アトローパ・ベラドンナ
触手・異種姦


 戦闘中に吹き飛ばされた時、着地が何処になるのかと言うのは、重要な点だ。
壁に激突すればダメージを喰らうし、其処で動きが止まれば更なる追撃を貰うだろう。
仲間がいるならリカバリーが望める可能性もあるが、其方も戦局によっては気付けるとは限らないし、邪魔をすれば諸共に危うい状況に陥る。
ただの地面、ただの壁だと思って体勢を直し、迎撃に転じようかとしたら、不可視の罠が仕込まれている、なんて事もある。

 そう言う意味では、今回のスコールは幸運な方だったと言える。

 幻想の強烈な一撃を捌き切れず、やむを得ずガードの姿勢で耐えることに成功した。
しかし軽い体重では衝撃を全て殺すことは叶わず、体は後方へと吹き飛ばされる。
すぐ其処に壁があった為に、体勢を直す暇がなかったのは痛かった。
しかし、追撃に来た幻想の更なる一撃は、スコールに届く事なく空振りする。
スコールが激突した壁が、存外と脆い場所であったのか、崩れた壁の向こうにあったデジョントラップが、その躰を飲み込んだからだ。

 デジョントラップと言うのは、この闘争の世界のあらゆる場所に存在する。
特に混沌の戦士の縄張りとも言える、混沌の力が蔓延した歪の中は、空間の構築が危うい場所ほどそれが溢れ返っていた。
その力は天地を問わずに広がっており、時には敵を追い込む手段として、時にはその追撃から躱す手段として、様々な形で戦士たちの戦いに影響を齎している。

 大抵、そのデジョントラップは、それに入った場所から程近い所から排出される。
中でその力が循環しているのか、混沌の力の作用によるものかは判らない。
だが、基本的にはそう言うつもりで、誰もが必要に応じて利用していた。
しかし、歪の中と言うのは元々が不安定な代物であるから、デジョントラップの力の流れと言うのも、時に大きく捻じ曲がってしまう事もある。

 澱みがまとわりついて来るような、心地の良くはない感覚の中で、もがくこと幾何か────其処から排出される瞬間と言うのは、息の出来ない水中で溺れ、ようやっと水面に顔を出すことが出来た、と言うものに近い。
顔周りを覆い尽くしていた泥から抜け出し、スコールは詰めていた息をようやく吐いた。
苦しさに悶えていた肺にまともな酸素を送り込んでいる間に、どさりと躰が地面に落ちる。


「っは……はぁっ、はぁっ……!」


 不意打ちにデジョンの中に放り込まれた所為で、まともな準備が出来ていなかった。
息苦しさはその所為だ。
痛む肺に何度も空気を送り込みながら、スコールはちかちかと眩む目を凝らし、辺りを見回す。

 其処は、つい数秒前まで戦っていた、『夢の終わり』と呼ばれる場所とは全く異なっていた。
開けていた視界は暗く閉ざされ、剥き出しの岩肌に覆われている。
光は何処にもなかったが、デジョンの中にいた間、ずっと目を閉じていたからか、少しだけその壁の凹凸を陰影程度に伺うことが出来た。
警戒しながらその壁に手を延ばせば、ひたりと冷たく固く、不規則にゴツゴツとした感触があった事から、人工的に削られた訳ではないと判る。


(……洞窟……何かの棲家か?)


 この神々の闘争の世界には、ヒトは神によって召喚された二十名しか確認できていないが、生命はそれだけではない。
何処かの世界から迷い込んだのか、この世界で繁殖したのか、出所の詳細は分からないが、動物や魔物は確認されていた。
それらが何処かに巣穴を掘り、住居としていることもある。


(となると、のんびりはしていられないな。熊の類でも出てきたら、イミテーションの相手をするより危険だ)


 スコールはガンブレードを握る手に、しっかりと力を籠める。
両手を左右に一杯に伸ばして、横壁にそれぞれ届くかどうかと言う広さで、武器など振るえるものではなかったが、無手になる訳にも行かない。
何かが迫って来た時、身を護る防具としては役に立つのだから、身軽さの為に手放す方が今は悪手だろう。

 スコールはファイアを唱え、掌にぽうっと火玉を生み出した。
暗闇に慣れつつあった目に、灯りが眩しく輝いて目を細める。
灯りに目が慣れるのを数秒待ってから、スコールはさて、と細長く伸びた洞窟の前後を見回した。


(どっちが正解かも判らない。迷路のような作りになっていないと良いんだが)


