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2016年10月

[絆]家族とお菓子といたずらと 1

  • 2016/10/31 22:00
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世界はどうしてこんなに広いのだろう。
最近のレオンは、よくそんな事を考える。

バラムガーデンを卒業した後、レオンはセキュリティ会社『ミッドガル』に就職した。
それは半ば衝動的に決めた就職先ではあったが、それ以前に見付けた自分自身の目的に最も近道になりそうなのが、この職であったのだから、後悔はない。
危険と隣り合わせのSEED部門に就職するとあって、妹弟は勿論、育ての父母にも随分と心配をかけた。
これからもその心配は続いて行くと言うのは、否応なくそれに付き合わされる家族には申し訳ないと思うものの、どうしてもレオンはこの仕事に就きたかったのだ。
その理由は────今はまだ、別の話である。

ともかくも、バラムガーデンで18才以上の者が任意で取得する卒業試験を、レオンは19歳で受験して無事に合格。
その試験と並行して受けた『ミッドガル』の就職活動も、レオンはクリアする事が出来た。
そして今年の春から晴れてSEED部門に配属され、二ヶ月の研修期間も終え、そろそろ社会人生活も慣れたかと言う頃、レオンは頻繁に長距離移動をするようになっていた。

元々、バラム自体が小さな島国であり、他国からは切り離された立地にある。
周囲の海の潮流も些か特殊なもので、所々に暗礁も点在している為、嘗ては船での往来もやや難しく、慣れた船頭の案内が必須と言われていた。
そのお陰で、ガルバディア大陸とエスタ大陸に挟まれた位置に存在しながらも、かの戦争の影響を受ける事なく、独立自治を保ったまま、平和な環境が続いていた。
その後、急激な造船技術・操舵技術の進歩や、ガルバディア国から友好の一歩として、ガルバディア大陸の方々を繋ぐ大陸横断鉄道の路線が延長され、造られた海底を走る線路が出来たお陰で、バラムと他国との繋がりは強くなりつつある。

が、立地条件として、已然としてバラムが海の真ん中に存在する島国である事は変わらない。
温暖気候に育まれた豊富な自然資源や、年中を通しての過ごし易さは変わらず、景観も含めてよい観光資源となっているものの、此処から外国に渡るとなると、どの手段を取っても大なり小なりの時間がかかる。
イヴァリース大陸で製造されている飛空艇が購入できれば、そして空港等が整備されれば、───国ごとの事情はさて置くとして───国外旅行も簡単になるのだろうが、特定の支配層や富裕層と言う者がいないバラムでは難しいだろう。
その為、現状では、バラムと国外を結ぶには船か大陸横断鉄道を使用するしかない。

レオンはこの数ヶ月、週に二度三度と国外に出ている。
セキュリティ会社『ミッドガル』のSEED部門に所属する者としては、ごく普通の事だ。
SEED部門は、警備部門と並んでの警備任務を初めとし、要人警護の任務もあれば、増えすぎた魔物、危険度の高い魔物の討伐と言った任務もこなす。
任務は元々、世界中から舞い込んでくる依頼を振り分けて宛がわれる為、任務地はその時々で変わる。
研修中はバラムの警備、ガルバディア大陸の各町都市の周辺を主とした任務が多かったが、正SEED扱いになると、任務地は一気に広がった。
ガルバディア大陸はいざ知らず、トラビア大陸、スピラ大陸、イヴァリース大陸と、最近は開国したエスタ国からも依頼が来ており、其方に赴く事もある。
移動費や宿泊費は会社が負担してくれるので、その点は何も心配しなくて良いのだが、体力気力だけはサービスされるものではないのが辛い。

自分で選んだ仕事に後悔はないつもりだが、こうも頻繁に西へ東へと送り出されると、帰って来る度にぐったりと疲れ果ててしまう。
レオンを指導教育する立場の先輩からすれば、レオンは「まだマシ」と言うレベルだと言うが、今まで殆どバラムの島から出る機会がなかった人間にとっては、現状でも些か辛いものがある。
レオンが覚えている一番の長距離移動と言ったら、生まれ故郷からバラムの島へ移る時位のもの。
それも、あの時は往路の一回きりで良かった訳だから、今のようにあっちへこっちへ奔走するのとは訳が違う。

最近は、次は何処へ行かされるのか、と考える事も増えて来た。
初めは見知らぬ土地に行く事も多かった為、緊張と少々の期待もあったのだが、今はそんな事を楽しむ余裕もない。
任務が終わった翌日には、新しい任務に付かなければならないと言うのも、疲れの原因だろう。
街灯の灯った家路を進む足の重さを自覚しながら、レオンは今もそんな事を考えている。


(……休暇の申請って、もう出来たかな……)


一年目でそんな事、と思う気持ちもあったが、このままだと疲労で潰れてしまいそうだ。
先輩からは、「仕事は体が資本だが、体の資本は精神だ。使い物にならなくなる前に、意識して休暇を取れ」と言われている。
特にレオンは、生真面目から来る疲労もあるだろうから特に注意しろ、と重ねて言われた。

倒れてしまっては元も子もないのだ、と言われたレオンが最初に浮かんだのは、妹弟の顔だ。
まだ孤児院で過ごしていた頃、風邪を隠して弟達の面倒を見た末に、熱を拗らせて倒れた事がある。
あの出来事は幼かった弟のトラウマ同然にもなったようで、当分の間、彼を酷く不安にさせてしまった。
妹からも泣いて怒られ、他の子供達も不安にさせ、クレイマー夫妻からもこってりと絞られた。
あの時のように、家族に心配をかけるような無茶をする訳には行かない。

