ビブリスの糸
※オリジナルキャラクター有


 レオン・レオンハートは人気がある。
クラスメイトの誰もがそう知っている。
“思っている”のではなく“知っている”のだから、それは既に客観的事実として認識されていた。

 見た目が良いのは年頃の少女達にとって勿論注目の的となる事だが、加えて成績優秀であること、運動神経にも秀でており、更に本人の気も優しいとなれば、誰もが一度は恋をする、と言うものだ。
特に年下の少年少女への気配り振りは、少々過剰ではないかと思う程度には配慮を欠かさない。
それは、彼の幼年の頃からの環境が作り上げたものだった。

 レオン・レオンハートには弟がいる。
八歳差だと言う弟を、兄であるレオンが愛して已まない事は、誰もが知っていることだし、これは本人も自覚している。
レオンは幼い頃、生まれ付いた場所が戦禍に巻き込まれたことを期に、バラム島へとやって来た。
それからほんの数か月後、生まれたのが弟のスコールだ。
その誕生を境に、共に疎開した実母は逝去し、当時ガルバディア軍の兵役に取られていた父はそのまま戻らなかった。
以来、レオンは弟と共に孤児院で育っている。
彼にとって弟は、生まれたその瞬間から、彼自身の手で守り育てるものとなったのだ。

 レオンが弟を溺愛しているのは当然の事であったが、彼には妹もいる。
妹エルオーネは血が繋がっている訳ではなかったが、生まれ故郷を同じくし、其処で既に兄妹のように面倒を見て過ごしていた。
弟の差とは中間にあたる年齢にあるエルオーネは、スコールが生まれた時に、自分が『おねえさん』になるのだと自覚して、その役割をしっかりと熟している。
けれども、レオンにとって、妹も大切で可愛い存在である事に変わりはないのだ。

 そして、其処に更にもう一人。
バラムガーデンが開校し、その機能をガーデンへと委ねる形で孤児院も閉鎖して、レオンは妹弟を連れて早い自立への道を歩み始めた。
その生活も慣れてきた頃にやって来たのが、ザナルカンドで生まれ育った少年、ティーダである。
ティーダは母の急逝を境に、父によってバラムへと連れられ、紆余曲折の末に、レオンへと預けられる事となった。
弟と同じ年で、嘗ての自分が母を喪った時と重なるティーダを、レオンは放っておくことは出来なかった。
この新たな風は、ティーダ自身を含め、兄妹弟の間に一陣の荒風を吹き込んでくれたのだが、その事件も含め、今となっては良い思い出になっている。
それ位に、レオンはティーダの事も愛していた。
ティーダもそんなレオンやエルオーネ、同じ目線で共に過ごすスコールの存在に刺激され、健やかに育っている。

 元々、レオンは生まれ故郷でも一番の年上だった。
彼は物心がついた時には“兄”の自覚を持っていて、故にその行動は“守るべきものを持つ者”としてのものである。
小さな子供を相手にする方法にも慣れたもので、平時は落ち着いた好青年の卵と言う風なのに、子供を相手にするとその面差しには柔らかさが浮かぶ。
ふとした折に笑いかけるその顔に、頭を撫でられた幼い乙女たちが何人恋に落ちただろう。
やんちゃな少年達もまた、多くがその頼り甲斐のある背中に憧れたものだった。

 現在、レオンはバラムガーデンの高等部二年生に在籍している。
日々を生活費の為のアルバイトに精を出しながら、しっかりと成績優秀値をキープするレオンは、正しく文武両道で非の打ち所がない。
授業で躓いた所があるから教えてくれ、とクラスメイトに頼られては、分かり易く解説しながら解読を手伝ってくれる。
何かとテンションが上がり勝ちな男子の中にあって、レオンは一歩下がった所で賑わいを見ている事が多く、それが女子生徒には「落ち着いていて冷静」だと株を上げた。
教師に何かと雑用を頼まれては借り出されるのは、友人たちにしてみれば断っちまえば良いのにと呆れる所だが、詰まる所、レオンは真面目なのである。
真面目である事は、時には損をする事はあれども、それ自体は悪い事ではない。
物事に真摯な人なのだと言う印象が創られれば、きっとそうなんだと疑わない者は多かった。

 ───以上のことから、レオンに揺るがない人気があるのは、当然の事とも言えるだろう。
更に本人が、自分がそう言った目で見られている事に無頓着なのも、好印象に映る。
友人からすれば「ただの鈍感」「弟と妹が一番で、自分の事はほったらかしなだけ」と言った所であるが、其処まできっぱりと言い切る程に距離が近くない人々からすれば、我を振りかざさない謙虚な人なのだ、と言う言葉に替わるのだ。

