[ゴルスコ]無音の月と蒼の音
今回の輪廻で、新たに召喚された混沌の戦士は、年若い傭兵だった。
混沌の戦士に限った話で言えば、最年少の彼を見て、戦力になるのかと小馬鹿にしていた者がいた事は確かである。
アルティミシアに因れば、どうやら彼女の因縁の人物であるようだが、当の本人はそれは知らないと言う。
この世界に召喚された者は、初めの頃、須らく自己の記憶の大半を失っている。
敵陣営の者と戦う内に記憶は回復されて行く為、召喚されてから息の長い混沌の戦士の殆どは、この世界での過去の輪廻も含め、ほぼ殆どの記憶の回復が終わっていた。
だからアルティミシアは、この少年が己の知り得る人物であると、直ぐに判ったのだろう。
その割に、彼女は少年が此方側に召喚された事に驚いた様子もあったので、どうやら、彼が混沌の神によって召喚されたのは、些かイレギュラーな出来事だったようだ。
傭兵の少年────スコールは、何処か人形めいていた。
ケフカが執心している魔導の少女と少し似た雰囲気もあるが、此方は自分の意思がない訳ではない。
しかし、召喚された直後と言う事もあってか、自分の意識や感情を主張する場面は少ない。
戦闘となれば躊躇なく火の中へ飛び込む胆力を持っているが、その行動は何処か捨て鉢で、己を顧みていないように見えた。
昨今、繰り返される輪廻に疲れ、意味のない戦闘を避けるようになった戦士がいる中、告げれば剣を振るう事を厭わない彼の存在は、有用な駒である。
皇帝の命令や、アルティミシアの気まぐれな指示すら、“任務”の単語がつけば特に逆らわずに従う。
傭兵然としていると言えばそうなのだろう。
この世界に、働いた代価となる賃金の類は無意味なものでしかない為、その価値はないが、彼等の命令に従う事で、記憶の回復と言う代価と、突き詰めれば“元の世界に帰る”と言う報酬が果たされれば十分と思っている節もある。
“元の世界に帰る”と言う報酬については、後々に嘘がばれてしまうだろうが、その時の事を皇帝やアルティミシアは気にしてはいないだろう。
いざともなれば、適当な理由を付けた任務で特攻させ、一度息の根を止めてしまえば、次の輪廻で復活した時には、過去の輪廻の事は忘れている。
この世界に生きる戦士達は、差異はあれど、そう言うサイクルの中で戦い続けているのである。
ゴルベーザもまた、そうした輪廻の中で、この闘争の世界を生きていた。
終わりのない輪廻が続く世界で、永遠に戦い続ける事が、嘗ての自身の世界を破滅に追い込もうとした償いであるのだと思いながら。
浄化される度、勝利を信じて立ち向かって来る秩序の戦士達について、思う所がない訳ではない。
多くが世界を破滅に導いた経緯を持つ混沌の戦士達と違い、彼等はこの牢獄のような世界に閉じ込められている理由がないように見えるのだ。
世界が何度も繰り返し、自分達が何度となくその命を散らしている事を知る由もなく、見せかけの希望を追い駆けて戦い続ける彼等は、ゴルベーザには哀れで、眩しく映るのだ。
時折、彼等の中から、魂を使い果たした戦士が世界から消え去る事がある。
死と同等の意味を持つであろう、この世界での解放を意味するのであれば、願わくば彼等が元の世界へと戻っている事を祈る。
そして己は、この終わらない輪廻の檻の中で、永遠に等しい闘争を続けて行く運命なのだと、それを受け入れていた。
そんな無限の輪の中で、未だ“元の世界へ戻る”事を報酬として、戦い続ける少年兵。
少年と形容するには、些か大人びた容姿ではあるが、ゴルベーザにはその立ち姿も含め、何処か必死に背伸びしているような印象が拭えなかった。
表情についても、皇帝やクジャは無表情、変わり映えのしない顔だと言っていたが、ゴルベーザはそうは思わなかった。
どちらかと言えば、ケフカが言った「かっこつけクン」と言う揶揄の方がしっくり来る。
彼をよく知る筈のアルティミシアは、これについて言及した事はないが、今の少年の様に特に不満はないようだった。
ただ、黙々と任務をこなす彼を見て「哀れな子」と呟いた事があったので、やはり、少年のあの無表情は、何かを押し殺している顔なのではないか───とゴルベーザは分析する。
