籠ノ鳥 2-1
R-18


 レオンが大学までの就学行程を全て終えた時、スコールは中学三年生になっていた。
二人が今のマンションで同居生活を始めたのは、その時───卒業したレオンが『エスタ』に就職した年の事。

 その頃には、既に兄弟の間は冷え切っていた。
レオンが海外の大学に在籍している間、定期的に連絡は取るように努めていたが、それも息子達を心配する父への体裁を取り繕う為だけに行っていたものだった。
子は夫婦の鎹(かすがい)と言うが、スコールとレオンにとっては、父の存在が"家族"と言うコミュニティを守る鎹であった。
現在になってもそれは変わらず、丸一日どころか一週間近く顔を合わせない状況で、不可侵と無関心の間柄でも、父に真実を知られてショックを与えるよりは、と言う一念のみで、兄弟の同居は続いている。

 レオンがスコールを強姦してからも、それは継続された。
レオンは相変わらず、父への電話には色の良い声で返事をして、兄弟仲が相変わらずである事を彼に告げる。
スコールは、何度か父からの電話を取るようになったものの、喋るのは専ら父の方で、スコールは何も言わなかった。
兄に何をされたのかも、言えなかった。
思い切って話そうとしても、レオンと交わした会話を楽しそうに話して聞かせる父の声に、スコールはいつも閉口する。

 昨夜もそうして、父の話をじっと聞いていただけだった事を、スコールは抜けるような青空を見上げながら、ぼんやりと思い出していた。


(あいつは、何も知らない。何も判っていない)


 父は、兄との会話を報告される弟が、どんな気持ちでいるのか知らない。
兄とは会話はした事もないし、挨拶だってしないし、そもそも顔を合わせていない。
父との電話の最中、スコールがそんな気持ちで口を噤んでいる事を、ラグナは気付いていない。

 それで良いのだと、スコールも思っていた。
大切なのは父の心を裏切らない事だけだったから、レオンがどれだけ嘘をでっち上げた所で、スコールは気に留めないつもりだった。
そう思っていながら、苛立ちは募っていたけれど、それを闇雲に周囲に当たり散らして発散する程、スコールは無神経でも厚顔でもなかった。

 だが、今ばかりは、それが出来ない事がスコールを酷く苛立たせる。
気付いてくれなくて良いと思っていたのに、だからレオンの嘘を否定せずに来たのに、どうして誰も気付いてくれないんだと思う。


(……勝手だ……)


 自分の本心に誰も気付いてくれないのは、自分が隠し続けて来たからだ。
嘘の上塗りを重ねる兄に、止めろと言った事もなかったし、雑誌のインタビューを真に受けるクラスメイト達に、真実を話して聞かせた事もない。
友達と呼べるティーダやヴァン、ジタンにすら、スコールは何も話していなかった。
そんな環境で、自分の本音に気付いてくれるものなど居る訳がない。

 ぼんやりと空を見上げ続けていた視界に、影が差した。
青空をバックに、金色が二つと、少し褪せた銀色が一つ───ティーダとジタン、そしてヴァンだ。
彼らの手には、コンビニや学校の購買で買った弁当やパンが抱えられている。
ジタンに至っては、既に封を切った餡パンを口に咥えていた。


「スコール、今日も此処にいたんスね」
「最近、屋上がお気に入りみたいだな」
「人いなくて静かだもんな」


 フェンスに寄り掛かっているスコールを囲んで、三人が座る。


「で、スコール、お前弁当は?」
「……持って来てない」


 パンを齧りながら訊ねたジタンに、スコールは小さな声で言った。
それを聞いて、ティーダが溜息を吐く。


「またっスか? ちゃんと食わないと駄目って言ったじゃん」
「……食欲、ない」
「なんか此処んとこ、ずっとそんな調子だな。えーっと……はいこれ、スコールのパン」
「…あんた、人の話聞いてるのか」


 ぽいっと投げられたものを反射的に受け取ったスコールだったが、ヒレカツの挟まったサンドパンを見て、眉根を寄せる。
ヴァンなりの気遣いである事は判っているが、せめてもう少し軽いものを寄越してはくれないものか。
いや、奢って貰っておいて、そのメニューにとやかく言える立場ではないのだが、「食欲がない」と言っているのだから、もう少し……とスコールは胸中で愚痴を零す。

 ひょい、と横から紙パックを持った手が出てきた。
見ると、ジタンが当たり前のように、此方を見る事もなく、フルーツ牛乳を差し出している。
受け取るまで腕は引っ込みそうにないので、スコールは無言で紙パックを受け取った。
持っていたものがなくなって、ようやく手が引っ込む。

 ティーダが割り箸を割る音がして、コンビニ弁当のハンバーグに手を付ける。
むぐむぐと顎を動かしつつ、ティーダはヴァンから受け取ったパンを見詰めているだけのスコールを見て、


「スコール、痩せた?」
「……判らない」
「絶対痩せただろ。最近、まともに昼飯食ってる所見てないぜ」


 ティーダの問いに、曖昧に答えたスコールに代わり、ジタンがきっぱりと言った。


「朝飯と晩飯は食ってんの?」
「……」
「食ってないの!?」
「昨日の放課後、ティーダとファミレス行ったんじゃないのか?」
「行ったけど、スコールはコーヒー飲んだだけだった。帰って食うからって……」
「食ってねえじゃん」
「駄目だろ、それ。せめて一食ぐらいまともに食っとかないと、倒れるぞ」
「だなー。どうしても食えないなら、拒食症かも知れないし、一回病院とかも考えた方が良いんじゃないか。最近ずっとボーッとしてるし、鬱の気もあるかもな」


 一つ目のパンを平らげて、次の焼き蕎麦パンを袋から出しながら言うジタンに、そうかもな、とスコールは胸中で頷いた。

 全く食べられない訳ではないし、空腹も感じる。
しかし、食べ物を前にすると、一気に食欲が失せてしまい、食べる事が面倒になってしまう。
一口を運ぶことが酷く億劫な作業に思えて、自分で作った料理を前にして、テーブルについたまま口を付けずに一時間を過ごした事もある。
無理に食べると吐いてしまいそうで、結局、ラップをかけて冷蔵庫に入れる。
ようやく食べても、作った料理は一人分、一食分のつもりなのに、それを全て食べ切るのに数日がかかる始末だ。

 鬱の気があるのも否定できない。
寧ろ、そうと真正面から診断された方が、この気分の落ち込みの理由が出来て、楽になるかも知れない。

 鬱かも知れない、と言ったジタンに、反応したのはティーダだった。
彼は心配そうにスコールの顔を覗き込み、


「大丈夫か? なんか辛い事あった?」


 著名な家族と二人暮らしと言う、似た境遇にあってか、ティーダはスコールに強いシンパシーを持っている。
スコールも少なからず、自分と似た悩みを抱えている節のあるティーダに対し、親近感を抱いていた。

