続く縁の交錯点


 リディアは、トラビアガーデンの大学部に籍を置いており、レオンの妹のエルオーネと同級生だ。
在籍している学部は違うが、同じ生物系の研究を共有することもある為、同じ授業を取ることもあり、交流が重なって親しくなったと言う。
トラビアガーデンはその立地環境もあり、スピラガーデンと同じように、寮生となって過ごす者が多い。
リディアとエルオーネの部屋は程近い場所にあるので、放課後や休日を一緒に過ごすこともあった。

 そんなリディアであるが、彼女の実家は、スピラ大陸の中央都市ベベルにある。
だが、もっと厳密に言うと、その血筋はマカラーニャの森の奥にあった、小さな集落が源流であるらしい。

 マカラーニャの森には、スピラ大陸に生息する、幻光虫と言う生き物が多数生息している。
この森が常に青い光に包まれているのは、この幻光虫の影響が特に強いことが大きく、また水場が多いことも理由として挙げられる。
幻光虫は大気中を彷徨うように浮かんでいることが多いが、水との親和性も高い。
幻光虫が溶け込んでいる地中の水分を木々が吸い上げることにより、光を帯びた樹木が育つ。
これにより、マカラーニャの森は、世界的に見ても珍しい、青白く光り輝く、神秘的な光景が作り出されているのである。

 そんなマカラーニャの森にも、過去には人が住まう場所はあった。
とは言え、エブラーナの村と同様に、此方も規模は集落と言う程度のものだ。
訪れる者はほとんどなく、森の中の深い場所にあることもあって、エブラーナよりも閉鎖的だったと言う。


「───その村が、召喚士の村だったって伝えられているんです」


 リディアが自身のルーツについてそう話したのは、今回の調査の目的地である、遺跡の謂れに関して聞いていた時だった。
エッジとリディア、ロックとレオンと言う組み合わせで、二羽のチョコボの背に揺られる道中のことだ。

 召喚士、とレオンにとっては少し耳慣れないものではあるが、スピラ大陸での仕事も多いので、この地の単語については無知ではない。
レオンの住むバラム島やガルバディア大陸、エスタ大陸では“G.F”(ガーディアン・フォース)の名で呼んでいる、意思を持ち自律したエネルギー生命体のことを、スピラ大陸やイヴァリース大陸では“召喚獣”と呼んでいる。
この召喚獣と心を通わせることが出来る者──レオンの感覚で言えば、G.Fと契約を交わし、使役することを可能とする者が、“召喚士”と呼ばれるのだ。

 スピラ大陸では、召喚獣に対して並々ならぬ敬意が寄せられている。
世界の神話の時代まで遡る歴史を持つ召喚獣は、神の御使いとして神聖視されることも少なくない。
また、スピラ大陸では、機械戦争の時代を境に、機械を忌避し、それ以前の時代から祀られていた神の使いを再び崇めるべきであると言う働きも強く興った。
こうした歴史により、スピラ大陸では、召喚獣や召喚士と言うものを強く尊ぶ風潮が生まれ、エボン宗も同様の流れを汲んでいる。
この為、召喚士は各地で神と人を繋ぐものとして、敬愛される対象となっていた。


「でも、その村は、もう随分昔になくなってしまっていて。機械戦争の時代なのか、もっと後なのかも判らないんですけど、村の人たちは皆出て行ってしまったみたいです。その中の何人かが、エボンの祖にあたる人たちに保護されて、ベベル近郊に移ったと言われています」
「それが、君の血筋になるのか」
「家系図みたいな公的な記録が残されている訳ではないので、はっきりとは……でも、私も母も、召喚士としての才はあるんです。召喚士になれる人は血筋に限るものではないんですけど、親子で続くって言う事は、やっぱりそれに連なる血が濃いんじゃないかって」
「ふむ……遺伝子情報の代わりに、人が持つ魔力パターンが、個人や血縁の特定に使われることはあるから、血筋の由来はあるのかも知れないな」


 G.Fに関することで、レオンは特殊な事例が多い為、エスタの研究機関で様々な検査を受けている。
その際、研究データについて、学者から色々と質問が来ることも多く、それに答えているうちに、レオンは魔力やG.Fの仕組みを知る機会を得ていた。

 そんなレオンの呟きに、詳しいんですね、とリディアが感心した表情で言った。


「やっぱりエルのお兄さんですね。すごく色んな事知ってる」
「そんなに感心して貰える程のものじゃない。仕事柄、色々なことに触れることが多いから、齧り聞いているだけなんだ。ちゃんと学んだり、研究している人の方がずっと詳しい。生物に関しても、勉強しているエルの方がよく知っているしな」
「ふふ、謙遜ですね。エルが言ってた通りだな、なんでも真面目で勤勉な人だって」
「そんな風に言ってるのか、エルは」
「そうですね。あと、時々一人で無茶するから、心配だって」
「……反論が出ないな」


 しっかり者の妹に、昔から釘を差されていることを、改めて言われたような気がするレオンである。
眉尻を下げて苦笑するレオンに、リディアはくすくすと笑った。


「ええと。それで……私は正式に召喚士になっている訳ではないんですけど。でも召喚獣と交感が出来る人には、早い内から役割が与えられることもあるんです。───レオンさん、“異界送り”って知ってますか?」


 リディアが問いかけた単語を、レオンは聞いたことがある。
しかし、それは本や人伝に聞く程度のものであった。


「確か、亡くなった人を弔う為に、スピラ大陸では昔から行われている儀式……だったか。俺が知っているのは、それ位だ」
「はい。大まかに言うと、そんな感じですね」


 スピラ大陸では、死後の世界として、“異界”と言うものがある。
古い時代からこの概念は存在しており、スピラ大陸では、異界に行けば死んだ人と逢うことが出来る、と言い伝えもあった。
実際にスピラ大陸のある地域では、その入り口に足を踏み入れることが出来、其処で死者と対面することも可能だとされている。
レオンは実際にその地で体験をしたことはなかったが、スピラ大陸では昔から存在が確認されており、当地を管理する部族の下、墓へ参るように其処へ足繁く通う人もいるのだと言う。

 この異界へ、死した人の魂を送る儀式のことを、“異界送り”と言う。


「異界送りは、召喚士が行います。だからスピラでは、誰かが亡くなったら、必ず召喚士が派遣されて、異界送りをするんです」
「それが出来ないと、死者が異界に行けずに彷徨って、魔物になるって言われてるんだよ」


