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2023年01月

[ウォルスコ]腕の中の猫

  • 2023/01/08 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



各地に点在する歪の見回りは、秩序の陣営にとって、聊か面倒ではあるが欠かせないものだった。
歪の中で発生すると思われるイミテーションは、ともすれば大群となって秩序の聖域を襲いに来る可能性も否めない為、危機回避の常套手段の一つとして、定期的に行う必要がある。
また、イミテーションが増加し続けると、その歪は混沌の領域の影響も濃く受けるようで、混沌の戦士の領域になり得る。
混沌の戦士はこうした歪を利用し、歪を中間地点とした移動を行う事が出来る為、下手をすれば秩序の陣営の懐に簡単に足を運ぶ事も可能となるのだ。
ウォーリアが日課のように、秩序の聖域を中心とした広範囲を見回りを当てているのは、こうした理由もある。

平時であれば、ウォーリアの見回りは、彼自身の都合と裁量で行われている。
混沌の大陸への遠征が入れば別の者が行くが、そうでなければ、誰も言わずとも彼の仕事となっていた。
だが、秩序の聖域の周辺と一言では言うが、その範囲は非常に広い。
混沌の力の影響が強いのは、方角で言えば海の向こうにある北の大陸側であり、また其処と唯一陸続きになっている東部の陸棚が両者の境界線となっているが、それ以下の南部側も大陸と呼んで十分な大きさを持っていた。
この為、他の戦士達も、折々の予定との擦り合わせをしながら、向かった先で赤い紋章の歪を見付ければ、その解放を率先して行っていた。

歪の中は、混沌の力に侵食されてから長い時間が経ったもの程、安定性を喪っている事が多い。
そう言う場所では、空間の不安定さに影響されてか、出入口が一つではない事もあった。
全く異なる地点にある歪が、中に入ってみると同じ空間として繋がっていたり、中を散策している最中に見付けた孔から出てみると、見知らぬ場所に迷い出たり。
出入口が安定してくれていれば、秩序の面々もテレポストーン代わりに使う事も出来たかも知れないが、それはそれで、混沌の戦士の奇襲攻撃にも利用されそうで、一長一短か。
そんな話も出る事はあるが、結局の所、歪は何処もある程度は不安定だと言う事に変わりはなく、火山の火口の真上や、海の真ん中に放り出されるかも知れないと言う恐ろしさもある訳で、秩序の面々としては、余程の緊急時でもなければこれを移動手段と使う事は推奨されない。

ウォーリアが今日の見回りで入った赤い歪も、この類だった。
いつから出現していたのか、それとも何処か別の出入口が混沌の支配側にあって、それが此処まで拡がって来たのか────理由は不明だが、何であれ見付けた以上は放っておく訳にはいかない。
入ってみれば予想通り、イミテーションが蔓延っていたのだが、其処にいたのは人形だけではなかった。

ウォーリアが歪に入った時、其処は既に戦闘の痕跡があった。
砕かれた水晶の破片と、倒れた石柱の残骸が入り交じる向こうに、まだ闘いの音が聞こえていた。
独特の焦げる音と、火薬を炸裂させる音が短い間隔で何度も響く。
他にない独自の構造を持った武器にのみ発されるそれに、ウォーリアがイミテーションと戦っているのが誰なのかを直ぐに理解した。
同時に、今朝、彼と共に出立した筈のメンバーがいない事にも気付き、ウォーリアは直ぐに音の方向へと向かう。

スコールは、四体のイミテーションに囲まれていた。
イミテーションの動きが遠目にも洗練されている事から、上級種か、何らかの変異種である事が見て取れる。
入れ替わり立ち代わりに襲い掛かるそれらを往なす剣捌きは確かなものだが、あれら以外にも相手取っていたのだろう、スコールの剣筋には微かに疲れが出ている。
数の不利にある上、持久戦に持ち込まれているようで、スコール一人では打開策を練るのも難しいだろう。

ウォーリアは剣を構え、強く地面を蹴った。
一足に肉薄した新たな敵を、人形は感知するだに攻撃の姿勢を取ったが、ウォーリアの方が早かった。
魔人の姿をしたその体を袈裟懸けにすれば、イミテーションはノイズのような声を鳴らしながら砕け散る。
それによってスコールも乱入者に気付き、


