花あわいの形
スコール誕生日記念(2025)


 スコールがバッツから「フリオの誕生日をお祝いしようと思うんだ」と言う話を聞いたのは、十日ほど前のことだ。
何とも暢気な話だと思ったが、どうやらスコール以外の戦士たちは、この流れに乗り気らしい。
それなら自分一人が反対しても意味もない、とスコールも流される形で、誕生日会の準備をする彼らに協力することになった。

 準備と言っても、スコールが行ったことは大した事はない。
誕生日会当日に何を準備するかの話し合いであるとか、料理のレシピを確認したいからキッチンを占領する必要があるとか、そう言った時にフリオニールを秩序の聖域から連れ出す役目を任された。
時折、手が足りない時には、買い物の荷物持ちを引き受ける。
あとは、「正直だし、つまみ食いはしない人だから」と言う理由でキッチンに呼ばれて、当日の夕飯に出す料理の味見をした程度だろう。

 そして迎えたフリオニールの誕生日は、サプライズとしても成功し、フリオニールは目を丸くして驚いていた。
誕生日をこうして盛大に祝うと言う習慣は、彼の感覚ではなかったらしい。
それもあって、フリオニールは一層眩しそうに目を細めて、嬉しいのと恥ずかしそうなものが混じった顔で笑っていた。

 夕飯も兼ねて用意された種々の肉料理は、フリオニールは勿論、健啖家の若者たちを大いに満足させた。
スコールも肖って、きつね色に焼けた皮つきの鶏肉を頂いている。
ちなみにフリオニールは、料理を作った面々からは勿論、ジタンやバッツ、ヴァンからあれも食べろこれも食べろと肉も野菜も山盛りにされていた。
それを全て平らげて見せるのだから、彼も律儀なものである。

 ティファとユウナとバッツが腕によりをかけて用意した料理は、デザート類も含めて、すっかり綺麗になくなった。
ジェクトが祝いの席なら必要だろうと、モーグリショップから樽で購入して来た酒も、半分はなくなったと言う。
残りはまた、日常の中の趣向品として消費されていくだろう。

 賑々しかった夕食の席も、デザートを食べ終えてしばらくする頃には、緩やかに終わりの時間を迎えていた。
テーブルの上の食器をティファが片付け始めたのを見て、ユウナが手伝いに行く。
それを見てから、スコールも細々としたものをキッチンへと運び入れていく。

 と、其処にフリオニールも加わっているのを見て、スコールは呆れた。


「おい……」
「ああ、スコール。これは何処に置いたら良い?」


 声をかけたスコールに、フリオニールは両手に空のグラスを持って尋ねる。
スコールは溜息交じりに、キッチンのシンクの横に並べておくように言った。

 濡れ布巾でダイニングテーブルを拭くスコールの耳に、キッチンから仲間たちの声が聞こえた。


「あ、フリオニール。片付けは私たちでやるから、貴方はゆっくりしていてよ」
「いや、食器も結構な数だろ?手伝えることは手伝うよ」
「ありがとう。でも、今日は貴方の誕生日パーティなんだから、主役にこんなことさせる訳にはいかないわ。ね、ユウナ」
「そうですね。お風呂がもう沸いてる筈ですから、今度はお風呂でゆっくりどうぞ」
「でも、皆の方が疲れてるだろう。こんなに色んなことしてくれて……俺はもう十分楽しませて貰ったし、皆こそ先に休んでくれ」


 フリオニールの声を聞きながら、スコールはひとつ溜息を吐く。
彼らしいと言えば彼らしいが、相手はティファとユウナだ。
フリオニールの気遣いの気持ちは受け取っても、この場を譲ることはない。


「ほら、良いから良いから。今日のフリオニールは、ゆっくりすること。はい、お風呂に行ってらっしゃい!」
「お、おい」


 スコールの予想通り、フリオニールはティファに押されてキッチンを追い出された。
良い笑顔で手を振り見送られては、フリオニールが勝てる訳もなく、赤い瞳は少々困った表情を浮かべながら、仕方ないか、と踵を返した。

