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[ヴァンスコ]ランチボックスの秘密

  • 2024/12/08 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



それは、週に一度と決まっていた。
そうしろ、とスコールが言った訳でも、そうしよう、とヴァンが言った訳でもなかったけれど、いつの間にかそう定着していた。
スコールの方は専ら受動しているばかりであったから、結果的には、ヴァンが決めたことになるのだろう。

週に一度、二人の弁当を交換する。
ただそれだけの事だから、傍目にはなんでそんなことをしているんだ、と言われるかも知れない。
けれども、この些細なやり取りが特別なのだと言うことは、二人だけが知っていれば良かった。

高校生になる以前から、弁当と言うものは作り慣れていた。
スコールは父子家庭で、ヴァンは年の離れた兄弟で二人暮らしと言う環境だったから、お互い、それぞれの流れで家事を行うようになった。
スコールは仕事に行く父親の為、ヴァンも同じく仕事に行く兄の為、最初は真っ白な米とふりかけ、焦げた卵焼きとプチトマトと言う献立。
まるで示し合わせたように、卵が焦げたことまで一致しなくても良かっただろうに、そう言う所まで似ていたことがおかしかったけれど、それが言葉数の決して多くはない二人のシンパシーを呼んだのは確かだ。
思い返せば絶対に不味かっただろうし、ひょっとしたら味付けに見よう見まねで加えた塩は砂糖だったかも知れない、と思ったりもするが、父は、兄は、その弁当をすっかり空にして帰ってきた。
それが幼心に嬉しくて、くすぐったくて、何より「ありがとう」と頭を撫でてくれたことが堪らなくて、二人は弁当作りを仕事にするようになったのだ。

高校生になり、自分の為に弁当を用意するようになる頃には、慣れた家事のひとつになっていた。
幼い日、一所懸命にフライ返しを使ってぐちゃぐちゃにひっくりかえした卵焼きも、もう焦がすこともない。
おかずの半分は昨晩の夕食の残り物だし、それがなければ、弁当用の冷凍食品も使えば良い。
スコールは凝り性を発揮し始めて、インターネットやテレビで見付けたレシピを試したり、その為にマニアックなスパイスやらを集めるようになった。
ヴァンはそれ程料理にハマっている訳ではないから、どちらかと言えば手軽さを売りにしたものと、冷めて美味しいと評判のレシピを探している。
そうしてそれぞれの事情と性格で彩られた弁当は、家族には大変好評であるのだが、本人たちにとっては特別わくわくするようなものでもない。
中身は自分で詰めたものだから、弁当箱を取り出す時、今日のお昼はなんだろなと楽しみになることもないのであった。

弁当にしろ、家での食事にしろ、自分で作った料理と言うのは、日常に食べるものであるが、なんとなく、じんわりと、飽きのようなものもある。
塩、砂糖、コショウを始めとした調味料は勿論、使う具材も、自分で選んで調理している訳だから、特別驚きが得られるような料理は早々できないものだ。
新しいレシピを手に入れた時は、上手く行くか、味付けはどんな風になったのかと少しばかり楽しみもあるが、経験がものを言うのか、大体は予想が立てられる。
ほぼ毎日をそれと付き合っているものだから、「たまには人が作ったものが食べたい」と思う日もあるのだ。

だから、一週間に一回、二人は弁当を交換する。
何故、毎日ではなくこの頻度なのかと言うと、「その方が特別な感じがするだろ」とヴァンは言う。
確かに、回数が多くなればなるほど、それは当たり前のものになり、それに伴う感情も平坦になって行くものだろう。
スコールは習慣化してしまえば結局は同じことじゃないかと思ったが、それでも、毎日のことと一週間に一回とでは、確かになんとなく、赴きは違うのかも知れない。
普段よりも茶色が濃い具材に飾られた、友人の弁当箱を見て、スコールはそんなことを考えていた。

屋上は、其処に行くまでの階段を上るのが面倒くさいからか、昼食の穴場スポットだ。
其処を使うのが自分たちだけと言う訳ではなかったが、食堂や中庭よりは静かで、ゆっくりと落ち着いて食べられる。
箸で摘まんだチキンを口に運べば、甘辛の味付けがとろみと一緒に咥内に拡がる。
そんなスコールの前では、ヴァンが牛肉に包んだ味付け卵をぱくり。


「んむ。んんんんん」
「飲み込んでから喋れ」


半分に切った卵を、ほぼそのまま口の中にいれたヴァン。
目を輝かせているのは良いとして、そのまま喋ろうとするな、とスコールは呆れた。

むぐむぐむぐごっくん、とヴァンは喉を動かしてから、


「美味いな、この卵。味沁みてる。なあ、これ何?人参の干物?」
「キャロットラペ」
「へー。むぐ、ん、んん。さっぱりしてる。良いな」


ヴァンは箸をあっちへこっちへ遊ばせて、スコールが作ったおかずを平らげて行く。


「なあ、このレシピ教えて」
「どれだ」
「この豚肉の」
「肉にソース絡めて焼いただけ」
「ソース売ってるやつ?」
「……作ったな」
「じゃあそれ教えて」


また食べたい、と言うヴァンに、スコールはポケットから携帯電話を取り出した。
インターネットブラウザを立ち上げ、ブックマークに登録して置いたレシピページを開いて、アドレスをコピーする。
メッセージアプリからヴァンへとアドレスを送れば、ヴァンのポケットで携帯電話が振動する音がした。


「ありがと」
「……ん」
「後で俺が見付けたレシピも送るな」
「……ああ」


なんとなく、料理に凝り性を見出すようになったスコールだが、とは言え毎日のこととなれば面倒になる日もある。
そんな時は、ヴァンから教えて貰った、工程が少なく済む簡単調理の類が非常に役に立っていた。

お互いの弁当を交換するようになってから、こうして情報交換の機会も増えている。
自分では知らない料理、調理方法を知る機会に恵まれるのも、ありがたいことだ。
スコールは普段、自分の興味のある範囲やジャンルしか調べないから、ちょっとした小技だとか、調味料の意外な使い道と言うのは、手軽便利を求めて流離うヴァンの方が詳しかったりする。
そしてヴァンの方は、見た目の彩に凝った料理や、馴染みのない外国料理などはアンテナが立たない節らしく、スコールが見付ける料理のレシピが見目新しく映るらしい。
それぞれが違う知識を持ち寄りつつ、有益なやり取りが出来るので、お互いに得をしている。

それにしても───とスコールは手元のヴァンの手作り弁当を見る。
週に一回、必ずこうして顔を合わせて交換し合うので、よくよく見ているおかず群に、


「ヴァン。あんた、野菜ももう少し入れた方が良いんじゃないか」


見渡す限りの茶色畑になっている弁当箱に、スコールは説教くさくなるとは自覚しながらも、いつか言わねばと思っていた。

自分が食べるだけの弁当なら、ヴァンが好きにすれば良い。
スコールと弁当を交換する前提であるとしても、スコール自身は日々の生活で自分の栄養バランスを整えているつもりだから、一日くらい、こういうスタミナだけを追求したような食事があっても良いと思っている。
自分で作る分には、どうしても緑を装っておかないと気が済まないので、逆にこういった献立は出来ないのだ。
そう言う違いもあって、スコール自身もこの弁当を食べることには、なんら抵抗はない。

ないのだが、とスコールはヴァンの唯一の家族の存在を思わずにはいられない。


「あんたの兄も食べるんだろう、この弁当」
「うん。別のメニュー作る余裕なんてないからな」
「……こうも肉ばっかりだと、栄養が偏るぞ」


ヴァンが味の濃いものが好きなのも、野菜よりも肉の方を食べたいのも、好きにすれば良い。
だが、ヴァンの兄レックスも、これと同じ弁当を毎日食べているのだとしたら、ちょっとそれはどうなんだ、とスコールは思わずにはいられなかった。

スコールも、自分の為だけでなく、父親の弁当も用意する。
その際、それぞれにおかずを用意するのも面倒なので、同じものを詰め込むのも判る。
けれども、こうも肉メニューだけに特化させた料理ばかりを食べていたら、若いとは言え遠からず体に支障が出るのではないか。
父親が既に四十半ばとなって、脂っこいものは胃凭れするだとか、健康診断の結果にも恐々としていることを聞いているスコールは、やはり健康の為には野菜類も必要不可欠なのだと知っている。


