籠ノ鳥 1-1


 月に一度、父から携帯電話にメールの着信が入る。
電話では直ぐに出られるのか、お互いに判らないので、一度メールでクッションを置いて、お互いの時間の空きを探してから、改めて電話をするのがパターンだった。
そうしよう、と話し合って決めた訳ではなかったが、父子ともに多忙な生活を送っている以上、そうならざるを得なかったのである。

 今月のメールが来てから、レオンが電話を取る時間が確保できたのは、二週間後だった。
父も似たようなもので、送られてきたメールにはレオンと似たり寄ったりの簡易スケジュールが添付されていた。
ただ気を付けるべきは、スケジュールに表示された時間帯が、レオンが暮らすその時間とは一致しないと言う事だ。
彼は海外にいるので、当然、時差がある。
出来れば、その時差を考慮してスケジュールにメモしてくれると助かるのだが、生憎そんな暇もないのが実情だ。
幸い、携帯電話に搭載された時計アプリには、指定した国の現在時間なども並べて表示してくれる機能が付属しているので、レオンはこれを利用している。
大雑把に数時間の時差、と言う計算は出来るが、時期や国によってはサマータイムが導入される為、こうした細かい調整が効く代物で確認するようにしているのだ。

 一ヶ月ぶりに耳にした父親の声は、陽気なものであった。
仕事に追われて辛い、帰りたい、息子の顔が見たい、と電話の向こうで甘えたがる父に、レオンは眉尻を下げて苦笑する。
一緒に仕事が出来たら良いのに、と言う父に、そうだな、いつか一緒に出来たら良いな、と言う息子。
いつかじゃなくて、今直ぐが良いんだよ。
社長権限で今から帰っちゃ駄目かなあ。
そんな事を言う父親を宥め透かして、補佐であり旧い付き合いの友人達に迷惑をかけないようにと注意して置く。
父は判ったよ、と判り易く渋々とした声で言った。

 親子の語らいの時間は短い。
二人が電話で話す時間は、基本的に空きスケジュールを利用したものであるが、スケジュールが空いているからと言って、手から仕事が離れた訳ではない。
単に椅子に腰を落ち着け、パソコンからも少々目を離していても良い、その程度の違いだ。
だから、十分も会話をすれば、どちらともなく「そろそろ終わりにした方が良いかな」と思い始める。
父の方は、それでももうちょっと、と食い下がるのだが、それもレオンに宥められる。

 淋しがり屋で家族が大好きで、それを隠す事をしない父には、息子のこの対応は冷たく見えるかも知れない。
しかし、レオンとて父に感謝していない訳ではないのだ。
父は、自分の会社に就職し、若くして支社を任せる事になった息子に、見えない所で様々な便宜を図ってくれている。
本当はうちに来ない方が自由にやれたんじゃないのか、と言ったのも、"社長子息"として否応なく槍玉に挙げられるであろう息子を心配してのものだった。
彼は心から息子を愛してくれる。
レオンもそれを判っているから、どんな事があろうと、父を本気で嫌いになる事はないのだ。
───例え、一番淋しかった時、何も気付いてくれなかった人だとしても、それは彼一人の責任ではないのだから。
彼が気付かないようにと、何もない振りを通す事を決めたのは、他でもない自分自身なのだから。

 何より、今のレオンは、出来るだけ父と顔を合わせたくない理由があった。
その理由は父にはない。
理由を父に知られる訳には行かないから、レオンは今は彼に逢いたくなかった。
ボロを出す訳には行かない。
メッキで固められた自分を判っているからこそ、レオンは体の良い言い訳を並べて、父との再会を長い間拒絶している。

