんな事は、小さな子供でも知っている───それが七番街スラムだ。

 クラウドは現在、その七番街スラムで日々を過ごしている。
魔晄エネルギーを掌握し、星のエネルギーたるそれを無尽蔵に吸い上げる悪の企業である神羅カンパニー……それを打ち倒さんと決起した『アバランチ』と言う名のレジスタンスに雇われているのが理由だった。
アバランチは七番街スラムにある、『セブンスヘブン』と言うバーを隠れた拠点としている。
この為クラウドも、契約期間が満了するまでは、彼等と距離の近い七番街スラムに身を置く事になったのだ。
寝床は、アバランチメンバーであり、クラウドの幼馴染であるティファが、アパートの一室を用意した。
アバランチ側としては、リーダーから多少強い当たりは見られるものの、“元ソルジャー1st”と言う戦力的信頼は手放し難く、ふらりといなくなられては困るから、そう言う意味で一時の仮宿を用意したのかも知れない。
寝床などそのあたりの瓦礫の傍でも構わないつもりであったが、雨風がしのげて、きちんとした寝具を使って眠れるのなら、その方が有り難い。
雇い主の真意はさて置いて、寝るのに使って良いなら遠慮なく使わせて貰っている。

 しかし、此処数日の間、アバランチが大きく動く様子はない。
先日決行した一基の魔晄炉爆破が一応の成功を収め、勢いづいて行くかと思いきや、存外と慎重論も出た。
件から日を置かずに行動するのは、神羅カンパニー側のセキュリティが強化されていることを考えると、余りに無謀ではないか、と。
この為、セキュリティの様子を確かめる目的もあり、しばし情報収集に時間が割かれる事になった。

 情報収集となれば、クラウドの出番はない。
“元ソルジャー”として良い情報元はないか、とメンバーから聞かれはしたが、“元”である事が全てだと言えば、肩を落としつつも納得して行った。
どうせ粘られた所で、此方の出すものはないので、早々に引き挙げてくれたのは幸いであった。

 しかし、こうなると問題はクラウドの生活面である。
契約して初仕事となった魔晄炉爆破の件について、成功報酬を促した際、彼等はなんとも苦い反応を見せた。
と言うのも、アバランチは金銭的には大した余裕もない為、そもそもクラウドを雇うこと自体───彼等が持つ活動思想も理由であろうが───、消極的だったと言う事実がある。
実際、常に某かの蓄えがある訳でもないようで、クラウドに支払う報酬も、その時になってティファが諸々の集金を果たして賄われたものであった。

 アパートはティファの厚意から、またその伝手から用意されたので、そこで寝る分には問題ない。
恰幅の良い年嵩の大家の機嫌さえ損ねなければ、なんとかなるだろう。
だが、日々の食う糧であったり、愛用の武器を手入れする為の道具であったりと言う消耗品は、寝ているだけでは手に入らない。
せめて腹は満たして置きたいと言う、生き物として当然の要求を満たす為にも、クラウドは某かの仕事を見付けなくてはならなかった。

 ティファやアバランチメンバーが口コミでも流したのか、“元ソルジャー1stのなんでも屋”は引く手数多だった。
猫探しからモンスター退治まで、選り好みする性質でもないので、無作為に引き受けていれば、それなりの収入になる。
七番街スラムと言う環境にあって、荒事も引き受けられると言うのは、依頼する側としても良い物件であったようだ。
ただし、時々此方の足元を見たり、こっそり中抜きをしようとする賢いゝゝ者もいるので、此方もきちんと見る目は必要である。

 だが、どうしても報酬が得られないと言うことも儘あった。
ティファがクラウドの報酬に際して、手持ちのものがなかったように、成功を期待していなかったのか、最初から晦ませるつもりでいたのかは定かでないが、肝心の報酬を用意できていない依頼者と言うのは、決して珍しくない。
大抵はその場でどうにか金を掻き集めるか、物品での報酬か、又は某かのコネの紹介と言う形で支払うことになるのだが、稀に────


「すまねえ!本当に今出せるものがねえんだ!」


 ……と、土下座宜しく頭を下げる依頼主もいたりする。
丁度今、クラウドの前にいる、武器屋の店主がそうだった。

 他に客がいるのも構わず、カウンターで両手を突き、天板に額を擦り付けて詫びる店主に、流石のクラウドも半身を引いた。
勢いも然ることながら、周囲の眼があると言うのが、クラウドにとっては最も厄介だ。
詫びるならもう少し静かに詫びてくれと思うが、店主にしてみれば、これが精一杯の誠意のつもりなのだろう。
同時に、出すものが用意できなくても、なんとしても迅速かつ成功に確実性のある人物に依頼をしたかったと言う理由も想像ができて、クラウドは苦い表情を浮かべるしかない。

 この武器屋は、クラウドがアバランチに対して成功報酬を促した際、それを作る為にティファが集金した時に訪れた店だった。
七番街で顔が広いこともあり、武器の手入れ道具を調達したりと言う必要性もあって、クラウドもそれなりに世話になっている。
その世話になった好から引き受けた依頼の内容であるが、調整や手入れの為に預っていた顧客の武器道具が盗まれたので取り返して欲しい、と言うものだった。
盗んだのは七番街でも有名な悪たれグループで、手に入れたものをスクラップにし、バラして何処かに売り流すのが常套手段だとか。
どうせやる事はないということもあり、早いうちが良いだろうと、クラウドは数日をまるっと費やして、グループのたまり場を突き止めることに成功し、盗まれた品々も無事スクラップ化前に取り戻すことが出来た。
これで武器屋の主人も安心良かった万々歳───とはいかなかったのである。

