籠ノ鳥 1-2


「ねえ、見た? レオンが出てる雑誌」
「見た見た。今月も格好良かった〜!」
「ホント?」
「本当だって」
「私、今月お小遣いピンチなんだよ。後で貸して!」
「良いよー」
「あっ、私、今持ってる。見る?」
「マジ!? やった、見せて見せて」


 きゃあきゃあと、実に楽しそうな声が教室に響く。
それを耳にしながら、スコールは購買で買ったパックのフルーツ牛乳にストローを挿した。

 小さな弁当箱の蓋を開けると、卵フリカケがかけられた白飯と、おかずにミニコロッケと卵焼き、マカロニサラダが入っている。
シンプル且つ量も少ない弁当箱の中身に、クラスメイトの男子からは「それで足りるの?」とよく聞かれるが、スコールにはこれで十分な量だった。
元々小食であるし、スタミナの消費率も悪くない。
食べる量が女子より少ない、とも言われたが、食べられないのだから仕方ないだろうとしか言いようがない。

 教室の窓際席で静かに昼食を始めたスコールとは対照的に、教室の真ん中では女子生徒達が話に花を咲かせている。
彼女達の熱中させる話題は一つだけ。
彼女達の手には、お堅いサラリーマンが読んでいそうな経済雑誌が一冊、凡そ女子高生が購読しそうにはないものだ。
将来キャリアウーマンになるとか、そんな野心を抱いている人間ならまだしも、経済云々よりも日々の流行が気になるような、普通の女子高生は先ず手に取るまい。
だが、そのお堅い経済雑誌に、彼女達を夢中にさせるものが載っているのだ。
女子高生達の目当てはそれだけで、他のページなんて一つも見ていない。

 きゃー! と黄色い声が上がって、スコールは眉根を寄せた。
煩い。
スコールの心境はその一言に尽きる。
真ん中を陣取った彼女達を囲むように散らばった他の生徒達も、それぞれ顔を顰めてクラスメイトを睨んでいた。
しかし、静かにしなさい、と叱るような人間は此処にはいない。
正に学級委員タイプと言うような生真面目な生徒でもいれば、せめて叫ぶのを止めろと言ったかも知れないが、生憎、このクラスの学級委員にそんな気骨はない。
それ所か、今正に雑誌を読んで悲鳴を上げたのが、このクラスの学級委員であった。

 興奮冷めやらぬ所か、ヒートアップする一方の女子は無視して、スコールは食事を続ける。
早く食べて、図書室にでも行って時間を潰そう。
あそこはいつでも静かだから、スコールには心安らぐ場所であった。

 弁当を平らげる事に終始していたスコールの視界に、影が入り込む。
卵焼きを噛みながら顔を上げると、健康的に肌を日焼けさせた少年が立っていた。
スコールの隣のクラスに在籍している、ティーダだ。


「もう弁当食ってるんスか。俺が来るまで待っててって言ったのに」
「……約束した覚えはない」
「したっスよ。どうせ忘れてたんだろ。ま、いいや。どうせいつもの事だもんな。あ、ちなみにヴァンは先生に呼び出し喰らっちゃって、今日は一緒に食えないって」


 言いながら、ティーダはスコールの前の席に座った。
その席の持ち主は、昼食は教室外で採る事にしているようで、昼休憩になるといつも不在になる。
ティーダはその席を勝手に拝借させて貰い、手に提げていたビニール袋を机に乗せた。
袋から取り出されたのは、豚カツ入りのコンビニ弁当だ。


「またコンビニ弁当か」
「だって楽なんだもん。俺、スコールみたいに料理出来ないし」


 ティーダの料理への相性の悪さは、スコールもよく知っている。
家庭科の調理実習の際には、食器を落とす、包丁で指を切ると言う定番の他、塗(まぶ)す程度の量で良かった筈の砂糖を、袋から直接鍋に入れようとし、手を滑らせて丸ごと水没、砂糖の海にしてしまった事もある。
ティーダ自身は決して不器用な性質ではなく、掃除洗濯は勿論、裁縫も出来る。
母を早くに失くし、父子二人で暮らさなければならなかったティーダは、家事一般がまるで出来ない父に代わり、自分で自分の世話をしなければならなかった。
だから、家事に関してはその辺の主婦宜しく手際が良いのだが、何故か料理に関しては駄目だった。

 そんな訳で、ティーダの昼食は決まってコンビニ弁当である。
家ではどうしているのかと言うと、米を炊く事だけはなんとか出来るので、白米に卵やフリカケをかけて、味噌汁はインスタントを使用している。
夜はまたコンビニ弁当か、スーパーの惣菜、ハンバーガーショップ等のジャンクフードを食べて暮らしている。
全く以て不摂生だが、料理をしようとすると、何故か失敗してしまうのだから仕方がない。
苦労して食べられないものを作るよりも、多少金がかかっても、問題なく食べられるものが良い、と考えた結果だった。