「家でちゃんと野菜も食べてるなら良いかも知れないが……」
「ああ、食べてるぞ。野菜もちゃんと入れてるよ。それにも入ってるだろ?」


そう言ってヴァンが指差した先には、ブロッコリーがふたつ。
入ってはいるが、とスコールは眉根を寄せる。


「あんたの弁当のサイズに対して、野菜がこれだけって言うのはどうなんだ」
「だってスコール、普段から野菜は結構食べてるし。それより肉が少ないなーっていつも思うんだ」


ヴァンの手元にあるスコールの弁当は、友のそれとは反対に、彩り豊かである。
緑黄色野菜は毎日抜かりなく収めており、家での食事でも、サラダ類はほぼ必ず出すように努めていた。
そもそもが食事に淡泊な所がある事も手伝って、子供の頃から量をそれ程食べれないから、代わりに栄養バランスに振ったと言う経緯もある。

そんなスコールから見ると、同じ弁当を食べているであろう兄の為にも、ヴァンの弁当メニューは少し直した方が良いのでは、と思ったのだが、


「うちは朝と晩と、休みの日は昼も、サラダとかスープとか、野菜は摂ってるんだ。元々兄さんが家事を全部やってくれてた頃から、そう言う感じだったし。弁当は、兄さんは昼を食べたらあとは帰るまで間食とかも出来ないから、しっかり腹が膨れる方が良いと思って────そしたら、こんな感じになった」
「……そうか」


レックスが何の仕事をしているのか、スコールはよく知らない。
だが、午後が忙しくなることはよくあるそうで、それならスタミナが一番大事だと、ヴァンなりの思いやりの結果なのだろう。
栄養バランスなんてものは、トータルして採算が合えば良い訳だし、それなら昼は茶色一色でも良いのかも知れない。

あと、とヴァンは更に続ける。


「今日は弁当交換の日じゃん。だからスコールにも、肉いっぱい食べさせようと思ってさ。もっと肉つけた方が良いよ、スコールは」


ヴァンの言葉に、スコールの眉間に分かりやすく皺が寄った。

子供の頃から、チビでガリだと、よく幼馴染の男に揶揄われていた。
確かに背の順で並ぶと、長らく一番前か二番目だったし、体つきも細く、父にも心配されていた事がある。
単に成長線が緩やかなスタートだったと言えばそうなのだが、今は背が伸びたものの、件の幼馴染に比べるとまだ足りないし、厚みも薄い。
これを育てるには動物性タンパク質が大事だと言うことも、理屈では判っているのだが、如何せん胃袋もそう簡単には大きくならないのであった。

眉間に皺を寄せたまま、不機嫌に唇を尖らせるスコール。
ヴァンはそれを気にせず、スコールの弁当箱をすっかり空にして、ずりずりと尻を擦りながら隣にやってくる。
その手が躊躇なく伸びてきて、ぺたりとスコールの腹に当てられた。


「もうちょっとこの辺、丸い方が体に良いよ」
「……うるさい。俺の勝手だろう、放っとけ」


箸を持つ手とは逆の手で、スコールはヴァンの手を払った。
が、ヴァンは構わず、ぺたぺたとスコールの腹や腰回りを触りに来る。

ヴァンはヴァンなりに、自分の作ったものを食べる人のことを想って、弁当を作っているのだ。
それは、スコールが少なからず、父の健康を気に留めながら日々のメニューを選んでいるのと同じこと。
そしてスコールもまた、今日の弁当をヴァンが食べることは意識していたから、日頃に目にしているヴァンの弁当とのバランスを考えて、今日の弁当を拵えている。
野菜を多めに盛りつつも、よく食べる育ちざかりなヴァンが午後に腹を空かさないよう、腹持ちの良いものも入れた。
やっていることの方針は真逆であるが、根にある思いはお互いに同じであることは違わないだろう。
この弁当を食べる人が、少しでも健やかであるように、と。

はあ、とスコールは溜息を吐いて、友人の好きにさせることにした。
腹回りを撫でるようなヴァンの手は引っかかるが、マイペースな彼に何を言っても暖簾に腕押しだ。
それより自分の食事を終わらせよう、とあと三分の一になった肉のおかずに取り掛かった。


「腹は食べたら育つよ。俺も昔はヒョロヒョロだったらしいけど、今はそうでもないし」
「……そうだな」
「兄さんが腹いっぱい食わせてくれたからな」
「良かったな」
「うん。だから今度は、俺がスコールを育ててやるよ」
「……勝手にしてくれ」


諦念混じりにスコールがそう言えば、ヴァンも「うん、勝手にする」と言った。
そのままヴァンの腕がスコールの腹に巻き付いて、ついでに肩口に顎が乗せられる。

肩の重みにスコールが視線をやれば、鶸色の目と近い距離でぶつかる。
目が合ったと理解してか、ヴァンの瞳が人懐こい光を宿して、スコールを見つめ返した。


「俺さあ」
「……なんだ」
「俺、スコールの作った弁当好きだよ。色キレイだし、俺が作らないものも入ってるし」
「……」
「俺が嫌いなものは、入れないようにしてくれてるみたいだし」
「…あんただって入れてないだろ。なんだよ、いきなり」
「んー、なんとなく。言っとこうと思っただけだよ」


にかりと笑うヴァンに、確かに言葉に他意はないのだろう。
彼は思ったことを思ったままに口に出しているだけなのだから。


「来週も楽しみにしてるな」
「……ああ」


素直な友人の言葉に、スコールはいつもそれだけの返事しかしない。
それでもヴァンは特に不満げにする事もなく、じゃれる猫のようにスコールの肩に寄り掛かっている。

週に一度のこんな些細なイベントでも、繰り返しているのは何故なのか。
特に伝えた訳でもないのに、相手の好きなもの、嫌いなものを、なんとなく把握する位には続いている理由は、何故か。
言葉にしないスコールの胸中を、ヴァンは確かに読み取っていた。





12月8日と言う事で、ヴァンスコ!
学パロお弁当交換してる二人がなんとなく浮かんだので、やらせてみた。

父子家庭と兄弟家庭と言うことで、唯一の身内の健康には、それなりに気を遣ってそうな二人。
お互いそんなに深くは踏み込まないようで、なんとなく許してる・許されてることは空気で感じ取ってそうなのが良いなと思っている。

[シャンスコ]予習復習

  • 2024/11/08 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF

講義再会申し込みの続き





以前の闘争の時、秩序の戦士たちが過ごす拠点となった屋敷には、それ程大きくはない書庫があった。
大きくはないとは言っても、其処にある蔵書の種類はそれなりのもので、子供が読み耽るような可愛らしい絵本から、ある世界のとある研究で指折りの人物が書いた論文の何某だとかまで、幅広い。
無秩序とも言って良い本の種類は、どうやらこの世界に召喚された戦士たちの元の世界から、無作為に選ばれて出現するからなのだろう。
製本技術も世界の文明レベルによって様々で、職人が手ずから紙を織って作り出し、分厚い革に覆われて丁寧な装飾が施された本もあれば、機械仕立ての大量生産の雑誌まで、本棚の中身は多種多様であった。

新たな神々によって召喚された、新たな闘争の世界にも、それぞれの陣営の拠点がある。
拠点を中心に生活をするのは、大半が秩序の女神に呼ばれた戦士だ。
以前の闘争での生活然り、他者と空間を共有して過ごすことに抵抗のない者が、殆ど其方に偏っているからだろう。
混沌の神に呼ばれた者の中では、ゴルベーザとジェクトの他は、クジャが気紛れにいる他、ヴェインが情報の共有の為に姿を見せることはあった。
後は誰も気紛れなものだから、以前と違って陣営の鞍替えが存外と容易な事もあり、誰がどちらの陣営に属しているのか判らない事も儘ある。

戦士たちが生活の中心とするだけあってか、塔の中の設備は中々充実している。
各個人の部屋が設けられているのは勿論として、調理場であったり、ダイニングに使える大きなテーブルのある広い部屋だったり。
風呂は大きなものもある他、個室にもシャワールームが備えられている。
食料品の他、細々とした消費物は、住み込みのように塔にいるモーグリがショップを開いているので、概ね此処で賄うことが出来た。
余程にマニアックなものでもなければ、大抵のものは揃うので、生活するには申し分のない環境と言えるだろう。

その塔の中にも、書庫と言うものはある。
いつからそれがこの空間に現れたのか、シャントットも正確な所は知らないが、あれば存外と使う人間は少なくない。
暇潰しを求めてやって来る者の他、ルーネスは様々な知識の吸収を求めて頻繁に足を運ぶし、ヤ・シュトラなどは最初にこの書庫に入った時は三日ほど出て来なかった位だ。
何せ様々な世界の、様々な本が一堂に会しているのだから、学者肌気質の者には興味の宝庫なのだ。
蔵書も何処からともなく新たなタイトルが現れて増えて行くから、本好きには夢のような環境かも知れない。

