ラピディウムの花


 外国の大統領が来訪するとなれば、何処であれそれなりの歓待が用意される。
その国で親しまれているもてなしの料理は勿論、其処に根付いた文化に基づき造られた様式から格調高い施設で評判のサービス諸々だとか、音楽だとか。

 元々、世界を巡るジャーナリストを目指していたこともあって、ラグナはそう言ったものが好きだった。
紆余曲折の末、エスタに十七年と言う歳月を閉じこもることになり、これも自分の責任と受け止め、若い頃の夢は諦めて久しい。
しかし、やはり好きなものは好きだし、多文化を知ると己の世界と言うものが拡がって、楽しい。
これをラグナは、エスタ開国に伴い、諸外国を外遊すると言う新たな仕事を得たことで、再び味わう機会に恵まれることとなった。

 とは言え、一般人が好きに旅行しているのとは訳が違う。
“大統領”と言う、それはそれは立派な肩書は常について回るので、移動ルートは決まっているし、必ず警護が用意される。
食事も改まった席で食べるもので、酒も何年物の何某と立派な代物が用意される。
個人的には、安いバーで気楽に飲めて、名前も知らない他の客と酔っ払いの世間話をするのが好きなのだが、流石に其処までの自由は許されない。
精々、宿泊施設のルームサービスで手酌をするのがせめてもの、と言った塩梅だ。
ラグナが嘗て親しんだ自由とは程遠い。

 それでも、外国に触れると言うのは嬉しかった。
エスタの独特の街並みも、始めは何もかもが目新しかったが、流石に十年以上も暮らしていると、見慣れて来る。
特異な発展を遂げた科学大国、というのが他国から見たエスタの評ではあるが、其処で生まれ育った者、人生の半分近くを過ごした者からすれば、あれはごく普通の景色なのだ。
だからエスタ国民には、石畳の地面や、レンガ造りの外壁や、空中を走る道路がない光景が、反って目新しいのである。
ラグナの場合は、元々が其方に慣れ親しんだ人生が長かったから、「懐かしい」と言うのが一番適切だった。

 今日のラグナは、ドールの大手カジノへやって来ていた。
大衆娯楽のひとつとして、ドールでは公的私的に入り混じって親しまれているものだ。
ドールの街でも一際大きなホテルの地下に造られた、広大な空間で繰り広げられる、人生の悲喜交々。
その傍らで億の金が動き、時にそれは公的機関の財源として利用され、時に私人の懐を膨らませる。
一夜の夢に黄金の城を築き上げる者もいれば、一転、素寒貧になって寂しい夜空を歩く者もいた。

 こう言った賭博をビジネス化した娯楽と言うものは、現在のエスタには存在しない。

 元々が魔女アデルの圧政により、様々な娯楽の類は規制された環境が長く、革命後にラグナがそのポストを与ることとなってからも、これの規制を一挙に取り払うことは難しかった。
市民の側にそうした娯楽の経験が少なかったこと、取り組みとして必要となるノウハウが足りなかったのが理由だ。
長い時間をかけ、じわじわと様子を見ながら規制を緩和してはいるが、ビジネスとして経済を回す一助とするには足りない。

 そこで、カジノビジネスを経済の一端として回している外国を参考にすることになったのだ。
国の成り立ち、司法の在り方も違うから、まるごと持ってくることは出来ないが、モデルのひとつとして案にすることは可能である。
それで今回はドール、後日にはドール程ではないものの施設は存在すると言うことで、ガルバディアにも行くことになっている。

 誘導するホテルスタッフの案内で、ラグナは地下のカジノへと下りた。
まるで地下空間とは思えない程の、人工的で広大な空間の中で、華やかに賑やかに、沢山の人々が人生の岐路を戦っている。
ちかちかと眩しい蛍光を点滅させるスロットに、カラカラと音を立てて回るルーレット、葉巻煙草を飲みながらカードゲームに挑む紳士たち。
遊びに飽きた客が休息する場所として、バーも用意されており、此処でしか出していない銘酒もあるとか。