 ダイニングにいたスコールと、フリオニールの目が合う。
フリオニールは照れ臭そうに笑って、


「じゃあ、ええと、その……すまないな、片付けを任せるよ」
「……ああ」
「風呂を上がったら、また来る。寝てる奴を部屋に運んでやらないといけないしな」


 そう言ったフリオニールの視線は、リビング側のソファで寝潰れているジェクトとヴァンに向けられていた。
確かに、彼らをこのまま放置は出来ないが、とスコールは溜息を堪えつつ、


「こっちでなんとかするから、あんたは気にしなくて良い」
「そうか……?全部任せっきりにするのは、なんだか気が引けるんだよな」
「……誕生日の主役なんて、そんなものだ。祝いの席なんだから。逆に主役が率先して片付けをしてたら、他の奴らもやらなきゃいけないって空気になって、気を遣う。主役なんてふんぞり返ってるくらいで良いんだ」


 スコールの言葉に、フリオニールはくすりと笑う。


「ふんぞり返るなんて、そんなこと。でも、うん、それじゃあ今日は大人しく休むことにするよ」


 どうやら、フリオニールはスコールの言葉を、宥める為の冗談か何かだと思ったらしい。
実際、フリオニールがソファにでも足を組んでふんぞり返る様子は思い浮かばないが。


「じゃあ、部屋に戻るよ。今日はありがとう、スコール」
「……別に、俺は何もしていない」


 然したる覚えもない感謝の言葉に、スコールは眉根を寄せる。
フリオニールは、小さく首を横に振って、


「準備の為に、スコールも色々やってくれたんだろ。勿論、それはスコールだけじゃなくて、皆そうだろうとは思うけどさ」
「……」
「こうやって予定を決めて、皆が集まってくれるのも嬉しかった。良いものだな、誕生日を祝うって。スコールの番が回ってきたら、俺もスコールを目いっぱい祝うよ」
「……それは、気持ちだけ貰って置く」


 フリオニールの無邪気な言葉に、スコールは意識的に無表情を保った。
そうしないと、自分を中心に据えた騒がしさを想像して、眉間の皺を深めそうだったからだ。
フリオニールとしてはあくまで厚意のことであることが判るので、不躾と取れる態度は抑える。

 フリオニールは、ダイニングテーブルの端に置いていた、両腕で抱えるサイズの箱を取った。
中身は、気の良い仲間たちがそれぞれに用意したプレゼントだ。
スコールがジタンやバッツにせがまれる形で選んだもの───武器を磨くのに使う消耗品の詰め合わせも、あの中に納められている。

 廊下へのドアが開いて、ルーネスが顔を出した。


「あ、いたいた、フリオニール。お風呂が沸いてるから、温かい内に入ってよ」
「ああ、そうするよ。そうだ、ルーネスも一緒にどうだ?」
「良いの?」
「こんなパーティの準備をしてくれて、疲れてるだろ。背中流してやるよ」
「別にそんなの気にしなくて良いのに。でも、やってくれるなら、お願いするよ」


 されるばかりでは落ち着かない、と言うフリオニールの気持ちを、ルーネスは汲んだようだ。
二人揃って出て行くのを、スコールはなんとなく見送った後、ダイニングテーブルの拭き掃除を再開させた。

 テーブルの天板が十分に綺麗になる頃には、キッチンでも洗い物が概ね終わっていた。
掃除に使った布巾は、ティファが「洗っておくよ」と引き取ってくれた。
リビングソファで寝ていたジェクトとヴァンは、それぞれカインとセシルが運んで行ったので、静かなものである。


(……やっと終わった)


 ふう、とスコールはようやくの一息を吐く。

 キッチンを預かるティファを筆頭に、スコールよりも余程働いた者は多いが、スコールはとかく騒がしいのが苦手だ。
祝いの席とは言え、最初から最後までその場に留まると言うのは、中々に労力を使う。
だが、豪華な夕食に相伴させて貰ったのは有難かったし、楽しそうにしている面々に水を差すのも後を引きそうなので、文句をつけようと言う気もない。
ただただ、少し疲れた、そう思うのであった。

