籠ノ鳥 6-4


 レオンの一日の勉強時間は、悠に十二時間を超えた。
高等学校への入学は、教育係が許さなかった。
今時、高校卒業の資格も取らずに就職できるような場所など、何処にもありはしないだろうに、教育係は気にしなかった。
教育係が目指すのは、レオンを『エスタ』の"次期社長"に作り上げる事だ。『エスタ』の現社長はレオンの父親であるラグナだから、コネクションには不自由しない。
学歴を気にする煩型はいるだろうが、社長の権限と言うものは馬鹿に出来ない。

 レオンの一日は、常に決まっていた。
朝七時に目を覚まし、用意されていた朝食を平らげると、八時から勉強時間が始まる。
勉強は二時間ずつに科目が変わる。
十二時丁度に昼食が用意され、午後一時から再び勉強だ。
午後七時に夕飯が用意され、午後八時から勉強。
終わるのは夜の十時だが、授業内容の進行が捗らない科目があった場合、予定の範囲が終わるまで時間が追加された。
勉強が終わると、隣接の部屋を改装して作ったシャワールームで体を洗って、戻って眠る。
そして、また朝七時に目を覚ます。
この繰り返した。

 勉強の休憩時間は、各科目の隙間に五分程度───食事を休憩時間と計算しても、勉強時間の十分の一にも満たない。
人間が一つの事に意識を集中していられる時間は、三時間が限度と言われている事を思うと、レオンはかなり無理を強いられていると言って良い。
当然、無理が祟って体調を崩す事も増えた。
それでもレオンは根を上げなかった。
正確に言えば、上げられなかった。

 レオンが勉強し、支配者と化した教育係が満足行く結果を得る事が出来なければ、愛する弟に危害が及ぶ可能性があった。
それだけは赦す訳には行かなかったから、レオンは死にもの狂いで勉強に身を打ち込んだ。

 基礎を叩き直すとして、小学校の一年生の勉強から復習させられ、六年間の勉強分を半年に詰め込んだ。
一つ一つの科目の専門性が増す中学生の授業は、音楽や美術と言った芸術科目も含め、全てに置いて九十点以上の成績を残すように指導された。
体育の実技授業は、平日の昼間───スコールが小学校に行っていて、家にいない時だ───に中庭で行った。
体力測定でも、平均以上の成績が出せるようになるまで、何度も繰り返された。

 十五歳になると、まだ中学生の年度も終わっていない内に、高等学校の授業に移行し、一般的な高等学校で履修できる全ての科目を全て勉強するようになった。
必修・選択と言う区別はない。
それらに加え、社交ダンス等の舞踊も行われた。
時折、教育係に邸宅の外へ連れ出されるようになったが、その時は必ず、教育係が隣にいる。
連れて行かれたのは、世に言うセレブリティと呼ばれる人々が集う、社交界だった。
レオンは其処に連れ出される度、それとなく父の姿を探したのだが、いつも見付からないまま帰宅した。

 社交界等への外出時と、体育の授業の時以外、レオンの腕には手錠がかけられていた。
左右の手錠を繋ぐ鎖は、二十センチ程度の長さしかなく、両腕を広げる事も出来ない。
初めは書き物をする時に邪魔で仕方がなかったのだが、その状態が長く続いている内に、次第に慣れてしまった。
眠る時にも手錠は外されない。
それにも、いつの間にか慣れてしまった。


(……これって虐待だよな)


 今日のノルマ分の勉強を終え、ベッドに俯せになって、レオンは思った。

 ちゃり、と手許で金属の音が鳴る。
折を見ては、外すか壊すか出来ないかと奮闘しているのだが、案外と確りとした作りをしているらしく、びくともしない。
外出時と体育の授業で外された時、逃げるチャンスだと思ってはいるのだが、自分が逃げた後、弟がどんな目に遭うのかと思うと、一歩を踏み出す事が出来なかった。


(スコール……)


 もう一年以上、レオンはスコールの顔を見ていない。

 今頃何をしているのか、小学校では友達は出来ただろうか。
人見知りが激しく、いつもレオンの後ろをついて歩く子だったから、一人できちんと学校に行けているのかも心配だ。
喘息の発作は大丈夫だろうか。
薬はいつも持ち歩くように言い付けていたが、うっかり忘れてしまったりと言う事は珍しくなかった。
体育の授業で無理をしてはいないだろうか。
担任は、喘息の発作にきちんと理解を示してくれているだろうか。
苛めに遭ったりしていないだろうか。

