箱庭の詩 SAMPLE 1 2 3 4(モブスコ/R18)
スコールが初めて武器と言うものを間近に目にしたのは、十歳の時だ。
バトルに関する授業が、座学だけではなく、実技としても始まる前に、生徒の一人一人が主要に使う武器を選択する。
その日の為に何を選ぶのか考えておくように、と掲示されたものは、銃や刀剣と言ったメジャーなものの他にも、幅広いものが揃えられていた。
体育の授業には、組手をする時間が段々と増え、高所からの昇り降りのノウハウであったり、隠密行動に有効に使える移動手段の練習等が取り入れられる。
魔法───疑似魔法≠ノ関する授業も組まれ、此方も実技として、魔力を胎内に取り込むドロー、それを留めるストックのやり方、そして各属性の扱い方などが授業に組み込まれるようになった。
十二歳になると、本物の魔物が放たれている、訓練施設を使うカリキュラムも始まることになる。
先達て年齢に達した子供達が、教室や廊下で、口々に魔物の怖さを愚痴にして話に花を咲かせる姿が目に付くようになる。
授業の際には、必ず引率の教師───そのほとんどはガルバディアの退役軍人か、現役の傭兵だとか───がいて、生徒の安全の保証はされていると言うが、怪我をする者は後を絶たない。
保健室は、毎日怪我をした誰かが治療を受けに来ていた。
スコールにとって体育の授業と言うのは、元々好きではないものだ。
運動全般に苦手意識があり、走ればいつも皆の一番後ろをもたつきながら追うのが精一杯。
そこに、更に組手が追加された。
気弱なスコールが手を出すケンカなど経験がある訳もなく、掴み合いも、迫って来る拳も怖いと思う。
今日も体育の授業が始まる時から、スコールは憂鬱だった。
見学で済ませられるならどんなに気が楽だっただろう。
クラスメイトの中には、腹が痛いだとか、微熱があるだとか、一時間前には元気にしていたのが嘘のように体調不良を訴えて、見学でやり過ごす生徒がいるが、スコールが其処に加わる事はなかった。
体育館で、クラス全員が入れ替わり立ち代わりにペアになって、組手をする。
スコールはその前の素振りで疲れていたが、休むことなく、教師が「止め」の号令をするまで、相手に立ち向かい続けた。
最後の方は完全にスタミナ切れで、自分が誰を相手にしていたのか、どう言う組手をしていたのかも覚えていない。
授業時間があと十分を切った所で、教師は残りは自習だと言った。
体に痛みのある生徒は、一足先に保健室へ行って良いと言われ、三名ほどが体育館を出て行った。
スコールはと言うと、疲れ切ってはいるものの、怪我と言う怪我はない。
かと言って新たに何かをする気にはならず、体育館の隅に座って、汗の止まらない額を抱えた膝に押し付けていた。
(はぁ……はぁ……ん、ちょっと、苦しい……でも、ん……最後まで、ちゃんと、できた……)
組手の授業は、体力を使う上に、神経を研ぎ澄ませているので、気力も削られる。
この授業が取り込まれてから、スコールは途中で動けなくなり、リタイアして教師から見学を指示される事が多かった。
休めるのでスコールは少しばかりほっとする所もあるのだが、授業が終わった後、とある人物に怒られるのが嫌だった。
最近、ようやく体が慣れて来たようで、教師の終わりの号令の時まで、授業に参加していられるようになった。
とは言え、体力はいつもギリギリで、しばらくは動けそうにない。
束の間の休息を、スコールは出来るだけ静かに過ごしていられるように努めている。
そんなスコールに、近付く生徒が一人。
「スコール、大丈夫?」
聞こえた声に顔を顔を上げると、運動用の半袖のシャツにハーフパンツを着用し、長い金色の髪を束ねて、アップに結んでいる少女がいる。
キスティスだった。
キスティスは、スコールが石の家にいた頃、一緒に日々を過ごしていた子供の一人だ。
スコールが石の家を離れるよりも少し前、何処かに引き取られて行った筈だが、今年から彼女もこのバラムガーデンに入学したと言う。
昔馴染みと此処で再会するとは、お互いに思ってもいなかった事だ。
キスティスが手に持っていた水筒を差し出す。
授業中の脱水症状を防ぐ為、中身が水であることに限り、一人ひとつは用意することが許されている。
スコールも持って来てはいたが、授業の最中、組手の相手替えの合間に飲み切ってしまった。
それに気付いていたキスティスは、自分の分をスコールの為に持って来たのだ。
「……あ、キスティ……えっと……」
「良いから、とにかく飲んで。最後の方、フラフラだったでしょ」
「ん……」
蓋を開けて水筒を渡すキスティスに、スコールは整わない息を堪えながら受け取る。
小さな飲み口から出て来る水を、スコールはちびりちびりと飲んだ。
喉はカラカラで早く潤いを欲しがっていたが、無理に飲もうとすると咳き込んでしまうのは、何度も経験している事だった。
止まりかけていた汗がまた出て来て、額から伝い落ちる。
スコールは袖でそれを拭いながら、軽くなった水筒を持ち主に返した。
「はぁ、はぁ……ありがと……」
「無理しちゃ駄目よ、スコール。辛いのなら、ちゃんと先生に言って、休ませて貰わないと」
「うん……でも、今日は、大丈夫だったから……」
「大丈夫に見えないから言ってるのよ」
キスティスはスコールの隣に座りながら言った。
「最後、自分が何をしてたか、ちゃんと覚えてる? 相手は私だったのよ」
「……そうなの?」
「ウソよ。私は最後から三番目だった」
さらりと手のひらを返されて、スコールは顔を顰めて「……いじわるだよ、それ」と呟く。
唇を尖らせるスコールに、キスティスは肩を竦める。
「誰が相手だったのか覚えてないくらい、貴方は危なかったってことよ。……でも、頑張ってたのよね。それはちゃんと判ってる」
「……」
「もうすぐ授業も終わるし、それまでゆっくり休んでると良いわよ。どうせ後は自習だもの」
スコール達と同じように、残り時間を休息に使って終わろうと言う生徒は、他にもいる。
それぞれ体育館の壁際に身を寄せて、授業の反省のふりをしながら気儘なお喋りをする者も少なくなかった。
キスティスの言葉に、うん、とスコールが頷こうとした時、
「スコール!」
よく響く声に名を呼ばれて、スコールの肩がドキッと跳ねる。
落ち着きかけていた心音がまた弾み始めたが、意識して深呼吸をすると、少しずつ落ち着きを取り戻して行った。
スコールの前に一人の少年がやって来る。
キスティスと似た髪色で、けれどももう少し明るく眩い色をした金髪に、ジェードカラーの瞳。
スコールにとっては、最早見慣れ過ぎてしまった顔だ。
----箱庭の詩 p64〜p66