[セフィスコ]銀環
体の重怠さを自覚しながら、スコールはベッドを抜け出そうと試みる。
腰に絡みついていた、細いのに存外としっかりした腕が、駄々をこねるように掴んできた。
それを四苦八苦に解かせて、転がるようにベッドから落ち、床に散らばっていた服を拾う。
ブラインドの向こうから朝の光が差し込んでいる。
いや、ひょっとしたら昼かも知れない、と思って時計を見ると、案の定である。
体の重さ具合で、自分がこの時間まで寝沈んでいたことを推察できるのが、なんとなく厭になった。
別段、健康的で規則正しい生活を心がけている訳ではなかったが、朝ぼらけの頃までまぐわった末の今だと思うと、なんとも怠惰に思えてくる。
寝室を出て、綺麗に整えられたダイニングキッチンに入る。
三日に一度、この家にやってくる家政婦が仕事熱心なお陰で、台所はいつも綺麗に磨かれている。
まるで使われた形跡もないかのようだが、一応、スコールは毎日ここを使っていた。
家政婦が作り置きにしたスープの入ったタッパーを冷凍庫から取り出し、電子レンジで温めている間に、目玉焼きを作る。
トースターにはバターロールパンをふたつ、表面がうっすらと焦げる手前まで熱を入れた。
温め終わったスープをマグカップに移して、牛乳を添えれば、朝食の完成だ。
二人分のトレイにそれぞれ朝食を並べ、ダイニングテーブルに運んだところで、寝室のドアが開いた。
見事としか言いようのない、真っ直ぐに長いプラチナブロンドを持った男が出てくる。
ついさっきまでベッドにいたとは思えないほど、その髪は癖もうねりもなく、男の美丈夫ぶりをより一層引き立たせている。
(モデルになる為に生まれてきたような男だな)
毎日のようにその面を見ているスコールだが、見る度にそんなことを考える。
それ程、この男───セフィロスの容姿と言うのは、飛び抜けて整い優れているのだ。
スコールとて小柄ではないのだが、セフィロスの顔は見上げないと見えない。
整った顔立ちは言わずもがな。
足下まで届こうかと言うプラチナブロンドの長い髪は、癖や枝とは無縁なほどに整えられている。
彼が「使っている」と公言しているヘアケア商品が飛ぶように売れるのも無理はあるまい。
体型についても、無駄な筋肉も脂肪もない引き締まった体つきに、身長に見合った長い手足がつき、どんな服でも着こなすことが出来る、理想のかたちをしていた。
ランウェイを歩くだけで女たちが感嘆の溜息を漏らすのも、当然のことだ。
そんなセフィロスの周りには、沢山の人々が寄り集まって来るが、彼自身はまるで他人に興味がない。
ごく僅かな旧知の人間を除くと、後は蟻と同じようなもので、人の顔もろくに覚える気がなかった。
実際、モデル業の後輩だとか、撮影を共にした女優だとか、そう言うものが「三日前のお仕事で一緒になって」などと言っても、彼は基本的に無言である。
その時の顔は、これは何だったろうか、と考えているものなのだが、多くの人は綺麗な面に夢中なので、その中身の方まで見てはいない。
それで良いのか、とスコールは思うのだが、セフィロス程の地位ともなれば、いちいちそんなことを咎める人間の方が稀なのだろう。
そんな具合で、他人に根本的に無関心である男が、何をどうして自分なんかを気に入ったのか。
スコールは甚だ疑問であったが、問うたところでまともな返事があった試しがない。
ただ、こうして同居まで許されている辺り、一応、彼の本心───スコールのことを「閉じ込めたい」ほど執心してくれていることは、疑う必要はないのだろう。
なんとも風変りなことであるが、そのお陰で、諸所のトラブルに巻き込まれた所為で住む家を失くしたスコールが、幸運にも路頭に迷わず済んだのだ。
取り合えず追い出されない限りは、この恩恵を享受することにしている。
───眠い目を擦りもせず、茫洋とした顔でダイニングテーブルの横に立ち尽くしているセフィロス。
まだちゃんと起きていないな、とスコールは察して、自分の席に座りながら声をかけた。
「おはよう」
「……ああ」
「朝飯が出来てる。早く食べろ」
「……ああ」
スコールが言った通り、セフィロスは食卓に着き、食事に手を付けた。
こうして共に食事をしているが、二人の間に会話はほとんどない。
どちらも口が回る質ではなかったし、沈黙で過ごせるのならその方が楽だ。
黙々とした食事は、20分もすれば、食後の一服であるコーヒーも含めて終わっていた。