 ラグナはきょろきょろと辺りを見回しながら、感嘆に目を輝かせる。


「お〜、流石に賑わってんなあ。皆楽しそうだ。何処見ても綺麗だし、行き届いてるなあ」
「ありがとうございます。ラグナ様は、どうぞこちらへ」


 ラグナの賛辞に、案内人はにこやかに目を細めた。
そして奥の扉を示すと、その前に立っているスタッフに合図をする。
スタッフはすぐに豪奢な飾りのついた扉を開けた。


「此方はVIPルームとなります。担当ディーラーの者が到着するまで、此方でしばしお待ち下さい」
「了解。じゃあ、ちょっと寛がせて貰うな」


 ラグナが供を伴って部屋へと入ると、案内人は深々と頭を下げてから退室した。

 あちこちで音の洪水が溢れるようなカジノであるが、VIPルームは一転して厳かな雰囲気に造られていた。
足元は黒の大理石に、ベルベットの絨毯が敷かれている。
壁もまた色は黒だが、天井の吊りシャンデリアが放つ照明の光を受けて、小さな粒が煌めいているように見えた。
其処に金縁の装飾や、横幅1メートルはあるであろう、大きな絵画が飾られている。
そんな部屋の中に、スロット、ルーレット、ポーカーテーブルが置かれ、今は無人であるが、楽しむ際には、この部屋を担当する専用ディーラーが全ての準備を整えるのだ。
この部屋であれば、他の客との勝負駆け引きを警戒することなく、ディーラーと一対一の真剣勝負に臨むことも出来るのである。

 遊戯の為に必要な諸々がある他、部屋には寛ぐ為のソファとテーブルもあった。
それから、壁際には内線電話が置かれ、飲食できるメニュー表も並べられている。
一般客はカジノに併設されているバーで飲食するか、ホテルのレストランへ移動するのだが、VIPルームならば此処で食事をしながらゲームを楽しむことが出来ると言う訳だ。

 ラグナはソファに座って、ほおお、ともう一度部屋を見回した。


「すげえな。随分昔に写真で見た事はあったけど、こうして見るとやっぱりって感じだ」


 そう言ってラグナは、「なあ?」と振り返った。
ソファの背凭れ越しに立っているのは、側近の執政官として付き合いの長くなった、キロスとウォードである。

 キロスはラグナの言葉に頷いて、


「確かに、何の雑誌だったか、見た覚えはあるな。ドールのカジノで特に大きな場所と支持されているのは確かなようだ」
「……」
「だよなぁ。あの頃は憧れてるばっかだったけど、云十年も経ってまさかVIPルームに入れる日が来るなんて思わなかったな。ま、遊びに来た訳じゃねえんだけどさ」


 まだ向こう見ずだった頃、軍兵に勤しみながら掻き集めていた様々な雑誌の中で見た、ドール国のカジノ事業。
其処で紹介されていたカジノは、恐らくこのカジノとは別のものだと思うが、やはり華やかなものだった。
当時のガルバディアはエスタと戦争をしている真っ最中で、公共事業として遊戯施設を作るなど以ての外、とにかく軍事増強一択であった。
少ない休暇に友人たちを誘い、レンタカーでドールまで行き、小さなカジノで遊んだことはある。
勝った負けたを繰り返した末、その時は帰りのレンタカー代を辛うじて許された所でお開きとなったのも、今となっては思い出話だ。

 そんな気楽な思い出とは対照的に、今日のラグナは仕事に勤しまなければならない。
公共事業のひとつとして定着しているドールの形を参考にしつつ、エスタでこれを活用するには、どうしていくべきか。
そもそもがカジノと言うものに馴染みのないエスタ国民に対して、どうアプローチするかも含めて、課題は尽きない。

 其処でラグナは、エスタとは異なれど、娯楽に関しては遠からず近からじと言う環境にいる人物にも、話を振ってみることにした。


「なあ、スコール。お前はこう言うの、どう思う?」


 出入口の扉前を塞ぐように立っている少年───スコール。
名前を呼ばれた彼は、なんだか面倒な話を振られた、と言った表情で眉根を寄せた。


「どう思う、と言われましても───バラムにカジノの類はありませんので、ご参考にできるようなことは何も」


 固い口調で、警護任務の最中であることを意識しているスコールに、ラグナはへらりと笑って言った。


「そう難しいこと聞いてる訳じゃなくってさ。バラムもカジノはないけど、こっちまで遊びに来る人はいるんだろ?」
「……いる、とは思います。私の身近に話を聞くことはないですが。船も定期便がありますから、日帰り旅行の感覚で往復している者はいます」
「バラムにカジノ作ったら、流行ると思う?」
「……いえ。大型の遊戯施設が少ない環境なので、興味を持って行く人はいると思います。ですが、そもそもバラムは、ドールやガルバディアのように大きな街も、土地もありません。大きな施設として開設・運営できないのであれば、経済的な影響はそれ程見込めないのではないかと」