申請の仕方を今一度確認して、可能な限り、早い休みを取るようにしよう。
そう決めた所で、レオンは自宅の玄関扉を開けた。


「ただいま」
「お帰り、レオン」
「お帰りー!」
「お帰りなさい」


疲労の色が滲むレオンの声に、柔らかな声と、元気な声が帰って来て、それから控えめな声。
いつもと変わらない家族の声に、レオンはほうっと息を吐いた。

重たげな動作で上着を脱ぐレオンに、食卓でプリントを広げていたスコールが席を立つ。
まだ丸みが残る手を差し出されて、レオンは小さく微笑んで、その手に上着を渡した。


「ありがとう、スコール」
「ううん」


感謝を述べるレオンに、スコールは照れ臭そうに頬を染めて、ふるふると首を横に振る。
ハンガーに上着をかけに行くスコールを目で追っていると、キッチンからエルオーネが顔を出した。


「お疲れ様、レオン。晩御飯、食べる?」
「ああ」
「じゃあ直ぐ用意するね。お風呂入る?」
「いや、食べてからにする」
「判った。ちょっと休んでてね」


エルオーネがキッチンへ戻ると、レオンはソファに腰を下ろした。
天井を仰いで、ゆっくりと息を吐くレオンを、スコールと一緒にプリントを広げていたティーダが振り返り、


「今日は何処に行ってたの?」
「今日は……大塩湖だ」
「だい……どこ?」
「何処だと思う?」


首を傾げて訊ねるティーダに、レオンは問いで返してみる。
うんうんと唸るティーダの前に戻ったスコールも、プリントを進める手を止めて考えていた。

そのまま、30秒程考えていたティーダだったが、


「判んないよ」
「地図帳に載ってるぞ。持って来て探してみると良い。地理の勉強だ」
「うえー、もう勉強やだあ」


顔を顰めるティーダだったが、スコールは気になるのだろう、席を立って二階へ向かう。
ティーダはそんな幼馴染に、真面目だなあ、と呟いた後、手許のプリントへ視線を戻す。
が、直ぐにやる気を失くして、プリントの上に突っ伏した。

うーうーと唸るティーダを横目に、レオンは時計を見る。
時刻は午後8時、最近の帰宅時間を思えば、早い方だろう。
だからスコールとティーダもまだ起きていて、夕食を終えての課題に取り組んでいたのだ。

キッチンからトレイに夕食を乗せたエルオーネが現れ、ソファ前のローテーブルに置く。
ほこほこと湯気を立ち上らせているのは、カボチャのスープだ。
その傍ら、小さなオレンジ色の顔付カボチャがちょこんと置かれているのを見て、レオンはふと腕時計で今日の日付を確認する。


「────そうか、ハロウィーンか」
「うん。だから今日のご飯はカボチャ尽くしです」


確かに、よくよく見ると、スープの他にもカボチャが入っている。
カボチャのグラタン、サラダ用にカボチャのディップ、おまけでカボチャ型のクッキーだ。

頂きます、と言ってから、レオンはスープを一掬い。
10月末となれば、温暖なバラムの気温も下がる一途の時期である。
家路で冷えた体に、温かなスープが沁み渡って行くのを実感して、ほうっとまた安堵の息が漏れた。


「美味いな……しかし、ハロウィーンなんてすっかり忘れてたよ」
「お仕事、忙しいもんね」
「今年は皆も仮装していないし」
「うーん。まあ、もうそろそろ、ね?」


私は仮装しても良かったんだけど、と言うエルオーネ。
眉尻を下げる彼女の視線は、プリントの上で潰れているティーダと、二階から降りてきたスコールに向けられる。

二次性徴を迎える時期となったエルオーネは勿論、まだまだ小柄と言われる弟達も、身長が伸びて来て、小さな子供と言われる程ではなくなった。
楽しい祭りや行事は好きでも、そろそろ無邪気にはしゃげる年齢ではなくなったか。
元々、子供達だけの生活と言う事もあり、相互補助の意識は早い内に育ったようで、彼等も兄姉の力になれるようにと言う努力は惜しまなかった。
自立心が早く芽生えるのも自然な事で、並行して無邪気な幼さにも卒業を迎えつつあるようだ。

妹弟の成長は嬉しくも、些か寂しいものである。
特に最近、社会人として仕事に従事する為、家にいる時間が少なくなった────家族と共に過ごせる時間が減った所為か、レオンは富にそう思う。



[絆]家族とお菓子といたずらと 2

  • 2016/10/31 21:59
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そんなレオンの下に、地図帳を畳んだスコールとティーダが近付いて来る。
何処かうきうきとしたティーダの表情に、ああ、とレオンは直ぐに気付いた。
が、今回は彼等の期待に応えてやる事が出来なくて、眉尻が下がってしまう。


「レオン、レオン。トリックオアトリート!」
「…と、トリックオアトリート…」


元気なティーダと、少し恥ずかしそうに言うスコール。
それぞれ声音は違うものの、やっぱりそう来たか、とレオンは微笑ましく思いつつ、


「すまない。今年はないんだ」
「えー。ないの?」
「準備する暇がなくてな」


判り易く肩を落とすティーダに、レオンはごめんな、と詫びる。

ハロウィーンは、元々ザナルカンドで暮らしていたティーダが教えてくれたものだ。
その習慣のないバラムに移り住んでからも、レオンやエルオーネが恒例行事にしていたので、彼にとっては年中行事の一つだったのかも知れない。
スコールも一緒に仮装をして楽しんでいたし、お菓子も喜んでいたので、楽しみにしていたのは間違いないだろう。