 ティーダの言う「辛い事」は、十中八九、兄に関わる事で何かあったのか、と言う意味だろう。
外ではどんなに素晴らしい人格者と羨まれていても、身内にとってはそうではない、と言う事を、ティーダは自分の経験から知っていた。
寧ろ、著名な家族を持つからこそ、衆目に振り回される事もあるのだと。

 じっと見詰める青い瞳。
同じく、空色と鶸色がスコールを見ていた。
スコールは、喉奥の引き攣りを感じながら、言ってみようか、と思う。
信じてくれるか否かは別として、此処で僅かでも吐き出せば、胸に溜まった鬱屈が少しは晴らせるかも知れない。
最後に冗談だったと言えば、きっと笑い飛ばしてくれるから、それでこの話は終わりに出来る筈だ。

 しかし、口から出て来た言葉は、いつもと同じものしかなく。


「大丈夫だ。問題ない」
「そう見えないから、大丈夫かって聞いてるんだけど…」
「……そうだな。悪かった。でも、本当に何でもないから」
「だからぁ…」


 そう見えないんだって、と言う友人達に対し、スコールは口を閉じた。
飲む気のなかったフルーツ牛乳のストローを取り出して、パックに挿す。

 やっぱり言えない。
言いたくない。
知られたくない。
今はただ純粋に心配してくれる彼等の瞳が、腫物に触るような目になるのは嫌だった。
何より、この穏やかな日常に、あの狂気を片鱗とて混ぜてしまうのが怖かった。

 フルーツ牛乳を飲み始めたスコールに、ティーダ達は顔を見合わせ、肩を落とした。
見た目に反して押しに弱いスコールだが、頑固な所は頑固である。
これ以上は何を聞いても答えてくれそうにないし、もしも鬱状態にあるのなら、無理に聞き出す事もストレスの要因になり兼ねない。
今はそっとして置いた方が良い。
きっといずれは話してくれるだろう───そんな気持ちで、少年達は、何処か重苦しく感じられた空気を払拭する為、別の話題を盛り上げる事に取りかかった。



 放課後は、スコールが密かに楽しみにしている時間だった。
ティーダ、ヴァン、ジタンと四人でゲームセンターに行ったり、ショッピングモールでシルバーアクセサリーの店を眺めて回ったり、喫茶店やファミレス、フードコートで雑談をして時間を潰す。
新作ゲームの出来について好き勝手に喋り倒し、迫るテストに阿鼻叫喚を上げ、学年首位の成績のスコールが一緒にいる内にと課題を消化。
毎日のように繰り返される、そんな何でもない日常を、スコールは誰にも言わなかったけれど、気に入っていた。

 楽しむ時間は直ぐに過ぎ、直に別れとなってしまうのだが、それも特に苦ではなかった。
明日になればまた同じ日々が繰り返され、土日祝日でも遊びに行こうと約束する事も出来る。
前日に約束を取り付けなくても、当日の朝になったらメールが届いている事だって日常的だった。

 日々の過ごし方について、スコールは制約を持たない。
それこそ、ティーダのように課題を放ったらかしにして遊びに行っても、叱る者はいなかっただろう。
父は海外にいるし、兄は弟の行動には無関心だ。
ティーダのようにテストで赤点連発などと言う事態になれば、話を聞いた父が怒る事もあったかも知れない───そんな父を想像する事すら、スコールには難しいのだが。何せ、彼は息子二人に対してとてもとても甘いので───が、スコールの成績は上々である。
多少、素行に不良の傾向が見られても、平時は至って真面目に過ごしているので、文句をつけられる事はあるまい。

 しかし、スコールに制約がないからと言って、友人達も自由に過ごしていられる訳ではない。
各々に約束や家庭事情があるのだから、時間が来れば帰宅しなければならない。
スコールも、若しも自分の家庭環境が、これほど特殊な形でなければ、彼等と同じように素直に家路に着いただろうから、帰宅準備を始める友人達を疎んじるような事はなかった。
どうせ、自分もその内帰らなければならないのだ。
その時間が、世間一般の感覚よりも大幅に遅くなっても叱る人間がいない、と言うだけの事────だった。

 今のスコールは、放課後の時間が始まる事が苦痛だった。
友達と過ごす放課後は、今までと変わりなく楽しい。
しかし、その時間が終わってしまえば、スコールは独りになり、あの牢獄のような家に帰らなければならないのだ。

 ゲームセンター、商店街のブティックをそれぞれ梯子して、最後に飲食店で腰を落ち着けるのが、スコール達の放課後のパターンだった。
だから、飲食店に入ったら、それは放課後の時間が終わる始まりも同然だ。
スコールは出来るだけその時間を先延ばしにしたくて、のろのろと歩いていた。
ティーダ達は、一人歩調が遅れるスコールを心配し、今日はもうお開きにしようか、と何度も言ったが、スコールは首を横に振った。
彼等と一緒にいたいから、スコールの歩みは遅かったのだ。
だが、それが反って彼等に心配をかけ、早い帰宅を促されてしまう。

 沈黙と「なんでもない」だけで、スコールは彼等の心配を振り切った。
三人はそんなスコールを心配し、遊ぶのはもう良いから、何か食べよう、とスコールの背を押して喫茶店に入った。

 注文したコーヒーがテーブルに置かれ、スコールはカフェインたっぷりの黒い液体を見詰めながら、本末転倒だ、と思う。
飲食店に入ったら、もう次の場所には行かない。
此処でしばらくお喋りをしたら、今日はお開きになるだろう。


(……まだ、帰りたくない)


 正確には、"まだ"ではなく"もう"帰りたくない。
そう思いながら、スコールはコーヒーカップを手に取った。

 ぼんやりと生気のない目でコーヒーを飲むスコールを、向かい合って座ったティーダとジタンがじっと見詰め、こそこそと顔を寄せ合う。


「やっぱり変だよな、スコール。調子悪いって言うレベルじゃないぞ。昨日もファミレスで水しか飲んでなかったし」
「っスねー。そう言やゼルから聞いたけど、今日授業中に居眠りして、ヤマザキ先生に怒られたらしいっス。珍しいよな、スコールが居眠りなんて」
「飯も碌に食ってないみたいだし、歩いてるだけで辛そうだし。早めに帰らせた方が良いな。此処出たら、ティーダが送って行ってやれよ。帰り道にフラフラされて事故とか起きたら堪んないし」
「りょーかい。任されたっス」


 テーブルの下で、ジタンの足がヴァンの爪先に当たった。
顔を上げたジタンが、トイレを指差す。
それを見たヴァンはきょとんとしていたが、


「ちょっとオレ達、トイレ行って来るわ。行こうぜ、ヴァン」
「俺、別に」
「行くの!」


 尿意は無い、とヴァンが断ろうとするのを、ジタンが先制してヴァンの腕を掴んだ。
引き摺るように連れて行かれるヴァンに、ティーダは手を振って見送る。

 二人になった所で、ティーダは改めてスコールを見た。
目の前でティーダとジタンがヒソヒソ話をしていた事も、ジタンとヴァンが不自然な形でトイレに向かった事も、彼は見えていない。
スコールは手元のコーヒーをじっと眺めているだけで、周りの事など見えていなかった。