 武器屋に取って、クラウドの迅速性が計算の外のものだった。
もしくは、預かり物がスクラップ化されている状態である可能性も、また高かったのだろう。
故にか、そもそも預かり物が盗まれたと言うトラブルにより他の仕事も手がつかなかったか、報酬分の蓄えが用意できていなかったのだ。


「すまねえ。払わねえつもりじゃなかったんだ、本当に。ただ、今は……」
「判った。判ったから顔を上げてくれ、目立っているから」


 恐慌しているかのように声を震わせながら訴えるものだから、まるで此方が脅しているようで、クラウドは仕方なく宥めた。
周囲の客の目も痛い。
とにかく真面に会話をさせてくれと、クラウドが切に願うのはそれだけだ。

 すまねえ、ともう一言詫びて、武器屋は顔を上げた。
聊か気まずそうに視線を彷徨わせる店主に、クラウドは一つ溜息を吐き、


「あんたがばっくれるつもりだったとは思っていない。武器のことでも世話になっているし、それ位は信用しているつもりだ」
「そりゃ有り難い。だけど、あんたは“なんでも屋”だろう。こっちも依頼したもんだし、ちゃんと報酬は……いるよな?」
「それは、な。信用と報酬の有無は別物だ」


 ビジネスはビジネスだときっぱりと言い切れば、だよなぁ、と店主は苦笑いする。
世知辛いものであるが、仏心はこの世界では羊の鳴き声なのだ。
取るものは取っておかねば、今度は此方の信用に関わるものであった。

 ちょっと待ってくれ、と言って武器屋は店の奥へと向かう。
鉄網で仕切りを作った仕事場で、何かないかと棚やら何やらを引っ繰り返しているのを、クラウドは腕を組んで待っていた。


(金がないのは仕方がない。となると、やっぱり出て来るのは物かな。使い道のあるものなら、まあ、どうにでも……)


 鉄くずでもこの地では何なりと使い道があるのだ。
質屋に流して幾何かの稼ぎになれば、一回の食事代の足しにはなるだろう。
存外と労働したことを思うと、元が取れていないとは思うが、この場はゼロよりマシだと思う他あるまい。

 待つ事しばし───まだかかるだろうかと持て余す暇にも飽きて来た頃、ようやく店主は戻って来た。


「取り敢えず、今出せるモンはこれくらいでだな……」


 がしゃ、と30cmほどの四角い鉄箱に入れて出て来たのは、思った通りの鉄くずの他、ハイポーション、エーテル、毒消し薬。
鉄くずはこの辺りでは良質なものを揃えており、恐らく本来ならば修理材などに使うつもりだったのだろうと判る。
それを一先ずの事とは言え報酬に宛がうのも、この男の精一杯の誠実性なのかも知れない。


「しかし、盗まれたものが全部無事で、それもこんなに早く帰って来たんだ。本来なら、もっと色つけなきゃならんとは思うんだが」
「まあ……そうだな」


 此処数日分の自分の労働力と、取り返したものの数を思えば、まだまだ見合っていない。
しかし出せるものはもうないだろうし、とクラウドがどう釣り合いを取らせるかと考えていると、


「それで、だな。あんた、コッチの方はご無沙汰か?」


 そう言って武器屋は、左手の小指を立てて見せた。
それを見て一瞬ぱちりと瞬き一つしたクラウドであったが、にやにやとした男の顔に、言わんとしている事を察する。


「……つまりは、それと言うことか?」
「まあ、そうだ。ほら、ここで商売してる女はさ、結構アクの強いのばっかだろ?いや誰のこととは言わんが。まあ、そうでもしないと此処じゃ碌な目に遭わないから、当然のことなんだけどな」
「……」
「だから抜け目のない奴も多いし、手癖が悪いのも少なくない。恐ろしいもんだと、客を頸り殺して全部持ってく奴もな。勿論、そんなのはごく一部の話であって、殆どの女はそれなりに真っ当に相手するし、まあ怖いことすりゃバックにいるもっと怖〜いのが出て来るから、ちゃんと通すとこ通してる所なら、問題は起きないんだよ。基本的には。でも、あんたは此処に来たばかりで、おまけに“元ソルジャー1st”だろう。俺らがちょっとまあ口軽いのもあってな、今此処らじゃ有名人なんだ」
「お陰で飯が食えているから、それは感謝しているつもりだ。で、……報酬の話は?」


 スラムの水商売事情はどうでも良いのだと、言外に興味がないことを示しつつ、逸れそうな話を軌道修正させる。
武器屋はそれを、自分が匂わせる報酬を急かしていると受け取ったようで、まあまあと宥めて来た。


