夢見た幸福はかたちを変えて
スコール誕生日記念(2024)


 誕生月の子供がいる月、その頭に、誕生日パーティは開かれる。
子供が多い時期だと、毎月のようにそれは催されるから、子供たちは月変わりの時を楽しみにしていた。

 孤児院───石の家での生活は、セントラ大陸の片隅にあると言う条件もあって、基本的に清貧なものだ。
大国のあるガルバディア大陸や、先進技術の栄えたエスタがあるエスタ大陸では、人々の生活は───上も下も見ればきりのない幅があるが───豊富な資源により豊かさを保っているが、荒涼とした大地と、大昔に起きたと言われる天災以降、魔物の凶暴性も増しているセントラ大陸は、他から見れば不毛の地と呼ばれる程のものだ。
そんな所に孤児院があるのは、つい先頃まで続いていた、ガルバディア国とエスタ国の戦争や、その直後の内政不安により急増した、身寄りのない子供を守り育てていくには、この地が最も安全ではないかと思われたからだ。
実際、魔物の襲撃を忌避する為の対策を入念に施しているお陰で、孤児院の傍でそう言った事件が起きる事も滅多になく、物の少ない慎ましやかな生活の中で、子供たちはすくすくと成長していた。

 スコールは、石の家に来た時のことを覚えていない。
姉と慕うエルオーネが言うには、スコールは赤ん坊の頃に、彼女と共に引き取られることになったのだとか。
だからスコールにとって、家と言ったら石の家のこと以外には考えられない。
家族は、一緒に過ごす子供たちのことも指すのだろうけれど、スコールにとって家族と言うのは、物心がつく以前から一緒にいてくれたエルオーネのことだった。
エルオーネは、石の家で暮らす子供たちにとって、皆よりひとつ年上の“皆のお姉ちゃん”だ。
けれど、スコールは勿論、他の子供たちも皆、エルオーネが“スコールのお姉ちゃん”だと言う事も、なんとなく感じ取っていた。

 だからエルオーネが、殊更スコールに甘いことも、誰もが判っていたのだ。
皆と一緒に遊んでいる時、スコールが転んで泣き出したら、エルオーネはすぐに駆け寄って慰める。
そうやって駆けつけてくれた姉に、スコールはぎゅっと抱き着いて離れない。
一番安心をくれる人、自分に一番優しい人が誰なのか、スコールは判っていた。
夕飯のおかずの人参を食べて貰ったり、お気に入りの絵本を読んで貰ったり、寝る時には一緒にベッドで眠ったり。
その代わりに、エルオーネも姉として、人参はちゃんとスコールも食べるようにと促したし、皆と遊びたい時には自分からちゃんと「遊ぼう」と言えるように励ましたり、いつも優しいだけではなくて、スコールが皆と同じように成長できるように努力を促していた。
とは言え、やはりエルオーネがスコールに特別優しい事は確かだった。

 石の家の子供たちは、入れ替わりに増えたり減ったりするので、毎月に誕生日パーティが開かれる訳ではなかった。
今月はなかったから、来月は誰かいないかな、と子供たちの間で確認し合う声があったり、ママ先生に「来月、パーティはある?」と聞く子もいた。
ある時などは、その月のパーティが終わったその日の内に、次はいつ、来月は、と尋ねる姿もあった。

 夏の時期、石の家で暮らす子供たちの中で、誕生日を迎えるのは二人。
7月生まれのセルフィと、8月生まれのスコールだ。
石の家で暮らす子供の数は、この頃、十人もいなかったから、誕生日パーティが催されるのは、十二カ月のうち半分になる。
スコールの後は、9月が空いて、キスティスが10月、アーヴァインが11月、サイファーが12月と続く。
そして年が明けると、3月生まれのゼルの誕生日がやってきて、其処から間が空いてまたセルフィの番がやって来るのである。
エルオーネの誕生日はと言うと、本人もはっきり覚えていないと言うので、弟のスコールと同じと言う事になった。

