籠ノ鳥 1-3
R-18


 ティーダの父親は、プロのサッカー選手だ。
所属しているのは海外リーグのチームである為、彼は一年の殆どを海外で過ごしており、息子であるティーダは実質、一人暮らしになっている。
リーグのオフシーズンには帰って来るが、ティーダは「ずっと向こうにいれば良いのに」とよく言っている。
思春期真っ盛り、反抗期真っ只中の彼は、父と顔を合わせる事を疎ましく思っている。

 けれど、誰もいない一人暮らしの暗い家に帰るのは気が進まないらしく、友人達を誘っては遅くまでファミレスで過ごしている事が多い。
そんな彼が気の済むまで付き合っていれば、高校生が外を歩き回るには少々相応しくない時間になってしまう事も、珍しくはなかった。

 ファミリーレストランでただただ喋り倒すのも無為な時間の浪費になるからと、スコールとティーダは課題を片付ける事にした。
ティーダは顔を顰めて嫌がったが、家に帰って一人で課題と向き合う気にもならない。
教えてくれる友人が一緒にいる間に、やらなければならない事は済ませて置くに限る。
ジタンも途中までは二人に付き合っていたのだが、兄であるクジャがそろそろ帰って来るだろうからと、適当な所で切り上げて帰宅した。
残されたスコールとティーダが勉強を終わらせ、勉強のご褒美にとデザートも食べ終わると、時計の針は十時前を指していた。

 流石にこの時間になると、ティーダも家に帰る気になった。
食事をして、勉強も済ませて、後は家に帰って一風呂浴びて寝るだけ。
ティーダはスコールに「泊まりに来る?」と言ったが、遠慮した。
明日の授業で使う教科書を、スコールは持ち合わせていなかった。
これでティーダの家に泊まったら、明日の朝、大急ぎで一度家に帰って、それから登校しなければならない。
朝に弱いスコールには重労働なので、泊まるなら土日の前にする、と言って、スコールはレストランの前でティーダと別れた。

 帰り道は、なんとなく夜風に当たりたかったので、のんびりと歩いて帰る事にした。
人の多い大通りを真っ直ぐに抜けて行くと、閑静な住宅街に入る。
外装の凝ったデザインマンションや、門を構えた一軒家が立ち並ぶ其処は、所謂高級住宅街と言う場所だ。
スコールが住んでいる高層マンションも、この土地の一角に建っている。

 四車線の道路と、両岸に五メートルの幅の歩道が真っ直ぐに突き抜けた道は、この区画のメインストリートとなっている。
駅前や最寄の学校───スコールが通う高校にも───へと向かうバスも走っており、此処に住む学生の殆どはバス通学だ。
スコールも高校に入学した当初はバスで学校に通っていたが、ティーダやヴァン、ジタンと知り合ってからは、彼等が「一緒に行こう!」とせがんで聞かないので、早目に家を出て徒歩で通学するのが定着した。

 メインストリートに面したマンションは、多数建てられている。
その中でも一際高層になっているタワーマンションに、スコールは入って行った。
鞄の中に入れていたカードキーで玄関のロックを解除し、エレベーターに乗って、カードキーをセンサーに当てながら、フロアボタンを押す。

 エレベーターの中に、スコール以外の人間はいない。
スコールは透明な窓に寄り掛かって、長い息を吐いた。
それには僅かに溜息のようなものも滲んでいる。


(もう帰ったか? それとも、まだ───微妙な時間だな)


 時計を見ると、十時は既に過ぎている。
同居している兄は、早ければこの時間に帰って来るが、遅ければ日付が変わるまで帰らない。

 帰っていなければ良い、とスコールは思った。
帰っていたとしても、彼が自室に篭っていてくれれば、それで良かった。
早い話が、スコールは兄と顔を合わせたくないのだ。

 ───しかし、スコールの願いは叶わなかった。

 エレベーターが最上階の一つ下で停止した。
エレベーターから一番遠い角にある扉が、スコールが日々を過ごす我が家である。
マンション玄関とエレベーターに乗る時に使ったカードキーは鞄に入れて、別のカードをドアに取り付けられたリーダーに読み込ませる。
リーダーに併設された暗証番号のパネルを押して、ドアの鍵が解除された。

 敷居を跨いだスコールは、玄関横の靴箱に納められた革靴を見て、眉間に皺を寄せた。
目を逸らして靴を脱ぎ、革靴が納められている段を避けて、一番下に納める。

 短い廊下の突き当たりに、コの字に沿って扉がある。
右がレオン、正面の扉がスコールの自室にそれぞれ繋がっており、左の扉はリビングになる。
レオンの部屋の扉の飾窓から、中の光が漏れていた。
スコールはその扉とちらりとだけ見遣っただけで、自分の部屋に入ると、鞄と制服の上着をベッドに投げる。

 兄が既に帰っていた事には少し落胆したが、顔を合わせる事がなかったのだから、まだ良い方だ。
そう思う事にして、スコールは兄と鉢合わせする前にさっさと寝てしまおうと決める。

 今朝、ベッドに投げたまま放置していたジャージを手に、スコールは風呂場へ向かうべく部屋を出ようとする。
しかし、スコールがドアノブを押す前に、扉は外側から押し開かれた。
一瞬、ポルターガイストか何かかと非現実的な事を考え、空振りした手を見下ろしていると、


「随分、遅かったな」


 降ってきた声に顔を上げると、青灰色の双眸がスコールを見下ろしていた。
早い時間に帰っていたのか、堅苦しいスーツの背広は脱いでおり、ワイシャツも裾も肘下まで捲り上げている。
其処に、雑誌に掲載されていたような、柔らかく温かい光は無い。
感情の一切を隠した冷たい眼が、じっと弟を映していた。

 スコールは、目の前の人物が本当に自分の兄なのかと疑った。
何故なら、彼が弟の部屋に入って来るなど、今まで絶対になかったからだ。
少なくとも、スコールが部屋にいる時に、彼が入って来る事など、一度も起きていない。

 スコールは一七七センチとそれなりに身長が高いが、レオンは一八〇センチを越えており、スコールも見上げなければ彼の貌の半分しか見えない。
その所為だろうか。
己を見下ろす兄の双眸に、スコールは常に威圧感を感じていた。
スコールはそれを見返す事が出来ず、いつも目を逸らしていた───今日もまた。