 群れでなく、単体で過ごす動物か魔物なら、巣が一本道、分かれていても部屋が一つ二つある位で済むだろうか。
それで行き止まりにでも行き付けば、戻って逆方向に行くしかない。
この住居の持ち主と遭遇しないこと、そしてまともな出入口に辿り着ける事を祈りながら、スコールは進み始めた。

 道は途中で分かれている事があった。
面倒な、と思いつつ、勘に任せて進んでみると、ぽっかりと広くなった空間があり、其処で行き止まりになっていた。
外れの道を選んだ己の勘の鈍さを呪いつつ、分かれ道からそう遠くはなかった事から、どうやら大きな群れがいるような場所ではないと考える。
部屋がスコールの身長の倍の高さがあった事から、それなりの大型生物が作ったものだと推察できた。
ただ、行き付いた部屋はもう使われていないのか、足跡の類は見当たらず、そもそも某かの巣と思しきこの洞窟に、住人がいないという可能性も出て来る。
だったら良いが、と余り期待はせず、警戒心は解かないように留意して、スコールは来た道を戻った。

 分かれ道は幾つかあったが、どれもが部屋に続いていた。
その部屋は、向かうに連れて段々と小さくなっており、小さい程使われなくなって久しい気配があった。


(成長に合わせて部屋を移していったか?)


 大型の魔物であっても、幼生のうちはヒトの膝下程度しか大きさがないものは多い。
それが自身の成長に合わせて塒を替え、その時々の己の環境に遭った場所を求めていく。
となれば、進む程に見付ける穴が小さくなって行くと言う事は、この棲家の持ち主が過ごした時間を逆戻りしている事になる。

 この洞窟の壁は堅く、掘ろうとするならそれなりの力か、ヒトであれば道具を利用しないと難しいだろう。
動物か魔物か知らないが、その幼体が小さな体躯で深くまで掘るのは難しい。
そう考えると、幼体のうちは、外界から身を隠せる程度の深さの場所まで掘り、成長に合わせて洞窟を奥へ奥へと広げながら移動して行った、と見るのが自然だ。


(出口に近付いているのかも知れない)


 スコールは進む歩を速めた。
可惜に急ぐのは得策でないとは言え、こんな場所に長居は無用である。
この洞窟の家主が、前後どちらからか現れる前に、脱出するのが一番安全なのだ。

 そうして歩き続けていると、光が見えた。
手元の灯りが、自分自身の歩みではない理由でゆらりと揺れて、風が流れている事に気付く。
鬱屈としたこの閉じた世界で風が流れて来るとしたら、それは出口以外に他ならない。

 更に、スコールにとって良い情報があった。


「いたかー?」
「いや、あっちは駄目だった」


 聞き慣れた声が、光の方から聞こえて来る。
今日の同行者であった、ジタンとバッツのものだ。
彼等も歪の中で戦闘をしていたが、スコールがデジョントラップに飲まれた後、無事に生還して歪を脱出したのだろう。
そして、飲まれた澱みから戻ってくる様子のないスコールに、何処かへ飛ばされたのだと察して、近辺を探し回っているのだ。

 スコールは走った。
仲間達が直ぐ其処にいるのなら、合流は一秒でも早い方が良い。
それは勿論のことであった────が、それがスコールの意識を油断に導いたのも確か。

 背後から音なく伸びて来たものが、スコールの腰を捕まえる。
突然ぐぅっと強い力で巻き付いて来たものに、スコールは目を瞠った。
背後に目を遣れば、暗闇の向こうから艶めかしく蠢くものが伸びてきている。
正体は全く伺えなかったが、嫌な予感しかしなくて、スコールはぞっと背中に冷たいものを覚えた。

 外にいるであろう仲間達に、自分の存在を知らせるべく声を上げようとする。
だが、スコールはもっと早くその手段を取るべきであった。
その行動を判っていたかのように、べたりと太いものがスコールの口を覆い、声を奪う。


「んん……!」


 生臭い匂いがするものが口元を覆う悍ましさに、スコールは顔を顰めた。
腰を後ろへ引き寄せようとする力に、足を踏ん張って抗いながら、口元を覆うものを剥がそうとする。
しかし、巻き付いたものはどちらも強い力でスコールを捕えており、半端な力ではどうにもならない。

 スコールは持っていたガンブレードを振るおうとしたが、ガッ、と引っ掛かった音が響いただけで、長刃が壁に当たって振り被る事も出来ない。
挙句に、更に闇から伸びて来たものがスコールの右腕を掴み、武器を振るう術さえ奪ってくる。