シャントットもこの書庫によく足を運ぶ者の一人だ。
以前の闘争に身を置いていた頃は、屋敷には必要な時以外は戻らず、離島の洞穴の中で自分の城を構えて研究に没頭していた。
その時から、拠点にある書庫はよくよく利用しており、此処で見付けた有用な本や、自身の世界から呼び出されたものと思しきタイトルのものは、一通り浚って持ち帰ることもしていた。
元の世界から現れた本は勿論、他の世界の本と言うのも、魔導や魔法に関わるものには目を通した。
異世界それぞれに違う発展をし、研究の内容によっても違う記述を見られると言うのは、中々に稀有な機会である。
中には判り易く子供向けのものもあったが、ああ言うものは、学びの入り口とする為に、複雑なものを極力単純化して親しみ易く作られているものが多い。
異世界の魔法技術、研究について触れるには、これも馬鹿に出来るものではないと、シャントットは目についたその手の本は須らく目を通している。

この新たな闘争の世界で、シャントットはまだ、自身の城と言えるような研究環境を持ってはいない。
以前の世界も、秩序の神と混沌の神のパワーバランスの歪みにより、不安定な所があったが、この世界はもっと安定性がない。
戦士たちの拠点である塔の周辺は、神の庇護のお陰か、魔物も少なく過ごせるが、距離が開けば魔物は勿論、イミテーションも現れた。
魔物もイミテーションも、シャントットにとっては大した問題ではないが、万が一、地割れでも隆起でもなんでも、地形が一夜で大きく変わるような転変に巻き込まれでもしたら目も当てられない。
まだこの世界のあらましも曖昧な内は、安定した安全圏を取った方が無難、と判断したのだ。

だからシャントットは当分の間、この塔の書庫を生活の中心としている。
以前とはまた違う世界から紛れ込んだ本もあり、新たな研究の種があるのは悪くない。

さて、今日は何処から手を付けようか、と目星の本棚の所へやって来た所で、


「あら」
「……」


本棚の前に立っている先客を見て、シャントットは少しばかり目を丸くした。

濃茶色の髪に、蒼灰色の瞳、その中央の眉間に刻まれた斜め傷────スコール・レオンハート。
以前の闘争の折、シャントットに魔法の指導を求めてきた、ある意味で“生徒”と呼べる少年がいた。

スコールの手には、シャントットが見覚えのある本がある。
立ち読み宜しく、其処でページを捲っていたのだろうスコールは、聊か気まずそうな表情で視線を彷徨わせた。
そんなスコールの様子に構わず、シャントットは本棚の横に取り付けられている、棚梯子へと向かう。


「ひょっとしてお勉強中だったかしら?」
「……そんな所だ」


ぱたん、とスコールは本を閉じて、棚へ戻した。
指はそのまま隣の背表紙に触れ、軽く傾けたそれを持って取り出す。

シャントットは車輪のついた棚梯子をスコールの横へと持って行き、ひょいとその上に昇った。
梯子の一番上まで登れば、本棚の一番上を労なく眺めることが出来、ついでにスコールの旋毛も見ることが出来た。

この本棚には、シャントットの世界から紛れ込んだものと思しき本がまとめられている。
幾つかはシャントットが書いた論文を元に書かれたものもあった。
どれもシャントットは一度は目を通したものであり、その内容がどんなものだったかも、凡そ頭に入っていた。
それをスコールも判っているのだろう、彼は何度か本を取っては戻し、取っては戻しと繰り返しながら、


「あんたに魔法の授業をして貰う話をしただろう」
「ええ、忘れてはいませんわよ。今日まで大した機会もなかったけれど」


シャントットとスコールは、過去の何度目かの戦いの折、ちょっとした交流の仲を作っていた。
魔法のエキスパートと言える実力を持ち、魔法に関する研究者であったシャントットを、スコールが己の扱える魔力の底上げ方法について相談したのが始まりだ。
スコールにとっては駄目で元々の話のつもりだったが、シャントットはそれを良しと受け取った。
スコールの世界で魔法と言うのは“疑似魔法”であり、その環境も、形態も、他の世界と類を見ない特殊なものであった事から、シャントットの研究心が疼いたと言おうか。
魔法の素養を決して多くは持たないながら、科学的に形態が解明されたとした世界で、その習いを持って魔法の扱いを得ているスコール。
その形をまた更にシャントットが解明すれば、技術そのものの流用は出来なくとも、魔法研究の更なる発展が見込めるかも知れない。
そうした興味から始まった二人の関係は、ちょっとした持ちつ持たれつもありつつ、両者それなりに有意義な時間を齎していた。

そんな関係を作った何度目かの闘争の後、シャントットは姿を消し、スコールも交流のなくなった戦士のことは忘れ、それきりとなる。
だから、二人の再会と言うのは、実に久しぶりの事だったのだ。
そして、忘れたきりと思っていた交流の日々を思い出したことで、スコールはまたシャントットに稽古をつけて貰う事は出来ないかと相談した。
シャントットの講義を「有意義だった」と言った彼に同じくして、シャントットにとっても、決して面倒なだけの時間ではなかったから、今改めて、二人は束の間の“教師と生徒”と言う間柄となっている。

が、以前に比べると頻繁に陣営の配置が換わる事や、それでなくとも世界の状態を確認する為に、まだまだ人員が割けられている所である。
スコールはその足で地道なフィールドワークを、シャントットも魔導士としての知見を用いて調べ物が後を絶たない。
お陰でしっかりとした空き時間も、都合をつける暇もなく、講義の予定については話ばかりのものとなっていた。


「まあ……今後も当分は、忙しいんだろうな。今回はあんたも俺もこっちだったが、次はどうか判らないし」
「神の気紛れなんてクソ喰らえですけど、仕方のない事ですわね」
「……だから、今の内に復習でもしておこうと思ったんだ」
「あら、真面目だこと」


言いながらスコールは、開いていた本のページをゆっくりと捲る。
熟読している、と言う訳ではないが、ページに綴られた内容を一通り黙読で確認している風だ。

スコールは本に視線を落としたままで言った。


「あんたの授業を前に受けてから、もう随分経ってるだろう。前の戦いの時に、あんたはいなかったし、俺はあんたっていう存在がいた事も忘れていた」
「以前の神々の下では、そう言う理で巡っていたようですわね。それで?」
「……多分だけど、あんたがいなくなった事で、あんたに色々教わったことも忘れていたんだ。魔法の扱いの感覚は残っていたかも知れないが、実際どうだったのかはよく判らない。だから、あんたにまた授業をして貰う前に、一通り確認して置こうと思って」


スコールの言葉に、成程、とシャントットは納得した。
道理で、スコールが延々とこの棚にある本ばかりを手に取る訳だ。

此処に在るのは、以前の闘争の頃、シャントットがスコールに教科書替わりに指定して読ませた本ばかりである。
学術書としては中級以下のものが殆どだが、先ずはシャントットの世界における“魔法”の研究技術の著述に触れさせることで、両者の魔法に関する感覚イメージの擦り合わせを計った。
結果としてそれが思う程の作用を齎したかは不明ではあるが、スコールは言われたものには一通り目を通している。

スコールは、その内の一冊を改めて手に取って、


「多分、この辺は前に教わった所だ」
「そうですわね。私もなんとなく覚えがありますわ」
「だけどこの辺りは……飛ばした?」
「ええ。本来なら順番としては応用段階を踏むのだけれど、あなたに必要なのはそういうものではなかったし」


当時のシャントットは、スコールが用いる魔法の運用方法に対して、効果的なアプローチを考えていた。
スコールの魔法は、元々少ない魔力を土台にして発動されていたから、その集約速度や、一度に扱える魔力の量を増やす、効率的な方法を探すのが良い、と思ったからだ。
複数の魔力をかけ合わせたり、極一点化させる為の応用方法は、求められるものではなかった。

あの頃、スコールはシャントットの城へと赴いて、主に其処で講義を受けていた。
だから読むようにと指定された本は、シャントットが確保していた蔵書であったものが殆どだ。
其処にあるものは須らくシャントットの持ち物であったから、下手な扱いをして不興を買うのは以ての外と、言われたもの以外は触れないように努めている。
それもあって、シャントットが指名した本が、きちんと目的に合わせて指定されていたことを、スコールは今になって理解した。

