それは尾花か幻か


 バラムガーデンは、小さなバラム島にあることを念頭に置いて考えると、設立当初からその大きさは大層なものであった。
普通の学校として考えれば、バラムの街の中にあるか、すぐ傍にあっても良さそうなものを、わざわざ其処から───車で三十分とない距離ではあるが───離れて建てられたのは、まず観光立国として成り立っているバラムの街に施行されている、建築物の高さ制限を避ける為であったとか。
実際、本校舎となる中心部の建物は、同じ理由で街から距離を取った場所に建造されたミッドガル社ビルに劣るとも、背後に聳えるグアルグ山脈に並ぶほどだ。
山と並ぶ高さとなれば相当なものである。
設立時からその高さが必要不可欠だったのか、意匠的構造の為にそのようになったのか、その辺りを知っているのは、ガーデン設立に関わった大人達のみであろう。
当時まだ十五を数える手前だったレオンは、当然ながら、詳しいことは知らない。

 バラムガーデンは、教室など学生の勉学に必要とされる空間を主とした校舎を中心に、放射状に様々な設備が整えられている。
教育機関としては当然、運動場と体育館、食堂、保健室、寮、図書室と言ったものが並ぶ他、本物の魔物を定着生息させている訓練施設もある。
バラムの街は平穏なもので、そんな所にどうして危険な施設が整備されたのかと言えば、一重に、バトルの知識を持つことで自己防衛意識を高める目的があったからだ。

 バラムガーデンが設立される以前、国際社会は非常に危うい渦中であった。
特にバラム島を挟んだ二つの大陸国───ガルバディアとエスタの戦争があり、また遠く南方ではイヴァリース大陸も各所で紛争が起きていた。
バラム島は、特殊な潮流によって外界から守られた島国であった為、当時の造船・操舵技術の難もあり、幸いにも他国の諍いには巻き込まれずに済んでいたが、いつまでもそんな平和が約束される訳もない。
島と言う隔絶された場所でもある為、某か大きな出来事に巻き込まれると、他への梯子も一挙に喪ってしまう。
小さな島国は、そこにある街の平穏を守る為の自警団や、その頃から名を上げ始めたミッドガル社と言うセキュリティ会社の協力は取り付けつつも、まだまだ力のない国であった。
そんな場所で過ごす人々の意識を高めると言う長い目的も含めて、バラムガーデンには、実戦経験を積む為の訓練施設が誂えられたのである。

 訓練施設に住み付いている魔物は、主なものとして、バイトバグ、ケダチク、グラットである。
この内、当初から用意されて意図的に放たれたのは、グラットのみだ。
グラットはスピラ大陸のキーリカ島のような、亜熱帯気候の森林地帯を主として生息する植物性の魔物である。
これの生息環境に合わせて訓練施設全体が整えられた為、訓練施設は温度、湿度ともに高く、植え付けられたシダ系植物とともに、環境を作り出す一端となった。
バイトバグやケダチクは、元々バラム島に生息している魔物で、設立されてから何処からか迷い込み、施設の環境に適応してそのまま住み付いたと思われる。

 そして職員が意図した訳ではなく、しかし環境が見事に適合してしまった為に繁殖まで行っているのが、恐竜種のアルケオダイノスである。
凶暴で肉食、体高が3メートルにも及ぼうかと言う危険な生物を、学校施設内に住まわせるとは何事か。
実の所、これが住み着いてしまったのは、全くの事故と言って良い。
アルケオダイノスは、訓練施設の創設時、業者のミスにより、運び込まれたグラットの卵に混じって訓練施設に安置され、孵ってしまったものだった。
生まれてすぐに小さな恐竜は施設の何処かへと行方を眩ませ、天敵のいない施設内で健やかに成長し、折悪く卵が二つもあったこと、それにより雌雄が揃ってしまい、以後に繁殖してからこの生物の生息が発覚した。
無論、セキュリティ会社にも依頼して、この危険生物の駆除も行われはしたものの、環境が彼等にマッチングしてしまっていたこともあってか、繁殖ペースも早かった。
当時のバラムガーデンは、生徒数の増加に伴って様々なことに費用を工面する必要もあり、完全駆逐の為の費用捻出が難しかったことも重なる。
こうしてアルケオダイノスは、訓練施設の覇者となってしまったのだった。

 訓練施設は、中等部以上の生徒が授業で使う他、放課後など自由時間に出入りが可能になっている。
アルケオダイノスが繁殖期となり、活動が活発になる時期は閉鎖される事も少なくないが、そうでなければ、出入りは自己責任であった。
こうした環境故か、戦闘実技の授業が好きではない生徒は、先ず必要がなければ近付かない。
平時、どこでも人の気配が絶えないバラムガーデンにあって、此処だけは利用者の全体数が限られている場所となっていた。