 ティーダは弁当のプラスチックの蓋を開け、ビニールから取り出した割り箸をパキッと割る。
添えられたソースをたっぷりと豚カツにかけて、ティーダは大きく口を開けて、ぱくりと豚に食い付いた。
豚カツは大きなものを五つに切り分けてあるが、その一つ一つも大きい。
スコールは、見ているだけで腹一杯になりそうだった。


「なんでそんなもの食べれるんだ…」
「スコールこそ、なんでそんなので平気なんスか」


 もぐもぐと顎を動かしながら、ティーダは質問に質問で返した。
スコールは答えない。
この遣り取りは一度や二度の事ではないので、応酬を続けるだけ無駄な事だと、二人とも判っていた。

 スコールのシンプルな弁当と、ティーダの豚カツ弁当では、勿論ボリュームが違う。
だから平らげるまでにかかる時間も違う筈だが、不思議な事に、二人が食べ終わるのはいつも同時だった。
これに関して、スコールが食べるのが遅いんだとティーダは言ったが、スコールはティーダが食べるのが異様に早いのだと思っている。
他人から見れば、両方だよ、と言う突っ込みが入るに違いない。

 今日も二人は同時に食べ終わった。
それぞれ弁当を片付ける二人の耳に、今日何度目かの黄色い悲鳴が届く。
キーン、と鼓膜を突き抜けるその声に、ティーダもスコール同様に眉間に皺を寄せて、姦しい女子生徒達を見遣った。


「気持ちは判らないでもないけど、もうちょっと静かに出来ないもんかなぁ。大体、ケーザイ雑誌なんかで、なんで盛り上がれるんスかね?」
「……経済なんて気にしてないだろ、あいつらは」
「じゃあ何見て───あ、」


 問い掛けて、ティーダは女子生徒が見ているページに気付いた。
其処に映った男の顔を、ティーダは知っている。
映った男とそっくりの顔を、ティーダは毎日見ている。

 女子生徒が見る度に悲鳴を上げていたページに映っているのは、スコールの正真正銘の兄───レオンだった。
手入れの行き届いた濃茶色の髪、柔らかく細められた濁りのない青灰色の瞳、高い鼻筋と、潤いのある形の良い唇。
一見女性的にも思える顔立ちに見えなくもないが、昨今の"イケメン"には中性的な見た目をした男性も多く括られているので、その線で考えれば申し分ないだろう。
寧ろ、若い女性には実に受けが良い。
しかし、スーツを着ていても判る確りとした肩幅や、時計を嵌めた腕、長く節のある手を見れば、男らしさも十分に兼ね備えられていた。
一目で判る野性味と言うものはないが、掲載された写真や雑誌の傾向によっては、鋭い眼差しを見せている事もあり、その時は同性である男から見ても、文句のつけようがない格好良さが感じられる。

 レオンとスコールの間は、八歳の年齢差がある。
十七歳の高校生であるスコールに対し、レオンは今年で二十五歳。
そして彼は、大手貿易商社『エスタ』の国内支社を一手に任されている、新進気鋭の若手社長であった。
だから経済雑誌に彼のインタビューが写真と共に掲載されているのである。

 女子生徒達は、写真を一頻り堪能した後、インタビューを読んでいた。
その中の一文を、一人が丁寧に読み上げる。


「えーと……"弟が何処に行きたい、何を学びたいと言っても、自由にさせてやろうと思っています。行った先でどんな事が弟の身に降りかかるとしても、弟がやりたい事が出来るように支えたいと思います"だって」
「優しい! さすがレオンだね〜」
「いいなあ、私もそんなお兄ちゃん欲しかったぁ」


 レオンがスコールの兄である事は、クラスメイトは全員知っている。
レオンは自分に弟がいる事を隠していないし、メディアインタビューでも度々その存在を口にしている。
おまけに、レオンとスコールは外見的特徴もよく似ているので、互いの顔を見比べれば、知らない人間でも直ぐに兄弟だろうと判断出来るだろう。


「顔よし、性格よし、お金も持ってるしぃ。完璧ってカンジ」
「うちのお姉ちゃんと大学が一緒だったらしいんだけど、凄く頭良かったんだって」
「あんたのお姉ちゃんって、大学の時、留学してなかった?」
「うん。で、あっちのレベルでも頭良い! って言われる位に凄かったんだって」
「ひゃ〜!」
「スコール君も頭良いよね。やっぱり血なのかな? 良いなー、私もちょっとで良いからレオンと同じ血が欲しい!」
「そりゃ無理ってもんでしょー」
「無理って判ってるから欲しいんじゃない。あーあ、私がレオンの妹だったらなぁ。そしたらレオンやスコール君みたいに頭良くって、運動神経も良くって、顔も良くって」
「顔は無理」
「何だとー!?」
「あははは! 冗談だよ、冗談。あんたの気持ちも判らなくはないしね。あの兄弟、本当に羨ましいもん」