 今は各月に一人ずつ、いるかいないかの誕生日なのだから、その日の当日にパーティを催しても良いのだけれど、もっと人数がいた時には、一月のうちに二人、三人と誕生日が続くことがあった。
清貧な暮らしをしている孤児院で、何度も手をかけたパーティを開くのは難しく、けれども子供たちに生まれて来た日の尊さを、喜びを知って貰いたくて、ママ先生とシド先生は苦心した。
その結果、月のはじめにその月生まれの子供を主役にしてパーティを開くことになったのだ。
今でもその習慣の名残があって、月に一人の誕生日でも、パーティは月の頭に開かれる。
その方が、準備をする大人たちにとっても、タイミングを合わせ易かった、と言うのも裏側の事情としてあった。

 先月のセルフィの誕生日は、夕飯が彼女の好きなもので並び、石の家の中も可愛らしい飾りつけが施された。
賑やかで楽しいことが大好きなセルフィの為に、皆で準備をしたパーティだ。
主役のセルフィはとても喜んで、ママ先生が自分の為に作ってくれた料理をお腹いっぱいに食べ、プレゼントに新しい洋服を貰っていた。
興奮していた彼女は、いつも眠る時間になっても中々寝付けなくて、エルオーネにお喋り相手をして貰っていた。
この日ばかりは、姉といつも一緒に寝ているスコールも、セルフィに譲っている。
一人でベッドに入っていたのは少し寂しかったけれど、セルフィのお喋りをしている姉の声と気配はすぐ其処にあったし、来月は僕の番だから、と言う気持ちで、その日は一人寝を頑張った。

 迎えた8月────その日の石の家も、またいつもと少し違っていた。
少し古びた木枠を押し込めたガラス窓には、色紙の輪を繋いだ飾り付けがテープで貼られている。
先月、賑やか好きのセルフィの誕生日パーティの時に比べると、もっとささやかなものだったが、これはスコールが賑やかなことがあまり得意ではないからだ。
それでも誕生日ならお祝いなんだからと、ゼルとセルフィが飾りつけを持ち出してきたので、アーヴァインがその飾りつけを手伝った。
そうするとサイファーもやって来て、ひとつだけじゃダメだろ、と遊具箱の中から、スコールがよく使っている玩具やぬいぐるみを持ってきた。
料理を作っているママ先生のお手伝いをしていたキスティスも其処へ加わって、皆でスコールとエルオーネの為の誕生日パーティの準備は進んでいった。
その間、スコールはエルオーネと一緒に外で遊んでいて、近くの花畑で摘んだ花で、花冠の作り方を教わっていた。

 エルオーネお手製の花冠を被ったスコールが帰ってきた時、其処はパーティの準備が半分ほど終わった所だった。
スコールが帰ってきたのを見付けたセルフィが、「お楽しみなんだからまだ見ちゃダメ!」と言ったので、スコールはエルオーネと一緒に、寝室で夜を待つことになった。

 そして、その日の夜、スコールとエルオーネの為の誕生日パーティが開かれる。
色紙の飾りと、ぬいぐるみや玩具に見守られながら、二人の好物が揃った夕飯。
主役のスコールとエルオーネは、皆が見渡せる席に座って、皆からのお祝いの言葉を聞いた。


「スコール、エル姉ちゃん、誕生日おめでとう!」


 重なる子供たちの声に、スコールは恥ずかしそうに、照れたように俯き加減に縮こまり、エルオーネはにこりと笑って「ありがとう」と言った。スコールもお礼を言おうね、と姉に促されて、スコールは小さな小さな声でなんとか「ありがと……」と言って、ママ先生とシド先生に頭を撫でて貰う。
そうして、賑やかなパーティの食事は始まった。

 大きめの肉がごろんと入ったシチューは、子供たちのお気に入りのパーティ料理のひとつだ。
スコールとエルオーネの下には、山盛りの具が入っていた。
これ一杯を食べるだけで、スコールはお腹がいっぱいになってしまいそうだったが、今日はまだまだ食べたいものがある。
クラッカーにハムとチーズを乗せたカナッペは、一人につきひとつ、全員分が用意されていた。
食卓の真ん中を飾っているマルゲリータピザは、ママ先生が捏ねたピザ生地が使われ、僕の私の、と言う喧嘩が起きないように、人数分にカットされた。
今日の主役のスコールとエルオーネには、特別に、皆よりほんのちょっと大きくカットされたピースがやって来た。