 エッジがリディアから引き継いで言った。


「あながち、ただの迷信でもないよな。死んだ奴の魂が、現地に残る濃い魔力エネルギーと癒着して生まれるのが、死霊(アンデッド)な訳だから」


 現在は様々な分野からの研究によって、そう言ったメカニズムが解明されており、死霊(アンデッド)の発生は魔力的な自然現象のひとつであると判っている。
だが、そうした研究が明らかにされるまでは、『死者の魂があの世に行けず彷徨っている』とされていたのだろう。

 そう考えると、G.Fと交感が可能な魔力を有しているスピラ大陸の召喚士が行う“異界送り”とは、祈りの儀式の形を取って、自然界に存在する魔力に干渉し、死者の魂が現地の魔力と癒着しないようにと言う、魔力操作を伴っているのかも知れない。
こうした儀式や習慣と言うのは、古い習慣が残る土地には、儘聞くことのあるものだ。
近代になって魔法や魔力と言ったものが、物理学や論理学とともに研究されるより以前に、風土や土着宗教とも合わさって、定着したのだろう。

 レオンと供乗りしているロックが、チョコボの手綱を捌きながら言った。


「お前も知ってるかも知れないけど。スピラ大陸って言うのは、元々魔力濃度が結構濃い地域なんだ。それで、自然発生したG.Fが───召喚獣が結構いて、それを自然の力や神々の化身、御使いとして見做したんだろうな。機械戦争の時代は判らないけど、その後は自然崇拝を強めた所もあって、環境開発も他の大陸諸国に比べれば遥かに緩やかだ。ま、時代を移るにつれて、召喚獣の新しい発現なんかは報告がなくなっていってるけど……あちこちに残ってる遺跡のほとんどは、召喚獣を奉っていたものであることが多い。これから行く遺跡も、どうやら本来はそう言うものだったようなんだ」
「件の土壙墓のある場所か?」
「そう。ただ、召喚獣を祀る為の遺跡だったって分かったのは、結構最近と言うか……明確に確認された時期で言うと、ここ百五十年くらいの間だったかな。様式を調べてみたら、遺跡が作られたのは機械戦争より前───いや、最初期にギリギリ入る頃だったな。だけど機械技術の発達に従って、自然偶像と同等の召喚獣は段々信仰を喪われたんだろう。その間に、何の為に作った場所だったのかも忘れられて行ったんだ。こういう経緯で、一体何の遺跡なのか、何を祀っていたのかも判らなくなってる遺跡って言うのは、スピラにはちらほらあるんだよ」


 スピラ大陸の全土が、個々に濃度は違えど、魔力の影響が生み出されやすい地質が作られている。
その中で生まれたスピラ大陸の召喚獣は、古代の人々にとって、恐れ多くも尊いものであった。

 しかし、自然現象を制することが可能になると、自然と違って人の命令通りに動く機械の利便性が優先されるようになって行く。
機械戦争の時代は、スピラ大陸の動乱の時期でもあり、様々な物資や利益の奪い合いがあった。
その間に自然信仰は必然的に廃れて行き、一部の小部族──エブラーナのような民だ──を除いて、古来の習慣も失われて行った。


「機械戦争の時代には、異界送りも行われていなかったそうなんです」
「記録として見付けられない、って言うことを元にしての判断だけどな。まあ、戦で死んだ人間の遺体を、弔う暇がないってんで、崖から落としてたくらいだ。実際、丁寧な儀式なんてやってる余裕はなかったんだろう」


 リディアとエッジの言葉に、そうだろうな、とレオンも思う。
脳裏には、遠く幼い頃に見た、故郷が戦禍に巻き込まれた時の記憶が蘇っていた。

 ガルバディアとエスタが戦争をしていた頃、レオンはガルバディア大陸の山間にある小さな村で生まれ過ごしていた。
そこは戦争と直接の関わりはなかった筈だが、ある日突然、エスタの兵士が村を襲った。
その時にレオンは額の傷を負い、一緒に生活をしていた妹のエルオーネは行方不明になっている。
あの時、村人に死者はなかった筈だが、レオン自身が傷を負っていた事もあって、あまりはっきりとは覚えていない。
その後、ガルバディア軍の徴兵に取られていた父が帰り、村の状況を見た彼の強い奨めで、母はレオンを連れて村を離れ、戦禍の及ばない地へ───バラム島へ移住することを決めた。
急くようにして村を後にせねばならなかった事を思うと、仮にあの時、死者がいたとて、丁寧に弔う気持ちも時間もなかったに違いない。
生きる為に、これ以上傷付かない為に、村人たちは振り返らずに歩かなければならなかったのだから。

 今現在も、世界では争いが起こっている。
現在進行形のもので言えば、イヴァリース大陸にある、アルケイディア帝国とダルマスカ王国の戦争だ。
其処でどれ程の人が命を落としているのか、レオンには想像することも出来ないが、犠牲となった人々のことを、一人一人丁寧に葬ることは難しい。
戦場で打ち捨てられるまま、風雨に晒され、魔物の食料となるものは、今の時代にも多い。

 スピラ大陸も、そうした時代を通ったのだ。
今でこそ五百年余り昔の話となったが、しかし、その当時の軌跡は、今のスピラ大陸に確かに残っている。

 道行の先にガガゼト山の山門が見えて来る。
その手前で横道に逸れて、ナギ平原とガガゼト山の間に谷に下りることが出来る。


「ナギ平原の谷底に、死者を落とすようになったのは、偶然の事ではあるんだろうけど。召喚獣の為の古い遺跡があるような場所ってことは、そこは大抵、魔力エネルギーが高くて、エネルギースポットにもなり易い場所なんだ。加えて、異界送りの儀式も失われていた頃だから、遺体や魂がその地の魔力と癒着も発生しやすくて、結果的に大量の死霊(アンデッド)を生み出すことになった。此処の遺跡に、魔物や魔獣だけじゃなく、死霊(アンデッド)も棲みついて離れないのは、そう言う連鎖もあるんだと思う」


 死霊(アンデッド)は、その核となったであろう魂の生前の無念に縛られていることが多い。
溺れて死んだ者なら、水のある場所から離れず、飢餓で死んだ者なら、肉持つものを見境なく喰らおうとする。
土地に縛られている者も少なくはなかった。
ナギ平原で起こった戦の最中に死んだ者ならば、その地域と程近い場所にあり、遺体が埋葬された遺跡周辺に留まり続けるのも頷ける。


「その上、エボンからあそこにいる死霊(アンデッド)は、機械戦争時代の犠牲者の魂だってことになったから、直接の退治もされないもんでよ。魔力が尽きれば消えることが出来るんだろうが、あの辺をただ彷徨ってるだけじゃ、そうはならない」
「……だろうな。土地が濃い魔力を宿しているなら、その供給の接続が切れない限りは、自然消滅は中々訪れない」


