夢見る花を


 謎の現象で突然女性へと変貌してしまったクライヴは、三日の時間が経っても、元に戻る気配はなかった。

 隠れ家の皆には、隠して置いても限界があるだろうと、よく交流のある者を初めとして、シドから伝達してある。
誰もが目を丸くして耳を疑ったが、直に本人と会うと、確かに其処にいるのが“彼”であると皆も悟る。
こんな出来事は誰もが生まれて初めて遭遇することだが、シドがよくよく言い含めたお陰で、一先ずは仲間達に受け入れられた。

 そうして一日、二日と過ごし、女の体で隠れ家内を歩く事にも、幾何かの落ち着きが戻ってくる。
衣服については、父から受け継いだ旅装は、男の体に合わせて誂えられたものであるから、どうしても胸元が窮屈で、息苦しくなってしまう。
最初は隠れ家で過ごす女性が使っている服をどれか借りるか、と言う話もしていたが、“彼”の体格で着られるものがなかった為、元々使っていた服を、オルタンスが急場しのぎで整える事になった。
三日目にやっとまともに着れるものが出来、クライヴはオルタンスに礼を言って、それを受け取った。

 いつ何が起こるか判らないから大人しくしていろ、と言われたこともあり、隠れ家でまんじりともない時間を過ごしていたクライヴだが、三日目ともなれば流石に仕事を求めるようになった。
使い慣れた筈の大剣が重く感じることから、外に出ての魔物討伐の類は控え、隠れ家内で細々とした雑事を引き受ける。
初めて此処に来た時のことを思い出すな、と感じながら、クライヴは仲間達の間を行ったり来たりとしていた。

 明日には元に戻っていて欲しい、と願いながら過ごす日々は、今の所、すっかり無為なままに過ぎている。
慣れない体の感覚は勿論、今後に計画している大仕事を思うと、いつまでもこんな状態ではいられないのだが、現状、時間が薬と願う他はなかった。
書庫では語り部が、隠れ家の外でもカローンが方々の伝手を使って情報を探してくれているが、中々目ぼしいものは見付かりそうにない。

 こうなると、いっそのこと開き直った方が早いのでは、とも思い始めた。
剣の重みを初めとして、体の使い方を一から覚え直し、この肉体に合った戦い方を模索する。
幸いと言うべきか、隠れ家には剣を持つ女性と言うのは、少ないながらもいる。
クライヴは、ジルを初めとして、手隙の時に良ければと、彼女らに頼んで鍛錬に付き合って貰う事にした。
幼少から騎士として、長らくベアラー兵として生きて来たクライヴにとって、自分が役目として出来るのは“戦うこと”だと自負がある。
他をするには不器用だし、何にしてもその手のことに慣れた人がいる訳だから、その邪魔をするよりも、変わらず自分の仕事が出来るように努めるべきだと思った。

 お陰で、食料調達の狩りに行く程度は出来るようになった。
勿論、一人で行く訳にはいかないから、相棒のトルガルと、ジルも一緒だ。
大型の魔物を相手取るのはまだ不安があったが、野山を駆ける動物や、ソーンやホーネットくらいなら問題ない。
いつ体に変調が起こるか判らない、と言う懸念はありつつも、抜け道を使ってロストウィングを往復することも出来た。

 そうして、荷物の搬入の護衛として、ロストウィングから戻った夜───クライヴは、体の中の熱を持て余していた。

 一人で過ごす寝床で、クライヴは何度となく寝返りを打つ。


(……落ち着かない)


 体の奥からじわじわと染み出て来るような感覚に、睡魔の来訪を延々と妨げられている。
この体で初めての長距離の路を歩いたから、体は疲れている筈なのに、これでは眠れそうにない。

 仕方なく起き上がると、胸元にずんとした重みがかかる。
胸部の膨らみは、日中は動きの邪魔になるだろうからと宛て布で苦しくない程度に押さえているのだが、夜は寝苦しいのは良くないので外した方が良いと教えられた。
だから寝る時は自由な状態にしているのだが、釣り鐘のように重力に従うそれは、下支えがないと、中々体に負担を与えてくれるものらしい。
この体になってから、折々に感じることであったが、女性の胸とはこうも重みがあるものなのか。
それを呟くと、ジルやタルヤからは「……そう言う人もいるわね」と、なんとも言えない顔をされるのだが。