「焦るなって。つまり、商売女の間でも、あんたのことはよく知られてるんだ。誰が呼ばれるか、どうやって取り入ろうかってね」
「俺に取り入ってどうする。“元ソルジャー”は見ての通り、日々の飯も日銭を稼いでカツカツの生活だぞ。潤うものなんかないだろう」
「まあ、此処で見てりゃそうなんだろうなとは思うけどよ。でも肩書きってのはこんな所でも強いのさ。あんたに気に入られりゃ、それだけで“ソルジャーのお気に入り”になれる」
「“元ソルジャー”のな」
「拘るね。あんたがそこに拘るように、女たちも拘るのさ。まずは一回、その後もお呼びがかかりゃ、箔になる。そうなると、他の客にも、そう言う箔が効いて来るのさ。要するに、ステータスを利用して、今より稼げるようになる。もっと言うと、“元”だろうとなんだろうと、金持ってそうって言うのもあるぜ。ここはイメージだ、現実と違ってることはどうでも良いのさ。後はそうだな、あんたの懐に入って、あんたの持ってる金なりマテリアなり、なんでも良いからちょろまかして、ドンと稼いで上に高跳びしようとしてる奴もいる筈だ」


 怖い話だ、とクラウドは独り言ちる。
よく言えば逞しいものだが、話を聞けば聞く程、このスラムで生きる女たちが一筋縄ではいかないことがよく判る。
コッチはご無沙汰か、と半ば決め付けのように訊いて来た武器屋の根拠は、こう言った環境に因るものだろう。


「だけどよ、やっぱ溜まるものは溜まるだろ?」
「………」
「其処でだ。ちょっと良い伝手を知っててな、上等なのが呼べるんだ。普段は六番街の壁の方で客を取ってて、他にももっと上の客を取る事もあるって噂でな。こっちまで来るのはまず稀なんだが、“元ソルジャー1st”って言えばイケると思う」
「……あんたの口振りから見るに、高いんじゃないのか。“元ソルジャー”にそんな大金を出す余裕はないぞ」
「それは俺が出す。あんたへの報酬だからな」
「俺への報酬額もまともに出せないのにか」
「うっ。だ、だから、その辺のことも含めて、伝手があるんだ。まあ、破産はしないようにするから、この店がなくなることも、多分ない。今日は無理だと思うが、明日明後日なら渡りがつけられる。あんた、夜はあのアパートにいるもんだと思ってるが、それで良いか?」
「仕事でもしていなければ、基本的にはいるが……いや、そもそも俺はそう言う───」
「じゃあ、都合がつけられたら、呼べる日をメモした紙でも貼っておくから、その日は夜は帰っておいてくれ。スラムの太陽が全部消える頃には行く筈だから」
「いや、だから」
「すまねえ、客が来た。じゃ、そう言う事で!」


 報酬に関しては勿論、そもそもの“それ”に関して、クラウドが発信する前に、店主は客の対応に取られてしまった。
一体誰が遮ってくれたのかと胡乱な目を向ければ、其処にいたのはビッグスだ。
あちらもクラウドに気付き、いつものように「よっ」と気安く片手を上げて挨拶してくれる。
一応の知り合いがいる前で話を蒸し返す気にもならなくて、クラウドは溜息一つも飲み込むのであった。




 武器屋の店主が言った通り、報酬の話から二日後の朝、アパートの部屋の扉下に小さなメモが挟まっていた。
日付と時間のみを書いたそれは、パッと見ると情報性に欠けるが、数日前の遣り取りを思い出せば、恐らくそう言う事なのだろうと判った。

 この報酬について、クラウドは受け取るとも何とも言っていない。
クラウドにしてみれば、武器屋が出せない報酬の代わりに半ば無理やり宛がって来たものだから、要らないと言えば要らないものだった。
しかし、こうして時間が指定されたと言う事は、武器屋にとっては幸いにも無事渡りがつけられたのだろう。
こうまで来て、改めて武器屋に行って「いらないから来させなくて良い」なんて話をしても、どうせ通らないだろう事は予想できた。
はあ、と溜息を吐いて、クラウドは仕方なく、その日の夜の予定を空けておくことにした。

 武器屋が何を匂わせて、こんな報酬を当てて来たのかは判る。
クラウドとて男であるから、そう言うものは実際に溜まる訳で、処理も必要な日は儘あった。
しかしだからと言って金を払ってまでそれを必要としているかと言えばそうではないし、自己処理でことが済めば楽なものである。
ついでに、武器屋が言った七番街での水商売事情を聞けば、尚更迂闊に行く気も呼ぶ気も沸くまい。
腕っぷしで黙らせるような客もいるのだろうが、クラウドはそう言うことはする気はないし、そんな事をした後にもっと面倒がやって来るのも判っている。
結論、一人で済ませた方が安上がりだし手っ取り早いし、何より危険を憂慮しなくて良いものであった。

 太陽の代わりの巨大電球が、一つ、また一つと消えて行き、街の明るさが夜と呼んで相応しい塩梅になった頃、クラウドはアパートの部屋で古びた天井を見上げていた。
寄越されたメモによれば、そろそろ件の報酬がやって来る筈だが、クラウドにとってそれは面倒なものでしかなかった。
いっそのこと、すっぽかしてくれると助かるんだがと思いつつ、


(まあ、あちらも呼ばれた以上は来ない訳にはいかないだろう。ああ言う商売も、口コミと信用は大きい訳だし。話が通っている筈なのに、俺がいないならいないで、俺の信用に関わるし……適当に時間を潰して貰って、帰って貰うのが一番穏当だな)


