サイト更新には乗らない短いSS置き場

Entry

Category: FF

[セフィレオ]気紛れの亡霊

  • 2025/07/08 21:05
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



その存在と言うものを、認識していなかった訳ではない。

遅れて故郷に戻ってきた幼馴染の、その行動の理由が、そもそもは“それ”だった。
もしも姿を見ることがあったら教えてくれ、と酷く強い表情を浮かべて言うから、頭の隅程度には残していたし、彼が帰ってきて以来、奇妙と言うのか不気味と言うのか、そう言った気配を感じたことはある。
ただ、その気配が“それ”であると知るまでには随分と時間がかかった。
元々此方の知る由もないものであったし、幼馴染が言う、“それ”を指す姿の説明がどうにも判然としない。
何か魔法的な制限でも受けているのか、ともかく、説明が要領を得ないのだ。
その要領を得ない遣り取りの末に、「街のものとも、心の闇とも違う気配を持つもの」があったら、“それ”なのだろうと解釈するに至った。

とは言え、生憎、此方は“それ”ばかりを気にして生活している訳ではない。
街の人に直接的な被害が及ぶとか、セキュリティや建屋を破壊していくと言うのなら、喫緊の問題として対処の優先度も上がるのだが、どうやらそう言う訳でもない。
“それ”は幼馴染一人と切っても切れない間柄であると同時に、他には興味もないらしい。
つまり、街の人は勿論、復興委員会が管理している機械や家屋諸々には、先ず以て害が及ばないのである。
こうなると、必然的に此方の意識としては優先順位が低くなり、幼馴染に対しても、「もしもそれらしいものを見かけたら報告する」程度にしかやる事がないのだ。
そして、曖昧な気配を忘れた頃に漂わせるくらいのものを頻繁に報告する訳もないので、なんだかそう言う話をしたな、と言った程度にしか意識しなくなって行ったのは、当然の流れであったと言えよう。

────そんなことを、宙に浮いた状態でレオンは考えている。
それは傍目には現実逃避に見えただろうが、レオンは至極真面目にその回想を追っていた。

レオンは今、一人の男の腕に抱えられている。
お陰で遥か下方に真っ逆さまと言う、あわやと言う事態を免れたのは幸いなのだが、しかし、現況に置いて当惑する状態が続いている事は変わりない。
逆らえない重力に従うのがマシだったかと言われれば、否だ。
まだ死にたくない、死ぬ訳にはいかないと思う身であるからこそ、この状況で事態が膠着したのは、感謝すべきことだと言える。

しかし。
この状態にレオンが至ることになった、最大の原因と言える存在に対し、レオンは対処法が判らない。
見掛けたら報告を寄越せと言った当人は、眼下に広がる街並みを見渡しても、何処にも見付からなかった。
そもそも今この瞬間、彼がこの街に、この世界にいるのかすらも判らないのである。
見付けたら教えろと言っていた癖に───と一方的な怒りを覚えるのが、八つ当たりである事は、少なからず自覚している。

と、一握の混乱による憤りを、この場にいない人物に一通りぶつけた後で、レオンは改めて自分の状況を確認した。


(ミスをした。それは違えようがない。お陰で地上は十メートルは下。飛ぶ羽根はない、その手の魔法も俺はない。これで今死んでいないだけ、マシと言えばマシだが……)


ことが一歩でも違えば、レオンは今頃、石畳の上で潰れたトマトになっている。
なんともグロテスクなことだが、空を飛ぶ手段を持っていない者なら、不可避の自然現象だ。

それが今は、一人の男に丁寧に抱えられて、空中に留まっている。
背中と膝裏を支える力は、存外としっかりとしており、安定感があった。
代わりに、この体勢だと、踏ん張りがきかないので碌な力が入らず、下手に暴れれば落ちてしまう可能性もあって、レオンは大人しくしているしかない。
この体勢が、元々は拉致誘拐の為に用いられていた、と言う真偽不確かな諸説があったのも、なんとなく頷けてしまう気がした。

しかし、自分自身を大柄とは思っていないが、決して控えめな体躯でないことは自覚がある。
少年期の後悔以来、それを払拭するように必死に自分を虐め鍛えて来た甲斐は、それなりに目に見える形で効果を齎していた。
だから決して、ひょいと抱えていられるような体重ではないことは自負があるのだが、目の前にある、まるで丹精込めて創られた彫像のような顔は、眉ひとつも動かさずに、じっと此方を見詰めているのみであった。


(……重くないのか?)


大の男一人を両腕二本で支える当人は、まるで風でも抱いているかのように涼やかな顔をしている。
落下を嫌う体が、本能的に安全を求めて身を預ける格好になっている胸板は、存外と固い。
遠くから見ていたシルエットは細い印象があったのだが、実の所はそうでもないのか、その体幹はしっかりとしてブレが感じられなかった。

地面と空の間に留まらされていることを思えば、この体幹が安定しているのは有難いことだ。
抱える腕がぶるぶると不安定に震えたりなんてしたら、一秒後に落ちるかも知れない恐怖で、こうも悠長に目の前の顔を眺めている暇などあるまい。

とは言え、いつまでもこうして、呑気に空中散歩をしている訳にはいかない。
先ずは地に足の着く場所へ下ろして貰い、落下の恐怖とお友達になる時間は終わりにしたい。


(……取り合えず、礼を言って、頼んでみるか……)


話が通じる相手だと良いのだが、と思いつつ、レオンは少し乾いた口をゆっくりと開く。


「その……助けてくれて、ありがとう」
「……」
「それで……差し出がましいとは思うが、そろそろ、下ろして欲しいんだが……」
「……」


反応の様子を見ながら言うレオンを、目の前の不可思議な虹彩がじっと見つめる。
そのあまりの無反応ぶりに、無視されていると言うよりも、これは声が聞こえているのだろうか、と言う疑問すら浮かんだ。

と、レオンを抱えたその瞬間から、ずっと宙の真ん中に漂い留まっていた体が、すいと動き始めた。
唐突に体が動いたものだから、レオンは増した浮遊の不安定さに身を固くする。
それを感じ取ったか、七色に瞬く眼がちらとレオンを見て、


「落ちるのが嫌なら、大人しくしていろ」


初めて聞いたその声は、低く重みのあるものだったが、耳障りの良いものだった。
何処か絡みつくように粘度を感じたのは、この状況から来る不安や不穏から来る、自分自身の中で苛む一種の懐疑のようなものが原因かも知れない。
何せ、この人物についてレオンが知っているのは、幼馴染が苦々しい顔で行方を追っている、と言う点のみであったから。

レオンがようやく浮遊感から解放されたのは、街並みの中でもひとつ背の高い、鐘塔の上だった。
出来れば地面に下ろしてくれると有難かったのだが、自力で地上に降りられなかったのだから、贅沢は言えない。
下ろせと言われて、その場で宙に放られる可能性があったことを思えば、優しい対応であったのは間違いない。

もう何年も役目を忘れられ、釣られるのみの大鐘の横で、レオンは十数分ぶりに両の足で立った。


「ふう……助かった。改めて、感謝する」
「必要ない。気紛れだ」
(そうなんだろうな)


レオンの言葉に、素っ気ない反応を返す人物に、レオンはこっそりと嘆息した。

レオンと目の前の男に、接点はない。
男は幼馴染が目的をもって探しており、どうやら男の方も彼に何か執着めいたものがあるらしいが、レオンがその間に入っている訳でもなかった。
お互いに名前も知らないことは想像に難くなかったから、気紛れなんてことでもなければ、この男がレオンを助ける理由もない。

助ける───そう、レオンは助けられたのだ。
名前も出自も、どうしてこの街にいるのかも知らない、この男に。

事の始まりは、今から一時間とならない前の話だ。
いつものようにレオンが街のパトロールをしていたら、高台の上に佇む黒衣の陰があった。
それが金色を持っているのなら幼馴染であると判るので、ひとつ働いて貰おうかと声をかけにいくのだが、其処にあったのは真逆の銀色だった。
夕暮れの街並みをぼうと眺める銀色は、ただただ其処にいるだけで、例えば街を襲おうとか、壊そうとか、そんなことを企んでいるようにも見えない。
とは言え、不穏な人間がいることはやはり無視できなかったので、念の為に注意を向けてはいたのだ。
そんな所へ、ハートレスが烏合の群れを作っている所を見付け、レオンの意識は其方へシフトした。
場所は縦に入り組んだ階段通路で、見晴らしの良い高台へと向かう途中。
群れの集まりがまだ統率されていない内に、掃討しておくつもりだったのだが、どうやら魔法を得手とする手合いが近くに隠れ潜んでいたらしく、不意を突かれた。
風魔法で吹き飛ばされたレオンの体は、階段の欄干の縁を乗り越えてしまう。
更に空を飛ぶ性質を持ったハートレスが追撃に来て、あわや───と言う寸前で、件の銀色が割って入り、ハートレスを長い刀で切って捨てると同時に、墜ちゆく筈であったレオンの体を抱き留めたのである。