 そんな訳で、レオンの下には、月に一度は確実と言う頻度で、告白やらその類の手紙やらが届けられる。
レオンはそれを渡されては、丁寧にそれらに断りを伝えに行っていた。
相手の事を良く知らない、と言うのは勿論のこと、そうでないとしても、レオンは誰かと恋愛関係を作る気がない。
本人が恋愛と言うものに全くと言って良いほど興味がない上、レオンの一番はいつまでも弟たちや妹にあって、例え恋人と言う特別な関係を作る人を持ったとしても、優先すべきがどちらであるのか、彼自身の礎は既に揺るがないものだったのだ。
恋人となれば、きっとその人は自分を優先して欲しい事もあるだろう。
それには応えられないだろうと思うから、レオンは勇気をもって告白してきた少女達に、きちんと理由と共に断りを告げるのだ。
それでも良いから、と言ってきた者も中にはいるが、レオンは頑なに首を横に振る。
誠実であるからこそ、レオンはその席に誰も座らせるつもりがないのだ。

 しかし、レオンが其処に誰かを座らせるつもりがなくても、座ろうとする者はいる。
あるまじきことだが、其処にレオンの意思など関係なく、其処に座る事をステータスとしている者が存在するのも事実であった。




 いつものように教室に入り、ホームルームの前に少し暇潰しに教科書でも開こうかと思いながら、学習パネルの下の空間に筆記用具を納めた時だった。
かさり、と奥から音がして、レオンは眉根を寄せる。
手探りで奥に入っているものを探し出し、取り出してみれば、可愛らしい丸みのあるペン字で『レオンハート君へ』と綴られた封筒が出てきた。
封にはハートのシールが貼られており、分かり易くラブレターであると主張している。


「お。今月分か?」


 一足先に席について、暇そうにパネルの上に顔を乗せていたエッジが、レオンが取り出したものを見て言った。
レオンがちらと其方を見れば、にやにやと楽しそうな友人の顔がある。


「今日もモテてんなぁ」
「……揶揄うな」
「感心してんだよ。幾ら告白されても、全部断ってるって知られてるだろうに、それでも果敢にチャレンジする女子の度胸と勇気に」
「……他人事だな」
「そりゃあな。悲しい事に俺にゃあ縁のない話なんで」


 レオンの言葉に、エッジな拗ねた顔をして見せて言った。
が、直ぐにその顔は楽しそうなものに戻り、体を起こして封筒の裏側を覗き込む。


「名前入りだ。堂々としてるな」
「見るな、プライバシーだぞ」
「中身は見ねえよ」
「差出人だって同じだ」
「まあそうだな」


 後は見ねえよ、とエッジはひらひらと手を振った。
レオンは一つ短い溜息を吐いて、手許の封筒に視線を戻す。

 外見からして内容は判り易いものであったが、中身を確認しない訳にもいかないだろうと、レオンはハートのシールをそっと剥がした。
可愛らしい花柄の便箋には、レオンの事を好きだと言う気持ちが一杯に書かれていたが、レオンは一読すると、直ぐにそれを封筒の中へと戻す。


(放課後に『秘密の場所』か。先生に捕まらなければ、早めに行けるだろうか。今日のバイトは少し早入りだからな……)


 手紙には、今日の放課後に『秘密の場所』に来て欲しい、とあった。
直接会ってレオンからの返事を聞きたい、とも書かれており、レオンは少々気が重くなる。
返事の形は初めから決まっているようなものとは言え、勇気を振り絞っての行動に対して、どうしてもそれに応えられないことを伝えねばならない、と言うのは中々に重苦しいものがあった。

 封筒を鞄の中へと入れるレオンを見ながら、エッジは優しい奴だなと思う。
恋愛そのものに興味もなければ、きっと顔も知らないであろう女子生徒からの告白にも大した感慨も沸かないだろうに、レオンはそれでも、手紙を無視したりは出来ないのだ。
そう言う所がまた女子生徒の人気を呼んで、若しかしたらと言う夢を見させてしまうのだろう。


「……お前、罪だねぇ」
「……いきなりなんだ?」


 傷の奔る額を抱く、男から見ても整っていると言って差し支えない友人の顔を眺めながら、エッジはしみじみと呟いた。
それを聞いたレオンが眉間に皺を寄せて訝しむが、エッジは「独り言」と返したのみだ。


「あーあ、俺も可愛い彼女が欲しいぜ」
「…作れば良いんじゃないのか。ロックみたいに」
「ビビッと来る子がいねえんだよ。いや、可愛い子は多いぜ?でもそうじゃねえんだよな」
「…俺にはよく判らない」
「だろーな。まあ俺の事は良いからよ。お前はそっち、穏便に済ませるようにしとけな」
「そのつもりだ」