 ラグナの質問に、スコールは淡々と答えた。
平坦な声は、暗に彼自身がカジノに興味が薄いこと、述べた意見もそれを前提にしていることが伺える。
これが仮に、派手好きな人間に問うたならば、真逆の答えが返ってくる可能性はあるだろう。
しかし、カジノを誘致、運営しようと言う気風が今のバラムに薄いことは確かで、個人で楽しむ範囲が精々ではないか、と言う見立ては、現実とそう遠くもなさそうだ。

 スコールの言葉に、ラグナはふーむと考える仕草をして、


「やるならやっぱり大きくないと影響は小さいよな。しかし急にでっかいのを作るのも怖いな〜」
「国として動かすことを前提とするなら、それなりに立派なものを作らねばならないだろうね。しかし、最初からそれをするには、国としても国民としてもノウハウが足りない。まあ、長期戦で計画するしかないだろう」
「………」
「だよなあ。立地って言うか、土地って言うか、場所も考えないとだし。まあ、場所はエスタ大陸の何処かってことにすると、あるにはあるけど」
「郊外に造るなら、交通の便と、魔物の問題はつきものだ。費用が嵩むな。それを背負ってまで、有効と使える手段があるか、さて」


 腕組みするキロスとウォードに、ラグナもうぅんと唸って見せる。

 スコールはその様子を、変わらない表情で眺めていたが、背にした扉の向こうからノックの音を聞いた。
「はい」と返事をすると、


「担当ディーラーが到着致しました」
「了解しました。───ディーラーが到着しました」


 スコールが引き継いで伝えると、ラグナはおっと背筋を正した。
ネクタイの締めを直している間に、スコールは扉を小さく開ける。
警護の仕事として役目をしっかりと済ませてから、扉を開いてディーラーの入室を促した。



 ラグナはVIPルームで出来ることを一通り体験し、システムについても勉強した。
ディーラーの身では説明の難しい話については、支配人を呼んで膝を突き合わせている。
その間に、ホテルのレストランと提携していることも併せて、提供される料理にも舌鼓を打った。

 その間、スコールは要人警護の任に終始している。
ラグナはゲームにスコールを誘うこともあったが、当然ながら、スコールは固辞した。
精々、ラグナのすぐ近くに立って、ディーラーの動きに目を光らせていた位だ。
ディーラーはと言えば、元よりVIP待遇の貴賓を相手にゲームをする立場であるから、スコールやキロス、ウォードの無言の圧力にも涼しい顔をしている。
数多の辣腕家を捌いてテーブルを回してきた実力は、下手な政治家よりも篤いのかも知れない。

 カジノでVIP待遇とあれば、提携しているホテルやレストランで得られるサービスも変わる。
ホテルは上層フロアのスイートルームが無料となり、レストランでも特別なコース料理が提供された。
他にもホテルが用意しているサービス類は予約なしで優先して使えるし、観光に行くのなら目的地まで送り迎えを使う事も出来る。

 と、本来ならばそう言ったサービスも含めてのVIP待遇だが、生憎とラグナは公人で要人であり、公務として来ている身だ。
カジノで過ごせる時間は限られていたし、観光しに行くほどの時間の余裕もない。
VIPサービスの概要として紹介は貰ったものの、ラグナが今回それを使うのは難しいだろう。
ただ、それだけのサービスを約束できると言うことは、その分かかる費用も大きく、経済効果への波及もあることが伺えた。

 夕食はこのホテルのレストランを使う話が通っていた。
料理は中々に豪勢で、バラム島でのみ水揚げされていること、近年の乱獲により漁獲量が限られている為、地元の人間も中々味わえないと言うバラムフィッシュが振る舞われた他、ドールで有名なワインも開けられた。
特別なスパイスを使い、薬膳としても用いられるメニューもあり、長らく鎖国していたエスタで暮らしていたラグナにとっては、目にも楽しい食事になった。

