箱庭の詩 SAMPLE 1   4(モブスコ/R18)


 今日も今日とて、年少クラスは元気な子供達の声で溢れていた。
午前の授業が終わって、給食の時間になると、お腹が空いたと皆が元気に訴える。
子供達の為に作られた給食が食堂から運ばれて来て、一人ずつ、パンとおかずと牛乳の並べられたトレイが配られる。
子供達の多くが、仲の良い子同士で机を集めて食べ始める頃、スコールは皆の輪からぽつんと外れた場所で、一人黙々とパンをちぎっている。
子供たちはそれを当たり前の光景にしていて、一緒に食べようよ、と話しかける者はいない。
年少クラスを担当する教員も、定型になった言葉を時折投げかける他は、言っても無駄と諦めてさえいた。

 給食時間の教室の中は、めいめい賑やかだった。
石の家と違い、近くに町があるお陰か、最近になって、テレビが見れるようになった。
ブラウン管の向こう側で繰り広げられる活劇アニメが、最近の子供達の話題の的になっている。
けれどスコールは、それを見た事は一度もなかった。

 テレビは今、スコールが寝起きをする建物───『寮』と大人達は呼んでいる───の、特別大きな一部屋に置いてある。
そこは寮で過ごす子供達のプレイルームになっていて、おもちゃや絵本が沢山集められているから、寝る前の子供達がよく集まっていた。
スコールも新しい家で過ごすようになった時には、サイファーに連れられて遊んでいたものだったが、最近はあまり行っていない。
どうしても読みたい絵本がある時に行く位だ。
と言うのも、毎晩のように其処に集まる子供たちが沢山いて、時におもちゃの取り合いでケンカが起きたり、周りを見ないで走り回る子がいたりと、とかくスコールにとって落ち着かない事が起こる。
それより、自分の部屋として与えられた場所で、一人で本を読んでいる方が安心できた。
急に突き飛ばされたり、ケンカに巻き込まれたりするより良かった。

 一人で過ごす毎日が、寂しくない訳ではない。
けれど、誰かと一緒にいると無性に不安が募って来て、目の前にいる相手を怖いと思ってしまう。
スコールにとって、石の家で一緒に過ごした子供達以外は、誰であれ怖いものだった。

 怖いより、不安をぎゅっと堪えて過ごしている方が良い。
何よりスコールは、一人でいることに平気にならなくちゃ、と思っていた。
いつか大好きな人ともう一度逢えた時、もう一人でなんでもできるんだよ、と示す為に。

 そう思ってはいても、わいわいと賑やかな皆の様子を見ていると、もそもそと一人でパンを食む寂しさが沸き上がってくる。
勝手に視界がじわじわと、水に垂らした絵具のように滲んで来るから、スコールは服の袖でこしこしと目を擦った。
喉の奥に詰まった感覚があるのを、パンを無理やり飲み込んで押し流す。
きちんと噛まずに飲み込んでしまったから、少し苦しくなった。
牛乳を飲んでしばらくじっとしていたら、少し楽になる。
はふ、とようやく息が吐けて、あと少しだけ残っているパンをまた千切った時。


「まだ食ってるのか」


 聞こえた声に顔を上げると、スコールの机の前に、金髪の子供が立っていた。
サイファーだ。

 サイファーがスコールの机を見ると、其処にはまだ給食が半分も残っている。
誰と話をするでもなく、黙々と食べる事に集中していたスコールだったが、元々食べるのは遅い方だし、食べる量も他の子供達に比べると少ない。
これでも良く食べている方だと言うのは、サイファーもよくよく知っている事だった。

 スコールは口の中に入れていたパンを、むぐむぐとよく噛んでから飲み込んだ。


「んむ……お腹いっぱいになってきちゃった……」
「まだ全然残ってる。ちゃんと食べないとデカくなれないって先生も言っただろ」
「……うん……」


 サイファーの言葉に、判っているけど、とスコールは眉をハの字に下げる。

 ご飯をしっかり食べることがどんなに大切な事なのかは、昔からママ先生にもよく言われたし、今でも先生が授業で話す事もある。
だから食事の大切さは、子供なりにスコールも理解しているつもりだったが、そうは言っても、食べられる量が一気に増える訳でもない。
この新しい家で昼を過ごす給食は、どうにもスコールの小さな胃には収め切れない程の量があった。
それが子供の成長に必要となるエネルギーの平均量であるとは言っても、スコールはそれが入るような胃袋を持っていないのだ。

 スコールは、教室の前の方で、特に賑やかな子供達と一緒に机を囲んでいる大人を見た。

 石の家にいた頃は、毎日ママ先生とシド先生が面倒を看てくれていたけれど、この新しい家に来てからは、面倒を看てくれる人はよく変わる。
月曜日と火曜日はこの人、水曜日と木曜日はこの人、と言った具合だ。
子供たちへの接し方は人によって異なるもので、優しい人もいれば、厳しい人もいる。
今日は厳しい人だった。
特に給食の残り物には目を光らせていて、好き嫌いでの食べ残しは許してくれない。
スコールが残り物を作ってしまうのは、好き嫌いより、本当に食べ切れないからなのだが、少なくとも給食の時間いっぱいは食べる努力をしないといけない。
今日もまた、スコールは給食の時間が終わるまで、減らない給食と向き合うことになるのだろう。

 石の家にいた頃は、スコールがどれだけ食べられるのかをママ先生がよく覚えていて、多い時でも、ちょっと頑張れば食べ切れる位だった。
どうしても食欲が沸かない、食べ切れない時でも、それを伝えれば、ママ先生もシド先生も、無理をしなくて良いと言ってくれた。
思い出すと、あの頃と今の違いを感じて、悲しいような、苦しいような気持ちになる。


(……やっぱり、食べれない……)


 あと一口頑張ろう、と自分に言い聞かせながら食べていたけれど、パンを最後まで食べ切ってしまったら、おかずはもう食べられない。
怒られると思うけれど、先生に言いに行こうか。
でも、と想像に浮かぶ光景に、スコールの体は凍ったように固くなって、席を立つことも出来なかった。

 そんなスコールを、サイファーはじっと見下ろしている。

 “庭”ガーデンに来てから日々を過ごす内に、彼はすくすくと背が伸びた。
元々スコールよりも頭半分くらいは大きかった彼が、今は頭一つ分抜けている。
やっぱりよく食べるからなのかな、とスコールは羨みに思いつつ、給食へと視線を戻した。
これを全部食べれるようになれば、彼みたいに大きくなれるのだろうか。
思いはすれども、胃袋はもう隙間がないと訴えるばかりであった。

 と、立ち尽くしていたサイファーがさっと手を伸ばして、スコールのおかずを取った。
もう食べる気力もなくて置いていたスプーンも掴んで、席の横に立ったまま、おかずを自分の口の中に掻き込んで行く。
立ったままで食べるなんて行儀が悪い、と叱る大人が現れない内に、サイファーはスコールのおかずを平らげて行く。




----箱庭の詩 p10〜p12