 鞄に締まった封筒を指差すエッジに、レオンは頷いた。
それからエッジは、ふと思い出して言った。


「そういや、レオン。お前、世界史のネヴィアせんせーの噂聞いたか?」
「オルフラクト先生?いや……何も知らないが」


 ネヴィア・オルフラクト───エッジの口から出て来たのは、今年の夏からレオンたちの学年の世界史を担当することになった女性教師のものだった。
彼女は元々ガルバディアの進学塾で教鞭を取っていたが、元々其処に宛がわれていた教員が産休に入った事で、そのヘルプとしてバラムガーデンに着任した。
年齢は二十六歳と、バラムガーデンにいる教師の平均を考えると若く、スタイルの良い肢体を惜しげもなく強調する服装でいる事が多く、良くも悪くも注目を集めている。
本人もそれを分かっていて振る舞っているようで、授業中に男子生徒に揶揄い混じりのスキンシップをしてくる事もあった。


「オルフラクト先生がどうかしたのか。噂って───何か、余り良い予感もしない気がするが」


 件の教員は、一生徒であるレオンの目から見ても、少々行き過ぎなスキンシップをしてくる。
レオンも、授業中に教科書の音読を当てられ、読み終わった後に「良く出来ました」と言いながら顔を触られた。
それはレオンに限らず、男子生徒には頻繁に行われており、顔を真っ赤にする男子を見ては、楽しそうにそれを眺めている。
女子生徒から見ると「非常に悪趣味」である為、結構な顰蹙を買っているようだが、ネヴィア・オルフラクト本人はそれを露とも気にしていないようだった。
かと言って女子生徒から悪評ばかりがある訳でもなく、悩める少女に“オトナの女性”としてのアドバイスをする事もあるそうで、此方の評判は半々と言った所だろうか。
男子生徒からの評については、その美貌とスタイルで、凡そ勝ち取っていると言って良い。

 彼女の授業は判り易く、時々ちょっとした雑談や小話なんかをするユーモアも持ち合わせている。
お陰で世界史が嫌いだと言う生徒も減り、着任して以来、テストの平均点が上がったとも聞いた。

 しかし、それよりもレオンにとって印象深いのは、男子生徒への過度のスキンシップだ。
先述の通り、顔を触ったり、肩に触れたりと言うのはよくある事で、時には胸を押し付けて来る事もあった。
レオンはそれに遭遇した事はないが、ロックは廊下でばったり鉢合わせした時に被害に遭ったそうだ。
その場にロックの恋人であるレイチェルがいた為、それはそれは紛糾した事態になったようで、それ以来、ロックはネヴィア・オルフラクトの姿を見ると隠れるようになった。
そんなロックを見ると、ネヴィア・オルフラクトは面白そうに笑うので、あれは確かに性格が悪い、とレオンも思ったものだ。

 友人がそう言う被害に遭っている事や、日々のその言動から、レオンは余りネヴィア・オルフラクトが好きではない。
授業は確かに判り易かったが、授業中のスキンシップは果たして必要なものだろうか。
若しもこのまま彼女がバラムガーデンに職席を定着させたら、いずれはエルオーネや、スコールやティーダの授業も担当するようになるのだろうか。
正直、そうなると不安だな、とレオンは思う。

 ───そんな彼女に関する噂。
どう考えても良いものである予感がしないと言うレオンに、エッジもうんうんと頷いた。


「その通りなんだけどよ。なーんか、男子寮によく出入りしてるって言う事なんだよな。まあ、夕方までなら女子も来るし、センセーが見回りしてんのも珍しくはないんだけど、空き部屋とか一人部屋に出入りしてるのを見たって奴がいるんだ」
「空き部屋と……一人部屋?」
「ほら、今年の初めに、新しい寮が出来ただろ。それで折り合いの悪くなってる奴らを分けたり、諸々の事情で一人部屋になった奴が結構いるんだ」
「そうなのか。知らなかった」
「お前はそうだろうな。まあ、そう言う訳でさ、今ちょっと緩んでる奴って多いんだよ。そんで、其処にあのせんせーだろ。“個人指導”してるんじゃねえかってウワサ」


 エッジの使った単語には含みがあった。
切れ長の目尻を此方に寄越してくるエッジの表情に、レオンもそれを読み取る。


「それは───問題なんじゃないのか。先生も、その部屋の奴も」
「当然だろ。っつっても、噂は噂だからな。俺も実際にあのせんせーが部屋にいるのを見た訳じゃないし、誰かがどっかに告げ口した訳でもないし。要するに、証拠不十分、だ」


 生徒達の間でそんな噂が出回っているなら、件の人物は他教員から某かの注意を受けていても可笑しくはないが、かと言って懲戒免職等に相当するような話かと言われると、まだ其処までには至っていないと言う。
ある意味、教員側からすると、一番頭の痛い話なのかも知れない。
こう言う事は、授業を担当している学年のみならず、ガーデン全体の風紀の乱れにも繋がり得る事で、早期に対処したいと思う者は多いだろうが、今の所はこの話が“噂”の域を出ない為、懲罰的な事を課す訳にも行かないのだろう。


「……知らなかった。そんな噂があるなんて」
「まあ、お前は寮に入ってないからな。でも気を付けろよ、お前も狙われてる口だから」
「俺が?どうして」
「そう言う所だよ、鈍ちん」
「は?」