 ホテルの支配人と、カジノのオーナーと、その他中々の人数の見送りを受けて、ラグナの仕事は終わった。
一行はエレベーターで部屋のあるフロアへと向かう。

 VIP待遇の恩恵として用意されたスイートルームであるから、其処らの高級ホテルに負けず劣らず、此処も立派なものだ。
足元は塵一つないつるりとした大判タイルが照明の光を反射させ、ソファやベッドの足元には毛足の長い絨毯が敷かれている。
窓にはステンドグラスがあしらわれ、陽のある内はそれが部屋の中を美しく照らしだすだろう。
生憎、ラグナがホテルに到着したのは夜であったが、それでも消灯すれば、月明かりを色付けるガラスが空間の特別感を演出した。
他国の大統領の宿泊場所として提供するにも、申し分のない格だろう。

 スコールが先んじて部屋に入り、安全チェックを入念に確認してから、ラグナはようやく一息つくことが出来た。


「ふぅ。今日のお仕事は終わりだな」
「ああ。次は明日の午前九時、それまでゆっくりすると良い。ではスコール君、後を宜しく頼むよ」


 キロスに言われて、スコールは静かに瞑目して応じた。
ウォードもまた、宜しく、とスコールの肩を叩いて、部屋を出て行く。

 旧友たちも退室し、残ったのはラグナとスコールのみ。
ホテルの同フロアには、大統領護衛の為に同行したエスタの兵と、依頼を請けてスコールと共に派遣されたSeeDが警備に立っている。
スコールは最も近い位置での護衛を持っている為、このまま同室で過ごすことになっていた。

 詰まる所、朝まで二人きりなのだ。
ようやく人目から解放されて、ラグナは嬉しそうにスコールを見た。


「スコール。ちょっと探検しようぜ」
「……子供か、あんたは」


 素に戻った喋り方で呆れた表情を浮かべるスコールに、ラグナは上着を脱ぎながら、


「だってこんなに広いしさ。ちょっとテンション上がるだろ?」
「……別に」
「でも毎回付き合ってくれるよな、お前」
「警護対象を一人でウロウロさせられる訳がないだろ」


 はあ、とスコールは溜息を吐いて、部屋の奥へと向かうラグナの後を追う。

 部屋は三つに分かれており、リビングダイニングを中心に、キングサイズのベッドをそれぞれ備えた寝室が二つ、反対側に脱衣所と続きでバスルームがあった。
どの部屋も窓が大きく、ドール港の夜景を楽しむことが出来る。

 ラグナは並ぶ寝室の戸口に立って、隣に立っている少年を見た。


「お前、どっち使いたい?」
「……左」


 しばし考えた末にスコールが指差した左の部屋は、その壁向こうが外になっている。
右の部屋の場合、壁の向こうはフロアのパブリック通路で、護衛の兵が常駐している筈だ。
此処は高層ビルの上部で、地上も随分と遠くにあるが、訓練された人間は空中からでも侵入作戦を敢行することが出来る。
スコールは自身の経験から、それを嫌と言う程理解していた。
それを加味して、万が一、侵入者が外から来るとして警戒するならば、通路側より、警備の置けない屋外側だろうと判断した。


「そっか。じゃあ俺はどうしようかな」
「どうって、あんたはそっちだろ」


 部屋は二つしかないのだから、とスコールは右の部屋を指すが、


「でもベッドがデカいだろ。二人で使っても問題ないから、折角なら一緒でもいいな〜って思ってさ」


 ラグナの言葉に、スコールは判り易く眉根を寄せた。

 ベッドは確かに大きく、一人分として見るには余りある広さがあった。
大の男が二人で寝転んでも窮屈にはならない。
それぞれのベッドに枕が二つずつ並べてある所を見ると、夫婦や家族で共寝に使うことを前提にしているのだろう。
それを思えば、ラグナの言葉は単純に悠々としたその広さを楽しもうとしているように聞こえるが、しかし。


「……いやだ」
「そうか?」
「嫌だ」


 スコールは頑として主張した。
幾らベッドが広いからと言って、それを理由に他人と寝床を共有することを、スコールは好まない。
場所がなければ仕方のないこと、訓練もしているから割り切れるつもりはあるが、今はその時ではないのだから、厭を訴えても良いだろう。

 だがそんな理由以上に、スコールの主張には別の意識が判り易く滲んでいた。
ラグナの言葉に対し、僅かな沈黙の間に浮かんでしまった顔の赤みが、彼の身の内に紛れ込んだものを示している。