 取り合えず、部屋に戻ってしまおう。
キッチンからティファとユウナの声は聞こえるが、キッチンは決して広くはないし、あそこに手を出しに行っても邪魔になるのが関の山だ。
今日の主役も引き上げたし、片付けも終わったのだから、もう休んでも良い筈だ。

 リビングダイニングを出て、廊下の向こうの階段へと向かう。
外はとっぷりと夜が更けていたが、屋敷の中では、まだ仲間たちが活動している気配が其処此処にあった。
ダイニングの片付けの場にいなかった面々は、倉庫にでも行っているのだろう。
祝宴の席に使った道具の片付けのついでに、明日以降の準備でもしているのかも知れない。

 スコールはと言うと、明日は秩序の聖域内で待機番となっている。
今夜は聊か疲れた気持ちが否めないから、朝の活動はゆっくりにしても良いか。
そんなことを思いながら、階段の一段目に足をかけた所で、


「いたいた、スコール!」


 弾む呼ぶ声に眉間の皺が寄るのは、昨今の条件反射のようなものだった。
いつの間にか聞き馴染んだ声に、仕方なく振り返ってみれば、思った通り、バッツが此方に駆け寄って来る。
その隣には、ジタンの姿もあった。


(……面倒だな)


 バッツとジタン───何故かは判らないが、何かとスコールにじゃれついてくる二人である。
時に背中から飛びついて来ると言う行いを頻繁にやってくれる仲間に、何度もその勢いに押し倒されたスコールが顔を顰めるのは、無理もない。

 二人はスコールの前まで来ると、「間に合った間に合った」と笑った。
確か彼らも倉庫に行っていた筈だが、とスコールは眉根を寄せつつ、呼び止められたと言うことは、と用向きを予測する。


「何の用だ。明日のことなら、俺は待機番だから、何処にも行かないぞ」
「うん、判ってる判ってる」
「残念だけどなー。素材集めするから、また競争できると思ってたのに」
(毎回あんた達が勝手にやってることだろ。俺は参加するなんて一言も言ってないのに)


 いつも有無を言わさず引っ張り出されては、勝手に開催される競争に、スコールは何度溜息を吐いたか判らない。
その癖、勝手にやっていろと無視すると、数の勝負で敗退させられるのは業腹なので、結局はレースに応じているスコールであった。

 だが、明日は順繰りで回ってきた待機番だ。
誰かが順を替わって欲しいと言うのならともかく、今の所は、そう言った予定もない。
スコールは明日、何か起きるようなことでもなければ、秩序の聖域から離れるつもりはなかった。

 ジタンとバッツも、それはちゃんと理解している。
彼らの用事は、もっと別のものだった。


「これをさ、スコールに渡そうと思ってたんだ。やっぱり今日の内が良いだろうって」
「……?」


 バッツが差し出したものを見て、スコールは眉根を寄せる。
それは手のひらに収まるサイズの小さな丸い容器だった。
素材は陶器、形は平たい壺のようで、蓋は紙を被せて紐で縛り封にしている。

 一体この容器はなんなのか、中身は何が入っているのか。
正体不明の代物を差し出され、顔を顰めてバッツの手の中のそれを睨むスコールに、バッツの方から説明される。


「おれが作った薬だよ。怪我した時に塗れば、止血に使えるし、そのまま包帯を巻いても大丈夫だ」
「……なんでこんなものを俺に渡すんだ」
「だってスコール、よく一人で何処か行っちゃうだろ。見回りでもなんでもさ。そう言う時、これならポーションほど嵩張らないから、邪魔にならずに持って行けると思って」


 壺瓶の中身と、これを渡す理由について言うバッツだが、スコールはそうじゃない、と眉根を寄せた。


「渡すのなら、フリオニールだろう。あいつの誕生日祝いなら、直接───」
「あはは、うんうん。そりゃそう思うか」


 スコールが最後まで言い終わる前に、バッツはそれを塞ぐようにして笑った。
その隣では、ジタンもまた、機嫌が良さそうに尻尾をゆらゆらと揺らしながら、笑みを浮かべている。
二人がやけに機嫌が良いことが感じられて、反比例にスコールの眉間の皺は深くなった。