 ことをする為に相手はやって来る訳だが、クラウドにそのつもりはなかった。
しかし、やって来た人物を門前払いすると言うのも、色々と角が立つだろう。
無為なものにはなるが、適当に時間を費やして貰って、武器屋の店主が報酬代わりに話を取り付けただけであることも説明し、丁重にお帰り頂くのが良い。
それなら、あちらも疲れることをせず、基本料金程度の収入を得られる訳だから、顔や看板に泥を塗ることにもなるまい。

 寝落ちないようにだけ気を付けながら過ごしていると、コツコツ、と音が聞こえた。
足音らしきそれは、二回ほどアパートの通路を往復した後、クラウドの部屋の前で止まる。
少し強めに、ガン、ガン、とドアがノックされて、遠慮のない奴だなと思いつつ起き上がる。


「……はい。どちら様で?」


 訳の分からない輩が突撃して来る可能性もゼロではないので、念の為、チェーンロックをつけたままでドアを開ける。

 ドアの向こうには、フード付きのローブコートをまとった人物が立っていた。
外が暗い上、クラウドの部屋の明りと言うのも此処までは届いておらず、おまけにフードを頭に被せている為、髪の色形、顔の輪郭と言ったものははっきりとは判らない。
ただ、体格は線が細かったので、昼間に叩きのめしたチンピラが報復にきた訳ではない事は理解できた。

 それでも暗器の類でも隠し持ってはいないかと、探るように観察していたクラウドに、その人物はフードの端を僅かに上げながら、


「デリバリーサービスです。クラウド・ストライフさんのお宅は此処で?」
「ああ。そうだ」
「武器屋のオーナーからお話を通して頂いたと聞きました。貴方がクラウドさんご本人で、お間違えないですか?」
「……ああ」


 耳に蕩けるように染み込むようなその声に、クラウドは眉根を寄せた。
ことの話の流れもそうだし、武器屋も小指を立てていたことから、何が来るのかは判っていたことだ。
しかし、それにしては想定と聊か剥離が起きている。


(……この声は、女じゃない)


 淡々と抑揚なく確認事項を進めていくその声は、女性のような可愛らしいものではない。
酒焼けや煙草、或いは某かの有毒ガスや薬品の悪影響だとかで、喉を潰す者と言うのはこの地で決して珍しくはないだろうが、そう言うものとも違う。
明らかに変声期を終えた男声で、向こうもそれを隠すような無理な努力はしていなかった。

 この七番街スラムは、決して無秩序な場所ではないが、かと言って安全が約束されているような場所でもない。
訳有りの人間が流れ着き、アバランチのような自称レジスタンスが根城を構えるような場所だ。
色々と警戒して、まず乱暴を働くような客ではないかを男性が確認し、安全を確認してから女性を呼ぶと言うパターンもあるのかも知れない───と、クラウドはそこまで考えていたのだが、ドアの向こうの人物は、目元が見えるまでフード端を持ち上げて行った。


「本日、貴方のお相手をさせて頂きます。中に入れて頂くか、料金は其方持ちとなりますが、安全な所であれば、場所を変えて頂いても構いません。どちらになさいますか?」


 相変わらず淡々とした口調で、フードの人物は言った。
それを聞いて、本当にこいつが相手をするのか、とクラウドは微かに目を瞠る。

 いや、男娼がいるということについては、そう珍しくはないことかも知れない。
世の中には色々な癖を持つ人間がいて、同性同士でなくては勃たない者だっているし、もっと尖った者もいるだろう。
そうでなくとも、女相手は面倒だと言って、男を買う者もいる。
男の方もそれを判っていて、且つ自分に需要があり、それで目的を果たす事が出来るならと、そちらの道に入る者も少なくはないだろう。

 念の為、クラウドはアパートの外を見渡した。
誰かが見張っているとか、何かが此方を狙っているとか、考えられる危険は幾らでもあるのだ。
しかし、目を配っても特に危険なものは見当たらない。
若しかしたら、肉眼では視認できない距離から、スナイパーライフルが此方を見ているのかも知れないが───それは考え過ぎであるとしても、万が一を考えると、こうしてドア前で立ち続けているのも危険かも知れない。
当然、外に出る気もないクラウドは、半分は諦めと、やむを得ないと腹を括るつもりで、チェーンロックを外した。


「……どうぞ」
「失礼します」


 ドアを大きく開くと、フードの人物はぺこりと一つ頭を下げてから、敷居を跨いだ。

 閉じたドアに施錠をして、クラウドは来客を部屋の奥へと促す。
思った通り、男性と思しき来客は、ベッドの傍まで向かって行った。
クラウドはと言うと、何処からか拾ってきて修理の末に据えられたのであろう、小さな冷蔵庫を開けて、炭酸水の入ったボトルを取り出す。

 視界の端で、来客がフードを外しているのが見える。
クラウドは其方を見る事なく、ドア横のカーテンの端を捲って、外の様子を確認する。
コートを脱いでいるのだろう、衣擦れの音を滑らせながら、来客は仕事の算段を取って行く。


「基本はNGなし。ただし、道具の使用、口でのサービスはオプションとなります。刃物の利用や、身体に著しい欠如が及ぶ可能性のあるプレイはご遠慮ください。……これを言っておかないと、指を切りたがるような変わった趣味をお持ちの方もおりますので、定型句です。そう言った趣味が御座いませんでしたら、どうぞお気になさらず」