「俺は一人で寝る。あんたはそっちだ」
「警護の為にも、一緒に寝た方が良いんじゃねーの?」
「……絆されないからな」


 スコールが優先しそうな事柄を引っ張ってみるラグナだが、スコールは跳ね除けた。
蒼灰色が威嚇するようにじろりと睨む。
しかし、赤らんだ頬が照明に煌々と照らされているものだから、ラグナはまるで物怖じしない。


(意識しちゃってんの、可愛いなあ)


 眉を吊り上げているスコールを見て、ラグナはそんなことを思う。
口を滑らせなかったのは、言えばスコールは揶揄われているとヘソを曲げるのが判ったからだ。
冷静を作っているようで、案外と面の皮は脆く剥げ易い少年の初心さに、ラグナはこっそりと喜んでいた。

 だが、嫌と言われてはしょうがないと、ラグナは大人しく引き下がった。
少しばかり残念な気持ちはあったが、明日もラグナは公務があるし、無論、スコールの警護も継続される。
きちんと休もうと思ったら、寝床は同じにしない方が良い。
そうと判る位には、久しぶりの逢瀬であったものだから、此処は敢えての我慢を選択するしかなかった。


「判った。じゃあ俺はこっちの部屋な」
「……ん」
「じゃあ明日に備えて、寝る準備すっか。風呂、先に入っても良いか?」
「ああ」


 バスルームも広々としているので、二人で入ることは出来るだろう。
しかしスコールが嫌がるのは明らかだったので、ラグナは此処も大人しく、一人で入ることにした。
ラグナが体を洗っている間に、スコールはラグナの寝床になるベッド回りを諸々確認するだろう。

 ラグナが脱衣所で服を脱いでいると、服置き場にと供えられた棚の天板に、幾つか物が置いてあるのが目についた。
入浴剤か何かかと手に取ってみると、オーガニック風の模様と共に薄水色で『condoms』の印字がある。
その他、棚の引き出しの中には、なんとも艶めかしい色合いを意識したカードが数枚入っており、それらには店名と電話番号が書いてあった。

 なんとなく急に現実に引き戻された気がして、ラグナはくしゃりと髪を掻いた。


(まあ、世話になる奴もいるんだろうしなあ)


 夫婦でこうした豪華なホテルを使うことは勿論、商人貴族がこの手の店から人を呼ぶこともあるだろう。
こういう場所に用意されたように置かれている所からして、何らかの提携もあるのかも知れない。
ホテル側が話をつけている店なら、トラブルの種も少なくて済む───と使う人間もいるだろう。

 ラグナは、見付けたものを浚って、引き出しの中に入れた。
気付かなければ放置していただろうが、見付けてしまったものだから、視界に入ると色々と水を差すものがあった。


(安全確認してるから、多分もう見ちまってるんだろうけどなぁ)


 今更のこととは思いつつも、ラグナは棚の上をすっかり空にして、ようやく良しと思うに至った。




 ラグナが風呂を上がってから、スコールも手早くシャワーを浴びた。
警護任務の最中だとあってか、スコールは汗を流しただけで済ませたようで、髪も乾かし切らずに上がっている。
それをリビングダイニングで迎えたラグナは、髪拭いてやるよ、と言った。
スコールは判り易く顔を顰めたが、溜息ひとつで応じた。

 それからラグナは他愛のない話を喋っていたが、時計の短針が真上を向く前に、「そろそろ寝ろ」とスコールに言われた。
ラグナはまだまだ喋り足りなかった───と言うより、構い足りない───が、明日も仕事である。
スコールは警護として神経を使うし、今日一日もその状態だったので、疲労感もあるだろう。
名残惜しかったが、ラグナは大人しく寝床に向かった。
スコールもラグナがベッドに入るのを確認して、改めて各部屋の安全確認を済ませてから、自分のベッドへ向かったようだ。

 それから───それから。
ラグナも一日の疲れはあったし、程なく眠れるだろうと思ったのだが、待てど暮らせど、睡魔が来る気配はない。
寧ろ意識はクリア過ぎる程で、まんじりともしない時間を延々と寝返り打って過ごしていた。


(……なんだ?これ)


 睡魔がやって来ないだけでなく、じんわりと、じっとりと、体が熱い。
良く言えば血の巡りが滑らかで、脳がぐるぐると動くように活性化している感覚もある。
とても眠る為の状態にはなっていない。