「勝手に人の部屋に入って来るな」
「ああ、悪かったな」


 体ごと向きを背けた弟の言葉に、レオンは抑揚のない声で詫びた。
その言葉に、悪いなんて欠片も思っていない癖に、とスコールは内心で毒吐く。

 背を向けたままのスコールに、レオンは静かな声で問う。


「学生が外を歩き回って良いような時間は、とっくに過ぎているぞ」
「子供じゃないんだ。この程度、校則のアルバイト条項にも引っ掛からないし、問題ない。大体、十時をちょっと過ぎただけだろ。もっと遅い時間まで遊び呆けてる奴なんか、幾らでもいる」
「だから自分は悪くないとでも言うつもりか?」
「別に。でも、俺が悪くても悪くなくても、あんたには関係ないだろう。……いや、関係あるか。俺の所為で会社のイメージダウンにでもなったら、迷惑だよな」


 レオンに対するスコールの態度は、頑なに冷たかった。
雑誌でレオンが話していたような、思春期の反抗などと言う生温いものではない。
スコールの言葉の端々には、明らかな棘が含まれていた。
それを聞くレオンの眦も、変わらずに冷たい。

 二人の間に和やかな空気と言うものは存在しなかった。
朝晩の食事など一緒に採る事もないし、帰宅・出発の挨拶など何年も交わしていない。
気付いた時には兄は既に会社に出ていて、彼が帰宅して来る頃には、スコールは眠っている。
その擦れ違いの日々を、二人は特に気に留めなかった。
顔を合わせず、互いに干渉する事がないのが、一番滞りない兄弟の同居生活なのだから、当然だ。

 それなのに、何故、帰りが遅かった事を突然言及されなければならないのだろう。
取材の話のネタにでもするのだろうか。
今まで幾らでもでっち上げていたが、そろそろ考えられるネタが尽きたか。
スコールは、兄が突然自分に声をかけて来た理由を、その辺りだろうと推測していた。

 レオンはスコールの言葉に、そうだな、と頷いた。


「お前の所為で、俺の評判が落ちるのは困る。俺の評判は、即うちの会社の評判だからな。父さんの耳に入るのも厄介だ」


 父を引き合いに出されて、スコールは唇を噛んだ。

 父ラグナが兄弟仲を良好だとばかり思い込んでいる事は、スコールも知っている。
ラグナが一ヶ月に一度、レオンとスコールにそれぞれメールと電話を寄越している事も知っている。
過保護な彼が、遠く離れた地に住む二人の息子を心配し、何よりも彼自身が家族との溝を埋める為に、一所懸命になっている事も、スコールは理解していた。
スコール達が幼い頃、碌に傍にいてやれなかった罪滅ぼしにと、不足した分を補おうとするように、彼は真っ直ぐな愛情を息子達に注いでいた。

 思春期真っ只中のスコールにとって、大袈裟な程に愛情を注ぐ父の存在は、些か鬱陶しいものがあった。
しかし、彼の愛情を疑っている訳でもない。
あれだけ判り易く「愛してる」と全身で示されては、スコールとて容易には振り払えない。
反面、十七歳と言う多感な年頃にあって、自ら父に甘える事も出来ない彼は、ラグナからのメールを毎回無視すると言う行動に至っていた。
なんとも幼稚な話であるが、メールを返信しようにも、どうしても途中で全削除してしまうのだから仕方がない。

 そんなスコールとは対照的に、レオンはラグナと定期的に連絡を取り合っている。
その時、ラグナはスコールの様子はどうだと彼に尋ねていた。
レオンはあたかも兄弟仲が良好であるかのように話を作り、事実であるかのように父に聞かせている。
良くも悪くも、人を疑う事を知らない父は、当然、長男の話を全て信じた。
雑誌などのマスメディアでも、レオンは度々"理想の兄弟"の話を作って語り、様々な場面で様々な人間に吹聴している。
スコールは、外堀を埋められているみたいだ、と思う事もあった。

 父に対して素直になれないスコールだが、父を傷付けたい訳でもない。
若しもラグナが、良好だとばかり思っていた息子達の間柄が、こんなにも冷め切ってしまっていると知ったら、どんなにショックを受けるだろう。
それだけは憚られて、スコールは口を噤むしかなかった。

 黙り込んだスコールを、レオンはやはり感情のない眼で見下ろしながら続ける。


「そろそろ、下世話な連中がお前の周りにうろつき出す頃だろう。夜遊び程度なら勝手にしろと言いたい所だが、週刊誌に撮られて困るような真似だけはしてくれるなよ」


 学生が学生らしく、ちょっと帰りが遅くなる位なら、好きにしていれば良い。
そう言いながら、レオンの目には「面倒だからさっさと帰れ」と言いたげな空気が滲んでいた。

 レオンは職場では真面目な顔で通しており、部下に対しても優しく紳士的であると言う。
スコールには、そんな兄がいる事が信じられない。
何処かの平衡世界にいる、別の兄の話のように思えてならなかった。
"理想の兄"なんてものは勿論、此処には"優しい兄"すら存在しない。

 ジャージを抱えていたスコールの手に、力が篭る。
ぎり、と噛んだ口端から、じわりと鉄錆の味が滲んだ。


「……俺が、何処で何をしていようと、俺の勝手だろう」


 詰まる息を意識して吐き出しながら、スコールは言った。
喉の奥で蓋が閉じられたように声が上手く出せなかったが、紡いだ言葉は思いの外確りとした形になっていて、レオンの耳に届いた。


「俺一人が、世界の何処で何をしていようと、何の影響があるって言うんだ。あんたの迷惑になる? それこそ有り得ない。何もかも持ってるあんたなら、下らないゴシップなんか軽く握り潰せるだろ」
「お前がそのつもりでも、周りがそうじゃないからな。子供のお前には判らないだろうが」
「俺は子供じゃない」
「大人の世界を知らない内は、まだ子供だ」


 憮然とした態度できっぱりと言われて、スコールの怒りは更に募る。

 レオンがスコールを子供扱いするのは、八歳の年齢差だけが理由ではあるまい。
レオンは幼い頃から次期社長として英才教育を施され、社交界にも出席した経験があり、経済界と言う世界の一端を肌身に感じ取っていた。
其処で生まれ持ってのカリスマ性に加え、幼少の頃から徹底して培われ洗練された知識と立ち居振る舞いで、様々なコネクションを得て、『エスタ』の利益拡大にも大きく貢献している。
それはレオンが十五歳前後の頃から始まっており、現在のレオンの影響力は、その頃から積み重ねられたものであった。
そんなレオンに比べれば、学校の図書室で一人静かに本を読むばかりのスコールなど、世間も何も知らない無知な子供に過ぎないだろう。