 だが、レオンの心の有様を知らない以上、父は毎回、純粋な気持ちで家族との再会を願う言葉を口にする。


『映画館の近くにな。古いんだけど、良い店があるんだよ。今もあると思うんだよなあ。多分。一度で良いから、お前達も連れて行ってやりたいんだ』
「あの辺りに、古い店なんてあったかな。食堂の看板なら見た事があるけど、それじゃないんだろう?」
『そうだなー、多分違うな。食堂って言うより喫茶店だからな、あの店は。俺が行ってた頃は、看板みたいなものも出してなかったし。外から見たら、雑貨屋に見えるかも』
「ああ……それなら見た事があるかも知れない。窓辺に花と、小さな兎のぬいぐるみが飾られていた店なら、見たと思う」
『そうそう、それ! あそこ凄く良い所なんだぜ〜、コーヒーも紅茶も美味くてさ。出来たてのスコーンも。ああ、思い出したら食べたくなってきた〜……なあキロス、ウォード、来週ちょーっとでも帰る暇ない? 駄目? じゃあ来月は? …やっぱ駄目なの?』


 電話の向こうで、補佐役である友人達にねだり始めたラグナに、レオンは眉尻を下げて苦笑する。


「父さん、あまりキロスさん達を困らせるなよ」
『だぁってよ〜! もう長い事お前の貌も見てないし。スコールだって大きくなっただろ? 逢いてぇよ〜』


 判り易く甘えてくる父の声。
レオンの脳裏に、綺麗なカーペットにごろごろと転がって、子供のように駄々を捏ねる父の姿が浮かんだ。
流石に床に転がる事はないか、と思い直すが、そうして想像したものは、パソコンと書類に埋もれたデスクに俯せになって、じたばたと手足を暴れさせる、子供のような父の図だった。
先に想像していたものと大差ない。

 はあ、と電話の向こうで溜息が聞こえた。


『いつかきっと───いや、絶対に行こうな。あそこは、俺と、お前達の母さんの思い出の場所なんだ。だからお前達にも見せてやりたい。あれから大分時間が経ってるし、色々変わってる所もあるだろうけど、きっと変わらない所もあると思うんだ』
「そうだな。良いものって言うのは、いつまでも変わらないって言うから。行ける日を楽しみにしてるよ」
『ああ、皆で一緒に行こうな!』


 父の声が嬉しそうに弾んで聞こえた直後、部屋の扉をノックする音が聞こえた。
入るぞ、と一方的な確認の後、レオンの返事を待たずに扉が開かれる。
金糸の髪を重力に逆らって逆立て、ブラックスーツを着た若い男が入って来る。

 男はレオンを見ると、何も言わずに外に出るように促した。
レオンが時計を見ると、そろそろ仕事の準備を始めなければならない時間になっていた。


「すまない、父さん。そろそろ時間だ」
『もうそんな時間かあ。淋しいけど、仕方ないな。俺もそろそろ仕事に戻らないと。キロスとウォードが睨んでるし』
「二人に宜しく。こっちは問題なく、順調にやっているから、心配しなくて大丈夫だ」
『うん。さっすが、俺の息子だな! でも、何か起きたらその時は遠慮なくパパを頼るんだぞ!』


 まるで小さな子供にヒーロー的な姿を見せたいと言わんばかりの父の言葉に、レオンはくすくすと笑った。

 それじゃあまた、と別れの挨拶をして、携帯電話の通信を切る。
液晶画面が暗くなり、通信が完全にオフになった事を確認して、レオンは携帯電話をワイシャツの胸ポケットに入れた。
体を預けていた革張りの椅子から立ち上がると、コートハンガーにかけていた背広とコートを手に、部屋を出て行く。
その後を金髪の男が付き従うように続いた。

 人気のない短い廊下を進み、その間に背広とコートを羽織る。
突き当りのエレベーターがレオンの到着を待っていたかのように、タイミング良く口を開ける。
開いた其処にレオンが滑り込み、金髪の男も続いて、中層フロアへのボタンを押した。
すぅ…と体が落ちて行く僅かな浮遊感が始まって間もなく、レオンを庇うように、エレベーターの扉の前に立った男が振り返らずに言った。