 仕方なくラグナは起き上がった。
今日はカジノと言う場所に行ったので、目や耳から浴びた洪水のように派手な情報の所為かとも思ったが、脳の覚醒には多少影響はあっても、体の方は違うのではないか。
どちらかと言えば、あれだけ刺激を貰った後だから、疲労感もあって良さそうなものだ。
と言うより、疲労感自体はあるので、気持ちとしては早く休んで明日に備えたい、と思う。

 うーんと頭を掻いていたラグナだったが、はたと、自身の状態と言うものに気付いた。
肌ざわりの良いバスローブの併せの下で、中心部が膨らんでいる。


「……こいつかあ。いや、でも、どうしようかな」


 呟いて、ラグナはベッド横の壁を見る。
その向こう側には、護衛として付き添っている少年が眠っているだろう。


(邪魔しちゃ悪いよなあ。駄目だって言われたし)


 彼との逢瀬が久しぶりであったこと、そうとなれば勝手に膨らむ期待もあった。
しかし、赴くままに掻き抱けば、明日の仕事に支障が出てしまう可能性もある訳で、それは彼が望まないだろう。
存外と世間知らずで寂しがり屋な少年を篭絡するのは、ラグナにとって決して難しいことではなかったが、彼を本気で困らせることを厭わない訳でもない。


「……自分でどうにかするか」


 愛しい子がすぐ隣にいるのに、それは少々虚しい所はあったが、今夜は仕方がない。
出すものを出せば、朝までに一寝入り位は出来るだろうと、ラグナはベッドを抜け出した。

 フットライトの灯りを頼りに、ティッシュくらいは欲しいと部屋の中のアメニティを漁ってみる。
と、ふと脱衣所で見付けたアイテムのことを思い出して、あれが一番手っ取り早いと悟る。
あれだけ使わせて貰おう、と部屋を出た。

 何かあった時の為にか、リビングルームも脱衣所も、煌々と灯りが付いていた。
寝室の暗さに目が慣れていたラグナは、広量の差に目を細めながら、脱衣所に入る。
記憶にある引き出しを開けると、思った通り、入浴前に見付けた諸々が其処に入っていた。
アイテムはサイズやら厚みやらメーカーやら、客の好みの幅に応えられるように色々と揃っていたが、ラグナは適当にひとつ取る。

 そのまま部屋に帰ろうと、くるりと踵を返した所で、戸口の前に佇んでいる少年と目が合った。

 少年───スコールは、白いシャツにいつもの黒のタイトなパンツを履いている。
夜間に何か起きた時、すぐに動けるように備えていたのだろう。
それでも、いつものファーのついた上着や、要人警護中に着ているSeeD服の井出達ではない分、ラフな格好と言える。
だから恐らく彼も休んでいたのだろうが、


「ありゃ。起きてたのか?」
「……」
「それとも、起こしちまった?」


 ラグナはそう言いながら、じっと見詰める蒼灰色に、手に持っているものを隠すようにポケットに入れる。
後ろ暗い訳ではなかったが、今夜そう言った気分ではないであろう少年に、欲が昂った状態であることを露骨にするのは、聊か気が引けた。
ラグナなりの、配慮であった。

 ───が、その仕草が少年にとっては、別の意図を孕んで見えた。


「……呼んだのか」
「ん?」
「……俺が嫌だって言ったから」


 ラグナを見つめる蒼灰色の瞳は、泣き出しそうに揺れている。
その表情と、先の少年の言葉を受けて、あ、とラグナは理解した。
これは、誤解している、と。

 ラグナはすぐにそれを訂正しようとした。
しかしラグナが口を開くよりも早く、スコールは眉尻を吊り上げて、ずかずかと大股でラグナの傍まで近付いてきた。
鬼気迫らんと言う表情に思わず驚いていたラグナだったが、その間にスコールは、ラグナの前にしゃがみこんで、バスローブの紐と引っ張り解く。


「えっ、おい、スコール」
「うるさい」


 流石に慌てたラグナに、スコールはぴしゃりと一蹴すると、バスローブの中にあった下着をずるっと下ろした。
止める間もなく露出させられた中心部が、少年の眼前に突き付けられる。
それはラグナが思った通り、血の巡りによって強く張り出していた。