 そんな文句が定型句にされるとは、物騒な趣味の人間がいるものだ。
何処の話かは知らないが、しかし人間の趣味とは中々悪辣なものであったりするので、そう言う輩もいるのだろう。
成程、商売する側も色々と賢くなくては、このスラムでは生きていけない訳である。

 窓の外が相変わらず変わりないことを確かめてから、クラウドは溜息を吐きつつ、言った。


「……あんたには悪いが、俺はあんたをどうこうするつもりはない」


 クラウドのその言葉を受けてか、衣擦れの音が不自然に止まる。


「あの武器屋が、仕事の報酬に払えるものがないからと、代わりにあんたを呼んだだけだ」
「……そうですか」
「とは言え、あんたもこのまま直ぐ帰る訳にもいかないんだろう。適当に時間を潰して行けばいい。こっちからは、武器屋を通じてサービス自体には満足していると伝えておくから、これであんたが損をする事はないだろう」


 あちらにしてみれば、存外と条件の良い話である筈だ。
疲れる事をする訳でもなく、クラウドが“元ソルジャー”と言う肩書から、ひょっとしたらオプションの発生による実入りの計算をしていたのかも知れないが、その宛てが外れるとしても、ただ暇を潰しているだけで、基本料金分の金額は取れるのだから。

 問題は、時間を潰して貰うまでの間、クラウドが何処で過ごしているかだ。
もう店は閉まっているだろうが、セブンスヘブンを間借りして、朝まで過ごそうか。
明朝あたり、ティファが来る前に退散すれば───と考えていると、


「お客様のご意向は把握しました」
「……そうか。じゃあ、後は適当に都合の良い頃まで、ここを使って良い。どうせ何もない所だが。俺はその辺で時間を潰すから、なんなら宿替わりにすれば良い」


 言いながらクラウドは、結局一口も飲まなかった炭酸のボトルを冷蔵庫へと戻した。
ベッド横に置いてあるバスターソードを回収に向かう。
その為に振り返って、クラウドは初めて其処に立っている人物の顔を見た。

 ────整った面立ちの、大人びているが、微かに青さの漂う貌だった。
暗闇の中にともすれば溶けそうな、濃いダークブラウンの髪は、すっきりと短く整えられ、形の良い耳が見える。
目元は長い前髪が薄くベールを被せていたが、無精にしていると言う程ではなく、きちんと人に見られることを前提とした整えられ方をしていた。
その前髪の隙間には傷が一つ奔り、その傍らに覗く瞳は、深い海の底のように交じりっ気のない蒼灰色の輝きを宿している。

鼻は高くすっきりとして、唇は血色が薄いのか、それとも何か化粧でもしているのか、淡いピンク色をしていた。

 綺麗な顔立ちをしている。
一言で言い表すなら、それだけのものであったが、とてもこのスラムと言う街にはそぐわない程の、洗練されたおもてをしていた。
それでいて、ラピスラズリのように蒼い眼からは、何処か憂いを帯びた光が覗き、整った顔立ちに憂愁めいた儚さを漂わせる。

 そして、肌はまるで幽鬼のように青白く、根本的に明りが足りないこの小さな部屋の中で、微かな光を頼りに浮かび上がるように佇んでいる。
まるで幽霊だとクラウドが思ったのは、無理もないだろう。
決して肉の厚くない体は、栄養が足りていないことを匂わせるには十分だが、それが醸し出される儚さと相俟って、非現実的な存在感を滲ませていた。
薄い腹など、肋骨が浮いている訳ではないものの、ソルジャーの力で本気で殴れば、簡単に打ち破れてしまいそうな程だ。
そして、そんなことをしてしまいたくなるような、見る者の嗜虐性を煽る“何か”がその全身から匂い立っている。

 そんな人物が、その身にまとうものを一切脱いで、佇んでいる。
ともすれば女性かも知れないとも思わせる線の細さがあったが、よくよく見れば体には引き締まった肉がついている。
ただ、やはり厚みは足りなくて、未発達な青さがあった。
女性らしいふくよかさもなく、胸は平らで、腰も細い。
微かに恥じるように組んだ手で見え隠れされる中心部には、クラウドと同じ性の象徴がある。
それを見ても、佇むその様は見る者に扇情的な印象を与え、性に抑制のない野獣ならば、見るだに覆い被さっていたに違いない。
それ程に、その肢体は雄を誘いつけていたのである。

 ぞくんとしたものがクラウドの背中を走り、知らぬうちにごくりと喉が鳴った。
それを知ってか知らずか、幽鬼は裸になった足でひたりと床を踏み、窓辺に立ち尽くすクラウドの前へと近付く。


「お客様の提案は、有り難いものではあるのですが、此方も仕事をしている身です。何もせずに代金だけを頂くと言うのは、信用に関わるものですので……一つサービスさせて頂きます」


 そう言って、白い手がクラウドの頬に触れた。
温度がないかのように印象のあったその手は、存外と血の通う熱が灯っており、クラウドは目の前にいるのが生きた人間であることを思い出す。