 土地からの魔力の供給──それがなくなるとすれば、土地の魔力そのものが潰えると言うことだが、魔石を発掘して燃料機関として利用するイヴァリース大陸ならばあり得ることだが、自然環境を大きく壊すことのないスピラ大陸では難しいだろう。
あとはエッジの言うように、死霊(アンデッド)を形成する核とされる箇所を壊すか、癒着した魂とともに帯びる魔力を消耗させると言う手段だが、つまりは彼らと戦うことになる。
スピラ大陸の人々にとっては、悼むべき時代の犠牲者である為、それも憚られるのだろう。


「───とは言っても、な。エボンのお偉いさん方も、墓を建てただけで死んだ人間が報われるとは思ってなかったんだろうな」


 現在スピラ大陸では、機械戦争時代の犠牲者への弔いとして、年に一度の慰霊祭を行っている。
また、それとは別に、現世に留まる魂を異界へと送り出す為に、召喚士を定期的に派遣することもある、とエッジは言った。


「異界送りは、元々、死んだ人間を弔う為の儀式だ。機械戦争の時代に死んで、今の今でもこの世に留まってるやつらにも、それはやるべきだって事になったんだ」
「それで、今年は私の母が、この遺跡での異界送りをする予定だったんです。慰霊祭の時は、人が多いのでナギ平原の方でやるんですけど、召喚士だけが来る時は、何人かガードを……警護をしてくれる僧兵さんたちと一緒に、下の方まで降りるんです」
「毎度毎度、危ないとは思うけどな。その為に僧兵も一緒に派遣されてくるし、行くのは遺跡の手前まで。中までは入らない。其処で異界送りをすれば、幾らか死霊(アンデッド)が消えるのを見ることも出来るから、一応、効果はあるんだろう。あそこに留まってる魂を全部異界に送るまで、あと何年かかるのかは想像もつかないけどな」


 話のうちに、一行の周囲は、切り立った深い崖に囲まれていた。
辛うじて斜面に整えられていると判る程度の、チョコボ一羽が歩くのが精々と言う道幅。
それを更に下まで降りて行けば、昨日ロックが言っていた通り、辺りの崖に日の光が遮られ、大きな陰に覆われていた。

 坂道が狭くなってきた所で、此処から歩こう、とロックが言ったので、一行はチョコボを下りた。
ロックは手綱を引いていたチョコボを、大きな岩陰に連れて行き、餌をやって休ませた。
エッジが連れていたチョコボも隣に並べ、魔物避けの魔石を周囲に配置する。

 身軽になった四人は、下る道を魔物を警戒しながら下りて行く。


「───で、その異界送りをしている最中に、リディアのお袋さんが死霊(アンデッド)に襲われたんだと」
「……」


 エッジの言葉に、リディアが唇を噤んで俯く。
エッジの瞳がその様子を伺うように横目に見て、更に続けた。


「…幸い、怪我はなかったらしい。だけど、その時から、遺跡の外を徘徊している死霊(アンデッド)の数が、今までよりも多くなったって聞いてる。それがまた更に増えて行って、山門の方まで上がって来る奴も増えた」
「それは、遺跡の中の死霊(アンデッド)が更に増えて、溢れ出しているということなのか?」
「さてね、そこまでは判らねえ。人がしょっちゅう来て魔物や死霊(アンデッド)に襲われるような場所なら、連鎖的に死霊(アンデッド)が増えるのも判らなくはないんだが、此処らは基本的に人払いされてるからな。ガガゼト山の寺院遺跡に参拝しに行くような奴でも、こっちには来ない。エボンからの許可がない限り、近付いて良い場所じゃないんだ」


 死霊(アンデッド)に襲われた者が新たな死霊(アンデッド)になる───と言うのは珍しくない。
しかし、今回については、その線は難しい筈だとエッジは言った。


「ただ、リディアのお袋さんが言うには、死霊(アンデッド)たちが何かに追い立てられてるみたいに現れたらしいんだ」
「何か……?」


 それは一体、とレオンが視線で問うが、エッジは首を横に振るだけだった。
詳しいことまでは判らない、と言うエッジの回答に、レオンが眉根を寄せていると、リディアが代わりに続けた。


「洞窟の前で、母が異界送りをしようとしたら、中から幽霊(レイス)が現れたそうなんです。場所が場所だから、そう言う時の為に、エボンの僧兵の人たちも一緒に来てくれるんです。それで、最初は僧兵の皆さんが対応してくれている間に、異界送りを始めたんですけど、段々幽霊(レイス)の数が増えて行って。いつになくその数が多くなってしまって、異界送りはまだ途中だったんですけど、僧兵さんの判断で、危険だから急いで逃げたと言っていました」
「で、エボンの方から、うちに使者が来てよ。こういう状況になってるけど、どうなってんだって。つって言われても、これまであの穴倉の中まで入って確認することは滅多になかったからなぁ」


 そもそも、件の遺跡は、機械戦争時代の犠牲者の墓として、エボン宗の許可がなければ、何人も立ち入ることが出来ないのだ。
それは守り人であるエブラーナの人々や、遺跡に最も近い場所に集落を持つロンゾ族も変わらない。
そして異界送りの為に派遣された召喚士も、近付けるのは遺跡洞窟の入り口手前までだった。


「それで、結局、その時の予定にあった異界送りは出来ていないままで……その間にも、どんどん遺跡から出て来る幽霊(レイス)が増えていて。異界送りが出来ていないから、魂が嘆いて、幽霊(レイス)が増えているんじゃないかと思っている老師もいます。だから早く異界送りをしないといけないって言われてはいるんですけど、母が襲われているし、そんな事があった所に、また母を行かせるのは私が不安で……授業も今は一段落している所なので、こっちに帰って、エッジに相談したんです。この辺りの遺跡のことなら、エブラーナの人たちが一番詳しい筈だし。エボンの人から、エッジにも話は届いているんじゃないかと思って」


 リディアの母が遭遇した、幽霊(レイス)の大挙。
同行していた僧兵からエボン宗には報告が挙げられ、辺り一帯の遺跡の守り人を勤めているエブラーナの集落へと伝わった。
エッジたちエブラーナの部族が、山門周辺まで登って来る死霊(アンデッド)の動向を確認するようになったのは、その時からだ。


「そんな訳だからよ。洞窟の奥で何か起きてるかも知れない、なんてことは、リディアのお袋さんの話を聞くまで、全く考えてなかったんだよ」
「成程。遺跡ではあるが、墓でもあるから、歴史を研究する学者が来ることも滅多にないし……中で異変があったとしても、それに気付くような出来事に遭遇する人もいなかったんだな」
「多分な」