それからしばしの望まぬ空中散歩の後の、今である。
思い返せば、自分の至らなさに悔しい気持ちが募るばかりだったが、こうした後悔ももう慣れてしまった。
悔やむだけなら何にもならないと、レオンは意識して気持ちを切り替えて、鐘塔の縁の向こうに浮かぶ男を見る。


「気紛れでも、俺があんたに援けられた事実に変わりはない」
「……」
「普通なら、助けて貰った礼でもする所なんだが……あんたにそう言うものは必要か?」
「……」
「例えば───あんたはクラウドに用があるみたいだから、あいつに言伝でもあるなら引き受けるが」


目の前の男が、金髪の幼馴染と因縁があることは聞いている。
どちらかと言うと、それしか知り得ない、と言うのがレオンが男について持っている情報の全てだ。
だから彼の名を出せば、何某か反応が見えるかとも思って言って見たのだが、相手の反応は予想よりもずっと淡泊なものだった。


「必要ない。あれは自ずと此処へ辿り着く。それ以外に奴の選択肢はない」
「……そうか」


表情を変えずに淡々と言う男の目には、感慨も浮かんでいない。
その発言の裏に、信頼か信用でもあるかと思ったが、見る限りはそれもなさそうだった。
七色の虹彩の瞳は何処か冷たく氷のようで、オモチャを壊すことを楽しんでいる子供のように残酷だ。

かと言って、レオンが幼馴染に心配を向けるような間柄でもない。
万が一、この男と邂逅した時に、幼馴染が七日七晩の半死半生にでもなれば心配するだろうが、そうでもなければレオンが割り込んで良い話でもないだろう。


(と言うか、こいつは触らない方が良い)


蒼灰色の瞳に映る男は、酷薄な表情を浮かべている。
この世界を嘗て覆っていた、重苦しい闇の力とも違う、重く淀んだ氣が男からじわじわと溶け出すように漂っている。
男が宙を行く術として利用しているのだろう翼は、片方しかない歪な黒翼で、これもまた、この男を世界に異質な存在であると証明しているように見えた。

レオンと男の間に、接点はない。
ならばこれ以上は立ち入るべきではない、とレオンは判断した。


「……どうやら、俺が何か手を貸す必要もないようだ。借りを作ったままと言うのは聊か落ち着かないが、いらないことを強要するものでもないしな」


とすれば、この相対の時間もまた、此処まで。
レオンは鐘塔を下りるべく、踵を返す───つもりだった。

ぐん、と躰が何かに引っ張られて後ろに踏鞴を踏んだかと思うと、とすり、と柔いものにぶつかる。
視界の隅でさらりとした銀色が流れ落ちて、背後で男が猫のように身を寄せていることに気付いた。
突然のことに目を丸くするレオンの頬を、舐めるように男の手が滑って、形の良い唇が弧を描く。


「人の好い奴だ。その背中から貫かれるとは思わなかったか」
「……あんたが俺にそれをする理由がない」
「判らんぞ。お前の首を奴に贈れば、良い顔が見られそうだ」


レオンの頬を撫でた男の手が、そのまま首へと移る。
断ち斬る場所を選ぶように、男の指がつぅとレオンの首を横円周に辿って行く。
肩口から覗き込む男の顔は、やはり空恐ろしい程に整っていて、薄い笑みを浮かべた貌は狂気すら感じさせた。

それを間近にしたレオンの瞳もまた、冴え冴えと冷たく尖る。


「あんたもよく判らない奴だな。そうするつもりなら、最初からそうしていただろう。あんたの実力ならそれが出来る」
「……」
「俺は───俺は、あんたより弱いんだから」


その事実を、レオンは苦々しくも腹立たしい程に知っていた。
自分が特別な人間ではないと言うことを、嫌が応にも理解しているのだから。

レオンの指摘を、男は否定も肯定もしなかった。
代わりに、色の薄い唇が深く歪んだ笑みを浮かべ、男の指先がレオンの唇を擽るように辿る。


「安心しろ。あれより余程、強い。お前は人間なのだから」


そう言った男の目が、何処か愉しそうに、嬉しそうに見えたのは、レオンの気の迷いだろうか。
笑みは笑みでも歪んでいるから、その感情の根が何処にあるのか、いまいち読み取れない。

男の指がレオンの耳元にかかる髪を引っ掛け、手遊ぶように梳いて行く。
その手付きが、まるで絡みついて来るように不快で、レオンは眉根を寄せてその手を払い除けた。
と、その払い除けた手を、また伸びて来た手が掴む。

薄く笑んだ碧色の瞳が、触れそうな程の距離でレオンを見つめていた。
それを眉根を寄せた顔で睨み返していれば、くく、と喉が笑う音が聞こえる。


「良い目だな」
「……」
「己の弱さを知りながら、強さを求めて足掻く。滑稽だ」
「莫迦にしているのか」
「感心している」
(今のはどう聞いても莫迦にした物言いだろう)


言語の基準が違うのだろうか。
会話が出来ているのに、成り立っていないような気がして、レオンはやっぱり厄介な奴だ、と思った。

男の背中で黒の片翼がゆるりと開いて、男と共にレオンを覆うように被さって来る。
黒と銀色で埋め尽くされる視界に、レオンのガンブレードを持つ手が力を籠める。
振るった所で大した牽制にもならないことは想像できたが、身を守る為の警戒は決して緩んではいなかった。

男の指がレオンの唇の端を拭うように擦る。


「面白そうだ」


そう言って、男はレオンの唇から手を離した。
閉じかけていた片翼は再び開き、其処に内包していたレオンを解放して、ひらりと翻る。

羽ばたきの音が鳴って、男は鐘塔から飛び去って行った。
佇むレオンの周りに、まるで己の存在が現実であることを主張するかのような、漆色の羽根が舞っている。
足元に落ちたそれに目を遣って、レオンは今日何度目かになる溜息を吐いた。





7月8日と言うことでセフィレオ。
現パロはよく書いてるなぁと思い、久しぶりにKHでの二人を絡ませたくなったので。

KHでのセフィロスとなると、どうやっても電波系になるもんで、レオンに厄介絡みしかしていない。
レオンとしては、あからさまな敵意もないし、一応街に危害がある訳でもないし、注意警戒はするけど取り合えず据え置きと言う扱い。
排除しようにも、バカみたいに強いので、祟りがないなら触らない方が無難だなと言う。
でもまさか自分に絡んでくるとは思っていなかったので、興味を持たれて改めて非常に面倒くさい気配だけは感じている。

[クラスコ]雨幻だった君

  • 2025/07/08 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF

オフ本[レイニーブルーの向こう側]その後





財布を片手に家を出ると、空は薄らとした雲に覆われていた。
田舎ではこうした空の下でよく嗅いでいた、雨降り特有の湿気の匂いも混じっている。
これは降るな、と思ったクラウドだったが、どうせ出掛ける道行は五分程度だし、傘は持たないことにした。
帰り際にでも降られたら、走って帰って、すぐに風呂へ逃げ込めば良い。

古びたアパートが犇めき合う小道を抜けて、ひとつ大きな通りに出ると、横断歩道を挟んだ向こうに、行き付けのコンビニがある。
今日も今日とて、クラウドは其処で夕飯と明日の朝に食べるものを調達しようと思っていた。

毎日がコンビニ弁当か、カップラーメンなんて言う生活は、不摂生であることはよくよく判っていることだが、料理が微塵も出来ないのだから仕方がない。
食堂にでも食べにいって、栄養が一揃いした定食を頼んだ方が健康には良いかも知れないが、それはそれで労のいることだ。
仕事なり遊びなりで外に出ている時なら、帰り道に食べに寄ることも出来るが、今日のクラウドは丸っと休日であった。
溜め込んでいたゲームを一日かけて消化した訳だから、今日はこれが初めての外出である。
そんな訳で今から店の多い場所まで行く気にもならないし、最寄りのコンビニで必要なものだけをまとめ買いするのが手っ取り早い選択だった。