 スコール君は良いなあ、あんな人がお兄ちゃんで。
好き放題に喋る女子生徒の会話は、そんな台詞で締めくくられた。
それを聞いた直後、スコールの手の中でフルーツ牛乳のパックが僅かに潰れた。
ぱく、と歪な音を立てたそれを、ティーダがちらりと見て、


「…あんまり、良い事ばっかりじゃないよな。身内が有名とか、なんか変に影響力があるのって」
「……どうでも良い事だ。一般人の俺には関係ないからな」


 そう言って、スコールは鞄に弁当箱を納めると、席を立った。
潰れた紙パックはゴミ箱へと投げる。


「どっか行くの?」
「図書室」
「たまには外でサッカー」
「やらない」
「ちぇー」


 ノリ悪いっスよ、と言いつつ、ティーダはゴミ箱に空の弁当箱を入れたビニール袋を棄て、スコールの後を追う。


「じゃあさ、放課後は? 放課後は空いてる?」
「放課後でもサッカーはやらない」
「判ってるっス。だから放課後はサッカーじゃなくて、ゲーセン行かない?」


 階段を下りようとしていたスコールの脚が止まり、後ろをついて歩いていたティーダを見る。
子犬を思わせる青い瞳が、期待に満ち満ちて、じっとスコールを見詰めている。
なあ行こう、と言うティーダの人懐こい笑顔を、スコールは密かに気に入っていた。


「…何処のゲーセンだ?」
「駅裏!」
「遠い。パスだ」
「うえっ。じゃあ、いつもの所」
「なら行く」
「決まりな。ヴァンとジタンも誘って良い?」
「誘わなくてもどうせ来るだろう、あの二人は」
「誘って良いって事っスね。じゃあ早速」


 ティーダはスラックスのポケットから携帯電話を取り出し、早い手付きでメールを打ち込んで行く。
スコールはそんなティーダを置いて、階段を下りた。
踊り場をU字に曲がって更に下りて行くスコールに、頭上から元気の良い声が降ってくる。


「放課後、忘れるなよー!」


 絶対一緒に行くんだからな、と言うティーダに、スコールは顔を上げた。
聞こえている、と言う返事だ。
階段の手摺から身を乗り出していたティーダは、スコールの返事を確りと見て、嬉しそうに笑った。

 階段を折り切って、三階に到着する。
図書室は二階に在るので、スコールはもう一つ階段を下りて行った。
しかし、踊り場まで来た所で、不意に階下から聞こえて来た声に脚が止まる。


「レオンの雑誌見た?」
「見た見た。ちょー格好良い!」


 誰の声か全く聞き覚えがなかったので、別のクラスの女子生徒だろう。
或いは、先輩か後輩か。
何れにせよ、スコールとは全くの無関係の生徒に違いない。

 その無関係の生徒達でも、兄であるレオンの事は知っている。
マスメディアに引っ張りだこになっており、テレビにも出演した事があるのだから、ミーハー性な若者は飛び付かずにはいられまい。
スコールのクラスメイトの女子生徒達と、その性質は何ら変わりない。

 女子生徒達は階段を上がって来た。
二人の女子生徒は、自分達のお喋りに夢中になっていて、スコールの存在に気付いていない。


「お父さんと弟の事、あんなに大事にしてるなんてね。うちの兄貴に爪の垢でも煎じて飲ませたいくらい」
「私はお父さんに飲ませたいなあ。昨日なんか、門限ちょっと過ぎただけで凄く怒っててさ。高校生にもなって門限六時とか有り得なくない? 何にも出来ないじゃん」
「うちのお父さんも似たようなもんよ。幾ら心配だからってさ、大袈裟過ぎるのよ。友達と一緒に遊べないなんて、そっちの方が困るよね。アルバイトだってしたいのに」
「レオンみたいに、もっと大きい心で、広く受け止めてくれないもんかな。娘が何処にいても応援して支えます、とか一度くらい言って欲しいよ」
「ねー。それ考えたら、レオンの弟君が凄く羨ましい。あんな優しくて人間が出来たお兄さん、早々いないよね」


 二人は、最後までスコールに気付く事なく、階段を上って行った。
立ち尽くしたままのスコールと、擦れ違い様に微かに肩がぶつかった事さえ、彼女達は気付いていないだろう。

 慣れた事だ、とスコールは思った。
世界で注目を浴びているのはいつだって兄で、自分は何も出来ない落ち零れ。
努力し、勉強し、運動神経もそれなりに良くなったけれど、何処まで力を尽くしてみても、結局兄には敵わない。
兄と違って社交性も低く、愛想笑いすら碌に浮かべられないから、高校二年生になった今でも、友達と呼べる人間は限られている。

 それで良いのだ。
兄のように脚光を浴びれるようになりたいとも思わないし、同じ場所に立とうと思った事もない。
自分と兄は、同じ人から生まれ、同じ人の血を受け継いでいても、まるで種類の違う人間なのだ。
全ての才に恵まれた兄に、その下に生まれた弟が勝てる筈もない。
兄もきっとそう感じているだろう。

