祝福は硝煙と共に
スコール誕生日記念(2023)


 血と汗と硝煙の匂いばかりが鼻につく。
同時に、鬱蒼と生い茂った森特有の湿り気もあった。
どれもこれもスコールにとっては嗅ぎ慣れたものではあるが、こればかりに延々と包まれていれば、嫌になるのも当然だ。
川の水でも良いから、頭から浴びて、泥土や汗を流してしまいたい。
しかし、現状として、そんな余裕がある訳もなかった。

 “魔女戦争”の終結から、世界は何処も騒がしくなっている。
その最も大きな原因は、“月の涙”による新種のモンスターの襲来だろう。
原生生物よりも凶暴で凶悪な魔物たちは、この星に飛来してから思う存分に暴れ回り、生態系を荒らしている。
これにより、棲家を奪われた生物たちが、種類を問わずに人間の支配圏まで近付くようになり、種の争いがあちこちで起こっているのだ。
当然、人間側も食われる訳にはいかないと、国防軍が動いたり、個人では傭兵を雇う者もいるが、防衛線は中々厳しい。
と言うのも、“魔女戦争”を切っ掛けに、各国がそれぞれに大きく動いた事により、国際情勢も大幅に変化している為、一般人が思う程、荒事に長けた者が出張ることが出来ないのである。

 この煽りを最も大きく食らったのは、“月の涙”を引き起こし、“魔女戦争”を仕掛けた張本人とも言うべき、ガルバディアだろう。
結果としてガルバディアは、その行いの報いとして、国際社会からの信用を大きく損ねてしまった。
加えて、形ばかりの民主主義であったとは言え、一応の国の指導者としてその席に座っていた、ビンザー・デリング大統領は、事の最中に死んでいる。
その後、ガルバディアは長らく魔女イデア───その肉体に宿っていた未来の魔女アルティミシアの支配下にあった。
この為、戦争終結と並んで、再び指導者を喪う事となり、事の真っ只中に起きた諸々の責任やその尻拭いをする事を厭って、同じ椅子に座ろうとする者がいない有様。
現在は、政府官僚と、軍のお偉方が膝を着き合わせて各種の対応を行っていると言うが、何をするにも動きが鈍くなるのは否めなかった。
その膝下とあって、首都デリングシティとその近郊には、魔物退治の為の軍兵が配備されているが、一歩離れたティンバーなどは放置気味だ。
ティンバーの方はと言うと、元々デリング政権に対する反発も強く、レジスタンスが数多くいた事もあり、それらが自主的に街を防備する策を練っていると言う。
しかし、ガルバディア軍の動きが鈍い間に、再び自治権を取り戻そうと言う動きもあり、独立急進派と、まずは街を護るべきと言う現状維持派の対立もあるのだとか。

 科学立国エスタは、“魔女戦争”の終結により、長らく封印監視を行って来た魔女アデルも死亡した事で、ようやく国を開くに至った。
エスタは、アデルの封印の為に培ってきた、宇宙開発技術を他国に向けて輸出しつつ、十七年ぶりの国際社会への復帰を目指している。
その為にもまずは各国からの信用が必要であると、自国の様々な研究から採れたデータを世界に向けて提出し、その多くは誰もが閲覧できるものとして利用されている。
現大統領であるラグナ・レウァールも頻繁に国外へと足を運ばせ、朋友として魔女と戦ったSeeDを擁するバラムガーデンは勿論、嘗ては敵国として戦争をしたガルバディアとも友好を結びたいと言った。
しかし、エスタは嘗て、魔女の国として世界に危険を及ぼした歴史がある。
まだ記憶にも古くないそれを覚えている者も多く、何処の国から見ても警戒対象としての印象は拭えない。
ラグナはそれを払拭する為に、一層尽力すると言った。
だが、エスタは国内の動きにも非常に気を配らなくてはならない。
何せ、世代が一つ回るまでの間、エスタは鎖国していたし、それ以前のアデル政権でも、彼の国は他国と交易すら少なかったのだ。
国を開いたとて、真新しいその風の動きにすぐについていける者も少なく、各地域の代表からは反発の声も上がっていると言う。
ラグナが十七年を善政と評価される働きをしていても、歴史の転換期とも言えるこのタイミングは、良くも悪くも、様々な意見が飛び交うものであった。