 レオンの不安は尽きない。
その殆どは、弟であるスコールへの心配から来るものだった。
傍にいて守ってやりたいのに、それが出来ない事が悔しい。


(せめて、元気にしてるって事が判れば……)


 レオンはのろのろと起き上がり、窓から見える中庭を見詰めた。
庭師がいなくなってから、庭の木々は荒れ放題だ。
時折、ハウスキーパーが芝刈り機で大雑把に雑草を切っている音を聞くが、それだけだ。
庭師が丹精込めて可愛がっていた花園も、幼いスコールが喜ぶようにと工夫を凝らして刈り取られていた芝も、見る影もない。
今や中庭は、レオンの小さなグラウンドでしかない。

 スコールが遊んでいる光景を見る事が出来たら、こんな殺風景な中庭でも、愛着が沸くかも知れない。
スコールがいるだけで、レオンは彼の周りが鮮やかに輝く気がした。

 だが、レオンと引き離されて以来、スコールが中庭に現れる事はない。
元々、外遊びが好きな子供ではなかったし、中庭に行く時も、レオンやウォードに促された時位のものだった。
自発的に外出したがるような性格ではないのだ。
荒れ放題で雑草が伸び放題になった中庭に、子供が喜びそうなものはない。
毛虫や羽虫、蜂も嫌いだし、スコールが寄り付かないのも無理はあるまい。


(……憂鬱だ……)


 この生活は、一体いつまで続くのだろう。
父が帰って来てくれれば、全てをぶちまけてやれるのに───と思っていたのは、監禁生活が始まってから一年間だけだった。

 ラグナへの連絡は、教育係の口から定期的に伝えられていると言う。
父は、長く帰る事が出来ずにいる事を、息子達に申し訳なく思っていた。
良くも悪くも人を疑う事を知らない父は、未だに教育係の事を信頼しており、息子達の日々の様子について、報告される内容を疑っていない。
父は何も知らないのだから無理はないと言っても、レオンは気付いてくれ、と何度も思った。
そうすれば、自分は無理でも、スコールだけでも助け出せるかも知れないのに。

 ラグナが帰国して来ないのは、レオンの前で全てが露見した時に予想した通り、教育係が密かに誘導した事だった。
教育係は、様々な所にコネクションを持っており、その影響は海外へも及んでいた。
だからラグナは、帰国しようにも帰って来られないのだ。
会社絡みであちこちから指名を貰い、彼は信用を得る為に東奔西走している。
彼の秘書として、共に過ごしているキロスも同じだ。
ラグナもキロスも、早く帰国して息子達の顔が見たい、と言っていたそうだが、それも容易には叶わない。
彼らは既に、他人の手の内で踊っているに過ぎなかった。

 教育係が、早く自分に飽きてくれたら良いのに、とレオンは思っていた。
自分に"次期社長"等と言う器がそぐわないと気付けば、きっとこの生活も終わる筈───とレオンは思っているのだが、レオンにとっては不幸な事に、彼の器は"次期社長"としての才覚を持っていた。
行き過ぎたエリート教育を思わせる生活の中でさえ、レオンは努力の末に、教育係が思い描いていた以上の結果を運んでくる。
これが益々、教育係の"次期社長"の偶像を妄信させていた。
だが、わざと成績を落とせば、スコールに危害が及ぶ。
結局レオンは、教育係の思う通りの操り人形でいるしかなかった。


(……別に良いんだ。俺がどうなったって。スコールが無事でいてくれるなら、それで)


 そうは思っていても、窮屈な生活には、どうしたって嫌気が差す。
以前は当たり前に楽しんでいたテレビすら、此処にはない。
暇潰しに使えるものと言ったら、毎日渡される新聞を読むか、本棚に詰まった分厚い参考書を読むか。
それらも、とうの昔に飽きていた。
息抜きをするのなら、せめて一瞬だけでも、スコールの顔を見る事が出来たら、それだけで憂鬱な気分は吹き飛んで行くのに。

 レオンがこんな生活に耐え続けているのは、スコールの為だ。
だが、そのスコールの無事も判らない今、レオンの気持ちは下がり続けて行く一方だった。

 陰鬱とした気分のまま、レオンは眠りに落ち掛けていた。
瞼も殆ど落ちた頃、コンコン、とドアをノックする音が響く。
レオンは答えなかった。
ドアは勝手に開き、誰かが入って来る。


「弟からの手紙だ」
「……!」


 入室した教育係の言葉に、レオンの睡魔は消えた。
跳ね起きたレオンの前に、折り紙で作った猫を糊付けした便箋が差し出される。
レオンは奪うようにそれを掴んだ。


(スコー、ル、)


