[ティナスコ]雨音に見る
斥候なり調査なりと、遠出をする時には、野宿で夜を越すのは当然のことだ。
その際、テントなどの道具を持ち出しているかは、時とメンバーにより変わるものだった。
遠出をする時は、それよりも食料や薬と言った備蓄を多く用意しておきたい事もあり、赴くのが二人程度なら野宿用の道具は置いて行かれる事が多い。
荷物を持つ手に余裕があれば、寝袋程度は用意しておこうか、と言う位だった。
同行者が増え、一日二日で帰るには聊か厳しい距離が予想される場合は、嵩張るが眠り休む環境を整える目的で、簡易テントを持って行くようにしている。
秩序、混沌ともに十人と言う数を思うと、四人での行動ともなれば十分に大人数と言えるだろう。
となれば、やはりテントは持って行くべきだろうと言う意見が出る。
その理由の一つには、今回のメンバーにティナが組まれており、秩序の陣営唯一の女性である事も相俟って、男達はやはり少々手厚くしてしまう所があった。
これがもし完全な男所帯であり、軍属や兵役の経験のある者のみで構成された選出であったなら、地面に雑魚寝も厭わなかっただろう。
勿論、それも行く先の状況、予想される襲撃等も加味した上での選択ではあるが、サバイバルに慣れている者である程に、そう言った荷の選定にはシビアなものである。
今回はメルモンド湿原方面にて確認された歪の解放と、先日、奇妙な空間の亀裂を見付けたと言うティーダの発言を元に、その調査に赴いていた。
空間の亀裂と言うのが、まさしく文字通りの代物だと彼が言うので、物理的なものよりも、魔力の方を探ってみた方が良さそうだ、と言う事から、ティナの同道が決まった。
発見者であるティーダ、魔力の感知に長けたティナ、そして後はクラウドとスコールと言うメンバーだ。
メルモンド湿原はほぼ常に雨が降り続いている為、この地で長時間の調査をするとなると、雨避けの道具は必需品となる。
テントも勿論持ち込まれており、雨避けとしての役割がそこそこに期待できる樹の下にそれを張って、そこを拠点にしての調査を開始した。
調査開始から二日目の夜、ティナはふと目を覚ました。
日中、魔力探知の為に気を張っている事を鑑みて、ティナは見張りのルーティンから外されており、残りの三名で不寝番をしていた。
長く休ませて貰える事は、助かる反面、少し申し訳ないな、と思う。
しかし、必要であれば探査魔法の他、イミテーションと遭遇した際には遠方にいる内に先手必勝と魔法を使う機会も多いので、夜を回復に専念させて貰える事は非常に有り難い。
それ故にティナの眠りはそこそこ深いものであったのだが、不意の覚醒と言うのはあるものだ。
雨粒のサイズが大きくなったか、木枝を擦り抜けた雨粒がテントを叩く音を鳴らしていたのも、それを促した理由だったのかも知れない。
だが夢を見ていた訳でもないので、寝覚めの不快感や焦燥感と言うのもなかった。
本当に、ただただ目が覚めただけなのだ───と、目覚めてから一分ほど経って認識するに至った。
その間に雨により冷えた空気が感じられるようになって、寝袋の端を摘まんで包まろうとした時、
(────あ)
視界の端にちらりと影が見えて、ティナはそうっと首を巡らせた。
肩越しに見えたのは、雨音に叩かれるテントの屋根をじっと見上げているスコールだ。
まだ遅い時間なのだろう、テントの中は灯りもない為、夜に溶けたような色をしているスコールのシルエットは、少し見難かった。
けれども、よくよく知る仲間のものであるから、肩だけがふわふわと柔らかそうな毛束があるのも含め、それが誰かと言う情報については十分だ。
段々と暗闇に目が慣れるにつれ、少しずつテントを見上げる少年の表情も見えて来る。
何かを思い出しているような、雨の音を聞いているような、そんな顔をしていた。
その横顔が何かを無心に求めているように見えて、何か声をかけた方が良いだろうかとティナは思案していたが、その切っ掛けは彼方から先にやって来た。
「……起こしたか」
気配か視線か、どちらにせよティナは彼をじっと見詰めていたものだから、覚るには十分だっただろう。
顔を此方へ向けてそう言ったスコールに、ティナはころりと体を向けて、小さく首を横に振った。
「ううん、目が覚めただけ。スコールの所為じゃないよ」
「……そうか」
ティナの言葉に、スコールの反応は少ない。