 重さを感じるそれを、下から腕を当てて持ち上げるように支える。
本来、自分にはない筈の柔らかい感触は、どうにも慣れなかったので、普段は余り触らないようにしている。
だが、今日はいつにも況して其処にも違和感があって、クライヴは恐る恐るに手のひらを胸に当てた。


(……なんと言うか。柔らかいのに、張り詰めている、ような)


 掌に当たる感触は、まるでたっぷりと水を蓄えた袋だ。
持ち上げてみると、肉の隙間に指が沈むように埋もれながら、乳房の形が歪む。
手のひらの形に添うようにして形を変える柔らかな胸は、これまでの自分にはなかったもので、どうも不思議な感覚ばかりが募る。

 と、そんな自分の体を観察していても仕方がない。
それより、いつまでも体の中に燻っている熱の感覚だ。
それはクライヴにとって幾らか覚えのあるものだったが、この体でそれを発散する術をしても良いものか迷う。


(……触れる、のか……?)


 そう思って、ちらりと自分の下部を見ようとして、胸の膨らみに邪魔されて眉根を寄せる。
この体になってから、どうにも足元と言うのが見辛くて仕方がない。
と、それは仕方がないとして。

 元より意識は男であるから、それが今の自分の有様であるとは言え、女の体を直に見るのは聊か抵抗があった。
だからクライヴは、自分自身の其処ヽヽの形をよく確かめてはいなのだが、感覚的には『あるべき筈のものがない』と言うのは判る。
じんじんとした熱が生まれる原因が、其処にもあるのはなんとなく予想が出来ていたが、潜在的な恐怖か不安か、自ら其処に触れることは躊躇われた。

 しかし、このままではいつまでも眠れる気がしない。
となると────


(……後ろだけなら、問題ないか……?)


 元々、クライヴにとっては、其方の方が慣れている。
好きで慣れた訳でもなかったが、それでこの熱を片付けてしまえるのなら、気持ちとしては楽に思えた。

 そろりと、クライヴの手が下肢へと伸びる。
緩く紐を結んで留めているだけのズボンの隙間に手を入れて、後ろへと回した。
理性が強い今、自分がしている事へのそこはかとない恥ずかしさで、顔が熱くなっているのが判る。
それを唇を噛んで堪えながら、クライヴの手は双丘の上を迷いながら滑り、谷間でヒクついている秘口に触れた。


「……ん……っ」


 思えば其処に触れるのも久しぶりだ。
指先が触れる感触に、思わず体がふるりと震えた。

 自分でしている事とは言え、痛むのは御免だったので、其処の状態を確かめる為に、指の腹ですりすりとなぞる。
ひくっ、ひくっ、と腰が勝手に浮き、熱が相当に溜まっているのを自覚した。
加えて、触れる指の形がどうにも自分のものとは思えなくて、奇妙な倒錯感まで生まれて来る。


「ふ……っは、……ん……」


 零れる吐息を極力殺すも、どうしても隙間から漏れる音がする。
クライヴは下唇を噛んで、指先を秘口に宛がった。
微かに隙間を開けるいやしい口に、爪の先から少しずつ指を押し当ててやると、思いの外簡単に入り口を潜ってしまう。


「ふ、う……っ!」


 つぷり、と侵入した異物は、何度となく経験した感覚に比べると、やはり細くて頼りない。
それは間違いなく自分の手だと言うのに、記憶にあるものと違うことが益々感じられて、まるで他人が触れているかのようだ。
だと言うのに、右手の指先は、生暖かく締め付ける肉の感触に包み込まれている。

 体の奥で燻っていた熱が、より温度を増して身を焦がすのを感じて、クライヴはもどかしさに身を捩る。
微かに震える指先を、意識して中へと進めていくと、其処への刺激に覚えも長い体は、細い侵入物をすんなりと受け入れて行った。


「っは……は、あ……っ……」


 ともすれば詰め込みそうになる呼吸を、努めて規則正しく吐き出して、酸素の入れ替えを行う。
そうしている内に、血流が早くなって、燻る熱も一緒に体中に伝播して行く気がした。

 久しぶりの行為ではあったが、思ったよりも簡単に指は奥まで入ってくれた。
しかし、どうにも記憶の感覚と違いがある所為か、物足りなさが頭をもたげている。
もっと───もっと太いものが良い、とあさましさに馴染んでしまった体が叫んでいるのが判って、クライヴは唇を噛んで意識を殺そうと試みる。


(済めばそれで良い。眠れるようになれば……)