今からでも買いに行けるかな、とレオンが考えていると、ティーダがレオンの顔を覗き込んで言った。


「じゃあ、レオンはトリックって事で決まり!」
「トリック?」


ティーダの言葉に、きょとんとした顔で鸚鵡返しをするレオン。
それから、数拍置いてから、ようやく思い出した。
“トリック・オア・トリート”────“いたずらかお菓子か”の意味を。


「やっとレオンにいたずら出来る!」
「いつもお菓子持ってたもんね」
「スコール!今年はいたずら出来るよ!」
「……う、うん」


嬉しそうなティーダと、楽しそうなエルオーネと、少し不安そうなスコール。
そんな妹弟達を見て、レオンは今年は仕方がない、と大人しく甘受する事を決めた。


「お手柔らかにしてくれよ?特にエル」
「なんで私だけ?!」
「色々やっただろう?」
「昔の事でしょ」
「……?」


兄姉の会話に、弟達は顔を見合わせて首を傾げた。
彼等にとって、姉はしっかり者と言う認識なので、嘗ての彼女のイタズラ話など知りもしないのである。

こほん、とエルオーネが咳払いを一つ。
ちら、とその眼がスコールへと向くと、スコールはもじもじとした様子でレオンを見ていた。
そんなスコールを、ティーダが急かすように肘で突いている。


「あ、あの、お兄ちゃん」
「ん?」


スコールなら、それ程警戒しなくても良いか。
元々イタズラと言うものをしない子供だし、そう言う事をしようとも思わないのだろう。
今回は姉やティーダに色々任されているようだが、スコールにやらせようと言うのだから、彼等も余り無理な事はやらせるまい。

そう思って、少し楽しみな気持ちで待っていると、スコールは背中で後ろ手に隠していたものを取り出した。


「これ、お兄ちゃんに」


そう言ってスコールが差し出したのは、可愛らしいラッピング袋だった。
黒猫のシルエットを散りばめた袋に、大きなリボンで封が閉じてある。

袋を差し出したまま、スコールは固まっている。
どうやら、レオンがこれを受け取るまで、スコールは動く事が出来ないようだ。
ちょっと意地悪をしてみたい気持ちがレオンの頭に過ぎったが、今回イタズラをされるのはレオンの方。
お菓子を用意できなかった罪滅ぼしも兼ねて、レオンは素直にラッピング袋を受け取った。

兄が袋を受け取った事で、スコールがほっと息を吐く。
その横から、ティーダがひょこっと顔を出し、


「いっつもレオンにはお菓子貰ってたからさ。今年はオレ達で用意したんだ!」
「お仕事で忙しいし、準備も出来ないだろうなって思って、じゃあ逆に用意してビックリさせようって話でね」
「そうだったのか。すまないな、ありがとう」


妹弟達の優しい気遣いに、レオンは頬が綻んだ。

開けて良いか、と訊ねると、ティーダがこっくりと頷く。
誕生日ならともかく、こうした行事でレオンが何かを用意して貰ったと言うのは、随分と久しぶりの事だ。
妹達が何を用意してくれたのか、緩む頬をそのままに封を切ってみると、


『ケケケケケ!』
「っ!?」


けたたましい笑い声と共に飛び出したのは、顔付のカボチャ頭。
思わぬものが顔面に向かって迫って来た瞬間、レオンは反射的に身を捻ってそれを避けた。
カボチャ頭はソファの背にぶつかって、ぼとっと落ちて転がる。

カボチャ頭の物体は、その胴体は服こそ着せられているものの、衣服の中身はバネで、とどのつまりはビックリ箱。
自動再生の笑い声が繰り返され、ケケケ、ケケケ、と鳴きながらソファの上で寝そべっている。
レオンはそれを、ぽかんとした表情で見詰めていた。


「これは……」
「やったー!イタズラ成功!」
「あはは、レオンのそんな顔、初めて見た!」
「お、お兄ちゃん、大丈夫?ご、ごめんね、ごめんね」


まさか兄が、こんな古典的な罠に引っ掛かるとは、誰も思っていなかったのだろう。
呆然としているレオンの様子に、ティーダがガッツポーズではしゃぎ、エルオーネは腹を抱えて笑う。
スコールは慌ててレオンに縋りついて、何度も何度も謝った。

レオンはしばらく呆けていたが、エルオーネがカボチャの笑い声のスイッチを切った所で、我に返った。
見上げる弟が泣き出しそうな顔をしている事に気付いて、レオンは口角を上げて、くしゃくしゃとスコールの髪を撫でる。


「お兄ちゃ、」
「大丈夫だ、スコール」
「レオン、どう?びっくりした?」
「ああ。全く、お手柔らかにって言っただろう?」
「えへへへ。いえーい!」
「いえーい」


ティーダは初めてイタズラが成功したのが嬉しくて堪らないらしく、エルオーネとハイタッチをする。
この分だと、イタズラの詳細を計画したのは、間違いなくエルオーネだろう。
スコールにラッピング袋を持たせたのも、きっと彼女の指示。
スコール相手なら特に警戒心が緩むであろうと見越して、仕込んだに違いない。

エルオーネはカボチャのびっくり箱をテーブルに置くと、床に落ちていたラッピング袋を拾う。


「はい、改めて。もう変なのは入ってないよ」
「本当か?」
「ホントホント!後は全部お菓子!」


判り易く疑う顔をして妹を見るレオンに、ティーダが後押しするように言った。
まだ警戒を解き切らずに袋を受け取り、中身を覗くと、確かに後は全て飴やチョコと言ったお菓子類だった。
中には大きな蜘蛛の焼印をしたクッキーが入っており、これはイタズラとどっちかな、とレオンは笑みを零す。

クッキーを取り出して眺めていると、スコールがレオンの隣に座る。
蜘蛛の焼印を見せてやると、スコールは判り易く顔を顰めた。
可愛い弟の反応に、くすくすと笑いながら、レオンはクッキーをラッピング袋へと戻す。