 判っている。
判っているが、それを目の前で容赦もなく指摘されると、腸が煮える。
それが、自分が子供であると言う証左のようで、尚の事腹が立った。

 だが、スコールが兄に言い返せる言葉はない。
元々弁舌が立つ性格ではないし、人生経験で遥かに自分が劣るのは事実だ。


「…もう、判った。あんたの言いたい事は判ったから、さっさと出て行ってくれ」
「判った? 何が判ったんだ?」


 俯いて言ったスコールに、レオンは言った。
それを聞いて、スコールは眉を吊り上げてレオンを睨む。


「外で遊んでいないで、家に帰って大人しくしていろって事だろ」
「……まあ、それも強ち間違いじゃないが」
「それもって、何だ。他に何か言いたい事でもあるのか?」


 言いたい事があるのなら、もっと簡潔に、一言で言ってくれれば良い、とスコールは思う。
どうせ、お互いに気を遣うような間柄ではないのだから。

 睨むスコールに対し、レオンの表情は平静としたものだった。
まるで能面を被っているように変化がない。
そんな兄に、スコールは自分ばかりが感情的になって振り回されているような気がして、苛々とぶつけ所のない感情を、抱えたままのジャージを握り潰して誤魔化す。


「お前に言いたい事、か……」


 レオンが瞼を伏せて、蒼い瞳が隠れる。
目を閉じていれば、其処から放たれる冷たい色がなければ、レオンは確かに柔らかい面持をしていると言って良いだろう。
だが、それでもスコールには、兄が一時でも自分にそんな顔を見せているとは思っていなかった。

 閉じていた瞼が持ち上げられると、また感情のない眼がスコールを貫いた。


「スコール。今日は楽しかったか?」
「───は?」


 放たれる冷たい威圧感とは対照的に、微かに笑みを含んだ問い掛けに、スコールは自分の耳を疑った。
今、何を言った、と丸くなって見詰め返す蒼い瞳に、レオンは顔を近付け、


「ティーダと、ジタン。一緒にいただろう」
「……あんた、見て……」
「ああ。偶然な。お前が俺の目の前を通って行ったから、見えた」


 故意ではない、とレオンは言ったが、スコールの眉は釣り上がった。
家では仕方がないとしても、其処から一歩でも外に出たら、関わり合う事などないと思っていた。
それが───そうと決まった訳でも、決めた訳でもないけれど───破られたような気がして、酷くスコールの気に障った。


「あんたには関係ない」


 眼光を尖らせ、けんもほろろな態度で、スコールは棄てるように言った。
そんなスコールの態度に構わず、レオンは続ける。


「友達と遊んで。こんな遅い時間まで。何処で何をしていた? 何の話をしていたんだ?」
「なんでそんな事をあんたに報告しないと行けないんだ。今まで一度も聞いて来なかったじゃないか。あんたは俺の事なんか、興味ないんだろ」
「ああ、ない。だが、聞かれた事には答えても良いんじゃないのか。それで、今日は何処で何をしていたんだ?」


 スコールの苛立ちを余所に、繰り返し同じ言葉を問い掛けて来るレオンに、スコールは抱えていたジャージを投げつけた。


「あんたに教える義理はない! 俺が誰と何処で何をしていようと、そんなのは俺の勝手だろう!」


 ぱさ、とジャージがレオンの脚元に落ちる。

 真っ赤な顔で肩で呼吸するスコールから、レオンの視線が逸れる。
身を屈めた彼は、足下のジャージを拾いながら、呟いた。


「そうだな。お前が何処で何をしていようと、それはお前の自由だ」


 低い声で紡がれたレオンの言葉に、判っているのなら何故聞いて来るんだ、とスコールは眉根を寄せた。
その直後、レオンの手がスコールの腕を掴む。
突然の強い力に、思わずスコールは体を硬直させた。


「お前は自由なんだ」


 レオンがゆっくりと顔を上げて言った。
氷のように鋭い蒼の瞳に貫かれ、スコールは呼吸すら忘れてしまう。

 誰だ、とスコールは思った。
雑誌に映る兄の姿を見ながら、こいつは誰だ、と何度も思った事はあるけれど、目の前にいる男は尚の事知らないと思う。
優しい貌をした兄など知らないが、こんなにも冷たい貌をした男も知らない。
同じ場所に住んでいながら、碌に顔を合わせないのだから、互いの知らない顔など幾らでもあるだろう。
それでも、雑誌に載っている兄の顔は、まだ見覚えがあった。
それは恐らく、ティーダやヴァン、ジタンと言ったスコールの友人達の前では、あの雑誌に映っている顔と同じ表情を浮かべていたからだろう。

 だが、目の前で冷たい貌をしているこの男は、知らない。
見た事もない。

 ぎしり、と掴まれた腕の骨が悲鳴を上げて、スコールは痛みに顔を顰めた。


「この……離せ!」


 男の手を振り払おうと腕を引こうとするスコールだったが、掴む手は益々強くなる。
爪でも立てれば離すだろうと、スコールは自由な手でレオンの腕を掴み、あらん限りの力で爪を立てる。
筋肉の上を覆う皮膚に爪が食い込んだが、レオンは表情すら変えなかった。

 ───ぐるん、と。

 突然視界が回転して、床に投げ出された。
力任せに放られたスコールの体は、床へ肩を強く打ち付けて跳ねる。
痛む肩を抑えて呻いたスコールの腕を、男の手がもう一度掴んだ。
離せ、と叫ぼうとしたスコールは、背後の男を見て、目を瞠る。


(誰だ、こいつは)


 見下ろす男の蒼い瞳は、昏い昏い光を宿していた。
それなのに、口元には薄い笑みがある。

 レオンがスコールに対し、本当の意味で笑い掛ける事はない。
人前で"理想の兄"として仮面を被り、それらしく振る舞い、スコールに優しい言葉をかける事はあるけれど、そんな時でも彼の笑みは渇いていた。
あの眼の奥が笑っている所など、スコールは見た事がない。
精々、父親が帰国した時に出迎える時、一瞬垣間見える程度ではないだろうか。

 そんな兄が笑っている。
何の冗談だ、と表情を引き攣らせるスコールを見下ろして、レオンの喉がくく、と笑った。


「自由に生きるのは楽しいだろう? スコール」
「何……っ」


 何を言い出すんだ、と言い掛けたスコールの声は、最後まで音にならなかった。
レオンに捕まれた腕が捩じられ、背中へと押し付けられ、スコールは痛みに顔を顰める。


「学校も、友達も、未来も。お前は何でも自由に決められる。こんな時間まで外を出歩いても、叱る奴もいない。此処に帰って来ないって言う自由だってあるんだ。お前は何処にだって行けるんだ」
「痛…あ……っ!」


