レイニーブルーの向こう側 SAMPLE   3



「────そう言えばさ」


 クラウドがサンドイッチを食べ終わり、ザックスのコーヒーも二杯目が空になった頃。
ふとザックスは、以前にクラウドから聞いた話を思い出した。


「あいつ、どうなった?」
「あいつ?」
「ほら、前に言ってた家出少年」
「……ああ」


 ザックスの挙げた人物に、クラウドは一瞬考えてから合致した。


「家出一歩手前、だな。いや、ひょっとしたら帰っていないのかも知れないが……」


 訂正はしつつ否定しきれないらしいクラウドを、まあそこはどっちでも良いじゃん、とザックスは宥めた。

 クラウドはテーブルに頬杖をついて、記憶を辿るように視線を彷徨わせる。
口元が少し苦いものを浮かせているように見えた。


「あんたにあいつの話をしてから、直で会ったのは一度だけだな。夜にコンビニに行くと偶に見かけるんだが、買い物が終わって出る頃には、大抵はいないから。で、声をかけた時なんだが、あっちの機嫌も少し悪かったようで、少しぎくしゃくしたような気がする。結構そう言うのを気にしそうだったから、俺を見付けて、また声をかけられる前に何処かに行ったのかも知れないな」
「でも見かけることは見かけるんだ?」
「ああ」
「声もかけてるんだ?」
「ああ……なんだよ、その顔は」


 素直に答えをくれる友人に、ザックスの顔は勝手に緩む。
それがにやにやとした顔になっている事を自覚していたから、クラウドが眉根を潜めるのも、ザックスは気にしなかった。


「いやあ、お前が他人に興味持つなんてなーって」
「そんなに無関心な人間じゃないぞ、俺は」
「判ってる判ってる。お前が案外、情に厚い奴だって事は。だけど、それって結構、身内限定っぽいからさ」
「まあ……赤の他人にどうこうする理由も目的もないからな」


 ザックスは友人としてクラウドと接しており、クラウドからも距離の近さを許されている。
そうして付き合ってみると、この無表情勝ちな青年が、意外と俗っぽいことが好きな性格だと言う事がよく判る。
しかし、本人が決してお喋りが得意でないと自覚していることもあってか、人との交流に積極的にならない事も手伝って、クラウドのそうした性格をしっかりと把握している人間は少ないのだ。

 クラウドは良い奴だと、ザックスは知っている。
だから、もっと色んな奴がそれを知れば良いのに、と思うのだが、何にせよ当人がそうした事に興味がない。
それを無理強いするつもりもないので、ザックスは彼をあちこち引っ張り回したり、知り合いに紹介したりする程度で留めているのだが、先日の家出少年の話は、珍しくクラウドの歩み寄りから始まっているらしかった。
だからザックスは、件の話を強く覚えていたのだ。


「バス停で偶に見るだけの学生なんて、親戚関係でもなきゃ、まさしく赤の他人だろ。それに二度も三度も声かけてるなんてな。俺だってやんないよ、そんな事」
「あんたは誰とでも話が出来るし、俺よりもっと会話が弾めそうだが」
「飲み屋で話す酔っ払いと一緒にするもんじゃないって。あんなの、どうせ一期一会だからな。まあ、たまーに連絡先の交換もして、後で色々な店を紹介して貰ったりする事はあるけど」


 クラウドにしてみれば、そんな事をするザックスの懐の広さが不思議なものなのだが、当人にその自覚はない。
だが、元々の人懐こさが織り成すザックスの交友記録は、どちらかと言えば引き籠り勝ちなクラウドには、想像し得ないものであった。


「それが出来るんだったら、赤の他人の学生とだって話は出来るだろう」


 クラウドの言葉に、ザックスは「無理無理」と手を振った。


「学生だろ? ガードゆるゆるの酔っ払いと違って、今時の子供はセキュリティがっちがちだよ。正しいんだけど。婆ちゃんに『見えないから代わりに時刻表見て』とか言われる位ならともかくさ。知らない人とは目を合わせちゃいけません、ってことだ」
「まあ……そうだな」


 ザックスの返しに、クラウドは多少なり思う節があったようで、また何かを思い出すように頷いた。


「知らない奴に奢られたジュースなんて、飲む気にはならないよな……」
「何。お前、ジュース奢ったの?」



----レイニーブルーの向こう側 p57〜p59