 そこに最近、奇妙な噂が流れている。




「────オバケ?」


 友人の口から語られた単語に、レオンは首をかしげて鸚鵡返しした。

 二時間目と三時間目の隙間の休憩時間に、いつものように雑談をしていたレオン、エッジ、ロックの三人。
何かとガーデン内で面白いことを探して耳を欹てているエッジは、校内の噂にも詳しかった。
ロックは噂好きの年頃の恋人がいるので、女子寮で交わされる流行の話題を聞き齧ることもある。
そんな二人が揃って提出した話題は、日々を家族の面倒を見ることに費やしているレオンにとって、初めて聞くものも少なくない。
今回の“ガーデン七不思議”なる話も、その類だったのだが、エッジ曰く、「ガーデン中で持ち切りだぜ」とのことらしい。


「寮じゃ毎日話を聞くぞ」
「ま、レオンは寮生じゃないしな。知らなくても無理ないか」


 ロックの言葉に、それもそうかとエッジも納得する。


「でも、ガーデン七不思議くらいは聞いたことあるだろ」
「それは、一応。でも中身のことは余り。気にした事もないし」
「音楽室の喋る肖像画と、科学実験室の動く人体模型なんかテッパンだぜ」
「ああ……けど、それは確か、演劇部が防音設備のある音楽室を夜間に借りて劇の練習をしていたのと、人体模型は生徒の悪戯だったと聞いたぞ。悪戯をした生徒は反省文を書かされたとか」
「そうそう。正しく、幽霊の正体見たり、って奴だ」


 噂の真相なんてそんなものだな、とエッジはやや残念そうに言ってから、


「そのガーデン七不思議に、最近新しいのが加わったんだよ」
「……増えるものなのか、こう言う変な話は」
「そりゃ新しいことが起きれば増えるさ。刺激にもなるし」


 わくわくとした様子の友人達に、はしゃぐような話なのだろうか、とレオンは首を傾げた。
バラムガーデンは大きな学校のようなものだし、毎日のように色々な噂も生まれるが、この手の噂話と言うのは、多くが見間違いや勘違いで、真相が判るととなんだそんなものかと水を引くものである。
そう言うものを一々気にして過ごすほど、レオンは周囲の環境に然程興味を持っていなかった。

 と、レオンはそんな程度のものだが、エッジとロックにとっては面白い話らしい。
フットワークの軽いエッジや、好奇心の強いきらいのあるロックにとっては、暇潰しにでも丁度良いのかも知れない。


「それで、新しい不思議っていうのは何なんだ?」


 友人達が齎してくれるこう言った話題は、レオンにとっても少しの楽しみである。
乗って訊いてみれば、二人もよしよしと笑みを浮かべて応じた。


「さっきも言った、オバケの噂だよ。訓練施設の奥に出るんだってさ」
「動く人体模型の話と同じような匂いを感じるんだが」
「まだまだ、決め付けるなって」


 先んじて真相を想像するレオンに、ロックが慌てるなと宥める。


「訓練施設の奥……“秘密の場所”の近くで、最近、光がぼや〜っと浮かんでるのを見る奴が多いんだ。こう、チカチカって言うのじゃなくて、ぼんやりと」


 ロックは両手を使って、大きな丸を描くように動かして見せる。
遠目にこんな感じの、と言うが、どうも形状については曖昧らしく、大きな泡を示すような仕草になっていた。

 レオンは眉根を寄せ、その光の正体を考えてみる。


「施設にはあちこちに照明設備もあるし、それじゃないのか」
「それならぼんやりした光にはならないだろ。近くまで行けば判る事だし」
「水場もあるし、その反射とか」
「水のある所じゃないんだよ。どっちかって言うと、植物が鬱蒼としてて、電気が通ってないような場所だ」
「うーん……」


 納得行かない顔で眉間に皺を寄せるレオンに、エッジが情報を重ねた。


「目のいい奴の話じゃ、鳥みたいな形をしてるってのもある」
「光る鳥?そんなものいるのか?」
「さあ?魔獣の図鑑でも見たら何か出て来るかも知れないけど、少なくともバラムにいるような生き物じゃないだろ」
「……回遊性で、発光帯を持つ鳥型の魔獣が迷い込んできた?」
「なくもない気はするけどなぁ」


 動物然り、魔獣然り、世の中には奇妙な生態を持つ生命がごまんといる。
そう考えれば、レオンの言う荒唐無稽じみた生き物も何処かにいるかも知れないが、とは言えエッジの言う通り、そんな生物がバラムに生息しているなど聞いた事もない。