スコールは持っていた本を閉じ、本棚に戻した。
指は並ぶ背表紙をぽつぽつと辿り、特に分厚い一冊で止まる。


「後は────この辺りの本に見覚えがある」


そう言ったスコールの指先にあるものを見て、あら、とシャントットの唇が緩く弧を作る。


「確かに、それはあなたに貸した覚えがありますわね」


それは、豪奢な装丁をしてはいるものの、研究に使うには既に遺物とされたもの。
古い形態の神話を元にして研究した記録で、どちらかと言えば歴史書として扱われ、魔導や魔法を研究するには古過ぎる代物だった。
本自体が貴重な一財産として扱われていた時代のものと思えば、確かに重要なものではあったが、それ以上の価値はなかった。

しかし、スコールの持つ“疑似魔法”の理と、シャントットが研究の末に得た魔法の知識は、根本から形が違う。
何であれ試してみるべきであると考え、スコールにもその情報を共有するのが良いだろうと、シャントットにしては破格の扱いで、この本を貸し与えた事があった。

シャントットは棚梯子の上に座って、濃茶色の旋毛を見下ろしながら訊ねてみる。


「それは読み終えたんですの?」
「……どうだったか。半分は読んだ気はする」
「なら、改めて貸して差し上げますわ。じっくり読んでみなさいな」


最早自分の蔵書と言う訳ではなかったが、シャントットがそう言うと、スコールは一瞬物言いたげな表情を此方に向けつつも、「……そうする」と言って本を棚から取り出した。
態度ばかりは勤勉で従順な所も、相変わらずのようだと、シャントットはこっそりと確認する。


「前に読んだ本もあるなら、あなたの世界の本もあるのでしょうね。何か見掛けまして?」
「一番奥の左の本棚に、幾つか教科書があった。年少クラスのは前にあんたに渡したことがあったような……」
「かも知れませんわね。折角だから、私も目を通して見ますわ」


シャントットはひょいと棚梯子を下りた。

スコールが言った本棚を覗いてみると、確かに、見覚えのあるカリグラフィの背表紙がある。
ひとつ手に取って開いて見る内に、記憶の奥底から、段々と「これを知っている」と言う感覚が沸いて来る。

学年ごとか、カリキュラムごとか、教科書と思しき本は数冊が並んでいた。
その中から、魔法の扱いに関する記述が見られるものをまとめて取り出す。
書庫の奥にある読書スペースへそれを抱えて行ってみると、既にスコールが座っており、分厚い本を開いて眉間に深い皺を浮かべていた。

シャントットはスコールの隣から一席空けて、椅子に座った。
魔法研究者である自分が、子供が読むような教科書を開き、学び舎でテストに唸っているような少年が、小難しく分厚い本を開いている。
なんとも奇妙な取り合わせではあったが、今の書庫に、そんな二人の姿を見る者はいない。


(さて……それで、講義はいつが良いものかしら)


明日の予定もよく判らない世界であるから、いつ何時とスケジュールを組むのは難しい。
だが、授業終わりに飲む紅茶くらいは用意しておかないと、と思うシャントットであった。




11月8日と言う事で。

二年に一回くらいのペースで書いてるようです、このシャンスコと言い張るシリーズ。
元々スコールとシャントットの絡みは全くないのに、こうだったら私が楽しいなの精神で書いてる。

[ジェクレオ]ホリデー・ラプソディ

  • 2024/10/08 21:05
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



元々朝には弱い性質ではあるが、それが特に顕著に出る時。
それは大抵、前夜に大層熱心に交わり合った後のことで、自業自得と言えば否定できなかった。

ブラインドカーテンの隙間を潜り抜けて差し込む光は、朝にしては随分と強い。
この部屋の窓はほぼ真南に面しているので、此処に煌々とした光が入ると言うことは、時間もそろそろ昼を迎えようとしている、と言うことだ。
重い瞼を擦りながら、手探りでヘッドボードの携帯電話を探って、液晶画面を確認する。
思った通り、午前を思い切り寝倒したことを知って、寝起きの気怠さに駄々をこねる体を、半ば無理やりに起き上らせた。


「……ふあ……」


癖の付きやすい髪を手櫛で掻きながら、レオンは大きな欠伸を漏らす。
裸身の体を包んでいた柔らかいシーツがするりと滑り落ちたが、空調が丁度良く効いてくれているお陰で、不快な寒さは感じない。
拭い切れない微睡で、ぼんやりとした頭がもう一度眠りたがっていたが、空っぽの胃が何か寄越せと訴えているお陰で、ベッドから抜け出そうと言う気にはなった。

鳴いている腹を慰めるのは勿論だが、その前にシャワーだけでも浴びたい。
昨晩は試合の後だったから、パートナーは随分と元気であったし、それを余す所なく受け止めたものだから、体中の水分が全部なくなるかと思う程に汗を掻いた。
存外と喉が渇いていないのは、ひょっとしたら、意識を飛ばした後に水を貰ったのかも知れない。
抱く時には獣のように荒々しいのに、アフターケアは欠かさない辺りに、恋人の年の甲を感じるのは、こんな時だ。
恐らく体も清潔に拭いてくれてはいるのだろうが、やはり、直に湯を浴びてすっきりさせたい気持ちまでは誤魔化せなかった。

ベッドで豪快な鼾を立てている恋人の姿に、伸び伸びとしていて何よりと思いつつ、寝室を出た。
シャワールームで熱めの湯にして頭から浴び、昨夜の熱の名残を灌ぎ落とす。
鏡で見た自分の腰回りに、大きな手形がくっきりと残っているのを見て、改めて夜の交わりが激しかったことを知った。
ゆっくりと温まった方が体の回復は早いのだろうが、如何せん、腹が減っている。
夜は長めに風呂に浸かろう、と思いつつ、レオンは烏の行水よろしくシャワールームを後にした。

ラフにTシャツと短パンのみを着て、レオンはキッチンに立つ。
手の込んだものを作る気はしなかったが、昨晩はかなりカロリーを消費したし、前に食事をしてから既に十二時間以上が経っている。
冷蔵庫から作り置きにしているものを取り出して、電子レンジで温めながら、昨晩の夕飯の残り物のスープも鍋に移してコンロにかけた。
トースターにセットしていたパンが焼けると、いつも使っているジャムを塗り、もう少しトースターにかけて表面に熱を入れ直す。
サラダボウルから食べる分だけを皿に移して、ブランチの完成だ。

寝室に戻ると、恋人────ジェクトはまだベッドの中にいた。
ぐおー、ぐおー、と漫画のような鼾を立てているジェクトに、レオンは口端を緩めつつ、声をかける。


「ジェクト、起きろ。もう昼になるぞ」
「んあ~……ぐぅう……」


耳は多少起きているのか、ジェクトは唸りながら寝返りを打つ。
またぐうぐうと寝息を立て始めるジェクトに、やれやれ、とレオンは肩を竦めた。


「ジェクト。ジェクト」
「んぐー……」
「起きないなら構わないが、飯を食わないなら晩まで抜きになるぞ」


水球のプロプレイヤーとして活躍するジェクトの体調管理・栄養管理は、専属マネージャーであるレオンの管轄である。
だから普段は、ジェクト自身の体調が明らかに思わしくないような状態でもなければ、一日の食事は必ず用意するように努めていた。
特に起きて最初に食べる食事と言うのは、活動する為のエネルギーとして大事だから、欠かすことはしない。

が、試合は昨日終わって、今日一日、ジェクトは休みである。
平時はジェクトがそうであっても、レオンはマネージャーとしての仕事があるものだが、幸運にも今日は丸っきり手が空いていた。
故にこそ、昨夜のジェクトはレオンを解放しなかったし、レオンもそれを良しと受け入れた。
今日一日だけは、お互いに普段の規律正しさから解放されて、戯れに没頭しても良いのだ。

だからジェクトもいつも以上に寝汚い。
判り切っている事だから、レオンも構わない気持ちはあったが、折角用意した食事は食べて貰いたい、と言う気持ちも少なからずあった。


「ジェクト」
「……」
「ジェクト」


何度呼び掛けても、ジェクトは起き上がる様子がない。
が、その反面、段々と鼾が静かになっているのは判り易く、その意図をレオンも察していた。
────それを汲み取った所で、さてこの男は大人しく起きてくれるだろうかと、レオンは胡乱に目を細める。