 このまま腕が有り得ない方向に曲げられるのではないか。
そう思える程の力で、レオンはスコールの腕を捩じり上げていた。
体を破壊されるかも知れないと言う恐怖に、スコールの顔から血の気が引き、嫌だ、と遮二無二暴れるが、背中に伸し掛かる重みはびくともしなかった。

 自由だった片腕も掴まれ、両腕をまとめて背中へと押し付けられる。
頭を振って止めろ、と叫ぶと、後頭部を鷲掴みにされ、床に顔面を押し付けられた。
痛みと息苦しさで体の力が弱まると、その隙に両腕が何かに縛られる。


「何を……」


 両腕が使えなくては、碌な抵抗も出来ない。
肩越しになんとか自分の背中を見遣れば、スコールのジャージが腕に巻き付き、固く結ばれていた。
力任せに解こうとしても、確りと結わえられたジャージは生地が滑り合う事もなく、反って引っ張る事で強固なものになって行く。

 俯せだった体が引っ繰り返され、仰向けにされる。
逆光になった兄の貌が間近にあって、スコールは息を飲んだ。


「な、に……」
「お前はずっと自由だったからな。自由にならない事が、どんなに窮屈なのかは知らないだろう?」
「そんなの……」
「俺がどれだけ窮屈だったかなんて、知らないだろう?」


 同じ言葉を繰り返すレオンに、スコールは歯を噛んだ。

 幼い頃から英才教育を施されたレオンが、どんなに苦しい思いをして来たか。
彼の言う通り、確かにスコールはそんな苦しさを味わった事はない。
何故なら、スコールは幼い頃から、何一つ望まれる事なく育てられたからだ。
幼い頃は兄に近付きたくて必死になっていた事もあったけれど、何をやっても兄の足下にも及ばなくて、教育係として傍にいた男にさえ、スコールは見捨てられた。
それ以来、スコールは何も強制される事がない代わりに、どんなに努力しても報われない自分の運命を知った。

 あんただって知らない癖に。
優秀過ぎる兄の下で、弟として生まれた自分が、どれだけ辛い思いをしたか。
今尚続くスコールの強い劣等感は、全てレオンの存在によって根付いたものだ。
まるで神から祝福されたように、全てを手に入れているレオンに比べて、自分と言う存在のなんと矮小な事か。
だが、レオンはスコールがそんな思いを抱いて来た事すら知らないだろう。

 ぶつけてやりたい言葉がぐるぐると渦巻いて、スコールは唇を噛んだ。
きっと言葉をぶつけた所で、レオンは表情一つ変えないだろう。
現にレオンは、自分の言葉に対するスコールの反応など、気にしていない。

 腕を背中に拘束され、横たわるスコールの上に馬乗りになって、レオンは言った。


「スコール。お前に教えてやる。何一つ自分の思う通りに出来ない事が、どんなに苦しいのか」


 何を言っているのだろう、とスコールは思った。
何一つ思う通りに出来ないのは、自分の方だ。
レオンは誰もが羨む全てのものを持っていて、幼い頃は窮屈でも、今のレオンには、自由にならない事など何一つ存在しないだろうに。

 そんな思考に囚われていたスコールだったが、突然視界が暗くなった事に驚いて我に返る。
部屋の電気は帰った時に点けて、レオンの頭の向こうで煌々と部屋を照らしていた筈なのに、今はその片鱗さえも覗けない。

 目元全体を覆っているのは、風呂に行こうと思って用意していたタオルだった。
目隠しをされているのだと気付いて、スコールの体に緊張が走る。


「レオン、あんた何を────」


 ぐっ、とカッターシャツの前が引っ張られ、ブチッ、と糸の千切れる音がした。
小さく軽いものが散らばる音が響く。
何が、と混乱に陥ったスコールだったが、アンダーシャツが捲り上げられ、腹にひやりとした外気が触れた事で、自分がどんな格好にされているのか気付いた。


「この……! あんた、頭可笑しくなったのか!?」


 自由にならない体の代わりに叫べば、どうだかな、と言って薄く笑う声。


「正常じゃないのは確かだろうな。だが、気が狂った訳でもなさそうだ」


 カチャカチャと金属の音が聞こえていた。
腰のベルトが緩んで行くのを感じ取って、スコールはまさか、とタオルの裏側で目を瞠る。

 ベルトが引き抜かれ、スラックスの前を止めるホックが外れた。


「やめっ…やめろ! レオン、ふざけるな!」


 叫ぶスコールの声に、レオンは何も答えなかった。
スコールは足をばたばたと暴れさせるが、レオンはスコールの脚に尻を乗せ、体重で抵抗を封じてしまった。
緩んだスラックスが引き下ろされて行くのを感じて、スコールは形振り構わずに暴れようと試みたが、足は全く動かせないし、腕を縛られた状態では、精々上半身を魚のように捻るしかない。


「嫌だ! レオン、止めろ! あんた、冗談だろう!?」


 自分を嫌う兄の、性質の悪い冗談だと、スコールは思っていた。
思いたかった。
そうでもなければ、血の繋がった兄に拘束され、裸に剥かれていると言う現実など、受け入れられる筈もない。

 ボクサーパンツを下ろされて足を押さえつけていたレオンの身体が離れた。
しかし、スラックスと一緒に膝下に絡まって足の自由を阻害し、床を這い上がって逃げる事も出来ない。

 自分がどんな有様にされているのか、スコールには嫌でも判った。
ひんやりと冷たい部屋の空気が、隠すものを失くした自身の中心部をくすぐる。
フローリングの床に触れる尻にも、じわじわと床の冷気が浸透していた。

 くく、とレオンの喉が笑うのが聞こえた。


「スコール。お前、まだ童貞だろう」
「っ……あんたには関係ないだろ!」


 レオンの視線は、明らかにスコールの分身に向けられていた。
足を曲げて丸くなって下半身を隠そうとするスコールだが、何か───十中八九、レオンの手だ───が膝を抑えて押し広げる。

 細いものがスコールの中心部に触れ、つぅ、となぞる。
あらぬ場所を他人に触れられている感覚に、スコールの体が嫌悪感で震える。


「十七なら、とっくに喪失していても可笑しくないが、お前は女子と恋愛なんてするような性格じゃないから、無理もないな。俺も恋愛なんてした事もないし。人嫌いのお前が童貞なのは別に不思議でもないか」
「触るなっ……!」
「余り剥けていないようだが、自慰位はした事はあるのか?」
「だから、あんたには関係ないっ───うぁっ…!」


 スコールの雄を包んでいる包皮の端が摘んで、引っ張られる。
有り得ない場所からの痛みに、スコールは思わず声を上げた。
レオンの指が包皮の端で遊ぶ度、ちりちりとした痛みでスコールの四肢が硬直する。