 ドールは“魔女戦争”の影響そのものは少ないが、元々軍事予算が少ない事もあり、所持する軍隊も規模は大きくない。
この為、“月の涙”により増加した魔物関連のトラブルに対応し切れない事があり、資産家が個人の負担で傭兵を雇っている所も多い。
また、世界情勢がこの有様と言うこともあって、傭兵は引く手数多に仕事が飛び込み、中には国単位に雇われて傭兵部隊となる者もあり、個人で雇われる腕の有る傭兵が足りない、と言う循環不足が起きている。

 こうした世界情勢の中、島国バラムは、其処だけで見れば平穏だ。
しかし、元々が小さな島国とあって、自給自足率の決して高くないバラムにとって、他国の不穏振りは決して無視できるものではない。
“魔女戦争”や“月の涙”の直接の被害こそ少ないものの、漁業にも影響は出ていると言うし、以前と変わらず無事に過ごしている、とも言い難いものであった。

 そしてバラムガーデン擁するSeeDも、大変な日々を送っている。
“魔女戦争”終結の立役者であったSeeDには、その実力と信頼を買って、世界中から様々な依頼が舞い込んで来る。
特に“月の涙”の影響により、魔物の凶暴化が増えた今、その退治依頼などは特に多かった。
しかし、バラムガーデンに籍を置く生徒は多くとも、その中でSeeDの資格を得た者は限られている。
月から飛来した魔物のような、危険な種を討伐できる腕を持つ者となれば尚更少なく、指揮官であるスコールが頻繁に前線に出向く程だ。
更に、出奔から連れ戻した“戦犯”サイファー・アルマシーさえも、表向きには償いとしての社会奉仕を理由とし、スコール同様に魔物退治の最前線に派遣する事も少なくない。
それ程、人出は常に不足しており、異例の措置として今年度のSeeD試験をもう一度考えている程であった。

 そんな慌ただしい日々の中でも───いや、だからこそ、不穏なことを考え、更には実行に移す者がいる。
今回、スコールが派遣された任務が、正しくそれへの対処を依頼するものだった。

 依頼主はエスタ、その国家元首であるラグナの名が使われている。
平時であれば、ラグナからの依頼と言うのは、他国元首との会談に向かうラグナの護衛が主であったが、今回は用向きが全く違う。
エスタの開国に対し、批判的な意見を持っていた者達が、嘗ての魔女心棒を捨てきれずに息を潜めていた者達と合流し、過激派となって行動を始めたのだ。
当然、ラグナとしてもこれを看過する事は出来ない為、国軍でも取り締まりには当たったが、エスタ大陸は“月の涙”による魔物の凶暴化が最も活発な地域である。
動かせる人員に限りがあること、長らく内政もそれなりに安定していたこともあり、エスタ軍には有事の際の経験が足りない。
しかし、テロリストと化した者達をいつまでも放置していては、その暴走の徒は肥大化してしまう。
その前に、火種は潰しておかなくてはならなかった。
こうした経緯より、件の過激派グループの掃討として依頼が出され、バラムガーデンがこれを受理し、スコールを始めとしたSeeD複数名が派遣された。

 依頼の種類だけで言うのなら、こう言った類は決して少なくない。
特に、レジスタンスの活動が元より活発であったティンバーと、それを抑え込んでいたガルバディア政府との間では、こうした小競り合い染みた事は小規模ながら起きていた。
また、“魔女戦争”終結後のガルバディアの現状を憂い、軍籍の一部が某かの大義を掲げ、現政府を打ち倒そう等と吹聴する事もある。
現在のガルバディアは、容易に軍を動かせないので、こうしたトラブルの時には───政府の高官たちには、大層不満が出るそうだが───SeeDへの依頼が一つの対応手段となっているのだ。