 くそ、とスコールは胸中に毒づいて、まだ捕まっていない左手を胸元に持って行った。
首に下げている銀の獅子を掴み、力任せに引っ張れば、首にかけたチェーンがぶちりと千切れる。
これも安くはない代物だが、背に腹は替えられなかった。
目一杯に力を入れて腕を振るい、洞窟に微かな光を差す出口に向かって投げる。

 狭い洞窟の中で僅かな放物線を描いたネックレスが、何処に落ちたのかも確認できないまま、スコールは洞窟の奥へと引き摺り戻されたのだった。



 もがく体をものともせずに、巻き付いたものはずるずるとスコールを引き摺ずって、洞窟の奥へと招いて行く。
口が塞がれている所為で詠唱もできず、魔法を使うことも出来ない。
つくづく、これに捕まった瞬間の判断をミスしたと、スコールは自分を叱るしかなかった。

 また暗闇へと戻された目が慣れて、巻き付いているものの形が見えて来る。
腰に絡み付くそれは、タコの足に似ていたが、吸盤のようなものは見当たらない。
どちらかと言えば、植物の蔓に似た質感があった。
純粋に腕力でもってスコールの躰を捕えているようで、しっかりとした筋肉と弾力を持っている。
無事な左手で殴ってみるが大した効果はなく、固いような柔らかいような、ともかく物理的な衝撃程度では堪える気配がない。

 どれ程奥へと引き摺られただろうか。
スコールは、口元を覆うものから醸し出される生臭さの他に、ねっとりとまとわりつくように匂って来るものに気付いた。
洞窟の奥から漂ってくるそれは、徐々に濃いものになって行き、何処かほんのりと甘く馨しさが混じっている。
こういう時、甘味のある匂いのするものは、危険なものと相場が決まっている。
スコールの背に直感的な悪寒が走ったが、かと言って捕えるものは離れないし、逃げることも出来ない。


「んぐ……く、う……!」


 体を捩り、地面を引き摺る足を動かしてみるが、無駄な抵抗でしかない。
そんなスコールを嘲笑うように、細身の体がぐっと上へと持ち上げられた。

 宙に浮いた体をどうにか逃がせないかと、諦め悪く藻掻き続けるスコールの耳に、ずるぅ……と何かを引き摺る音が聞こえる。
目を凝らして前を見れば、牙を携えたヒトの口のようなものがあった。
其処から無数に生え伸びている触手を見て、スコールは舌を噛む。


(モルボル……!よりによって!)


 モルボル────見た目は大きなヒトの唇に、その上下から無数の触手を生え伸ばし、タコの足のように使って動き回りながら、時にはそれを腕としても使うことが出来る。
凶暴性が高いものが多いというのもあるが、それ以上に危険なのは、個体によって不特定多数の毒性を持っていると言う事。
それを常に振り撒きながら活動する、雑食性の大型の魔物で、あらゆる世界にこれと同種のものが生息しているそうだが、何処であっても“下手な肉食の魔物より厄介”と言わしめている。

 頭の何処かでその可能性を考えてはいたが、頼むからそれだけは当たってくれるなと思っていた。
こんな時ばかりは当たりの良い勘に、スコールは誰にともなく苦虫を噛み潰す。

 とにかく、巻き付く触手をどうにかして、此処から逃げなくてはいけない。
このまま大人しくしていたら、この悍ましい魔物の餌になってしまう。

 幸いと言うべきか、この洞窟の主たるモルボルは、スコールが見上げなければならない程に大きい。
スコールの世界にいるモルボルは、ここまで大きくなる個体はなかったと思うが、違う世界の生態なのか、それともこの神々の世界での突然変異か。
何れにしろ、この体躯のお陰で、今の住居であるこの空間は、武器を振り回しても問題のないレベルで広くなっている。

 スコールはグリップを今一度強く握り、手首を捻って刃を振るった。
手首の動きから半円に走った銀刃が、スコールの周囲でうねうねと動いていた触手を切り払う。
神経の通う手脚を傷付けられたショックで、モルボルが嘶きのような鳴き声を上げ、スコールの腰に絡み付いていた触手の力が緩む。
口を覆っていたものも一緒に剥がれたのをチャンスに、スコールは口早に詠唱を唱え、