だから、気になるのかも知れない。
荒野の向こうで、二人の秩序の戦士を相手取っているスコールを見ながら、ゴルベーザはそう独り言ちた。
秩序の戦士が混沌の大陸に侵入したのは、ほんの数時間前の事。
恐らく、斥候の為に侵入したのであろう彼等を、皇帝はスコールに追い払って来いと命令した。
スコールは無言でそれに従い、一人、風変りな剣を持って戦場へと赴いた。
殺すのではなく追い払えと命令した皇帝は、恐らく、スコール一人では彼等を倒せないと判っていたのだろう。
ただの露払い、若しくは暇潰し────納得させる理由を無理やりつけるのであれば、スコールの力試しと言う辺りか。
何れにせよ、年齢の若い戦士が、それなりに歴を数えているであろう戦士を相手にするのは無理があるだろうと知っていた上で、スコールを送り出したのは間違いない。
実際に、スコールは押されていた。
相手が自分と同じ年若い戦士であれば、彼の実力が物を言ったのかも知れないが、今スコールが相対しているのは、ジェクトとカインの二人だった。
カインの実力はゴルベーザが誰よりも良く知っている。
ジェクトは、典型的な力押しを得意とする為、クジャやケフカのような魔法使いなら、距離を取って魔法で牽制し続けるのが常作だが、スコールは近距離を持ち場とする剣士だ。
完全なインファイターである上、この世界に召喚されて長いジェクト相手では、経験の差もあり、劣性になり易い。
かと言って距離を取れば、カインが竜騎士の本領を発揮して追って来る為、体勢を立て直す暇もないようだ。
(……このままでは、力尽きるか)
戦闘が始まってから十数分、スコールにしてはよく耐えたと言った方だろう。
年若い少年を相手にするとあってか、ジェクトが少し手加減しているように見えるが、このままスコールが引かなければ、彼も本気を出して来る。
カインも同様で、槍を握る手に力が篭りつつあった。
そうなれば、現状で耐え凌ぐのが精一杯になっているスコールの敗北は明らかだ。
この世界では、死んだとしても、次の輪廻では蘇る。
例外が魂を使い果たす程の疲弊、それぞれの神々の加護が受けられなくなり、存在が保てなくなった場合だ。
スコールは召喚されて間もなく、魂を擦り減らす程の戦闘を行っていないので、間違いなく、次の輪廻では蘇るだろう。
今の輪廻で過ごした記憶を、全て忘れて。
前回の輪廻で過ごした記憶を忘れた者は、大抵、次の輪廻では誰かに操られる事が多い。
以前の経験を忘れている為、仲間である筈のカオスの面々の事すら、一からやり直しになっているからだ。
長らく敗北を味わっていない混沌の戦士達は、その利便性を理解しており、記憶を失った者は、仲間───そもそも、そうした言葉の意識すら、此方の者達は希薄だ───さえも己の策の道具として扱っている。
だからこのまま、スコールが倒れたら、これから繰り返される輪廻の中で、スコールは繰り返し誰かに利用される道具として生かされ続けるのだろう。
(─────……)
ゴルベーザの脳裏に、この世界で目覚めたばかりの頃のスコールが思い浮かぶ。
あの頃から彼は無表情であったが、その瞳に時折、揺らぐ光が映る事があった。
何かを探しているような、求めているような、迷子にになった子供の様な色の瞳だと、ゴルベーザは感じた。
あれを見たから、放って置けないのだろうか。
彼が、単純に無感動な、任務のみに従事する戦人形ではないと、そう思っているのだろうか。
(……だから、何だと言うのだろうな)
独り言に胸中で呟く問いに、答えてくれる者はいない。
砂埃の向こうでは、まだ戦闘が続いている。
退く事を知らないのか、スコールは満身創痍にも関わらず、戦い続けていた。
策でもあるのかとゴルベーザは思ったが、彼の表情には企みを隠している様子もなく、ただ後ろを振り返らないように必死になっているように見える。
(……今此処で、あの少年を失うのは、此方にとっては得策ではない)
繰り返される輪廻で、助け合っても意味がない事を、息の長い混沌の戦士は知っている。
だが、だからと言って、年若い少年が使い捨ての駒になるのは、余り気分の良いものではなかった。