信号が青に変わった横断歩道を渡り、さて今日は何にしようかと、今週発売の新作弁当も良いかも知れない、と思っていた時だった。
コンビニの狭い出入口から出て来た少年と、ぱちり、と目が合う。

短くすっきりとした濃茶色の髪に、蒼灰色の瞳。
前髪の隙間から覗く眉間の傷は、昨年の夏の始め頃、事故に遭った時に出来たもの。
クラウドの記憶では薄らと青白く華奢だった体のラインは、今はあの頃よりも日に焼けたようで赤みがあった。
日差しの直撃を嫌ってか、薄手の長い袖口から伸びる手には、買ったばかりの薄水色のソーダアイスが握られている。

その少年の名を、クラウドは知っている。


「スコール。塾終わりか」


名前を呼んで声をかければ、スコールは此方を見て小さく頷いた。

スコール・レオンハート───昨年の夏の盛りの頃、ひょんなことからクラウドが知り合った、一人の少年。
彼は昨冬の頃から、この近くにある学習塾に通っている。
彼が塾での授業を終えて帰宅する時間と、クラウドが仕事を終えてこのコンビニに立ち寄る時間が重なることが儘あるため、こうして顔を合わせることがあった。

スコールはアイスの包装を取ると、早速薄水色の氷菓に齧りついた。
額にある傷と、その眉間に浮かぶ皺が相俟って、何処となく機嫌が悪そうに見えるが、彼の場合、これが大抵のデフォルトの表情だ。
クラウドも判っているので、特に気にせず声をかける。


「迎えはこれから?」
「……少し遅れるって言われた。だから、ちょっと何か摘まもうと思って」


しゃく、とアイスを齧りながら、スコールは答える。

気温は高く、雨が降りそうな気配と湿度の所為か、蒸し暑い。
勉強で疲れた頭が糖分を欲していた事もあって、スコールは彼にしては珍しく、買い食いをしているのだ。
首筋に滲む汗を鬱陶しそうに拭いながら、アイスを口に入れる度に、その涼やかさに青い瞳がほうっと熱を和らげる。

見ていると、クラウドもアイスが欲しくなってきた。


「スコール。そのアイス、美味いか?」
「……普通。冷たいのは気持ち良い」
「そうか」


気のない風に、けれども律儀に答えてくれた少年に「ありがとう」と言って、クラウドはコンビニに入る。

買い物籠に、当初の目的である食糧を重ね入れ、飲み物も追加する。
日用雑貨は今日の所は焦るものもないから、探さなくても良いだろう。
代わりに冷凍庫のコーナーを覗いてみると、スコールが買ったものと同じアイスを見付けたので、これも籠に入れた。

精算を済ませて外に出ると、ぽつぽつと小さな雨が降り出している。
空を見上げればやはり灰色が広がっていたが、見る限りでは、雨が酷くなるようなものでもない。

それよりも───とクラウドが首を巡らせると、先の少年……スコールは、ふたつ並んだバス停の下に立っている。
降り出した雨を嫌ってか、彼は待合の椅子に座って、のんびりとした様子で長い足を投げ出して、アイスを齧っていた。


(……何度見ても、不思議な気分になるんだよな)


スコールがああしてバス停の幌下で過ごしているのを見る度に、クラウドは心臓の鼓動が早くなる。
その後で、其処にいる少年が、昨夏の頃によく見た姿と違うことを思い出して、ほっとするのだ。
此処にいる少年は、幻のような存在ではなくて、確かに生きて此処にいるのだと言うことを、確認して。

クラウドは買い物袋を腕に引っ掛けつつ、購入したアイスを取り出して、封を切った。
ゴミはコンビニ横のゴミ捨て場に入れて、蒸し暑さで既に水滴を浮かせ始めたアイスを早速齧る。
そのままバス停へ向かったクラウドは、待合所の屋根の下に入って、スコールの隣に腰を下ろした。

隣にやってきた人物を、スコールがちらと見て、眉間に微かに皺を寄せる。
しかし、赤の他人が近くにいるよりはマシとでも思ったか、彼は何も言わずに、またアイスを齧った。

冷たいアイスは長く味わって涼を堪能したいものだが、この蒸し暑さでは程なく溶けていく。
凝固した氷が崩れてしまう前に、スコールもクラウドも、アイスを食べきっていた。
クラウドは役目を終えた棒きれを指で遊ばせながら、隣でぼうっと灰色をの空を見上げている少年を見る。


「まだ塾に通うんだな。進級できたんだから、もう授業の遅れは取り戻せたんじゃないのか?」


クラウドの言葉に、スコールは「まあ……そうだけど」と呟く。

昨年の夏の口、スコールはこのバス停で交通事故に遭い、半年近くを意識不明で過ごしていた。
クラウドが彼と知り合ったのは、丁度その間のことで、不思議なことが幾つも起きているのだが、それはともあれ終わった話である。
冬の入り口の頃に目を覚ましたスコールは、病院を退院後、勉強の遅れを取り戻す為に塾に行くことにした。
それが、この近くにある学習塾だったのだ。

スコールが進級したと言うことは、彼の友人であるティーダから聞く機会があった。
無事に友人と一緒に進級したことを一番喜んでいたのがティーダだということは、クラウドも想像に難くない。

と言うことは、その時点でスコールが塾に通う必要はなくなった筈なのだが、彼は今でも塾に籍を置き、週に二度か三度の回数で勉強に来ているようだった。
その理由を、クラウドが「どうしてだ?」と尋ねてみると、スコールは拗ねたように唇を尖らせて答えた。


「……受験対策、遅れたから。面倒だけど、多分、今年いっぱいは通う」
「成程。真面目だな」


スコールの回答に、クラウドはくつりと小さく笑う。
そして、そもそも真面目過ぎる性格だった、と出会いを通して知った彼の人となりを思い出す。

スコールは現在、高校三年生である。
つまり、事故に遭った時には二年生だった訳だが、彼が籍を置いている進学校では、その時分の夏に進路を決めての対策が講じられるらしい。
しかし、その頃のスコールは進路のことを考えられる精神的余裕もなかったし、何より事故に遭ってしまった。
退院してから、遅れた学習についてはなんとか追いつくことが出来たが、カリキュラム上の予定は半分ズレ込んだままなのだ。
多くが二年生のうちに対策を始めていることを思うに、半年の開きは決して小さくはなく、これを取り戻すには学校内の授業にのみ終始していては足りない、とスコールは判断したのである。


「……ラグナも、良いって言ったし。迎えも続けるって言ったから……」


ラグナ、とはスコールの父親のことだ。
実父を名で呼ぶのは、彼と父との間が少し特殊な父子関係であるからだが、それによる齟齬は大分落ち着いているのだろう。

スコールは学校が終わった後、そのままの足で塾に向かうのだが、帰りは必ず父の迎えがある。
塾がそこそこ遅い時間に授業が終わると言うことも勿論だが、やはり、昨年の事故の件が、父としても気がかりなのだそうだ。
何せ、スコールが事故に遭ったのは、正に今スコールとクラウドが座っている、このバス停なのだから無理はない。
事故現場に近い場所の塾に行くこと自体、父は心配でならなかったようだが、スコールの方が効率を優先して選んだとか。
それならせめて迎えに行かせてくれ、と言った父親は、息子が二度と悲運に見舞われないように願うと同時に、自分自身の手で守りたかったのだろう。
スコールも、我儘をひとつ押し切った手前か、一見すれば過保護な父の申し出は受け入れているようで、塾終わりはこうして父の迎えを待っている。
───其処にクラウドが時々やって来て、顔を合わせる機会が出来るのだ。

ふと、ヴーッ、ヴーッ、と携帯電話のマナーモードが振動音を鳴らす。
俺じゃないな、とクラウドがポケットの感触を確かめていると、スコールがジャケットの胸ポケットから携帯を取り出す。
スコールはバックライトの転倒した液晶画面を見て、はあ、とひとつ溜息を吐いた。


「どうした?」
「……ティーダだ」
「遊びの誘いか」
「逆だ。勉強が判らないから教えてくれって」
「それは、大変そうだな」


深々と溜息を吐くスコールに、クラウドは苦笑して言った。


「受験生だし、呑気にはしていられないか。聞くが、遊びに行く暇なんてあるのか?」
「息抜きはしてる。ティーダが何処か行こうって言うから、付き合うことはある。……俺は根を詰めすぎるから、なんでも良いから偶には吐き出しに行こう、とかって……」