寡黙な彼にはよくある事で、返事がある事自体が、彼が気を許してくれている証拠なのだと教えてくれたのは、ジタンとバッツだ。
そんなスコールの向こうでは、かーかーと寝息を立てているティーダがいる。
ティナが起き上がって、スコールの陰から覗き込むようにしてそれを見てみれば、スコールは察したのか少し体を退けてくれた。
ティーダは小さなテントである事など気にせず、手足を自然に放り出すように伸ばして、健やかに眠っている。
口を開けているのが、彼の奔放さを表しているようで、ティナはくすりと目元を綻ばせた。
「ティーダ、よく寝てるね」
「……そうだな」
「スコールは、あまり眠れそうにないの?」
「いや……」
ティナの言葉に、そんな事はない、とでも言おうとしたのだろうか。
しかしそれきりスコールは口を噤んでしまい、ばたばたと音を鳴らす布天井をまた見上げている。
ティナはなんとなく、スコールの視線を追うようにして、天井を見た。
使い古されたテントではあるが、幔幕はまだしっかりとしており、解れも少ないので、雨漏りすることはないだろう。
耐水性には優れた代物であるが、材質としては布なので、多量の水を被ればやはり水分を多く含んで湿気を生んで来る。
心なしか重く弛んだように見える天井を見つめるスコールの横顔は、先と同じ、心此処にあらずと言うように見えた。
さわ、とティナの胸の内で、何かがささめいた。
それは彼女自身、自分の内の事でありながら、はっきりと聞き取れないものであったが、自然とその唇は開く。
「……スコールは、まだ眠らないの?」
「……その内寝る」
今の所は寝る気にならないのか、スコールは天井を見上げたままでそう答えた。
それが、「今は眠れない」と呟いているようにも聞こえたのは、ティナの気の所為だろうか。
ううんと、とティナはしばし迷ったが、薄暗い中に見える少年の貌を見詰めている内に、決心が決まった。
よく眠っているティーダをうっかり起こしてしまう事のないように、ティナはそうっと起き上がる。
その気配に気付いて、此方に視線を向けたスコールの眉間には皺が浮かんでいたが、ティナは幸いにも気付かなかった。
包まっていた寝袋を開くと、外気から体を守ってくれる殻がなくなって、冷たい湿気の感触が判る。
これでは眠る気にもなれない筈だと納得しながら、ティナはスコールの方を向いて、両腕を伸ばして見せた。
「はい、スコール」
「……は?」
どうぞ、と両の掌も前に出して見せるティナに、スコールは傍目に少々面白い具合に表情筋を偏らせた。
一体何をしている、と問う瞳に、ティナは小さな子供を宥めるように、はんなりと笑って言う。
「寒いんでしょう?だから、一緒に寝ましょう」
「…………はぁ?」
ティナの提案に、スコールはたっぷりと間を置いて、顔を引き攣らせる。
相変わらず、良くも悪くも、ティナはそんなスコールの反応の理由には疎く。
「温かくなったらきっと眠れるわ。怖い夢を見る事もないし」
「別にそんなものは……いや、そもそも怖い夢を見た訳じゃ」
「遠慮しなくて良いの。ルーネスやジタンとも時々一緒に寝る事もあるし」
「あいつらと俺を一緒にしないでくれ」
「クラウドとも一緒に寝る事があるのよ。だから大丈夫」
慣れてるから、と言うティナに、スコールの表情が何やら忙しく変化する。
眉間の皺は当然にあるものとして、テントの外にいるであろう見張り役を見遣ったり、天井を仰いでみたり。
真一文字の唇の中で、何やら色々な言葉が渦巻いているようだったが、彼はそれを口にはしなかった。
バッツやジタンなら、それを読み取る事も出来たのかな、と思いつつ、ティナは両腕を差し出してスコールがやって来るのを待つ。
寒いから一緒に寝てくれないかい、とよく提案して来るのはジタンだ。
そう言う時、大抵ルーネスを始めとして、他のメンバーからジタンは叱られたりするのだが、寒い野宿の夜は、暖を取ろうと皆で団子になるのはよくある事だった。
ルーネスと二人で野宿をする時も、やはり寒さを凌ぐ為、彼と一つの毛布に包まって眠る事は儘ある。
そしてクラウドは、今日のスコールのように夢見が悪い等で眠れない事が時折あって、そんな時にティナは膝枕をしたり、そのまま寝落ちた彼と一緒に眠る事もあった。
しかし、考えてみれば、スコールに対してそう言った事を提案するのは初めての事だ。