 大丈夫かな、と改めて気を揉みつつ、ティーダは手元のコーラフロートをストローでぐるぐると掻き回す。
と、静かになったその場に、小さな振動音を拾って、ティーダは辺りを見回し、


「スコール、スコール」
「……あ、……何だ?」


 呼ぶ声にようやく我に返ったスコールに、ティーダは壁にソファの壁際に立てかけているスコールの鞄を指差す。


「スコールの携帯じゃないっスか? 鳴ってるの」
「……!」


 スコールの体が強張った。

 確かに、振動音はスコールの鞄の中から鳴っている。
普段、友人達の前で滅多に鳴らないその携帯が登録してある番号は、限られた友人を除けば、家族だけだ。
ティーダ達は此処にいるから、今携帯電話を使う事はない。
ならば、かけて来るのは家族のみ。

 振動音は鳴り続けたが、スコールは携帯を鞄から取り出そうともしなかった。


「出なくて良いんスか?」
「……どうせラグナだ。放って置いて良い」


 父を名指しで呼ぶスコールに、そっか、とティーダは言った。
出てやれば良いのに、とティーダは言わない。
彼もスコールと同じく、遠征や合宿に行っている父からの電話には碌々出ない。
俺に出ろと言うならお前も出ろ、と言われる事が判り切っているし、有名な家族に対して複雑な感情を持つのは共通していたので、お互いに家庭の話題に関しては必要以上に踏み込まないのが暗黙の了解だった。

 トイレに行っていたジタンとヴァンが戻って来ると同時に、振動音が止まった。
一瞬跳ね上がった鼓動が落ち付いて行くのを感じながら、スコールは自分が表情に乏しい人間で良かったと安堵する。


「スコール、あの漫画どうだった? 読んだ?」
「読んだ。…正直、テンションについて行くのが大変だ。読んでいると疲れる」
「クソ真面目に読むからだって。ギャグ漫画なんだから、ぱーっと読んじゃえば良いんスよ」
「そういや、ジタンに借りてたゲーム、返すの忘れてたな。明日持って来るよ」
「おー。ついでにお前の所のゲーム何か貸してくれ。家にある奴、一通り攻略し終わったから、別の奴やりたい。シューティング系で面白いのないか?」
「ティーダに貸してる奴ならあるけど」
「あれならちょーど昨日クリアしたっス。俺のトコからジタンのトコに回すって事で良い?」
「ん」
「スコールも何かゲームしようぜ〜、対戦できる奴とか」
「……カードならやる」
「それじゃ俺らに勝ち目ねえじゃん!」
「カードゲームになると妙に運が良いんスよね、スコール。最初の頃、チートしてるんじゃないかと思った」
「それ俺も思った!」


 笑い合うティーダとジタンをじろりと睨んでやれば、二人は揃って「冗談です」と両手を上げて降参ポーズを取る。
三人のその遣り取りを見て笑っているのがヴァンだ。
スコールはコーヒーにもう一度口を付けて、零れかけた笑みを誤魔化した。

 突如、軽快な音楽が高らかと鳴り響く。
それを耳にしてティーダが慌て出し、ズボンのポケットに入れている携帯電話を手探りし、音楽を止める。


「マナーにしとけよ」
「うん、ごめん」


 ジタンの言葉と、此方を見ている店員に頭を下げて謝って、ティーダは携帯電話を取り出した。


「あれ。レオンからだ」


 ティーダの口から零れた名前に、スコールの肩が微かに跳ねた。

 ティーダはメール機能を立ち上げて、新着のものを開く。


「えーっと……『スコールと一緒にいるか?』だって。さっきのスコールの着信も、レオンからだったのかな」
「……」
「『昨日から体調を崩しているようだから、すまないが早めに帰って休むように言っておいてくれ』ってさ」
「んじゃ、これ飲んだらお開きにするか」
「そうだなー。スコール、あんまり無理しないようにしろよ」


 ジタンとヴァンの言葉に、スコールの眉間に深い皺が寄せられる。
不機嫌を如実に表したかのような表情を、ティーダ達は気にしなかった。
また明日な、と言って笑う彼等に悪気がない事は判っているが、理不尽な怒りを覚えてしまう自分の身勝手さに、スコールは辟易していた。

 せめて、もう少し。
もう少しだけ。
そんな思いで、スコールはたった一杯のコーヒーを飲み干す事を躊躇っていた。



 ティーダは「マンションの近くまで送る」と言ったけれど、スコールがそれを断った。
ティーダの家は、学校からスコールの家までの途中にある。
ティーダとて早く家に帰って寛ぎたいだろうに、それを一度通り過ぎてまた戻ると言う手間は、スコールの方が気が引けた。
日も暮れた時間となれば、道も当然暗くなる。
街灯が其処此処に立ち並んでおり、治安も良いとは言え、昼間に比べると危ない事には変わりない。

 別れ際、本当に一人で大丈夫か、と念入りに心配されたが、スコールはその度に頷いた。
スコールの住むマンションは、大きな通りに面しているので、街灯も多い───と言うと、ティーダから「そういう事じゃなくて。体調の話っス」と怒られてしまった。
それについても大丈夫だと言って、いざとなったらタクシーを呼ぶと約束して、彼と別れる。

 ───本音を言うと、家が近付く毎に重くなる足取りを、ティーダに知られたくなかった、と言う思いが強い。

 それでも、何処かの漫画喫茶やカラオケボックス、ホテル等で一夜を明かす事が出来る程、スコールに行動力は無い。
高校生が一人でオールナイトは出来ないし、こんな時に頼れるような、誤魔化しの効く大人の知り合いもいない。
財布の中には、レオンから小遣いとして渡されている万札が数枚入っている為、普通の高校生に比べても遥かに潤沢であるから、ホテルには泊まれるだろう。
しかし、連日宿泊していれば、あっと言う間に底を尽く。
キャッシュカードはラグナ名義のものを渡されているので、贅沢をしなければ家出同然に泊まり歩く事も出来るだろうが、今まで殆ど使用した事がないだけに、使った途端に何があったのかとラグナに気付かれるような気がして、使う気にならなかった。

 明日の授業に必要なものも取りに行かないと、と考えてしまう程度には真面目な気質のスコールには、家出など最初から無理な話だった。
スコールに出来る事と言ったら、家に帰ったら直ぐに自分の部屋に篭って、明日の朝まで一歩も外に出ない事だけだ。

 マンションの前まで辿り着くと、スコールは高く聳える塔を見上げて、溜息を漏らした。
元々居心地が良い家ではなかったが、"あの日"からその思いは更に強くなった。
カードキーがエラーでも起こしてくれたら、中に入らないで済むのに。
そんな事を考えつつ、自ら鍵を壊すと言う事は出来なくて、何処までも受動的にしか物事を考えられない自分に嫌気が差した。

 エレベーターで上階まで上がり、自分の家の玄関前まで到着して、また溜息が漏れる。
電子キーのロックを外した合図に鳴る電子音が、スコールの心臓を縮める。
防犯上の仕様だから仕方がないが、なんとかして音を消せないものだろうか、と思う。