 だが、派遣先がエスタである事や、敵対者がその国出身であると言うことが、今回は非常に厄介なものとなった。
エスタは元々、科学力が突出した国であり、その技術は様々な用途に利用されている。
それは兵士が身に着けるパワードスーツを初めとして、兵器の開発にも流用されており、テロリスト達も多様な武器を用立てしていた。
幸いなのは、それを使いこなせる練度を持つ者が少ない、と言う所だが、烏合の衆とて数が集まればそれなりに厄介だ。
それに対して、スコール達SeeDは基本的に少数精鋭であるから、単純な数の計算で言うと、一見して不利な状況に持ち込まれる事もある。

 ────今が正しく、そうだ。

 スコールは、派遣されたメンバーをスリーマンセルに分け、テロリストたちを分散させて捕縛する作戦を取った。
荒事への経験の少なさから、肉の壁も辞さないと一所に固まりたがる彼等を、G.F.の力を使う事で散開させる。
それから各班で対応に当たったのだが、スコールの班が追った者達が、運良く後方支援の部隊との合流に成功した。
人数の利を再び取り戻したテロリストは、少数人数で突出して来たスコール達の班を取り囲む。
その場はスコールが再びG.F.を召喚した事で離脱に成功したが、以降は数に加えて地の利も取られ、一転してスコール達が防衛する側となってしまった。

 もう日付も越えたかと言う真夜中、スコールは二名のSeeDと共に、生い茂る樹々の陰に身を潜めている。
漏れる呼吸の音さえも、相手に情報を与えるものとなるから、呼吸は極力押し殺すが、時折それを悪戯に乱れさせる感覚があった。


(くそっ……掠っただけなのに、随分と……)


 スコールの脇腹には、赤い色が大きく滲み出していた。
それはテロリストが有していたレーザー銃の一撃を喰らったもので、直撃と言う程の傷ではなかったものの、出血と皮膚の引き攣りが酷い。
単純に熱線を受けたにしては傷の痛みが酷い事に、これだからエスタは厄介なんだ、と抜きんでた科学力を恨めしく思う。

 出来ればこんな傷は回復魔法で癒しておきたいが、この鬱蒼としたグランディディエリの森において、光は居場所を教える目印になってしまう。
少なくとも、敵に囲まれ、安全に治療が行えない状態で使う訳にはいかなかった。

 痛む傷を庇いながら、スコールは身を隠した木の向こうを窺う。
生い茂る草木の隙間から、銃を構えてきょろきょろと見回す兵士が三名。
此処から見えるだけでその人数なのだから、他にも潜んでいる筈だ。
堂々と探している者達を囮に、飛び出して来た所を急襲される可能性も高く、迂闊に動くことは出来ない。
さあどうする、と何度目かの自問をしていると、


「……指揮官」


 小さく呼ぶ声を聴いて、スコールは視線だけを其方にやった。
地面に身を低くした一人のSeeDが、手に持っているものを指し出す。
掌の中に納まる程のサイズのそれは、通信機だ。

 スコールは通信機を受け取ると、兵士達の動きを再度注視しながら、それを耳に当てる。


「……班長スコールだ」
『よう。生きてるようで何よりだ』
「……あんたか」


 小さなスピーカーから聞こえて来た声に、スコールはふうと息を吐く。
嫌と言う程、耳に馴染みのある声に、条件反射のように肩の力が抜けかけるのを、スコールは意識して堪える。
状況に変化はないのだから、下手な油断の真似は命取りにしかならない。