「ファイラ!」


 ごうっ、と空気が爆発し、煌々とした炎が周囲を照らし出す。
炎に焼かれたモルボルが、ギャアギャアと耳障りな悲鳴を上げる中、スコールは地面に着地した。

 が、その足首にしゅるりと触手が巻き付く。
スコールは直ぐに腕を振るって絡み付くものを切り落としたが、触手は次から次へと襲い掛かって来た。
切り払い薙ぎ払い、魔法の詠唱をしながら触手を追い払うが、成長に応じて数も増えているのか、どれだけ切り落としてもキリがない。


(相手にするだけ無駄だ、こっちが消耗する。とにかく此処を出ないと)


 此処に引きずり込まれた穴の道から、逃げるべきか。
そう思ったが、駄目だ、とスコールは判じた。


(あの長い道を走る間に、また捕まる。それより、別の出口がどこかにある筈だ。こんなにデカい奴が、あんな狭い道を通って外に出られる訳がない)


 モルボルは餌を待ち伏せする習性ではない。
自ら能動的に餌を求めて徘徊し、それと見做したものを見付けたら、捕まえて毒で弱らせる。
この洞窟はあくまで寝床の筈で、況してやこの大きさとなれば、スコールの身長程度しか通れる幅の無かった出入口の方など使えないし、この巨躯が食事の為に出入りする道が他にある。

 だが、洞窟の中を調べるには、如何せん灯りが足りない。
魔法で生み出した炎は、維持する為の集中と魔力を注いでいなければ、直ぐに消えてしまう。
ファイラで燃やした触手は、燃え尽きてしまえばそれも消える。
もう一度、炎系魔法で灯りを燈すしかないだろう。

 ガ系は巻き添えの恐れがある、ファイアかファイラか───と詠唱しながらタイミングを狙っていた時だった。
ぐっとモルボルの体が上向きに仰け反った直後、


(臭い息!)


 咄嗟に息をつめたスコールに向かって、モルボルは醜悪な息を吐き出した。
広いとは言え、洞窟は完全に閉じられた空間だ。
そこに甘い匂いを含む、生臭さと発酵臭とが混じった匂いが充満する。


「う……!」


 匂いと言うのは、目に見えない代物だが、その物質の正体はヒトが知覚できない程の小さな微粒子である。
強烈な匂いほどその微粒子の数は多く、匂いとして認識せずとも、鼻に目に皮膚にと張り付き、皮膚細胞を通して躰に侵食して来る。
逃げ道のない空気は瞬く間にスコールの体を覆い尽くし、魔力物質に対して耐性の低い体にあっという間に染み込んで行った。

 ぐらりと頭が揺れたのを感じて、スコールはガンブレードを地面に突き立てた。
拍子に其処にあった触手をざくりと刺したようで、モルボルは怒りの嘶きを上げたが、スコールがそれを聞く余裕はない。


(くそ、頭が……足が揺れて……)


 くらくらと脳が揺さぶられる感覚がして、スコールは歯を噛む。
倒れたら終わりだと辛うじて発ち続けているものの、垂れた頭が異常に重くて、持ち上げることすら出来ない。

 そんな獲物に、触手は悠々と絡み付き、ぐぅっと持ち上げた。
踏ん張りの利かない足が呆気なく地面を離れてしまい、スコールは藻掻くことも出来ずに、宙へと運び上げられてしまった。
せめて手放すまいと握るガンブレードにも触手が絡み付き、スコールの腕ごと締め付けて、骨のきしむ痛みにスコールは顔を歪める。


(まず、い……っ)


 首に絡み付いた触手の締め付けに、スコールは本能的な生命の恐怖を感じた。
自由な左手で首に絡み付くものを掴み、手袋ごしに爪を立てるが、弾力が返って来るばかりで効果がない。

 目の前でモルボルの口がばかりと開く。
びっしりと生えた牙の隙間から、粘液か唾液か糸を引いて落ち、ずるりと伸びて来た舌の上でてらてらと光っている。
艶めかしいそれがスコールの体を下からべろりと舐め上げて、醜悪な匂いにスコールは吐き気を覚えた。


「気持ち、悪い……やめろ、この……っ!」


 口で文句を言った所で、どうなるものでもない事は判っている。
しかし、碌に体が動かない今、スコールに出来る抵抗はそれだけだった。

 べろ、べろぉ、と何度もモルボルの舌がスコールの躰を這い回る。
味見でもしているのか、これで眼鏡に敵わずに済むなら幸運だが、モルボルは往々にして悪食だ。
有機物なら死体であっても喰う事があるから、捕えた餌を逃す事があるとすれば、余程に味が合わなかったか、手を付ける前に腹が満たされたと言う位が精々だろう。