「ありがとう。このお菓子、俺一人では食べ切れそうにないから、後で皆で食べないか?」
「良いの?」


今年は準備する側で、と思いつつも、やはりお菓子の誘惑はまだまだ大きいのだろう。
レオンの言葉に、スコールとティーダの目がきらきらと輝いた。
勿論、エルも一緒に、と言えば、エルオーネは紅茶を用意して来ると言ってキッチンへ向かう。

レオンは、テーブルに鎮座しているカボチャのビックリ箱をつんと突く。
バネを揺らして踊るカボチャは、無事にその大役を果たして、何処か喜んでいるように見えた。





ついにお兄ちゃんにイタズラ成功!
計画:エルオーネ、準備:ティーダ、実行:スコール。

社会人になったレオンは色々疲れたりもするけど、こんな愛しい家族の為に頑張ります。

[ジェクレオ&ティスコ]触れた指先 1

  • 2016/10/08 23:06
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10月8日と言う事で、ティーダ×スコールとジェクト×レオン。
[我儘な大人]と同じ設定です。





賑々しい音楽があちらこちらで鳴り響き、楽しそうな笑い声が反響し、空から悲鳴と歓声が降ってくる。
昼間でも眩しいネオンで彩られた沢山の看板や、アーティスティックな踊りで噴き上がる水飛沫。

遊園地なんて、本当に何年振りだろう。
ジュース入りの紙コップを片手に、ベンチに腰かけて、レオンはそんな事を考えていた。
その隣では、同じように考えているのだろう筋骨逞しい男が座っており、遠く伸びるランドマークの塔を眺めている。
そんな二人の前を、元気な子供達が駆けて行き、それに続くようにして、金髪の少年と茶髪の少年が横切って行く。


「スコール、次あれ!あれ乗ろう!」
「判ったから引っ張るな!走るな!」


右手をティーダにぎゅっと握られ、引っ張られて走るスコール。
さっきはジェットコースターに乗りに行っていた彼等は、今度はウォーターアトラクションへ向かうようだ。

ティーダはこの遊園地に入った時からハイテンションで、アトラクション全制覇を目指すと言っていた。
そんな幼馴染とは対照的に、賑やかな場所も人ゴミも嫌いなスコールは、人気の少ないのんびりとしたクルーズ系が一つでも乗れればそれで、と言った風だった。
しかし、ティーダにあっちへこっちへ引っ張られているスコールは、意外と楽しんでいるように見える。
言えば絶対に否定するのだろうが、手を引くティーダの手を振り払わないので、口では素直でない事を言いつつも、彼なりに数年振りのテーマパークと言うものを満喫しているのだろう。

────と、10代の少年達が思い思いに楽しんでいる傍ら、保護者組のレオンとジェクトはのんびりとしたものだ。
初めこそ、ティーダにせがまれて一緒にアトラクションに乗っていたレオンだったが、人気の高い乗り物を三つほど回った所で、休憩すると言って二人から離れた。
スコールの兄として、またティーダの兄代わりとして、彼等から完全に目を離すつもりはないものの、それでも弟達とて5歳6歳の子供ではないのだ。
アトラクション搭乗のルールはきちんと守れるし、危ない事はしないと約束し、それを信じて、自由にさせる事にした。
ジェクトはと言うと、アトラクションは最初に一つ乗ったきりで、後は子供達の行く所について行くのみ、すっかり付き添いの保護者に徹している。

レオンが紙コップの中身を空にして、腕時計を見ると、時刻は午後3時を回っていた。
昼前に入園し、早目に食事を済ませてからアトラクション巡りを始めてから、もう三時間。
意外と早いな、と呟くと、隣でジェクトが立ち上がって、丸めっぱなしにしていた体を仰け反って伸ばす。


「っか~……じっとしてるだけだってのに、妙に疲れる気がするな」
「慣れない場所に来ているからだろうな」
「やっぱそれかねぇ。スコールは大丈夫なのか?あいつ、こう言う場所はあんまり好きじゃねえだろ」
「それはそうだが……」


レオンが視線を左方へと向けると、ジェクトも倣って首を巡らせた。
二人の視線の先では、ウォーターアトラクションに乗り込むスコールとティーダの姿がある。

一番前が良いと言うティーダに、スコールは渋々顔でついて行き、二人並んでコースターの先頭に座った。
スタッフから大きなビニールシートを渡されて、スコールが恨むようにティーダを睨むと、ティーダがへらっと愛想笑いを見せる。
スコールはしばらくティーダを睨んでいたが、スタッフから安全バーを下ろすように言われると、諦めたように溜息を一つ。

二人の遣り取りを遠目に見ていたレオンが、くすりと頬を緩める。


「思ったよりは大丈夫そうだ。ティーダが一緒だからな」
「だったら良いんだけどよ」


コースターが発進して、大きな山を登って行く。
レールコースの下からそれを見上げているレオン達には、先頭に乗っている弟達の顔は見えない。
それでも、きっと楽しんでいるのだろうな、とレオンは思う。


「とは言っても、そろそろスコールも疲れが出てくるだろうから、何処かで休憩した方が良いかな」
「飯屋にでも入るか?」
「……そうだな」


レオンはジャケットの内ポケットに入れていた長方形のパンフレットを取り出した。
開いて記された飲食店の傾向をチェックしていると、のしっ、と肩に重みが乗る。
丸太のように太い腕が、レオンの肩に乗せられて、ジェクトが寄り掛かってパンフレットを覗きこんでいた。