 痛みで歯を食い縛るスコールを見下ろして、レオンは弄んでいた包皮を放した。
敏感な箇所からの痛みから解放されて、スコールの体から力が抜け落ちる。
しかし、直ぐに別の感覚が下部を襲って、再び体が強張った。


「う、ぐっ…! やめ……っ」


 レオンの手がスコールの雄を包み込み、上下に扱いて刺激を与えている。
潔癖症の気があるスコールにとっては、自分の手ですら、必要最低限の時以外は触れる事を憚られる様な場所だ。
それを他人が、剰え兄が触れている等、スコールには考えられない出来事であった。

 レオンの手が雄を扱く度に、摩擦される皮膚が引き攣った痛みを訴える。
彼が何をしようとしているのか、スコールも淡泊とは言え無知ではないから、予想は出来た。
だが、赤の他人の女にされるのならばまだしも、男が、兄が、弟である自分に本当にそんな行為に及ぼうとしている等、理解したくもなかった。


「う、う……」
「痛いか?」
「…気持ち悪い……っ」


 痛いし、気持ち悪いし、悍(おぞ)ましい。

 スコールは縛られた腕を捻って逃げようと試みたが、レオンの手が肉棒をぎゅっと握った瞬間、ぎくっと体を強張らせた。
同じ男であるから、其処を刺激される時の感覚は、兄もよく知っているだろう。
野球やサッカーのボールが直撃した瞬間など、見ているだけでも自分も同じような痛みに見舞われる様な錯覚に襲われるものだから、まさか握り潰される様な事はないと思いたいが、今のレオンの思考は到底正常ではない。
実の弟を相手に、性的虐待紛いの事をしているのだ。
気に入らない相手に対しての、単なる嫌がらせにしては、度が過ぎている。
そんな行為を平然とした顔で行っているのだ、男の急所である場所にどれ程の蛮行を働くか、判った物ではない。

 スコールの竿を掴んでいるレオンの手は、握り潰す程の強い力を入れてはいなかったが、時折きゅっと握るように力が篭る。
その度、潰されるのではないかと、スコールは恐怖で身を固くした。
それを見てレオンがくつくつと嗤う。


「く……放、せ…っ」


 スコールの抵抗は、口だけのものとなっていた。
急所を握り潰されたら、と思うと、暴れたくても暴れられない。

 目隠しの所為で視界がまるで役に立たないのが、スコールの恐怖心を煽る。
何も見えない、何をされようとしているのか判らない。
下肢で悪戯を楽しむように触れる手が、次にどんな暴挙に出るのかも、スコールには全く判らなかった。

 筋張った手は、尚もスコールの中心部を扱いて刺激を与えている。
じりじりとした摩擦熱の中で、雄は少しずつ頭を起こし始めていた。


「精通はしたのか?」


 爪先で竿の裏側をなぞりながら、レオンは言った。
スコールは唇を噛んで答えを拒否する。


「意味が判らないなら、教えてやる」
「いらな───っ」


 ぐりっ、と膨らみの凹みを抉るように擦られて、スコールの体が跳ねる。
その反応を楽しむように、レオンは同じ場所をぐりぐりと弄り始めた。


「う、いぅっ…!ぐ、ん…ん…っ」


 ずる、ずる、と包皮が緩んで、雄の形が露わになった。
薄皮を剥がされた所為か、触れる空気の冷たさと、包む男の手の熱が、よりはっきりとした形になって伝わってくる。

 レオンの爪が悪戯に掠る度に、スコールの下肢はビクン、と跳ねる。
一番太い膨らみの裏側を指の腹で撫でられ、かと思うと掌全体で頭の先端を揉むようにやわやわと握られ、スコールはぞくぞくと寒気のようなものが、下肢から背中へと這い上がって来るのを感じていた。

 唇を噛んで刺激に耐えるスコールの姿に、レオンは更に責め苦を咥える。
下肢から競り上がる刺激に耐え忍んでいたスコールの胸に、大きな手が這った。
それは、するりとスコールの平らな胸板を撫でた後、頂きの小さな膨らみを摘む。


「────っ!」


 摘まんだ乳首をぎゅうっと捩じられて、スコールは痛みに悲鳴を上げそうになった。


「感じるか?」
「……痛、う……っ!」


 スコールは唇を噛んで、見えない男を目隠しの下で睨み付けた。
今のスコールを支配しているのは、怒りと嫌悪感だけだ。

 身を捩ってレオンの手を振り払おうとするスコールだったが、下肢への刺激が再開されて、また体が強張った。
半立ちになっていた其処は、いつの間にか真っ直ぐに上を向いている。


「乳首は感じなくても、此処は感じるんだな」
「…うる、さ、い……!」


 性器に直接触れられれば、嫌でも躯は反応する。
快感などなくても、敏感な其処は弄られていれば性感を示すように出来ているのだ。
────と、生き物の構造上、無理のない事であると判っていても、指摘されれば腹が立つし、スコールは自分が酷く低俗な生き物に堕ちたような気がして、悔しくて堪らなかった。

 胸を撫でていたレオンの手が離れる。
胸部からの痛みがなくなった事にホッとしたスコールだったが、直ぐにまた顔が引き攣った。
レオンは片手で根元から裏筋を激しく扱きながら、片手で雄の先端の穴をぐりぐりと穿るように弄っていた。


「ひぎっ、いっ…! ぐ、いあ……っあ!」


 散々刺激を与えられ、立ち上がった其処は、スコールの意思に反して敏感になっていた。
扱く手が一往復、二往復とするだけで、スコールの太腿がビクビクと跳ねる。
次いで先端を抉られる度に、尿意のような、けれどそれとは明らかに違う不自然な昂ぶりが競り上がって、スコールは頭の中がチカチカと白熱するのを感じた。


「あっ、ひっ…! レ、オン……やめ────ぇええっ!」


 ぐりゅっ! とレオンの指が先端を強く抉った瞬間、スコールの雄が弾けた。
絞り出されるように押し出された熱が、びゅくっ、と白濁液になって吐き出され、スコールの下肢に降り注ぐ。

 一瞬、自分の身に何が起こったのか、スコールは理解できなかった。
理解したくなかった、と言うのが正しいだろう。
しかし、下腹部を伝い落ちるぬるりとした液体や、じん…とした痺れを醸し出す下半身の違和感は、間違いなく自分が性的絶頂を迎えた事を示していた。

 呆然としていられたのは、ほんの数秒だ。
自分の有様を理解した後は、急激な自己嫌悪に見舞われて、じわりと目許に水が滲む。
それは目隠しのタオルに吸い込まれて、流れ落ちる事はなかったが、喉が引き攣るのは抑えられなかった。