 やれやれと大きく溜息を吐いて見せるエッジに、レオンは眉根を寄せる。
どういうことだと重ねて問うと、


「んぁ〜……お前に何かあると嬢ちゃんがなぁ……チビ達にも絶対影響出るだろうし。それは俺も寝覚めが悪いんだよなぁ」


 がりがりと頭を掻いて、エッジはぶつぶつと呟いている。
独り言であろう、聞いているだけでは要領を得ない呟きに、レオンが首を傾げていると、エッジはもう一つ溜息を吐いて友人へと向き直る。


「傍から見てると判るぞ。あの先生、いつかお前に唾つけようと思ってる」
「だから、どうして」
「俺にしてみりゃ、本当にどうしてって気もするけどな。堅物に見えるのか、真面目な奴を堕とすのが好きなのか知りやしないが、そう言うのが楽しい奴なんじゃねえか。授業中に胸押し付けて来たり、相手が焦るの見て面白がってるんだぜ。その中じゃあ、お前はリアクションが薄い方だし、他の奴等みたいに鼻の下伸ばす事もないし。気付いてるか?ちょっと前から、お前に当てる時、胸強調して来てるの」
「いや……」
「だと思った。目の保養にはなるけど、露骨過ぎるんだよな。それで気付いてないお前もお前だけどよ。あれはどうにかお前の気を引こうとしてんだ」
「俺の気を引いてどうするんだ。面白いことなんてないぞ?」
「ああ言うのはなぁ、落とすまでの過程を楽しんでるんだ。で、落としてしまえば自分の勝ち。それだけさ。チビ達と一緒に純粋培養されてるようなお前とは、根本的に考え方が違うんだよ」


 そう言って、エッジはレオンの傷の奔る額をピンッと指で弾く。
痛くもないデコピンに、やんわりとした感触の残る額に手を当てながら、レオンは其処に深い皺を寄せていた。


「……よく判らないが、気を付けておく」
「そーしとけ」


 何かと耳の良い友人の忠告と言うのは、案外的を射ているのだ。
素直に受け取っておくに限ると、レオンはエッジと出逢ってから過ごしたガーデン生活でよく学習していた。

 しかし、とその傍らに浮かぶこともある。


「……オルフラクト先生の噂のことは、その、正直余り驚きはしないが。お前が先生をそこまで厳しく見ているのは、少し意外だったな」
「そうか?」
「だってお前、“世界史が楽しくなりそうだ”って言ってたじゃないか。実際、授業をサボる回数も減ったし」


 レオンの脳裏には、ネヴィア・オルフラクトが初めて教室に来た時の様子が浮かんでいる。

 世界史の教員の産休の連絡が回り、一時的にオルフラクト教員が着任するに辺り、彼女は各クラスでの最初の授業で挨拶をしている。
その時の挨拶文を、レオンは既に覚えていないが、教員らしい定型文句であったと言う印象は残っていた。
服装も最近のものに比べれば抑えめにしていたと思うが、胸元を強調する格好は同じだったように思う。
それを見たエッジは、分かり易くニヤついた顔をして「しばらく真面目にやるか」等と嘯いていたものだ。

 それから、エッジは言った通り、真面目に世界史の授業に出席した。
授業は退屈なのは変わらないが、目の保養には良い、と言いながら。
彼女からの少々過激なスキンシップについても、冗談めかした返しをしたりと、コミュニケーションに苦はないように見えた。
これまでのサボタージュ癖により、世界史の成績が低空飛行をしているのを理由に、教員室に呼びつけられた時も、何処か楽しそうに赴いたものであった。

 しかし、今レオンの隣に座っているエッジは、なんとも苦い表情を浮かべている。


「授業は嫌いじゃないぜ。面白いって程じゃないけど、分かり易いし、覚え易い。本人もスタイルも良いし、美人だし、良いトコだらけさ。だけど、気持ち悪かったんだよなぁ……」
「授業が、か?」
「いや。あの先生の目だ」


 そう言ったエッジは、不味いものを思い出しているような顔で、口元に手を当てて声を潜める。


「教員室に呼ばれた時、お説教だろうなとは思ったんだけどよ。それ聞いてる間、露骨にジロジロ見て来てやがって、その目がなんか───なんだ。選んでるって言うか、そんな感じがしたんだよ。そう気付いたら背中にゾ〜ッと来て、こいつヤベェ奴だなって思ったんだ」


 直感的な嫌悪感だったと、エッジは言う。
加えて、友人であるロックを揶揄った顛末を聞いて、根から性格が悪いと言うことも察した。
美人はエッジにとって厭うものではないつもりだったが、折々に見える歪んだ人間性と言うのか、そう言ったものが目に入る度に、迂闊に近付くのは危険だと思ったのだ。