「今日日の遊園地ってのは、デザートだけでも凝ってるもんだな」
「アトラクションより、これを目当てに来る人もいる位だからな。色々な客層を取り込もうとしてるんだろう」
「よく考え付くもんだぜ。で、何処に行く?」
「軽食なら、この辺りが。少し遠いから、スコール達が面倒そうだったら、こっちのフードコートに……っ!」


パンフレットを眺めながらルートを確信していたレオンだったが、その表情が一瞬強張る。
右肩に乗せられていたジェクトの腕が、いつの間にか体重を移動させて、レオンの左肩まで回されていた。
僅かに抱き寄せるように力が籠められているのを感じ取って、視界の端に映る不精髭に、その距離感の狭さを悟って、レオンの頬が僅かに赤くなる。


「おい、近過ぎる…っ」
「この方が見易いんだよ」
「だからって……」


余りに近い距離に、レオンは自分の体温が上がるのを自覚した。
そんなレオンの前を、遊園地を楽しむ人々が通り過ぎて行く。
傍らの男とは勿論、行き交う人々との距離が近い事を再認識して、レオンは益々顔が熱くなって行く。

ジェクトは存外と初々しい気配の抜けない青年に、くつくつと笑って、濃茶色の髪をくしゃくしゃと撫でた。
幼い頃から、父を支え、弟を守る為に自分自身を律し続けていた青年は、どれだけ甘やかしてやっても、慣れる事が出来ない。
その事を心の隅で寂しく思いながらも、こんな反応を見せてくれるのは自分だけだと思うと、優越感で頬が緩む。

────が、細やかな甘い時間と言うものは、いつまでも続かないものだ。


「思ってたより水凄かったっスね!」
「お陰でズブ濡れだ……」
「良いじゃん、涼しくなったし」
「良くない。気に入ってたんだぞ、これ。それなのに」
「乾いたら元に戻るって」


聞こえた少年達の声に、レオンがはっと我に返る。
慌てて肩に回されたジェクトの腕を振り解こうとするが、ぐいっと強い力で捕まった。
弟達が戻って来るのに、と赤らんだ顔を必死で平静に取り繕っていると、


「ただいまーって、何レオンにくっついてんだよ、親父」
「パンフ見てんだよ」
「そんなにくっつく必要ないだろ。離れろよ、レオンが迷惑してんだろ」
「迷惑なんて言われた事ぁねえぞ。なあ?」
「あ、ああ……」


ジェクトの言葉に、レオンは頷いたものの、その表情はぎこちない。
ティーダはしっかりその事に気付いていたようで、


「レオン、はっきり言って良いんスよ。体臭だってキツいだろ?」
「いや、別にそんな事は……」
「ほら、離れろってば。レオンに迷惑かけんなよ、クソ親父」
「うるせえなあ、だったらお前もそっち離してやれよ」


離れろと繰り返す息子に、ジェクトは判り易くうんざりとした表情で指を差す。
ティーダはそれを見て、「そっち?」と首を傾げて、ジェクトの示す先を視線で負う。

其処には、しっかりと幼馴染の手を握る、自分の手があった。

ティーダが自分の手を見る以前から、その手は繋がっていた。
詳しく言えば、ウォーターアトラクションを終えて、保護者の下へ戻って来る最中、人気のステージへ向かう人ゴミの中を横切る際、逸れないようにと繋いだもの。
良い年をした男同士で、と嫌がるスコールに構わず、ティーダがやや強引に握った。
それから、レオン達の所に行くまでなら、と束の間の繋がりの許しを貰って────その許可時間は、此処に辿り着いた時点で、終了している筈のもの。

日焼けをした手に握られた、色白の自分の手。
ジェクトに指摘された事、ついで兄に見られた事で、それまでで既に赤かったスコールの顔が、一気に沸点を突破した。


「……!」
「あっ。ちょ、スコール!」
「……っ!!」
「スコール、何処行くんだよ!?待てって!」


沸騰したように真っ赤になって、ティーダの手を振り払ったスコールは、ぐるんっと踵を返して歩き出した。
人込みの向こうへ逃げるように、足早で離れて行く幼馴染を、ティーダが慌てて追い駆ける。

雑踏に紛れ込んで行く弟と、それを追う幼馴染の少年を見詰めて、レオンは一つ溜息を吐く。


「ジェクト……此処にいる間は、余計な刺激をするなって言っただろう」
「あー……そうだったっけか」
「……全く……」


弟もその幼馴染の少年も、思春期真っ只中のデリケートな時期。
些細な事が思いも寄らなかった事に発展するのはよくある事で、それが彼等を成長させる事もあれば、逆に傷になってしまう事もある。
また、他人にとっては意味のない一言でも、当人にとってはそうではない、と言うのはよくある話だ。
だからレオンは、まだまだ難しい頃合いの少年達に、悪戯な事はしてくれるなとジェクトに釘を刺しているのだが、日々息子を揶揄うのが日課とも言えるジェクトは、ついつい要らぬ一言が出てしまう。

けれども、ジェクトがつい息子に意地の悪い事を言ってしまう気持ちも、レオンは理解できない訳ではなかった。
自分達の関係を思えば、ジェクトが先のティーダの言に、ちょっと意趣返しをと思うのも無理はないかも知れない。
─────が、やはりそれでも、堪えてやるのは此方の方だろうとレオンは思う。


「ほら、そろそろ離れてくれ。スコール達が戻って来た時、またケンカになるぞ」
「……ちっ」


唇を尖らせて、厳つい貌を子供のように拗ねさせるジェクト。
レオンはそんな男を見て、眉尻を下げて唇を緩め、


「迷惑だなんて、思った事はない。だから、その───……」




次は、誰もいない所で。
誰にも見られない時に。

そう言って赤らんだ顔を背ける青年に、ジェクトは伸ばしかけて、止めた。







ティスコとジェクレオ。
全力の俺得。

[ジェクレオ&ティスコ]触れた指先 2

  • 2016/10/08 23:05
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スコールとティーダが微妙な距離感を持って戻って来た所で、レオンは休憩を兼ねて甘いものでも食べよう、と言った。
二人は何処かぎこちなくも、兄の言葉に頷いて、飲食店エリアへ向かう。