 あれもこれも美味しくて、スコールはいつもよりも沢山食べている。
口の周りにシチューをつけているスコールに、エルオーネはくすくす笑いながら、いつものように世話を焼いていた。


「スコール、お口の周りがすごいよ」
「ん……んむ、むぅ」
「ほら、手で拭かないの。ママ先生、ティッシュ取って」


 手の甲で口の周りを拭うスコールに、エルオーネはやんわりとその手を取りながら、ママ先生に言った。
どうぞ、と差し出されたティッシュを数枚貰って、エルオーネはスコールの口と手を拭く。
スコールは大人しくエルオーネに世話を焼かれ、口の周りについていたシチューがすっかり綺麗になってから、今度はピザを食べ始める。


「お腹いっぱいになったら、残して良いからね、スコール。エルオーネ、貴方もね」
「んむぁ」
「はい、ママ先生」


 口の中がピザでいっぱいのスコールに代わって、エルオーネが返事をする。
その傍ら、スコールの横の席でピザを食べていたサイファーが、スコールのシチュー皿に赤いものが残っている事に気付いた。


「あ、スコール、また人参残してるぞ」
「んっ」


 サイファーの言葉に、ぎくっとスコールが縮こまる。
それを見たキスティスが、


「スコール、ダメよ。人参もちゃんと食べなくちゃ」
「食べないからお前、チビなんだぞ」


 むに、とサイファーがスコールの頬を摘まんだ。
まるまるとしたスコールの頬は柔らかく、サイファーが引っ張るとむにぃっと頬肉が伸びる。
よくよくされるサイファーの意地悪に、スコールはいやいやと頭を振って、エルオーネに縋りついた。


「おねえちゃん、サイファーが」
「はいはい。サイファー、やめてあげてね」
「ふん」


 エルオーネに宥められ、サイファーは唇を尖らせてそっぽを向いた。
そんなサイファーをキスティスが物言いたげな目で見ているが、今日はスコールとエルオーネの誕生日パーティだ。
今も楽しそうに料理を食べているセルフィたちを見て、空気を壊したくないのか、眉をハの字にしながら口を噤んでいる。
そんなキスティスにはシド先生が声をかけていた。

 エルオーネは抱き着いているスコールの頭を撫でて、スコールのシチュー皿を傍に寄せる。


「スコール、人参食べよう」
「……やぁ……」
「甘くて美味しいよ。苦くない」


 ママ先生が、今日の主役のスコールの為に、時間をかけてコトコト煮込んでくれたシチューだ。
大きめの肉がとろとろに柔らかくなるくらいに手をかけてくれたのだから、人参だってすっかり熱が通って甘くなっている。
それはスコールも経験から判っているつもりだが、どうしても人参への苦手意識があって、進んで口に入れる気になれない。

 上目遣いでじっと姉を見つめるスコールに、エルオーネも弟が求めていることに気付いた。
しょうがないなあ、と言う気持ちもありつつ、無条件でそれを受け入れる訳にも行かないもので。


「じゃあ、一口。大きいやつ」
「小さいの……」
「だぁめ。大きいの。そしたら、後は私が食べてあげる」


 ちら、とスコールがシチュー皿を見れば、大きな人参がひとつに、小さな人参が三つ。
小さなものをひとつで勘弁して欲しいスコールだったが、優しい姉は、しっかり厳格でもあったのだ。

 しばらく見つめ合いが続いていたが、スコールもまた、甘えながらもエルオーネがこれ以上は許してくれないことも感じ取っていた。
渋々の顔で抱き着いていた体を離すと、エルオーネがスプーンで人参を掬って、スコールの口元まで持って行く。