それに気付いたティナは、スコールの頑なな様子に、初めてクラウドに膝枕をした時のことを思い出した。
あの時はクラウドも随分と遠慮していて、しかし明らかに疲れているのに眠れない様子であったから、ティナは少々強引に彼の頭を膝へと誘導している。
恐らく、スコールにも同じようなことが必要なのだろうが、
(クラウドはちょっと強引にしても大丈夫だったけど、スコールは……)
嫌がられそう、びっくりさせてしまいそう────ティナがそう思ってくれたのは、スコールにとっては幸いだっただろう。
何と言って彼女を宥め、提案を流してしまおうか考えている彼にとっては。
だが、ティナは自分の提案を良案だと思っている。
何より、天井をじっと見詰めていたスコールの、何処か迷子になった幼子のような横顔が忘れられない。
あれは放って置いてはいけないものだ、とティナの胸の奥底に眠る何かが訴えていた。
「大丈夫だよ、スコール。私がスコールを守るから」
そう言って微笑むティナに、スコールは言葉を喪ったように沈黙した。
じっと見つめる蒼の瞳を、ティナは真っ直ぐに受け止めて、出来るだけ安心させる事が出来るように努める。
守るなんて言葉は、自分からスコールに向けるには烏滸がましいものだと、ティナも判っていた。
戦う力そのものに怯えを持つティナと、傭兵として常に戦いに身を置く事を選ぶスコール。
その精神やパワーバランスから見ても、スコールがティナを護る事こそあれど、その逆はないだろう。
だが、今この時に限っては、ティナはスコールを、彼の中にある冷たくて寒いものから守ろうと、固く決意していた。
その意志が伝わったか、或いはティナが引きさがらない事を感じ取ったのだろう。
貝のように動かなかったスコールが、……はあ、と何かを諦めるように息を吐いた後、そろりとティナの方へと身を寄せる。
腕を伸ばしたティナに届くか届かないか、もどかしい所で止まったスコールに、今度はティナの方から近寄って、子供を包み込むように抱き締める。
「どうかな」
「……まあ……寒くは、ない」
「良かった。このまま眠って良いよ」
「それは……」
勘弁してくれ、とスコールは小さな声で言った。
遠慮しなくて良いのに、とティナは思うが、取り敢えずはスコールの気持ちに沿うようにと頷く。
ティナはスコールのジャケットのファーに頬を埋めた。
場所が場所、天気も良くないので、其処は湿気を含んでしんなりとしており、いつものふかふかとした感触がなくて少々残念だが、仕方あるまい。
ティナはスコールを抱き締めたまま、片手で寝袋を手繰り、二人の足元に被せて包んだ。
────それから、幾何か。
天幕を叩く雨音が、大粒の煩いものから、徐々に小さくなって行く。
それでも振り続ける雨は、相変わらずテントを濡らし続けていたが、しとしととしたそれは数十分前に比べれば静かなものだった。
そんな静かな天井をティナが見上げていると、抱き締めていた少年の躰から、徐々に力が抜けていく。
重みを感じ始めたそれに気付いて、ティナは「……スコール?」と小さく小さく名を呼んでみるが、反応はなく。
「……ふふ」
ティナの肩に額を乗せて、すぅ、すぅ、と寝息を零しているスコール。
座ったままでは辛いだろうと、ティナは彼を起こさないように、殊更にゆっくりとその体を横たえてやった。
背中を丸めて、横を向いて眠っているスコールの姿は、まるで赤ん坊のように幼い。
ティナはその目元にかかる前髪をそっと梳いて、彼の隣に寄り添うように横になった。
「おやすみ、スコール」
この寒い雨の夜が、彼の夢路を冷たいものにしないように。
ほんのりとした血色を宿した頬を撫でて、ティナももう一度眠る為に目を閉じた。
6月8日と言う事でティナスコ。
ティナママの包容力はすごい。お姉ちゃん子なスコールにはよく効きますね。
013のティナは記憶の欠如もあって儚げな所が前面に出ていますが、根本はやはりティナママだと思っています。NTでは記憶が完璧なのでよりママ。
あと良くも悪くも天然だし、原作でも普通の人間的な人生や教育を送っていた訳ではない為、男女の機微、況してや年下の思春期の男の子の葛藤には鈍いだろうなあと。夢も込み。
そんなティナに弟属性のスコールが強く出れる訳もなく、しょんぼりさせると後が面倒になりそうだし、ティナが満足するようにしておこう……って合わせたけど、結局は安心して寝ちゃったのでした。