ふう、と一つ溜息を吐いて、レオンの体がベッドに乗る。
ぎし、とスプリングが小さな音を立てながら、ゆっくりと動かない恋人へと近付いた。


「ジェクト」


耳元に唇を寄せて、名前を呼ぶ。
吐息が触れたか、微かに逞しい肩が反応したように見えたが、レオンは気にしなかった。
太い眉の端に小さく小さく口付ければ、それだけのことだと言うのに、妙に耳が熱くなるのを自覚する。
十代じゃあるまいし、と妙に初心初心しい心地になる自分に呆れている所へ、ぬっと視界に陰が落ちる。

ぐいっ、と強い力がレオンの頭を捕まえた。
予想はしていたから、首に無理な負荷がかからぬように、引っ張る力に任せて前のめりになる。
少し強めにぶつかる感触と共に、唇が塞がれて、すぐにぬるりと太くて生暖かいものが咥内に侵入した。
殆ど強制的に伏せのような格好になりながら、レオンは咥内を弄られる感触に、背筋にぞくぞくとしたものを感じ取る。


「ん、ん……っふ、う……っ」


まだ昨夜の熱を忘れられない体が、勝手にぞくぞくと背筋を震わせ、燻ぶりの熱を煽ろうとする。
それに応えるつもりは、頭にはなかったが、舌をぞろりと舐められると、条件反射のように胎内が準備を始めるのが判った。


「んぐ、ん、んん……っ」
「んっ、」
「んむぅっ」


ぐるん、とレオンの視界が回って、後頭部が柔らかい枕へと落とされる。
体の上にしっかりとした重みが覆いかぶさり、身動ぎすらも許さないとばかりに、ベッドへ強く縫い付けられた。

昨夜、あれだけ熱を交わしたと言うのに、ジェクトの当たる感触は既に固い。
試合の前はストイックに自分を追い込む傍ら、熱処理もごく最低限、それもレオンが手を出せば止まらなくなってしまうから、一人で済ませて貰っていた。
つまりは溜まりに溜まった末の晩だった訳で、当人曰く「一日で全部出し切れる訳ねえだろ」とのことだ。
少しは疲れて欲しい、とレオンは思うのだが、それだけ求められるのも悪い気がしないのが毒だ。

たっぷりと咥内を貪られて、飲み込むことも忘れた唾液が、レオンの口端から零れ伝う。
呼吸がやっと解放されたと思ったら、顎に光る糸をべろりと太い舌に舐め取られた。


「っは……はあ、う、こら……」


シャツの中に潜り込んでくる、ごつごつとした手の感触。
レオンはそれを掴みながら、身を捩って逃げを打った。


「飯が出来てるって言ってるだろ」
「後でちゃんと食うよ」
「冷める」
「美味いから問題ねえって」
「俺が今腹が減ってるんだ。飯抜きにするぞ」


脅してやると、赤い瞳が此方を見た。
ふむ、と考えるようにしばしの間が空いて、両腕を拘束していた重みがようやく解ける。


「仕方ねえな。先に食うか」


ジェクトは渋々にレオンの上から退いた。
勝てない重みから解放されて、やれやれ、とレオンも起き上がる。

昨日は試合を終え、その後に激しい睦み合いをしたので、ジェクトもよく眠れたのだろう。
深めの睡眠で少々硬くなった肩や首の凝りを解しながら、彼はようやく服を着始めた。
と言っても、外に出る用事がある訳でもないからか、トランクスにゆったりとしたショートパンツを履いたのみで、上半身は裸のままだ。
それで全くだらしなくは見えないのは、現役アスリートの中でも特に見事な仕上がりの筋肉が鎧になっているお陰だろう。

レオンが抜け殻になったベッドを軽く整えている間に、ジェクトはダイニングに行っていた。
追ってレオンがようやくの食卓に着く時には、既にジェクトは食事に手を付けている。
ジャムを塗ったパンを一口齧りながら、スプーンでスープをぐるぐると掻き回していた。

レオンもようやく、頂きます、と昔からの習慣の食前の挨拶をして、サラダにフォークを入れる。


「今日はどうする。全くの休みだから、羽根を伸ばすなら今の内だぞ」


今シーズンの試合はまだ残っている。
勝ち点としては既に優勝が約束されているようなもので、チームとしては消化試合があるだけとも言えるが、かと言って温い試合をする訳にはいかない。
何処かのチームが大量得点を取り、一気に後を追って来る可能性もゼロではないし、何より、腑抜けた試合をすれば、観客にそれは伝わるものだ。
此処から先もキングの活躍を見たいと思って試合会場にやって来るファンの為にも、気は抜けない。

だが、それはそれとして、今日の所は休日である。
買い物でも、昼間から飲み歩きに行くでも、レオンは全く構わないつもりだった。
明日になれば再びトレーニングと調整の日々が始まるのだから、それとのメリハリをつける意味でも、休みは存分にそれを満喫するべきだと思っている。

レオンが普段からそう言う方針でスケジュールを管理しているので、ジェクトもそう言った所は慣れている。
ジェクトは、昨日の夕飯にも食べた、香草焼きのグリルチキンを食べながら、


「そうだな────っつっても、特に何か用事がある訳でもねえし」
「まあな。何か気になるものでもあるかな……」


レオンはテーブル端に置いていたリモコンを取って、テレビの電源をつける。
適当にザッピングしていると、スポーツニュースが昨日の試合のVTRを流していた。
なんとなくそれを眺めながら、レオンは呟く。


「反省会でもしてみるか?」
「そんなもん、どうせ明日やるだろ」
「それはチームでな。今日は個人反省会だ」
「勘弁してくれ。今日は休みだよ」


店を開ける気はないんだと言うジェクトに、レオンはくすくすと笑いながらチャンネルを切り替える。
特に琴線に引っかかるものもなく、見るものもないな、とリモコンを元の位置に戻した。

食事を終えて、片付けの為にキッチンに立っていると、其処へジェクトがやって来た。
流し台でスポンジの泡を膨らませている所へ、ぐいっと腰が引かれて、彼の腕の中に閉じ込められる。


「洗い物中だ」
「判ってる判ってる。ちょっと補充だ」
「昨日あれだけ補充しただろ」
「足りねえよ」
「こら、当てるな。昼間だ、自重しろ」


戯れに押し付けられる感触に、つい数十分前に煽られた熱が反応しそうになる。
それを自分自身も含めて咎めるレオンであったが、それで目の前の野獣が大人しくなってくれる訳もなく。


「休みなんだ、良いだろ?」
「明日に響く」
「今からじっくりやれば、夜には休めるぜ。多分な」


ジェクトはそう嘯いてくれるが、レオンは「全く保証のない話だな」と言った。
しかし、此処できっぱりと断った所で、夜に寝かせて貰えなくなるだけと言うのも想像がつく。

昼間だと言うのに、と呆れも混じりに思いつつ、レオンは覆いかぶさる重みを見上げて言った。


「夕飯が作れないぞ」
「デリバリーで良いだろ」
「代金はあんた持ちで」
「そりゃ勿論」


それで済ませるなら安いものだと言うジェクトに、敢えて高級なものでも頼んでやろうかと思うレオンだったが、きっとデリバリーを頼む頃には、精も根も尽きているに違いない。
何も考えられなくなってしまう前に、先に注文して置くのもありだな、と思った。




10月8日と言うことで、ジェクレオ。
プロスポーツ選手×マネージャーの設定のやつです。
環境柄、遠慮なくいちゃつかせられるので書いてる奴がとても楽しい。

青い春なティスコと違って、こっちはしっぽりアダルトなので、すけべな方向にどっちも抵抗がないのが良い。

[ティスコ]君と繋いだ手の先は

  • 2024/10/08 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



試合が近くなれば、ティーダの練習も一層の熱が入り、学校の閉門時間までプールに浸かっていることは珍しくなかった。
必然的に帰りも遅くなる訳で、この期間の家事一切と言うのは、帰宅部のスコールが引き受けている。
平時は当番制で回している家事仕事を同居人に任せきりになることに、ティーダは少なからず罪悪感があるらしいが、スコールは既に割り切っている。
何よりスコールは、ティーダには自分のやりたいことに芯から打ち込んで欲しいと思っているから、そう言ったものに縁がない自分が雑事を引き受けるのは、当然の役回りだと考えていた。

水に親しむスポーツと言うと、夏を連想させることは常であるが、競技大会の開催日はそれに限ったものではない。
屋内プールのあるなしなど、地域の環境によって時期は色々と違いがあるものの、地方大会、それに出場する為の予選などは、季節問わず───時には冬にも───行われるものであった。