 中に入ると、廊下は暗く、レオンの部屋にのみ灯りが点いていた。
スコールは靴を脱ぎ捨てると、靴箱には目もくれず、ズボンのポケットから小さな鍵を取り出す。
一週間前に取り付けた、自分の部屋の鍵だった。

 鍵をドアの鍵穴に差し込もうとして、手が止まる。


「……!」


 ある筈のものが、其処にはない。
スコールの顔から血の気が引いて、踵を返す。

 しかし、その場を離れるよりも早くドアが開き、大きな手がスコールの腕を捕まえる。


「遅かったな。心配したぞ?」
「この……あんた、不法侵入だぞ!」


 痛い程の力で手首を捉え、薄い笑みを浮かべる兄に、スコールは眦を尖らせて叫んだ。


「大袈裟だな。お前に用があったから、お前の部屋で待たせて貰っていただけだ。ついでに、別居しているのならともかく、同居している家族に対して、不法侵入の適用は難しいぞ」
「煩い…! そんな事、どうでも良い!」
「そうだな。俺もどうでも良い。そんな事より、これについて、俺もお前に話がある」


 これ───と言って、レオンは重力に従えていた左手を上げる。
其処には、スコールが一週間前に取り付けた補助鍵が握られていた。


「涙ぐましい努力だな。だが、やるのならもう少し実用性のあるものを使った方が良い。穴を開ける必要のない補助鍵なんてものは、外からでも案外簡単に壊せるものなんだ。それにしたってテープ固定は脆弱過ぎる。玄関の補助鍵ならともかく、部屋の中の一室だから、ドアも壁も穴を開けられないと思って選んだんだろうが、本気で自分の身を守りたいのなら、形振り構わない方が良い」


 親切心で忠告するかのように、レオンは補助鍵の選択が誤っていた事を丁寧に説明する。
スコールは唇を噛んだ。
確かに、レオンの言う通り、テープで取り付けるような鍵なんて、少し力を入れれば取り外してしまえるだろう。
半ば判っていた事だけに、指摘されるとスコールはぐうの音も出ず、悔しさに歯噛みするしかない。

 レオンが勝手にスコールの部屋に入る事は、"あの日"の出来事以来、頻繁に行われるようになった。
その時、部屋主が部屋に居ようと居まいと関係なく、彼は優しい兄の仮面を被って、如何にも弟の様子を心配するような言葉を吐きながら入って来る。
そしてスコールが何をしていようと無視して、スコールを押し倒し、"あの日"と同じようにスコールに性的暴行を加えていた。

 犯行はレオンの気分次第で起こるものだったから、スコールが自衛の手段を探すのは当然だろう。
補助鍵もそのつもりで購入し、自分で取り付けたものだった。
この一週間、鍵をかけて閉じ籠る事で、翌朝までなけなしの平穏を守っていたと言うのに、それすらも目の前の男は奪うのか。


「また鍵を付けるのなら、その時はちゃんと物を選べ」
「………」
「まあ、お前にはもう関係のない話だろうけどな」


 レオンが放り投げた鍵の残骸が、床の上に落ちて散らばった。
ただそれだけの光景が、スコールの心を挫く。
新たな鍵を取り付けても、きっとレオンは何らかの手段を行使して、今日と同じように鍵を壊してしまうのだろう。
いや、レオンならば、破壊せずとも開錠させる方法を知っていても可笑しくはない。
だから、懇切丁寧に鍵選びの大切さを説いておきながら、"お前には関係ない話"と切って捨ててしまえるのだ。


「俺の話は終わりだ。お前の話も、もう終わりで良いな?」


 不法侵入云々ならもう聞いたしな。
そう言って、レオンはスコールの腕を引いた。

 嫌だ、と言うスコールの叫びを無視して、レオンはスコールを部屋へと連れて行った。
スコールの部屋である筈なのに、其処には煙草の匂いが充満している。
ベッドヘッドに今朝までは存在しなかった灰皿が置かれており、この部屋に滞在した時間の長さを示すように灰の山が築かれている。

 レオンはスコールをベッドへと放り投げた。
ずっと此処で煙草を吸っていたのだろう、一際濃い煙の濃さに、スコールは胸を抑えて咳き込んだ。
息苦しさに顔を顰めていると、腕を掴まれて背中へと回される。
しまった、と思う暇もなく、両の手首にベルト状のものが取り付けられ、かちゃり、と金属音と共に拘束される。


「やめろ! 離───っぐ…!」


 叫ぶスコールだったが、頭を鷲掴みにされ、ベッドシーツに顔を押し付けられてしまう。
呼吸が出来ない程に強く押さえつけられて、じたばたと暴れていたスコールの足が、次第に力を失くして行く。


「ふ、ぐ……ごほっ…げほっ……!」


 煙草の匂いと酸素不足で、スコールは意識が飛びかけていた。

 スコールが大人しくなると、後頭部を押さえつけていたレオンの手も離れる。
だが、これが解放ではない事を、スコールは嫌と言う程理解していた。

 仰向けにされてベルトを外され、下着ごとスラックスを脱がされる。
一挙に襲ってきた下肢の肌寒さと、これからされる行為に悪寒が走って、スコールはもう一度足を暴れさせる。
しかし、足下に纏わりつくスラックスの所為で、足首は縛られてもいないのに拘束されてしまった。


「毎度の事だが、諦めが悪いな」
「当たり前だ!」


 自分が性暴行を受けると判っていて、大人しく受け入れられる筈がない。
女だって、自分を組み敷く者が丸太のように太い腕を持った男でも、きっと全力で抵抗するだろう。

 レオンもそれは判っている。
判っていて、彼はスコールの抵抗する姿を愉しむ余裕を持っていた。


「その元気が、今日は何処まで持つか楽しみだな」


 レオンの手が隠すもののないスコールの中心部に触れた。
外気とは違い、熱のある人間の手の感触に、スコールの肩が震えた。
スコールは唇を噛んで息を殺し、雄を緩やかに扱かれて与えられる刺激に耐える。


「…っふ…う……っ」


 竿の裏筋を狙って、指の腹が擦れている。
悪戯に力を加えられる度に、スコールはじくじくとした甘い痺れが走るのを感じ取っていた。

 レオンの指が雄の膨らみの裏を掠め、爪を立てて引っ掻くように何度も擦られる。
窪みを執拗に弄られると、スコールの体は当人の意思を無視して、痙攣するように跳ね始めた。


「んっ、うっ…くうっ」
「敏感だな」
「……黙れ…っ!」


 くつくつと嗤う気配に、スコールは赤らんだ眦を尖らせ、己を辱める男を睨み付けた。


「反応してるのは事実だろう?」
「してない……」
「そう言う事は、自分の状態をよく見てから言うんだな。ほら、初めての時より反応が良くなって来てるぞ」


 レオンが手を離すと、ほんの少し刺激を与えられただけだと言うのに、スコールの中心部は緩やかに頭を持ち上げていた。
スコールの顔が真っ赤に染まる。

 刺激されれば否応なく反応する、生物の構造上の問題だと言う事は、スコールもレオンも判っている。
無理やりでも、何度も何度も刺激されていれば、意思を無視して体が感覚を記憶してしまい、性感帯も目覚めて行く。
性的刺激への体の反応は、理性や理屈とは全く別物なのだ。
だが、そんな事は判っていても、男に触られて反応してしまった現状を指摘されれば、羞恥心と屈辱に苛まれるものだろう。