ジェクトがスコールの横腹へと、強烈な蹴りを喰らわせる。
戦士にしては軽い躯が一気に吹っ飛び、スコールは肩から地面に落ちた。
直ぐに体を起こして追撃への構えを取ろうとするが、それよりも早く、頭上から紫電色が降ってくる。
それも蒼は強い閃きを持って、迫る槍を睨んだ。
そして、深い夜色を溶かしこんだような尖鋭が眼前まで迫った瞬間、
「カイン!」
「─────!!」
ジェクトの声が響き、カインは少年に突き立てようとした槍を咄嗟に振り上げた。
切っ先が数センチと言う距離まで迫った黒球を割り、左右に割れた半月の黒が破裂する。
その破裂した場所から、強烈な引力が働き、カインは唇を噛んで丹田に力を溜め、その場に踏みとどまった。
引力が消えた頃、カインは足下にいた筈の少年が消えている事に気付いた。
身体に覚えのある気配を辿り振り返れば、傷だらけの少年を腕に抱えた魔人が砂丘の上に立っている。
「……ゴルベーザ」
「ちっ、新手かよ」
面倒な奴が来た、と拳を握り構えるジェクトの隣で、カインはじっとゴルベーザを見上げている。
ゴルベーザの腕に抱かれたスコールは、呆然としていた。
自分の状況を判っていないのだろう、目を丸くして、大人しくゴルベーザの腕に収まっている。
軽いな、と場面を忘れて考えていると、
「……退くぞ、ジェクト」
槍を引いたカインの言葉に、今度はジェクトが目を丸くする。
「あ?マジかよ」
「奴には随分と粘られた。此処で更に奴を追うのは無謀だ」
カインの言葉は最もで、優勢を保っていたとは言え、ジェクトもカインも手傷を追っている。
退く事を知らないスコールとの戦いは、確かに彼等を消耗させていた。
この状態で下手に深追いすれば、反って混沌の戦士達に囲まれてしまうかも知れない。
その為にスコールを此処まで粘らせたのかも────と可能性を話すカインに、ジェクトも納得した。
敗北ではないとは言え、逃亡するのが些か気に入らない様子のジェクトであったが、愚策を押す程、状況を理解していない訳ではない。
後ろ頼むぜ、と言って、ジェクトは背を向け、砂の荒野を走り出した。
カインはジェクトの言葉に頷いたが、長く此方を警戒する事もなく、ジェクト同様に此方に背を向けて走り出す。
ゴルベーザが自分達を追って襲撃しない事を、彼は理解していた。
カインが考えた通り、ゴルベーザは当分の間、その場から動かなかった。
乾いた風が吹き抜ける中、先に動いたのはスコールだ。
状況と自分の有様を理解して、顔を顰め、もぞもぞと身動ぎして鎧の腕から逃げようとする────が、
「あれの蹴りを喰らったのだ。しばらくは動かない方が良い」
「……問題ない」
「あばらに罅でも入っているかも知れん。調べるまでは大人しくておけ」
「………」
ゴルベーザの言葉に、スコール自身の心当たりがあるらしい。
蹴りを喰らった横腹にそっと手を当て、息を飲んで顔を顰める。
「ジェクトは誰が相手取っても中々手強い。カインも軍団長を務めた手練れだ。それだけで済んだのは幸いだったな」
「………」
鎧を素手で打ち割る程の強力を持つジェクトだ。
ゴルベーザやガーランドと違い、ほぼ生身の身体で戦っているスコールでは、加減された一撃であろうと相当重かったに違いない。
カインが放った攻撃も、スコールはギリギリの所で裁いていたが、やはり経験の差か、軍配は彼にあったようだ。
体のあちこちに残された裂傷が、彼がまだまだ上手であった事を示している。
ぎり、とスコールが唇を強く噛む。
皮膚を食い破りそうな程に噛むスコールに、ゴルベーザはなんと言ったものかと考える。
よくやったと褒めた所で、この戦士が喜ぶ事はないだろう。
そもそも彼は、褒めて貰う為に迎撃に出た訳ではない。
彼はただ任務を果たす為に、彼は自分の不利を承知で戦い続けていたのだ。
ふむ、としばし考えた所で、ゴルベーザはテレポを唱えた。
抱えていたスコールごと転移した先は、ゴルベーザの世界から召喚された断片の空間────月の丘だ。
普段、パンデモニウムかアルティミシアの下で過ごす事が多い所為か、スコールは見慣れない環境だったようで、スコールはゴルベーザに抱かれたまま、きょろきょろと辺りを見回している。