 色鉛筆の青色で"お兄ちゃんへ"と書かれた宛名。
その下に"スコールより"と差出人の名前も書いてある。
封を開けてみると、中には四つ折りにされた色付き上質紙が入っていた。


『お兄ちゃんへ。
お元気ですか。
ぼくは元気です。

このまえ、ぼくは二年生になりました。
お兄ちゃんは中学校の二年生なので、お兄ちゃんとおそろいだね。

お兄ちゃんに会いたいです。
でも、お兄ちゃんはとってもむつかしいお勉強をしてるって聞きました。
むつかしいのにお勉強できるなんて、お兄ちゃんすごいなあ。

お兄ちゃんのお勉強がおわるまで、お兄ちゃんのじゃましないで、いい子で待ってるね。
がんばってね。

                  スコールより』


 内気で引っ込み思案なスコールの性格を反映しているのか、文字はあまり大きくはなかった。
しかし、こんなにも長い文章がきちんと書けるようになっていた事を知っただけで、レオンは胸が熱くなるのを感じる。

 元気にしている。
二年生になった。
レオンは中学校に行っていないから、まだ中学二年生のままだと思っているらしい。
難しい勉強は大変だ。
スコールも勉強を頑張っているのだろうか。
邪魔になんてならないのだから、此処に来れば良いのに。
そうしたら、逢えなかった分もひっくるめて、思い切り抱き締めてあげるのに。

 会いたい。
拙い文字で書かれたその言葉が、凍り付こうとしていたレオンの心を大きく揺らす。


(逢いたい。俺も逢いたいよ、スコール)


 レオンは、スコールの手紙を胸に抱いて泣いた。
涙腺が決壊したように、後から後から溢れ出して止まらない。


「明日も早い。早く寝なさい」


 親のような口振りで命令する教育係に、腹は立たなかった。
聞こえてもいなかった。
レオンの頭の中は、今までとは違う意味で、愛する弟の事だけで一杯になっていた。



 朝七時半───いつものように学校に行く為、玄関で靴を履いていたスコールは、邸宅の奥からやってきた人物を見て、思い切って声をかけた。


「ね、ねえ。あの、あの、」


 精一杯の大きな声で呼ぶと、キッチンに入ろうとしていた教育係が足を止めて振り返る。
厳めしい貌が向けられて、スコールはビクッと肩を竦ませた。
しかし、直ぐに教育係は表情を改め、僅かに眉尻を和らげて見せる。


「何かな?」
「あ、あの……お兄ちゃんの、あの、お手紙……渡してくれた?」


 昨日、スコールはレオンに手紙を書いた。
二年もの間、同じ邸宅に住んでいながら、一度も顔を合わせていない兄へ、初めてスコールが送った手紙だ。
本当は直接渡したかったのだが、逢ってはいけないと言い付けられている為、教育係に渡していた。

 教育係が「渡したよ」と頷くと、スコールの眼が明るくなった。


「あ、あのね、あの。またお手紙書いたら、お兄ちゃんに渡してくれる?」


 一年間の別離の間に、伝えたい事は沢山出来た。
本当は直接会って話をしたいのだけれど、それは叶わない。
だから代わりに、伝えたい事を全て手紙に書こうと思った。
折り紙も沢山折って、色んなものが作れるようになったのだと伝えたい。
百点を採ったテストだって見せたいし、先生に花丸を貰った写生大会の絵も見せたい。
挙げればキリがない程に、スコールがレオンに伝えたいものは沢山あった。

 スコールのお願いに、教育係は考えるように沈黙した。
スコールは不安と期待の入り交じった表情で、教育係を見詰める。
たっぷりと十秒の時間を空けて、うん、と教育係は頷いた。


「お兄さんへの手紙は、私が引き受けよう」
「ほんと?」
「ただし、手紙の中身を一度私に見せるんだ。お兄さんに見せても良いと判断できたら、渡しに行こう」


 教育係の言葉に、スコールは眉尻を下げた。


「……見せないと、だめ…?」


 手紙を見せたい相手以外に見られるのは、とても恥ずかしい気がした。
でも、見せなければ兄に渡してくれないと言う。
スコールは迷ったが、最後には頷いた。
大体、疾しい事を書く訳ではないのだし、見られても問題はないのだ。
堂々と見せて、きちんと手紙がレオンに届けば、スコールにはそれで十分だ。

 手紙が届けられた事も確認できたし、よし、とスコールはランドセルを背負って立ち上がった。


「行って来ます」


 出発の挨拶をして、スコールは玄関を出た。
行ってらっしゃい、と言う応えは返って来なかったけれど、いつもの事だ。
少しの寂しさを感じながら、スコールは歩く。

 邸宅の門を過ぎようとした所で、玄関のドアが開く音がした。
振り返ると、ハウスキーパーの若い女性が、大きな袋を抱えて出て来た所だった。


(ゴミ捨てかな?)