「光る生き物か。授業で聞いたG.Fとかならありそうだけど」
「ああ、バラムにもそれはいるらしいしな」
「炎の洞窟のイフリートか」


 ロックの言葉に、エッジもレオンも、同じものを思い描いた。

 少年たちはつい先日、魔法に関する授業の中で、その魔力エネルギーのバックアップを貰う手法に関し、ジャンクションと言う方法を知った。
この世界に生息する、“自立するエネルギー体”と言われる“G.F”ガーディアン・フォースと契約を交わすことで、その恩恵を得ると言うものだ。
安全性などがまだはっきりと研究で明確化されていない事もあってか、教師は詳細については言わなかったが、ともかく、そう言う生命体と、そう言う方法がある事が触り程度に語られた。

 G.Fは、世界中でその存在が確認されている。
小さなバラム島にも、イフリートと言う炎のエネルギー生命体が確認されていた。
イフリートは炎属性を強く帯びたG.Fで、バラムガーデンの東にある、マグマが露出している洞窟の奥を縄張りとしているらしい。
人嫌いではないが、怒らせれば骨まで融かされるほどの獄炎を操るG.Fである。
決して無暗に近付くな、とレオン達は口酸っぱく注意を貰っていた。

 そんな生物───と言ってカテゴライズして良いのかは聊か分かれる所だが───がいると知っているので、レオンはそれが新しい七不思議の正体かとも一瞬考えたのだが、


「イフリートがガーデンの訓練施設に……?」
「考え難いだろ。炎の洞窟はそんなに遠くないけど、自分の縄張りにしてるってんだから居心地良いんだろうし、わざわざそこから出て来てガーデンをウロウロすることってあると思うか?」
「…G.Fの生態はよく判っていない事も多いらしいし、俺には何とも。でも、そうだとしても、変な話だな」
「だろ?」
「大体、イフリートは鳥みたいな形はしてないしな。図書室でちょっと調べてみたけど、獣と人の中間みたいな感じだった。あれはちゃんと存在が確認されてるG.Fだし、姿形の情報も結構正確な筈だ。と言う訳で、噂の光る鳥は全然別物」


 ロックの指摘に、成程確かに、とレオンもこれは納得するしかない。
姿形を変えられるG.Fもいるかも知れないが、少なくともイフリートに関しては、そう言った力は確認されていない筈だ。


「そう言う訳でさ。噂の光の正体は何かって言う話で、オバケなんじゃないかって言われてるんだよ」
「随分飛んだ話だな」
「でも他に思い付かないだろ。言い様がないって言うのもあるけどな」


 はっきりとした正体が掴めていない、雲を捕まえようとするような情報しかないものだから、話は非科学的な方向へ転ぶ。
まあそんなものか、とレオンも思う位には、よくある話だ。

 と言う訳で、とエッジが気合を入れるように両手をぶつけ合う。


「今日明日にでも俺は行って見てくるぜ。オバケの正体を暴いてやる」
「行くのはお前の好きで良いと思うが、もし危険なものだったらどうするんだ?実際正体が判らないんだから、G.Fにしろ魔獣にしろ、そう言う可能性もあるだろう」
「そりゃ用心しながら行くしかないだろ。俺だって考えなしに言ってる訳じゃない。危なそうなら直ぐ逃げるし、その為にテレポストーンも持って行くつもりだぜ。俺だって死にたかないさ」
「俺も時間があれば見に行こうかと思ってるけど、同じようなものかな。で、正体がはっきりして、危ないものだと判れば、先生に報告する。まあ怒られもするだろうけど、危ないものをいつまでも訓練施設にいさせる訳にも行かないだろうし、対策とかなんとかは大人にちゃんと任せるつもりだよ」


 エッジとロックの言葉に、レオンは止めても意味はなさそうだな、と理解した。
行くのは確かに好奇心が発端ではあるが、危険の可能性や、その後もことも考慮しているなら、レオンが何と言った所で、二人はまず一度は現場に赴くだろう。
ガーデン内がこの噂で持ち切りと言う程だし、目撃情報が多数と言う事も含め、恐らく彼等以外にも同様に正体を探りに行った生徒は少なくあるまい。
少なくとも今の所は、そう言った生徒たちに害も起きていないようだからから、楽観視しているのもあった。


「よーし。待ってろよ、オバケめ」
「なんか殴り掛かりそうだなあ」
「……安全第一だぞ」


 気合を入れるエッジは、度胸試しに挑みに行くような雰囲気だ。
ロックはそこまでではないようだが、件の正体を暴きに行くことへの好奇心は隠していない。
そしてレオンは、まあ怪我がなければ良しと思う事にして、いつものように今日の夕飯のメニューに頭をシフトさせるのであった。