 こんな所で、こんな悍ましいものに喰われたくはない。
スコールはもう一度魔法を唱えようと詠唱するが、それを太い触手が咥内に捩じ入って阻んだ。


「んぐぅっ……!」


 更に首に絡み付いた触手が、呼吸器官を締め付ける。
スコールは咥内を侵すものに歯を立てたが、モルボルは笑みに似た口の形を変えなかった。
寧ろ、餌の活きの良さに気分を良くしたかのように、また生臭い舌がスコールの躰をべろりと舐める。

 唾液塗れで酷い有様になった服が、じわりじわりと溶け始めることに気付いて、スコールはぞっとした。
露出の少ないスコールの衣装ではあるが、金属類はジッパーやベルトの金具、バックル位のものだ。
このままでは程無く服はボロきれに代わるだろう。
いや、そんなことより、服と一緒に嘗め回されている自分の体は大丈夫なのか。
顔は今の所、溶けだすような痛みや熱は感じられないが、自分で自分の顔の有様は見えない。
充満する空気に麻痺性の毒でもあったら、多少の痛みは感じなくなっているかも知れない。

 ────スコールはそんな恐怖に表情を引き攣らせているが、実際の所は、彼の皮膚肌には何の変化も起きてはいない。
このモルボルの唾液から滴る溶解液は、生物の皮膚を溶かす程に強力なものではなかった。
それはこのモルボルが、本来の生態の有様から外れ、特殊な遺伝子を組み合わせて、人工的に作られた生物だからだ。
とある世界の碌でもない施設で生み出されたこの生物は、捕えた人間を拷問にかける為、その目的に特化させる為に様々な部分を作り替えられている。
そんな生物がどうして神々の世界にいるのか……そう言う世界とこの世界が繋がり、生まれたばかりの個体がふらりと彷徨い出たとしか言えない。
そしてこの世界の環境に適応し、森の奥に潜み成長していったのだろう。
捕まってしまったスコールにとって、それはそれは不幸な積み重ねであった。

 モルボルはスコールの躰を一頻り嘗め回すと、満足したように息を吐いた。
ごはぁ……と吐き出されたそれからも、毒は撒き散らされている。
スコールは塞がれた口の代わりに、鼻からそれを吸い込んでしまった。


「んんぅ……!」


 腐った甘い匂いが鼻孔を通って脳に届く。
くわんくわんと頭が内側から揺れている感覚に、スコールは眩暈を起こした。
ぐらりと傾いた体を、巻き付く触手が半端に支える。

 染み渡る毒がスコールの全身に回り、神経が痺れて行く。
カラン、と言う金属の音に、スコールは自分が武器を手放したことに気付いた。
それだけは手放してはいけないのに、と判っていても、指一本動かすことも労を使う状態だ。
碌な力も入らず、ぐったりとした体に、ぞろぞろと伸びた触手が集まって来る。

 繊維が溶けて穴だらけになった服の下に、うねうねと蛇のように動くものが侵入する。
皮膚を撫でるように這い回る気持ちの悪い腕に、スコールは身を捩った。
が、そうしようとしたのは意思だけで、スコールの躰は巻き付く触手に体重を預けている。

 ビリッ、と破れる音が聞こえて、洞窟の冷えた空気がスコールの上半身を包み込んだ。
それを慰めるように、触手がずるずると肌を摩りながら動き回る。


「う……く、んぅ……っ」


 肌の上を蠢くものに、スコールは抗議に喉を動かす。
微かに呻く声が漏れたが、モルボルは当然、気にも留めなかった。

 スコールの胸を挟む形で、モルボルの触手が絡み付く。
戦士としては聊か盛り上がりの少ない平らな胸。
そこにある、性別として機能的には退化し、名残だけを残している蕾に、細い先端を持った触手が近付いた。
そろりと伸びて来た触手は、まるで舌でそれを舐めるように、ゆっくりとした動きでスコールの胸を這って行く。


「ふ……う……っ」


 奇妙な触れ方をしてくるモルボルに、スコールは片眉を顰める。
てっきり動きを封じたらさっさと齧り付きにくると思っていたのに一体何がしたいのか。
混乱するスコールを他所に、モルボルは細い触手を乳首に巻き付け、きゅうっとそれを引っ張った。