「う…ぅ……っ」


 スコールは、唇を噛んで肩を震わせた。

 くく、と嗤う声が聞こえる。
スコールの中心部に触れていた手が離れて、スコールの唇に触れた。
ぬるりとしたものがまとわりつくのを感じて、スコールは顔を背ける。


「何故逃げる? お前が出したものだろう?」
「止めろっ…! もう良いだろう!」


 膝を縮こまらせて、頬に触れる指先から出来る限り顔を背けて、スコールは叫んだ。


「あんたが俺を、こんなふざけた真似をする位、憎んでるって言うのはよく判った。こんな性質の悪い嫌がらせをして、俺を侮辱したいのも。でも、もう良いだろ。此処まですれば、十分だろ。噛み付いたり暴れたりしないから、さっさと腕を解いてくれ。そうしたら、とっとと此処を出て行って、二度とあんたに逢わないから」


 スコールは無我夢中で叫んでいた。
この悍ましい空間に、狂った男と同じ場所にいたくない。
腕の拘束さえ解かれたら、持てるものだけ持ってさっさと出て行こうと決めていた。
父が後でどんな顔をするのかとも思ったが、家族の仮初の絆よりも、自分の傷付けられた自尊心が痛い。

 アルバイトも何もした事のない、金持ちボンボンの高校生が、家を飛び出して行ける場所なんてたかが知れている。
だが、少なくとも、この家の中にいるよりは遥かにマシだろう。
弟に性的虐待を施して薄笑いを浮かべているような兄と一緒に過ごさなければならない位なら、公園のベンチでも、駅裏の橋の下でも、ずっと過ごし易い場所のように思えた。

 だからさっさと解放してくれ───とスコールは言ったのだが、


「何を言っている? どうしてお前がこの家を出て行く必要があるんだ?」
「あんたが俺を嫌いだからだろ!」


 至極不思議と言わんばかりに、平静とした声で問うレオンに、スコールはもう一度叫んだ。
肩を震わせて、見えない相手に怒りを露わにしてみせるスコールに、レオンはそうだな、と頷く。


「それは間違っていない。だが、俺はお前に此処を出て行けなんて一言も言っていないぞ」
「……だったら、あんたは、俺にどうしろって言いたいんだ」
「どう───か。そうだな……」


 考えるような素振りの声で呟き、沈黙したレオンに、スコールは苛立ちを募らせていた。
目隠しが解かれないので、彼がどんな顔をしているのかは判らないが、きっと嗤っているに違いない。
スコールはそう確信し、腸が煮えるのを感じていた。

 突然、スコールの脚が男の手に捕まれ、足下に引っ掛かっていたスラックスが抜かれた。
足下が自由になったと思ったのも束の間、左右の足首を掴まれて、左右に大きく広げられる。


「何をっ……!?」


 膝裏から押されて、頭の横に脚が来る。
折り畳まれているような体勢になっている事に気付いて、スコールは背中と、体重で押し潰された腕の痛みに顔を顰めた。
更に、折り畳まれた体の上に人間一人分の体重が乗って、背骨に下敷きにした腕が食い込む。

 する、と臀部を撫でられて、スコールの体がびくっと跳ねる。
ゆったりと形をなぞるように滑った手は、やがて双丘の谷間に在る、小さな穴に行き着いた。
指先がつん、と其処に触れた瞬間、ひ、とスコールの喉が引き攣る。


「あんた、何処触って……うくぅっ!」


 蒼白になるスコールに構わず、指は秘孔の穴を押して、強引に中へと潜り込んで来た。
排泄器官である筈の場所に指を突き立てる等、医療行為でもない限り、先ず起こり得ない事だ。
だが、医者でもない兄が、まさか本当に医療行為のつもりでこんな真似をする訳もないだろう。

 ぬぷ、ぬぷ、とゆっくりと、レオンの指がスコールの秘孔に埋められていく。
スコールはあらぬ場所からの圧迫感と生理的な嫌悪感で、身動きが出来なくなっていた。
半ば呆然として、男の指を受け入れさせられるスコールに、レオンは言った。


「アナルセックスの経験はあるか?」
「…あな……は…!?」
「此処に性器を挿(い)れて、セックスをするんだ」
「んぅうっ!」


 此処、と言って、スコールの菊座に、レオンの指が根本まで突き立てられる。
長い指が直腸を押し広げる違和感に、スコールは唇を噛んでくぐもった悲鳴を上げた。

 挿入された指が、スコールの体内で悪戯に蠢いて、先端が内壁を引っ掻くように擦る。


「い、ぎっ…うぁ……」
「良く締め付けるな。咥えた事があるのか?」
「ふ、ざけ……んっぐ、うぅっ!」


 内壁は、確かにぎゅうぎゅうとレオンの指を締め付けていた。
だが、それはスコールの全身が侵入者を拒み、押し出そうとしているからだ。

 それが判らないレオンではなかったが、だからこそ、レオンはスコールを責める手を止めない。

 ずるり、と体内の皮肉を引っ張られる痛みに、スコールの体がビクビクと震える。
そのまま出て行ってくれるかと思った指は、強張って硬く閉じた肉に、もう一度爪を突き立てた。


「────っ!」
「痛いか。痛いだろうな」
「…判って、るんなら……っ」
「止めると思うか?」


 笑みを含んだレオンの声に、スコールは背中に押し潰された拳を握り締める。
悔しさで握り締めた拳は、次の瞬間には別の理由で固くなった。


「いあぁっ!」


 拒む肉を強引に押し広げて、二本の指が挿入された。
先刻よりも増した圧迫感に、スコールは背を仰け反らせる。

 根本まで埋められた指の、第一関節が曲げられて、ぴったりと閉じた内肉を抉る。


「あ、あ…痛ぁ……っ!あ、ぐっ、…うぅっ…!」


 二本の指が左右に広がって、スコールの秘孔内の道を拡げようとする。
当然、スコールの体は抵抗した。
広げられる壁を元に戻そうと弾力が働き、レオンの指に肉壁が絡み付く。

 嫌悪感のみで抵抗するスコールだったが、指の動きは止まらず、それ所か激しさを増して行く。
伸ばしては折り曲げられて、細い直腸の壁をぐにぐにと抉るように押し上げる指は、スコールの体内を弄るように全体を撫で回し始めていた。