 不道徳に染まる事に悦を覚える人間はいるものだ。
敷かれたルールを守ることに窮屈さを感じる反動か、逸脱した瞬間の解放感めいたそれに麻薬を感じ、繰り返し犯罪に走る者がいるように、好んでそれを行う人間もいるだろう。
更には、それに他人を巻き込む事を楽しむ者すらも。
エッジは、そう言う危険性の匂いを、ネヴィア・オルフラクト教員から感じていた。


「…折角だから授業は出るけどよ。個人的にお近付になるのは御免だな」
「……元々そう言うのはなりたがるものでもないだろ」
「そう言って、お前はイデア先生と個人的に仲が良いよなぁ」
「……お前、判ってて言ってるだろう」
「勿論」


 含みを持たせたような言い方をするエッジに、レオンがじろりと睨めば、エッジは尖った舌をちょろりと出して見せる。
レオンの家庭環境も、ガーデンが設立される以前にどんな生活をしていたのかも知っていて、わざとらしく意地の悪い言い方をする友人に、レオンはやれやれと溜息を吐いた。

 ホームルームの時間を知らせるチャイムが鳴り、あちこちに散っていた生徒達が急ぎ足で教室に入って来る。
騒がしく席に座る音と同時に、教室の扉が開いて、担任教諭が入ってくれば、今日もいつも通りの一日が始まろうとしていた。



 高等部が一日のカリキュラムを終える頃には、ガーデン内は大分静かになっている。
幼年クラスや初等部は昼過ぎには授業が終わり、その時は中庭から遊ぶ声が聞こえたり、校舎内で過ごす子供の姿が多いのだが、夕方になるとそれらの殆どは帰宅している。
初等部から少し遅れて、中等部も多くが校舎を離れており、寮で過ごしているか、バラムの街に出向いている彼のどちらかだ。
それからしばらくして、ようやく高等部の授業が終わるので、平日のこの頃にはガーデン内に人の気配はピーク時の半分程度と言った所だった。

 バラムガーデンには戦闘に関するカリキュラムを行う為に整えられた、訓練施設が併設されている。
亜熱帯ジャングルに似た様相で作られた其処は、広い半ドーム型のガラス天井に覆われ、空調設備などで最低限の温度・湿度保持をしているものの、ほぼ自然に近い形の環境になっていた。
中には魔物も生息しており、授業の多くはそれらと渡り合いながら、教員が指定した条件をクリアする事で単位を貰うことが出来る。

 その訓練施設の奥に、最近、『秘密の場所』と呼ばれる所が出来た。
訓練施設の奥まった場所に、元々は施設を作り整備する為に用意された通路があり、その奥に階段があって、普通の建物であれば二階〜三階相当に当たる高さに、少しばかり開けた空間があった。
其処は施設を覆うガラス天井の外にあって、テラスのような形でせり出している。
施設のメンテナンスの為、年に一回程度に業者が訪れる以外には用のない場所だ。
通路への入り口も、鍵つきの扉で封じられていたのだが、魔物が徘徊する施設内では儘ある事で、この扉が壊されたのである。
それを教師が気付く前に生徒が発見し、探検がてらに進入したのが始まりだとか。
そしていつの間にか、生徒達の溜まり場として使われるようになり、『秘密の場所』などと言う俗称が使われるようになった。

 今となっては公然的に『秘密の場所』と呼ばれているので、呼ばれている程の“秘密”ではないのだが、すっかり生徒達の憩いの場所として定着した。
出入口も再び封鎖される気配はなく、偶に教師も其処で生徒と雑談を交わしたりしている。
訓練施設に自由な出入りが出来るのは一定の学年以上であること、奥まった場所とあって小さな子供が来る事もないので、何か大きな事故でも起きない限りは、このまま使われ続けるのではないか、と生徒の間では言われている。

 レオンが『秘密の場所』に赴く事は、実は案外と少なくないのだが、自発的に行った事は一度もない。
エッジやロックに息抜きだと連れていかれる他は、今回のように、手紙などで呼び出されて待ち合わせに指定される位だった。

 指定場所に到着したレオンを待っていたのは、高等部一年生の女子生徒だった。
後輩と言うこともあって、レオンには顔は勿論、名前も知らなかった人物だ。
見える場所には彼女だけが立っていたが、貯水槽やら物陰から「がんばれ!」と応援する人の声がする。

 気弱そうな目元に、緩くベールを被せる黒の髪、眼鏡をかけていて、表情は不安そうだった。
不安の中、勇気を振り絞って其処に立っていると判る姿に、レオンはなんとなく弟の顔を思い出してしまう。