 バッツはスコールの前に一歩出て、スコールの手を取った。
予告もなく触れて来たバッツに、スコールは反射的に半歩を引こうとしたが、左手はしっかりとバッツに掴まれている。
その手に、バッツは持っていた薬瓶を置いた。


「今日はフリオの誕生日パーティをしたけどさ。誕生日が近いのは、スコールもだろ?」
「……は?」
「8月生まれだって言ってたからな。だからスコールにも、プレゼント」


 そう言ってバッツは、スコールの手に薬瓶をしっかりと握らせた。

 バッツが言っているのがどういう事なのか、虚を突かれた気分で立ち尽くすスコールに、ジタンが近付く。
ジタンはスコールの右手を捕まえると、其処に自分の手を重ねた。
ころん、と何か小さなものがスコールの手のひらに転がる感触が伝わる。


「オレからはこれな。スコール、魔法の耐性がちょっと薄いみたいだから、その辺を防げるようにってことで。ピアスにしたけど、まあ身に付けなくても、持ってればお守りくらいにはなるさ」


 ジタンが手を離すと、濃い青色をした宝石を嵌めたピアスが一対。
対のデザインであるものの、何処か微妙に不揃いになっている理由は、ジタン自ら齎された。


「オレが手作りしたもんだからな。あっちこっちの異世界を探したって他にない一点物だぜ。なくさないでくれよ?」


 ゆらりと尻尾を立てて釘を差すジタン。
自慢の品と言わんばかりの得意げな表情に、スコールは手の中の輝石に視線を落とした。

 流石、手先が器用なジタンと言うべきか。
意匠の歪みが判ると言っても、それで見栄えが衰えるかと言われれば、そうではない。
画一された工場の規格ではなく、作り手の癖や味が感じられる。
これを宝石やアクセサリー職人ではないジタンが作ったのか、と思うと、確かにスコールも感心する出来栄えだった。

 スコールがピアスを見詰めている間に、ジタンとバッツは顔を見合わせて笑い合う。


「じゃ、そう言う訳だからさ。おれ達からのプレゼント、大事に使ってくれよな!」
「ってことで、今日はおやすみ!」


 二人はそれぞれにスコールの肩を叩いて、階段を駆け上がって行く。
おい、とスコールは思わずその背を追って振り返るが、彼らは既に踊り場を曲がって更に上へと行っていた。
既にスコールから二人の姿は見えず、ばたばたと騒がしい足音も遠退いて行く。

 一人置き去りにされた格好で立ち尽くすスコール。
静かになった階段をしばし見詰めた後、両の手に残されたものを見て、首を捻る。


(誕生日プレゼント?俺の?)


 確かに、自分は8月生まれだ。
それは以前、バッツに誕生日について聞かれた時にも、確信を持って答えられたことだった。
そして、今がカレンダーで8月となっているのも判っている。

 ───だから?と言うのが、スコールの率直な思考であった。

 両手に残されたものを見ても、これ以上の疑問の回答は来ない。
ふう、とスコールは諦める気分で溜息を吐いて、両手それぞれに収まっているものを握った。
経緯とその理由についてはともかくも、この闘争の世界で日々を過ごすに当たり、有用なものを貰ったのは確かである。
あの二人のことだから、要らない世話だと突き返した所で、返品不可だと受け取らないのが想像できた。


(バッツの薬は、確かに効く。魔法系の攻撃を防ぐ道具も、あれば助かる。邪魔にはならない……)


 これを受け取ることを自分に納得させるように、胸中でそう並べて、スコールはそれぞれのプレゼントをジャケットのポケットに入れた。
バッツの薬の壺瓶は流石に其処に納めるには窮屈だったが、嵩張らないのは助かる。