 人払いが常に為されている場所であるが故に、目立った人的被害に至らなかったのは、今の所は幸いだ。
しかし、場所はガガゼト山の山門近く、山への参拝の為に此処を通る人はいる。
エブラーナの民や、ロンゾ族が危険を排する為に哨戒しているとは言え、大量の死霊(アンデッド)が溢れれば、いつかは人が被害に遭うだろう。
そうなる前に、この事態の原因を見付けて、可能ならばそれを取り除かねばならない。


「───こういうことが起きてるから、今は俺たちは調査の為に立ち入りが許可されてるんだ。一応、エブラーナの管轄になるからな」
「で、エブラーナの……と言うより、エッジの権限で俺が呼ばれたんだよ」


 ひらりと手を挙げてロックが言った。
エッジは溜息交じりに双眸を細め、餅は餅屋、と呟く。


「遺跡を守るのはエブラーナ(うち)の仕事だけど、調査となるとなー。しょっちゅう出入りできる場所なら、普段の状況と違うことは気付けるけど、研究も調査もやってない場所だからよ。お偉い学者さんを呼ぶってなると、流石にそっちはアテがねえし、おまけに死霊(アンデッド)も魔物もわんさかいるような場所だから、生半可な奴らは駄目だろ。エボンの目もあるから、その辺の石材ひとつでもちょろまかすような奴も駄目」


 土地の歴史や史跡に詳しいことは勿論、凶暴な魔物がいる環境でも焦らず騒がず行動でき、貴重な民族文化資料を傷付けない人材。
なんとも無茶な希望だが、幸いなことに、エッジには宛にできる人脈があった。


「ロックなら、一人で辺境の遺跡だなんだってのによく行ってるし、なんだかの材料に使われるとかで、魔物の蔓だ肉だって獲ることもあるって聞いてたからな。この辺りにいる魔物くらい、どうにかなると思ってよ」
「ガーデンでの戦闘訓練の授業が身についてて良かったよ。お陰で大体のことは対処できる。ま、危なくなったら逃げるってことだけど」
「歴史の方も詳しいしな。スピラの遺跡もあちこち覗いたことがあるって言ってたし」


 昔から、ロックは歴史に関することは詳しかった。
“冒険家”を自称しながら、様々な歴史遺物に触れ、民族神話の類についても覚えが良い。
加えてそれなりに魔物への対処等の荒事にも腕が立つ。
そうと判っていれば、エッジが学生時代の友人であるロックに白羽の矢を立てたのは、当然の帰結と言える。

 ───とは言え、と続けたのはロックだ。


「歴史に関しちゃ一応それなりに自信はあるけど、魔法の成績は教科も実技も駄目だったからなぁ。単位は落とさなかったけどさ」
「そう言えば、ロックはそっちの方は苦手だったな」


 レオンが覚えている所では、ロックは言語や歴史に関しては強かったが、理数の類と、魔法授業に関しては芳しくはなかった。
赤点補習が必要になることはなかったが、大抵は教科テスト前日の一夜漬けで乗り切ったものである。
実技の方は、個々人にバラつきの多い魔力値が元より低かったこともあり、最低限の履修で許された。

 ロックは、今回の遺跡の調査を引き受けると、事前に可能な限り、現地の歴史について調べて置いた。
その知識を持って現地入りし、エッジの付き添いの下、洞窟内の魔物を躱しながら調査を行った。
だが、彼の目で見る限り、同時期に造られたと考えられるスピラの他の遺跡と比べても、目立った遜色は見付からなかった。


「洞窟も遺跡も、見た限りじゃ、それ程変な所はなかった。そうなると、後は目に見えない所だろ。それで、この辺りは魔力値の高い土地だ。魔物や魔獣は、人間よりも環境の変化に敏感だから、俺たちが判らないレベルで、現地の魔力値に変化があるかも───って思ったんだ」


 ロック曰く、魔力濃度の高い地域では、そうした異常事態は儘見られると言う。
歴史的な所まで見渡すと、土地の魔力濃度の変化により、自然災害が発生したとみられる場所や、魔物が突発的な暴走を起こすこともあった。
これらの出来事は、ヒトが生きていれば何某かの事象の名をつけて編纂されて記録に残り、そうでなければ、地層の質や、それに埋もれた生物の化石等の発掘・研究によって判明すると言われている。


「だけど、俺は魔法の方はからっきしだからさ。遺跡の中の魔力値について調べるなら、機械を使わなきゃいけない。でも此処はスピラだろ。エボンから許可が下りる訳なくてさ」
「偉い学者様が申請したって中々下りないからな。一個人が頼むって言ったって、どーにもならなくてよ」
「エッジは色々保証するとは言ってくれたけどなぁ。個人で細々やってる奴の辛い所さ。後ろ盾もなきゃ、大きな実績ってもんがないから、信頼されないんだよ」


 胡乱な目をするエッジと、諦めた口調で肩を竦めるロック。
そんな二人の傍らで、リディアもまた、眉尻を下げている。


「お陰で自由にやれるのはあるけどな。自分の仕事は自分で決められるし。───そうは言っても、今回はそれじゃどうにもならなかったから、お前を頼れないかと思ってさ」


 ロックの視線がレオンへと向けられる。

 レオンは友人たちよりも一足早くバラムガーデンを卒業した後、間もなくミッドガル社に就職している。
其処でSEED部門に籍を置き、異例の早さでSランクを取得すると共に、その実績で世界的に有名になった。
仕事は主に要人警護や魔物退治が主ではあるが、会社の方針として、仕事の際にテレビ局からの取材の類は、基本的に拒否していない。
これもあって、レオンの名の顔は実績と共に報道に載り、ミッドガル社の宣伝効果にも一役買っている。

 当然ながらロックも各種の情報を収集する中で、友の名声を聞きつけている。
二年遅れて社会に出たロックは、会社に就職した友人とは異なり、独自の道を歩んでいた。
それが偶然の重なりで、SEEDとなったレオンがミッドガル社の資材調達部門の警護として仕事に立った折、現地の地形と採取予定の植物について詳しいロックが案内としてかちあった。
そんな思わぬ再会から、また用でもあったら声をかけてくれ、とロックがレオンに連絡先を渡して以来、レオンはふとした時に友人の知恵を借りるようになった。
それは専ら通信口でのやり取りだったが、その内にロックもレオンの近況事情を知ることが出来、レオンが複数のG.Fと契約を交わしている事も聞いたのだ。

 G.Fと契約した者が得られる種々の恩恵と言うものを、ロックも知識の上で知っていた。
自身はそもそも魔力を扱える素養が低かった為、その手のことを実際に知ることはなかったが、しかし今回はその知識が役立った。
G.Fの恩恵を受けた者の大半が持ち得る、魔力感度の高さと言うのは、スピラ大陸のように機械を持ち込むことが出来ない環境において、研究の為に必要不可欠な人材なのである。
加えてSEEDとなれば、魔物と戦う機会も多いから、危険地帯での追従へのリスクも低いと言って良い。