「────任せる!」
「ああ」


ウォーリアの参戦によって、ターゲットを切り替えたのは、幻想と皇帝。
ならばとスコールは二対をウォーリアに預け、距離を取っていた妖魔に向かって突進した。

幻想の猛攻は此方の手を封じんとする程の乱打であったが、ウォーリアの重鎧は十分に対抗を発揮した。
鎧を通しても響いて来る重みのある一撃は痛いものだが、決定的な有効打としては届かず、ウォーリアは防御を捨てた幻想に容赦のない一撃を叩き込む。
その隙に罠を張り巡らせた皇帝であったが、ウォーリアはそれらを敢えて起爆させる事で、周辺に散らばっていた瓦礫を粉塵にした。
イミテーションの一部は探知能力に優れたものがあるが、それでも多くは視覚情報らしきものを頼りにしている。
舞い上がる粉塵によって視界を遮られ、文字通り人形のように立ち尽くす皇帝は、本物よりもいやに楽に制する事が出来るものであった。

二対のイミテーションを倒し、晴れて行く粉塵の向こうに目を配らせると、スコールが片膝をついていた。
ガンブレードを支えに、肩で息を荒げている彼の下へと向かう。


「スコール、無事か」
「……ああ」


疲れ切った様子で、スコールは辛うじて返事を寄越した。

中々喘鳴の落ち着かないスコールを横目に、ウォーリアは改めて周囲を見渡す。
残存勢力の気配はなく、砕かれ転がる石柱の残骸の他は、それらよりも小さく細かく砕け散った人形の破片がきらきらと光っているだけ。
その宝石のような光が、空間のあちこちに散らばっているのを見て、元は相当の数が蔓延っていたのだと判る。

そんな場所に、この青年は、一人で。
幾らなんでも無謀が過ぎる戦い方に、ウォーリアの整った眉間に皺が寄せられる。


「……君は、一人で此処に?今朝はバッツとジタンが一緒にいたと思ったが」
「………、」


ウォーリアが尋ねると、スコールは一つ大きく息を吐く。
答える為の呼吸を整えると、汗の滲む顔を上げ、


「……空間が歪んだ拍子に、逸れた」
「成程」


一人でいたのは故意ではなく、事故。
スコールはウォーリアを睨むように見つめて、険の抜けない表情でそう言った。

ならば軍勢を相手に孤独の戦いを続けていたのも仕方がない。
寧ろ、そんな状態で、ウォーリアが乱入するまで無事に戦い続けていた事に称賛と労いを送るべきだろう。
ガンブレードを杖替わりにして体を起こすスコールは、誰が見ても判る程に疲労困憊している。
一撃が重い上に攻撃スパンの早い幻想や、罠を張り巡らせて接近を厭う皇帝、遠距離から中距離で魔法を撃って来る妖魔────近距離と手数を持ち場とするスコールにとっては、相性の悪い相手ばかりだ。
他に何を模したイミテーションがいたのかはウォーリアには判らないが、よく斃れずに持ったものだ。
そして、スコールが何処からこの歪に入ったのかは知らないが、ウォーリアが入ったものと空間が繋がったのは、不幸中の幸いと言える。

げほ、と咳を零しながら、スコールはガンブレードを杖替わりにして立ち上がる。
が、戦闘を終えて緊張の糸が切れたのか、その躰はふらふらと揺れて、今にも頽れそうに見えた。


「スコール。無理をしない方が良い。疲れているのだろう」
「……だからって、こんな場所に長居するものじゃないだろ」


諫めるウォーリアに、スコールは真っ当に反論した。
此処は暗闇の雲の領域ともなる、『闇の世界』だ。
安定した足場があるかと思ったら、突然空間が変容して、全体の形が変わってしまう事も多い。
イミテーションを全て倒したからと言って、ゆっくりと腰を下ろして休息できる場所ではないのも確かだった。

ともかく出ない事には、とスコールは出口を探して歩き出すが、やはりその背中は重い疲労が滲んでいる。
その上、ウォーリアの鼻孔に、火薬の匂いに混じって血のそれが含まれていた。