そんな暇はないのに、とぼやくスコール。
しかしクラウドは、流石ティーダは友達の性格と言うものをよく心得ている、と思った。
それについては口に出さず、


「そうだな。確かに、偶にはガス抜きするのは大事なことだ」
「……」
「頭の中で七面倒な公式だとか訳語だとか……一旦忘れて息抜きすると、良いリフレッシュ効果で、次の勉強も捗るかも知れないぞ」
「……そう言うものか?」
「俺の場合はそうだったな。だからゲームは欠かさなかった。今でも休みの日はゲーム漬けだ」
「……それは参考にして良い例なのか」


胡乱な蒼灰色がじっとりとクラウドを見る。
クラウドも、自分で言ったものの、さてなぁと眉をハの字に首を傾げるしかない。
肩を竦めて曖昧にするクラウドに、スコールは呆れたように吐息を漏らした。

スコールが手に握っていた携帯電話が、また鳴っている。
着信を鳴らすそれを操作して耳にあてると、


「……ん。判った、すぐ行く」


スコールはごく短い返事をして、通話を切った。
荷物鞄を手に腰を上げるスコールに、クラウドも電話の相手を悟る。


「迎えか」
「……ん」
「其処まで送ろう」


クラウドも買い物袋を手に立ち上がる。
スコールは、見送りなんて、と言いたげな瞳で此方を見ていたが、結局は何も言わなかった。

バス停の下に入った時には降っていた雨は、地面を濡らした程度で止んでいた。
道の突き当りの角を曲がると、少し行った先に、一台の車がランプを照らして停車しているのを見付ける。
その運転手が此方を───スコールを見て、ひらひらと手を振るのが見えた。

スコールの目が、隣を歩く男を見遣って、


「……じゃあ、帰る」
「ああ。気を付けてな」
「……あんたも」


気を付けて、とスコールはごく小さな声で言った。

足を止めたクラウドを置いて、スコールは小走りになって車へ向かう。
後部座席を開けて乗り込んでしまえば、もうクラウドから彼の姿を見ることは出来なかった。

運転席の男───スコールの父ラグナが、クラウドを見付けてひらりと手を挙げる。
こうして時折、塾終わりのスコールと遭遇しては、迎えが来るまでスコールと一緒にいて、車の傍まで見送って来る青年のことを、彼も覚えているのだ。
もしかしたら、スコールが入院していた時には、ティーダの知人として顔を合わせた事もあるから、それも覚えているのかも知れない。

クラウドが小さく会釈するのを見てから、車はゆっくりと発進した。
角の道を、向こう側へと遠ざかって行く車を見送って、クラウドも踵を返す。



────昨年、雨が降る日に限って、出逢っていた少年。
生霊か幻か、奇妙な形で知り合った彼と、真っ新な再会をしてからも、こうして時折顔を合わせる。
今はただ、たったそれだけのこと。

それでも、あの少年と、一時こうして会話をすることが出来るのは、クラウドにとって密かな楽しみであった。
顔を合わせる度、以前は見ることのなかった表情の変化や、その時毎に聞く些細な日常の愚痴を聞いたりして、彼があの白い部屋で寝ている訳ではなく、確かに此処に息衝いていることを確かめている。

願わくば、次に会う時にも、ささやかな日常の中で。
雨が止んでも消えることなく、彼が確かに存在していることが嬉しかった。





オフ本『レイニーブルーの向こう側』のクラスコのその後の様子です。
約束や示し合わせるような間柄でもないけど、偶にばったり逢うと、なんでもない話をする位の距離。
なんとなく嫌な人じゃない、と思ってスコールからクラウドへの好感度は高めです。見送りなんて別にいらないのにと思いつつ、まあ良いか……ってなっている。
クラウドの方は、ちゃんと生きて此処にいるんだなー……っていうことにしみじみしている模様。
その内、ティーダやザックスも一緒に、皆で何処かに遊びに行ったりするかも知れない。

[ロクスコ]始まりの前に 2

  • 2025/06/08 21:05
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



何処から来て、何処に行こうとしていたのかも判らないのだと、青年は言った。
目が覚めた時には見知らぬ森の中にいて、どうしてそんな所にいたのかも判らない。
名前だけは、持ち物の中からそれらしいものを見付けたそうだ───其処には“Squall”と記述されていたので、一先ず、それを名として使うことに決めたらしい。
後は腰に携えているものが近くに転がっていて、森の中には野生動物や魔物がいた為、それを獲物として持って行くことにした。
奇妙な形をしたその武器の使い方については、どうやら体が知っているようなので、自分と無関係と言う訳ではないらしい。
だが、判ったことと言えばそれが精々であった。

とにかく情報が欲しいと、森の中を当て所もなく彷徨って、見付けた川を下ってニケアの街に辿り着いた。
街並みはどれだけ見回っても覚えがなく、記憶の琴線も震えない。
懐にあった財布と思しき袋に入っていた紙幣は、市場で出して見ると怪訝な顔をされた為、使える代物ではないと理解した。
森の中でも飲まず食わずに過ごしていた為、腹は限界で、そろそろ何か入れて宥めたいが、金がないので買い物が出来ない。
どうしたものかと途方に暮れて彷徨っていた所へ、道を塞いだ件の巨漢とぶつかった。
それ自体は詫びはしたのだが、「口で詫びてるだけじゃ誠意がねえな」だの、「謝罪するなら態度ってのがあるだろ」だのとにやけた顔で言うから、まず道を塞いでいたのは其方だと言ったのが、男の不興を買った。
後はロックが見ていた通りの流れで、腕に物を言わせて屈服させようとした巨漢を、青年の方がカウンターで投げ飛ばした、と言う決着だ。

ロックは青年を連れて市場を離れ、港の一角に連れて行った。
ウミネコの声が聞こえる其処で、先ほど市場の果物屋で買った林檎をひとつ、青年に差し出す。


「ほら、やるよ。腹減ってるだろ」
「……」
「別に何も入ってないし、腐ってもいないよ。さっき其処で買ったばっかりだ」


林檎を訝し気に見つめる青年に、ロックは苦笑しながら言った。
蒼の瞳には分かり易く警戒心が浮かんでいるが、空き腹も辛いのだろう、迷うように揺れている。
ややもしてから、青年はそろりと腕を持ち上げて、色鮮やかな赤い林檎を受け取った。

ロックは船止めに腰を下ろして、うーん、と小さく唸る。


「記憶喪失、か」
「……」
「自分の名前もはっきり判らないってのは、きついよなぁ」


青年は何も言わなかった。
右手に納められた林檎をじっと見つめるだけの彼が、何を考えているのかは、ロックにも判らない。
ただ、自分のことさえも判らないことに、漠然とした不安と焦燥を抱いていることは想像がつく。
そうやって、何も思い出せない事実に混乱し、憔悴した人を、ロックは嘗て見たことがあったから。

とは言え、見ず知らずの青年の詳細について、ロックが幾ら考えた所で判ることもない。
ロックが出来ることと言ったら、この青年が行けそうな場所について教えること位だ。


「この町は見ての通りの港町だ。この港から出る船にのれば、もうちょっと大きなサウスフィガロって言う街に着く。街の名前に聞き覚えは?」
「……ない」
「じゃあ、フィガロの人間でもないってことかな。後は、別の大陸になるんだけど、ドマとか、ツェンとか」
「……判らない」
「ふぅん……その辺りでもない、となると───」


有力な国の名前を挙げてみるが、何処も空振り。
そうなると残るは、ガストラ帝国が挙がって来る。

もしもこの青年がガストラ帝国の関係者だった場合、リターナーに与しているロックとは、敵対関係とする位置になる。
リターナー本部に近い場所にあるニケアで、帝国関係者が紛れ込んでいると言うのは、正直、歓迎されない話だ。
帝国としても、対抗組織があることは悟っている気配があるから、下手に尻尾を出す真似をすると、強襲される恐れがある。
“記憶喪失”が嘘なら、無害を装って組織に近付こうとするスパイとも考えられるのだ。