 大きな袋は、半透明のビニール袋だった。
女性は袋の重さに顔を赤くしながら、スコールの後に続いて門へと近付いて来る。

 距離が近くなってくると、ゴミ袋の中に入っているものの正体が見えた。
其処に見覚えのある文字を見付けて、スコールは思わずハウスキーパーの下へ駆け寄った。


「ね、ねえ。あの、これ」


 このハウスキーパーは、スコールが家にいる時、常に傍にいてくれる人だった。
喘息の発作を発症した時、薬を用意してくれたのも彼女である。
入学式の時、レオンの代わりに列席してくれた時のハウスキーパーと、同一人物だった。
その為、スコールは、このハウスキーパーには少しずつ懐き始めていた。

 息を切らせて駆け寄って来た子供を見て、ハウスキーパーはことりと首を傾げた。
何か、と訊ねるような視線に、スコールは彼女が持っているゴミ袋の端を掴んで言った。


「あの、これ。これ、捨てちゃうの?」


 スコールの問いに、ハウスキーパーの首が反対側に傾く。
当然の事を聞く子供が不思議だったのだろう。

 スコールは、ゴミ袋を抱き着くように抱えて、捨てないで、と言った。


「これ、捨てないで。僕の部屋に持って行って」
「……?」
「これ、教科書が入ってるの。お兄ちゃんの教科書。お願い、捨てないで」


 ゴミ袋に縋り付いて訴えるスコールに、ハウスキーパーは眉尻を下げる。
おろおろと戸惑た様子を見せる彼女に、捨てなかったら怒られるのかも知れない、と思った。

 考えてみれば、レオンは中学生である。
小学生の時に使っていた教科書は、もう必要ない年齢なのだ。
使わない物をいつまでも残していても仕方がないし、処分するのは当然だろう。

 だが、スコールは捨てて欲しくなかった。
もう丸一年、顔を合わせていない兄が使っていた、彼の気配が残った教科書なのだ。
顔を見る事も、声を聞く事も出来ない、その存在を確かめる事すら出来ない今のスコールにとって、兄の気配の名残は、それが何であっても容易に手放せるものではなくなっていた。


「お願い、捨てないで。僕が使うから」


 スコールの咄嗟の言葉に、ハウスキーパーは目を丸くした。


「使う物なら、捨てなくても良いでしょ? お願い、お兄ちゃんの教科書、捨てないで。僕の部屋に持って行って。学校から帰ったら、きちんと整頓するから」


 零れそうな程に大きな蒼い瞳に、一杯の涙を浮かべて、スコールは訴えた。
そんなスコールを見て、ハウスキーパーは眉尻を下げると、きょろきょろと辺りを見回した後、口元に人差し指を当てた。
「しーっ」と言うサインに、今度はスコールがきょとんと首を傾げる。

 ハウスキーパーが、小さく笑った。
いつも無口、無表情で淡々とスコールの世話をしていた彼女が、初めて浮かべた笑顔だった。


「……捨てないでくれるの?」


 声を潜めて訊ねたスコールに、ハウスキーパーは小さく頷いた。
内緒、と人差し指を立てる彼女に、スコールは嬉しさで赤くなった顔を手で隠して、こくこくと頷いた。

 ハウスキーパーは、大きなゴミ袋を抱えて、邸宅に戻って行った。
スコールはドキドキと早鐘を打つ心臓を、深呼吸を繰り返して宥め、改めて学校へ向かった。



†† ††   †† ††


『お兄ちゃんへ。
お元気ですか。
ぼくは元気です。

今日は、身体そく定をしました。
まえより、ちょっとしんちょうがのびたねって先生に言われたよ。
お兄ちゃんみたいに大きくなりたいなあ。
そしたら、ぼくがお兄ちゃんをだっこしてあげるね。

算数のテストで、100点が取れたよ。
先生によくできましたって花丸がもらえました。
かけ算ってむつかしいね。
でも、先生がやさしくおしえてくれたから、1のだんから10のだんまで、ぜんぶ言えるようになりました。