「なんだ。今忙しい」
『知ってる。だからお前と繋げたんだよ。下手こいて囲まれてるって?』


 くく、と笑う声が聞こえて、眉間に青筋が浮かぶ。
下手なんてこいてない、と言いたかったが、近くから足音が聞こえる。
口を噤んで、それが通り過ぎていくのを待った。

 スコールが何も言い返さなかったからか、通信機の向こうもまた沈黙が数秒続く。
やがて足音が遠くなり、聞こえなくなった所で、スコールがゆっくりと細い息を吐いてから、また声は聞こえて来た。


『お前、一人で行動できる状態か?』
「……ああ」
『じゃあ、ちょっと派手に花火でも上げてくれ』
「花火?あんたふざけてるのか」


 こんな状況で聞く単語ではない、とスコールは眉根を寄せた。
しかし、通信機の向こうは、変わらない調子で続ける。


『お前、今日が何月何日か知ってるか』
「マルハチフタフタ。……日付が変わっているなら四桁目はサン」
『色気のねえ。お前らしくて安心した。そう言う事だ』
「意味が判らない」
『良いから花火を上げろ。そうすりゃ判る』


 其処まで行って、通信はぷつりと切れた。
なんなんだよ、とスコールは顔を顰めながら、通信機を持ち主へと返す。

 ふう、とスコールは一つ息を吐いた。
敵に囲まれた状況で、隠れ潜み続けると言うのは、中々精神的なエネルギーを使う。
見付かれば自分だけでなく、仲間の命まで危ういのだから当然だ。
単独行動よりも精神的な負担は大きく、この負荷に負けると、肉体の疲労も倍以上の重みになって来る。
それに比べれば、少なくともスコールにとっては、一人で行動する方が楽と言えば楽だった。

 ちらりと連れの二人を見ると、此方も疲弊してはいるものの、目にはまだ光がある。
ただ、此処から先をどう突破したものか、如何せん状況の不利が大きい為に、考えあぐねている様子だった。
余りに長くこの膠着状態が続くと、テロリスト側が更なる増援を呼ぶ可能性もあるし、指揮官であるスコールが打ち取られたとなれば、SeeD側の士気も指揮も混乱するだろう。
それを思うと、通信による指示───はっきりとは言わなかったが、総合すると「一人で囮になれ」と言うのは、聊か意図が読めない。

 それでも、とスコールはガンブレードを握った。


(どうせ何処かで見てるんだろ)


 落ち着き払った通信機からの声が、それを具に示していた。
そして、スコールが動けると確認を取った上で、無茶をしろと指示している。
且つその後の事は何も言わずに切った辺り、其処から先はスコールが自力でなんとかなるだろう、と言っているのも読み取れた。

 スコールは音を立てないように、ゆっくりと膝を折る。
屈んだスコールに、二人のSeeDが顔を上げたので、それを見返して言った。


「此処から9時の方角、兵士二人がいる方向に、俺一人で向かう。お前達は敵を警戒しながら待機だ」
「一人で……?!いくら何でも無茶だ。奴等は複数隠れてるんですよ」
「怪我もしているのに。せめて俺達も一緒に」
「俺一人の方が動きやすい。合図を送るだけだ」
「合図……?」


 スコールの言葉に、SeeD達が眉根を寄せる。
顔を合わせる二人に、それ以上の説明は無用と、スコールは立ち上がった。

 敵の気配が少ない方向へ、茂る樹々の隙間を縫って走る。
枝葉の擦れる音を聞いて、向こうだ、と言う声が後方から聞こえた。
当然、正面に向かう兵士達もスコールの接近に気付き、銃を構える。


「ケツァクウァトル!!」


 スコールの呼び声に応じて、雷獣が高い嘶きを上げながらその姿を現した。
光を纏い、翼を広げた蛇の頭部から、稲妻のエネルギーが迸り、兵士達に向かって波状に広がりながら閃光が奔る。
雷が兵士の持つ銃を伝い、憐れにも握る手袋は絶縁体もないようで、電流が男達の体に直接流れ込んだ。
壊れた糸繰人形のように、電気エネルギーで収縮する筋肉をがくがくと痙攣させる兵士達を、銀刃が襲う。