どう反応するか、と言う観察を強く意識して、ロックは青年に訊ねてみた。


「ガストラって国はどうだ?南の大陸じゃ、一番大きい国だ」
「……判らない」
「ベクタって街は?」
「……それも」


判らない、と青年は言って、俯いた。
林檎を握る右手が微かに力んで、浮かぶ震えを押し殺しているように見える。
それは、自身の胸中にある不安や恐れを、必死に隠そうとしている仕草のようだった。


(全部判らない、か。こっちとしても、これはなんとも言えないな……)


受け答えの様子を見る分には、“記憶喪失”と言う青年の言葉は事実に見える。
青年が、オペラ劇場で名演を馳せるような舞台俳優ならば話は違ってくるが、生憎、ロックに其方の可能性までは捌き切れなかった。

しゃり、と小さく林檎を齧る音が聞こえた。
ちらを見遣れば、青年が瑞々しい林檎を少しずつ齧っている。
一口食べれば、警戒も形無しとなったか、しゃく、しゃく、と瑞々しい果肉を食べ続けた。
空の胃袋に果汁の味が沁みるのか、時々、ほうっと息を吐く様子が見える。
そうすると、冷たくも見えていた横顔が随分と幼い印象に変わって、瞳に燈る不安げな様子も重なって、ロックは彼を放っておくのは悪いことのような気がしていた。


(……魔物とは戦えるようだし、さっきのこともあるから、まずまず腕は立つ。金はない。行く当てもない。本人の出所が不透明な所さえ目を瞑れば、まあ、条件は悪くない)


そう考えながら、やはり一番は、“記憶喪失”であることがロックの意識を引いた。


「何処にも行く所がないなら、お前、しばらく俺と一緒に来てみるか?」
「……は?」


ロックの提案に、青年は一拍開けた後、眉根を寄せて顔を上げた。
何を言っているんだ、と訝しむ表情に、ロックはそう可笑しなことは言ってないと思うけどな、と笑う。


「この港町を見ても何も思い出さなかったなら、これ以上此処にいても仕方がないだろ?でもお前は船に乗る金は持ってない。その辺で仕事を探せば飯代くらいは稼げるけど、船代となるとな。もうちょっと入用になるから、暇がかかる。気長に頑張るなら止めないけど」
「……」


ロックの言葉に、青年は眉間の皺を深めている。
手許の齧りかけの林檎を見て、自分の腹の具合を考えているのだろうか。

ロックは続けた。


「俺はこれから船で行った先で用事があるんだ。その為にちょっと軍資金もあるから、お前一人の船代は其処から出せる。飯代もまあ、立派なものじゃなくても良ければ、食わせてやれる」
「……其処までして俺を船に乗せる理由はなんだ?正体不明の記憶喪失者に世話を焼く、あんたに何のメリットがある?」


硬質な声で問う青年に、意外と警戒心が強いな、とロックは思った。

いや、確かに青年の言う通り、出逢ったばかりので、出自も曖昧な人間に施すには、余りにも破格な話だ。
彼にしてみれば、余りにも話が旨すぎて、実は奴隷船にでも乗せられるんじゃないか、と疑うのも無理はないか。
ロックも逆の立場であれば、見ず知らずの人間が此処までしてくれると言えば、まず裏があると考えるに違いない。

ロックは何処まで言って良いもんかな、と頭を掻いて、


「お前が何処の誰なのかは、この際聞かない。お前も判らない訳だしな。その上で、ちょっと傭兵みたいなことでも請け負ってくれると有難い」
「……傭兵」


青年が、小さな声で単語を反芻する。
空の手が何かを確かめるように、腰に携えた獲物の柄に触れた。


「武器を持ってるし、さっきはデカい男を一人、軽々投げ飛ばした。それなりに腕に覚えはあるんじゃないか。記憶がなくても、体がああ言う動きを覚えているって位には」
「……判らない。覚えていない」


ロックの言葉を、詰問と受け取ったか、青年は頑なな声で、何度となく連ねた言葉を繰り返した。
ロックもそれには頷き、青年の主張を受け止める。


「仕事柄、俺はあちこち行くことが多いんだ。人と逢う機会も多い。それについて来てくれたら、その内、お前を知ってる人に行き会うかも知れない。保証はないけどさ、この町でじっとしているよりは有効的だと思うぞ」
「………」
「どうやらこの辺の地理も判らないようだし。何処に何があるのか判らないまま、ふらふら当てもなく行くよりは、行先がはっきり分かって案内人がいる方が便利だろ?」
「……それは……そうだけど」
「それで、タダって言うのも反ってお前には心証が悪そうだ。だったら傭兵、食客、そんな感覚で同行してくれれば良い。生憎、相場の傭兵代を出せるほど余裕がある訳じゃないんだけど、飯宿の面倒くらいなら引き受けられる。目的の所に行くまで、面倒な魔物がいる洞窟も通らなきゃいけないし、今後のことを考えると、腕の立つ人間は歓迎したいんだ。もっと言うと、他に取られる前に、うちで確保しておきたいって所もある」
「……」


ロックの提案に、青年は腕を組んで思案している。
その難し気な表情を見詰めながら、ロックは眉尻を下げて苦笑した。


「まあ、そう言う打算も、事実あるんだけど……やっぱり、何も覚えてないって言う奴のことは、俺としちゃ放ってはおけないんだ」


途方に暮れた横顔、ふとした瞬間に覗く不安の瞳。
目の前にあるそれは、ロックが過去に見たものに比べれば、驚くほど落ち着いている。
それを思えば、庇護など必要ないだろうとも思えるが、やはり、疼く傷がロックを急き立たせる。
このまま放っておいて良いのか、と。

これはごく私的な感情であると、ロック自身も理解していた。
二度と取り戻せないものを、今一度、取り戻す方法はないかと、眉唾な話に一縷の望みを託して生きている。
その軛から湧き出て来る物を抑える方法を、ロックは知らない。
フィガロ城に着いたら呆れられるんだろうなあ、と既知の国王の顔が浮かぶのが判った。


「───それで、どうだ?お前にも俺にも、悪い話じゃないとは思う」
「……」



訝しむ瞳は相変わらずロックへと向けられており、提案者の真意を図っているように見えた。

しばらく、青年の沈黙は続いた。
何度も眉間の皺を深くしながら、ともすれば途方に暮れた横顔が覗く。
見知らぬ土地で手探りに自分自身の行方を捜す労力と、掲示された手段に対するメリットと不安要素を計算しているのだろう。
ロックは、船の鐘が鳴るまでなら待てるかな、と思っていたが、存外と早く、青年は答えを出した。


「……しばらく、あんたに同行させて貰う」
「ああ」
「……世話になる」


小さく会釈するように首を垂れる仕草をした青年に、ロックは「律儀な奴だな」と笑った。

そうと決まれば、船の手配をもう一人分、澄ませなくては。
サウスフィガロ行きの旗を掲げた船は、概ね荷積みが終わりつつあるようで、船上では乗組員が出港の準備を始めている所だった。
今のうちなら間に合う、とロックは船止めから腰を上げる。

行こう、と船に向かって歩き出したロックの後を、青年がついて来る。
ロックはそれを肩越しに見遣りながら、


「じゃあ、えーと、名前は……」
「スコールだ。多分」
「ああ、うん。じゃあスコール、当分宜しく」


端的に告げられた名前を、ロックは口の感触を確かめる為に一度呼んだ。
青年───スコールはそれに応答の代わりに頷く。

船への乗船手続きを済ませ、ロックはスコールと共にサウスフィガロ行きの船に乗る。
蒸気を上げて海を走り出した船を、驚いた表情で見上げているスコールを、ロックは意外と幼いのかも知れない、と思いながら見つめていた。





6月8日と言うことでロクスコだと言い張る。

Ⅵの世界に迷い込んじゃったスコールがふと浮かびまして。
現代っ子な文明レベルのスコールにしてみたら、中世のようでスチームパンクなⅥの世界は中々奇天烈に映りそう。
自分の常識感覚が通用しなくて途方に暮れてるのを拾われたりしないかなーとか。
異世界に迷い込んだ時のトラブルだったり、G.F.の影響だったりで記憶喪失になってたら、ロックは放置できない。ゲーム開始時にも記憶喪失のティナを保護したし。過去を引き摺り続けてる男だから、“記憶喪失”に関しては相手問わずに結構過敏だと思う。