「待て、スコール。怪我をしているな」
「……大したものじゃない」
「出血している。治療をしてから────」
「悠長なことが出来る場所じゃない。後で良い」


ともかく歪からの脱出が優先だと言うスコールの言葉は正しい。
だが、無理をしていると判る歩き方をしている仲間を放って置く訳にはいかない。

ウォーリアは足早にスコールへと近付くと、まずその腕を掴んだ。
疲労で意識も散漫としていたからか、スコールは鎧の音を鳴らしながら近付いたウォーリアにも気付いていなかった様子で、目を丸くして振り向いた。
掴んだ故に判ってしまう、細くも感じられる腕には、碌な力も入っていない。
それを強く引き寄せて、案の定がくんと体勢を崩したスコールの背を、ウォーリアの腕が受け止める。
重力に従って倒れ込もうとする背中を掬い上げながら、逆の腕をスコールの膝裏に引っ掛けて持ち上げれば、存外と軽い体重が両腕にずしりと乗った。


「は……!?」


引っ繰り返った声が上がったが、ウォーリアは気にしなかった。

抱えた人物の体勢が安定するよう、腕の位置を調整しながら、つい先程走った道を逆に向かう。
あれからまだ時間も経っていないし、空間の変容も起こっていないので、ウォーリアが侵入に使った出入口も同じ場所にあるだろう。
傷のあるスコールの体に障らないように気を付けながら、その治療を急ぐ為、ウォーリアの足は自然と早くなる。

が、抱えられた人物がもがいていては、やはりその速度も落ちると言うもの。


「じっとしていてくれ、スコール。落としては怪我をする」
「じゃなくて、下ろせ!自分で歩く!」
「疲れているのだろう。無理をするな」
「してない!良いから下ろせ!」


握った拳でウォーリアの肩を叩き、訴えるスコール。
しかし、重い鎧をまとったウォーリアの肩を幾ら殴った所で、金属の固さが手袋越しにじんと響いて来るだけだ。
抱えられた足元は、ばたつかせれば少しは効果があるだろうが、其処には真新しい傷があった。
正にウォーリアが感じ取った匂いの元であるそれは、何処でどう負ったものかは最早判らないが、それなりに深さがある。
横にいるのがウォーリアだと言う事もあって、弱味を見せまいと意地で歩行しようとしたが、実の所、十分に痛みが出ているのだ。
歩かなくて良かった、とでも言いたげに傷がじんじんと無遠慮な痛みを訴えるものだから、スコールはそれに耐えるに意識を持っていかれてしまう。


「……っ」
「直ぐに外に出る」


傷の痛みに顔を顰めるスコールに、ウォーリアは宥めるように言った。
スコールは「……くそ、」と忌々しげに呟いた後、ようやくウォーリアに寄り掛かるように体の力を抜いた。

思った通りの場所にあった出入口から歪を脱出する。
清廉な青い紋章を浮かばせる歪を背に、ウォーリアは手近な木の根元にスコールを下ろした。
匂いの元と思われるズボンの裾を捲り上げると、足に裂傷と火傷がある。
痛みに耐えて脂汗を滲ませているスコールに、ウォーリアはケアルをかけた。
魔力に長けた者程、効果が望めるものではないが、応急処置程度には効くだろう。

その甲斐あってか、痛みに歪んでいたスコールの表情は、僅かずつ鎮静されて行く。
強く寄せられ皺を浮かせていた眉間も緩み、蒼の瞳が微かにほうっと安堵した色を滲ませた。
しかし、見た目よりも傷が深いのか、負ってから戦闘が終わるまで強引に酷使した所為か、出血はまだ止まらない。
ウォーリアは背に垂れるマントを破り、包帯替わりに傷を覆う。


「簡易だが、一先ずはこれで」
「……十分、だ」


疲れた様子で、スコールは小さく答えた。
はあ、と枝に覆われた空を見上げるスコールの体は、疲労によって見るからに重い。
しばらくは、自力で立ち上がる事も出来ないだろう。

ならば、とウォーリアはもう一度、スコールの体を抱き上げる。
うわ、と言う声にやはり構わず、落とさないように、また出来るだけ揺れを軽減させられるようにと腕の位置を調整していると、


「おい……」
「なんだ?」
「………いや、良い」


何か言いたげな表情のまま、スコールは溜息を吐いて、口を噤んだ。
ウォーリアが首を傾げると、「……何でもない」と念を押すように言う。
眉間にはウォーリアが見慣れたものより深い皺が浮かんでいたが、スコールはそれきり黙ってしまった。