 まず一人、そして返す刃にもう一人。
これでこの場所にいた者は片付けたが、すぐさま銃を撃つ音が聞こえ、スコールは身を低くして姿を隠す。
ガサガサと茂みを掻き分けながら近付く音に耳を欹てれば、それはスコールを綺麗に囲むように広がって行った。

 G.F.による反撃を警戒してか、誘われてきた兵士達は一挙には襲ってこなかった。


「────其処にいるのは分かっているぞ、大統領の犬め」


 憎々し気な声が聞こえるが、大概的外れだなとスコールは思った。
SeeDは確かにエスタを依頼の上客として見ているが、此方は傭兵であるから、別段、エスタやその大統領であるラグナに飼われているつもりはない。
このテロリスト集団が真っ当に金を出して依頼して来れば、その依頼だって受理する事は十分にあり得るのだ。
金の犬か亡者と言われた方がまだ筋は通るな、等と思いながら、スコールはグリップを握り直した。

 じり、じり、と包囲網がじわじわと狭められていく。
最も近くまで来た兵士の顔が、茂みの向こうにはっきりと確認できる距離になると、当然相手は銃を構え、その照準をスコールの眉間へと向けていた。


「こんなガキ相手に、良いように振り回されるとは。クソ、忌々しい……!」


 怒りを滲ませながら、兵士の指が引き金にかかる。
その瞬間、キン、と閃いた黒の刃が、銃の砲身に食い込んだ。

 鋭く固い合金の刃は、砲身をその根本から切り落とすと、そのまま兵士の鼻面を横一文字に切り裂いた。
飛び散る赤い飛沫と共に悲鳴が上がり、周囲の兵士達が一斉に其方へ銃を向ける。
しかし、それらが火を噴くよりも早く、白いコートが翻り、振り抜いた剣の風圧が竜巻のような強烈な風を巻き起こした。
鎌鼬のように襲い掛かる風に兵士達が蹈鞴を踏む間に、黒の手袋から生み出された炎が、風に吸い込まれて、逆巻く炎の渦になって兵士達を包み込む。


「うわぁあああ!」
「あ、熱い、あついいいい!」


 のたうち回る兵士達の声があちこちで上がる中、白いコートに、黒のガンブレードを握った男は、にやりと笑ってスコールを見た。


「ハッピーバースディ、スコール。最高のプレゼントを持って来てやったぜ」


 断末魔の背景とはまるで正反対の言葉に、そう言う事かとスコールもようやく理解に至ったのであった。




 サイファーが受けた任務は、エスタ平原とグランディディエリの森の境目で確認された、メルトドラゴンの群れの退治だった。
なんと面倒な仕事を寄越してくれたのかと思ったが、土地場所を思えば、討伐対象がモルボルでなかっただけマシだ。
現場にはサイファーの他、“戦犯”の監視───ほぼポーズのようなものだ───の為、三名のSeeDが同行していた。

 任務は恙なく終了し、群れが作りかけていた巣も破壊した。
これであとは帰るだけかと言う所で、通信係を担っていたSeeDから、バラムガーデンから通信が繋がっていると報告された。
何か面倒な気配を感じつつ、無視する訳にも行かないので応じると、案の定だ。
森の奥でスコールの率いる一隊が、エスタから出奔したテロリスト集団と戦闘となり、散開後にスコール班が敵に囲まれたとのこと。
他の班もそれぞれ担当を持って散っている事や、テロリスト側の増援が確認される事から、折よく近くにいたサイファーに、即時救援要請を出したのだ。