 部屋に戻ろう。
スコールはそう思って、階段を上り始めた。
が、その足が折り返しの踊り場に乗った所で、


「あ、お、スコール!」


 少々ひっくり返るような声で名前を呼ばれて、スコールの眉間にはまた皺が寄った。
その声の主を、振り返らなくても理解したことで、また更に。

 今度はなんだ、と不機嫌を隠さない目で振り返れば、階段下にはラグナが立っている。
心なしか息を弾ませている彼は、確か、明日のパーティに使った道具の片付けと、明日の準備の為に、倉庫に行っていた筈だ。
戻ってきたと言うことは、それも済んだと言うことなのだろうが、それで何故自分が呼び止められるのだろうか。

 蒼と碧が見合って、しばしの沈黙。
普段は口を封じられても何か喋ろうとするような男が、半開きにした口をそのまま動かさない。
息を整えているから、とも見えるが、そんなものは数秒もすれば落ち着いていた。


「……なんだ」


 何故だか此方を見上げたままで動かないので、仕方なくスコールの方から口火を切った。
それは、用があるならさっさと済ませてくれ、と言うのが本音だったのだが、ともあれラグナを次の行動に進ませる切っ掛けにはなったらしい。


「あ、あー……えっと。あのな」
「……」
「ちょっと待ってくれな。んんっ」


 ラグナは頭を掻いたり、足元を擦ったりと落ち着かない。
分かり易い咳払いまでして、ついでに発声練習のようなものも始めた。

 一通り気を落ち着かせる儀式を済ませてから、ラグナはスコールの傍まで階段を上がる。


「あのよ。あのな」
(……なんだよ)
「ちょっと、渡したいモンがあってさ」
(あんたも?)


 バッツとジタンの二人に続いて、ラグナまで。
さっきの今と言うこともあって、スコールの頭は必然的に、二人と目の前の男の行動の理由を結び付けていた。

 ラグナは、何かを背中に隠していた。
左手がずっと背中に回っており、何度か肩越しにそれを見遣っては、ううんと籠った声を零す。


「あー、その、な。今日な、フリオニールの誕生日パーティやっただろ。でさ、フリオニールが夏生まれだってんで、今日にやったけどさ、8月って言ったらお前も誕生日なんだろ?」
(やっぱりそれか)
「だったらさ、お前のお祝いもしてやりてえなって思ってさ」
(別に必要ない。気にしてなかったし)
「んでさ、お祝いするならプレゼントがいるなって。お前が喜びそうなモンとか色々探してみたんだけど、難しくってよ。何か好きなものとか、面白そうなものとか───」
(あんたの言う“面白そうなもの”って碌でもなさそうだな……)


 早口気味に話すラグナを、スコールは冷めた気持ちで見つめている。
言い募るラグナに、口を挟む暇もないな、と胸中のみの独り言が募って行く。


「それで、うん。えー……あー……」


 そわそわと、迷っているような仕草を何度か繰り返した後、ええい、と意を決するようにして、持っていたものを差し出した。


「今日なのかは判んないけど。其処んとこは置いといてさ。誕生日おめでとうな、スコール」


 にっかりと歯を見せて笑ったラグナの手には、小さな花の束が握られていた。

 花は小さな白い粒を集めたような、可愛らしいものだった。
こんな花が咲いている場所が、この闘争の世界にあるのだろうか。
豊かな土壌にある場所にこそ根付いているような、そんな花だった。

 数本を束にして、紐で簡単にまとめただけの小さな花束。
それをじっと見つめるのみで立ち尽くしたままのスコールに、ラグナがええと、とまた口を動かし始めた。


「誕生日プレゼントを選ぶのって、結構難しいのな。この世界って、変なものとか、面白いものは色々あるけどさ、人が喜んでくれそうなものってまた違うだろ。出来れば食べ物とか、使い勝手の良いものとかってのも考えたんだけど、なんか違うなあって。しっくりこないって言うか。もっとこう……意外性もあって、インパクトもあって、印象に残って嬉しくて……みたいなさ」