 制服のスカートの端を握り締めて、少女は顔を真っ赤にしながら言った。


「す、好き、です。よ、良かったら、あの、……つっ、つ、付き合って下さい……っ!」


 喉が引き攣っているのが判る、震える声だ。
きっと余り気は強くないのだろう、そう思える位に、少女の精一杯の告白はぎこちなかった。

 レオンは一つ静かに呼吸して、妹よりも少し背が高い、それでも旋毛の見える低い位置にある少女の顔を見て言った。


「……すまない。俺は、君に応える事は出来ない」
「……理由を、聞かせて貰っても、良いですか?」


 レオンの返答に、泣き出したり駄々を捏ねる訳でもなく、一度唇を噛んだ後に、少女は言った。
表情から見て、概ね予想は出来ているようにも思えたが、それでも一縷の望みを手放したくない気持ちからか、きちんとした理由を欲している。
その眼から逃げるのは不誠実だろうと、レオンは少女と向き合ったまま、答えた。


「知っているかも知れないが、俺には弟と妹がいる。俺の優先順位は、どうしたってあの子達だ。君が俺と一緒にいたいと思ってくれても、俺の気持ちはきっと、弟達の方に行ってしまう」
「…それでも良いです。弟さんや妹さんとも、仲良く出来るように頑張ります」
「…そう言ってくれるのは、有り難いけど。今もアルバイトやら何やら、家族の為に時間を使っていて、それは俺にとっては苦じゃないけど、他の何かに気持ちや時間を回せる気がしないんだ。だから、何処かに一緒に行きたいと言われても、碌に時間は取れないだろう。弟達の事を好いてくれるのは、とても嬉しい───でも、俺は弟達以上に、君の事を大事に出来るとは言えない。俺は君の事を知らないし……」
「じゃあ、これから、知って行けるように…その……」


 言葉を詰まらせながら、あるだけの勇気を振り絞って食い下がる少女に、レオンはどうしたものかと頭を掻く。
応えられない事はレオンの中ではっきりとしていたが、それを相手にも理解して受け取って貰うと言うのは難しい。
レオンが、どうしても少女の気持ちを受け取る事が出来ないように。


「……君の事を知るには、一緒に過ごす時間が必要だろう。俺はその時間を用意する事が出来ないんだ。弟達はまだ小さいし、妹だけに任せるのは大変だろうし。生活をしていく為にも、アルバイトもしないといけない。だから、所謂デートだとか、そう言うものにも行けないと思う。……それに行くのなら、すまない、俺は家族と一緒に過ごしたい」


 弟二人と、妹と、一緒に過ごせるその時間が、レオンにとって幸福の象徴そのものだった。
今は幼い弟達も遠からず成長し、妹は彼らよりも先達て巣立っていく事になるだろうが、それまでは家族で一緒に過ごせる時間をレオンは何よりも優先したかった。
ガーデンでの授業の日々も、今続けているアルバイトも、その生活を守る為にしている事だ。

 まだ幼い頃に繰り返し家族を奪われる痛みを知ったレオンにとって、今現在目の前にある“家族”は、絶対に喪うことの出来ないものだった。
いつか手を放す事になるその日まで、本当なら片時でも離れたくないと思う程に、レオンにとって強い芯になっている。
其処に“恋人”が入ってきたらどうなるのか、経験のないレオンには想像する事しかなかったが、“家族”と“恋人”を同じ線の上には立たせる事が出来ないのだ。
もしもそれらが離れて行く事があるとしたら、それが“家族”ならレオンは死に物狂いでその手を掴むが、“恋人”ならば追う事もなく、握っていた手さえも解いてしまうだろう。
“恋人”がいつか新たな“家族”になる可能性を持っていても、レオンはそうなる未来をどうしても思い描く事が出来なかった。


「……そんな状態で、君の気持ちを受け取っても、応える気のない期待を持たせ続けてしまうような気もして……それはやっぱり、申し訳ないんだ」
「………」
「……すまない」


 レオンにとっては、これが精一杯の答えだ。
応じれない事を、はっきりと伝える以外に、判って貰える方法が思い付かない。

 人の気配が多ければ、和やかな雰囲気もある筈の『秘密の場所』も、今は重い沈黙に包まれている。
レオンからこれ以上伝えられる事はない。
レオンはじっと、少女が動き出すのを待っていた。

 そして、一分か二分か、正確ではないが時間が過ぎた後、


「……判りました……」


 すん、と鼻を啜る音の後、少女はそう言って、レオンに向かって頭を下げる。
来てくれて有難う御座いました、と顔を挙げずに口早に述べると、そのままくるっと背中を向けた。
通路の方へと駆けて行くその背中を、レオンはじっと見つめる。
少女の姿が通路の影へと見えなくなって間もなく、物陰に隠れていた少女達が現れて、友人であろう少女を追い駆けて行った。


「……はあ……」


 ようやく人の気配がなくなって、レオンは空を見上げて詰めていた息を吐いた。
直接の泣き顔を見なくて済んだのは幸いだ。
そんな顔をさせてしまうのも無理はないとは言え、やはり人の泣き顔と言うのは、色々と堪えてしまうものがある。