学校に屋内プールがあるのだから、ティーダも年がら年中、水に親しんでいる。
恐らく、数としては珍しい類であろう水球部がある上、その筋では強豪校と言われている位だから、学校側もその方面への育成には熱心な訳だ。
ティーダは入学した時から、水球界でキングと名高いジェクトの息子として知られていたし、周囲もそれ故にこの学校を選んだと思っている。
実際、それは間違いではないのだが、本当は水泳や水球と全く縁のない方へ行こうかと悩んでいたことは、幼馴染のスコールだけが知っている事だった。
結局、彼は父の背中を追うことを選び、いつか必ずそれを追い越して見せる、と日々努力を重ねている。
それを昔から見守っているから、スコールもまた、彼が夢を追う姿を隣で応援することを決めたのだ。

水の中で活動し続けると言うことは、陸上での生活が当たり前である人間にとって、かなりの重労働だ。
日々の訓練でそれに耐えられる体作りが成されているとは言え、何時間も水を掻き分けて運動した後となれば、その身体は疲れ切っている。
だから練習を終えて帰ってきたティーダは、夕飯を食べると、すぐに風呂を済ませて、ベッドに入った。
時々、風呂の中で寝落ちることもあるので、スコールは小まめに浴室の様子を確認して、万が一の事故でも起こらないようにと声掛けもしている。
そんな話を、どうやらスコールの兄伝いで聞いたジェクトは、「手間かけさせて悪いな」とスコールに詫びた。
確かに傍目から見ると、随分と甲斐甲斐しいことをしているように見えるのかも知れない。
嫌々にしている訳ではないし───時々、やっていることの手間の多さに、判っていながらの溜息は零れるが───、自分からやっている事なのだから良いんだ、とスコールは思っている。

そして、スコールのこうした細々とした気配りと、ティーダ自身の努力の甲斐あって、強豪ひしめく予選大会は無事に突破された。
此処からまた二ヵ月ほどの期間が空いて、全国大会が開催されることになる。
勝って兜の緒を締めよ、と監督からは生徒たちに告げられたそうだが、とは言っても、一先ずは張りつめた緊張を緩めることに怒る事はあるまい。
寧ろ、予選を無事に突破できた祝いと、次に向けた弾みをつける為、部に所属する生徒たちには、しばしの休息と自由が与えられることになった。

ハードな練習メニューをこなす日々を越え、全国大会への切符も手に入れて、ティーダは意気揚々としている。
その気持ちのままに、今日は遊びに行きたい、と言った彼に、スコールも付き合うことに否やは唱えなかった。
インドア気質のスコールにとって、休日であろうと外に出るのは聊か腰が重い所はあったが、ティーダと二人で出掛けると言うのも、随分久しぶりの事なのだ。
「デートしたい」と臆面もなく言った同居人兼幼馴染兼恋人に、存外と悪態も出てこないスコールであった。

かくして迎えた日曜日に、スコールとティーダは揃って街の中心地へと繰り出していた。
最先端のファッションや、テレビでもよく取り上げられる飲食店が、所狭しと並ぶ街道を、溢れるような人混みの中に紛れて進む。
日々のやり繰りで貯めた資金は、こう言った時に楽しむ為のものだ。
学生の割りに、普段は質素倹約な生活を送っている二人は、ここぞとばかりにそれを放出する事にしていた。

三日前にテレビで見たクレープ屋は、人が並んで三十分待ちだったが、折角なので並んで買った。
零れんばかりに盛られたフルーツやらクリームやら、ティーダは大きな口を開けてそれに被り付く。
その隣で、スコールは小さなプラスチックスプーンを使って、巻かれたクレープの具を摘まみながら、時々皮を齧っている。


「うんまぁ~!流石、テレビで紹介されただけあるっスね」
「……ん。でも量が多すぎる」
「こんなもんスよ、クレープって。甘いもの食ったら、しょっぱいもの欲しくなるな。ポテトとか欲しくない?」
「まあ……少しは」


ないかなあ、ときょろきょろと首を巡らせるティーダ。
スコールは溶け始めているアイスを舐めて、食べきれるだろうか、と減る気配のない具を見つめる。

昼食替わりの買い食いをして、腹を適当に満たした後は、映画館に入ってみた。
今ヒット中のタイトルの上映が始まる所で、チケットを買って観劇する。
アニメタイトルならばそれ程難しい内容でもないだろう、と見てみたそれは、物語が二転三転とテンポ良く進む。
スコールはそれ程刺さることはなかったが、アクションが派手だったことで、ティーダが大興奮していた。
映画など、専ら決まった曜日にテレビで放映されるものを流し見するだけだったから、全編をしっかり通して見たのは、子供の頃以来かも知れない。
偶には良いもんだな、と言うティーダに、彼が楽しそうならばと、スコールもなんとなく満足した気分になった。

あとは、本屋に寄ったり、インディーズものを多く取り揃えている音楽ショップに入ったり、仮装のような服を扱っているブティックを覗いたり。
人込みの中を歩くのはスコールには疲れるものだが、あっち行こう、次はあっち、と手を引くティーダの楽しさに引っ張られるのは、悪い気はしなかった。
こんな風に二人で出掛けること自体、久しぶりだったのだ。
真夏の太陽のようにきらきらと輝くティーダの表情を見ているだけで、スコールも伝染したように口元が緩む。

とは言え、元々が出不精な性質のスコールであるから、午後のピークを過ぎる頃には疲れている。
休憩にと入った全国チェーンのカフェで、それぞれ飲み物を注文して、今日を振り返った。


「あー、いっぱい歩いたっスね。映画見て、服買って、飯も食って」
「一週間分は歩いた」
「スコール、外出ないっスからね~」
「用もないのに出る必要もない。最近までずっと暑かったし」


今年の夏は随分と長引いて、つい一週間前まで、とても外で過ごせる気候ではなかった。
ティーダも屋内プールであったから部活が出来ていたが、他の屋外で過ごす運動部の大半は、熱中症を警戒して部活休止になったとか。
空調のある体育館で代替えした部もあるそうだが、交流試合などの予定がご破算になる事も少なくなかったと言う。
そんな状態で出掛けるなんて、買い物など生活に必要なものであっても、最低限で済ませておきたいものである。

それが今週に入って、ようやく気温が低下して来た。
夜は急に冷え込むようになったので、これはこれで体が堪えそうなのだが、とにかく夏は終わったらしい。
そうでなければ、今日こうやって二人で出掛ける事もなかっただろう。

ティーダは氷の入ったパイナップルジュースを飲みながら、さてと、と言った。


「後はどうしようか。気になってる所は大体行った気がするなぁ」
「此処から家に帰る時間を考えると……買い物もして行くから、良い時間になると思う」
「えー、もう帰るつもりなんスか?」


帰宅時間の計算しているスコールに、ティーダは気が早いなぁと眉根を寄せる。
人込みを歩いてスコールが疲れているのは理解しているが、久しぶりの二人での外出───デートなのだ。
もう少しだけこの二人きりで過ごす楽しい時間を続けたい、と言うのがティーダの本音であった。

ティーダのその気持ちは、幼馴染のスコールも、想像できない訳ではない。
彼に手を引かれ、あっちへこっちへ赴いて、ころころと表情が変わるティーダを見ているのは楽しかった。
二ヵ月後に控えている全国大会の予定を思えば、練習が再び始まるまで遠くはないし、そうなればまた二人で出掛けるなんて出来なくなるだろう。

けれど、とスコールは程よい温度に冷めたコーヒーを一口飲んで、


「つい最近までバカみたいな暑さだったから、忘れそうにもなるけど。もう秋なんだぞ。すぐ暗くなるんだから、その前には帰りたい」
「そういや、6時過ぎるとあっと言う間だもんな」


秋の夕刻は、あっと言う間に陽が落ちる。
二人が一緒に暮らしているアパートの周辺は、少々入り組んだ小道が多く、灯りが少なかった。
治安が悪いと言う訳ではないのだが、時折不穏な話も耳にするもので、やはり、暗くなってから歩くのは出来るだけ避けたい、と言うのがスコールの気持ちだ。

ティーダはジュースの底をストローでくるくると回しながら、頷いた。


「じゃあ、これ飲んだら帰ろっか。で、レンタル屋でDVDとか借りて行かない?」
「何か見たいものでもあるのか」
「今日の映画で見た奴の、本編。あれって、テレビでやった奴の続きだったみたいでさ」