「父親とは笑って話が出来るんだな」


 ───この金髪の男の名は、クラウドと言う。
レオンよりも二歳年下で、レオンのボディガードであり、秘書を務めている。
立場はレオンの直属の部下であるが、彼はレオンに対して公の場を除いて態度を改めない。
レオンはそれを咎めなかった。
寧ろ、この男が自分に対して慇懃な態度を取る方が想像出来ない。

 レオンは、エレベーターの壁に寄り掛かった。


「何が言いたい」
「別に。ただの感想だ」


 特に意味はない、と言うクラウドに、レオンは言及しなかった。

 クラウドは、レオンの触れてはならない部分を熟知している。
ついでに、可惜に他人の領域に踏み込む事はしない。
地雷原の中に意気揚々と素足で踏み込めば、足下どころか全身が吹っ飛び兼ねない事を思えば、当然の判断だろう。

 エレベーターが停止し、扉が開く。
一瞬だけ、クラウドのまとう空気が張り詰めたが、直ぐに弛緩した。
何事もなく歩き出した彼を追い越し、レオンは廊下向こうの一室へと向かった。



 テーブルの上で、小さな録音レコーダーが回っている。
この時代にテープによる録音とは、随分とアナログだな、と思うが、なんでも此方の方がリアルな音声が録音できる、との事らしい。
それに、デジタルは編集が容易であるが、アナログはそれが難しい、恣意的に情報を操作するのがデジタルに比べると難しい為、一時ソースとして信頼が高くなる、と記者は言った。

 レオンは、録音テープについては、それ以上は気に留めなかった。
単にデジタル全盛のこの時代に、アナログテープを見たのが久しぶりだったので、目を引いただけの事だ。

 若干二十五歳にして、大手貿易商社『エスタ』の社長を任されたレオンには、毎月必ず何某かの出版社からインタビューの依頼が来る。
大抜擢されたイケメン社長、等と言う謳い文句で持ち上げられるような人間を、世間は見逃さなかった。

 正確に言うと、レオンは『エスタ』の国内支社の総責任者と言う立場で、言葉を当て嵌めるなら"支社長"である。会社の社長の肩書は、現在もレオンの父ラグナが持っていた。父は現在、海外に拠点を移したばかりの本社の安定を図るのに忙しく、国内に関しては必要最低限以上の指示を出す暇がない。その代わりとして就任したのが、三年前に『エスタ』に就職した息子のレオンであった。
これを聞いて、レオンを"親の七光り"と言う者は後を絶たないが、現実には彼の実力が呼んだ結果である。
本人も自らがそうした色眼鏡で見られている事は自覚しており、やっかみに関しては涼しい顔をして受け流し、己が果たすべき責務に心血を注いでいる。
加えて、立場はさて置き、例え社長の息子であろうと、若輩である事実は変わらないので、部下はレオン入社の後に就職した新卒社員を除けば、年上ばかりである。
支社長にとっては部長も課長も部下であるが、それらも当然レオンよりも年上、中には努めて幾十年と言う老輩もいる。
しかし、レオンはそれらに対し、父からして受け継いだ圧倒的なカリスマ性と非凡な才能、それでいて居丈高にならない人柄で、役員達からの信頼も厚い。
容姿に関しても申し分ない為、マスメディアがこぞって彼を取り上げたがるのも、当然の流れであった。

 マスメディアの食い付きを利用し、レオンの名は企業関係者だけではなく、一般人にも知れ渡る事となる。
若干二十五歳の若社長と言うだけで目が眩む者は後を絶たないが、レオンの魅力はそれだけではなかった。

 現在、レオンは都内某所の高級マンションに、年の離れた弟と共に二人で暮らしている。
兄弟は、弟が生まれて間もなく母が死亡し、父も会社の為に多忙であった為、二人寄り添って育った。
両親がいない事が当たり前だった弟にとって、兄は兄であると同時に育て親であり、自分を守り慈しんでくれた人だった。
兄弟仲はとても良く、テレビでもレオンはよく弟の存在を口にする。
思春期に入って気難しくなった弟に手を焼かれつつ、それを笑顔で話す彼の姿は、家族思いの理想の兄として、一般人に受けた。
幼年の頃から何不自由ない生活をしていただろうに、感覚が一般庶民と近しい事もあり、テレビ視聴者に身近に感じられたのだろう。
序に、見目の良さも女性受けに繋がっており、彼のインタビューや写真が掲載された雑誌は、増版しても売り切れ続出と言う嬉しい悲鳴が飛び交った。