 意外性───成程、確かに意外と言えば意外だ、とスコールは思った。
面白いもの好きのラグナであるから、もっと珍妙なものを寄越してくるかと思ったのに、差し出されているのは小さな花だ。
だが、インパクトだとか印象だとかとなると、全くかけ離れている。
こんな小さく、何でもない、ただの花を持ってくるとは、少なくともスコールは全く予想していなかった。

 でもよ、とラグナは続ける。


「びっくりさせれるものが用意できたら、それでも良かったんだけど。お祝いだからな、そう言うのもちょっと違うかもと思ったし。あとな、俺、誕生日プレゼントってどんな感じのものが良いんだか、よ〜く考えたらあんまり判らなくてさ。お前が喜んでくれるものも、ぶっちゃけ、よく判んなかったし」
(……そんなに考える程のものか?妙なものを渡されても邪魔なだけだから、下手なものを持って来られるよりはマシだけど……)


 ラグナの止めどない言葉を聞きながら、スコールの視線は今一度、ラグナの手元へと向かう。
両手で簡単に覆うことが出来る程度の小さな花束は、じっとそこでスコールに渡されるのを待っている。


「えっと、それで。プレゼントとか贈り物って言ったら、花は定番だろ?」
(そうなのか?)
「フリオニールにも、プレゼントには花を贈ってあるんだ。あ、でもついでって訳じゃないぞ!二人とも、ちゃーんとどれが良いかなって選んで花束にしたからさ。ま、花束って言っても、俺が自分でやったから、ちょっと不格好かもだけど」
(まあ、この世界に花屋なんていないからな……)


 苦笑気味のラグナの台詞に、スコールはモーグリショップが花屋をしていることはあるのだろうか、と独り言ちる。
モーグリショップの商品は、モーグリそれぞれ、更にその時その時で変わるものだから、若しかしたら花の取り扱いもしている事があるかもしれない。
それでも、店主であるモーグリが、あの小さな手を使って花々を活ける様子と言うのは、想像できなかった。


「本当はさ、冠みたいな輪っかに出来たら良かったんだけど。色々やってみたけど、上手く出来なくってよ。まあ、その、時間もそんなになかったし、渡すまでは水に入れていられるようにした方が、長持ちしそうだったし。それで、うん、こういう形で───……」


 スコールが思考を飛ばしている間に、ラグナも喋るものが尽きたらしい。
いつの間にか二人の間には、また沈黙が下りていた。
スコールも遅蒔きにその事に気付いて、ラグナの手元を見る。
物言わぬ花は、ずっと其処で自分の行先を待ち続けていた。


(……花)


 この世界には、特殊な力を帯びた素材と言うものが、其処此処に散らばっている。
ただの石ころに見えるものでも、魔力を帯びた魔石でなくても、モーグリショップに持って行けば、何某かと交換することも出来た。
一見に判らない価値を持った花と言うのも、若しかしたらあるのかも知れない。

 しかし、ラグナの手の中にあるものは、何処からどう見ても、ただの花だ。
ラグナ手ずから束にしたと言うので、その道具や工程に特別なものがあることもないだろう。


(花なんて、別に、何の役にも立たない)


 花が持つ香りや成分に、様々な利用価値があることは、知識として知っている。
抽出した成分を含んだ香水であったり、薬として用いられるものもあるだろう。
家屋に花を飾れば彩となり、生活を豊かにする、と謂れもある。

 だが、スコールにとっては何の意味もない事だ。
まずスコール自身が花に興味がないし、それから作られた道具にも特別性を見出したりはしない。
身嗜みには必要な場合もあるが、この闘争の世界で、そんなものに意識と時間を割くこともあるまい。

 ───そう思いながら、スコールの手は徐に伸びていた。

 スコールの手が、花を持つラグナの指先を掠める。
ぴく、とラグナの指先が微かに動いたのを構わず、スコールは花束の縁を柔く包んだ。
ラグナがそうっと花を握る手の力を緩めたので、そのままスコールが花を取る。


「……」
(……なんだよ)