 スコールは、自分で兄が出演したテレビや雑誌を見る事はない。
いつも後から、クラスメイトの噂話や何やらで又聞きするだけだ。
これからも見る気はないし、見る事もないだろう。
見た所で、其処には何一つ真実は書かれていないのだから。

 スコールは止めていた歩を再開させた。
階段を下りて、直ぐ傍の図書室の扉を開ける。
昼休憩の賑々しさに包まれていた廊下と違い、図書室はしんと静まり返っていた。
此処なら、人の噂話も何も届かない。
スコールは小説の本棚の前に立って、昨日読んでいた本の続きを探し出した。
椅子に座ってページを捲りながら、スコールは今し方耳にしていた会話の記憶を追い出す事に努めていた。



 放課後の解放感と楽しさと言うものは、学生の特権だ。
一日机に縛られた体は、ようやくの自由を得て、勉強の疲れと言うものを忘れさせてくれる。
序に、今日の授業で言い渡された課題の事も、束の間綺麗さっぱり忘れさせてくれる。

 スコールは、ティーダとそのクラスメイトのヴァン、そして一年後輩のジタンと共にゲームセンターに来ていた。
様々な音が飛び交うゲームセンターは、喧騒を嫌うスコールが好んで行く場所ではないが、店内に設置されたカードゲームブースはスコールの憩いの場であった。

 しかし、今日のカードゲームブースは人で一杯だ。
カードゲームは好きだが、好んで人ごみに混ざりたくないスコールは、今日はカードはお預けになった。
ティーダやジタンと違い、モニターゲームの類にあまり興味を持たないスコールは、菓子類のプライズゲームに熱中するヴァンの隣で、彼のプレイをじっと眺めていた。
タワー積みにされた菓子の山が、根本から崩れて総取りが出来た瞬間に立ち会った時は、流石に爽快であった。


「よっ……と。これで全部だな」


 プライズゲームの取り出し口から、総取りした菓子を全て浚い上げて、ヴァンは言った。
もう一度取り出し口を覗き込んで、取り忘れがないか確認し、よし、と曲げていた足を伸ばす。

 ヴァンの手には、パンパンに膨らんだビニール袋が四つ。
戦利品を持ち返る為に店側が筐体の横に吊るしていた袋は、それ程大きくはないものの、普段ならば一つで十分な深さがある。
それが限界まで膨らんで四つも抱えられているのだから、これは大収穫だ。
店側にとっては痛い損失であるが、そんな事は客にはどうでも良い。
この店にとって不運だったのは、ヴァンが類稀なる運の良さを持っていた事だ。
ただそれだけの事、誰が悪い訳でもない。

 それにしても、毎回の事とは言え、何故こんなにも収穫する事が出来るのだろうか。
運だけではない気がする、と一人悶々と考えていたスコールの前に、ヴァンが袋を一つ差し出した。


「これ、スコールの分な」
「……要らない。あんたが取ったんだから、あんたのものだろう」
「そう言うなって。遠慮しないで、持ってけよ」


 遠慮している訳ではないのだが、と言うスコールの気持ちはまるっと無視して、ヴァンはスコールの胸にビニール袋を押し付ける。
そのままヴァンが手を離したものだから、落として中身をぶちまける訳には行くまいと、スコールは反射的にビニール袋を捕まえた。
腕に抱える形でビニール袋を受け取ったスコールに、よしよし、とヴァンは満足げである。

 ヴァンはとてもマイペースな性格をしており、人の話を聞かないのはいつもの事だ。
だが、本人は決して悪気はないし、彼なりに目の前の友人を気遣って行動する事も出来る。
だから恐らく、この菓子が一杯に詰まったビニール袋も、ヴァンなりの気遣いなのだろう。

 どうせ返しても受け取らないだろうし、と、スコールは大人しくビニール袋を持つ事にした。
其処へ、ばたばたと賑やかな足取りと声が近付いて来る。


「ちくしょー、やっぱりガンシューじゃ勝負つかないぜ。次、次行くぞ」
「じゃあクイズ!」
「断る! お前、スポーツ系ばっか選択するじゃないか」
「良いじゃないっスか、得意なんだから。ジタンだって俺の苦手なジャンルばっかピンポイントで選ぶ癖に」
「だったら音ゲーで! 一昨日バージョンアップしたから、新曲入ってるぞ」
「よし、それで手を打とう。筐が空いてる奴から全制覇で勝負だ」
「望む所っス!」