 だからロックは、レオンへの相談をエッジに提案したのだ。
友人として、個人的に連絡をつけて随行を頼む手もあったが、レオンはミッドガル社のSランクSEEDとして、日々忙しくしている。
無理に頼んでもまず動けないだろう、と踏んで、ロックは個人ではなく、エブラーナの長を通して、ミッドガル社に依頼する方が良いと考えた。
希望としてレオンの派遣を指名し、此方については運が良ければ通る、駄目でも他のSEEDが派遣されてくる筈だから、遺跡現地の環境を調べる援けにはなる筈だ、と。
もしも機械の類が必要になるとすれば、エブラーナの民や、ロックが個人的に嘆願するよりも、ミッドガル社が申請を出した方が、信用性としては通り易い──かも知れない、と言う読み込みもある。


「───それで、後はエッジの親父さんの名前を借りて、俺がミッドガル社に依頼のメールを出したんだ」


 エッジが機械を使うことに抵抗がないとは言え、エブラーナの集落に、ネットワークを有する通信機の類は置いていない。
精々、エッジが個人的な繋がりを頼る際に使う、一世代前の携帯電話くらいだろう。
それもナギ平原を越えてベベルまで赴かないと、通信機として役には立たない。

 ロックは仕事の際、各地を巡りながら、各所への連絡を取りつけることも多く、仕事に関する書類を作るのも慣れたものだ。
だからロックが代筆の形で依頼書を作り、ミッドガル社に送付した。
そしてロックがミッドガル社との連絡役となり、求められる人材やスケジュールの調整をしている間に、エッジと父親がエブラーナの民として、エボン宗に対して調査に必要となる諸々の許可取りを行ったのである。


「成程。ベベルに近いとは言え、機械なんてほとんど置いていないエブラーナの集落から仕事の依頼が来るなんて、珍しいと思っていたが……そう言う経緯か」


 よく行く都市部での催事の警備とは全く違う仕事に、珍しいものが回されたと思ったが、これなら色々と根回しが済んでいたのも頷ける。
件の遺跡周辺で異変が判った時から、エッジからロックへ、ロックからミッドガル社へと、調査に求められる分野が広がって行ったのだ。

 かくして、嘗ての級友たちが揃うに至る。
人材としても、人格としても、今回の調査には十分な知識と経験を持っているから、一同にとってこれほど安心できるチーム編成はないだろう。


「正直、レオンが来れるかどうかは、賭けみたいな所はあったけどな。何せ引っ張りだこのSランクSEEDだから」


 いつも忙しいよなあ、と言うロック。
何せ、ロックが仕事に関することで相談を受け、それについて折り返しの連絡を取る時には、レオンが電話口に出られない事も少なくないのだ。
ミッドガル社との打ち合わせの際も、社の方から派遣人員については保証し兼ねる、と言う旨は伝えられていた。

 レオンも、自身のスケジュール表の大半が仕事で塗り潰されていることは自覚があった。
長期の派遣の後には、休養の為に休みが用意されてはいるのだが、大人数のチーム編成での派遣など、高ランクの者が統率する必要がある場合、レオンは其処に組み入れられることが多い。
何せSランクSEEDは人数が少ないし、適材適所として割り振ると、回って来る鉢が多いのだ。
仕方のないことではあるのだが。

 ともあれ、エッジとロックにとっては幸いなことに、レオンは無事にスピラ大陸へやって来た。
後は彼が此処にいる間に、可能な限りの調査を行うのみだ。

 地面の底のように薄暗い崖の谷合を進む一同の前に、ぽっかりと口を開けた暗闇がある。
囲む崖の上にあるのは、ナギ平原だろう。
湿気とは別に、淀んだ空気が滞留した匂いが充満している其処が、機械戦争の犠牲者が葬られ、墓とされた、遺跡の入り口であった。




 北に聳えるガガゼト山に降り積もり、僅かな夏の期間に溶けた雪は、山の地面に沁み込んで濾過されながら地下水に溜まる。
それは山麓から続くナギ平原へ、その向こうのマカラーニャの森へと地下水脈によって運ばれて行き、自然の栄養となっていった。

 遺跡へと続く洞窟は、鬱屈とした暗闇が続いており、じんわりとした湿気が漂っている。
過去にこの近辺で地質調査が行われた際には、この洞窟の更に地下にも、地下水脈の枝は通っていると判った。
その水脈から染み出る冷気と水分が、じわじわと洞窟の中に漏れだして、ひんやりとした空気を作り出しているのだろう。

 内部はエッジたちが言っていた通り、魔物に溢れていた。
暗闇を好んで棲み処とする種類は勿論、濃い魔力濃度に誘われ棲みついた生物や、リディアの母を襲ったと言う幽霊(レイス)も多い。
このうち、幽霊(レイス)は退治する訳にいかない為、魔石や白魔法と言った、生命力を活性化させる魔法を利用して、退ける手段を使う必要があった。

 洞窟に入って間もなく襲って来た魔物を退け、レオンは先行するエッジの後に続きながら、初めて立ち入った洞窟内を見回して、


「魔物も死霊(アンデッド)も確かに多いな。これらが一気に増えたのか?」
「正確な数なんて把握してないから、其処は何とも言えねえな。だけど、入り口からすぐの所に、こんなに屯ってはいなかったとは思うんだ。僧兵が相手にし切れなくて、異界送りが終わる前に撤退するなんて話、聞いたことなかったからな」
「洞窟を出て来た個体がいたとして、精々数体。入り口辺りにいた奴らが、生者の気配に誘われて出て来たってとこなんだろう」


 それぞれの武器を手に、警戒しながら進む。
先頭を案内役のエッジ、後ろをロック、彼らに挟まれる形で、レオンはリディアを守りながら行くことにした。


「リディア、君は大丈夫か?」


 妹の友人と言う少女にレオンが声をかけると、リディアはこくりと頷いて、


「はい。此処に来たのは初めてだけど、魔物のいる場所に行くのは、時々経験してますから。フィールドワークでトラビアの雪原に行くこともありますし」
「そうか。そう言えばエルも、魔法生物の観察の為に、外に行くことがあると言っていたな」
「エルは魔法生物科で、私はG.F科なんですけどね。G.F……召喚獣について勉強すると、生命体としての違いを知る為に、普通の動物とか魔獣とか、物体を持っている生物についても履修することが多くて」
「成程な。トラビア雪原にいる魔物や魔獣は、獰猛なものも多いから、危険だろう」
「そうですね。だからいつも、念入りに気を付けてます」