 翠の瞳が、丸々と見開かれて此方を見るので、スコールはそれを睨んだ。
眉間に皺を寄せて睨む青年に、ラグナも流石に自分が分かり易い態度を取った事に気付いたようで、


「あ、いや。その。意外っつーか、ちょっと、驚いたっつーか」
「……」
「花なんていらないって言われるんじゃねーかなって、思ってたもんだからさ」
「……」


 ラグナの言葉に、スコールは睨んだまま、唇を尖らせる。
心を読まれたようで気分が良くなかったが、実際にそう思っていたのも確か。
自分自身がそう言う人間であることも、よく判っていた。

 それなのに、どうして受け取ってしまったのか。
右手に収まった一束の白い花を見て、スコールはなんとも神妙な表情で、


「……誕生日に、花は───よく、貰った」
「へえ、そうなのか」
「……多分」


 自分で言ってから、スコールは、そうなのか、と思った。
自分のことを話した筈だが、その具体的な記憶は浮かばず、朧がかっている。
それでも、ラグナの問いには曖昧に頷いていた。

 ともあれ、プレゼントとして用意したものが無事にスコールの手元に渡って、ラグナは安心したのだろう。
そっか、と笑うラグナの目元は柔らかかった。


「そっか。そっかそっか。じゃ、まあ、良かったのかな」
「……」
「その花、ほんのりって感じだけど、良い匂いするからさ。それも楽しんでみてくれよ。じゃあな!」


 プレゼントを渡せて満足したのか、ラグナはぽんとスコールの肩を叩くと、追い越して階段を上がって行った。
中腹に残したスコールを、去り際に一度振り返って、おやすみ、と手を振る。

 ラグナのばたついた足音が聞こえなくなって、スコールはそれを見送っていた頭を下げた。
手元に残った花を見ると、相変わらず、花は静かに其処に存在している。
それをじっと見つめてから、


(……どうしたら良いんだ、これ)


 自分でもよく判らないまま、受け取った花束。
しかし、これを何に使えば良いものか、スコールは全く分からない。
花と言えば眺めるか、香りを確かめることで楽しむものであるが、それをしてどうするのだ、と言う気持ちも浮かぶ。
根本的に、こうした無為の安らぎを楽しめる思考回路を持っていないのだ。

 かと言って、とスコールは花を見詰めて思う。


(このままは……枯れるよな。普通は)


 ラグナがこの花をいつ何処で見付けて来たのかは判らないが、取り合えず、生花を切って束ねた、シンプルなものであることは判る。
白が鮮やかなことから、ドライフラワーであるとか、長期保存可能な加工はしていないだろう。
そんな技術がこの世界で出来るのかも怪しい。


(フリオニールの“のばら”は、拾った時からずっと枯れていないけど、あれも原理がよく判らないし。この花が、同じようにこのままと言う保証もない)


 スコールはしばし考えた後、階段を下へと降りていく。
キッチンから適当なグラスを借りて、水入れにして活けておけば、少しは持つだろう。
だが、花と言うのは栄養の元である根から切り離された時点で、いずれは萎れ行くものだ。


(……花なんて、そう言うものではあるけど。なんだか、それは……)


 スコールの脳裏に、萎れて茶色くなった花の輪が浮かんだ。

 最初に貰った時、それは綺麗な色をしていた筈だ。
白、黄、青が編んだ翠の茎に映えて、彩も鮮やかだった。
しかし、それは時間と共に水分を蒸発させ、その内にくすんだ色になり、最後は茶色くなってカサカサになる。
あんなに綺麗だったのに、となんだか酷く悲しくなって、ぐすぐすと泣いていると、あやす手が伸びて来た。
また作ってあげるから、と言ったのは、誰だったのだろう。

 ぼんやりと頭に浮かぶその光景が何なのか、スコール自身にもよく判らなかった。
ただ、脳裏に浮かぶその光景に、胸の奥が締め付けられるように疼く。


(……コスモスの所に、行ってみるか……)


 手元の花を緩く柔く握って、スコールはそう行き付いた。
今日はもう遅く、外はすっかり闇夜であるから、明日の早い内にでも、と。