[ロクスコ]始まりの前に 1

  • 2025/06/08 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF

スコール in FF6




酒場や食堂と言うのは何処の街であれ、多くはそれなりに栄えている。
場末の、と言う枕詞がつくような場所でも、飯が食えて酒が飲めて、情報を手に入れることが出来るとあれば、人の気配は絶えないものだ。
提供されるものの味が多少いまいちであっても、高級宿でないのだから仕方がない、と諦めもする。
ただ、利用する人間が多いからと言って、安心できる店であるとは限らない。
荒くれ者が店主を差し置いて我が物顔をしている所や、テーブルの下どころか堂々と怪しい一物がやり取りされているようなら、其処は無法地帯である。
そこでしか得られないような情報を求めている時でもないのなら、さっさと軒を潜り直した方が良い。

ロックにとって酒場と言うのは、飯を食うのも勿論だが、情報を集める為の第一の場所だった。
時間を潰すように適当に頼んだ酒を傾けながら、全身を耳にして、周囲の客が零す様々な情報を仕入れる。
求める情報は、根本を言えば宝石財宝のものを求めてはいるが、現在は少し違う趣のものを目的としていた。

現在、この世界の大半を牛耳っているのは、皇帝ガストラが治める、ガストラ帝国である。
古に失われた筈の魔法の力、それを人工的に注入した兵士や、機械技術へと組み込んだ魔導技術を駆使し、世界そのものを手中に納めんとしている。
それ故にあちこちで無辜の民が血を流し、この非道な行いに反旗を翻さんと、幾人かの指導者のもと、地下組織リターナーは結成された。
帝国の行いに思うものあれば、と彼の大国と戦う意思を持つ者が集まるこの組織に、ロックも身を置いている。
仕事としては、トレジャーハンターとして生きるうちに身に着けた身軽さや、各国各都市にある情報網と人脈を利用した、組織と其処に与した人々とのパイプ役を引き受けている。

港町ニケアの食堂で、ロックはチーズを肴にエールを傾けていた。
サーベル山脈の奥に人目憚り作られたリターナーの組織本部で得た情報を元に、これから船でサウスフィガロへと向かう。
それから砂漠に構えるフィガロ城に立ち寄り、国王エドガーに諸々の下準備が整っていることを伝えたら、そのまま更に北上する予定だ。
砂漠の北には高山があり、その麓に炭鉱都市ナルシェがある。
この炭鉱から、先達て氷漬けの幻獣が発見されたと言うこと、それを狙ってか帝国兵が動いている節があると言う情報が入った。
ナルシェは自治力が強い為、現在は帝国に降ることも、リターナーに与することもないが、こうなってくると少々話が変わって来る。
一昔前より、幻獣の力を研究することにより、魔導技術を会得した帝国が、もしも氷漬けの幻獣ともどもナルシェを力づくで降せば、かの大国は更なる危険を増す。
ナルシェが降ることなくとも、幻獣だけでも手に入れれば、帝国にとっては釣りが来るだろう。
今回の件に関して、ナルシェがどう動くか、それに対して帝国がどのような手を打ってくるか、ロックはそれらの情報を持ち帰る役目を任され───その任務に向かう為、船の出港を待っている所である。

リターナーが手に入れた、ナルシェの氷漬けの幻獣の噂は、この町にも届いていた。
ナルシェとニケアは、地図の直線距離で言えばそう遠くはないが、その間にはサーベル山脈が跨っており、そう簡単に人も情報も渡ることはない。
しかし、交易によって人と物が海の向こうから頻繁に出入りする場所であるから、旅商人なり何なりと、新しい噂話には事欠かない。
そんなニケアにまで氷漬けの幻獣の噂が届いているのなら、間違いなく、ガストラ帝国もこれを聞き留めているだろう。
帝国が支配する南の大陸から、この大陸の北方山岳地帯にあるナルシェまでは、随分と時間がかかる筈───なのだが、彼の国は魔導技術により推進力の高い船を持っている。
ロックは、その帝国よりも早く、ナルシェに辿り着いて、状況を把握しなくてはならなかった。

港町ニケアの食堂は、波止場の近くにある。
船の出港を知らせる鐘が鳴り響き、その回数を数えて、ロックは目当ての船が次の出港番だと悟る。
そろそろ支払いを済ませて、船着き場に向かって置いた方が良いだろう。
懐の財布袋を取り出して、チーズと酒代を置いて席を立つ。
ご馳走さん、とマスターに声をかければ、マスターはちらと此方だけを見て、瞑目して会釈した。

宿を出れば、すぐ其処に市場が立っている。
林檎のひとつでも買って、船旅の供にでもしようか。
此処からでも見える果物屋の軒先で、品物を選ぶ時間くらいは許される筈だと、ロックは其方に足を向けた。

果物屋には瑞々しい果実が並び、売り子の女性が愛想良くロックに声をかけて来る。
良い色合いのものを二つ見繕って貰って、言い値の値段に素直に金貨を取り出そうとした時だった。


「てめぇ!もう一遍言ってみやがれ!」


怒鳴る声に市場の人々の声が集まった。
当然、ロックも自然とその視線を追い、道の真ん中を塞いでいる巨漢の背を見付けた。

人が多い港町、其処には穏やかな人間ばかりでなく、荒っぽい連中と言うのも幾らでもいる。
ならず者、酔っ払い、当たり屋───大体はそんな所で、街の人々からも煙たがられているものだ。
案の定、今の声の主もそれのようで、果物屋の売り子も眉を顰めていそいそと店の奥に隠れるように引っ込んでしまう。
軒を連ねる他の商店の主人たちも、苦々しい表情を浮かべながら、障らぬが吉と思っているようだった。

ロックは林檎の代金を果物屋の籠に置いて、道端沿いに歩き出す。
巨漢の背中の向こうにいるのは誰なのか、ちょっと覗いてみたくなったのだ。
遠目に見る限り、あれだけの怒声に対して、恐慌しているような声が聞こえてこない。
こういう場合、声が出せない程に怯えているか、全く動じていないかのどちらかだと思うのだが、前者なら少し割り込んでも良いし、後者なら好きにさせれば良い。
別段、正義感が強い訳ではなかったが、もしも小さな子供や老人が理不尽にされているのなら、無視する訳にもいかないだろう、と思う程度には世話焼きなのであった。

さて、どうだ───とロックが男の陰の向こうを覗き込んで見ると、其処には一人の青年が立っている。
真っ直ぐに両の足で立ち、その膝が震えている訳でもないようだが、人間は恐怖心がピークになると身動ぎひとつも出来なくなる場合もある。
顔くらいは見れないか、とロックがもう半歩動いてみると、


「あんたの体が大きすぎて、道が塞がれていて通れない。退いてくれ。それだけだ」


よく通る低い声だった。
それは怯えに震えている訳でもなく、何処までも淡々として、やや冷たい印象すらある。

それを向けられた巨漢は、丸太程もありそうな腕をわなわなと震わせていた。


「バカにしやがって。大層なモンぶら下げてるからって、偉そうにしてんじゃねえぞ!」
「そう言うつもりはない。ただあんたが道を塞いでいることで、随分周りも迷惑してるようだから、公共の場を不当に占拠する行動はやめた方が良い」
「うるせぇ!!俺に命令するんじゃねえ!!」


巨漢の腕が頭上へと振り上げられ、青年へと打ちおろされる。
筋骨隆々とした、まるでビッグベアのような腕がうなりを上げて襲い掛かるのを見て、街人たちが思わず悲鳴を上げた。

しかし、その拳は一瞬のうちに宙を掻き、男の足の裏が空の方へと見て回る。
体躯は綺麗な一回転をして、巨漢の背中がずしんと重い音を鳴らして地面に沈んだ。
重い体を打ち付けられた地面の石畳が割れる程の衝撃に、巨漢の男の意識は綺麗に飛んで失せたのだった。

しん、と静まり返ること数秒。
静寂の中で最初に動いたのは、巨漢の男に絡まれ、それを投げ飛ばした青年本人だった。
青年はきょろりと辺りを見回して、市場の視線を独り占めしていることに気付くと、眉間に手を当てて「しまった……」と小さく呟いた。
それから、じっと見つめるロックの視線に気付いたか、なんとも言い難い苦い表情を浮かべ、


「……確認したいんだが、此処で正当防衛は成立するものか?」


問う声は、先の冷たい声とは違い、不安───と言うよりも、面倒を嫌う気配が漂っている。
そうして目を合わせたロックは、宝石のように深い海の底に似た蒼色の珍しさに目を奪われていた。