 そう言ってリディアは、首元にかけているネックレスに手を遣った。
其処には清廉な輝きを放つ白い魔石が取り付けられている。
死霊(アンデッド)の多いこの遺跡洞窟に来るにあたって、それらを近付かせない為の予防措置だ。
だが、魔石はあくまで接近予防の厄除けのようなもので、この魔石が持つ魔力の匂いに反応し、近付いて来る種の魔物もいるから、一概にこれで安全とは言えない。
だからレオンのような護衛を請け負う者が必要なのだ。


「トラビアガーデンでは戦闘訓練の授業はあまり組まれないと聞いてるんだが、大丈夫なのか?」
「フィールドワークでは、基本的には、複数人の班編成で行くことが決まっています。それで、班ひとつにつき、最低でも一人は、ガーデンが用意してくれている警備の人も一緒に行くんです」
「その人が皆を守ってくれるのか」
「はい。ザナルカンドの警備会社の人だったり、ガルバディアの退役軍人の人だったり。魔物とちゃんと戦った経歴のある人で、トラビアの雪にも慣れた人なので、頼りになるんです。時々、すごく厳しい人もいますけど……」
「トラビアは魔物の被害も、雪による遭難や滑落事故も多いからな。うちの会社の認識で言うと、ザナルカンドの雪が少ない近郊を除けば、雪原はどこも危険地帯だ。警備の人が言う事は、基本的に安全の為だから、聞いて置いた方が良い」
「そうしてます。でも、時々夢中になって魔物の巣の近くに行っちゃう人っているんですよね。それが生徒じゃなくて教授だったりするのでびっくりするんですけど……」


 眉尻を下げるリディアの言葉に、レオンも覚えがあるなと苦笑する。

 学者と言うものを一括りにするつもりはないが、しかし、得てして突出した才能を持つ稀代の学者は、中々人の言うことを聞いてくれないことが多い。
レオンの身近な所では、ミッドガル社に在籍する科学者であったり、エスタにいるG.F研究の権威であったり。
大体あの人たちはこっちの話を聞いていない、とレオンは身に沁みて知っていた。


「その……教授や学者職の人たちは、良い大人だからな。何かあっても自己責任と言うしか。本当に何かあると、警護についている者の責任になってしまうんだが……」
「大変、ですね……」
「ありがとう。まあ、此方はそう言う人たちを守る為に雇われるんだ。大抵の人は此方が促す注意点はちゃんと守ってくれるし、無茶をする事もしないし。多分。大体は……」


 レオンは、脳裏に過るこれまでの仕事の光景を拭い取るように、自分に言い聞かせて言った。
そのしどろもどろとした様子に、リディアもレオンの過去を読み取ったか、もう一度「大変ですね……」と呟く。
レオンは堪えきれなかった溜息をひとつ漏らして、


「……学生の皆は、出来るだけ無茶や無謀をしないでくれると助かる。どうしても最初の規定の枠を越えて調べたいことがあるなら、一人で行かずに、まず警護役に相談してくれ。全てではないけど、此方もある程度は柔軟な対応が出来るかも知れないから」


 レオンの経験として、勝手に走り出して魔物の巣の間近まで行くような人間よりは、事前に何をしたいか、その為に何処まで行きたいかを相談してくれる人物は、まだ対応が易い。
要望に対して割けられるリソースを先に計算して確保が出来るし、無理なら無理で、ちゃんとその理由を説明すれば、諦めてくれる者もいるからだ。
思いついたが即行動で突然いなくなってしまう者に比べたら、事故やトラブルも少ないし、それによる編成の変更に焦らなくて済む。

 覚えておきます、と言ったリディアに、レオンも頷いた。

 洞窟は、入り口からしばらくは横穴の道が続いていた。
半刻ほど進むと、剥き出しの岩肌ばかりであった壁の中に、整えられた石材が覗き始める。
それを見たロックが、後続の気配を警戒しながら言った。


「あれが此処にあった遺跡の残骸だ。もうちょっと進めば、壁や床なんかも残ってる」
「これ以上深くなると、魔物はあんまりいないんだ。死霊(アンデッド)ばっかりって言っても良いな」
「……お前たちが言うなら、そうなんだろうが……」


 級友たちの言葉を聞きながら、レオンは辺りを見回した。

 ロックの言った通り、剥き出しの土は段々と石材の壁に覆われ、建造物と判る景色に変わりつつある。
円柱状に切り出した石を積み上げ、柱としているものもあった。
人が意図して作り上げた建造物であることが見て取れる。

 レオンたちが遺跡と呼べる範囲に足を踏み入れた頃から、エッジの説明通り、魔物の気配は遠退いていた。
生き物の気配が全般的にないことから、餌にもあり付けないのだろう。
肉のある生き物は食糧がなくては死んでしまうから、ある程度、外と行き来の容易な距離から奥へは入らないのかも知れない。

 となれば、あとは死霊(アンデッド)が出現すると言うことだが、その手の襲来もまた遠退いていた。


「……奥にいた死霊(アンデッド)まで、入り口の方に移動しているのか?」
「その線はあるかもな。入り口の辺り、これでもかってくらいにいたし」
「あんなに幽霊(レイス)がいるなんて、私も驚きました」


 一行が洞窟に入って間もない内から、魔物たちは襲い掛かってきた。
とても広くはない横穴の中、犇めくように集まっていたのは、元々あの位置にはいなかった類も合流していたからかも知れない。

 エッジが前を警戒しながら、僅かに肩越しにレオンを見て、


「お前から見て、此処の入り口のあたり、どうだった?魔力のこととか、G.Fの力で判らなかったか?」
「……あの時、特に何も気にしている様子はなかったように思うが……いや、少し待ってくれ。詳しく確かめてみる」


 レオンが進む歩を止めて、しばしの時間を要求すると、エッジも頷いて足を止める。
リディアもいることだし、出来れば安全な所が良い、とレオンは手近に休める場所を探した。

 ひとつ大きな石柱の裏側に身を寄せて、レオンは一旦腰を下ろす。
意識を内側に向けることに集中する為、目を閉じて、細く長く息を吐いた。
何をしているんだろう、とリディアが首を傾げる傍ら、エッジが人差し指を立てて覆面の口元に持って行く。
ともかく静かにしていよう、と促すエッジに、リディアは頷いた。

 ないとも限らない魔物や幽霊(レイス)の襲撃については友人たちに任せて、レオンは自身の内側に宿る者たちを呼んだ。

 洞窟の暗闇とは別の、澄んだ闇色の景色がレオンの前に広がっていた。
僅かな浮遊感があったが、瞬きひとつでそれは収まり、両の足は見えない地面を踏んでいる。
ざざざ、と小波の音が聞こえて、顔を上げると、巨大な海竜がレオンを見下ろしていた。

