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[ティナスコ]チルアウト・ラテ

  • 2024/06/08 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



ここ一年、ティナはとあるカフェに通っている。
週に二回、アルバイトのない曜日に其処を訪れては、カフェラテを飲みながらゆっくりと本を読む時間を作っていた。
軽食もメニューにあるので、時々、サンドイッチやケーキを注文する事もある。
頻繁に通うので、最近はすっかり店員にも顔を覚えられていて、席に座ると同時にカフェラテが出てくるくらいだ。
覚えられたと悟った時には、少し恥ずかしくなったりもしたが、さりとて通うのを辞めるには、其処で過ごす時間が心地良くて、手放してしまうには惜しい。
偶に他の店も探してみる冒険心も発揮してみたりするが、やはり、戻ってきてしまう位に、其処はティナのお気に入りの店になっていた。

今日もティナは、買ったばかりの本を数冊、鞄に入れて、その店へと向かう。

其処は少し入り組んだ住宅街の真ん中にあって、表通りからも遠く、ひっそりと隠れるように存在していた。
一見すると、普通の一軒家にも見えるから、其処がカフェだと知っているのは、近所に住んでいる人でもそう多くはないのではないだろうか。
年季の入った手作りの看板も、庭を囲む柵にころんとかけられているだけで、目立たせようと言う風もない。
けれど、休日になると何処からともなく常連客がやって来て、その時だけ注文できるランチメニューを求めて満席になるらしい。
アルバイトの都合もあって、ティナは休日に此処に来ることが出来ないが、いつかは噂のランチを食べてみたいと思っている。
だが、平日の日中から夕方の時間帯に行くと、流石に空席が多かった。
故にこそティナが、のんびり長い時間、テーブルを使わせて貰えるのだ。

綺麗な花々に彩られた庭の前を横切って、ティナはカフェの扉を開ける。
からんからん、とドアベルが鳴って、開けたドアの隙間から、コーヒーの香ばしい匂いが零れてくる。
いらっしゃいませ、と言う平坦な声が聞こえて、ああ今日はいるんだ、とティナは少し嬉しくなった。


「お邪魔します」
「……どうぞ」


ティナの挨拶の声に、シンプルな返事があった。
それを寄越してくれたのは、カウンターテーブルの向こうにある厨房に立つ、一人の少年だ。

深煎りのコーヒー豆に似た髪色の少年は、スコールと言う名前で、このカフェのオーナー兼店長をしている女性の息子だと言う。
ティナの一つ年下らしい彼は、高校生になった時分から、母のカフェ営業の手伝いをしているそうだ。
朗らかで明朗快活な母とは対照的に、笑顔も滅多に見せない、よく言えばクールな態度を崩さない彼は、始めこそ気難しい印象が強かった。
実際、言葉数は少ないし、よく「もうちょっと笑顔で挨拶しなさい」と母に口端を摘ままれている姿をよく見る。
そもそもは、どうにも彼は人と接することが苦手なようで、それを心配した両親に押し切られる形で、コミュニケーションの練習として、店の手伝いをする事になったのだとか。
手伝いを始めてから二年が経ち、笑顔は無理に作ると引き攣るから、結局諦めたと聞いた。
常連客が多い環境故に許されている所もありつつ、ウェイターの他、厨房仕事から帳簿類の管理まで、手広くカバーするお陰で、店長である母は大いに助かっているのだそうだ。

普段は母と息子が揃って店を回しているが、どうやら今日はスコール一人だけらしい。
客も店の奥でのんびりとコーヒーを傾けながら談笑している老夫婦が一組のみ。
いつになく静かな空間に、時折ノイズを混じらせるレコードが奏でるチルアウト・ミュージックが耳に心地良かった。

ティナがいつものカウンター席の端に座ると、スコールがカップを用意しながら、


「カフェラテで良いのか」
「うん。お願いします」


確認するスコールに頷くと、彼は直ぐに作業を始める。


「……他は」
「うんと、今は良いかな。でも、後で何かお願いするかも」
「判った」


鞄から本を取り出しながら答えるティナに、スコールの反応は端的だ。

通い立ての頃、あまりにシンプルな反応のみを返し、愛想とは程遠いスコールの態度に、怒らせてしまったかな、とティナは何度か思ったことがある。
その都度、母が息子を窘めてはティナに詫びていたものだった。
そんな傍ら、同じ場所に居合わせていた常連客だったり、スペースを借りて勉強しに来ていたスコールの同級生だったりが、彼の性格について教えてくれた。
確かに接客業をしているとは思えない愛想のなさはあるが、あれでも彼なりの努力で、酷い仏頂面にはならないように気を付けているらしい。
実際、同級生が学校で撮ったと言う画像を見せて貰った時は、眉間に中々深い谷が出来ていた。
そして、そんな幼馴染に憤慨しつつ、勉強を教えてくれとねだられては、律儀に応じている様子を見て、ティナも段々と“スコール”と言う人物を知ることが出来た。