そのまましばらく黙して立ち尽くすロックに、おい、と青年がもう一度声をかける。
目を合わせた状態だったので、ロックはそれが自分を呼んでいるのだと一拍遅れて気付いた。


「あ。ああ、えーと。一応、成立するんじゃないか?先に手を出したのはこいつなんだし」


ロックは地面に大の字で伸びている巨漢を見て、肩を竦めて言った。
事の始まりはどちらに切っ掛けがあったか知らないが、少なくとも、殴りかかったのは男の方だ。
青年はそれに対して防衛反応を示したのだから、これならフィガロでもドマでも、罪に問われる程のことにはなるまい。
寧ろ、往来を塞いで市場の人々に迷惑をかけ、挙句当たり屋も同然に青年に絡んだ巨漢の方が、お縄にされることだろう。


「まあ、そうでなくても、誰もお前を責めやしないさ。だろ?」
「あっ?あ、そう、そうだな」


ロックが適当に近くにいた店の主に声をかけてみると、主は突然のことに目を丸くしながら、なんとか頷いた。


「そいつにはこの辺りの連中、皆が迷惑してたんだ。けど腕っぷしも立つもんだから、下手に文句も言えなくてな。ぶん投げてくれて、随分精々したよ」
「だってさ」


店主の言葉を聞いた青年が、ほ、と安堵したように小さく息を吐く。


「それなら、良かった。……一応、真面な治安秩序のある町だったか……」


青年のその言葉は、後半は独り言めいていた。

ロックは青年の井出達をまじまじと眺めてみる。
濃茶色の髪は何処にでも見るような色合いで、蒼灰色の瞳は珍しいものの、青目と考えればこれもまた珍しくはない。
では装備はと言うと、これがロックには少々不思議な代物だった。

首元に白い毛並みを携えた上着は、裾が随分と短く、脇腹の位置で断ち切られている。
その上着の素材が、布にしては表面の繊維の筋が見えないし、革を鞣したにしては光沢が強すぎて、どちらとも言えない。
その下に着ているシャツは、柔らかい皺を作っているが、しっかりとした厚みがあり、亜麻(リネン)とも苧麻(ラミー)とも違う。
ズボンはすっきりと細く、青年が全体的に線の細いシルエットをしていることが分かる。
全体的に白と黒のモノトーンに、腰に巻かれた三本のベルトが赤い補色効果を担っている他は、地味な印象を与えている。

しかし其処で異彩を放つのが、青年の腰に携えられた代物だ。

腰のベルトに無理やり留めるようにして吊るされている、ボロ布に包まれたもの。
左の腰に提げるように携帯されているそれを、ロックは剣だ、と判断した。
鞘を喪った剣を急場しのぎに布で覆うと言うのは、用立てるもののない傭兵や冒険者がやることではあったからだ。
しかし、奇妙なのは柄の形で、布からはみ出て見えるそれには鍔がなく、握りは刀身に対して直角に近い角度で曲がっている。
世には奇抜な形状をした武器があるものだが、あの刀身の長さでこの角度の柄と言うのは、随分と扱い難そうに見える。
その割に、刀身を隠す布は厳重に巻かれていて、その真価を隠そうとしているかのようだ。

ロックが青年を観察している間に、市場はいつもの賑々しさを取り戻していた。
気絶したままの巨漢は、ニケアの自治組織であろう若者たちがお縄にして運んで行き、後には少々抉れた地面があるだけ。
巨漢を討伐せしめた青年はと言うと、若者たちから事情聴取に二、三の質問をされたのみであった。
それから彼はぽつんと立ち尽くしていたのだが(そのお陰でロックは彼を存分に観察できた)、蒼灰色がつとロックへと向けられて、


「……少し、良いか」
「ん?俺か?」


声を掛けられ、ロックが自分を指差して言うと、青年は頷いた。
ロックは港からまだ鐘が聞こえないことだけ確かめて、青年の下へと近付く。

距離にして1メートル程度の所で、青年はロックに言った。


「その……この町の名前を聞きたい」
「名前?」
「……色々道に迷って、ついさっき、此処に着いたんだ。初めて来た場所だし、位置の確認もしたい」


青年の言葉に、つまりは迷子か、とロックは思った。


「ニケアだよ。位置は───地図は持ってるか?世界地図でも、この辺の近郊のでも良いんだけど」
「……多分、ない」
「多分?」
「……」


返ってきた言葉に、ロックは妙なものを感じて首を傾げる。
その反応を見た青年は、気まずい様子で唇を噤んだ。
俯き加減に足元を見つめるその顔が、何処か所在なさげに見えると同時に、ロックの小さくはない記憶の痣を擦る。


「……お前、何処から来たんだ?」
「………」


率直に問うロックに、青年は答えなかった。
引き結んだ唇の奥で歯が噛まれ、両の手が何かを堪えるように強く握り締められる。
目立つ傷の走る眉間には深い皺が刻まれて、息苦しそうな表情が浮かんでいた。

青年の沈黙は、時間にすれば短いものだった。
だが、彼にとっては随分と長く、思案していたのではないだろうか。
ようやく口を開いた青年は、微かに震える唇で、「……判らない」とだけ答えるのが精一杯だった。






[けものびと]きれいきれいはむずかしい

  • 2025/05/27 21:05
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



バスルームへと連れ戻されたスコールは、きょろきょろと落ち着かない様子を辺りを見回していた。
ラグナはそんなスコールの背中を撫でて宥めながら、もう一度金ダライに湯を張る。

湯の温度は、人間であるラグナからすると、湯気が立たない程度に温い。
これでレオンは気持ちが良さそうにしていたので、過度に熱い冷たいと言うことはない筈だ。
とは言え、あまり長く浸からせていると濡れた体の体温も下がってしまうだろうし、何より、スコールがレオンのように大人しくしてくれているとも限らない。
先にシャンプーを泡立てておこう、とラグナは小さな手桶にも湯を入れて、其処にシャンプーを注いだ。

下準備を済ませ、よし、とラグナはスコールを抱き上げた。
ぱちり、と目を丸くしたスコールと目が合った途端、


「ぎゃぁうう!」
「おっとっと」


嫌な予感を感じたか、体を捻ってラグナから逃げようと試みるスコール。
しかし此処で取り落としてしまっては、スコールはタライの中に落ちてしまう。
ラグナも身を捩りながら、逃げようとするスコールの身体を追うようにして彼を捕まえ続けた。

じたばたと暴れるスコールが、ラグナの服に前足を引っ掛けると、そのまま体を上ろうとする。
獣人としては子供とは言え、やはり“ライオン”モデルの生まれは伊達ではなく、存外と大きな肉球を携えた手足がラグナの肩に重みを乗せた。
ラグナの首元にスコールの身体が擦り付けられ、抜けた毛がラグナの喉元に張り付く。


「うお、お、重いなぁ、スコール」
「ぎゃう、ぎゃうぅ!」
「大丈夫だよ、怖くない。お風呂だから気持ち良いんだよ」


ラグナの肩に上半身を乗せ、抗議の声を上げるスコール。
ラグナはそんな仔ライオンの背中をぽんぽんと撫でてあやした。

ぐぅう、と唸る声が聞こえるが、スコールは其処でじっと留まっている。
脇に両手を差し込むようにして、掬うように持ち上げてやると、スコールは存外と素直に運ばれた。
不機嫌そうに顰められた蒼灰色がじっと見つめて来るので、ラグナは笑みを浮かべて目を合わせる。


「さっき、レオンが入ってるの見てたろ?気持ち良さそうだったよな~」
「ぐぅうぅ……」
「ちょっとだけ。ほんのちょーっと。足の先っぽからな」


小さな子供に言い聞かせるように声をかけながら、ラグナはそっとスコールを下ろしていく。
宙を掻いていたスコールの右足が、つんと水面に触れて、ぴっと持ち上がった。
ひくひくと鼻頭を動かして、緊張している様子のスコールであったが、次に左足がついた時には、今度は逃げなかった。