先にレオンが目星を付けていた店は、人気でいつも満席と言う歌い文句があったが、運良く空席があって直ぐに座る事が出来た。
二人ずつで向かい合わせに並ぶ四人テーブルでは、スコールとティーダ、レオンとジェクトで並び、父子を向い合せにしないのがパターン。
足が当たった当たらなかった、腕が当たった当たらなかったで父子が揉めるのを避ける為だ。
手のかかる親子だ、とスコールは愚痴を零すが、そんな彼も、自分の父ラグナとは並びたくない、向かい合わせは嫌だと言う、難しい年頃であったりするのだが。
ちなみに、ラグナは今日は急な仕事が入ってしまい、家族旅行から外れてしまった。
今朝まで「行きたくない」「スコールとレオンと一緒にコーヒーカップに乗りたい」と言っていたのだが、止む無く旧友達に引っ張られて行った。
その際、ラグナはジェクトに「うちの子達を宜しくな~!」と涙ながらに託し、いつもの事と呆れつつも、ジェクトはそれに頷いている。
車に乗るまで未練たらたらに何度も振り向いていた父の姿は、スコールも少し考えるものがあったようで───何せ家族揃って出掛けるなんて事は、もう随分と久しぶりの事だったから、ラグナが仕事を嫌がるのも無理はない───、土産くらいは、と思っているので、彼が父の事を心から嫌っている訳ではない。

話を戻して。

デザートメニューは少々値が張るものの、食材からデコレーションから凝った作りをしていた。
きらきらと光るジュレや、見事な飴細工、チョコレート等、ティーダは勿論、スコールも少し興奮していた様子だった。
そんな少年達を前に、レオンとジェクトはのんびりとコーヒーを飲みながら、パンフレットを眺める。
スコールとティーダがデザートを食べ終え、あれが良かった、あれは疲れたと話をした後、次の行先は決定した。

此処に行こうぜ、とジェクトが指差したのは、飲食店エリアに隣接された、屋内施設を中心としたエリアの一角。
パンフレットのイラスト地図ですら、おどろおどろしく描かれた其処は、ホラーハウス、またの名をお化け屋敷であった。
なんでそんな所に、とティーダが噛み付いたのは言うまでもないが、それに対してジェクトが「怖いのか?」等と煽るものだから、ティーダは反射的に「恐くない!」と叫んだ。
それを受けて、じゃあ決まりだな、と笑う父に、ハメられたと息子も気付いたが、やっぱり嫌だと撤回出来ないのが、反抗期真っ只中の青臭さの面倒な所であった。

しばしの休憩でまったりと過ごした後に、どうしてこんな場所を選ぶのか。
呆れつつも、特に行きたい所がなかったスコールは、父と口ゲンカをするティーダに引き摺られながら、ホラーハウスへと到着した。
ホラーハウスの入り口に設置されたスピーカーから、ぎゃああだのきゃああだのひいいいだのと悲鳴が繰り返されている。
時々、振り切れて何もかも可笑しくなったか、大爆笑する声も聞こえていた。
どうやら、アトラクション内の音声をリアルタイムで拾って流しているらしい。
ティーダが叫んだらスピーカーが割れそうだ、とスコールは思った。

二人ずつ整列して下さい、と言うスタッフのアナウンスに従って、入場待ちの列に並ぶ。
此処でジェクトとティーダが、どちらが先に入るかと揉めたのだが、やはり此処でも「怖いのか?」の一言で煽られたティーダが、付き添う形となるスコールと共に、先に入る事になった。

─────そうして、思いの外早くまわって来た入場順に、蒼い顔をしたままのティーダを先頭で入場したまでは良かったが、


「ぎゃああああああ!首!生首ー!」
「……煩い」


耳元で叫ぶティーダに、スコールは顔を顰めた。
素っ気ない反応のスコールに、だって首が!とティーダは叫ぶ。

進行方向を示す床のライトだけが頼りとなる、暗闇の道。
その向こうで、ふわふわと浮遊している人の頭部。
不規則な揺れを見せながら、くるくると回転しているそれが此方を向くと、爛れた皮膚が頼りない毛髪の隙間から覗いた。


「ゾンビいいぃぃぃぃ!!」


ぎゅうう、と抱き付いて来る幼馴染に、スコールは今日何度目か知れない溜息を吐く。
恐くない、と息巻いていた突入前の空元気は何処に行ったのか。

とは言え、無理もないのはスコールも理解しているつもりだ。
ティーダは、テレビの曜日プレミアムで放送されるホラー映画も、一人で見る事が出来ない。
人気があったり、話題性のあるものは内容が気になるので見てみたいが、おどろおどろしいものは好きではないし、スプラッタも苦手だ。
だから必ずスコールやレオンと一緒に見るようにしているのだが、それで怖さが一切なくなる訳でもない。
映画を見ている間中、震えて怯えて叫んで、と言う具合だ。
ジェクトもそんな息子を知らない訳ではないだろうに、どうしてホラーハウスに行こうなんて言い出したのか。

ふわふわと彷徨っていたゾンビ生首が、道案内をするように突き当りの角を曲がって行く。
スコールがそれを追い、ティーダは彼の腕にしがみついたまま、及び腰でついて歩いた。