 ティーダとジタンの声は、様々な音が飛び交うゲームセンターでも、よく響く。
何処に行っても騒がしいな、と胸中で呟くスコールの横で、


「何処にいても直ぐ判るよな、あの二人って」


 ヴァンが、言い方こそ柔らかいものの、スコールの思考とほぼ同じ事を口にした。
スコールは小さく首を縦に振るだけだ。

 ティーダとジタンは、一緒にゲームセンターに行くと、必ず二人で成績を勝負している。
近所のゲームセンターに設置されたゲームは一通り制覇したと言うが、それでも彼らは飽きないらしい。
カードゲームを除けば、ゲームに熱中する事のないスコールは、何故彼等がこんなにもゲーム勝負に夢中になれるのかが判らない。
だが二人が楽しそうに勝負をしているのは(火の粉が此方に飛んで来なければ)、見ていて面白いので、スコールは友人達と一緒に賑やかなゲームセンターに来る事も嫌いではないのだ。

 音楽ゲームの筐体が集中設置されている所に行こうとした二人は、その手前のプライズゾーンを通りかかった所で、スコールとヴァンの存在に気付いた。
同時に、二人の手にビニール袋が握られているのを見て、青と空色の瞳がきらきらと輝く。


「今日も大漁みたいっスね」
「うん。一気に崩せたからさ、全部取れたんだ。これ、ティーダとジタンの分な」
「おおっ、太っ腹だな。サンキュー、ヴァン!」


 ジタンは早速袋の中からスナック菓子を取り出した。
包装紙を破って、棒状のスナックに齧り突く。
ティーダとのゲーム勝負で費やしたエネルギーを補給しているのだ。

 ティーダも同じようにスナックを取り出しつつ、壁際に設置されている自動販売機を指差し、


「皆、喉乾いてないっスか? 俺買って来るよ」
「奢ってくれんの?」
「後でちゃんと請求するっスよ」
「ちっ」


 大袈裟に、判り易く舌打ちして見せるジタンに、ティーダは此方も大袈裟にべーっと舌を出してやった。
そんな二人を眺めつつ、ヴァンがスコールに訊ねる。


「なあ、俺達、そろそろ外に出ないといけないんじゃないか?」


 このゲームセンターは、学生服を着用した者は、午後六時までしか入店する事が出来ない。
学校帰りに来店したスコール達は、当然、制服のままだった。

 スコールが時計を見ると、時刻は五時五十分───あと十分でタイムリミットになってしまう。


「そうだな。此処で何か買っていくより、外に出てコンビニに行った方がゆっくり出来そうだ」
「もうそんな時間だったんスか? っか〜、やっぱこういう時だけは時間が経つのって早いんだよなぁ」
「って事は、勝負は次回に持ち越しか」


 二人揃って残念だと言いつつ、ティーダとジタンは店の出入口へと向かう。
本音を言えばまだ遊びたいのだが、店の規則には則らなければ、出入り禁止にされてしまう。
次に来たら音ゲーから、と次回の勝負を約束している二人を追って、スコールとヴァンもゲームセンターを後にした。

 ゲームセンターにはいられなくなってしまったが、スコールはまだ家に帰る気がしなかった。
同居している兄が帰って来るのは、早くても午後十時過ぎ、今から四時間以上も後の事だ。
母は他界、父は仕事で海外赴任なので、スコールの帰宅がどれだけ遅くなった所で、叱る者はいない。
そして兄も、仮に早い帰宅になったとしても、スコールの生活に干渉してくる事はない。

 どうするかな、と沈黙の中で考えるスコールの肩が、突然、強い力に捕まれた。
何だ、と目を瞠ると、ティーダの腕がスコールの肩に回されている。


「なあ、コンビニよりさ、ファミレスとか行かないか?」
「ファミレス? 腹減ってんのか、お前」
「そんなトコ。どうせ帰ったって何にもないからさ、食べて帰ろうと思って」
「俺は無理だぞ。兄さんが飯作って待ってるし、七時前には帰らなきゃ」
「あ、そっか……」


 ヴァンの言葉にティーダがしゅんと消沈する。
じゃあジタンは? とティーダが視線を向けると、ジタンはしばし考えて、


「オレは問題ないかなー。クジャも今日は遅いし、ミコトは友達の所に泊まりに行ってるし」
「スコールは?」
「…別に、構わない」


 ジタンとスコールの返事を聞いて、ティーダが嬉しそうにはしゃぐ。
そんなティーダを横目に見ながら、スコールは小さく笑みを零した。

 ヴァンが肩にかけた鞄を背負い直して、分かれ道で足を止める。


「じゃあ、俺は帰るよ。また明日な」
「おう。また明日」
「気を付けて帰れよー」
「おう。スコールも、また明日なー」
「ああ」


 手を振って道を曲がり、直ぐ傍の横断歩道を渡って行くヴァン。
ティーダとジタンはヴァンの姿がビルの影に隠れるまで手を振り、スコールもじっと彼を見送った。

 友人が一人去って、少々の物足りなさを感じつつ、残った三人は最寄りのファミリーレストランへ向かうべく踵を返す。


「何処の店行く? スコール、何か食べたいものある?」
「別に。俺は何処でも良い」
「アーケードの所にある店にしようぜ。オレ、あそこのポテト無料券持ってる」
「ジタン、ナイス! けってーい!」