 だから、レオンへのインタビュー依頼は、後を絶たないのだ。
それの売れ行きが飯の種となる出版社が、こぞって彼のスケジュールを奪い合うのも、当然の事と言えるだろう。

 今日のインタビューも、オファーそのものは半年前から貰っていたものだった。
諸々のスケジュール調整と、それまで溜まっていた取材を順番に消化して、ようやく回って来た順番とあって、取材記者の若い女性は興奮していた。
その内心に、見目麗しき若社長とあわよくば御近付きに、と言う魂胆が見え隠れするのは、無理もない話か。

 会社に関するインタビューに関しては、フリーランサーや、余程爆弾発言を引き出そうとするような記者でもない限り、ある程度テンプレートが決まっている。
切り口や質問の仕方が異なるだけで、後は掲載雑誌の読者層が求めているような情報を欲しがるものなので、レオンも自分で組み立てたテンプレートに沿って、雑誌毎に好まれそうな言い回しを選んで答えるようにしていた。
中には、定番となって何度も繰り返される質問もあるが、それにもレオンは笑顔で答える。
"支社長"であるレオンは、国内にある『エスタ』の顔である。
レオンが下手を打てば、それはあっと言う間に社全体のイメージダウンに繋がり、損失を生む。
それは望む事ではない。
レオンは常に笑顔を心がけ、記者からのインタビューに応じていた。

 一通りの質問が終わり、そろそろ会社に関する質問も尽きた頃になると、質問内容は別の方向へと切り替わる。
経営方針云々と言った堅苦しい話を終え、"レオン"と言う人間に関する質問へ。

 女性記者は、いそいそと髪型などを直しつつ、レオンのプライベートな質問へと踏み込んで行った。


「若干二十五歳にして、支社長に抜擢されたレオンさんは、お休みも殆ど取られないと思うのですが、如何でしょう」


 これもテンプレートと言えばテンプレートな質問だ。
だが、今までの会社に関する質問とは違い、テンプレートのままで答えるのは宜しくない。
各雑誌毎に存在する購読者層の好みに合わせつつ、毎回違う情報を提供する事で、新たな一面を見せる事に繋がる。
レオン個人の評価・評判は、即会社の評価・評判になるので、ある意味、此処が正念所と言えるかもしれない。

 レオンは女性記者を真正面に、眉尻を下げて微笑んで見せる。
造形の神が厳選を重ね、丹念な手作業で作り整えたかのようなが綺麗に笑えば、見る者は漏れなく虜になるだろう。
案の定、女性記者の頬がほんのりと赤くなったが、レオンは気付かない振りをした。


「数日間の休みと言うものはありませんが、会社に来ない日と言うのは、定期的にあるんです。会社に毎日毎日社長が顔を出すって言うのも、社員の方々には息が詰まる事もあるでしょうし、お互いの息抜きを兼ねて…と言う感じで」
「では、休みの日はどんな事をして過ごされているのですか?」
「自宅でのんびりして、時々外に出て散歩をしている位です。家族旅行もたまに計画しようかとは思うのですが、父は海外にいるし、弟は今、私よりも友達と一緒にいる方が楽しいようなので、一人淋しく過ごしているって言う感じですね」


 少し淋しげに微笑んで見せるレオンに、女性記者がくすりと笑う。


「それは、ちょっと寂しいですね」
「そうですね。でも、弟も思春期ですから、仕方ありません。良い子である事は昔から変わりませんから、もう少し経てば、また一緒に出掛ける事も出来るだろうと思っています」