折角だから本筋の方も見ようかなって、と言うティーダに、スコールも構わないと言った。

支払いを済ませて店を出ると、夕刻の人波に紛れて、駅へと向かう。
太陽はビルに向こうに隠れてしまったようで、通り一体が影を作り、気温も少しずつ下がっていた。
道に連なって軒を出している店々も、看板やポップのLEDライトが点灯し始めて、少し早めに夜の準備を始めようとしている。

道を歩く足を迎える風は、随分と涼しい。
夏の装いもそろそろ撤収だろうか、と思う気温になりつつあるが、快晴の日はまだ暑いと感じるので難しい所だ。
これなら夕飯は温かいものでも良いかも知れない、とスコールが思っていると、


「スコール」


名前を呼ばれて隣を見ると、幼馴染の顔がある。
夏の海によく似た色の瞳が、にっかりと笑いかけて、ティーダは左手を差し出した。

空の左手、それを見たスコールの眉間に皺が寄る。


「……いやだ」


ティーダが言わんとしていること、誘っていることを読み取って、スコールは苦い表情で言った。
それをすることが嫌いとは言わないが、こんなにも沢山の人がいる所でなんて、スコールにはハードルが高い。

だが、ティーダは構わず、スコールの右手を握る。


「良いじゃん。どうせ誰も見てないし」
「そう言う問題じゃなくて……」
「それに、今日はもう何回も繋いだだろ。今更だって」


ティーダのその言葉に、スコールは益々眉間の皺を深くするが、彼の言うことも最もなのだ。
今日一日、街を歩き回っている間、何回ティーダに手を握られただろう。
あっちに行こう、と思いつくままにティーダが手を引くものだから、スコールは流れのままに、その手に従った。
そうしているとティーダが楽しそうに嬉しそうにするから、嫌がる意味も、拒む理由もなかった。
半日もそんな調子で過ごしていた癖に、今になって拒否を示した所で、何の説得力もない。

耳を薄らと赤くしながら睨むスコール。
ティーダにとっては全く見慣れた顔だから、握った手は当然離される事はなく、寧ろぎゅっと強く繋がれる。


「まだ人もいっぱいしるしさ。逸れたら大変じゃん」
「携帯で連絡取れるだろ」
「でも逸れないのが一番だろ?」
「……駅まで一本道だ。逸れようがないだろ」
「万が一ってやつ」


ティーダは何が何でも、繋いだ手を離すつもりがないらしい。
判り切っていた事だが、スコールは募る気恥ずかしさに、殆ど意味のない抵抗をしていた。

結局の所、押し負けるのはスコールの方だ。
冷静に見えて短気な所のあるスコールが、何事も粘り強いティーダに勝てる訳もなく、何より、冷え始めた街の空気に対して、繋いだ手の暖かさは手放し難い。
絶えない人波の中を、行こう、と引いてくれる手は、子供の頃からスコールの大好きなものだった。

電車の中では、離すように言おう。
近付く駅にそんなことを考えているスコールだったが、それも形ばかりのやり取りで終わってしまうのであった。




10月8日と言うことで、学生の休日デートに行かせてみた。
外出の類には、用事がなければ腰が重いスコールを、ティーダが連れ回すのが常のようです。
ティーダも好きに場所を選んでるように見えて、ちゃんとスコールが興味を持ちそうだったり、本気で嫌がりそうな所には連れて行かないので、さり気のない気配りも効いています。

きゃっきゃしてる男子高校生の手繋ぎは大変良い。

[ジタスコ]いつもの君へ

  • 2024/09/08 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



情けねえなあ、と零さずにいられないジタンを、スコールは黙って聞いている。
返事がないので無視をしているとも取れるが、それはそれでジタンは構わなかった。
この呟きは完全に独り言であって、誰に向けられたものでもなく、強いて言うなら己の詰めの甘さに対する戒めだ。
それに丁寧に返事をされてもジタンとて眉尻を下げてしまうから、今ばかりは黙々と歩くスコールの無反応が丁度良い。

ジタンの左足には、赤く黒ずんだ血が浮いていた。
綺麗に開いたズボンの穴、穿たれた足、其処から出て来る血は、応急処置をして間に合わせの布で止血してある。
それだけの傷を負っているのだから、歩かない方が良い、と判断したスコールの言う事は正しい。
下より帰投に向かう所であったし、さっさと帰って魔法が得意な者に治癒魔法をかけて貰おう、と言うのも、ジタン一人であっても考えたに違いない。
ただ、一人であればその状態で、仕方なく自力で歩いて帰る所だったが、今日の所は同行者がいるのだ。
スコールが「俺が背負って行く」と言ってくれたのは、有難い話だった。

傷の原因は、この世界では当たり前にある事で、戦闘によるものだ。
だが、もっと突き詰めて言うと、イミテーションとの戦闘の最中、まさかの魔物の乱入があった事が直接の要因であった。

ジタンとスコール、それぞれ自分と同じ顔をした人形を相手取っていた所へ、腹を空かせた狼───シルバオの群れが現れ、イミテーションの首に飛び掛かり噛みついたのを見た時は、ジタンもぞっとした。
シルバリオがイミテーションを餌と狙っていたかの正確な所はさて置くとして、一歩間違えば、自分がその牙に喰いつかれていたかも知れないのだ。
運良く盾になってくれた形となったイミテーションに、この時ばかりは感謝したが、石で出来た人形は流石に魔物も喰えないらしい。
粉々に砕けたイミテーションをさっさと諦め、すぐさまターゲットが此方に切り替わったので、ジタンは急ぎ離脱する為にスコールを呼んだ。
スコールの方も同様の状況になっていたようで、彼は直ぐにジタンの呼ぶ声に意図を察し、二人は即座に逃げ出した。
だが、足に自信のあるジタンも含め、二足の人間が、四足で獲物を追う獣に勝てる訳もなく、取り囲まれる事となる。
無論、大人しく餌になってやる訳にはいかないので応戦したが、その最中、スコールに噛みつこうとした一匹から、ジタンがそれを庇ったことで、隙が出来た。
僅かに足が止まったジタンに、すぐさま別の一匹が噛みついたのだ。
右足に深々と突き立てられた牙は、ジタン自身が直ぐにそのシルバリオの首を切り裂いた為、持って行かれる所まではいかなかった。
その後の奮戦により、ようやくシルバリオ達は、餌が思い通りに手に入りそうにないことを悟り、忌々し気に散っていき、生存競争は一先ずジタン達が勝ちを収めるに至った。

なんとか諦めて貰えたことは良かったが、ジタンの足の傷は塞がらない。
寧ろ動き回った所為で益々出血が酷くなり、スコールが辛うじて使う事が出来る魔法の力では、傷を塞ぐことも出来ない。
持ち合わせのポーションが応急処置とするのが精一杯で、後は負担をかけないようにするしかなかった。
まだ秩序の聖域は遠いと言うのに、なんとも厄介な状態になったと、溜息も出ようと言うものだろう。

血の匂いを振り撒く状態で一所に留まり続けるのは危険だ。
急ぎ聖域に戻るべき、と言うスコールの言葉は最もで、しかしこの足では歩も遅々とするだろう。
空の太陽は既に西側に傾き、赤みを強めているから、この状態で歩いていては夜になる。
そうなれば、諦めて行った狼の群れが再び集まってくるのも想像に易い。
早急に秩序の聖域へと帰還する為、スコールの背を借りる事は、効率として他にない手段であった。

────と、それは判っているのだが、一定間隔に揺れる背に追われて、ジタンは渋い顔をせずにはいられない。


(あーあ。格好つかねえなあ、ホント)


茂る木々の向こうで、赤と夜色が混じりつつあるのを見上げながら、ジタンは何度目かそう思った。

仲間を庇った事に後悔はない。
あの時、スコールは目の前に迫っている敵に応戦している最中だったから、どう動いても、背に飛びついて来たそれへの反応は難しかっただろう。
下手に其方に力を割けば、目の前の牙が噛みついていたから、何処かを犠牲にせざるを得なかった。
そんな所にジタンが飛び込んだのは、条件反射のようなものだ。
仲間がやられそうになっているのなら、放っておくことは出来ない───ただそれだけのこと。

惜しむらくは、その所為で自分が負傷したと言う事だ。


(もっと上手くやりようがあったとは思うんだよな。多分だけど。怪我するにしたって、こうもザックリやられるとは)