「ううう~……やっぱ苦手…ぎゃあっ!」
「……ただの酸素ガスだろ」
「判ってるけどビックリするんだって!」


曲がり角を曲がった途端、ブシュッと噴き出した白いガスに驚くティーダ。
何かあるだろうと踏んでいたスコールは、特に驚きはしなかった。

また暗がりの道を進んで行くと、何処かから生温い風が吹いた。
ビクッとティーダが硬くなり、スコールの腕にしがみつく力が強くなる。


「……ティーダ、離せ」
「置いてかないで!」
「置いて行かない。……痛いんだ」
「あっ、ごめん」


スコールの一言に、ティーダは掴んでいた腕を慌てて離した。
ジャケットの長袖に皺が寄っているのを見て、ごめん、とティーダが改めて詫びる。

腕は離しはしたものの、やはり縋るものは欲しいのだろう。
ティーダはあちこちを見回しながら警戒しながら、スコールの傍に密着する程に身を寄せて来る。
スコールは眉根を寄せたが、縋る子犬のような貌で見上げる幼馴染に、好きにさせる事にした。
足も重いであろうティーダに合わせ、歩調を落として先へ進む。


「そんなに怖いなら、正直に怖いから嫌だって言えば良かったんだ」
「ンなの言える訳ないだろ……あのクソ親父……うわあああっ!」


壁の向こうから突如現れたゾンビに、ティーダが悲鳴を上げる。
ゾンビはビタンッ!と透明ガラスに憑りついて、うごうごと動きながら此方を恨めしそうに見ていた。
スコールは、蒼い貌でふらふらとしているティーダの手を引っ張り、ゾンビから離れて行く。


「ビックリ系だけでもヤなのにさ~、なんでゾンビ…すげーリアルだし…」
「それが売りなんだろ」
「あーもー早く外に出たいっス……」
「……まだ半分も過ぎていないようだが」
「ええええ」
「一応、リタイアゾーンはあるらしいぞ」
「リタイアはしない!」
「………」


面倒な、とスコールが胡乱な目でティーダを睨む。
スコールの胸中が伝わったのだろう、ティーダがだって、と弱った顔になった。
リタイアなんてしたら、ジェクトは間違いなく息子を揶揄いに来るだろう。
それもそれで面倒だ、とスコールは思った。


「…じゃあ、もう少し早く歩け。そうすれば早く出られる」
「が、頑張るっス……」


────と、なんとか返事をしたティーダだが、早く出たいのは山々、しかし足は重い。
進む先に何があるかと思うと、どうにも体が緊張で固くなってしまう。
此処はお化け屋敷、進めば進む程に何かが待ち受けている、と言う残酷な運命が、ティーダを益々緊張させていた。

……スコールとて、ティーダの気持ちが判らない訳ではない。
子供の頃はスコールもホラーが大嫌いだったし、スプラッタなんて以ての外、うっかり映画を見たら、夜は怖くて眠れない。
幼い頃、ラグナも含めて小さな遊園地に来て入った、もっとチープなお化け屋敷も、スコールは駄目だった。
あの時は薄暗い通路だけで怖くて怖くて、兄に宥められ、父に抱き上げられて運ばれ、それでも我慢できずに途中でリタイアしてしまった程だ。
ちなみにティーダも同じ時にジェクトに連れられてお化け屋敷に入っており、此方は父の手を痛いほどに握りながら、「怖くない!!」を繰り返してなんとか踏破していた。
あの時もティーダは、揶揄う父への対抗心で意地を張って、なんとか先へ進んでいたのだろう。

あれから月日が経ち、スコールは暗闇やホラーへの耐性がついた。
と言うか、ティーダと一緒に見ている内、自分が怖がる前にティーダが全力で怖がるので、泣き叫んだりする暇がなくなり(一時はティーダの叫び声の方が怖かった程だ)、昔ほど恐れる事はなく。
不意打ちのトラップ系には驚くものの、お化け屋敷は基本的に作り物、或いは人間が演じているものと冷静に分析するようになると、緊張する事もなくなって行った。

しかし、ティーダは相変わらず、ホラーもスプラッタも大の苦手だ。
進む程に、まるで足元を引き摺られているかのように重くなるティーダの歩みに、スコールは何度目かの溜息を吐いて、


「……ティーダ」
「な、何?」
「……ん」
「ん?」


右手を差し出したスコールに、ティーダがきょとんと首を傾げる。
スコールは僅かに熱くなる頬を無視して、努めていつもと同じ貌をしていた。


「引っ張って行ってやる。だから掴まれ」


スコールの言葉に、ティーダはぱちりと瞬きを一つ。
マリンブルーの瞳が、幼馴染の顔を見て、差し出された手を見て、また顔を見る。
それから、ついさっきまで幼馴染にしがみ付いていた自分の手を見て、またスコールの手を見る。

少しの間逡巡するように沈黙してから、ティーダは恐る恐る手を伸ばす。
二人の手が重なると、一瞬スコールの指に緊張が走ったが、ティーダがぎゅっと掌を握ると、スコールもそれを握り返した。


「……行くぞ」
「う、ん……でも、良いのか?このまんまで」
「じゃないとあんた、進まないだろう」
「そ、そうだけど。後ろにさ、ほら……」


ちら、と後ろに目を遣るティーダ。

二人の後ろには、数メートルの距離を開けて、レオンとジェクトが歩いている。
どちらもホラーを怖がるタイプではないので、ギミックを眺め観察しながら、のんびりと進んでいるようだ。
通路が暗くて数メートル先も碌に見えない上、叫び声がないので、ひょっとして置いて行ってしまったのでは、と俄かに不安が過ぎったが、時々聞き慣れた会話がぼそぼそと聞こえて来るので、ついて来ているのは確からしい。