「……!」


 鼻先に現われた象徴の膨らみ具合に、スコールが目を見開く。
スコールはそれをまじまじと見つめた後、こくりと小さく喉を鳴らし、意を決した表情で、緩く口を開きながら其処へ頭を寄せて行く。


「おい、スコール───」


 スコールが何をしようとしているのか判って、ラグナはストップをかけようとしたが、少年は聞き入れなかった。

 小さな唇が、ちゅう、とラグナの鈴口に触れる。
分かってはいたが、刺激を貰うとやはり腰が震えた。
そんなラグナの反応をちらと見て、スコールは竿に右手を添えて、左手は捕まえるようにラグナの太腿を抱えて身を寄せる。
そのままスコールは唇を緩めて行き、ゆっくりとラグナの中心部を咥内へと招き入れて行った。


「んむ……ぅ……っ」
「う……っは……!」


 生暖かく柔らかい感触に肉が包み込まれて、ラグナの喉から押し殺した息が漏れる。

 スコールの咥内で舌が蠢き、肉竿を丹念にしゃぶり始めた。
窄めた唇が、肉を包む薄い皮膚に唾液の膜をまぶして行き、頭が前後に動くと、ぬらりとした肉棒が小さな口を出入りする。


「んっ、んっ……!ん、んむ……っ!」


 スコールは両目を細めて、一心不乱に頭を動かしていた。
竿を握った右手が根本のあたりを柔く握り、其処にある敏感な神経を起こそうと試みる。
右手が小刻みに上下に動いて扱いてくれるものだから、ラグナはせり上がって来る感覚に息を詰まらせた。


「……スコー、ル……っ」
「あむぅ……っ」


 名を呼ぶラグナに構わず、スコールは雄を口の中へと招き入れた。
艶めかしい感触に包み込まれるのを感じて、ラグナの腰がぶるりと震える。

 咥内でどくどくと脈打つ存在感に、スコールの双眸がうっそりと細められる。
その表情は、まるで優越感に浸っているような、意地悪の成功を喜んでいる、少し捻くれた子供のようにも見えた。

 スコールは唇をすぼませて、ちゅうう、と雄を啜る。
根本に蓄えられているものを啜り出そうとしているのが判って、ラグナは奥歯を噛んでそれを堪えた。


「っく……、う……っ!」
「んちゅ、ちゅうぅ……っ!ん、ふぅ……んんっ」


 精を吸い出そうとするスコールと、その衝動に抵抗しているラグナ。
ラグナは傍にあった鏡台の天板に片手を突いて、膝から力が抜けそうになるのを耐えていた。
座り込めばスコールはそのままくらいついて来るだろう。
そうなると、いよいよ動けない。


「スコール、ちょっと、待てって……!」
「んむ、むぅう……っ」


 宥めようとするラグナだったが、スコールは聞きたくないと言わんばかりに、雄を根本まで咥え込む。
小さな口の中がラグナの雄で一杯になり、スコールは息苦しそうに眉根を寄せていた。
それでも、これは放すもんかと、ラグナの股間に顔を押し付けるようにして、奉仕を続けている。

 雄の根本を緩く握っていたスコールの手が、其処を柔く揉んで刺激する。
血管に直に刺激を与えられているようで、ラグナの躰がびくびくと反応を示した。
スコールの咥内では、鈴口からとろりとしたものが零れ出している。


「んれろ……んちゅぅ、ぢゅぅ……っ!」


 唾液に濡れた舌が雄の頭に絡みつき、先端を強く吸った。
どくん、とラグナの下腹部が戦慄いた直後、どぷっ、と濃い白濁液がスコールの咥内へと吐き出される。


「っあ……!」
「んん……っ!」


 堪えていたのに、とラグナが眉根を寄せている間に、スコールは注がれたものを余すことなく受け止める。
雄で唇に蓋をしたまま、咥内で舌をうねうねと動かし、まるでラグナの味を堪能しているかのようだ。

 口いっぱいに広がるラグナの精を零さないように、スコールは懸命に喉を動かしている。
こく、ごくん、と数回に分けて嚥下を繰り返した後も、彼はまだラグナから離れなかった。
雄にまとわりついている精の証を、いやらしく蠢く舌が丹念に舐め取っている。
ねっとりと絡みつく肉厚で温かい舌の感触に、ラグナは堪らず、はあっと熱の籠った息を吐いた。