 スコール班が担当した箇所が、増援と合流してしまった事は、不運と言う他ない。
グランディディエリの森は広く、跋扈する魔物がそもそも危険種が多いことから、エスタの国軍でも深く踏み込む事はない場所だ。
其処に根城を構えると言うのは、テロリストの方も中々リスクを背負ってはいるが、隠れ潜む場所としてはうってつけだろう。
SeeDは魔物の駆除の為に森に入る事はあるものの、森の中を熟知しているとも言い難い。
故にこそ地と数の利を揃って採られる前に締め上げたかったのが、今回限っては上手く回せなかったと言う事だ。
逆に、それがスコール班の下で起こったと言うのが幸運と考えるべきだろうか。
G.F.との親和性の高さを利用し、咄嗟の召喚で反撃できるスコールがいたお陰で、決定的な痛手は喰らわずに済んだとは、考えられるかも知れない。
とは言え、スコール達が自力で状況を打破するには難しかったのも事実である。

 急遽呼びつけられたサイファーは、まずは総合の連絡役として森の外にいたSeeDと合流し、状況詳細を確認した。
スコール達が向かった凡その方角を聞いて、一路向かう。
そして、スコール班とテロリスト達が攻防を繰り広げた痕跡を見つけ、其処からスコールへと通信を繋いだ。

 サイファーは「一人の方が動きやすい」と言う理由で、監視役に同行していた他のSeeD達を置いて来ている。
監視任務を持つSeeD達からは当然渋い反応が出たが、サイファーの実力も、それについていける力が自分たちに足りないのも判っている。
お陰でサイファーは、文字通り真っ直ぐにスコール達を探し出す事に成功した。
スコールとの通信の後、彼が発したG.F.ケツァクウァトルの稲妻は、立派に狼煙としてサイファーに彼の居場所を知らしめたのである。

 後は乱入者にテロリスト達が狼狽している隙に、サイファーがそれらを一網打尽にした。
事情聴取諸々の為、息のある者は捕縛して連れて行く事にし、更なる増援が来る前に撤収する。
────それが、今から一時間前の事である。

 スコール達は、数時間ぶりにグランディディエリの森を出て、テントを張り巡らせた野営地に戻っていた。
それぞれテロリストの抵抗や、森に潜む魔物との戦闘により傷を負った為、各自のテントで手当てと休息に入っている。
時刻は深夜一時とあって、野営地は見張りの為に外に立っている者が数名あるだけで、静かなものだ。
指揮官と言う立場を持っている為、一人悠々としているスコールのテントなど、尚の事である。


(疲れた……)


 テントの中で寝袋に納まり、灯りのついていない暗い天井を見上げながら、スコールは深く息を吐いた。


(奴等が森に潜伏している事は判っていた。しかし、あんなに地形を把握しているとは思っていなかったな。下手に散らばらせたのが悪手だった)


 今回の任務で、作戦を立てたのはスコールだ。
テロリスト側に数の利があるから、それを相殺させる為の作戦だったが、彼等が想像以上に森に慣れていたのが計算外だった。
スコールの班が追った者達は、まずは逃げの一手と言う速さで移動していたから、あれが味方との合流を目的としていたのは間違いない。
故にこそ一刻も早くその足を止めなければとは思っていたが、結局は間に合わなかった。
きっとスコール達を斃した後は、他の逃げ散った者達の下へ救援に向かったであろうと思えば、被害は最小限に留まったと言えるが、とは言え。


(……始末書だな)


 それ位の罰則は甘んじて受けておくべきだろう。
指揮官と言う立場にあるスコールを、上から締め付ける者はいないが、格好としては必要だと思った。
面倒臭い、と思う気持ちは、一般兵卒のそれと大して変わらないが。

 ともかく、走り回って、G.F.の力も使って、疲れている。
脇腹の傷がじんじんとした痛みを発しているのは鬱陶しかったが、これだけ疲れていれば、眠る事は出来るだろう。
目を閉じていれば、自然と睡魔もやって来そうだった───が、