 それで十分なのだと、繰り返す胸中は、自分に言い聞かせるものだ。
それで良い、それ以上は良い、と。

 だが、思う気持ちとは裏腹に、奥は疼きが強くなり、体を巡る熱も昂って行く。
中に埋めた指を動かし、壁を擦って刺激を与えれば、ビクッビクッと躰が弾んだ。
電流のような感覚が引き締まった腰から、背中へ、脳へと伝わるのに、熱は一向に収まる気配がなく、寧ろ、


(もっと……熱く、なって……これは……)


 腹の底からじゅわじゅわと染み出る感覚と一緒に、『ある筈ものがない』場所が、じんじんとした感覚を訴えている。
元の体であれば、其処を握って扱いてやれば、溜まった熱をもっと容易く吐き出すことが出来ただろう。
俗なもので、男の体はそれで一定は落ち着くものだから、ずっと話が早かった。

 だが、この体で其処に触れても良いのか。
明らかに形を変えている其処に、自分の手で触れると言うのは、どうにも気が進まなくて、クライヴは躊躇いが拭えない。
だが、記憶の感覚よりも細い指で後ろの秘口を幾ら手繰っても、下腹部の疼きは収まる気がしなかった。


「う、ん……は、く……っ」


 指を埋めた場所から、くち、くち、と言う小さな音が聞こえる。
其処での刺激に慣れた体は、こんな有様であっても、確かに快感の欠片を拾おうとしていた。
奥からは腸液が少しずつ分泌され、侵入物をより奥へと誘おうと、肉壺をヒクつかせて誘っている。

 クライヴは指を真っ直ぐに伸ばして、出来るだけ奥へ届かせようと試みた。


「は、う……あ……っ!」


 ぐぐ、と尻の谷間に手のひらを強く押し付けると、少しだけ侵入が深くなる。
だが、ほんの少しだ。
求める深度に対して、埋めた指は太さも長さも足りなくて、精一杯に伸ばしても、爪先の切っ先が届くか届かないか。
そこで指を懸命に動かしてみても、一層のもどかしさに苛まれるだけだった。


「う、うぅ……ふ……も、っと……ん、ぅう……っ!」


 唇を噛んで更に先を求めても、自分の手ではこれ以上はどうにもならない。
腰を捩って悶えた所で、掠めた内壁が更に刺激を求めて戦慄くばかり。

 そうしている内に、形の変わった場所が、きゅうと切ない響きを生み始めた。


「ふうぅ……っ!」


 腹の奥に思わず力が入って、尻穴に咥え込んだものを締め付ける。
震える肉壁が与える強い締め付けの中で、指を懸命に動かしてみるが、


(う、んっ、んぁ……っ!やっぱり、足りない……くぅ……っ!)


 もっと大きなものが欲しい、もっと奥に強い刺激が欲しい。
それでなければ達することも出来そうになくて、クライヴは発散する為の行為で自分の首を絞めていることを悟る。


(っは、はぁ、……こ、こっちも、触れ、ば……)


 燻るばかりの熱が、自分の何処に集まっているか、熱に浮かされた頭は理解していた。
ずっと触れることを躊躇い続けている場所が、刺激を求めて鳴いている。

 クライヴは唇を噛んで、そろりと左手を其処へ伸ばした。
夜着の布地の上から、臍の下のあたりに指を宛て、そこから恐る恐るに下方へと滑らせて行くと、なだらかな丘が続いていた。
やっぱりないヽヽ、と改めて自分の体がどうなっているのかを頭の隅で再確認しながら、より先へと進んだ指が、ついに狭間へと到達する。


「あ……っ!」


 布地越しでも、其処に触れられたと言う感覚は、はっきりと判った。
意識と関係なく小さな声が漏れて、ビクッ、と下半身が浮く。


「っは……は、ふぅ……うぅ……っ」


 此処から先、何をどうすれば良いのかは判らなかったが、とにかく触れば響く感覚があることだけは理解した。
探るように指で其処を撫でていると、その奥からじゅわりと何かが分泌され、股座に汗とは違う湿りが染みて行く。


(も……もう、少し……強めに……)


 湿りが増していくにつれ、下履きの布が其処にぴったりと吸い付き、形を浮き彫りにさせていく。
未だ躊躇いの気持ちは消えないものの、段々とクライヴの指の動きは大胆になって行った。

 男と違う形になってしまった中心部。
四指でその形をなぞるように、すりすりと何度も往復させる内に、其処に溝があるのが判った。
人差し指を其処に宛がい、軽く押し付ける。