「んぅっ!?」


 思いも寄らない所から、予想だにしなかった刺激が来て、スコールは思わず目を瞠る。
何が起きた、と重い頭を持ち上げ、自分の胸元を見ていれば、乳首にしっかりと巻き付いた触手がある。

 何故モルボルが、捕えた獲物にこんな行動を取るのか。
そんな生態があったかと、混乱極まった頭で考えている間に、反対側にも触手が巻き付く。
うねつくものが絡むのを見て、はっと我に返るスコールだったが、左右の乳首をぎゅうっと同時に引っ張られて、


「んぐぅっ!」


 口の中にあるものに歯を立てながら、スコールの躰が仰け反る。
それは鍛えた事もない場所から与えられる刺激に、痛みを感じたからであったが、


(な……今、何……っ!?)


 何が、と目を瞠るスコールの躰には、電流の残滓のようなものが走っている。
更には、巻き付いた触手がとぐろを巻くように動き、乳首の皮膚表面を摩擦する度に、ちりちりとした刺激が、退化した乳腺を通って胸全体に広がっていく。


「ん……う、くぅ……っ!」


 訳が判らない、と自分の体に起きていることに理解が追い付かないスコールだが、深く考えている暇はない。
早くこのモルボルから、この巣から逃げないと、酷い目に遭う、と思った。
それは全く正解なのだが────


(くそ……!)


 モルボルが呼吸する度に吐き出される、臭い息。
時間が経てば経つ程、この空間を充満して行くそれに、既にスコールは長い時間当てられていた。
痺れの回った体は碌に力が入らず、巻き付いている触手を振り払う為に、腕を持ち上げる事も出来ない。
咥内に居座る触腕が、舌を嘗め回すように鬱陶しく動いても、スコールはされるがままになっていた。

 スコールの額には、じわじわと汗粒が滲み出ていた。
モルボルの舌がずるりと伸びて、傷の奔る額を舐める。
鼻筋の通る道をべっとりと舐められて、スコールは腐臭と気持ちの悪い感触に思わず目を瞑る。
と、その瞑った目の上に、触手が絡み付いて来た。


(しまっ……!)


 ぐっと瞼の上から押し付ける力に、スコールは目を開ける事が出来ない。
視覚情報を遮られたのは不味い。
何をされるか、何が何処にあるのかも判らない状態と言うのは、生命の恐怖は勿論のこと、心理的にも強い負荷となる。

 視覚情報の不足を補おうと、聴覚が鋭敏になったスコールの耳元に、じゅるりとしたものが絡み付いた。


「ひ……!」


 ぬめりのあるものが耳の穴を擽ったのを感じて、スコールの体がびくりと跳ねる。
ぞわぞわと気持ち悪い感覚が、耳から首元まで一気に走った。

 重い頭を左右に揺らし、耳元にあるものと、瞼を覆う触手を振り払おうと試みる。
しかし視界を奪うものは、しっかりとスコールの頭に巻き付いて、耳元のものは動くスコールのそれを追って来る。
振り子の動きをする耳を追って来た触手が、戻った拍子に耳穴に入ったものだから、スコールはより一層気持ちの悪さに体を竦ませた。


(いや、だ……!)


 耳の穴に潜って来た先端に、スコールは血の気を喪って固まった。
其処から奥に入られたら、そのまま脳にでも到達したら、どうなってしまうか。
言いようのない恐怖に身を固くしたスコールを、知ってか知らずか、触手は耳掃除でもするように、穴の縁をうろうろと弄って来る。


「ひ、う……うぅ……っ」


 悪戯に暴れるのは身の危険を助長させる。
そう思ったら、もうスコールの躰は緊張に強張るしかなかった。

 大人しくなった獲物の様子に、モルボルが満足そうに嗤う。
さあじっくりと堪能しよう、とばかりに、胸の上で触手がゆっくりと這い回っていた。
乳首に巻き付いた触手が、くん、くん、と摘まみ上げるように引っ張る度、びくっ、びくっ、とスコールの体が弾む。


(何して、るんだ……っ、こいつ……っ、うぅ……っ!)


 巻き付いた触手で、乳首の胴を締め付けながら引っ張られている。
そうしてツンと尖った乳首の先端に、また別の触手が近付くが、目を覆われているスコールに見ることは出来ない。
だから、新たな触手の先端に、小さな小さな棘がある事も判らなかった。

 ちくん、と微かな痛みを胸の蕾の先端から感じて、スコールの躰が思わずびくりと仰け反った。
この状況での痛みと言うのは、それがどんなに小さなものであっても、スコールの恐怖を煽るには十分だ。


(今、何かされた……!っ、また、反対側も……っ!)