 さあ行こう! と拳を挙げて先頭を切って歩き出すティーダ。
その左手はスコールの右手を掴んでおり、スコールもされるがままに歩き出した。
そんなスコールの背中を、ジタンがぐいぐいと押す。
そんなに急かされなくても逃げやしない、と思いながら、スコールは二人を振り払う事はしなかった。



 レオンの夕飯は、大抵、自宅に帰ってからの事だ。
弟であるスコールが作り置きしたものが冷蔵庫のタッパーに納められているので、その中から適当に気が向いたものを取り出し、温めて食べると言うのが日常であった。

 しかし、レオンの立場は"支社長"である。
社長である父が海外に出ている今、国内に構えられている『エスタ』の大本営は、レオンなのだ。
取引先から接待に呼ばれる事も少なくはない。
正直な気持ちを言えば、面倒に思う事も少なくないのだが、先方も好きで若輩者のレオンを接待したくはあるまい。
接待はビジネスの一環である。
過剰な接待は双方に損を生むが、節度を保って接する事が出来れば、互いの信頼を得る事も出来る。
そして利益にも繋がるのだ。
相手の腹の底はどうであるにせよ、それはレオンとて同じ事であるから、無碍にはしない。

 レオンが受ける接待の殆どは、飲食の類である。
酒は滅多に飲まなかった。
父からして酒に弱い体質で、それは確り息子に遺伝されてしまい、成人したばかりの頃は、加減が判らずに酔い潰れる事も少なくなかった。
少しずつ慣らして来たので、以前よりは飲めるようになったが、うっかり酩酊しては接待だの商談だのと言うレベルの話ではないので、レオンはなるべく公的な場でアルコールは口にしないように努めていた。
どうしても飲まなければならないような場面であれば、少しずつ飲んで、後はのらりくらりとかわすのが常だ。
そうしている内、酒はレオンに喜ばれないと取引先も学習したようで、アルコール抜きでフレンチや懐石等の店をセッティングするようになった。

 今日の夕食も、レオンは接待で採る事になっていた。
先方からのメールで指定された店まで、レオンは自分用の社用車となっている黒の国産セダンを運転していた。
助手席には、ボディガード兼秘書であるクラウドが座っている。

 赤信号で止まったレオンは、周囲の状況確認をしながら、隣でのんびりとゲーム雑誌を読んでいるクラウドに言った。


「クラウド」
「なんだ」
「お前、来月にでも免許を取れ」
「……免許なら持っている」
「バイクのだろう。車の免許を取れと言っているんだ。全く、何故お前が車の免許を持っていないのに、俺のボディガードに宛てられたのか疑問だな」
「そういう事はキロスに言ってくれ」
「普通、こう言う時はお前が運転するものだからな。プライベートは別として、社長が自分で運転しているなんて、周りからすれば危機管理能力を問われる所だ」
「判った。で、免許取れって言うのは、命令か」
「察しろ」
「……車の免許なんてもの、あんたの護衛をしながら一ヶ月で採れるものじゃないだろ。出来るだけ早めに取れるようには努力するが、三ヶ月はかかると思っておいてくれ」


 そう言いながら、クラウドはゲーム雑誌を閉じた。
夜の街灯に照らされたクラウドの顔色は、世闇の暗がりの所為だけではないだろう、青白くなっている。
レオンは溜息を吐いて、手許のボタンで助手席の窓を開けた。
クラウドは開いた窓から頭を出して、「おえっ」と嘔吐の音を漏らす。
実際に汚物はぶちまけていないが、気分的には吐きたいのだろう。
うーうーと唸るクラウドの背中を見て、レオンはもう一度溜息を吐いた。


「その乗り物酔いもどうにかしろ」
「…どうにか出来るなら、とっくにしてる…」
「ただでさえ酔い易いのに、何故雑誌を読むのか俺には理解出来ないんだが」
「これ位しか暇な時間がないからだ……」
「秘書業を宛てるまで、部屋でゴロ寝していた奴の言う台詞か。何かに集中するとか、自分で運転する分には酔わないんだろう。早く免許を取って、お前が運転しろ。それで解決だ。……相変わらず長いな、此処の信号は」


 序の愚痴を零して、レオンはハンドルに体を寄り掛からせた。
視線の先では、未だに赤信号が煌々と点灯している。
国道沿いでどの時間でも車が多い場所なので、致し方ない事ではあるが、引っ掛かってしまうとついつい愚痴が零れる。

 クラウドは窓から頭を引っ込めて、ウィンドウを上げた。
次に目の前のグローブボックスを開けて、ビニール袋を取り出した。
中にはヒートに入れられたままの錠剤───酔い止め薬が入っている。


「…しまった。レオン、何処か適当に止めてくれ。水がなかった」
「水なしで服用できるものを買ったんじゃなかったのか」
「使い切ってた」
「常備するように癖をつけておけって言っただろう」