そんな調子で一年も通っているから、ティナもスコールの態度にはすっかり慣れた。
差し出されたカフェラテに、可愛らしいリスのラテアートが描かれているのを見て、驚いた日が懐かしい。
元々は同級生のおねだりを発端に、凝り性を発動させて会得したと言う技は、今ではすっかり常連の間で、ひとつの名物と扱われている。

今日のアートは何だろう。
本のページを捲りながら待っていると、カウンターの向こうからスコールがやって来て、ティナの前に静かにカップを置く。
ちらりと其方を見ると、今日は猫の絵で、写実的なタッチで細かな毛並みまで描かれている。


「上手だね、スコールの絵」


静かな店内の雰囲気を崩さないよう、ティナは控えめな声で言った。
カウンターの向こうでそれを聞き留めたスコールは、母親譲りの蒼の瞳を少しばかり彷徨わせる。


「……別に。見たまま描いただけだ」
「それが出来ているのが凄いんだよ。私はこんな風に描けないもの」


ティナも手遊びに絵を描く事はあるが、こうもリアルな絵は無理だ。
才能が有るんだろうな、とティナはいつも感心しきりであった。

ティナの言葉に、スコールの瞳はまた彷徨う。
大人びた顔立ちの頬に、存外と分かり易く朱色が浮かんでいて、照れているのが判った。
そんな言葉にしない代わりの素直さに、かわいい、とティナはいつも思っている。

可愛らしい猫のアートに、崩すのが勿体ないなと思いつつ、温かい内に一口。
そっとカップの端を唇に近付けて、柔らかなフォームミルクとコーヒーを飲む。
口の中で、柔らかな苦みと、フルーティな酸味がじんわりと広がるのを感じながら、ティナはほうっと息を零した。


「おいしい。やっぱり此処のラテが一番好きだな」
「……どうも」
「ふふ」


褒めるティナに対して、スコールの反応は何処までも素っ気ない。
しかし、顔が熱いことにスコール自身も自覚があったのか、彼は逃げるようにバックヤードの方へと行ってしまった。
あれもまた、照れているのを気付かれたくない、思春期の少年の反射的な逃避行動だ。

ティナは苦笑しつつ、カップをソーサーに戻して、また本を開いた。
心地良いノイズを混じらせるレコードの音楽と、ひそやかに語り合う老夫婦の声が、緩やかな時間とともに過ぎていく。
気まぐれに口に運ぶカフェラテは、猫の頬が崩れた頃に、ティースプーンでくるりと混ぜた。
程よく熱の取れたコーヒーにミルクが溶け込み、まろやかな味わいを作り出す。

静かな時間が幾許か、読書に夢中になっていたティナは気にしていなかった。
その間に、老夫婦のお茶の時間は終わって、席を立つ音がする。
バックヤードにいたスコールが直ぐに戻って来て、会計レジで精算をし、夫婦は「レインさんによろしくね」と言って店を後にした。

客がティナ一人になった所で、スコールはキッチンへ。
カチャカチャと食器が小さな音を立てているのを、ティナは頭の隅で聞いていた。
特に気にするものでもなかったから、変わらず視線は本へと集中していたのだが、コト、と何かが視界の端に置かれて、顔を上げる。


(あれ……?)