 白い手はクラウドの頬から首筋へと辿り、体の中心線を撫でるように滑りながら降りて行く。
腹の厚みを服の上から感じるように、掌がクラウドの腹筋を柔く圧した。
反射的にぴくりと震えて力の入る腹に、いつの間にか触れそうな程に近くなった貌が、薄く笑みを浮かべる。
魔晄の瞳を見詰める、蒼灰色の瞳は、何処か楽しそうに細められながらも、その奥底には冷たく冴えたものがちらついていた。


「……失礼します」


 断りのようにそう言って、白い手がクラウドの下肢に触れる。
と、其処にある感触に気付いて、蒼の双眸が益々細められた。


「もう判る。こんなに、立派な……」


 露骨な言葉は、敢えて避けられたように感じた。
そうしてわざと言葉を噤む様子が、笑みを梳いた表情も相俟って、小悪魔のように見える。

 厚手の生地の上から、形を探るように、するりするりと滑る手のひら。
ただ撫でて行くばかりのその感触が、無性に鮮明なものに感じられて、クラウドは自覚のない内に息を詰まらせていた。
ともすれば爆発してしまいそうな衝動が急速に上って来て、堪らず歯を噛む。


「おい、俺は……そう言うのは、」
「嫌いですか?でも、此処はそうではないと言っているように見受けられますが」


 止めようとするクラウドに、撫でる手の主はやはり楽しそうな表情を浮かべて言う。
ちらりと蒼の瞳が下肢を見るので、追ってクラウドも其方を見れば、ズボンの中心が判り易くテントを張っていた。

 自覚してしまえば体は益々現金なもので、触れる手が丹念に形をなぞっているのを見るだけで、無性に血が集まって来る。
既に窮屈になっている感覚にクラウドが強く歯を噛むと、それを見た蒼がまた笑った。
弄ばれているような気がして聊か腹に据えるものがあるのだが、それ以上に吹き上がる衝動を堪えることに意識が向く。


「く……、」
「お楽しみ頂けますよう……」


 身を委ねろ、と言われているように聞こえた。
恐らく、それで間違っていないのだろう。
歯を噛むクラウドを見上げる瞳は、揶揄うような悦を孕んでいる。

 チィ、とフロントジッパーを下ろす音がして、前の守りが判り易く緩んだ。
開いた隙間から手が差し込まれ、下着の上から中心部をまた柔らかく撫でられる。
すりすり、すりすりと、下着からすっかり浮き上がった竿の形を辿る指が、時折擽るように遊んでいく。
その度に、ぴくぴくと反応してしまうのが抑えられない。

 更にフロントの隙間から中へ、白い手が侵入する。
形の良い手、その長い指が、直にクラウドのペニスに触れた。
その瞬間に、ビクッと腰が戦慄いてしまう。
また俄かに上って来る血流の感覚に、歯を食いしばるクラウドであったが、青年はその耳元に唇を寄せ、


「……ふ……っ」


 笑むように零れたその吐息が、クラウドの耳朶を擽った。
ぞぞっとしたものがクラウドの首の後ろを駆け抜けて、青年の手の中でペニスがむくりと膨らむ。
その竿を握る手が、ゆるゆると上下に動きだし、クラウドの性器に奉仕を与え始めた。


「う、うぅ……っ!」
「んぁ……」
「く……っは……っ!」


 手淫で与えられる官能に、クラウドが息を詰まらせていると、耳の後ろに舌が這う。
ぬる、と艶めかしいものがゆっくりと耳を擽る感触で、クラウドは思わず唇の力が抜けてしまった。

 ぴちゃ、ぴちゃ……とわざとであろう、水音を立てながら、同じ場所を何度も舌が這う。
はっきりと聞こえてしまう音と共に、己が昂って行くのが分かって、下着の中が益々苦しくなって行く。
竿を扱く手は徐々に早くなって行き、またそのストロークの幅を狭めつつ、根本から徐々に徐々に上へ。
やがて行き付くその先を想像した瞬間、


「ううぅっ……!」


 ぞくぞくと背中を駆け抜けた熱いものに伴われて、クラウドは極めていた。
自身で行う処理以外で得たその瞬間の感覚は、得も言われぬ程の浮遊感があって、一瞬意識が宙に浮く。
その所為で堪える力を喪ったペニスからは、びゅくびゅくっ!と濃い精液が下着の中でぶちまけられた。

 詰めた息を吐いても、クラウドの呼吸は乱れていた。
はっ、はっ、と肩で息をするクラウドの中心部は、どろどろと粘着質なものに包まれていて、べとついて気持ちが悪い。
しかし、その粘り気を皮膚に塗り込むように、白い手が丹念に丁寧にそれを包み込んで来る。


「相当溜まっていたんだな」


 つ、とクラウドの耳の下を舌が這う。
吐息をわざとかけるように囁く声には、分かり易く笑いが含まれていた。
嘲笑めいたその声に、俄かに男のプライドが軋むクラウドであったが、また竿を扱き始めた手に帰す台詞を奪われる。


「う、くっ、うぅっ」
「本当なら追加料金を取る所なんだが、大サービスだ」
「は、何を……っ」


 笑みを梳いた貌が、触れそうな程に近い距離でクラウドを見つめた後、すぅと降りて行く。
クラウドは壁に縋るように寄り掛かって、その様子を赤らんだ目で見詰めていた。

 青年はクラウドの腰のベルトを外し、ズボンのフロントボタンも外す。
一枚脱がせば、グレーのボクサーパンツが露骨な染みを作りつつ、勃起したペニスの形を浮き上がらせていた。
そのパンツも下へとずらしてしまえば、真っ直ぐに天を向いた肉剣がそそり立つ。
窮屈さからようやく解放された欲望が、ぶるん、と頭を持ち上げるのを見て、青年が一瞬目を見開いて、それを直ぐに窄め、