 G.Fリヴァイアサン───レオンが、恐らく、一番最初に契約していたであろうG.F。
バラム島では海の神として、島に暮らす人々から畏れ敬われている海の化身は、海蛇のように長い体をゆっくりと波打たせ、レオンの周囲を覆うように閉じ込めた。

 緩やかに頭を近付けて来るリヴァイアサンに、レオンは右手を伸ばす。
開けばレオンを一飲みにも出来る嘴の先に触れると、リヴァイアサンの群青色の瞳が柔く細められた。


「話は聞こえていたか?」


 レオンが訊ねると、ウルルル……とリヴァイアサンが喉を鳴らす音が聞こえる。
鼓膜よりも、頭に直接響いて来る感覚だった。


「入り口の辺りで、何か違和感はあったか?」


 問えば、リヴァイアサンは長い胴体をゆらりと動かした。
指し示すもののない仕草に、空振りか、とレオンは嘆息する。


「……と言うことは、入り口の魔力濃度に幽霊(レイス)が誘われている、と言う訳ではなさそうだな。やはり、異常行動の原因は遺跡の奥か?」


 遺跡の奥で何某か、幽霊(レイス)が忌避したがるような出来事が起きているのかも知れない。
もう少し進んでみるしかないか、とレオンはリヴァイアサンの頭を撫でた。

 レオンが目を開けると、薄暗い空間の中に、僅かに人のシルエットが見える。
目の感覚が現実のものを正確に認識できるようになるまで、何度か強く瞬きをする。
ぼやけ気味だった視界がクリアになるのを待ってから、レオンは腰を上げた。

 立ち上がったレオンを見て、周囲を警戒していたエッジとロック、隣でじっと座っていたリディアも立ち上がる。


「どうだった、レオン」
「今の所は、特に何も。もう少し奥に行ってみるしかなさそうだ」


 レオンの言葉に、エッジとロックの表情が引き締まる。


「此処から先となると、俺たちエブラーナの一族も滅多に踏み込んでないから、碌な調査が出来てない。構図はうちに伝わる地図があるから、俺の頭の中には入ってるが、逸れないようにしろよ。リディアも離れるんじゃねえぞ」
「うん」


 釘を差すエッジに、ロックとレオンは勿論、リディアも強く頷いた。
再び先行して歩き出したエッジを頼りに、一行は更に奥へと進んで行く。

 谷底の洞窟の入り口から、進んできた方角を計算すると、この辺りはナギ平原の真下に相当する。
元々、土を深く掘り進んで作ったのか、或いは時代を経る内に遺跡が地殻変動に飲まれてしまったのか。
その辺りのことは、まだ判っていないのだと、ロックは言う。


「ただ、何某かのG.Fを……召喚獣を祀っていたんだろうって言うのは、そんなに外れちゃいないと思う。遺跡の様式が、この辺にある他の召喚獣を祀る遺跡とあまり変わらないからな」
「そう言う場所って、今もG.Fがいたりするのか?」


 ロックの説明の後、エッジがレオンに向かって訊ねた。
レオンは自身の経験を鑑みて、そう言う場合もある、と答える。


「俺が契約しているG.Fのうちの半分は、古い時代から確認されていたものだ。俺がそれらと逢ったのも、こういう古い遺跡の中だったから、誰とも契約していないG.Fが、自身と関連のある土地を縄張りにしていることはあると思う」
「じゃあこの先にも召喚獣がいる可能性はあるんですか?」


 レオンの隣を歩くリディアが言った。
レオンは辺りを見回しながら、ううん、と小さく唸る。


「その可能性がゼロではない、と言う意味では、有り得るかな。G.Fの……召喚獣の多くは、多次元を自在に行き来できると言うから、人の気配を嫌う性質だった場合、こうやって近付いている気配を感じ取るだけで別次元に隠れてしまう事もあるから……」
「いても、逢えない?」
「ああ。そうやって長いこと、存在の確認が取れなくなる召喚獣はいるんだ。決まった場所にいた召喚獣が、ある時を境に、ぷっつりといなくなる。それが誰かと契約して移動したのか、棲み処を変えたのか、この世界に渡ることそのものを辞めたのか……生憎、人間側からは判らない」
「じゃあ、この遺跡に召喚獣がいても、姿を確認できない……いるのかどうか判らないって言うこともあるんですね」
「そうだな。ただ、召喚獣がいる場所は魔力濃度が高く出易いから、それに特別敏感な者や、召喚獣同士が反応することはあるらしい」
「召喚獣同士の共鳴……?そうか。それで、レオンさんが来てくれんですね。召喚獣と契約しているから、そう言うのも感じ取れるって」


 リディアの得心が言ったと言う反応に、そう言うことだろうな、とレオンは頷いた。


(こうも暗い場所なら、俺よりクラウドの方が正確に感知できたと思うが……あいつはスピラ大陸は嫌がるから、仕方がない。俺で何処まで感じ取れるか……)


 レオンのパートナーであるクラウドは、闇系の力を持ったG.Fと契約していいる影響か、光の差さない場所や、地下深い場所でその恩恵を得られる傾向がある。
魔力探知に関してもクラウドの方がその感度は鋭く、探知系の魔法に頼らなくとも、彼自身が抜き身のセンサーとして反応できる。
しかし、彼はスピラ大陸への随行を根本的に嫌がるから、会社からの強い命令でもなければ、この地に来ることはないだろう。

 ない手段に思いを馳せても仕方のないことだ。
レオンは意識を切り替えて、周囲を見る目を凝らしながら、脳内からの報せを待った。

 しかし、常に気を張り詰めた状態を続けていても、エネルギーは消耗する一方である。
洞窟に入ってから歩き詰めであったこともあり、しばしの小休止を挟むことになった。
幸いにも今現在の所、周囲には幽霊(レイス)の気配もなく──これが殆ど感じられないことが異常のひとつではあるのだが──、それぞれ背中越しに車座を作って座り、体を休めることにする。

 ふう、と意識した息を吐き出したリディアに、レオンは腰のポーチに入れていた飴を取り出す。


「食べるか?」
「あ───ありがとうございます。良いんですか?」
「遠慮しなくて良い」


 レオンが差し出した飴を、リディアは嬉しそうに受け取った。
頂きます、と感謝を述べてから、封を切り、艶のある黄色の飴を口に入れる。

 レオンはもう一つ飴を取り出して、ぽい、と口の中に放った。


「こういう場所だからな、休憩中くらい、甘いものでも食べておかないと、疲れが溜まる。雪原の探索は慣れているかも知れないが、こんな暗い洞窟に籠ることなんでないだろう?」
「そうですね。洞窟って言うと、大体は生き物の巣なので、学生は近付かないように言われています。生態系の調査をする時でも、遠くから観察をするとか、一部の個体にマーキングをして、それを別の場所からリモートで追うとか。そう言う感じですし」
「そう言うものを観察する時は、長時間になることもあるだろう?付きっ切りで観察するのか?」
「班を作っている時は、交代制にしてることが多いです。でも、やる事によっては、一人で準備して一人で観察記録をするので、休む時間が取れないこともありますね。エルも同じだと思いますよ」