常よりも早い歩調で秩序の聖域へと向かうウォーリア。
その腕の中で、スコールは漏れる溜息を堪えながら、諦めた顔で目的地への到着が一分一秒でも早い事を祈る。
願わくば、誰かにこの状態を見られる事のないように、とも思いながら。




1月8日と言う事で。
ウォル&スコ時代のウォルスコの温度差も良いなと思って。
お姫様抱っこされてハァ!?ってなるスコールと、特に意識している訳ではなく傷に障らないように安定させるならこれだと躊躇なくそれを行うWoLが見たい人生。

WoLにとっては幸いな事に、帰った所でちょうどジタンとバッツもいて合流するんだと思います。
そんでスコールが色々冗談でからかわれてる内に、意外と居心地良かったとか思ってたことに気付いたりする流れが好き。

[ラグスコ]君と迎える今日と言う日に

  • 2023/01/03 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



一国の首席たる大統領と言う地位に就いてから、休みが取れたとて、その身が全くの自由になると言う事は滅多にない。

エスタは長い鎖国の中にあり、その中でラグナは現状に置いて善政と呼ばれる評価を貰ってはいるが、反発勢力が皆無という訳ではなかった。
特に、クーデターが成功した直後から数年の間は、魔女アデルを心棒する残存勢力も多く、後続の懸念を断つ為に、厳しい決断をした事もある。
それが英雄として持ち上げられ、大統領と言うポストに就くに至ってしまった、自分自身の責任の形でもあった。
憂いを払ったとてラグナが自由になる事はなく、国の舵取りのあれこれだとか、やっと声を上げられるようになったエスタの国の人々の訴え等々、とかくラグナは数多に手を引かれていた。
中には、アデル様を返してくれ、と純な瞳で訴える者もいたりして、頭を悩ませたものである。
そして、そう言う人々が、ラグナの命を狙って行動を起こす事も、決して珍しくはなかったのだ。

十年以上の歳月が経って、魔女アデルの存在を求めるものは、表沙汰にはなくなった。
これはあと数十年は仕方のない話で、齢を重ねたもの程、新たな環境や異質な風には拒否反応を示すものだ。
それでも、流石に時代の移り変わりという空気は避けられず、またアデルと言う存在を強く忌避する人々がクーデターを勝ち取ったと言う事実が強く根を張るに連れ、それに対する反対勢力は意気消沈せざるを得なかったのである。
また、ラグナと言う人物が、クーデターの主要人物として英雄視された事、粗はあれども、少なくとも恐慌的な政治を良しとしなかった事もあり、多くのエスタ国民は彼に友好的だ。
お陰でラグナは、国内ならば護衛もつけずにふらりと出歩く、と言う事が可能な位に、ラフな過ごし方を許されていた。

とは言え、である。
一国の大統領、況してや英雄を、本当に一人で街に放逐できる筈もない。
エスタの街には、主要な施設や幹線道路を始めとして、至る所に警備兵が常駐している。
コンピューター制御を要した監視カメラも随所に設置され、犯罪に対する抑止力も整備されている他、私服警官、雑踏に紛れ込んでいる変装したSP等も勿論いる。
ラグナと言う存在が、もし某かの犯罪に巻き込まれたら、それは嘗てのクーデターが今度はラグナに牙を剥いて来たと言う事になる。
其処には嘗て魔女を心棒した人々の存在がある事は無視できず、世代一つが交代する時間をかけて、ようやく安定にも慣れて来た国の在り方が、再び激動に翻弄されることになるだろう。
エスタ国民の多くは、そんな時代が来ることを望んではいない。
彼の人物が、エスタにとって、現実的にも精神的にも大きな支柱となっているからこそ、彼は護られなくてはならない。
故にラグナは、一人でいるようでいて、決して一人になる事は叶わないのだ。
結果として、ラグナが“ラグナ”として一個人でいられる場所と言うのは、その日一日の職務を全て終え、私邸となった自宅で過ごす、ごくごく僅かな時間のみと言う具合だった。