 呆れながら、レオンは車を発進させた。
しばらく進むとコンビニエンスストアの看板が見えたので、ウィンカーをつけて曲がる。

 駐車場に車を入れ、レオンはパーキングブレーキを確りと踏んで、停車させた。
完全にエンジンを切ると、クラウドは財布一つを持って車外へ出る。


「何か要るなら、ついでに買ってくるけど」
「煙草が切れかけてたな」
「最近減りが早くないか」
「さあ」
「いつもの奴で良いんだな」


 クラウドの問いへの答えは、暇がなかった。
彼がさっさと行ってしまったからだ。
人の話を聞け、と思いつつ、いつもの事だと、レオンは懐から煙草を取り出しながら思う。

 レオンが喫煙している事を知っている者は、クラウドの他には弟だけだ。
父は知らない。

 昔は父も煙草を吸っていたらしいが、それも亡き妻───レオンにとっては母だ───に出逢うまでの事だ。
彼女は気丈な性格に反して、体は決して丈夫ではなかった。
レオンが微かに記憶している母の姿は、いつでも息子に温かな笑顔を浮かべていて、病気一つした事すらない。
彼女が他界した時、レオンは彼女の傍についていたが、悪い冗談だと思う程、彼女には病魔と言う言葉が似合わなかった。
そんな彼女の息子であるからか、弟が幼年の頃は喘息を患っていた所為か、父は今でも息子達に対して非常に過保護である。
妻と子供達の成長に、教育に、悪影響を与えない為にも、煙草は言語道断だった。
そんな彼の息子が、ストレスの捌け口に喫煙していると知ったら、どんなにショックを受けるだろう。
それも、日によっては一日で一箱開ける事もあるヘビースモーカーだ。
喫煙している事はクラウドと弟を除いて秘密にしているから、吸える場所も時間も限られていると言うのに、日によってバラつきがあると言えど、この消費量は留意せざるを得ない。
だが、どうしても止められない。
既にニコチン中毒に陥っている可能性は否めないだろう。
父に知られてしまう前に止めた方が良いと思いつつ、ズルズルと吸い続けている。


(どうしようもないな)


 取り出した煙草に火を点ける。
ゆっくりと煙を吸い込んで、吐き出した。
車の中が白くなったので、エンジンを一度かけ直し、窓を開ける。
しかし無風の所為か、煙は中々車外へ逃げようとせず、中で溜まってふわふわと漂っている。

 喫煙が止められない理由を、レオンは理解していた。
苛立つ事があるからだ。
ヤニ切れと言うニコチン中毒の体内事情はさて置くとしても、平時のストレスへの平和的対処法が、喫煙以外に見付からない。

 レオンが感じるストレスとは、何か。
仕事ではない。
それもゼロではないが、仕事に関しては面倒な事もきっぱりと割り切れる事が出来るので、仕事量の割には苛立ちは感じていなかった。
だからレオンが苛立ちを煮やしているのは、もっと別の事だ。
誰にも吐き出す事の出来ない理由が、レオンの体内でいつまでも燻り、じりじりと体を内側から焦がしている。

 苛立ちの原因────それは弟の存在だ。

 対外的には仲の良い理想の兄弟として、マスメディアのインタビューにアピールしている。
それがイメージアップ戦略になるからだ。
だが、現実の兄弟の仲は、冷え切っていた。
仲が悪いだとか、諍いをしていると言う事ではなく、元より兄弟の間には深い溝があったのだ。
会話などと言うものは、此処数ヶ月もろくろく交わしていなかったし、レオンはスコールが日々何をして過ごしているのかさえも知らない。
勿論、学校でどんな授業をして、誰とどんな時間を過ごしているのかも。
そしてスコールも、レオンが会社でどう言った仕事をしているのか知らないだろう。
どちらも報告し合った事すらないのだから、当然だ。

 同じ屋根の下で暮らしているのだから、顔を合わせる事はある。
だが、その時に挨拶の一つも交わしたかすら、怪しかった。

 極端に行ってしまえば、顔すら見たくないのかも知れない。
顔を見て話した記憶が希薄なので、判然とはしないが、そんな思考の下、無意識に彼と目を合わせなくなったのではないか。
自分の事ながら、他人事のようにレオンはそう分析した。

 ラグナは、息子達の兄弟仲が良好なものだと思っている。
そう思うようにレオンが仕向けているからだ。
彼は月に一度、レオンに電話を寄越しており、同じようにスコールの携帯にも着信を残している。
しかしスコールは、父からのメールも着信も、一度も返した事がなかった。
父はそれを「思春期だから仕方ない」と考えており、レオンもそれを否定しなかった。
そして自分だけが父と対話をして、兄弟仲があたかも良好に続いているかのように見せている。


(嘘ばかりだな)


 そんな事を胸中で呟いて、今更だ、とレオンは思った。

 父との会話も、マスメディアのインタビューも、虚構で塗り固めている。
会社の方針や成長戦略、利益に関しては、順調である事は事実だ。
しかし、それ以外の事───家族、即ち弟───の事に関する事には、事実がない。
八歳年が離れた弟がいる、と言う事以外は、何一つ。