 レオンはしばらく、その場で立ち尽くしていた。
少女達が訓練施設から出て行けるまで、たっぷりと時間を取ってから、ようやく帰路へ向かう。
そう言えばさっきの少女は寮住まいなのか、街へ帰るのか。
街に住んでいるのだとしたら、これから来るであろうバスで乗り合わせてしまいそうなので、聊か気まずい。
かと言って時間をずらしてしまうには、アルバイトの時間が押し迫っているので難しい。
彼女が寮住まいである事を祈りながら、レオンは『秘密の場所』を後にした。

 階段を下りて細い通路を通り、草木の茂る所まで来て、レオンは足を止める。
最短距離で訓練施設の外へと向かう道筋の、それを横断するように落ちている倒木の上に、バンダナを巻いた見慣れた顔が座っている。


「よっ」


 片手を挙げて挨拶してきたのは、ロックだった。
「ああ」とレオンが返事をしている間に、ロックは腰を上げて、レオンの下までやって来る。


「断ったみたいだな」
「エッジにでも聞いたか」


 レオンがどうして『秘密の場所』に行っていたのか、理由を聞くまでもなく当てに来たロックに、レオンはそう言ったが、


「いや、レイチェルから。お前に今日告白した子、レイチェルの後輩なんだってさ」


 意外な所で人と人は繋がっている物である。
レオンはロックの言葉を聞いて、そんな事を考えた。


「俺もレイチェルから相談されて。お前の事だから、多分無理だと思うぞって言ってはいたんだけど、伝えるだけでも良いから伝えたいってあの子が言ってたらしくて。まあ、それだけの事で、俺は別に何もしてないんだけどな。でも話を聞いてはいたから、ちょっと気にはなったんだ」


 レオンが少女の気持ちを受け取れない事は、エッジ同様、ロックにも判り切った事だった。
同時にロックは、それでも伝えたい、と思った少女の気持ちも理解できる。
レイチェルと言う恋人を持つロックだから、例え駄目元でも、好きだと言う気持ちから湧き上がる衝動に嘘は吐けないものだと知っている。
一縷の望みと、それを打ち砕かれる不安と、どちらにも決着が着けられないのは苦しい事だと言う事も。

 少女の気持ちと行動の結果がどうなったのかは、ロックも見ていたようなものだ。
彼が見たのは、友達に慰められながら歩いて行く少女の後姿のみだったが、それだけ見れば十分だ。
同時に、何処か表情が暗い友人の顔を見れば、彼もまた苦しかったのだろうと言う事が判る。


「お前が気を悪くするなよ、レオン。お前はお前で、ちゃんと答えたんだから」
「……ああ。そうする」


 ロックの言葉に、レオンも僅かに眦を緩ませて頷いた。
ぽん、とロックの手がレオンの背中を叩く。
お疲れさん、と労いの声が聞こえた気がした。

 連れたって訓練所を出口へと向かう。
夕方と言う隙間の時間のお陰か、日中に活動が多くなる傾向にある魔物も、夜行性の魔物も大人しく、襲ってくるものはなかった。
少し蒸し暑い気温の事さえ気にしなければ、緩やかな散歩に似た帰り路だ。
明日の授業の予定を話題にしながら歩けば、程無く出口へと辿り着いた。

 其処へきて、ぴた、とロックの足が止まる。


「ロック?」


 どうした、と声をかけるレオンの後ろに、ロックは素早く回り込む。
エッジと比べても見劣りしない程、素早さには定評のあるロックであるが、こうも分かり易い逃げ腰で動くのは珍しい。
しかし、何かあるのかと通路の先を見たレオンは、其処に佇むシルエットを見て、友人の行動の意味を理解した。


「……オルフラクト先生」


 ロックにとっては聊か苦い記憶を作ってくれた、昨今の噂の当人───ネヴィア・オルフラクト教員。
今日も彼女は、胸を大きく開いて、そこから覗く谷間を強調した服装で、更にはボトムも際どいミニスカートと言う仕様。
高等部の生徒指導も請け負っているヤマザキから、ガーデンの風紀を乱す可能性があるとして、注意を食らっていたとも言われているが、本人はそれを正すつもりは更々ないらしい。

 ネヴィアはレオンとロックの姿を認めると、鮮やかな紅色の唇を弧に描いた。
口元にある黒子が色っぽい、と言っていたのは誰だったか。
その印象そのものは、レオンも否定する気はなかったが、殊更にそれを意識しているような表情を浮かべるのが、どうにも演技めいていると言うか、レオンにとっては少々違和感を感じさせるものになっていた。

 背中にくっつく友人が、このまま先に進む事を嫌がっているのは判ったが、ネヴィアは訓練施設の出口に、通路を塞ぐように立っている。
訓練施設に戻る理由もないレオンは、いつものように歩き出した。
追ってロックもついて来る。


「こんな時間まで戦闘訓練の復習?熱心ねぇ」


 近付いて来る少年二人を見ながら、ネヴィアが言った。
レオンはちらとその顔を見て、「……どうも」とだけ返す。
レオンにしては頑なな態度での反応であるが、ネヴィアはそれを気にする様子もなく、レオンの背中で気配を隠そうとしているロックを見て、