「邪魔するぜ」


 まるで居酒屋の暖簾でも潜るような気安さと共に、テントの入り口が開けられた。
電池式のランタンの白熱光が眩しくて、スコールは眉間に皺を寄せる。


「……なんだよ、急に。疲れてるんだ」
「ああ、そうだな、お疲れさん。俺も誰かさんの尻拭いに引っ張り出されたから、気持ちはよく判る」


 地味にちくちくとした事を言ってくれるのは、他でもない、サイファーだ。
すたすたと近付いて来るサイファーの気配に、スコールは仕方なく身を起こした。


「救援任務、ご苦労だった。これで良いか」
「指揮官様からの有り難いお言葉だ。嬉しくて涙が出るね」


 心から微塵も思っていない台詞が返って来て、スコールは溜息を吐く。
それには呆れも怒りも含まれてはおらず、漏らした息も含めて、いつもの遣り取りと言うものであった。

 サイファーは手にしていたランタンを床に置いて、スコールの寝袋の横に腰を下ろす。


「お前が寝る前に、言う事とやる事は済ませておこうと思ってよ。朝になったら、どうせ撤収で慌ただしくなるだろうしな」


 胡坐を掻いたサイファーの言葉に、スコールは一体今時分に何の用事があるのかと首を傾げる。
そんなスコールを見て、サイファーはやれやれと肩を竦め、


「さっき言っただろうが。ハッピーバースディ、ってよ」
「…………ああ。そう言えば言ってたな、そんな事」


 思い出すまでの間を十分に空けて、スコールはようやくサイファーの意図を理解した。
今日、8月23日が、自分の誕生日であり、サイファーはそれを祝おうとしているのだと。

 ようやく今日が何の日かを思い出したスコールに、サイファーは眉尻を下げつつ口端を上げる。


「折角最高のバースディプレゼントを贈ってやったってのに」
「何か貰った覚えはないな」
「命助けてやっただろうが。ピンチに駆け付けてやる恋人なんて、これ以上の贈り物があるか?」


 サイファーの言葉に、スコールの唇が拗ねたように尖る。

 確かにサイファーが救援要請に応じたお陰で、スコール達は今回の任務を無事に達成したと言える。
テロリストは壊滅した訳ではないが、確認されている規模と、捕縛した人数を並べると、かなりの痛手を被ったと言えた。
エスタに引き渡した後は、国軍の方で聴取なり何なりと行い、グランディディエリの森に隠れている残りの者も、追って掃討されるだろう。
その際には、改めてエスタからバラムガーデンに依頼が来るかも知れないから、派遣できる人員の確保はしておいた方が良さそうだ。

 と、そんな事を考えていられるのも、サイファーが単独で動き、何よりも早くスコール達のいる場所に行き当てたからこそ。
敵が潜む森の中を、無闇矢鱈と駆けずり回らず、あの場で最も実力と判断力、狼煙を上げるに適した人員であるスコールを指名して、囮にした。
サイファーの判断は的確で、一人で敵に囲まれたスコールを助けに入るタイミングまで、きっと織り込み済みだったに違いない。

 だが、とスコールはじとりとサイファーを睨んでやる。


「俺をピンチに追い込ませたのはあんただろ。大事な恋人に囮になれなんて、最低の指示プレゼントだ」
「待ち合わせ場所が判らねえと、迎えに行ってやれないだろうが」
「あんたが花火を上げれば良かったのに。そうすれば、連中もそっちに誘われて、俺達は安全に立て直せた」
「そんな回りくどい事するかよ、面倒臭ぇ。奴等の注意は先にいたお前らに向いてたんだから、一ヵ所に集めるんならそっちだろ。ったく、助けてくれてありがとう位言えねえのか、可愛くねえ」
「生憎可愛くないように生まれて来たからな」


 恋人に向かって憎まれ口を返してくれるサイファーに、スコールも同じように返してやる。
はああ、とサイファーは分かり易く大きな溜息を吐きつつ、この話題はこれで終わりとひらひらと右手を払うように振った。

 胡坐に頬杖をついて、サイファーはじっとスコールを見る。
検分している様子のサイファーに、スコールはその視線の強さに落ち着かないものを感じつつ、彼の気が済むのを待った。


