レイニーブルーの向こう側 SAMPLE 1 2 3
特に理由はなくとも、雨の日は面倒なものだと思ってしまう。
いや、全く理由がない訳ではないのだ。
濡れるのが嫌だとか、足元が酷いとか、気温が下がり過ぎて寒いとか────とにかく、そう言った些細な理由で、雨の日は些細な事さえも面倒に思い勝ちである。
クラウドが先ず雨の日だと知って一番最初に面倒に思うのは、通勤の途だ。
クラウドはバイクを所有しており、平時は専らそれを使って職場に向かっているのだが、車と違って身一つで風を切って走るバイクは、雨の日の利用は適さない。
使い物にならない訳ではないのだが、吹き付ける雨に洗われながら走るのは、中々辛いものがあがある。
ヘルメットにワイパーはないし、完全防寒宜しく着込んでも全く濡れない事はない。
バイクのタイヤも滑り勝ちになるし、視界の悪さと相俟って、運転時の危険度は晴天の比ではない。
だから酷い雨の日はバイク通勤を諦め、自宅の最寄りのバス停から、会社最寄りのバス停まで乗り継いでいくのだが、雨の日のバスの中と言うのも中々不快なもので、これがクラウドの“雨の日は面倒”と言う思考を強調させている。
クラウドの職場は運送業で、配送の仕事を回されている。
クラウドは主にバイクを使っての地域配送を行っており、雨の日はこれもまた面倒に思うのだが、配送用の会社のバイクには細やかながら幌がある。
基本的には荷物を濡らさない為に取り付けられたもので、人間に効果があるかは半々と言った所だが、ないよりはマシだ。
雨だろうが嵐だろうが雪だろうが使わなければならない道具なら、相応の設備は整えて欲しいもの。
そう言う点では、クラウドが就職した会社は、当たりだと言って良いのだろう。
だが、幌がついているのは頭の上だけだし、横風で吹き付ける雨には相変わらず濡れるし、隣を走る大型車両が跳ね上げた水溜まりの汚水を被る事も儘あるので、雨の日の仕事は憂鬱なのは同じ事だ。
駐車場にバイクを留め、荷物を配送先まで持って行くのに走らなければならないのも辛い。
配送業の人間にとって、雨の日に真っ先に守るべきは荷物である。
配送に回される多くの荷物は、企業から発送されたものなら可能な限り防水用にビニール袋やポリ袋で包まれているのだが、そんな手間を嫌う会社も皆無ではない。
一般人が預けた荷物となると尚更で、薄い紙製の包装に直接荷物を入れただけの杜撰な荷物も珍しくなく、その中身が紙媒体であったりすると、それはもう酷い事になる。
荷物の配送について、依頼主から受け取った瞬間から、届け先の手に届くまで、全て軒の下で行われているのなら楽なのだが、そんな事はほぼ皆無である。
トラックと倉庫の間に屋根がある所ばかりではないし、出張所に依頼主が直接届けに来る場合でも、駐車場から受付所まで全てが建物の中で賄われる場所は少ない。
配送先でもこれは同じ事だ。
荷物を落とす、水に濡らす、等と言った事はあってはならない事ではあるが、土砂降りの中、速達便を届ける為にバイクを走らせる事も多く、そう言う時は荷物そのものをビニール袋で覆ったりと言う配慮は欠かさないようにしているものの、結露と言った問題もあり、水と言うのは何処から入り込むか判ったものではなく、届けてみたら荷物が水に濡れていた───と言うのも起こり得る事なのだ。
原因が自然現象であろうと何であろうと、濡れた荷物の責任は配送会社が負担する仕組みになっているので、雨の日の荷物の扱いは一層慎重にならねばならない。
それでなくとも荷物が濡れないように、傷付けないようにと配慮するのが当然ではあるのだが、起こり得る事を100%回避するのは難しい。
その為にも、荷物を作る際に、梱包はしっかりと行って欲しいとクラウドは思う。
仕事について、如何に雨の日が面倒であるかを連ねたが、仕事がなくとも雨の日とは何かと憂鬱なものだ。
序に言うと、雨であろうとなかろうと、仕事は憂鬱なものである。
働かずに毎日ゲームをして生きて行く方法があるのなら、是非とも教えて欲しい位だ。
(……そんな方法があるなら、な)
取り留めのない事を考えながら、雨の街を歩くクラウドの手には、仕事中に着る為の制服を入れた鞄と、逆手には味気のないビニール傘。
開かれた透明の花には、絶えず大きな粒の雨が打ち付け、ぱたぱたと言う音を立てていた。
時折、電線や看板から落ちた雨粒が、ぼたたっ、と重めの音を立てる。
今日もまた雨は降り続くのだろうと思うと、クラウドの唇からは盛大な溜息が漏れた。
今月に入ってから、今日で何度目の雨だろうか。
季節の変わり目とあって天候が崩れ勝ちだと言う理屈は判るが、それにしても雨日が多過ぎはしないだろうか。
まだ月の半分も終えていないのに、平均降水量を越えたと言っていた。
天気予報を見る限り、クラウドの住んでいる場所だけに集中して雨が続いているので、この街に住んでいる人間が何処かで雨乞いでもしているのではないか、とさえ考えてしまう。
仕事に向かう為のバス停へと到着すると、停留所には既に人が並んでいた。
部活があるのか学校へ向かう学生がちらほら、後は殆どがクラウドと同じ、仕事へと向かう大人だ。
学生は学校指定のスクールバッグの他に、部活で使うのだろう、それぞれ大きな荷物を抱えている。
この時間のバスに乗る彼等は、部活の朝練習の為に大抵が荷物を抱えている事が多く、バス内の人口密度を上げるのに一役買ってしまっている。
こう言う時は荷物で圧迫される人口密度も、雨具でじとじとと湿る空気も、我慢するしかない。
幸いなのは、クラウドの属す会社よりも先に、高校前にバスが停車してくれる事か。
ぽつりぽつりと他の停留所で待つ学生を拾いながらバスは進み、二十分もすれば学校に着くので、彼等は其処で一斉に下りて行く。
そうなれば人口密度は少し軽減されるのだ。
其処からクラウドの会社に着くまでに、また乗客は増えて行き、同程度の人口密度になるのだが、その頃には今度はクラウドがバスから降りられる。
それまで我慢すれば良いのだ。
────帰る時には学生に遭わない代わりに、帰宅ラッシュでまたバスが鮨詰めになる事については、今は考えないようにする。
何かの大会が控えているのか、複数の部活の朝練習が行われるようで、今日のバスはいつもよりも人が多い。
バスに乗れない事はないだろうが、犇めくバス内の感覚を想像して、クラウドはうんざりとする。
今から家に帰ってバイクで出直そうか。
一瞬はそれも考えたが、ざあざあと降り頻る雨が戻る足もまた鈍らせる。
クラウドは停留所の天井から吊るされた電光掲示板を見た。
直に来るバスの後続は、十分後となっている。
腕時計で時間を確認すると、まだ仕事の開始時間まで余裕があった。
バス内で良い場所を確保する為に早めに家を出た事が、別の形で功を奏してくれた。
(……一本遅らせるか)
今停留所にいる人がこれからのバスに乗れば、次のバスの乗客は減る。
職場に早く行かなければならない、と思う程、真面目な性格でもないので、クラウドは快適性を優先する事にした。
----レイニーブルーの向こう側 p3〜p5