 形の良い指が再び雄を包み込み、根元から先端までを激しく扱く。
スコールはぞくぞくとしたものが背中を奔るのを感じながら、喉奥で息を詰まらせて、零れそうになる音を必死で押し殺した。


「んくっ…んっ、う…ふ…っ!」
「痛みはないようだな。最初はあんなに痛がっていたのに」
「ひ…ふっ、うっ…! ぐ、うぅ…っ」
「今じゃ気持ち良いんだろう?」


 囁くレオンの言葉に、スコールは唇を噛んだまま、首を横に振った。
違うとはっきり叫んでやりたかったが、下肢から上って来る刺激の所為で、口を開いたら情けない声が漏れてしまいそうだった。

 初めてレオンに犯された時、性器に触れられた時に感じていた、皮膚が引き攣るような痛みは、何度も犯される内に和らいで行った。
被っていた包皮も徐々に剥けるようになり、勃起すると亀の頭が見えるようになった。
包皮を引っ張られる痛みも、竿を扱かれた時の皮膚の摩擦の痛みもなくなったのは、体への負担と言う点では良かったかも知れないが、スコールの精神は更に追い込まれた。
普通の男子高校生のように、自慰か、女と性交して剥けるのならまだしも、スコールを精通させたのは目の前の男───兄である。
兄に性器に触れられて反応してしまう位なら、いつまでも痛みに耐えている方がまだマシだ。

 しかし、現実のスコールの体は、明らかに兄から与えられる性的刺激に反応を示している。
程無く完全に天を突いてしまった雄の象徴が、隠しようのない証拠となって突き付けられた。


「んくっ……!」


 雄の先端を親指の腹で押されて、ビクッとスコールの足が跳ねる。


「先っぽ、弱いよな?」
「…ひっ、うっ…くぅ…んっ」


 レオンの声に、もう一度首を横に振るスコールだったが、先端の穴を抉るようにぐりぐりと弄られて、細い体が仰け反った。


「あぐっ、うぅうんっ!」


 太腿が痙攣するように震えたのを見て、レオンは同じ場所を集中的に攻めた。
穴口を拡げようとするかのように、尖った爪先を押し当てられる。
同時に根本を柔らかく揉まれ、竿の付け根の筋で指先が遊び、此方も爪先が掠められる度にスコールの体は面白いように跳ねた。

 穴口を弄っていた手が、先端の膨らみを包み、形を辿るように撫で始める。
一番太く固くなった部分を、行き来するように何度も何度もなぞられる感覚が、緩やかな刺激を生む。
先端や裏筋を刺激されるのとは違う、何処かぼやけた痺れに、スコールの息が上がる。


「っは、あ…! あくっ…う…はあぁ……っ」


 スコールの中心部は、レオンの手の中で痛い程に膨らんでいた。
眉根を寄せて天井を仰ぐスコールを見下ろしながら、レオンは雄の裏筋を根本から先端まで、ゆっくりと伝い上げる。


「ひっ、んくぅっ…!」
「イきたいか?」


 問う声に、スコールは唇を噛んで目を閉じる。
どんな答えを寄越そうと、寄越すまいと、全てはレオンの気分次第で決まるのだ。
どうせ自分に選択権は無いのだと、ほぼ日を置かず頻繁に強制される行為の中で、少年は悟らされていた。

 顔を合わせる事も嫌だと、態度で示すスコールに、レオンは口元を笑みに歪めて、竿の根本を握り込む。


「あぁあっ!」


 明らかな痛みに、スコールの口から苦悶の声が上がる。

 根本を握る手は直ぐに緩み、指で輪の形を作って、竿を根本から膨らみまで激しく扱き始めた。
同時に膨らみの裏側にある凹みで、擦るように指を動かしてやれば、スコールの足が強張ってシーツの波を引っ張る。


「やだ、やっ、んっ! んんぅうううっ!」


 絶頂を迎える瞬間、スコールは上半身を捻って、ベッドシーツに齧り突いた。
溢れ出しかけた悲鳴が、シーツの中でくぐもったものに包まれる。

 どろりとしたものが吐き出されて、スコールの躯は弛緩した。
強張っていた足もシーツに沈み、白い太腿だけがピクピクと痙攣の名残のように震える。
無理やり高められた熱を放った中心部は、すっかり頭を下げてしまっていたが、その先端からはとろとろと汁が零れ出していた。


「はあっ…はっあ…、あ……んく…ぅ…っ」


 昂った体を落ち着かせる為、スコールは意識して深い呼吸を繰り返す。
口端から零れる唾液を飲み込むも、幾らかは噛んだ時にベッドシーツが吸い込んでしまい、沁みになって残っていた。

 俯せになったスコールの臀部に、ぬるり、と生温い液体と冷たいものが這う。
スコールの吐き出したもので汚れたレオンの手が、尻を撫でているのだ。


「…嫌…だ……っ」


 射精した直後の体は、どんなに力を入れようとしても、まるで起き上がってくれず、芋虫のように這って逃げる事さえ出来ない。
足に絡み付いて抜けないスラックスも邪魔だった。
せめて背中に拘束された腕が自由なら、と思うスコールだが、だからこそレオンも両腕を使えないように、背中へ回してまで拘束したのだ。
両手をこうして拘束されるだけで、人間は何も出来ない脆弱な生き物に成り下がってしまう。

 それでも抗おうともぞもぞと不自由な足を動かして行くスコールに、レオンは滑稽だな、と言わんばかりに笑って言った。


「スコール。逃げたいんだろうが、此処からだと尻を振っているようにしか見えないぞ」
「ふ、んくっ…! う、るさ、い……!」
「お陰で、大事な所が丸見えだ。弄って下さいって言ってるようにしか見えないぞ?」
「────あぁっ!」


 双丘の膨らみを撫でていた手が狭間を辿り、づぷっ、とスコールの秘孔に突き立てられた。


「いっ、うぅっ……!」


 ベッドシーツに齧り突いて、スコールは恥部の圧迫感と違和感に耐える。

 スコールは、両腕を使えない為に、俯せになって上半身をベッドに預け、腰を高く掲げる格好になっていた。
まともに起き上がれないまま、足を支えに体重移動を計ろうとすれば、嫌でもこうした格好になるだろう。
だが、自分を犯そうとしている相手に無防備に尻を向けていれば、自ら攻め口を差し出しているようなものだ。

 レオンの指が穴口の縁をなぞる。
気持ち悪い、とスコールは顔を顰めてシーツに額を押し付けた。
指はゆったりとした動きで縁を撫で続け、異物を拒否するように閉じようとする内壁を拓(ひら)こうとしている。