ティーダの脳裏には、休憩する前、手を繋いでいた事をジェクトに揶揄われた時の事が浮かんでいた。
スコールも同じ記憶が浮かんで、恥ずかしさの余り、ティーダの手を振り払った事を思い出し、


「……嫌なら、離す」
「それはやだ」


握った手を解こうとスコールが指の力を緩めると、逆にティーダが確りと握った。


「やだ。離したくない」
「………」
「このままが良い」


人目を気にし、また人との触れ合いを苦手としているスコールは、滅多に自分から他人に触れない。
家族や幼馴染に対してはまだ平気だが、父ラグナのようなスキンシップは出来ないし、人からそれを求められるのも苦手だ。

ティーダと手を繋ぐのは、決して嫌ではないものの、人目が気になって出来ない。
けれど、スコールとティーダの関係は、秘密のものだ。
いつかは兄、父、そしてジェクトにも伝えなければと思うけれど、否定されたらと思うと、恐くて出来ない。
否定された所為で、ティーダが自分から離れてしまったらと考えれば、尚更怖くて堪らなかった。
だから迂闊に触れ合って、それを皆に見られて、秘密の関係がバレてしまったらと思うと、どうしても一定の距離を保たなければと思ってしまう。

けれど、此処はお化け屋敷。
恐がりな連れ合いを外まで引っ張って行くと言うのは、不自然な話ではないだろう。


「このまま行こう。……引っ張って貰うの、俺の方だから、格好つかないけど」
「……全くだ」


恥ずかしそうにはにかみながら言うティーダに、スコールも呆れた表情。
しかし、ダウンライトの昏く頼りない光が映すその貌は、仄かに緩んでいるようにも見える。

行くぞ、と言って、宣言通り、スコールはティーダの手を引っ張って歩き出した。




前を歩く少年達と、僅かに距離を置くように進むようになったのは、入場してから間もなくの事。
離れた所で、ティーダのよく通る叫び声が聞こえるので、二人が順調に進んでいる事は判る。
出来るだけそれに追い付かないように、距離感とスピードを図りながら、レオンとジェクトは歩いていた。

ぐねぐねと幾つもの曲がり道で距離を稼いだ後、真っ直ぐの道に出た。
通路の向こうで叫び声がして、見れば暗闇の中に薄らと弟達のシルエットが浮かんでいる。
二人はぴったりと寄り添うように密着して、ルートを進んでいるようだった。
その後ろ姿を見て、レオンの隣でジェクトが溜息を吐く。


「ったく、情けねえ。またピーピー泣いてやがる」
「苦手なんだから仕方がないだろう。判っている癖に、こんな所に連れて来た方が悪いと思うぞ」
「だからこそ、男を見せるチャンスだってもんだろ?」


息子がホラーもスプラッタも苦手な事は、ジェクトもきちんと判っている。
それなのにティーダを煽ってホラーハウスに入らせたのは、先刻、ティーダを揶揄ってスコールの臍を曲げさせた事への詫びの目的もあった。

まだ息子達が幼かった頃、スコールがお化け屋敷を途中リタイアした事を、ジェクトは覚えていた。
そんなスコールに対し、息子が父の手を握り締め、わんわん泣きながらもお化け屋敷を踏破した事も。
ジェクトにしてみれば、子供達のホラーへの耐性の印象は、その頃のままであったから、少し情けなくても男らしくスコールを引っ張って行く事が出来るのでは、と言う思惑があった。
暗くて人目も殆どないお化け屋敷なら、彼等がもう一度手を繋ぐのも、そう難しい話しではないだろう、と。

結果として、二人がもう一度手を繋ぐ事は出来たのだが、その形が少々あべこべになっている。


「スコールの奴、ホラーは平気なのか?」
「割と慣れたかな。不意打ち系には驚くけど、恐がらなくなった。作り物や人間の演技だって達観するようになったから」
「その辺はお前と同じだな。ガキの頃にラグナに連れられてた時も、作り物だから恐くない、大丈夫ってスコールを宥めてたしよ」
「はは……そう言う事も言ったかな」


曖昧に笑うレオンに、言ってたぜ、とジェクトは釘を刺す。


「あいつもそれ位冷静になれりゃ良いのによ」
「良いじゃないか。ティーダはあれ位元気な方が良い。スコールもその方が楽しいだろう」
「楽しい、ねえ。それはそれで良いんだけどよ。あれは流石に情けないだろ」


幼馴染に手を引かれ、縋るように密着して歩いているティーダ。
入場直後は息巻くように先頭を歩いていたのに、今や先行しているのはスコールの方だ。
出来れば想い人の手を引く息子が見たかった父としては、複雑な光景であろう。

レオンはどう思うかと言うと、弟達の初々しさと純粋さが、ただただ愛らしいばかり。
お互いに取り繕う必要もなく、素のままの自分を曝け出せているのが伝わってくるので、十分満足している。
そんな二人を邪魔しない為にも、もう少し歩みを遅くした方が良いだろうか、と後続がまだ追い付いて来ない事を確信しようと振り返った時、


「……ジェク、」
「黙ってろよ」


指先に触れたものに、思わず隣の男の名を呼びかけて、赤い瞳に制される。
僅かに強張った指先が、太い指と絡み合って、柔らかく強い力で握られた。


「誰にも見られない時なら、良いんだろ?」


そう言って悪戯っぽく笑う男に、ずるい、とレオンは思う。
そんな顔で、そんな風に嬉しそうに言われたら、振り払えなくなるではないか。




前方から聞こえる叫び声に、頼むから逃げ戻ってきたりはしないでくれ、と切に願うのだった。






青春真っ只中のティスコ+大人の秘め事ジェクレオ。
対比が楽しくて堪りません。

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