 左の感覚に残る棘のような痛みに眉根を寄せていると、反対側にも同じものが来た。
ちくっ、と裁縫針を突いてしまったような、一瞬の痛み。
たったそれだけのものだったが、


「ふ……!?ふ、うぅ……っ、んん……?!」


 じわぁ、と何かが胸から染み出してくる感覚に襲われて、スコールは瞼の下で目を瞠る。
胸の中が熱くなって、何かが溢れ出してくる───そんな感覚。

 棘の触手が離れた時、スコールの乳首は赤く色付き、熟れた木のみのようにぷっくりと膨らんでいた。
心なしか乳輪も同じ色に染まり、ふっくらと盛り上がっているように見える。
そこを巻き付いた触手が、とぐろを巻いてずりずりと擦ると、スコールの胸は火照ったように温度を上げて汗を滲ませた。


(あ、熱い……胸が……乳首が……っ)


 どうしてこんな所が、とスコールは困惑していた。
こんな場所が熱を持ち、じんじんと痺れるような感覚に陥るなんて、生まれて初めての事だ。
一体何をされたのか、一層の混乱と恐怖で、スコールはパニック状態になっていた。

 真面に力の入らない体を、スコールはどうにか逃がそうと身を捩る。
腰に、胸に巻き付いた触手が、獲物の抵抗を許さないとばかりに、ぐぅっと締め付けて来た。
更に、膨らんだ乳首をぎゅううっと抓り上げられて、


「ふぅうんっ!」


 これまでの比ではない、強烈な刺激流が、スコールの全身を襲う。
思わず背筋を仰け反らせれば、細身の体に反してすっかり大きく膨らんだ乳首の存在が強調された。
それを触手がきゅうっ、きゅううっと上に引っ張り上げるものだから、


(うあ、ああっ、あぁっ!乳首が、ああ、伸びる……っ!)


 上へと加わる力と、重力による自重。
乳首一点に体の重みが支えられているような状態に、スコールは弱々しく頭を振った。
そうすると、耳元を弄っていた触手が、耳穴を犯さんと動き出すものだから、うぞうぞとしたものが耳を嘗め回す感触に怖気が走る。


(気持ち悪い……っ!)


 ぞわぞわと奔る悪寒に、スコールは身を縮こまらせるが、それを叱るように乳首が引っ張られる。


「んぅうううっ!」


 恐怖と緊張、そして与えられる刺激で、スコールの乳首は敏感さを増していく。
ピンと勃起した乳首と乳輪は、まるで腫れた風に赤くなっていた。
その膨らみ切った先端に、また新たな触手が近付き、獲物の感触を確かめるように、乳頭をピンッピンッと弾いて遊ぶ。


「んっ、んっ、うぅっ」


 爪弾かれる度に、ビクッ、ビクッ、と躰が跳ねた。
弄ばれていると判る刺激に、スコールの怒りが滲むが、また乳首を限界まで引っ張られると、


「ふぅううんっ!」


 ビクビクと上肢を戦慄かせながら、スコールはくぐもった声を上げた。
乳首を強く締め付けられる感覚に、沸いた怒りが折れたように失せて行く。
それよりも、早くこの状況から逃げ出さないと───と生命の危機に似た恐怖感が、スコールを支配していた。

 スコールの乳首は、女のそれかと思う程に育てられていた。
頭を左右に往復ビンタするように弾いていた触手が、ゆっくりとその切っ先を乳首の頂点に狙いを定める。
その触手には先端に吸盤のような穴があり、モルボルの呼吸に合わせて、その口をゆっくりと開閉させていた。

 ピク、ピク、と憐れな戦慄きを見せる乳首に、小さな穴が包み込むように食み付いた。
乳首が何かに吸われ、狭く窄まった穴に囚われたのを感じて、スコールの背中にぞくぞくとしたものが走る。


「ふぅうっ……!?」


 また新たな感覚に襲われて、スコールの体が仰け反った。
乳首を包み込むものは、ゴムに似た弾力があって、窄まる度に乳首の根元をきゅうと締め付ける。


「んっ……んぅっ……!むぐ、ぅ……っ!」


 左右の乳首を触手の穴に喰われ、スコールは口の中のものを強く噛む。
何をされるか判らないが、とにかくそうやって身構えるしか、今の彼に出来る事はなかった。

 だが、それも大した抵抗にはならないと突き付けられる。
きゅっ、と乳首を食む穴が狭くなったかと思うと、孔の奥から強い吸引が始まった。


「ふぅんんんんっ!?」


 ギュウウウッ、と乳首を襲う強烈な締め付けと吸引に、スコールは見えない目を瞠る。
痛みの所為ではない、そういった感覚は殆ど感じられなかった。
スコールを襲ったのは、全身の毛穴を一気に開かせる程の、強い官能だったのである。


「ふっぅ、ふぅっ!うぅんんっ!あうぅんんっ♡」
(乳首ッ、乳首が吸われてっ!びりびりして、あぁぁああっ!)