自分を守ることを疎かにしたつもりはないが、しかし、実際に負傷したことは事実である。
あの時、もう少し武器を低く構えていればとか、動ける余力の計算をしていればとか、今になって振り返る事は幾つもあった。
だが結局の所、「スコールが危ない」と思った時点で、ジタンの体は動いていたのだ。
お陰でスコールを庇うことは出来たが、代わりに自分が深手を負っていては、なんとも格好がつかない話だ。

それに、とジタンはいつもよりも随分と近い距離の濃茶色を見て、


(気にしてそうなんだよなあ。オレが庇ったことも、怪我したことも)


ジタンを背負い、黙々と歩くスコール。
長い足をさっさっと動かして、一直線に秩序の聖域へと向かう彼は、歩き出してから一言も喋っていない。
スコールの無言と言うのは常のことであるから、ジタンもそれに気まずいものを感じてはいないのだが、これでて彼が繊細な気質であることはよく知っているのだ。
プライドの高さもあるが、それ以上に、案外と仲間の事を大事にしてくれるから、自分の所為でジタンが負傷したことを気に病んでいるのは想像に難くなかった。


(オレを負ぶって行くって言ったのも、責任感じてるからっての、ありそうだし)


傷の深さからして、早く帰った方が良いことは確かだ。
その為に、ジタンが自力で歩くより、スコールが足になってくれた方が良いのも。
ただ、ジタンがそれを頼むよりも先に、スコールが有無を言わさぬ顔で「俺が背負って行く」と言ったものだから、ジタンは感じ取ったのだ。
責任を背負わせてしまっているな、と。


(有難いもんだけど。あんな顔してなくても良いのになぁ)


ジタンの脳裏に浮かぶのは、傷を見下ろしていたスコールの顔だ。
眉間に深い皺を寄せて、怒っているようにも、泣き出しそうにも見えたそれは、彼の正直な気持ちを表していたのだろう。
庇われた自分への怒り、無茶をしてまで自分を庇ったジタンへの呆れと、自分の所為でジタンに傷を負わせたと言うショック。
綯交ぜになったであろうそれを、スコールは言葉として吐き出すことはしないまま、ジタンを背負って歩き出した。
以降、スコールは一言も口を利いていない。

スコールの早足で、背負われたジタンには規則的な揺れが伝わる。
急いで帰ろうとしているのは良いのだが、この歩き方は大丈夫なんだろうか、とジタンは思っていた。
常は冷静沈着に見えて、実は頭の中で忙しくしていて、意外と視野が狭くなりがちなのがスコールだ。
後頭部から滲む固い空気と言い、今もきっと彼の頭の中はぐるぐるとしている事だろう。

どうにか、とジタンは思っていた。
この硬質的なスコールの醸し出す空気を、どうにかしてやりたい、と。


(まあ、こうしちまったのは、オレっちゃオレなんだけど)


自分の行動───スコールを庇い、負傷したこと───が原因であることは判っている。
もう少し自分が上手く立ち回っていれば、とも思う。
とは言え、やってしまった事は巻き戻しの効かないことだから、ジタンは既に気持ちを切り替えていた。

今は、目の前にいる仲間の顔を、いつものただの顰め面に戻してやりたい。
その為にはさてどうしたものかと、揺られる背でぼんやりと考えていると、


(……そういや、こういう距離感は初めてだな)


ふと、スコールを頭の後ろから見る、と言うこの構図が、稀有な体験である事に気付いた。
二人の身長差も当然、普段はジタンがスコールを見上げるのが専らで、彼の後頭部をジタンが見ると言うのはまず出来ないことだ。
秩序の聖域にいれば、スコールが座っていて、ジタンが立っていれば見る事は出来るだろうが、それでもスコールの真後ろと言うのはあまり立ったことがない。
少なくとも、ジタンが意識してそう言う位置を取ったことはない筈だ。

そう思うと、俄かに物珍しい気分が湧いて来る。
折々にバッツが急な年上風を吹かせて撫でくる濃茶の髪は、いつもきちんとセットされているが、間近で見るとふわふわと猫っ毛のように見えた。
その一束を指で摘まんでみると、頭皮が引っ張られる感触が伝わったか、ぴくっと軽く頭が揺れたのが判った。

悪戯を警戒しているのか、じわりと警戒的な空気が滲むのを感じつつ、ジタンは指に絡めた毛先を遊ぶ。
毛先がふわふわと指の隙間から零れ落ちるのを見ながら、ちゃんと手入れされているな、と思う。
そう言えば、植物系の魔物の体液なんて頭から浴びた日には、念入りにシャンプーで洗っているのを見た事があった。

それから、次にジタンの目についたのは、スコールの耳に光る石だ。
ジタンの世界では、宝石と言うのは魔力を帯びているものも多く、何某かのお守りや願いを込めて身に着けられるものも多かった。
しかし、スコールの世界では、願掛けこそ物によってはあるものの、大抵は単なる宝石───或いはそれを模したもの───であるらしい。
スコールの耳に常に取り付けられているそれは、彼の首飾りの獅子と違って特別な名はないようだが、毎日見に着けていることからしても、彼お気に入りのマストアイテムなのだろう。


(シンプルな石ひとつ。小洒落てるって程でもないのが、こいつらしいな。あー、でも首飾りは凝ってるし、刺さる趣味は割と両極端なのかね)


思いながらジタンは、ふとした悪戯心が湧くのを自覚していた。
こんな時にとは思いつつ、こんな時でもないと、ジタンがこの位置からスコールをのんびりと眺めることもないだろう。

おもむろに伸ばしたジタンの手が、あと少しでスコールの耳に触れる。
と言う所で、気配に敏感な青年が、じとりとこちらを振り返り睨んだ。


「ありゃ。バレた?」
「………」


歯を見せて笑ってやれば、蒼灰色が胡乱に睨む。
髪をつついていた時から、背後がうごうごとしている事は感じ取っていたのだろう。
いよいよ悪戯が始まりそうな空気を、背中で察したのかも知れない。

ジタンは「まだ何もしてません」と両手をパーにして見せた。
ひらひらと空の手のひらを揺らすジタンに、スコールは眉間に皺を寄せつつ、


「……元気そうだな。聖域も近いし、あとは自力で良いか」
「いやいや。痛いです。もうちょっとお願いします」


足を止めたスコールの言葉に、ジタンはしかっと彼の首にしがみついて言った。
まだ下ろさないで下さい、と言うジタンに、スコールはやれやれと溜息を吐く。

スコールは物言いたげな表情をしていたが、結局は口を噤んで前へと向き直った。
歩を再開させるスコールの後頭部からは、呆れたような空気が滲んでいたが、つい少し前までジタンが感じていた、硬質的な雰囲気は散っている。
ジタンは、そんなスコールの頭をわしっと捕まえて、わっしゃわっしゃと掻き回した。


「!?」
「よーしよし。優しいなー、スコールは」
「なっ……なんだ、いきなり!動物みたいに」


掻き撫ぜるジタンの手を、スコールは頭を振るって追い払う。
何故唐突にこんなことをと振り返るスコールに、ジタンはにかりと笑って、


「いや、ちょっと嬉しかったから。あと可愛いもんだなって思って」
「は?」
「お前が優しい奴で感動してるってこと」
「……意味不明だ」


訳が判らない、と顔を顰めるスコールに、ジタンはくつくつと笑う。
馬鹿にされているのかと蒼灰色が不機嫌な空気を滲ませるが、ジタンは濃茶の髪をぽんぽんと叩いて宥めた。
そう言うつもりではないと、ジタンの言外の主張を感じ取ったのか、或いはまた呆れたのか、スコールはまた溜息ひとつを吐いて前を向く。

ずっと早足で進んでいたスコールの歩調は、僅かに緩やかなものになっていた。
ジタンの足に巻かれた布は、もう随分と赤で染まっており、出血も止まり切った訳ではないだろう。
早く帰投することをスコールは相変わらず目指しているようだが、切羽詰まった空気はなくなっていた。
ジタンはそんなスコールの肩に捕まりつつ、


「なー、スコール」
「……なんだ」
「オレ、お前の優しいとこ好きだぜ」
「……そうか」


ごくごく短いスコールの返しは、他にどう返せば良いのか判らなかった結果だろう。
そう言う不器用な所も含めて、ジタンは彼と言う人間を気に入っていた。





9月8日と言う事で。
ジタンにスコールの頭をわっしゃわしゃして欲しいなと思ったので。

スコールが自分の油断に責任を感じているのを、ジタンは気にしないでくれれば良いと思ったし、スコールはジタンがいつもの空気で接するので、無自覚だけどほっとしたんです。

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