「ソルジャー1stって言うのは、此処も1stクラスじゃないとなれないんだな?」


 そう言って淡色の唇に笑みを浮かべ、青年はペニスに頬を寄せた。
日々の処理で皮も剥け、露わになった亀頭を確かめるように、蒼の瞳がしげしげと見つめる。
その視線にすら熱を与えられているような気がして、クラウドは腰回りに血が集まるのを自覚する。
ペニスも視線を感じており、じいと見つめる蒼の瞳の中で、精液塗れの胴体がぴくぴくと脈を打っていた。

 青年はその先端に唇を寄せ、ふうっ、と息を吹きかける。
ぞくぞくっ、としたものがクラウドの体に迸った。


「くぅうっ」
「敏感だな。久しぶりらしいとは聞いていたつもりだったが、これは────」
「……っ」


 窄めた双眸が、股間からクラウドを見上げて来る。
さっきまで冴え冴えと、何処か冷めていた筈の碧の瞳が、今は愉悦を孕んでいる。
まるでオモチャを見付けた子供のような、残酷な無邪気さを灯らせるその眼差しに、クラウドの背に冷たいような熱いような汗が落ちた。

 青年はクラウドを上目遣いに見詰めながら、あ、と口を開けた。
唾液に濡れた舌がつるりと出て来て、ペニスの先端をツンツンと突く。
ぴくっ、ぴくっ、と亀頭が震えるのを確かめた後、舌の先端が鈴口をちろちろと擽るように小刻みに遊ぶ。


「うっ、うっ、」
「んぁ、む、あ……んちゅっ」
「ふっ……!」


 窄めた唇が鈴口を吸った。
敏感な穴口をちゅうちゅうとストローをしゃぶるように吸われて、クラウドは痺れるような感覚に思わず天井を仰ぐ。

 青年はクラウドのペニスの先端を吸いながら、竿の根本を両手で包み込んだ。
指を輪にした右手で胴に手淫を与えつつ、根本の裏側を左手の爪先でカリカリと引っ掻く。


「うっ、んんっ……!や、やめろ……くぅっ」
「んふふ……んちゅっ、ちゅうう……っ♡」
「〜〜〜っ!」


 辛うじて絞り出した制止する声を、当然のように青年は無視し、強くペニスを啜った。
精嚢がどくんどくんと脈を打って、作り出した精子を血流と共に出口に向かって押し出していく。
ともすればあっという間に二度目の射精に至りそうになるのを、クラウドは歯を食いしばって耐えていた。


「んぁ……あむぅ……♡」
「は、あっ……!」


 青年は小さな口を目一杯大きく開けると、クラウドのペニスを頭からぱっくりと食べてしまった。
艶めかしく温かい、弾力のある咥内が、クラウドの陰茎全身を包み込む。
ねっとりとした湿気に覆われたペニスに舌が絡み付くと、またクラウドは天井を仰いだ。


「はあ、はっ、はあっ……!」
「ん、んぷ……っ♡お、むぅんっ……!」


 青年は頭を前へと進め、ペニスを喉奥へと入れていく。
咥内は奥に行く程幅を狭め、太い亀頭がそれを一杯にするものだから、青年の表情も微かに苦しいものになる。
しかし青年がクラウドを解放する事はなく、寧ろよりペニスを愛でようと、べろり、べろぉりと舌が大胆な動きで竿を嘗め回してくる。


「くはっ、はっ、うぅう……舌が、はっ、絡み付いてくる……うぅっ」
「んぷ、んっ、んれろ……っ♡んん、ん……っ」


 クラウドが汗の滲んだ貌で下肢を見下ろせば、端正な顔立ちをした青年が、その口一杯にペニスを頬張っている光景があった。
他人が自分の股間に顔を埋めていると言うだけでも、クラウドにとっては堪らないものなのに、その上直接ペニスをしゃぶられているなんて、それを見ているだけでまたぶちまけそうになる。
その証拠のように、青年の咥内でペニスは早々の先走りを漏らしており、


「んちゅ、苦……んっ、れろぉっ、じゅるっ、んちゅぅ♡」


 舌の上に広がっていく独特の味に、青年は不快そうな表情を浮かべるも、舌技は全く衰えない。
クラウドの太いペニスをたっぷりと愛撫し、分泌させた唾液を満遍なく塗り付けて行く。
ついでに海綿体を指先で挟むように摘まみ、きゅっ、きゅっ、と悪戯に揉んでいる。
その様子は、一つ一つの感触に、否応なく腰を震わせるクラウドの反応を、面白がっているようだった。

 たっぷりと唾液と精液を塗りたくられたペニスは、僅かな灯りを受けて、つやつやといやらしく光る。
青年は細めた瞳でそれを見詰めると、まるで愛おしいものにするように、柔らかく口付けた。
色の薄い唇が、自身の性器にキスをしている光景に、またクラウドは息を飲む。


(なんて、これは───)