 思春期となれば、疾風怒濤の成長期である。
集団への帰属意識を持ちつつ、個の確立と不安定さの中で揺れ動き、その後の人格形成にも大きく影響を及ぼす時期だ。
見守ってくれる家族に対して辟易したり、火遊び地味た事にも手を出して見たり、善悪の区別がはっきりしているのに、敢えて悪に手を染めようとしたり。
一言では言い表せない感情の波に、周囲は勿論、本人もよく判らないままに振り回されているのだ。
子供の頃と違い、体躯もそれなりに成長しているので、親がほとほと困り果てる事も少なくない。

 そんな時期に突入した弟を、レオンは長い目で見守って行きたいと言った。
弟は生来から生真面目な性質であるから、一時とは言え悪事に手を染めるような事はしないと信じている。

 柔らかな笑顔でそう言ったレオンに、女性記者は恋でもしたかのように頬を染めている。
若くして支社長と言う立場、家族に対して愛情を欠かさない、ついでに見た目も満点となれば、女性としては正しく理想の男だ。

 インタビューは更に続く。


「ご家族で何処かに旅行に行けるとしたら、レオンさんはどのような場所に行きたいですか?」
「のんびり出来る所なら、何処でも行ってみたいですね。父は賑やかな所が好きですけど、最近は仕事続きで疲れているだろうし、温泉旅行でも良いかなと思っています。弟は静かな方が落ち付くと思うので、旅館はちょっと街から外れた所とか」
「海外旅行よりも、国内の方が?」
「父は常に海外ですし、弟は環境の変化に敏感なので、いきなり渡航なんかしたら、現地で緊張してしまいそうで。折角旅行に行っても、それでは可哀想だと思うんです。機会があれば、弟も海外に連れて行って、色々なものを見せてあげたいとは思っていますが、それはもう少し先の話ですね。来年には受験があるし」


 弟の受験が迫っていると聞いて、大変ですね、と女性記者は言った。
レオンは笑顔で頷き、


「弟が何処に行きたい、何を学びたいと言っても、自由にさせてやろうと思っています。私もそうして来ましたから。そして、行った先でどんな事が弟の身に降りかかろうと、やりたい事が出来るように支えたいと思います」


 優しく心の広い兄の言葉に、女性記者は満足していた。
大事な家族へ、愛情を注ぐことを惜しまない男の姿は、購読者を大層喜ばせてくれるだろう。

 女性記者は、録音テープの残り時間を確認し、締め括りの質問へと移った。
レオンはそれも笑顔で答え、ほくほく顔で退室する女性記者を見送った後、一人残された部屋の中で、姿勢良く伸ばしていた背を丸め、後ろに倒れる。
ぼすっ、とソファの背凭れが深く沈んで、レオンの体重を受け止めた。

 レオンは、笑顔を作るのは苦手だった。
無感動な訳ではないし、幼年の頃からそれなりの社交性は持っていたので、仏頂面と言う程愛想がない訳ではなったが、それでも意識して笑顔を作るのは疲れる。
頬の筋肉が引き攣って、じんじんと痛みを訴えているような気がした。
眉間の皺も、意識していないと勝手に寄ってしまうので、これを寄せないように保つ事に苦労する。
営業には笑顔が欠かせないので我慢するしかないが、終われば直ぐに眉間の皺は復活する。

 眉間の皺をそのままに、レオンは頭を上に傾けた。
仰いだ天井で、煌々と明かりが灯っている。
ぼんやりとそれを眺めていると、つい先程、自ら口にした言葉が脳裏に蘇り、レオンの口元が笑みに象られる。
柔らかな微笑み等とは程遠い、嘲笑に似た笑みが。


「……私もそうして来ましたから、か」


 弟がどんな道を選ぶとしても、自由にさせてやりたい。
どんな困難な道になるとしても、それを支えてやりたい。
自分もそうして来たから、そうして貰って来たから。
自分が自由に生きて来たから、弟にも、自由に。

 ───耳に心地の良い言葉とは、何故こんなにも疑いなく受け取られるのだろう。
自由なんて、一度として感じた事もない癖に。



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