「はい、あーん」
「あー……」


 スコールは目を閉じて、其処にあるのが人参だと意識しないように口を開けた。
恐々に開けた口の中に、ころんと人参が入って来る。
むぐ、とスコールは口を閉じて、其処に閉じ込めた苦手な食べ物を、顔をくしゃくしゃにしながら噛み始める。

 んぐんぐと噛んでいると、エルオーネの言った通り、人参は甘くて柔らかかった。
噛んでいる内に内側から人参独特の風味が出てきて、スコールの眉間に縦三本のシワが出来るが、スコールはこれだけ、これだけと自分に言い聞かせて噛み続ける。
そんなスコールに、エルオーネは自分のシチュー皿からひと掬いして、


「これと一緒に食べてごらん。お口開けられる?」
「んん、ん……んぁ……」


 飲み込めない人参を頬の方に避けて、スコールは小さく口を開ける。
とろみのあるシチューが口の中に入ってきて、スコールはそれと一緒に人参をごっくんと飲み込んだ。


「……食べたよ、お姉ちゃん」
「よく出来ました。あとの人参は私が食べるね」
「うん」


 頭を撫でられて、スコールはほっとした。
口の中にまだ残っている人参の気配を忘れるように、オレンジジュースを飲んだ。

 豪華な夕飯が終わると、今日の為にママ先生が作ってくれた、誕生日ケーキの登場だ。
トップに苺を乗せたショートケーキは、誕生日パーティの時だけ食べられる、特別なもの。
『Happy birth day!』のメッセージ入りのチョコプレートは、その日が主役の子供に添えられる。
今日はスコールとエルオーネが主役だから、チョコプレートは二人で分けて食べるものなのだけれど、


「スコール、チョコ食べる?」


 先月のセルフィの誕生日パーティは、彼女がチョコプレートを食べていた。
今、石の家にいる子供たちの誕生日は、皆それぞれバラバラだから、このチョコプレートも独り占めできる。
けれど、今月はスコールとエルオーネの誕生日だから、一枚しかないチョコプレートを独り占めできないのだ。

 だからエルオーネは、弟のスコールにその特権をあげようかなと思ったのだけれど、


「ううん。お姉ちゃんと一緒に食べたい」


 スコールにとって、チョコプレートは確かに魅力のあるものだけれど、それを独り占めにするよりも、姉と一緒に食べる方が“特別”を感じる事が出来た。
そんなスコールの言葉に、エルオーネはくすぐったそうに笑う。

 そんな二人を見ていたシド先生が、


「それじゃあ、これは二つに割っても大丈夫ですか?」
「うん」
「では……よいしょ、と」


 シド先生の手で、パキッ、とチョコプレートが割れる。
真ん中のあたりで綺麗に割れたプレートに、シドは偏らずに済んだとこっそりと安堵しつつ、二人のケーキ皿にチョコプレートを添えた。


「誕生日おめでとう、スコール、エルオーネ」
「ありがとう、シド先生!」
「せんせ、ありがとう」


 改めてお祝いの言葉をくれたシド先生に、エルオーネがお礼を言うのに倣って、スコールも返す。
大きな手が二人の黒と濃茶の髪をくしゃくしゃと撫でてくれた。

 ケーキも食べ終わると、ママ先生の手から、二人へのプレゼントが贈られる。
スコールには新しい絵本、エルオーネにはママ先生の手作りのブレスレット。
石の家にある絵本は、基本的に誰もが読める共有物だけれど、誕生日に貰った本は、貰った子のものになる。
いつかは持ち主の手から離れていくこともあるけれど、それまでこの本は、スコールの本なのだ。
エルオーネのプレゼントのブレスレットは、他の子供たちも製作に参加したそうで、皆からの贈り物にエルオーネは「大事にするね」と言った。

 時間があまり遅くならない内に、誕生日パーティはお開きになる。
パーティの片付けのお手伝いは、主役の子供以外が引き受ける。
その間にスコールとエルオーネは、皆より早く風呂に入って、寝床に行くことにした。