 リディアの言葉に、大変だな、とレオンは思う。
自身もバラムガーデンにいた頃は、レポートの為に色々な課題を熟したが、多くは図書室や街の本屋で探した参考書を用いた範囲のことだった。
課外授業の類もあったが、やはり大学部の方がもっと専門的で広い学びが行われるのだろう。

 レオンがバラムガーデンを卒業したのは、6年前になる。
十九歳で卒業資格を取ったから、レオンの在学期間と言うのは、現役の大学部生であるエルオーネよりも短い計算だ。
遡れば、幼い頃は小さな村で過ごし、その後にクレイマー夫妻の孤児院に身を寄せ、そのままバラムガーデンの中等部生となったので、レオンが“学生”として過ごしていた時間は、十年にも満たない。
バラムガーデン以外に教育機関に触れた事もないから、勉強にしろ授業の形態にしろ、知らない事は少なくなかった。


(今度、エルにどんな風に勉強しているのか聞いてみようか。スコールたちに聞いてみても良いかも知れないな)


 弟たちの勉強の面倒を見ることはあっても、それは教科書やノートがあれば十分だったし、レオンも嘗ては学んだ内容だ。
記憶の海を掘り起こせば、ある程度は教えることが出来た。
だが、卒業してから年数も経っているし、バラムガーデンの中でも、授業のやり方は変わっている所があるかも知れない。
話の種にしてみても良いだろう。

 ガーデンは世界に四校あるが、それぞれが各地域の特色を持っている。
トラビアガーデンは、元々雪原地帯に生息する生物の研究機関であった為、その方面について突出している他、年齢の低い生徒の数は少ない。
最寄りの都市になるザナルカンドは、幼少から成人するまでの学習機関も整っている。
ティーダも嘗てはザナルカンドの小学校に通っていたから、専門的な学習分野に触れる以前なら、トラビアガーデンに入学する必要もないのだ。

 バラムガーデンとトラビアガーデンと、どんな違いがあるのか。
授業内容やその形態の他にも、日々の過ごし方にも差はあるようで、レオンとリディアの話は尽きない。
二人の間に、エルオーネと言う共通の話題があったことも大きい。
彼女の話題ひとつで、二人の会話はよくよく花が咲いた。

 そんな二人の傍らで、なんとも言えない胡乱な表情をしているのが、エッジであった。
ロックは、隣から漂う、じんわりとした雰囲気を感じつつ、くつりと喉で笑って言った。


「そんなに拗ねてるなよ、エッジ」
「……拗ねてねえよ」


 まるきり拗ねた口調で反論するエッジに、ロックは肩を竦める。


「お前も話に混ざれば良いだろ?バラムガーデンのことなら、レオンと同じ話が出来るじゃないか」
「……」
「焼きもち妬くなって。リディアちゃんから見たら、レオンは自分の友達の兄貴だ。お互いに顔を見た事もあるみたいだし、とっつき易いんだろう。レオンも年下の女の子に合わせることに慣れてるしな」


 レオンがバラムガーデン設立以前から、学園長であるクレイマー夫妻の下で過ごし、年下の子供たちの兄貴分として慕われていたことは、嘗ての級友たちもよく知ったことだ。
一緒に暮らしていたエルオーネだけでなく、多くの少女たちにとって、憧れの存在だったことも。
レオンの方はそんな事には露ともアンテナを持っていなかったが、とかく年下に囲まれて育った為か、自然とペースを相手に合わせる所もある。
そう言う所も、年下の少女たちにとって、理想的な異性像に見えたのだろう。

 三人の少年たちが、それぞれの道を歩むようになってから、早幾年。
久しぶりに顔を合わせた友人が、学生の頃と変わらぬ人であることに、エッジも安心したのは確かだ。
が、それはそれとして、目の前で楽しそうに語らう少女を見ていると、覆面の下で勝手に唇が尖るエッジであった。

 判っている、判ってはいるが。
そんな表情を浮かべているエッジに、ロックは敢えて彼の横顔から視線を外して呟いた。


「後悔しない選択は、早い方が良いぞ。いつ何がどうなるかなんて、誰も判らないんだからな」


 その言葉にエッジが級友を見れば、ヘイゼルの瞳は随分と遠くを見ていた。
暗闇を見つめる目が何処を、何を見ているのか、エッジには知るべくもないが、しかし彼にそんな顔をさせている理由を、エッジは知っている。


「……そりゃ、自分の経験か?」
「さあ、どうだろうな」


 エッジの言葉に、ロックは曖昧に笑って肩を竦めた。
それ以上を彼は語らず、エッジも聞かない。

 嘗て、ロックの隣に過ごしていた人のことを、エッジも知っている。
その人となりを詳しくしている訳ではなかったが、ロックとの関係は、特に隠されているものではなかった。
それは彼がバラムガーデンを卒業した後も変わらず続いていたと言うが、ある日突然、それは途切れることとなる。
その出来事からもう三年、まだ三年───一人で遺跡を渡り歩く彼が、どんな気持ちでいるのか、エッジには想像することしか出来ない。

 エッジは腰に結んだ革袋から、竹皮の包を取り出した。
紐を解いて覗くのは、飴玉よりも一回り大きい程度の、蓬色の団子だ。
ひとつを隣にいる級友に「ほらよ」と差し出すと、ロックは苦笑しながらそれを受け取った。


「これ、苦いんだよなぁ」
「贅沢言うな。キノコ出されるよりマシだろ」
「まあそうだけど」


 ロックがぽいとそれを口に入れて噛むと、なんとも青臭い、薄らと薬の匂いがする味が咥内に広がる。
レオンに飴を貰いたい、と思いつつ、ロックはそれを噛み千切って喉へと押し込んだ。

 エッジも慣れた顔で団子を食べきった所で、「そろそろ行こうか」とレオンが言った。
休息するには短いが、こんな暗闇の中で長居するのも良くない。
出来れば陽が傾いて見えなくなる前には、谷底を脱出したいのだ。
幽霊(レイス)は相変わらず気配も少なかったが、いつ大量に沸いて来るかも判らない。
此処からは早く歩くぞ、と言ったエッジに、一同は頷いた。