「ひっ、いっ…ひぐっ…!んぅ、う…っ」
「大方、この辺りだと思うんだがな」


 レオンが独り言のように小さな声で呟いて、ぐっ、と指を上に持ち上げた。
その瞬間、ビクン! とスコールの体が大きく波打った。


「あぁああっ!」


 ビクッ、ビクッ、と跳ね上がったスコールに、レオンの唇が笑みに歪むが、スコールがそれを見る事は叶わない。

 スコールが反応した場所を、レオンは何度も指で突き上げた。
小さなしこりのような膨らみを持った其処を攻められる度に、強い電流のようものが、スコールの腰全体に響いて来る。
余りにも強いその刺激に、スコールは声を殺す事が出来なくなっていた。


「あっ、ひっ、ひぁっ…! な、に…やあっ、あっ…!」


 レオンの指がぐりぐりと膨らみを押し潰す。
それだけで、スコールは下半身から全ての力を持って行かれるような感覚に襲われた。


「あぅ、あ、あぁーっ!」
「これが前立腺だ。保健の授業で聞いた事位はあるんじゃないか?」
「ひっひぃうっ! あぐぅっ…!」


 ふるふると首を横に振るスコールだが、彼はレオンの問い掛けなど殆ど理解していなかった。
レオンが何を言っているのか、其処からもう受け取る事が出来ていない。
スコールは、直腸内を穿られると言う出来事と、下腹部から突き抜けるように襲う正体不明の感覚に、思考も何もかも奪い取られていた。

 レオンも、スコールがまともな返事をするとは思っていない。
彼は、己の指先一つであられもない声を上げる弟の姿に、昏い充足感を感じており、それ以外の事などどうでも良かった。

 秘奥に埋めた二本の指が、ぐるぐると回転するように動いて、スコールの秘部内を掻き回す。
拡げられる痛みと同時に、前立腺を掠める度に走る痺れに、スコールは頭を振って嫌だ、と訴えた。


「嫌、嫌だ、あぁあっ! レオ、ン、やめ、やめろ…おぉんっ!」


 ヂリッ、と尖った爪が前立腺を擦って、スコールは目を見開いて喉を逸らせた。
ビクビクッ、と細い太腿が痙攣する。


「おっ、あっ……あ…!」
「随分感じているようだが───まさか本当にアナルセックスをした事があるんじゃないだろうな。初めてでこんなに感じるって言うのも、可笑しな話だし。なあ?」
「んぁっ、あ、あく…うぅんっ! んっ、ひぅっ!」


 問うレオンの言葉に、スコールはもう一度首を横に振った。
しかし、レオンは「嘘は良くないな」と言って、二本の指で膨らみを挟み、ぎゅうっと強く摘まんだ。


「いあああああっ! やめっ、あ、あぁあ……!」
「学校の友達か、先生か。誘惑でもして、落とした事があるんじゃないのか。こんな遅い時間まで外を出歩いて、不良の真似事をするようなら、援交の可能性もあるか?」
「な、い…そんなのっ……! こんな、の、有り得な……」
「どうだか。最近の子供は早熟だし、奔放だって言うからな。自由に生きているお前が、そんな真似をしていても不思議じゃない」


 くりゅっ、ぐりゅっ、と前立腺を突き上げながら、レオンは言った。
スコールはまともに反論できる状態ではない。
レオンの言葉に弱々しく首を振りながら、陰部を突き上げられる度に襲う痺れに翻弄されるばかりだ。

 指の腹が、ゆっくりと前立腺の膨らみを押し上げて撫でる。
ビクッビクッ、とスコールの体が震え、開きっぱなしの口がはくはくと音なく開閉する。


「や、あ……」


 スコールが力のない声を漏らした後、指はゆっくりと引き抜かれた。
しかし、強引に広げられた下部の違和感は消える事なく、スコールを更なる自己嫌悪に陥らせる。

 ひっく、とスコールの喉がしゃくり上げた。
泣くなんて情けない、とスコールは思ったが、これだけの事をされて泣くなと言うのが無理な話だろう。
でも、指が抜かれたと言う事は、きっとこれで終わったのだ、とスコールは思った。

 しかし、違った。
地獄は更に続きがあり、スコールを絶望の深遠へと叩き落とそうとしていた。

 カチャ、と金属の音が聞こえた。
それから衣擦れの音が聞こえ、生暖かいものが臀部に擦りつけられる。


「────っ…?」


 視界が頼りにならない所為で、何が行われているのか判らない。
むくむくと蘇った恐怖に、スコールは息を詰めた。

 ひく、ひく、と元に戻ろうとして戻れず、不自然に伸縮を繰り返していた秘孔口に、硬いものが押し当てられた。
それはドクドクと生き物のように脈打っており、人間の体温よりも微かに熱い。
挿入されていた指よりも、遥かに質量のありそうな正体不明の物体に、スコールの恐怖心が煽られる。

 菊座の周りの皮膚を摘まれて、左右に引っ張られる。
くぱ、と広がった穴口へ、硬いものが宛がわれ、ぐぬぅ、とスコールの直腸へ侵入を試み始めた。


「な、あ…何っ────んぐぅううううっ!」


 丸みのある先端が潜り込んだかと思うと、スコールが困惑している隙に、それは一気に最奥まで突入した。
その太さたるや、指の比ではない。
排泄時以外は慎ましく閉じている筈の菊穴を押し広げるそれは、到底スコールの体が受け入れられるような代物ではなかった。

 ぶちっ、と秘孔内で何かが千切れるのを、スコールは感じた。
痛みに声にならない声を上げたスコールだが、侵入物はスコールの明らかな拒絶反応を無視し、ぐりぐりと最奥の壁を抉る。


「あっ、がっあ…! 苦し…な、に…これ……っ」
「くっ……裂けた、か…」


 レオンの苦い声が聞こえたが、直ぐにそれは笑みに摩り替わった。


「これで避けるって事は、初めてだったのか?」
「う、うぁ…あっ、ぐ……ひ、ひぃっ…!」
「意外だったな」


 レオンの呟きも、今のスコールには聞こえていない。
下腹部の圧迫感、内部の痛み、吐き気と混乱、恐怖。
それらでスコールの思考は完全に埋め尽くされていた。

 ずるり、と埋められていたものが動き出す。
不自然な凹凸を持ったそれは、一番太く膨らんだ場所で、スコールの内壁を拡げ擦りながら、ゆっくりと後退して行った。
そのまま出て行け、二度と来るな、とでも言うかのように、後退した分だけ壁が閉じて、道を塞ぐ。
しかし、侵入者は一番太い場所を穴の入り口に引っ掛けて止まってしまった。