 二人きりの寝室と言うのは、随分と静かなものだ。
寂しいと言えば寂しくも感じるかも知れないが、スコールはエルオーネを独り占め出来るので嬉しかった。
早速プレゼントに貰った本を読んで貰い、一緒のベッドで横になっている内に、段々とスコールの意識は蕩けていく。
時刻は普段の眠る時間よりも少し早かったけれど、何せ今日は誕生日パーティだったのだ。
主役のスコールは、エルオーネと一緒にお祝いをされているばかりだったけれど、豪華な食事やプレゼントに、気持ちは当たり前に高揚していた。
その反動のように体は休息を求めはじめ、エルオーネが絵本を一度読み終わる頃には、スコールはすぅすぅと小さな寝息を立てていた。


「……もう寝ちゃった。ふふ、楽しかったね、スコール」


 エルオーネは眠るスコールの頭を撫でて、柔らかく微笑んだ。

 石の家でひとつ年上だから、“皆のお姉ちゃん”であるエルオーネだけれど、やはり、スコールへの思い入れは特別なものだ。
故郷の小さな村で面倒を見て貰っていた、大好きな人が遺してくれた、大切な大切な赤ん坊。
その人の喪失から間もなく、村の人々に見送られるようにして引き取られた先は、今まで見た事のない景色の場所だった。
近くにある花畑で過ごす度、色鮮やかな花で飾られていた故郷の景色を思い出して、少し寂しくなることもある。
けれども、なんとなく、もう戻れないことは幼いながらに感じ取っていた。
その寂しさを拭うようにして、託された赤ん坊を大事にしなくちゃと、姉としてこの子を守らなくちゃ、とエルオーネは思っている。

 甘えん坊のスコールの面倒を見るのは、中々大変なことだった。
赤子の頃からスコールはよく泣いていて、エルオーネが抱っこするまで、火が付いたように泣き続ける事もあった。
ママ先生が色んなことを教えてくれなかったら、若しかしたら、大事なこの子を嫌いになっていたかも知れない。
そう思う事もあるけれど、現実に「おねえちゃん」と言って無心に後をついてきてくれる弟を見ると、やっぱり可愛くて仕方がない。

 今日は、そんな弟の誕生日パーティ。
本当は月の後半に生まれた事は覚えているけれど、この石の家での誕生日パーティは、月の始めと決まっている。
その日を今年も一緒に迎えられた事は、エルオーネにとって、何物にも代えがたい喜びだった。


「……ご飯おいしかったね、スコール」
「……んぅ……すぅ……」


 眠るスコールに声をかけると、小さな寝言が零れた。
もぞ、と身動ぎしたスコールが、甘えるように身を寄せて来る。
丸くなって寝る癖のあるスコールの様子が、まるで小さな子猫のようで、エルオーネはくすくすと笑った。

 ダイニングの片付けとお風呂を終えた子供たちが、順に寝室にやって来る。
既にスコールとエルオーネがベッドに入っている事に気付いた子供たちは、それぞれに「しぃーっ…」と目配せをし合いながら、それぞれの寝床に入って行く。
誕生日パーティの準備と片付けで疲れたのか、一人、また一人と夢に誘われて旅立っていく。
普段よりもずっと早い内に、寝室は子供たちの寝息だけが聞こえるようになった。

 エルオーネはと言えば、うとうととはしているものの、まだもう少し意識が残っている。
すっかりくっついて離れないスコールの体温を感じながら、エルオーネはこの温もりとよく似た人たちのことを思い出していた。


(……レイン……ラグナおじちゃん……)


 エルオーネが何よりも大好きだった、スコールの母親と、父親。
小さな村で暮らしていたのが、突然見知らぬ土地へと連れ去られたエルオーネを助けてくれたラグナおじちゃんは、今は何処にいるのだろう。
全部がキレイに終わったら絶対に帰るから、待っていてくれと言われたのに、エルオーネは今、石の家にいる。


(おじちゃんは、此処を見付けてくれるかな。迎えに来てくれるかな……)