半分ほどに中身を減らせたカップの傍ら、並べられているものを見付けて、ティナはきょとんと首を傾げる。

其処には、オレンジ色の果肉を乗せた、小さなタルトが1ピース。
後でおやつになるものを注文しよう、と思ってはいたけれど、まだ伝えてはいない筈。
そもそも、これはメニューにあっただろうかと、よく見る筈のメニュー表を思い出していると、


「……試作品なんだ。サービスするから、感想をくれると助かる」


カウンターの向こうから言ったスコールに、ティナは成程、と納得する。
この店のケーキは曜日ごとに日替わりするけれど、このオレンジのタルトは、メニューのラインナップにこれから入るかどうかと言う所なのだ。
ティナが見覚えがないのも無理はない。


「それじゃあ、頂くね」
「ああ」


ティナは本を閉じて、デザートフォークを手に取った。

一口食べてみると、艶やかな光沢に飾られたオレンジが、新鮮な酸味をいっぱいに主張する。
それを包み込むように、ココアアーモンドクリームの柔らかな甘味が訪れた。
生地はサクサクと小気味よく噛むことが出来て、触感を楽しむことも出来る。

ティナは藤色の瞳をきらきらと輝かせて、カウンターの向こうでじっと此方を観察していた少年を見て、


「生地がサクサクで、甘すぎなくて、後味がすっきりしてる。とっても美味しい」
「そう、か。……何か、引っかかる所はあるか?」
「えっと───好みかなとは思うんだけど。ちょっと酸味が強いのかなって。最初に食べた時に、こう、わって酸っぱい感じが来たの」
「成程。なら、もう少し熟れた奴の方が良いか……」


スコールはエプロンのポケットに入れていたオーダー用のメモ用紙を取り出して、ボールペンで走り書きのメモをする。
真剣な表情でぶつぶつと独り言をしているスコールに、ティナはタルトにフォークを差しながら、


「このタルトは、スコールが作ったの?」
「……ああ。貰い物のオレンジがあったから、消費のついでに、何か新しいメニューも……たまには考えた方が良いんじゃないかと思って」


このカフェのメニューは、昔ながらに続いているものが多いと言う。
休日のランチは、スコールの母が色々と工夫を凝らして新しいものも考案されるそうだが、カフェメニューは常連客に愛されたものが定着して久しかった。
別段、スコールもそれに不満があった訳ではないのだが、彼の友人であったり、ティナだったりと、新しい世代の若い客もぽつぽつと増えているらしい。
昔から変わらぬ味とはまた別に、新規開拓も考えて良いのでは、とスコールは思ったのだ。

ティナはオレンジのタルトを綺麗に食べて、後退く酸味も十分に堪能してから、カフェラテを飲み干して、言った。


「スコールはすごいね。絵が上手で、お菓子もこんなに美味しいものが作れるんだもの」
「別に、大したことじゃない。と言うか、あんたはなんでも褒めすぎだ」
「だって本当にそう思うんだもの。スコールはすごいって」


言いながらティナは、もっと具体的に伝えることが出来れば良いのにな、と思う。
ティナにとってスコールは、自分よりも年下なのに、店の手伝いと言って色々な所に目を配ることが出来て、人からの期待に応えようと努力を重ねて、沢山の技術を習得して───ひとつひとつを挙げていけばキリがない位に凄い人だ。
けれどもスコールは、どうにも人に褒められることに慣れていないのか、顔を赤くして眉間に皺を寄せるばかり。

本当よ、とティナが重ねて言うと、スコールの顔は益々赤くなる。
スコールはその顔を片手で覆うように隠しながら、反対の手のひらを見せてティナの言葉の続きを遮る。


「……判った。あんたの気持ちは判ったから、もう良い。十分だ」
「そう?」
「タルトの方は、参考にさせて貰う。………ありがとう」
「ふふ、どういたしまして。私の方こそ、美味しいタルト、ありがとう」


礼を言うのも、得意ではないと言うスコール。
けれども協力して貰ったのだから、と礼を述べるスコールに、ティナも感謝の言葉を返した。

それからしばらく後、買い出しに出ていたスコールの母が帰ってくるまで、店にはスコールとティナの二人きりの時間が続いた。
中々顔の赤みが引かないスコールは、きっと恥ずかしさで一人になってしまいたかったのだろうけれど、ティナはやはり名残惜しくて出来なくて、形ばかりに本を開いて過ごす。
存外と照れ屋な少年の様子を見守る時間の愛しさは、ティナの秘密の楽しみなのであった。





6月8日と言う事で、ティナスコ。
静かなカフェで話をしている、お客さんのティナと店員のスコールが浮かんだので。

弟属性のスコールにとって、お姉ちゃん属性orママ属性のあるティナ相手は、色々弱いと私が楽しい。
ティナも大人びた見た目してるのに、零れ見える素直じゃない素直さが可愛いなあって思ってると良いなって。

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