スコールが食器を片付けている間に、セフィロスはようやく身支度を整える。
顔を洗ったことで瞼がきちんと持ちあがると、その顔立ちは一層の完璧さを醸し出す。
身に着ける服はどれも一流ブランドのもので、シャツ一枚とっても桁が5つになるとかならないとか。
それは普通の洗濯機に放り込んで良いものなのか、とスコールは何度も思うのだが、持ち主はその辺りのことにまるで頓着がないのであった。
スコールが濡れた手を拭いていると、セフィロスがキッチンにやって来た。
目を合わせると、綺麗な顔がうっそりと笑みを浮かべて、
「お前の仕事だ」
そう言って、男は手に持っていた銀色を見せる。
スコールは眉根を寄せて唇を尖らせた。
「ネックレスくらい、自分でつけられるだろ」
燻し色の銀の意匠を提げた、銀色のネックレス。
ここ一月の間、男の首に毎日のように光るそれを渡した自分を、スコールは少しばかり後悔していた。
自分でやれよ、と言う気持ちで、スコールはじっと男を睨んでいた。
しかし眼前の人物は口元に笑みを浮かべたまま、掲げたネックレスも下ろそうとしない。
こうしてスコールが睨み続けていても、存外と忍耐強い男には大した効果もなかった。
はあ、とスコールは溜息を吐いて、右手を伸ばす。
ネックレスを受け取って金具の留めを外すスコールを、セフィロスは変わらぬ笑みで見つめている。
「あんた、別に不器用な訳でもないだろう。なんでいつも俺にやらせるんだ」
「それを俺に寄越してきたのはお前だ」
「だから、なんでそれで俺がやらなきゃいけないんだ」
会話になっていない、と青灰色がまた睨む。
セフィロスはそれに堪える様子もなく、陶然とした様子で返す。
「俺はなくても構わなかったが、お前がそれを着けろと持って来たのだろう。俺の出で立ちが不服だと言って」
「別に不服だった訳じゃない。あんた、なんでも大体似合うけど、なんか物足りなく見えることがあったから……こう言うものでもあれば良いんじゃないかって思っただけだ」
「そうだ。そうして、お前がそれを見繕った。俺にはそれが合うだろうと」
セフィロスの言葉に、スコールは唇を尖らせる。
彼の言っていることは、確かに事実であった。
どんな服でも着こなすセフィロスだが、彼自身はファッションと言うものに頓着がない。
仕事もあって、撮影の為に使用した服をまるごと買い取って持ち帰ることは儘あるのだが、それらを自分の思うように着こなそうと言う楽しみ方はしなかった。
好みのバランスは多少なりあるので、奇抜な取り合わせこそしないものの、モデルの割りにはどこか抜けた───スコールから見て、“物足りない”感が残ることがある。
それで、なんとなく手持ちのアクセサリーの中から、セフィロスに似合うものを選んでみた。
別段、セフィロスを着飾らせようと思った訳ではない。
そんなことをしなくても、この男は単体で十分見栄えのする姿かたちをしているから、華美に飾る必要もなかった。
けれども毎日のようにセフィロスの私服を見ているので、違和感がある状態を常に見るのが気持ちが悪かったのだ。
(……だからって、毎日着けていけとは言ってないし。俺が着けてやるのが仕事になるなんて思ってなかった)
どうしてこうなった、とスコールは何度目か知れず思う。
フックになっているカンを外して、チェーンの輪を解く。
小さな金具を相手の作業は、その細かさが案外とストレスになることもあって、面倒臭くなる。
人によっては、どうしても自分では出来ない、況して目に見えない位置でやるのは無理、と言う不器用さに苛まれることもあるだろう。
だが、目の前にいる男はそうではない筈だ、とスコールは胡乱な目で長身の男を見上げた。
蒼灰色と碧眼が交じり合うと、碧眼がうっそりと細められる。
そして男は、すぅ、と背中を丸めて頭の位置を下げてきた。
(……近い)
見上げる位置にあったセフィロスの顔が、スコールの目線の高さとほぼ同じになっている。
じっと見つめる碧眼をまた睨めば、ああ、とセフィロスは得心した様子で瞼を閉じた。
スコールはネックレスを持った腕を伸ばした。
プラチナブロンドのカーテンの隙間を抜けて、銀意匠がセフィロスの首の下へ。
チェーンの端を持ったスコールの両手が、頭を垂れるセフィロスの項へと回った。
(……やりづらい……)
向き合ったまま、男の首の後ろにキーフックをかけるのは、中々に難しい。
何せスコールからすると、男の頭頂部がほぼ目の前にあり、形の良い後頭部が邪魔になって、項に添えた自分の手元が見えないのだ。