「…ん、ぐ…うぅ……っ! ひぐっ…!」
「前と違って、こっちはお前とよく似て頑固だな」


 与えられる刺激に否応なく反応してしまう前部に比べ、秘孔口は頑なに侵入者を押し出そうとしている。
威嚇する猫のように、低い声で呻き声を零すスコールに、レオンは小さく呟く。


「それ位の方が、こっちも躾のし甲斐がある」
「んぅうううっ!」


 ぐにぃ、と指が奥まで挿入される。
ぴったりと閉じていた肉壁の中に強引に捻じ込んで来た異物に、スコールは苦しげな表情で篭った叫びを上げる。

 レオンの指を根本まで咥え込んだ状態で、スコールは唇を噛んで息を詰めたまま蹲る。
無理やり開かれた媚肉が、異物を追い出そうと必死で閉じようとしていたが、埋められた指は嘲るように蠢き、肉ヒダを掻き混ぜるように撫で始めた。


「いっ、うっ…!」
「でもこっちも、頑固なのは始めだけなんだ」
「……────っ!」


 第一関節を曲げたまま、ぐるりと秘孔内で回った指が、しこりのような膨らみを掠めた。
性交を強制される度に其処を触れられる所為で、スコールの前立腺は徐々に確実な性感帯として開発されつつある。
既に、ポイント周辺の括約筋を掠められただけで、びくびくと腰が戦慄く程に敏感になっていた。


「っは、ぐ…そこ、触る、なぁあっ!」


 膝を震わせて訴えるスコールだが、レオンは意に介さない。
爪先で引っ掻くように前立腺を上下に擦られて、スコールの身体が跳ねて揺れる。


「んっ、あぐっ! うぅ…んんんっ!」


 声を殺そうとシーツに齧り突くスコール。
可能な限りの抵抗の意思を見せる少年を、レオンはいつも愉しそうに見下ろしていた。

 兄弟の不可侵の均衡が崩れた"あの日"から、何度も無理やり開かれた体だが、秘孔部に異物が押し込められる時の違和感と嫌悪感だけは慣れない。
慣れては行けないものだと、スコールは思っている。
だが、スコールがこうして屈辱に歯噛みしている事で、傍若無人な男の優越感を煽っている事も確かだった。

 人差し指を入れたまま、中指が挿入されて、二本の指が前立腺を挟んで摘む。


「はうぅっ!」


 下肢から脳天までを一気に電流が突き抜けて、スコールは思わず声を上げた。
レオンは前立腺を挟んだまま、揉むように指先を転がす。
スコールは、パワーを緩めた電気ショックを与えられているかのように、ビクッビクッ、と痙攣するように四肢を躍らせた。


「あっ、ひっ、うぅっ! ん、ぐ…ふぁっ!」


 何度声を殺そうとしても、前立腺に刺激を与えられると、呆気なく口が開いてしまう。


「は…あっ、あくっ…! う、んくぅん…っ!」


 スコールの背中で、戒められた腕がぎしぎしと暴れようともがく。
しかし、両の手首を繋ぐ手枷が外れる事はなく、結局、体を左右に揺さぶる程度の抵抗しか出来なかった。

 レオンはスコールの秘部に指を埋めたまま、自由な片手を持ち上げた。
俯せで下腹部の違和感に悶えるスコールには、その様子は見えない。

 ばちん! と乾いた音が響いて、瞬間的な鋭い痛みがスコールを襲った。


「ひぃっ!」


 破裂にも似た音と、思いも寄らなかった臀部からの衝撃に、スコールは目を見開く。
何が、と事態を把握できずに混乱するスコールに構わず、もう一度、破裂音と衝撃をスコールを襲う。
ばちん、ばちん、と何度も繰り返される音に体を縮こまらせながら、スコールは臀部からじりじりと炎症のような熱い痛みが沸き起こって来る。


「あっ! うあっ!」
「面白いな、スコール」
「ひっ、あうっ! 痛っ、あぁっ!」
「叩く度に、お前の中が締め付けて来るぞ」


 レオンの手が振り落とされる度、彼の指を咥え込んだスコールの秘孔が委縮し、侵入物を締め付ける。
叩いた瞬間、音と痛みに合わせて反応を示す少年の体を、レオンは薄暗い笑みで見下ろしている。

 一際強い力で尻を叩かれて、劈くような音と痛みがスコールを襲う。


「ああぁっ!」


 その身を弓形に仰け反らせ、叫ぶ声と共に、内壁がレオンの指を食い千切らんばかりの強さで締め付けた。
締め付けの中で、絡み付く内壁を振り切るように、ぐりゅっと指が円を描く。
閉じようとする壁を押し開かれる感覚に、スコールは声にならない声を上げる。

 打つ音が消えて、スコールの躯が再びベッドへ沈む。
はあ、はあ、と覚束ない呼吸に合わせ、指を締め付けたままの秘孔内で壁が不自然に蠢いている。

 呆然自失としているスコールの尻は、真っ赤に腫れていた。
元の肌の色が白い所為もあって、赤い色はより鮮明に映し出されており、痛々しさを誇張するように演出している。
レオンの手がゆっくりと赤く腫れた丘に触れると、ビクッとスコールの躯が怯えるように跳ねた。


「ひっ、…う……!」


 炎症した皮膚は、平時に比べてずっと敏感になっている。
触れているか否かと言うソフトタッチさえも、今のスコールの尻は敏感に反応してしまう。
それは単に痛みの所為だけではなく、またいつ叩かれるかと言う恐怖に怯えていると言う事でもあった。


「尻叩きなんて、十年振りだろ? いや、お前はされた事もないかもな」


 くつくつと明らかに面白がっている声で言うレオンを、スコールは雫の滲んだ目で睨む。
その瞬間、───ばちん! と乾いた音が響く。


「うあぁ…っ!」
「余り調子に乗らない方が良いぞ。こっちも力加減がよく判らないからな。余計に痛いのは嫌だろう」
「…んっ…ふ、う……!」


 真新しい痛みに顔を顰め、叩いた場所を労るかのように優しく撫でる手に、スコールは眉根を寄せて唇を噛む。
悔しげに歪められる横顔が、シーツの波間の隙間から覗いていた。

 レオンはゆったりと臀部を撫でながら、秘孔内に埋めた指を動かし、強く閉じた媚肉を開かせるように促していく。
肉ヒダを愛撫しては前立腺を掠め、押し上げられて、スコールはぞくぞくとしたものが腰に広がるのを感じていた。
その感覚から意識を背けるように、スコールはシーツに顔を埋める。

 悪戯に気紛れに曲げて肉壁を拡げながら、指が少しずつ後退して行く。
早く出て行ってくれ、と願うスコールの気持ちを無視して、指は直腸全体を丁寧に弄っていた。
ふーっ、ふーっ、と殺した吐息を零しながら、下部からじんわりと広がって来る違和感に耐え、ようやく、指はスコールの秘孔口を解放した。