「んん……っ!」


 ひくん、と躰が震えて、連動して秘孔に埋めた指が締め付けられる。
クライヴは肉の絡み付きを感じる指を動かしながら、前部に拙い刺激を与え続けた。


「ふ……ふ……っ、う、……んん……っ」


 ぞくぞくとした感覚が何度も背中を這い上がってくる。
官能の兆しに、やっと来た、と安堵に似た気持ちが沸いた。

 寝間着の衿の端を噛んで、零れそうになる声を殺す。
口の中に溜まっていた唾液が、衿からじわじわと染み広がったが、気にする余裕はなかった。
それより早くこの熱を発散させたくて、クライヴは秘孔をぐちゅぐちゅと掻き回しながら、中心部を揉む指に力を入れる。


「ふ、う……っ!んくっ、うぅ……っ」


 痺れる感覚に腰が揺れて、もどかしさに背を丸くする。
秘孔の奥が、覚えのある感覚を延々と求めていて、指ではどうしても決定打が足りない。
それでも今日は、これでどうにかしなくてはと、クライヴは内壁をカリカリと引っ掻いた。


「っん!んっ、んふぅっ!」


 ビクンッ、ビクンッ、と躰が弾んで、覚えのある感覚が迫っている。
このままいけば、とクライヴは下腹部に来る刺激に意識を集中させた。

 俯せになって腰を高く上げる格好になる。
胸の膨らみを自重で押し潰す格好になって、少し息苦しかったが、それより快感を追うことを考えた。
ヒクつく肉壁を指の先で押しながらなぞると、背中から駆け上って来た電流で脳が痺れる。


「ふー、ふっ、ふぅう……っ!う、んぅぅ……!」


 もう少し、もう少しの筈だ、とクライヴは懸命に秘孔を苛め続ける。
辿り着けない行き止まりが、切なさを増して啼き、早く此処へと誘っているが、どうやっても其処には届かない。
指の動きだけでは駄目ならと、尻を振ってみた所で、結局は同じだった。


(く、もう……もう、すぐ、なのに……っ)


 望むものは直ぐ其処に来ている。
だと言うのに、体は其処から一向に先に行ってくれなくて、クライヴは一番辛い中途半端な所で燻っていた。
挙句、布地越しの刺激に濡れた中心部までもが、ずくずくとした疼きを訴えて来る始末。

 クライヴは中心部に押し当てていた指の先で、浮彫になっている溝の筋を引っ掻いた。
途端、ぞくぞくぞくっ、とした感覚が其処から一気に迸って、思わず背筋を仰け反らせる。


「はふ、ふっ、くふぅ……っ!」


 これなら、とクライヴは躊躇いも羞恥も捨てて、同じ刺激を繰り返した。
下着の中でヒクつき震え始めている其処を、何度も指を往復させて摩ったり、また爪先を擦らせたり。
刺激を得る度に太腿が勝手に戦慄いて、下半身が力み、秘孔がきゅうっ、きゅうぅっ、と反応を示す。
その締め付けの中で、中に埋めた指で一等感じる場所を押し潰せば、


「う、ふっ!ふ、うぅ、んんんっ!」


 どくん、どくん、と血脈を送る心臓が大きな脈を立て、体中の血管が膨張する。
ビクビクッ、ビクッ、と下腹部が震えた直後、大きな衝動がクライヴの全身を襲った。
頭の芯まで真っ白に焼けたような気がして、ようやく其処に至れたのだと言う事を、呆けた意識の中で理解する。

 男ならば射精があっただろうが、この体は其処まで判り易くはないらしい。
それでも、多幸感に似た解放が感じられて、クライヴはやっと得られたその感覚に安堵していた。


「っは……はぁ……はぁ……」


 噛み締めていた唇が解けると、唾液まみれになった衿が首回りにまとわりついて、少しひんやりとしている。
汗ばんだ躰は余韻の火照りに揺蕩っていたが、辺りの空気との温度差に、寒さでぶるりと身が震えた。
夢中になる内に蹴飛ばしていた綿布を手繰り寄せて包まる。

 いつになく疲れているように思うのは、気の所為ではないだろう。
体の下半分から力が抜けると、もう寝返りを打つのも面倒だった。
陰部に触れていた手を服の端に擦り付けて誤魔化し、寝る体勢に入る。
まだ心臓は元通りのリズムとは言い難いが、これだけ疲労感があれば、眠ってしまう事は出来る筈だと、体の奥で響くじんじんとした感覚を無視して、意識的に目を瞑った。