 耳元を弄る触手の存在を忘れて、スコールは必死で頭を振った。
堪らずそうしなくてはならない程に、彼を襲った乳首からの官能と言うのは凄まじかったのだ。
その手の刺激を知らない、初心な少年には、堪えられない程に。

 ビクッビクッビクンッ!とスコールの躰が大きく波打った。
全身の感覚が乳首へと集められたような感覚の中、その体は官能の衝動のままに駆け上がり、極みへと達する。
どくん、と股間から熱いものを吐き出す瞬間と言うのは、脳が自分の有様を理解する前に訪れた。

 それで胸を襲う刺激は終わりではない。
寧ろより強く、強烈な吸引が、スコールの乳首を吸い続けている。
まるでそこから何かを───母乳を絞りだそうとしているかのように。


「ふぅんっ、ううっ!あふううっ♡うぅんんんっ!んくぅううっ♡」


 とぐろに巻き付いている触手が、きゅうきゅうと乳首を締め付けながら引っ張り上げる。
乳輪から搾り上げるように脈打ちながら蠢く触手は、吸引行動の目的を助力している。
更に新たな触手も集まって来て、スコールの平らな胸を撫で回し、細いものは隙間から乳首に巻き付いて来る。

 複数の触手に絡み付かれ、ピンッと引っ張り伸ばされた乳首。
その根本の乳輪に、またちくりと棘が刺さった。
小さな痛みにも、スコールの躰はビクンッと弾み、また官能の熱が湧き上がる。


(あああ、熱い、熱いぃっ!ち、乳首がおかしくな……っあぁ♡また吸われてるぅううっ!)


 快感の火照りに囚われた乳首を、繰り返し襲う、強力な吸引と締め付け。
更には、吸引機能を備えた触手の穴から、細かい繊毛が生えて来た。
穴の中で起こったその変貌は、搾りだそうとするものをより促す為の機能だったのだろう。
それが敏感になったスコールの乳首を覆い、うぞうぞと動き回るものだから、


「はんんんっ♡あふっ、うっ、ふぉおんんんっ♡」


 それまでと全く異なる刺激が、新たにスコールを襲う。
繊毛は細かく柔らかいブラシになって、スコールの乳首を擦って苛めた。
微かな痛みにも大袈裟な反応を示す程に敏感になった乳首にとって、その刺激は堪らない快感を生み出す凶器である。


(あああ、ああああっ♡乳首が擦られるっ!ぞくぞくして、ひいぃっ!今吸うな、頼む、頼むからぁああっ!)


 吸引触手の穴の中で、スコールの乳首がぷるぷると震える。
それ程強い吸引で吸われている最中に、乳首の胴やら根本やらを、柔らかなハケで隙間なくこそばされているのだ。
スコールは頭が真っ白になる程の快感の中、泣きごとめいた悲鳴を上げるが、塞がれた口から洩れるのは、


「んぁうぅうっ♡あうっ、あふぅううっ♡はぅうんんんっ♡」


 自分のものとは思えない程、情けない喘ぎ声ばかり。

 余す所なく乳首を撫で回す繊毛に、スコールは身を捩る事も出来ない程の快感を与えられていた。
その繊毛の奥から、ねっとりとした粘液が染み出し、乳首に塗りたくられていく。
粘液から分泌される物質が、じわじわと乳首に染み込んで行き、ぬるぬるとした感触が一層スコールの官能を助けた。

 乳首に食い付いた触手の穴が、きゅうっと閉じて密着する。
隙間なく乳首を覆う繊毛の感触で、スコールはビクビクと背筋を撓らせた。
そして、乳首がもう一度、一際強く吸引される。


「あうぅうううううっ♡♡」


 スコールは甘露の混じった悲鳴を上げて、二度目の極みを迎える。
ビクンッ、ビクンッ、と弾んだ躰を、逃げを打っていると見たのか、巻き付く触手が強く締め付けた。