明日からわり算って言う算数をやります。
がんばります。
お兄ちゃんもお勉強がんばってね。

                  スコールより』

『お兄ちゃんへ。
お元気ですか。
ぼくは元気です。

今日はプールびらきがありました。
でも、お医者さんからぼくはプールに入っちゃだめって言われたから、入らなかったよ。
みんな楽しそうで、ちょっとうらやましかったです。

お兄ちゃんは、プールって入ったことある? およいだことある? ぼくはお兄ちゃんといっしょにプールでおよいでみたいです。

作文の宿だいで、お兄ちゃんとお父さんのことを書きました。
がんばっていっぱい書いたら、はみだしちゃって、作文ようしのウラにも書きました。
先生にすごいねってほめてもらったよ。

もうすぐ夏休みです。
夏休みの勉強がんばります。
お兄ちゃんもがんばってね。

                  スコールより』

『お兄ちゃんへ。
お元気ですか。
ぼくは元気です。

夏休みだけど、登こう日だったから、学校に行ったよ。
セミがいっぱい泣いていて、先生のお話が聞こえませんでした。

今日、おうちの前の木にも、セミがいました。
すごくうるさかったです。
お兄ちゃんのお勉強のじゃまになるから、しずかにしなくちゃいけないのにって思いました。

お兄ちゃんのお勉強の本を見せてもらったよ。
すごくむつかしくて、ぼくはちっともわかりませんでした。
あんなお勉強してるなんてすごいなあっておもいました。
ぼくも、大きくなったらわかるかな?
                  スコールより』

『お兄ちゃんへ。
お元気ですか。
ぼくは元気です。

今日は、クリ拾いに行きました。
お兄ちゃんはイガグリって知ってる?クリってトゲトゲの中にできるんだって。
鳥さんや虫さんに食べられないように、トゲトゲで守るんだって。

いっぱい拾えたから、おみやげをもらいました。
みんなで分けて、みんなで持ってかえりました。
きれいなドングリもたくさん落ちていて、みんなで拾いました。
先生に、ドングリでおもちゃが作れるんだよって教えてもらいました。
ぼくはコマを作りました。
お兄ちゃんにあげるね。

                  スコールより』

『お兄ちゃんへ、お元気ですか。
ぼくは元気です。

今日はマラソン大会がありました。
ぼくはお医者さんに、だめって言われたから、見学でした。
ちょっとさみしかったです。
来年は、みんなといっしょにはしりたいです。

学校のかえり道で、きれいな花がさいてたよ。
持って帰ってお兄ちゃんに見せてあげたかったけど、切っちゃうのはお花がかわいそうだったから、やめました。
こんなお花だったよ。

                  スコールより』

『お兄ちゃんへ。
お元気ですか。
ぼくは元気です。

ぼくは三年生になりました。
お兄ちゃんはまだ中学二年生なのかなあって思っていたんだけど、お兄ちゃんはもう高校生だよって言われました。
大きくなったら、お兄ちゃんといっしょに中学校に行けると思ってたけど、ちがうんだね。
お兄ちゃんはどんどん大きくなるんだなあって思ったら、ちょっとがっかりしました。

今日は身体測定があって、前より背がのびたねって言われました。
お兄ちゃんくらいになったかなあ? 早くお兄ちゃんと同じくらいになりたいです。
そしたら、お兄ちゃんを抱っこしてあげるね。
でも、お兄ちゃんはどんどん大きくなるから、ぼくはお兄ちゃんより大きくなれないのかな? でも、そしたら、ずっとずっとお兄ちゃんにだっこしてもらえるんだって思ったら、それでもいいかなって思いました。

                  スコールより』

『お兄ちゃんへ。
お元気ですか。
ぼくは元気です。

この前、運動会がありました。
お医者さんが、やってもいいよって言ってくれたから、かけっこをやりました。
みんなとても早くて、ぼくは一番さいごにゴールしました。
一番になりたかったけど、いっぱい走れて楽しかったよ。

今日はお父さんと電話でお話をしたよ。
お父さんもお仕事がんばってるって言ってたよ。
お兄ちゃんとお話ししたいってお父さんは言ってたけど、お兄ちゃんはお勉強中だから、じゃましちゃダメなんだよって伝えました。
また電話するよって言ってたから、こんどはお兄ちゃんもいっしょにお話ししようね。

                  スコールより』

『お兄ちゃんへ。お元気ですか。ぼくは元気です』───……


◇◆◇◆   ◇◆◇◆



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