「…は…あっ…っんぁ……」


 拡げられた違和感は消えないものの、異物がなくなった事に、スコールは安堵の吐息を漏らす。
しかし、悪夢はこれで終わりではない。

 かちゃかちゃとベルトの外れる音が聞こえ、スコールの躯が再び強張る。
膝を立てて這って逃げようとすると、腰を掴まれ、秘部に硬いものが押し付けられた。


「やめろ! もう、やめっ…!」


 動かない体で必死にもがくスコールだったが、レオンの手がまた尻へと振り下ろされた。


「痛ぁっ!」
「動くな」
「や、あ────ああぁあぁぁっ!」


 レオンの命令に弱々しく頭を振って助けを求めるスコールだったが、容赦なく肉棒が秘孔に捩じり込まれ、悲鳴を上げる。


「はっ、あ…あがぁっ…!」


 指とは比べ物にならない太さのものに貫かれ、スコールははくはくと口を開閉させる。
虚ろな瞳が宙を彷徨い、背中で拘束された手が強く握り締めて震えていた。

 レオンの手が持ち上がり、赤く腫れた尻を叩く。
一発では終わらなかった。
二発、三発と乾いた音が響く度に、スコールの体は叱られて怯える小さな子供のように跳ね、強張った体の内側で、肉壁が深く穿たれた肉棒を締め付ける。


「ひっ、ひぃっ! いあっ…! あぁっ!」


 乾いた音が響く度、スコールは声を上げて細い四肢を強張らせた。
叩かれた瞬間の痛みは、始めに比べると感じなくなっていたが、それもきっと何度も叩かれて皮膚の感覚が麻痺したからだろう。
証左のように、スコールの白く引き締まっていた臀部は、哀れを誘う程に真っ赤に腫れ上がっていた。


「やっ! やあっ…! も、もう…あくぅっ!」


 もう嫌だ、もう止めてくれ、とスコールは何度も叫ぶが、最後まで音にならない。
振り下ろされた手が弾けた音を鳴らす度に、スコールの体は否応なく委縮してしまう。
たかが尻叩き如きで───と侮れるものではない。
容赦のない痛みと、響き渡る乾いた音は、今までそんな仕打ちを受けた事がなかった少年を竦ませるには十分だった。


「ひっ、ひうっ! んっ! んんっ…!」


 徐々にスコールの反応が鈍くなり、最後には体がビクビクと跳ねるばかりで、声も上がらなくなった。
叩く音に体が跳ねる度、レオンは雄がきゅうきゅうと締め付けられるのを感じていた。

 静かだったレオンの呼吸が、微かに上がり始めていた。
スコールの体内で少しずつ膨らんで行く雄。
肉棒を咥えた内壁は、ぴったりとレオンの形に添うように歪んだ所為で、それが膨らんで行く様子を生々しく伝えて来る。

 腫れて熱を持った尻を、レオンの手が撫でる。
その手が心なしか熱く感じられるのは、スコールを何度も叩いた所為だろうか。


「調子に乗るなと言っただろう」
「……ひっ……!」


 低い声で命令し、レオンはスコールの尻を掌で鷲掴みにした。
先に散々叩かれた所為で、指先が食い込む程の力で掴まれるだけでも、スコールの心は容易く折れてしまう。


「う、あ……」
「そうだ。大人しくしていろ」


 体を震わせ、命令の通りに暴れるのを止めたスコールに、レオンは冷たく言い放つ。

 レオンは赤く腫れた両の尻たぶを掴んで固定すると、腰を前後に動かし始めた。


「やっ、あっ…! あっ、あ…あっ…!」
「く…ふ……っ!」


 突き立てられた肉棒が前後にスライドして、スコールの内壁に強い刺激を与える。
尻を叩かれて完全に委縮した体は、内部からの刺激にも過敏に反応してしまい、角度を変えて強く天井や下部を突き上げられる度、律動に合わせるようにして内壁を閉じては開きを繰り返す。

 レオンはスコールの秘孔口周りの皮膚を摘んだ。
ぐにぃ、と左右にそれぞれ引っ張れば、雄を咥え込んで充血したように赤くなった肉壁が見えた。
途端、ずくん、とレオンの中心部に熱が集まり、スコールの体内で雄が膨らみを増す。
嫌だ、とスコールが蚊の泣く声で言ったが、レオンは聞こえない振りをした。

 レオンはスコールの背中に倒れ込むように伸し掛かった。
二人の体がぴったりと密着し、俄かに深くなった突き上げに、スコールのはシーツに顔を埋めたまま、弱々しく頭を振る。


「やっ、あっあっ…! あぁっ…!」


 突き上げが深くなり、最奥の壁柄と到達した瞬間、スコールは体を撓らせて身悶えた。


「はぐっ、うぅっ…! んっ、ふっ、う…っ!」


 喉奥から競り上がって来る吐き気を、スコールは堪えて飲み込んだ。
どうせ胃の中には何も入っていないのだから、吐き出すようなものはない。
上って来た胃液だけを飲み込めば、溜飲の名残のように、喉がぢりぢりとした熱と痛みを訴えた。

 レオンの腕がスコールの体の前に回されて、肉の薄い腹を撫でる。
そのまま上った手は、胸板を撫でて、頂きの蕾を摘んだ。
きゅっと痛む程ではない柔らかな力に、スコールの体が震える。


「此処も、随分覚えて来たな」
「……!」


 ふるふると首を横に振るスコールだったが、乳首を摘まれると同時に、直腸を突き上げられて声を漏らす。


「ひっ、ひうっ! あぅうっ!」
「膨らんで硬くなってきた。これで感じていない訳がないだろう?」
「あっ、あっ、あっ…! ひっ、んん…! 引っ張る、な、あ…!」


 左右の乳首をそれぞれ摘んで転がされて、スコールは胸から伝わるぞくぞくとした感覚を息を荒げて行く。
ツンと尖った膨らみを、着たままのシャツの裏地に擦り合わせるように当てられるだけで、スコールは悩ましい声を上げてしまう。


「や、嫌だ…いやぁあっ! んっ、んぁあっ! 感じてっ、感じてないっ! こんなの…感じて、ないぃいっ!」


 スコールの叫びも虚しく、乳首の膨らみは、レオンの手が離れても引かなかった。
シャツの裏地に擦れる感覚を嫌って体を何度も捩るが、その行為が余計に快感を生んでしまう。


「んあっ、あ、あぁっ…! やだ、あ、やぁあ…!」


 ぞくぞくと走る感覚に耐える事が出来ず、スコールの拒絶の声は徐々に弱々しくなって行った。

 背中で拘束された腕を掴まれ、スコールは上半身を引き起こされた。
胸を愛撫する手はそのままで、前後でそれぞれ強引に支えられて膝立ちを強要され、スコールの腹筋に力が篭る。
そうすると、括約筋が締まって雄が更に締め付けられるのだが、レオンはそれを振り切るように腰を大きくグラインドさせ、入り口から最奥までを一息に貫いた。
瞬間、スコールは白目を剥いて声にならない悲鳴を上げた。


「〜〜〜〜っ!」


 雄の先端に行き止まりを強く持ち上げられる。
びくん、びくん、とスコールの体が酸素を失った魚のように震え、根本まで咥え込んだ欲望の全てを肉壁が包み込んで締め付けた。
嫌、と呻くスコールを無視し、レオンの律動は更に激しさを増して行く。