 いやらしくて、扇情的で、雄を露骨に誘うのか。

 上目に此方を見る瞳には、愉しんでいる様子すら見えて、その余裕振りにクラウドは悔しさを感じる。
この目は判っているのだ。
クラウドが既に追い詰められ、歯を噛む事でしかそれを耐える事ができなくなっている事に。

 青年は唇を窄め、キスをしたその唇の中へ、ペニスを招き入れていく。
ちゅう、ちゅぅう……と吸われる感触の中、悪戯に甘く歯を当てる感触が合って、それを得る度にクラウドの腰が震える。


「ん、んちゅっ、んちゅ……んふ、んぷっ♡」


 ちゅぽっ、ちゅぽっ、と淫水音を立てながら、青年は頭を前後に動かして、唇でペニスを扱く。
白濁と透明の交じり合う汁が潤滑剤になって、青年の動きをスムーズに助けていた。
その所為で、滑らかに前後する唇が舌の感触が、クラウドには艶めかしく感じられて堪らない。


「はっ、う……は、あ……っ!」


 知らず、クラウドは背後の壁に背中を押し付けていた。
蹈鞴を踏んだ足が後ろに下がると、逃げるものを追って青年が前のめりになる。
捕まるように青年の白い手がクラウドの太腿に重ねられた。

 青年の甘い色をした唇から、ぬるぅ、と太い強直が現れる。
もうすっかり膨らんだそれは、血管の形が判る程に固く張り詰めていた。


「ん……っはぁ……凄いな。あんた、俺と大して身長も変わらないのに」
「っは……はぁっ、はぁっ……!」
「ふふ……でも、堪え性はないみたいだ。ソルジャー1stなら、さぞ経験豊富なんだろうと思ってたんだが」


 青年はクラウドの股間に顔を近付けて、わざと吐息を吹きかけるようにして喋っている。
濡れそぼったペニスは、暖房すらないこの部屋の空気は冷たく感じられて、その温度差に戦慄くクラウドを揶揄ように、青年の生暖かい息が何度も当たる。
ぴく、ぴくっ、と震えるその様子を、青年は相変わらず薄い笑みを浮かべた瞳で見詰めていた。

 青年の開けた口の中から、赤い舌が伸びて来る。
ゆっくりと動くそれが、クラウドのペニスの根本に触れ、裏筋をつるぅ……と舐め上げた。


「ああ……っ!」


 ぞくぞくぞくっ、とした感覚がクラウドの背中を駆け上がり、思わず高い声が出た。
それを耳にした青年は、ペニスを右手できゅっと握り、しゅこしゅこと手淫を始める。


「うっ、うぅっ、はっ……!」
「あんた、慣れてないな。ひょっとしてセックスは嫌いだったか?でも、気持ち良い事は嫌いじゃなさそうだから────んぢゅぅっ♡」
「くぅあっ!」


 青年の唇がまた鈴口に吸い付く。
ぢゅる、ぢゅるるっ、と露骨に蜜を啜る音を立てながら、青年はクラウドのペニスを啜った。
奥に溜まっているものを絞り出さんばかりの強い吸引に、青年の手の中で、ペニスがどくんっどくんっと脈打つ。


「うっ、うあっ……!やめ、っは……!」
「んぢゅ、んぢゅっ、ちゅうう……っ♡はふ、ん、あむぅっ♡」
「ああ、っは……く、うぅうっ」


 何度も穴口を啜られた後、ビクビクと震えるそれを労わるように、艶めかしい感触が亀頭を包み込む。
弾力のある舌が亀頭を嘗め回すのがいやに心地良くて、クラウドの脳に血が上って行く。

 くにっくにゅっ、と陰嚢が転がすように揉まれ、溜め込んだ熱が管の向こうへ押し出されて行く。
青年の口の中で、ペニスはもう限界まで膨らんでいた。
出したい、とクラウドの本能がそこからの解放を訴え、勝手に腰が前後へと動いてしまう。
青年はその不規則で頼りない腰の動きに合わせて、頭を動かし、ぢゅるっ、ぢゅるぅっ、とペニスを啜り刺激した。


「うあ、あっ、出る……っは、出る……っ!」
「ん、ちゅぽっ、っはぁ♡」
「っあぁ……!」


 今まさに射精しようと言う瞬間になって、青年の頭がぱっと逃げた。
艶めかしく心地良かった肉壺が、あっという間になくなって、クラウドは膨らんだ剛直をわなわなと震わせながら天井を仰ぐ。

 ペニスはクラウドに痛みを伝える位に張り詰めており、もう幾らももたない。
だと言うのに、ここまできて急に快感刺激に逃げられたものだから、二進も三進もいかない状態で焦らされることになってしまった。
もう出させてくれ───と懇願に似た表情を浮かべていることに、クラウド自身、気付いていない。
それ程に限界が迫っていたのだ。

 だが、クラウドをそこまで追い込んだ青年は、相変わらず愉しそうな笑みを浮かべ、ピクピクと震えるペニスを指先でツンと突き、


「折角だ。ベッドの方が、あんたも楽だろう?」


 そう言って人差し指でペニスをつぅう……と擽って苛めた後、とろりと零れる先走りをその指先に着けて糸を引く。
こっちだ、とまるで犬のリードを引くように糸を延ばす青年に、クラウドの足は誘われるように勝手に動いていた。