「……えらく傷が多いな。治療はしたのか?」


 サイファーはランタンを手に取って、スコールの前で掲げる。
白熱灯に照らされたスコールの体には、左腕に包帯がある他、細々とした銃創がある。
細かなそれは精々が掠めた程度で、痛手になるようなものではなかったが、腕に巻かれた包帯も含め、治癒魔法を使った形跡がないのが気になった。
よく鼻を利かせれば、微かに血の匂いも混じっており、スコールが出血している事が判る。

 まさか面倒臭がって治療を拒否して来たんじゃないだろうな、と何故か本人以上に、その躰に傷がつく事を嫌うサイファーの表情に、スコールは面倒臭いなと胸中で零しつつ、


「医療班の所には行った。でも、どうもケアルの効きが悪いから、普通の手当だけで済ませたんだ」
「はあ?……奴等、新手の兵器でも使ってたのか」
「かも知れない。見た事のない武器を持っていた奴もいたし、俺はレーザー銃を掠められた。大した当たり方じゃなかった筈なのに、妙に痛むし、何か副次的な効果があるのかも。詳しい事は、奴等をエスタに引き渡して、聴取した後になるだろうけど」
「やれやれ。何ドジしてんだよ、馬鹿」


 呆れた表情でランタンを地面に置くサイファーに、スコールは何か言い返してやろうかと思ったが、辞めた。
ドジじゃない、なんて言った所で、脇腹を掠めた傷があるのは事実だし、腕の包帯も今夜の所は外せない。
森を駆け回る間についた小さな傷は、三日もすれば後もなく消えるだろうが、今夜は残ったままだろう。

 散々だ、とスコールは思って、改めてスコールは疲れを感じた。
寝袋の薄いクッションの上にごろりと転がって、ランタンの灯りに背を向けて丸くなる。
拗ねた子供のように縮こまるスコールの項に、サイファーの手が徐に伸びた。
手袋を嵌めた手が自分の首の後ろを滑るのを感じて、スコールは身動ぎする。


「まだ何かあるのか」


 テントから出て行く様子のないサイファーに、スコールは横目で視線だけを向けてみる。
サイファーはくつりと笑みを浮かべて、寝転ぶスコールの上に覆い被さるように体を寄せ、


「言っただろ。お前が寝る前に、やる事があるって」
「……なんだよ」
「お前の誕生日祝いだよ。っつっても、此処じゃ碌なもんがないから、俺がプレゼントになってやろうと思ってな。どうせ朝になったら忙しくなるし、ゆっくり祝ってやれねえだろ」
「今じゃなくても良いだろ、帰ってからで───」
「此処から出発して、ガーデンに着くのはいつだ?」
「……夜だろうな」


 単純に、明日はやる事が多いから、エスタを離れるまでにも時間がかかるだろう。
戻れば溜まっているであろう書類の確認があったり、自身の報告書をまとめたり、今回の作戦に当たっての始末書も考えなくてはならない。
いや、それよりも先ずは、魔法が効き難い状態である為に、現状で治療が出来ない傷の確認か。
保健室にカドワキが詰めている間に戻る事が出来れば良いが、ガーデン到着の予定時刻を考えると、ギリギリと言った所だろうか。
書類云々をそれから手を付けるとなれば、寮部屋にいつ帰れるものか。
それをサイファーもよくよく理解しているからこそ、


「だったら今の方がじっくり祝えるじゃねえか」
「だからって」
「それに、どうせ帰ったら他の奴等が煩くなるだろ。今のうちに、今日のお前を一人占めさせろよ」


 そう言いながら、サイファーはスコールの項に唇を押し付けた。
手のひらで持ち上げるように挙げられた後髪の下、普段は隠れている後れ毛の生え際に、柔らかい感触が触れる。
いつもベッドで感じている感触だと悟って、スコールは勝手に首筋が熱くなるのを感じていた。