そして、時代の変化は再びやって来た。

アデルを宇宙に追放し、鎖国をしてから17年────エスタの国にまた“魔女”がやって来た。
一人は自らその身を封印する為に、もう一人は意識のないまま、そうと知らずに運ばれてきた。
偶然か必然か、数えきれない程の要因が幾つも重なって、あの忌まわしい“魔女戦争”は、エスタを巻き込んで大きく動き出した。
結果的には、エスタに新たな“魔女”を連れて来た少年少女達の奮闘により、魔女は屠られ、新たな”魔女戦争の英雄”が誕生する。
そして戦後処理と言える様々な世界情勢の中、エスタは開国する事となった。

エスタが開国してから数ヵ月の間に、国内外問わずに様々な変化が起きている。
閉鎖的な環境が長く続いていた為、異国との付き合い方と言うものも、忘れてしまった世代は少なくない。
老兵も出しゃばろうにも、17年と言う歳月は、光速のように情報が駆け抜ける現代において、置いてけぼりされるのも致し方のないものであった。
出来る事から始めようと動き出す人々も少なくはなかったが、その多くは若い世代で、異国との向き合い方と言うものを全く知らない者も多い。
また、エスタは“月の涙”の影響も色濃い為、其方の対応もしなくてはならなかった。
幸いなのは、”魔女戦争の英雄”擁するバラムガーデンと友好的なパイプが出来ていること、その繋がりもあって、F.H.の人々も協力姿勢を見せてくれている事だろうか。
エスタはそれらを足掛かりに、ようやく国際社会への復帰を試みている段階であった。

そんな訳だから、ラグナは多忙な毎日を送っている。
これまで国内の事に注力する仕事が多く、それらを上手く捌ける分野へ割り振るのも、流石に近年は慣れて来ていた。
しかし、エスタを開国に舵を切った事により、国際的な首脳会議であったり、他国の駐在官を迎える為の準備であったり、これまでとは類の違う仕事が一気に増えている。
ラグナ自身の顔を必要とする場面も多くなり、ラグナは毎日のように足が攣りそうだった。
年の瀬ともなれば、国内外の様々な年中行事にも呼ばれ、スケジュールの調整を担当している執政官が目を回していた程である。
例年ならば、多忙を乗り切った後の年末年始は、比較的ゆっくりとした時間が取れるものだったのだが、それも今回は難しいと言われていた。
こればっかりは仕方がないと、いつの間にか身についてしまった諦念に身を任せ、どうにかこうにか乗り切った────その後。


「……って訳でさ。もうてんてこまいだったんだよ」
『……そうか。……何処も似たようなものなんだな』


モニター越しの、約一週間ぶりに見る顔。
ラグナの近況報告と言う名の愚痴を、面倒臭そうに聞いた後、画面の向こうの少年───スコールは溜息交じりにそう呟いた。

最近ラグナは、こうしてスコールと通信を繋いでいる。
ラグナに負けず劣らず、彼も祀り上げられた立場によって多忙な身だから、頻度はそれ程多くはない。
二人ともに、ラグナは私邸に、スコールはバラムガーデンの寮に戻っている時でなければ、通信を繋ぐことも出来ないからだ。
繋ぐだけなら、スコールがラグナロクに乗っている時でも可能ではあるのだが、その時の彼は大抵、仕事をする為に出向いている。
スコール自身のスイッチも其方に切り替わっている為、ラグナが“スコール”と純粋に話をしたいのなら、彼が仕事用のスイッチをオフにしている時でなくてはならなかった。

通信だろうと、直に会っていようと、スコールの口数は少ない。
だからいつもラグナが一方的に喋っているのだが、最近はそれに対するスコールの相槌も増えているように思う。
こうして話をする事に、スコールが慣れてくれているのなら、ラグナにとって嬉しいものだった。

しかし、今日も直に日付が変わろうとしている。
ラグナはもっと話をしていたかったが、明日もまた任務だと言う少年から、休む時間を削るのは良くない。


「そろそろお前は休まなきゃな。明日は、えーと……何処に行くんだっけ」
『カシュクバール砂漠』
「大変だなあ。無理するんじゃないぞ」


ラグナの言葉に、スコールは「別に……」と言ってモニターから視線を逸らしている。
頬がほんのり赤いので、労いや心配の言葉に対して、どう返せば良いか判らないのだろう。
そう言うコミュニケーションに不慣れな所も、ラグナには初々しい可愛らしさに見えるのだから、すっかりこの少年の事が気に入っているのだと自覚する。

