箱庭の詩 SAMPLE   3 4(モブスコ/R18)


 午後の授業の始まりに、生徒達の手元にはプリントが配られた。
其処には『SeeD試験の予定について』と印字が綴られ、これから三ヶ月後に予定されている、SeeD試験に向けての注意事項と準備要項が書かれていた。

 教壇では五時間目の数学の授業を担当する教員が立ち、プリント内容を要約していた。


「プリントにある通り、三ヶ月後に今年度のSeeD試験が実施されます。参加資格は十五歳から。まずは今月末日に予定されている筆記試験を合格パスすること。それでSeeD候補生として、実技試験に参加する資格ありとします。既に昨年、筆記試験を合格パスした人は、これは必要ありませんが、合格記録が二年以上前の人は、再受験して下さい。筆記試験の結果発表の後、候補者用の課題が出ます。此方は筆記試験の合格年次に関わらず、本試験の参加希望者はクリアが必要ですので、忘れず確認しておくように」


 教室の其処此処で、やる気に満ちた声や、筆記テストの嫌気に溜息を漏らす声が零れている。
教師はそれらを気に留めず続けた。


「筆記試験の受講希望者は、プリント裏面の必要事項を記入して、今日から二週間以内に提出すること。時間の期限は、一七〇〇。遅刻した場合、原則として受理しませんので、参加を希望する人は忘れないように。────それでは、今日の授業を始めます」


 淡々とした口調で、教師はプリントを仕舞うと、黒板へと向いた。
今日の授業についてチョークで書いていく音を意識の端に聞きながら、サイファーは手元のプリントを見る。


(テスト参加資格は十五歳から。やっと受けられる)


 サイファーは、歳の瀬が迫る昨冬、十五歳を数えた。
春に計画される今年のSeeD試験に間に合うことに、密かに安堵していた程、待ち侘びたものだった。

 バラムガーデンの授業カリキュラムには、対人・対魔物を想定としたバトルに関するものが多く組み込まれている。
いつからそうだったのかは、サイファーもよく覚えていない。
長らくこのバラムガーデンで生活する内に、受ける授業の内容については、あまり考えなかった。
他の教育機関と言うものがどういうカリキュラムで運営されるのかも知らないから、其処に疑問や比較を考えることもなかったのも確かだった。

 授業で様々なことを学ぶうちに、大国同士の戦争が終わって十年以上が経った今でも、世界は何処もキナ臭いを知る。
軍や自警団と言った職業や、戦事に関わる傭兵と言うものは、今でも需要に溢れている。
バラムガーデンはその傭兵を育成する為の教育機関として、いつしか名を知られるようになっていた。

 既にサイファーが知っている者の何人かは、SeeD資格を手に入れ、時折バラムを離れて何処かしらの戦地に赴いている。
バラムガーデンは、SeeDと言う名の傭兵を擁し、その仕事の依頼受理・斡旋・分配をしているのだ。
依頼料はバラムガーデンの運営費に賄われる他、細かく刻まれたSeeDランクを参考に、SeeD資格保持者に給与として配られている。

 バラムガーデンは、SeeD資格を持って、二十歳を迎えた者を卒業≠ウせることにした。
そして、資格を持たずに二十歳になった場合、放校≠ニ言う形で退学処分となる。
それは不名誉なことであるとされ、故にバラムガーデンに在籍する生徒は、必然的にSeeD資格の取得を目指すことになった。

 卒業か放校か、それについてサイファーのこだわりはないが、ともあれSeeD資格には興味があった。
年齢差により、先にそれを取得した者達が、本物の戦場について如何にも勇ましげに語り、それを知らない年下の生徒達を「お子様」などと侮る。
サイファーがどれだけ成績を優秀に飾っていようと、彼等にとっては、未だ戦場に出た事がないサイファーも、他と等しく「お子様」なのだ。
それがプライドの高いサイファーには酷く気に障った。

 サイファーは進む授業の板書の傍ら、ノートの下に敷いたプリントを見遣っては、必要事項の確認をする。


(名前、年齢、学籍番号。実地試験で使用する武器の登録がいるのか。持ち込みするんだから仕方ないな、俺のガンブレードもカスタムしてあるし。現地で下手ななまくらを掴まされるより良い。契約済みG.Fも登録───面倒臭いな。いや、一度やればそれで良いんだ。希望配置場所は前方か後方か……前に決まってる)


 後方支援なんて退屈な配置は御免だ、とサイファーは思った。
何処で戦うのであろうと、必要である知識は選ばず叩き込んでいるが、伝令やら補給に走るよりも、やはり戦う方が性に合っている。
日々の授業の中で、サイファーは自分の気質を理解していた。

 今のうちに記入できる所を済ませて、サイファーはようやく授業へと身を入れることにした───が、


(……十五歳)


 ふと、試験の受講資格の欄が目に付いた。
そしてすいと流れた翡翠の視線は、通路を挟んだ反対側の席で、じっとプリントを見つめている人物へと向かう。

 長めに前を伸ばし、目元にカーテンをかける、ダークブラウンの髪。
その隙間から覗くのは、灰色がかった蒼色で、最近はとかく無関心という言葉が其処には似合う。
鼻はすっきりと高く通った形をしているが、横顔から見える頬にはまだ丸みがあり、それがまとう雰囲気に反して幼さを見せていた。
それでころころと表情が変われば可愛げもあるのだろうが、多くの人間は、その表情筋がほとんど変わらない事を知っている。

 スコール・レオンハート。
最近、何かとサイファーと対比されるその人物は、諦めたように一つ息を吐いて、プリントを仕舞った。
溜息の理由を知っているサイファーは、にまりと口元だけで笑う。


(あいつは来年だな)


 プリントに定められた資格要項に、現在十四歳のスコールは届かない。
彼の誕生日は夏───毎年春の頭に予定される筆記試験も、受けるのならば来年を待たなくてはならなかった。

 スコールより先に、SeeD資格を取る。
それが今のサイファーの目標だった。




----箱庭の詩 p112〜p113