「あっ、うあっ…あっ、んぉっ…! ひっ、深っ…! んぅうっ!」
「は……もっと、だ……ほらっ」


 スコールを膝立ちにさせたまま、レオンの手がスコールの腰回りを撫で下りて、辿り着いた臀部を叩く。
ばちん! と音が響いて、スコールは悲鳴を上げて肉棒を締め付けた。


「ひあっ! いあぁあっ! あぁあぁんっ!」


 ばちん! ばちん! と、乾いた音が弾ける度に、スコールの体が跳ね、男の欲望を昂らせて行く。
きゅうっ、ぎゅうっ、と締め付ける媚肉に刺激しながら、スコールも最奥を突き上げられる度、腰に電流のような痺れが走るのを感じていた。
その痺れが消えない内に、何度も何度も恥部を突き上げられていると、今度は徐々に下半身から力が抜けてしまう。
最早スコールの膝には体重を支えるだけの力はなく、陰部を貫く雄によって支えられている状態だった。


「やっ、あっ! あぐっ、んん!」
「く、う……!」


 レオンの唇が耐えるように引き絞られ、眉根が寄せられる。
スコールを見ていた時の嘲笑うような表情は消え、自身の体を襲う劣情に突き動かされるまま、少年の体を攻め立てる。

 絡み付く肉壁の中で、雄が大きく脈打つと、レオンは息を詰めた。
完全に抜ける直前まで腰を引いて、「あ、あ、あ、」と意味のない音を漏らすスコールが正気に戻るのを待たず、ずんっ! と根本まで挿入し、


「ひっ、ひっ、あひぃっ! 中にっ! 嫌だぁああああっ!」


 びゅくっ、びゅくっ! と体内で脈打ちながら吐き出される蜜液に、スコールは目を見開いて叫んだ。
だが、スコールがどんなに泣き叫んでも、少年を戒める男の腕は離れる事はない。
スコールは自分の体の中が男によって穢されて行くのを、男が満足するまで待ち続けるしかなかった。

 スコールの直腸内が自分のものではない異物によって満たされると、ようやくレオンは詰めていた息を吐いた。
萎えた己をゆっくりと引き抜いて行くと、それを追うように肉壁が雄に纏わりついて来る。
誘っているみたいだな、とレオンが囁くと、スコールはゆるゆると首を横に振った。

 ぷちゅ、と卑猥な音を漏らして、レオンの雄が陰部から引き抜かれる。
ねっとりとした体液に塗れた雄の先端と、あられもなく拡がってしまった秘孔口とが、てらてらと光る銀糸で繋がっている。
程無くそれはぷつりと切れて、スコールの陰部から注がれた蜜がとろりと流れ落ちた。

 レオンが掴まえていた腕を放すと、スコールはベッドに身を沈めた。
一切の支える力を失った膝も崩れ落ち、両足を大きく開いて陰部を露わにしたまま、スコールはひくっ、ひくっ、と小刻みに四肢を震わせている。
小ぶりで引き締まっていた尻は、何度も叩かれた所為で、まるで猿尻のように真っ赤になっていた。
その尻に、レオンの手が触れた瞬間、ビクッとスコールの体が震え上がる。


「ひっ……」
「そう怖がるな。少しやり過ぎたか?」


 少しなんてものじゃない。
触れたレオンの手が仄かに冷たく感じる程、スコールの尻は痛みによる熱を放っていた。

 喉を引き攣らせ、涙の滲む顔をシーツに埋めるスコール。
そんな弟を一瞥して、レオンはスコールの腕を戒めている拘束を解いた。
自由になった腕は反抗の意思を見せる事もなく、体の横にだらりと投げ出され、流れの悪かった血流が元に戻って行く証に、鈍い痺れが流れ始める。


「ふ…っく……ひっ…」


 しゃくり上げるスコールに構わず、レオンはティッシュで自分の竿を拭くと、ベッドを下りた。

 レオンは開けたままにしていたドアを一瞥して、ベッドの上で動かないスコールへ振り返り、


「鍵なんてものは、二度とかけるな。俺にしてみれば、ドア自体壊してやっても良いんだ。だが、お前だって最低限のプライバシー位は欲しいだろう?」


 スコールは答えなかった。
話をするのも嫌だと思った。
いっその事、彼の声が聞こえなければ良いのに、とも思う。

 気配が遠退いて、ドアが閉じられる。
一人になった暗い部屋の中で、スコールはのろのろと腕を引き寄せた。
手首には戒められていた時の違和感ばかりが残っていて、その腕に嵌められていた筈の手枷は、痕すら残っていない。
レオンは、手首や首などと言った人目に付きそうな場所には、決して痕が残るような真似はしなかった。


(……大丈夫。気付かれない。ティーダ達にも、誰にも)


 心配そうに覗き込んでくる友人達の顔を思い出し、スコールは手首を握って目を閉じた。

 気付かれないから、彼等を撒き込む事はない。
今のままなら、きっと嫌われる事もない。
けれど、気付かれないからスコールは誰にも相談する事が出来ず、異常な行動で以て暴君として振る舞う男から逃げる事も出来ない。
自分一人の力では敵わない以上、誰かに事情を話して匿って貰わなければ、スコールが彼から離れる事は無理だろう。
スコールは、自らその道を閉ざしてしまっていた。

 しばらくじっと蹲っていたスコールだったが、晒されたままの下半身に冷気を感じて、ふるり、と体を震わせる。
目を開けてのろのろと起き上がれば、スラックスを絡ませたままの足下が見えた。


(……風呂、入ろう)


 体は重く、このまま眠ってしまおうかとも思ったが、性交の気配を残したままにして置くのが気持ちが悪かった。

 皺だらけになったスラックスと下着は脱いで、スコールは覚束ない足でベッドを下りた。
ベッドヘッドに掴まりながら立ち上がろうとして、其処に置かれているものに気付く。


(……灰皿……)


 それを見た途端、スコールは部屋の中が煙の匂いを残している事を思い出す。
煙そのものは、ドアを開けたままにしていたお陰か、大分逃げたようだった。
しかし、残り香があるだけでも、スコールの最初から低迷していた気分は更に下がる。

 スコールは煙草を吸わない。
未成年なのだから当然だし、つい数年前まで喘息の気があった。
幼い頃に比べ、頻繁に発作を起こす事もなくなり、今では殆ど発症する事はなかったが、元々気管支が丈夫ではない為、煙草はご法度も同然であった。
レオンがそれを知っているのか否かは判らない。
どちらにしても、ベッドヘッドに置かれた灰皿は、スコールにとって嫌がらせ以外の何者でもない。


(……持って行けよ)


 煙草を吸ったのはレオン。
灰皿もレオンのもの。
スコールは、躯だけでなく、自分の心を守る領域までもが侵されて行く不快感に顔を顰めた。



◇◆◇◆   ◇◆◇◆



≫[籠ノ鳥 2-2]