画面越しの会話でなければ、頭を撫でたり、頬に触れたり出来るのに。
そんな事を考えているラグナに、スコールが話題を逸らすように言った。


『あんたは……休みなんだろ。良かったな』
「うん。まだやる事は色々あるんだけど」
『……誕生祝なんだから、受け取って置けば良いだろう』


スコールの言葉に、うん、とラグナは頷いた。

年が明けて直ぐにやってくるラグナの誕生日と言うのは、今のエスタ国にとって、特別なものだった。
魔女アデルを追放した英雄であり、国民の心を離さない現職の大統領は、嘗てのクーデターからずっと英雄視されている。
そんなラグナに、誕生日くらいはゆっくり休んで欲しいと言う思いの表れか、いつしかこの日は公休が宛がわれるようになった。

年始なんて国内だけの催事でも幾らでもあると言うのに、良いのかなあ、と頭を掻いたのはいつの話だったか。
特に今年は、開国と言う大きな変化があった事もあり、休んでいる暇などないと言う程に忙しかった。
年始も早々にスケジュールが黒く塗り潰されていたし、その予定の多くは外交が絡んでいて、誕生日と言えどのんびりとは過ごせる事はあるまい────と思っていたら、執政官たちは四苦八苦してこの日だけはと予定を空けてくれていた。
気の良い旧友達からも、「遠慮せず休みたまえ」との言葉を貰っている。
皆忙しくしてんのになぁ、と思う事はあるものの、この休みが彼等からの労いであり、祝いの代わりである事も判っている。
厚意を受け取らないのも悪い、という気持ちもありつつ、ラグナは明日一杯の休日を満喫する事になる。

しかし、休みだからと自由が利く訳でもないのも、また事実だった。


「折角の休みだから、お前の所に行けたらなって思ったりもしてたんだけど」
『……仕事だ』
「うん。まあ、そうでなくても、お前は忙しいだろうし。俺が一人でバラムに行く訳にもいかないんだろうしなぁ」
『当たり前だろう。あんた、自分の立場をもう少し自覚しろ』


スコールにしてみれば、国内でも大統領が明らかなSPの類を連れずに一人でふらふらと出歩いている事自体が、可笑しい状況だと言うだろう。
例え鎖国し、長い善政で支持されているとは言え、彼の存在を不満に思う者がいない訳ではないのだ。

その上、今年のエスタは、開国して初めて迎える年始である。
入国の為の足が限られている為、まだまだ全体数では一握り程度ではあるが、それでも異邦人の来訪も始まっている。
長い鎖国を過ごしてきた為に、異邦人との遣り取りやトラブルへのノウハウがない今、一国の首席が供もつけずに一人で出歩くなど冗談でも辞めて欲しい。
況してや、プライベートであろうと、一人で国外にふらりと出向くなんて、スコールにとっては問題外の話だろう。

────と、傭兵であるスコールにとっては、厳しい態度に出るのは当然なのだが、その反面、まだまだ青い所のある少年は、存外と気を許した人間に対して甘いところもあって。


『……俺が、……休めてたら、まだ……』


そっちに行く位は、出来たかも知れないのに。

そう呟いたスコールは、赤い顔を通信画面から逸らしている。
言う事ではないと自分自身思っていたのだろう、それでもラグナが会いたがるから、ぽつりと零してしまう言葉。
受け取ったラグナの頬が、分かり易く緩んでしまうのも、無理のないことだった。

しかし、明日のスコールは任務があり、ラグナも現状のエスタから迂闊に外に出る訳にはいかない。


「今年はさ、もう仕方ないし。俺も正直、皆に言われるまで忘れてたし」
『………』
「そんな感じだから、気にしないでくれよ」


そもそも、スコールがラグナの誕生日を知ったは、ほんの一週間前のこと。
次に逢えるのはいつだろうと、双方の予定の確認をしていた時、年明け直ぐのラグナの休みが、誕生日だから、と言う理由を話した時だった。
そんな直近のタイミングで、スコールがラグナの誕生日を祝う為にスケジュールを空ける等、土台無理な話なのだ。