 レオンがマスメディアに露出する度に披露する嘘を、弟はどんな思いで聞いているだろうか。
雑誌を読んでいる所も見た事がないので、本人は興味もないのだろうが、周囲はそうではない。
スコールがレオンの弟である事は、彼の身近な場所では周知の事実だ。
有名な若社長の弟となれば、マスメディアが近付かずとも、クラスメイトが放置はするまい。
必ず、何某かの形で、レオンがメディアに話した内容は、彼の耳に入るだろう。
しかし彼は、兄の嘘に対して言及して来た事はないので、やはり興味もなく、どうでも良いのかも知れない。
事実確認をされたら、適当に往なすか、はっきり嘘だと言うか───仮に嘘だと言っても、スコールの言い分は余り信じられないのではないだろうか。
彼は人見知りが激しく、口下手なので、自分の事情を他者に説明する事を苦手としている。
そんな彼が「嘘だ」と言った所で、思春期の複雑な年頃である弟が、保護者代わりの兄に対して反発している程度にしか思われないだろう。

 レオンの話が本当であれ、嘘であれ、スコールの生活に影響はない。
彼は一般人であり、まだ高校生の子供だ。
そろそろ進路について真面目に考えなければならないが、レオンは特に干渉するつもりはなかったし、父もスコールの将来の希望については自由にさせるつもりでいる。
普通科の高卒での就職は、現代では先ず無理と言って良いだろうから、彼が今直ぐに就きたい職業でもない限り、大学に進学するか、興味のある分野があるなら専門学校に行くのではないだろうか。
その進学する大学も、専門学校の分野も、レオンから言う事は何もない。
父も何か言うつもりはないようで、時折レオンの方からさり気無く訊ねてみても、「スコールの自由にすれば良いと思うんだ」と言う言葉が返ってくる。


(…そう。あいつは"自由"なんだ)


 父の言葉を思い出した瞬間、じくり、とレオンの内側で内臓が灼(や)けた。
それは瞬く間にレオンの腹全体に伝染して行き、咥えた煙草に歯が食い込む。

 ───がちゃり、と車のドアが開く音がした。
がさがさとビニール袋の音が鳴り、クラウドが助手席に乗り込む。


「煙いぞ」
「ああ」
「窓開けてから吸えよ」
「忘れていた。出すぞ、シートベルト締めろ」
「ん」


 エンジンをかけている間に、クラウドはシートベルトを締める。
バックと切り替えしで車の向きを反転させ、道路へと車を進めたが、駐車場前を横切る人影に気付いてブレーキを踏んだ。

 人影がレオンの車の前を通過して、ヘッドライトに照らされる。
其処には、見覚えのある少年の姿があった。


「もう嫌だよ、ヤマザキの奴。ちょっと女の子に挨拶してるだけで生活指導行なんだぜ」
「スカート捲りで挨拶したからじゃないのか」
「ンな事するかよ! 小学生じゃあるまいし」
「ヤマザキ先生ってちょっと厳し過ぎる所あるよなあ。授業中も怖い所あるし」
「スコールは気に入られてるみたいだけどなー」
「……プリント運びだの、雑用を押し付けられるのは、気に入られてるって事なのか? 俺は迷惑してるんだが」
「どうなんだろーな……でも、スコールがヤマザキに目ぇ付けられるって理由もないだろ? 真面目だしな、オレらと違って」
「そっスねー」
「俺は普通だ。あんた達がふざけすぎなんだ」


 スコール酷い! 俺達だって真面目に生きてるのに! そんな声とともに、二人の少年が、濃茶色の髪の少年───スコールに抱き着いた。
少年達の姿はライトの前を通り過ぎ、宵闇の侵食を色濃くし始めた街へと紛れて行く。


「今のは────あんたの所の」
「ああ」


 クラウドの言葉に、レオンは短い言葉だけを返した。
そうか、と言って、クラウドはそれきり沈黙する。

 歩道に人がいなくなった事を確認して、レオンは今度こそ車を発進させた。
左に曲がって車を走らせ、十字路の横断歩道を渡る少年達を追い越す。

 スコールと揃いの制服を着た少年達は、彼の友人達だ。
レオンも何度か顔を合わせた事があったので、直ぐに思い出した。
二人は真ん中にスコールを挟み、腕を絡めたり、背中に飛び付いたりと、やりたい放題だ。
スコールはそれを鬱陶しそうに振り払いつつも、本気で嫌がっている顔はしていない事が判る。

 時刻は六時半、学生達は放課後の自由を満喫しているのだろう。
無邪気に賑やかに、路上でじゃれあう少年達を咎める者はない。

 ぎしり、とハンドルを握るレオンの手に力が篭った。



†† ††   †† ††



≫[籠ノ鳥 1-3]