「此処は……」
「月の丘だ。私やカインの世界に存在していたもの、か」
「月……?」
此処が?と首を傾げるスコール。
納得しないような表情をしていたスコールだったが、ゴルベーザはそれ以上の説明はしなかった。
適当な岩を見付け、其処にスコールを下ろし、横に寝かせてやる。
痛みを刺激しないよう、ゆっくりと下ろしたつもりだったが、振動だけでも彼には辛かったようだ。
唇を噛んで痛みに堪えるスコールの体に、ゴルベーザは掌を掲げ、
「得意ではないのだがな」
「……っ?」
呟いたゴルベーザの掌から放たれたのは、治癒の力だった。
動かなくとも、熱に似た痛みに苛まれていたスコールの体から、少しずつその痛みが消えて行く。
「う……」
「…生憎、私には白魔法の才はなかった。戻るまではこれで堪えてくれ」
「……いい。楽には、なった…」
呼吸をする分には楽になった、と言う事だろうか。
まだ表情を引き攣らせながらも、スコールは小さな声で答えた。
そのまま、もうしばらくの間、スコールは痛む傷を堪えて唇を噛んでいた。
本来なら、直ぐに連れ帰り、アルティミシアかクジャにでも診せた方が良いのだろう。
アルティミシアはスコールに執心があるようだし、傷付いた彼が戻ると、魔女の力でその傷を全て癒している。
クジャはクジャで、案外と付き合いが良いのか、面倒見が良いのか、多少の事ならば、面倒臭がりながらも頼みを聞いてくれる事があった。
しかし、ゴルベーザはそうしなかった。
今しばらく、この少年と、誰にも邪魔をされたくなかったのだ。
痛みの波が落ち付いた頃、スコールはもう一度辺りを見回した。
月の丘と言いながら、空に月を持つ世界を見て首を傾げつつ、自身の傍らで立ち尽くしている鎧の男を見る。
「……あんた、どうして俺を助けたんだ」
「……不服か?」
問いに対して問い返せば、スコールは思い切り眉根を寄せた。
質問に質問で返すな────と蒼の瞳が不機嫌を滲ませる。
ゴルベーザは睨むスコールに背を向けて、さてな、と呟く。
「理由は────あるようで、見付からんな」
「はあ?」
「お前は私達の仲間だ……と言った所で、納得はしないだろう。仲間など、我々にはあってないようなものだからな」
全員が全員、個人主義で、好きに動いているものばかりだ。
策を弄しているものも、何も考えずに破壊を楽しんでいる者も、戦いに飽きた者も、皆好き好きに過ごしている。
そんな状態で、“仲間”等と言う単語はそぐわない。
「お前が納得し易い事を言うのなら、まだ死なせるのは惜しい、か」
「……この戦いに勝つ為に、出来るだけ戦力の欠落は避けると言う事か?」
「それでお前が得心するなら、それで良い」
「………」
はっきりとした答えを寄越さないゴルベーザに、スコールの眉間の皺が深くなって行く。
ここまで不機嫌な顔を見たのは初めてかも知れない。
ゴルベーザが見る限りでは、スコールは、皇帝やアルティミシアからの指示に対し、「了解」と言葉少なに答える顔しかなかったのだが、
(……だが、案外とその眼はよく喋るようだ)
さっきから不満や不服を露骨に見せる蒼灰色に、ゴルベーザの口元が緩む。
兜のお陰でその表情が見えなかった事は、幸いだったと言って良い。
見えていれば、間違いなく、またスコールの不興を買っただろう。
スコールはしばらくの間、不機嫌な顔で視線をあちらこちらへ彷徨わせていた。
何かを言いたそうな表情に見えたが、結局その後、彼が口を開く事は無く、ゴルベーザもまた、何も言わなかった。
そして、スコールが「…帰らないのか」と訊ねるまで、二人は月の丘で沈黙の時間を過ごす事となる。
─────その沈黙の時間が、何処か心地良くて、やはり無意味に死なせるのは惜しい、とゴルベーザは思った。
4月8日なのでゴルベーザ×スコールに挑戦してみた。でもって混沌スコールにも萌えてます。
危なっかしい生徒を放って置けないベテラン先生みたいな雰囲気になったような。
二人の距離感はそれ位のものが好きかも知れない。
ゴルベーザに白魔法は使えませんが、フースーヤが白黒両方使えるし、ケアル位は……と言う願望。