知らなかったのだから、今年はどうしたって仕方がない。
明日のスコールは任務があるし、そうでなくとも、今晩の内にエスタに来ると言うのも無理だ。
同じく、ラグナがバラムの地に向かうのも難しいもので、仮にそれをしようとするなら、スコールを護衛任務につけると言う方法が必要になるだろう。
そうなるとスコールは仕事になるし、ラグナも大統領として接しなくてはならなくなる。
今画面越しに向き合って交わすような会話は、出来なくなってしまうだろう。

────今はこれが最良なのだと言うラグナに、スコールは眉間に皺を寄せて俯く。
判っているけれど、何処か納得がいかない様子の少年に、とラグナは緩く眦を緩め、


「でも、そうだな、こうやってお前に知って貰えた事は良かったな。これで来年の誕生日は、一緒に過ごせるかも知れないもんな」


今こうして知れたのなら、次の時には何か準備が出来るかも知れない。
その時は、一緒に過ごせたりしたら嬉しいなあ、と欲と冗談を交えて言うと、画面の向こうの少年の瞳が、一瞬判り易く輝いて、


『……そんなの、期待するな』


直ぐにそのお喋りな瞳を隠すように俯いて言ったスコールに、ラグナは思わず吹き出しそうになるのを寸での所で堪えた。

沈着冷静な顔をして見せる少年は、実の所、まだまだ若くて未熟な部分も多い。
ふとした瞬間に感情を晒す瞳の色や、白い頬を赤らめるのが判り易くて、ラグナは存外と彼のそう言う表情を見るのが好きだった。
好きだからよくよく見ていると、其処に何より彼の本音が滲み出ている事がよく判る。


「へへ。来年は楽しみにしてっからな、スコール」
『今するなって言ったばかりだろう』


素っ気ない反応も、“次”を期待している事を気付かれまいとしている、恥ずかしがり屋のポーズだ。
判ってしまうから、ラグナはどうしても顔がにやついてしまう。

────と、モニターの端に映っている時刻が、遂に日付が変わった事を示す。
スコールもその事に気付いたようで、蒼の瞳が彷徨うように揺れた後、やはり目線は画面から大きく逸らされたまま、


『……ラグナ』
「ん?」
『……おめでとう』


蚊の鳴くような小さな声を、マイクは辛うじて拾ってくれた。
ああ録音しとけば良かった、今から巻き戻しで出来るかな、なんて思いつつ、ラグナは胸の奥の温もりを自覚する。

同じ言葉を、これまで何度、沢山の人から貰っただろう。
エスタの地に根を下ろしてからは勿論、それ以前も、幸いにも気の良い人々に恵まれていたから、祝いの言葉はあちこちで貰ったように思う。
けれど、それらのどんな言葉よりも、今目の前の少年から貰った不器用な音が、こんなにも心地良くて愛おしい。
出来ることなら、画面の向こうに今すぐ行って、彼を抱きしめてその温もりを感じたい。

判り易く顔が赤らんでいるスコールを見ている内に、なんだかラグナも照れ臭くなって来た。
それを鼻頭を掻いて誤魔化して、自然と頬が緩んでしまう。


「今年一番のお祝い、貰っちまったなぁ」
『………大袈裟だ』
「そんな事ねえって。お前の顔見て迎える誕生日なんて、こんなに嬉しいもん、今まで一度だってなかったよ」


異国の地で長く過ごし、今日と言う日も幾つも過ごしてきたけれど、こんなにも今日と言う日を喜ばしく感じた事はない。
あわよくば、来年は直にその言葉を貰える事を祈りながら、ラグナは画面の向こうの少年の顔を見つめるのだった。




1月3日でラグナ誕生日おめでとう!
画面越しの「おめでとう」と、そんな今日にこれまでにない特別感を感じるラグナが浮かんだので。

エスタ国民にとっては、クーデターの英雄であり、現大統領の誕生日なので特別な催しなんかも多そうだけど、ラグナ自身はそう言うのもには特に頓着なさそうと言うか。
自分を頼る人、慕う人への義理や、責任からの義務はあるけど、愛着的なものは別と言うか。そんな頭の隅で案外ドライだったりしても好きです。
そんなラグナが、スコールからの「おめでとう」が無性に嬉しくて嬉しくて仕方ないとかあっても良いなって。贔屓目欲目。

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