「や…あ……うっんんっ」


 止まっていたものが前進して、スコールの直腸の壁を擦る。
悍ましい感覚に、スコールは背中の手で、床に爪を立てていた。


「血が出て来たな」
「…血……!?」


 レオンの呟きに、スコールは顔を蒼くさせた。
何処から出血しているのかと思っていると、細いもの───指がスコールの秘孔口の周りをなぞるように辿る。


「まあ、いい」
「な…良くなっ、あぁ!」
「ローションの代わりだ」


 浅い位置で留まっていた侵入物が、また奥へと突き刺さった。
かと思うと、侵入物は前後に激しく動き出し、閉じようとする肉壁を押し退けて、ずんずんと行き止まりの壁を叩く。


「あぐっ、ぐっ、うぎっ…! うっんっ、うぐぅ…っ!」


 体内を殴られているような衝撃に、スコールは喉奥から内臓が飛び出してくるのではないかと思った。
体内のものを軒並みぶちまけて、グロテスクで奇怪な死体で放置される自分の姿が脳裏に浮かんで、恐怖に戦慄する。
がち、と歯の音が鳴った。

 何度も最奥を叩いていた侵入物が、突然角度を変えた。
ぐにっ、と秘孔内の膨らみ───前立腺が押し潰された瞬間、あの得も言われぬ感覚がスコールを襲った。


「あぁあぁああ…っ!」
「やはり、此処が良いようだな」


 そんな声が聞こえた直後、指でされていた時と同じように、ぐりぐりと前立腺が強く押し上げられた。
だが、その時の感覚の強さは、指の時には比べられない程に激しいもの。
更に続けて、最奥と同じように前立腺をずんずんと叩かれて、スコールの下半身がビクンッ、ビクンッ、と魚のように跳ねる。


「はっ、あっ、あっ! ひっ、そこっ、やめえっ!」
「いやらしい声だな。此処で感じるのにもう慣れたのか?」
「だっ、あっ、誰がっ! 慣れっ、えっ、ひぃいっ…!」


 反論しようと口を割った瞬間、体内を無遠慮に掻き回されて、スコールは仰け反ってあられもない声を上げる。
形の良い爪先がピンと伸びて、太腿が攣るのではないかと思う程、彼の体は強張っていた。

 不意に、しゅるり、と目許の戒めが解かれた。
突然の視界の解放に、スコールの意識は追い付かず、天井の光が網膜に痛みを起こす。


「は、何っ……あっ、うっ、んんっ!」
「ちょっとな───」


 当惑するスコールの肩が掴まれ、上半身を起こされる。
代わりに持ち上げられていた下半身が元に戻って、折り畳まれていた姿勢から随分と楽になったが、下腹部の違和感は変わらない。
それ所か、より一層強いものとなって、スコールを苛んだ。

 首が座らない子供のように、スコールはかくんと頭を後ろに落として、あ、あ、と意味のない音を零していた。
掴まれた肩が前へと傾けられて、釣られるようにスコールの首も前へと傾く。

 ぼんやりと開いていたスコールの目に、陰惨な光景が飛び込んで来た。
隠すものを失くし、白濁液に汚れた腹と、緩く反って頭を持ち上げかけている雄。
その傍らで、赤い鮮血の糸を零しながら、どくどくと脈打つ太いものを咥え込んでいる、己のアヌス。
咥え込んでいるのは、自分のものよりも遥かに太く逞しい、男の象徴であった。


「────うわぁあああああああっ!」
「つ……きつっ…!」


 余りにも悍ましい光景に、スコールは錯乱状態に陥った。
拘束されている事も忘れ、下腹部を支配する痺れも痛みも忘れ、遮二無二暴れて逃げようとする。
しかし、強張った体は反って咥え込んだ肉棒を強く締め付けてしまい、抜く事も出来ない。

 締め付けの痛みに顔を顰めるレオンの身体を、スコールは蹴って押し退けようとした。
しかし、レオンの手がスコールの膝裏を掴み、左右に大きく割り開き、また体が折り畳まれてしまう。
レオンはその上に覆い被さって、全体重で持ってスコールの陰部を貫いた。


「んぐぅうううっ……!」
「逃げられるとでも思ってるのか?」


 根本までずっぷりと雄を挿入させて、レオンは言った。
弟を見下ろす蒼灰色の瞳には、冷たい筈なのに猛獣が獲物を食らう瞬間のような激情が滲んでいる。
食われる、殺される、と思ったスコールの体が、がたがたと震えた。

 レオンの腰が前後に動いて、スコールの秘孔内に埋められた雄が、内壁を弄るように擦り始める。


「うっ、うっ…ん、ぐ…っ! …うあぁっ!」


 上壁を突き上げられて、スコールの体にあの電流が迸る。
逃げるように体を仰け反らせたスコールだが、レオンに頭を掴まれ、無理やり視線を落とされる。
痛みに顰められた目に、秘孔を何度も出入りする肉棒が映されて、スコールは頭を振って嫌だと訴えた。


「いぎっ、いっ、うぅううっ! 嫌、だ…抜け、抜けえっ!」
「く、んっ…!」
「あぐぅうっ! 嫌だ、嫌、あ、あ、あっ」


 角度を変えながら、レオンの雄はスコールの内部を滅茶苦茶に掻き回す。
前立腺の膨らみを掠められる度、びりびりとしたものが腰全体を支配して、スコールは体の力が一瞬抜けるのを感じていた。

 息苦しさと嫌悪感と、正体不明の痺れに翻弄されて、スコールの瞳には大粒の涙が浮かんでいた。
喉が割れんばかりに叫んでも、此処には自分と兄しかいないし、兄は自分を犯している張本人。
マンションはどの部屋も防音完備になっているから、スコールがどんなに泣き喚いても、助けは来ない。

 鋭角で突き立てられた肉棒が、前立腺を強く打ち上げた。
スコールの白く細い体が跳ねて、爪先までピンと張り詰める。


「はっ、あっ、あっ…! あ、んぐ…うぅうっ…!」
「ふ、う…んっ、うっ、」
「う、う、あぐっ、あ…! っく、んぅんっ…!」


 直腸内で、侵入物がどくどくと脈打っている。
スコールを組み敷く男の表情が、一瞬苦悶するように歪んだ。
直後、欲望の塊が大きく脈打って、スコールの内側へと熱い迸りを吐き出した。


「あっ…あ、あ……」


 どろりとした粘着質な液体が、体内を逆流して行くのを感じて、スコールは絶望した。
男としての矜持を根から打ち砕かれたような気がして、大粒の涙がスコールの眦から零れ落ちる。

 何が起こったのか、自分が何をされたのか、判らないような子供だったら良かったのに。
そんな事を思いながら、スコールの意識は暗闇に飲み込まれた。



†† ††   †† ††



≫[籠ノ鳥 1-4]