 本当は、あの村でラグナの帰りを待っていたかった。
レインと一緒に、生まれたスコールを見守りながら、彼の帰りを迎えたかった。


(……レイン……)


 生みの親の顔を覚えていないエルオーネにとって、スコールの母レインは、自分の母も同然だ。
ラグナの友人に連れられて、生まれ故郷に帰った時、迎えてくれた彼女の顔を覚えている。
良かった、と抱き締めてくれた温もりを、エルオーネは一生忘れる事はないだろう。

 けれど、そのレインも、今はもういない。


(……レイン。レインの赤ちゃん、もうこんなに大きくなったよ)


 腕の中ですやすやと眠る幼子を見て、エルオーネは忘れられない郷愁に揺れる。
生まれてすぐの頃、エルオーネの手で抱いた時に、あんなに小さかった赤ん坊は、今月でもう4歳になる。
4歳と言えば、エルオーネがスコールと共に石の家に来た時の年齢と同じだ。
甘えん坊でよく泣く子だけれど、昔のようにエルオーネが抱き上げるには大きくて重くなったし、まだまだ不器用だけれど、花冠も一緒に作る事が出来る。

 そんなスコールの姿を、エルオーネはレインに見せたかった。
いや、レインだけではない、今何処でどうしているのかも判らないラグナにも見せたかった。


(レイン、ラグナおじちゃんに赤ちゃんを見せたがってた。もうスコールは赤ちゃんじゃないけど、見せてあげられたら良いのに。レインと、ラグナおじちゃんの赤ちゃんが、こんなに大きくなったんだよって)


 スコールは、よく転んでしまうけれど、駆けっこも出来るし、皆と一緒にママ先生のお手伝いも出来る。
絵本を読んでいる時、自分で文字も少しずつ読めるようになって来た。
エルオーネは、そんなスコールの姿を、レインやラグナに沢山見せたかったのだ。

 そしてスコールにも、レインやラグナを見せられたら良いのに、と思う。

 石の家に来た子供たちは、親の顔を覚えていない子供も少なくなかった。
エルオーネも実親については判らないし、村に残されていた写真を見ても、それが親だと言う実感はあまりなかったように思う。
生まれて間もなく石の家に来たスコールも、やはり同じように、自分の親と言うものを知らない。

 けれど、確かにスコールの両親はいたのだと、エルオーネは知っている。
赤ん坊を優しく抱いていたレインを、エルオーネは今もはっきりと思い出すことが出来たし、彼女を愛してやまなかったラグナの事も忘れない。
二人がいたから、スコールは───この可愛くて堪らない弟は生まれて来てくれたのだ。
そして、生まれて来た時、スコールは間違いなく、母親に大切に愛されていたのだと言う事を、スコールに知って欲しい。


(……会わせてあげられたら良いのにな。レインは、もういないけど、でも、おじちゃんだけでも……ううん、やっぱりレインにも───)


 何処にいるのか判らない人にも、もう何処にもいない人にも、どうすれば会うことが出来るかなんて、エルオーネには判らない。
離れた故郷に、どうやって戻れば良いのかも。

 エルオーネの脳裏に浮かぶ、スコールが生まれた時の風景。
あの時、汗をびっしょりと掻いて、辛そうに苦しそうにしていたレインが、大きな声で泣く赤ん坊を抱いた時、とても嬉しそうに笑んでいた。
涙を浮かべて微笑みかけるレインを見て、エルオーネも嬉しくて堪らなかった。
その光景を見て、早くおじちゃんにも赤ちゃんを見せたい、と思ったことを覚えている。

 ────もぞ、とスコールが小さく身動ぎする。
んぅ、とむずがる声に、エルオーネが小さな体を抱き締めて、ぽんぽんと背中を撫でてやると、程なく、またすぅすぅと寝息を立て始めた。
安心しきった様子で姉の胸に頬を埋めるスコールに、レインもこうやって抱っこしてたなあ、とエルオーネは思い出す。


(……あの時のこと、そのまま見せてあげられたら良いのにな)


 腕の中で眠る幼い弟を見ながら、エルオーネはそう思わずにはいられなかった。