「あら、コール君。そんなにコソコソ歩かなくても、見えてるわよ」
「ど、どーも……」


 隠れる場所として全く適していないのはロックも判っていた事だ。
“隠れている”ことで無視してくれる事を願っていたのだが、効果としては逆でしかない。
それもロックは予想していたが、先日の恋人との紛糾の一件然り、出来れば真正面から相対したくないと思うのも無理はなかった。

 下手に話しかけると捕まってしまいそうで、レオンは心持ち歩調を早めてネヴィアの横を通り過ぎた。
ロックもレオンの歩調の変化に気付き、それに合わせて隣に並ぶ。
すると、コツコツとヒールの音が二人の後をついて来る。
判り易く二人の後を追ってくる教員の気配を感じつつ、しかしガーデン校舎の構造上、三人が───寮生であるロックは違うが───向かう方向を同じくするのは止むを得ない事だった。

 取り敢えずレオンは、エレベーターホールのあるエントランスを過ぎるまではと、早い歩調で進んでいたのだが、


「レオンハート君」


 名指しで呼ばれて、流石に聞こえないふりをするのは難しい。
レオンは少々苦い表情を浮かべたが、露骨にするのは失礼だと、努めていつもの顔を作り、脚は止めずに首だけで振り返った。


「何ですか」
「ちょっとお手伝いして欲しい事があるの。良いかしら?」


 口元に手を当て、はんなりと笑みを浮かべながらネヴィアは言った。

 家庭環境の事情と、元々シド・クレイマーが経営する孤児院にいた事もあって、レオンとその兄妹弟のガーデンでの学習に必要とされる費用等は、大幅に免除されている。
ティーダを預かるようになってからは、ジェクトが其方も出してくれると言う話もあったが、生活費まで時折援助を貰っているのに───とレオンは中々それに甘える気にはなれなかった。
こうした費用を免除する代わりに、レオンはガーデンの教員達から事務処理などの手伝いを頼まれる事が多々ある。
奨学金制度について余り意欲的ではないクレイマー夫妻が、年を重ねるごとに増える生徒数と、逆に足りなくなって行く教員・事務員の手をカバーする為に、そう言う仕組みにしたのだそうだ。

 レオンは自分の学費だけでなく、エルオーネやスコールの学費も免除して貰っている。
そう言った立場にいるレオンにとって、教員からの頼み事と言うものは、余り断れないものだった。


(でも、今日は……)


 エントランスに着いた所で、レオンが案内掲示板に併設されている時計を見ると、直にバラム街行のバスが来る。
今日のアルバイトに間に合わせるには、次のバスに乗らなくてはいけない。


「…すみません、今日は早入りでアルバイトがあるんです。だから先生のお手伝いは出来ません」
「あら」


 残念、と細い眉を下げながらネヴィアは言った。
どうしようかしらねえ、と呟くネヴィアの視線は、レオンの隣にいるロックへと向けられる。
ロックは彼女に背中を向けたままだったが、直感か経験か、ぞわりと背中を震わせた。


「コール君はどう?」
「俺は───俺も今日は街の方に用があるんで。人と待ち合わせしてるんで、ちょっと」
「そうなの。じゃあ、他の人に声をかけてみましょうか」


 口端を引き攣らせつつ、なんとかロックが答えると、またネヴィアは眉を下げる。
頬に手を当てながら小さく溜息を吐く様子は、気怠げな美人と言う触れ込みで、男子生徒の意識を浚うことだろう。
生憎、此処にそれに魅了される者はいなかったが。

 ネヴィアは「じゃあね」と手を振って、二人に背を向けた。
エレベーターに乗るらしい。
翻るスカートの下からガーターベルトがちらりと覗く。
自分の魅力と、それに惹きつけられる者がいると言うことをよく理解しているのだろう。
そう言う意味では、確かに、大人の女性として魅力的ではあるのだろうが、


「……はぁ〜……」
「良かったな、行ってくれて」
「……心の底からそう思うぜ」


 深く長い溜息を吐くロックに、レオンは苦笑した。
ぽんぽんと肩を叩いて、カードリーダーの方に歩き出すと、ロックもそれを追って来る。


「バラムに行くのか」
「ああ」
「本当に待ち合わせ?」
「まさか。口から出まかせ。でも、言っちゃったからな。アリバイ作り位はしておかないと、次の言い訳が出来ないだろ」
「今の内に寮に引っ込んだ方が、後が怖くないと思うが」
「あー……それは確かにあるな……」
「先生が上に行ってる間がチャンスだぞ」
「それもそうだな。じゃ、俺はこれで」
「ああ」


 ひらりと手を挙げたロックに、レオンも同じ仕草で返す。
踵を返したロックは、辺りに教員がいないのを幸いと、今来た道を逆方向へ、寮へと向かって走り出した。
友人と別れて、レオンもカードリーダーへと歩調を早めたのだった。