「うん、良い子良い子。スコールは良い子だな」
「ぐぅ、ぎゅぅう……ぐぁうぅ」


喉元を擽ってあやすラグナに、スコールは不満げな声を漏らしている。
やっぱり長引かせない方が良いな、とラグナは判断した。

そうと決まれば、早速スコールの身体を洗わなくては。
ラグナはスコールの背中を撫でてあやしながら、右手で掬った湯をかけて行く。


「うう、あうぅう。うぁぁあうう」
「冷たいか?」
「ううぅ、うぅうう。ぐぁうぅ」
「やっぱ濡れるのが好きじゃないかなぁ」


言いながらラグナは、手桶の泡を手に掬う。
スポンジがあった方が良かったな、と思いつつ、ラグナは泡シャンプーをスコールの背中に乗せた。

マッサージでもしてやれば、少しは気持ち良いと思うだろうか、とラグナは両手でスコールの身体をわしわしと撫でてやる。
背中や脇、首元を、柔い加減で撫でて揉んでと繰り返す。
一緒に泡が塗り広げられて行き、泡に掬われて抜けた毛が、湯舟の中でぷかぷかと浮かんでいる。
このままくまなく洗わせてくれると有難いものなのだが、


「あうぅ、がうぅぅ……!ぐぅぅ、うぅぁああう!」


スコールの鳴き声は段々と大きくなって行き、風呂場全体の反響もあってよく響く。
湯舟の中でじっとしている所を見るに、彼からすれば精一杯に我慢しているのだろう。

この辺が限界だな、とラグナがスコールの身体の泡を洗い落とそうと、手桶に新しい湯を張っていた時だった。


「───うぅ!───あうぅ!」
「ん?レオン?」


バスルームの閉じた戸口の向こうから、大きな鳴き声がする。
曇りガラスの向こうに、小さな影のようなものが駆け寄って来たかと思うと、ドン、と言う音が響いた。

バスルームの戸は、折れ戸になっていて、浴室の中へと折れ開くようになっている。
その構造をレオンが理解していたかは不明だが、彼は上手くその中心───凸方向へと折れる支点の部分に体当たりしたらしい。
弟の為の突進を受けた戸がガチャッと開くと、右側に出来た隙間を見付けたレオンが、体を押し入れるようにして飛び込んできた。


「がぁうう!」


ばしゃん、とレオンの体を受け止めた湯が飛び跳ねる。
つい先程、一足先にシャンプーを終え、タオルで乾かしたレオンの体は、また見事にびしょ濡れになった。
ついでに飛び跳ねた水飛沫は、開いたままになっていた戸口の向こうまで跳んでいて、クッションフロアの床に泡の水溜まりが出来ている。

───ああ、とラグナは思わず空を仰いだ。
バリケードを用意するか、鍵をかけておくんだったなあ、と悔やむ。
しかし、それはそれで、レオンが諦めずに体当たりし続けて来たかも知れない、とも思った。

小さな湯舟の中で、レオンとスコールはぐるぐると喉を鳴らしながら、頭を擦り付け合っている。
兄は弟を見付けてその無事に喜び、弟は兄が来てくれたことに安堵したようだ。
風呂を怖がらなかったレオンは勿論、スコールも鳴く事をやめて、顔を舐める兄に甘えて、落ち着いていた。


「がう。がうぅ」
「んるぅ……」


スコールがすりすりとレオンに身を寄せて甘えると、泡がレオンの体にも付着する。
レオンはそれを気にする様子はなく、興奮しきっていた弟を宥めることに終始していた。

そんな二人の遣り取りを見て、ラグナは濡れた髪を掻き上げながら苦笑する。


「しゃーねえ。レオンがいた方が、スコールも落ち着くみたいだからな」
「ぐぅ……」


ラグナがスコールを頭を撫でれば、彼は大人しくその手を受け入れる。
尻尾がゆらりと揺れて、心地よさそうに円らな瞳が細められた。

最早レオンの体を洗う必要はなかったが、どうせ濡れてしまったのだ。
ラグナは開き直って、スコールの体の泡と、レオンの体を一緒に湯で流す。
湯が背にかけられる度、スコールはまた鳴き声を上げたが、レオンがそんな弟を宥め透かすように身を寄せた。
そうしているとスコールは大人しいもので、時折鼻をひくつかせて鳴く程度だ。
スコールが落ち着かなかったのは、初めての入浴ということもそうだが、兄の姿が見えないのが不安だったのかも知れない。

スコールの泡をすっかり流し、ラグナはレオンの体を拭く時に使ったバスタオルを取った。
もう一枚あった方が良いなあ、と思いながら、一先ずは滴る水を簡単に吸い取るべく、スコールの身体を包んで吹く。
此方は湯と違って恐怖心を刺激しないようで、スコールは自分から濡れた身体を擦り付けて体を拭きに来ていた。
そしてレオンの体も拭いた後、ラグナは二人を抱き上げて、脱衣所の濡れた床を見ない振りにしつつ、リビングへと移動した。

リビングで二人の体を改めて清潔なタオルで丹念に拭いた後、ラグナはキッチンへ向かう。
濡れた服を着替えるだとか、脱衣所の床だとか気掛かりはあるが、頑張った二人にご褒美をあげるのを忘れてはいけない。
冷蔵庫から取り出したタッパーを温めていると、旨味の気配を感じたのか、レオンが足元にやって来ていた。


「鼻が良いなぁ。スコールはどした?」
「ぐぁう」
「おっ」


ラグナがスコールの様子を訪ねると、レオンはくるりと振り返る。
その視線の先を追うと、キッチンスペースの入り口に体を半分隠し、覗き込むように此方を見ているスコールがいた。
警戒しつつも、匂いの誘惑に鼻をふんふんと鳴らしているスコールに、ラグナはくすりと笑う。


「初めてのお風呂、お疲れさん。頑張ったから、特別におやつにしような」
「がぁう」
「がうぅ」


ラグナが運んできた器を見て、二人の頭の上で丸い耳がピンと立つ。
これでレオンだけでなく、スコールにとっても、今日一日が嫌な記憶だけで終わらないと良いのだが。

兄弟がおやつを楽しんでいる間に、ラグナは服を着替え、濡れたものは洗濯機に放り込む。
スイッチを押して回り始めたそれを尻目に、泡水溜まりの床を拭き、排水溝に集まっていた抜け毛を拾う。
水を含んだタオルは、取り合えずバスルームの乾燥にかけることにした。
抜け毛が絡まっているのは判っていたが、これを洗濯機に入れても良いものか判らない。
夜に風呂に入った時にでも、手洗いしてみるとしよう。

思い付く限りの片付けを終えて、ラグナはふらふらとリビングへと戻った。


「ふい~……終わってからも大変なもんだ……」


中々の重労働だ、とラグナは重くなった肩を揉む。
何か冷たいものでも飲んで一服しようかとも思ったが、準備をするのが面倒だった。
取り合えず中腰続きで草臥れてしまった足腰を休ませたくて、ソファへと向かう。

ソファには既にレオンとスコールがいて、彼らはタオルケットを枕にして丸くなっていた。
二人の舌がちょろりと零れ出ているのが見えて、ああ、とラグナは小さく笑う。
きっと毛繕いをし合っていたのだろうに、疲れて寝落ちてしまったのだ。

ラグナは身を寄せ合う二人の傍に座って、丸みのある頬を撫でる。


「……そうだなあ。一番疲れたのは、きっとお前たちだよな」


呟くと、ひく、とレオンの鼻先が震えて、蒼の瞳が薄らと覗く。


「……ぐぅ……?」
「なんでもないよ。おやすみ、レオン。スコールも」
「……んぐ……」


名前を呼べば、二人は丸い可愛らしい耳を小さく動かす。

ふくふくと呼吸に上下する腹を、指の背でそっと撫でてみた。
抜け毛は随分と落ち着いたようで、ふわふわと舞う毛も、一先ずはなくなったようだ。
これなら、しばらくは鼻むず痒さに悩まされることもないだろう。

ラグナは眠る二人の仔ライオンたちが冷えることのないように、タオルケットをもう一枚、寝室から持って来た。
柔らかな布地の中で、レオンとスコールはすぅすぅと寝息を立てている。
その穏やかな寝顔をじっと見つめて、ラグナはなんとも温かい充足感を感じていた。





換毛期からのお風呂チャレンジでした。

レオンはラグナの手で洗われるのが気持ち良かった模様。元々そんなに怖がらないので、ラグナがしてくれることなら大体受け入れられる。
初めてなのでこんな調子ですが、スコールはバッツとジタンの所で遊びながら訓練したら、大人しく出来るようになると思います。
その内、三人で一緒に風呂に入ることも出来るようになるかも知れない?

Pagination

Utility

Calendar

06 2025.07 08
S M T W T F S
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -

Entry Search

Archive

Feed