それなら背中に回って、手元が見えるようにすれば良いではないか。
誰もがそう言うだろうが、それが出来れば苦労はなかった。
いつの間にかスコールの背中を抱くように回された腕が、このままやれ、と我儘を言っている。
これも振り払えれば楽なのだが、腕は細く見えて力が強く、また抵抗したところで同じことを繰り返されるのは既に経験済みだ。
無駄な労力と時間を割くくらいなら、男の望むに合わせて仕事を済ませた方が良い、とスコールは学習していた。
「……絶対、あんたが自分でやった方が早く済むぞ」
「だろうな」
「判ってるなら」
「だが、これはお前の仕事だ。お前が選んできたのだからな」
「……」
押し問答だ、とスコールは何度目になるかの諦念に行き付く。
どれだけ言った所で、セフィロスはこの謎の儀式を辞めるつもりがないらしい。
そして、居候の身である自分に、この儀式を拒否する権利はないのだ。
手探りでどうにかフックをかけて、スコールはようやく両手を下ろした。
セフィロスはスコールを腕の檻に閉じ込めたまま、垂れていた頭を上げる。
その瞳と色の薄い唇には、さも満足と言わんものが浮かんでいた。
スコールの目の前に、男の形の良い鎖骨のラインと、燻し銀の光が並んでいる。
このアクセサリーは、スコールが持っている物の中でも少し特殊だ。
スコールが普段から贔屓にしているブランドが、他業種とのコラボしたことでデザインされたものになっている。
その為、普段のスコールの好みからは少々外れていて、買ったは良いものの、平時のコーディネートと合わせ難くて眠らせていた。
それがセフィロスの首にあると、妙なもので、しっくりと来る。
(……別に、こいつの為に買ったものじゃないんだが……)
どちらかと言うと、こういうものは、自分の為に買っている。
身に着けなくても、コレクション的に揃えて眺めるだけでも満足するのだ。
けれども、身に着けて似合う者が身近にいるのなら、まあ良いか、と思う。
ましてや、誰もに雲上の人のように扱われる男が、このネックレスをスコール手ずからに首にかけさせる為、わざわざ頭を下げてくるのだ。
少年にとって、この現実が、なんとも言えない優越感を誘った。
じっと見上げるスコールを、高い位置から見下ろす碧眼は、まるで何もかもを見通しているかのようだ。
どうにもその視線に居心地の悪さを感じて、スコールは身動ぎする。
「……終わったんだから、もう離せ」
「つれない奴だ」
する、と背中で男の手が滑る。
背筋を辿る感触に、スコールが否応なく肩を震わせると、男の喉がくつりと笑った。
「っ早く行け!仕事だろ!」
真っ赤になったスコールが男の胸を叩く。
セフィロスはその反抗もそよ風のような顔だったが、ダイニングテーブルで携帯電話が無遠慮な振動音を鳴らしていることに気付いて、ようやく腕の檻を解いた。
「やれやれ……已むを得ん。続きは夜だな」
「やらないからな。明日は授業があるんだから、今日は寝る」
「構わん。お前は意識がなくとも良い反応をする」
「……あんた、俺が寝てる間に何してる?」
顔を顰めるスコールを、セフィロスは双眸を細めて見つめ返す。
じり、と後ずさりする少年に、男は如何にも楽しそうに喉を鳴らした。
揶揄われたと判ったスコールが顔を赤くするうちに、セフィロスは銀糸を翻して玄関へ消える。
静かな部屋に残されたスコールは、つい先に触られた背中がむず痒くなるのを感じていた。
デュエルムにセフィロス参戦、現代服衣装もお披露目。
フォロワーさんが、現代衣装のネックレスがちょっとスコールと似てると呟いてるのを見て、勝手に広げました。
スコールチョイスのネックレスを、スコールの手で首にかけさせるセフィロスです。
このスコールは高校生で、元々は一人暮らしをしていたけど、色々面倒な不動産トラブルに巻き込まれて、住む家がなくなった所をセフィロスに拾われた……と言う事情がありました。そのまま囲い込んでるセフィロスです。
私ロスなので偶に(頻繁に?)会話をしてくれない。でもお気に入りに対しては面倒見が良いのかも知れない。
自分より背の低い相手に頭を差し出してくる長身の男が見たかった。渋々顔しながら律儀に付き合ってあげるスコールでした。スコールからすると、何考えてるのか判らないけど妙に自分に懐いてくる、シュッとした見た目の大型犬(ボルゾイとかアフガンハウンドとか)を相手にしている気分。