「スコール……、もう、出たから……」
「んんぁ……っ」


 離れて、とラグナがスコールの頭を撫でる。
普段はそれで聞き分けてくれるものだった。

 しかし、スコールはいやと言う表情を受かべてラグナを見上げている。
物言いたげな瞳をしながら、雄をしゃぶって見上げて来る少年の姿に、ラグナはいつも密かにしている嗜虐心が刺激されるのを自覚して、


(ちょっと、やばいかも。なんで今日はこんなに───)


 興奮のような、高揚のような、突き動かされるような衝動が湧き上がってくる。
それは少年をこの手で抱く時にはいつも少なからず自覚するものだったが、それでも自制が出来ていた。
甘やかされることに不慣れで、けれど愛に飢えている少年を、悪戯に壊さない為の自制が。
───それが今、箍が外れかかっているのが判る。

 そんなラグナの様子に、スコールが気付いている様子もなく。
彼は沈黙したラグナに、己の行為が咎められている訳ではないことだけは理解して、また雄をしゃぶり始めた。


「んちゅ、んっ、んっ……!ん、ぷ……んん……っ!」


 ラグナの太腿に手を添えて、スコールは懸命に頭を前後に動かし、口淫奉仕に耽っている。
薄いピンク色の唇が、ラグナの屹立した雄を何度もなぞり、唾液を絡めては啜る。
雄は白と透明な唾液が交じり合って、ぬらぬらと艶めかしく濡れていた。

 ラグナは窄めた目で、傅いて口淫している少年を見つめていた。
一心不乱に雄をしゃぶるスコールは、夢中になっていることは勿論だが、それよりも必死さがある。
此方の話を聞かないのも、どちらかと言えば性的なことにはやや受動的な節があることを思えば、どうしたのかと思うくらいには様子が違っていた。

 だが、ラグナはスコールのそんな行為を止めてまで、どうしたんだと聞いてやる余裕もなかった。
スコールが自分の肉欲を啜っている、と言う現実を見ているだけで、体の奥から湧き上がってくる熱が止まらない。
この刺激が久しぶりのものだから、と言うこともあるのだろうが、それ以上に、体が勝手に体温を上げている気がした。


「ふぅ、ふぅ、んん……っ!んちゅ、んれ……んむぉ……っ!」


 スコールは荒い鼻息をしながら、雄を唇で扱いている。
ちゅぽちゅぽと音を立てながら肉棒が出入りする唇が、酷く淫靡で煽情的だった。
まるで精の魔物にでも取り付かれたように、スコールはラグナを味わっている。

 同時に、しゃがみこんだスコールの腰が、ゆらゆらと揺れていた。
太腿を擦るように膝を寄せ合わせる仕草もあって、見下ろすラグナから確認は出来ないが、きっと彼も勃っているに違いない。
何より、細められた瞳は、目の前にある熱を羨望して已まなかった。


「っは……スコール……」


 何度目かのスコールの名を呼ぶラグナの声には、甘いものがあった。
ベッドの中で聞くばかりのその声を、奉仕に夢中だったスコールはしっかりと聞き分けて、濡れた蒼が見上げる。
じい、と見つめるブルーグレイが、口に咥えたものを、より深い場所で欲しがっていた。

 ラグナが濃茶色の髪を指で梳くと、スコールはうっとりと双眸を細めた。
唇に咥えていたものがゆっくりと出て行き、開放されると、わかりやすく頭を起こす。
目の前で起立している一物を、スコールはじっと見つめて、もぞりと腰を揺らした。


「……ベッド行こう、スコール」
「……ここでいい」


 待ちきれない、とスコールは言った。
愛しい少年のそんな我儘は、ラグナも愛おしくはあったが、


「いや、部屋に戻ろう。ベッドの方が色々楽だろ。体勢とか」
「……」
「お前の事もちゃんと可愛がってやりたいから」


 紅潮した頬を撫でながらラグナが言うと、スコールは少し悩むように沈黙したあと、こく、と小さく頷いた。

 スコールは、唾液の糸を残している唇を、今更に手の甲で拭いながら、のろのろと立ち上がる。
屈んでいる間は見えなかった中心部が確認できるようになって、見れみればラグナが思った通り、其処はテントが膨らんでいた。
そしてよくよく見ると、ズボンのフロントホックが半分ほど緩んでいる。
寝ている間に緩んだのか、はたまた───後で確認してみよう、とラグナはこっそりと思った。