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2015年10月
一度目は、全く知らなかったから、少しばかりがっかりさせてしまった。
二度目は、判っていたから、少しばかり意地悪をしてやった。
三度目ともなると、お互いに判るようになってきたので、大分開き直った形になった。
知らず定着しつつある、この日の為に揃えたお菓子をポケットに入れて、レオンは家路に着く。
いつもなら夜10時を過ぎれば寝る準備を始める弟達だが、今日だけはきっと、ぱっちりと目を覚ましたまま、兄の帰りを待っている筈だ。
レオンのそんな予想に違わず、角を曲がって見付けた家には、リビングの明かりが煌々としている。
ポケットの中の感触を確かめて、レオンは玄関のドアノブを握った。
さて、今年はどう来るか、そんな期待を抱きつつ、ドアを開ける。
「ただいま」
「お兄ちゃん、お帰り!とりっくおあとりーと!」
「お帰り、レオン!トリックオアトリートー!」
帰宅を迎える挨拶もそこそこに、可愛い弟達は早速今日の決まり文句を元気よく告げた。
思った通りとレオンは笑いながら、ポケットに入れていた飴玉や、バイト先の店長から貰った焼き菓子の詰め合わせを差し出す。
「ほら、これだ」
「やったー!」
「お姉ちゃん、お菓子貰ったー!」
万歳して喜ぶ二人に渡していると、キッチンからエルオーネが現れる。
兄を囲んで賑やかな弟達の頭を撫でて、エルオーネは「お帰り」と微笑んだ。
レオンもいつものように「ただいま」と言って、もう一つ、飴玉と焼き菓子の詰め合わせを取り出す。
「エルの分はこれ」
「ありがとう。店長さんに今度お礼言わなくちゃ」
「俺から言ってあるから、気にしなくて良いぞ」
菓子を受け取った後、エルオーネはレオンに座るように促した。
レオンはジャケットをハンガーにかけて、窓辺の食卓テーブルに落ち付く。
スコールとティーダは、ソファに座って早速焼き菓子の袋を開けていた。
二年前、ティーダに因って齎された、ザナルカンドで行われていると言う、ハロウィーンと言う風習は、兄妹弟の間ですっかり定着した。
行事が行われるようになった由来を、レオンはよく知らなかったし、ザナルカンドに住んでいたティーダも余り覚えていない。
それでも、弟達がこの時季に合わせた仮装をした姿は可愛らしかったし、お菓子を貰えると無邪気に喜ぶ姿を見れば、レオンが参加しない訳がない。
お菓子が用意できない大人は、子供達によってイタズラをされるらしいのだが、今の所、レオンにその経験はなかった。
一年目は偶然お菓子を持っていて、二年目はちゃんと準備していた。
勿論、幼い弟達の分だけではなく、妹のものも揃えていたので、彼女からのイタズラも回避している。
レオンとしては、弟達よりも彼女のイタズラの方が怖いのだが、弟達はそんな事は知らず、今年も無邪気にハロウィーンを満喫していた。
一年目と二年目は、それぞれシーツのオバケとカボチャ少年になっていたスコールとティーダだが、今年は黒く尖った帽子を被っている。
エルオーネも同じ帽子を被っており、黒マントをつけて、今年は皆揃って魔法使いに扮したようだ。
その姿をのんびりと眺めていたレオンは、遅い夕飯を持って来てくれたエルオーネに言った。
「今年は、オバケになりきったりはしなかったんだな」
今までのスコールとティーダは、オバケになりきってレオンを驚かせようとしていた。
レオンがハロウィーンと言う行事を知らなかった為、あっさりと言い当ててしまい、弟達は拍子抜けしたようだった。
その件を反省し、二年目のレオンは、判らない振りをして、少し意地の悪い事を言ってやった。
「いないのなら、二人のお菓子は俺が食べてしまおうか」と言ったら、二人は大慌てして、自ら正体を明かした。
素直な弟達が可愛くて、レオンは笑うのを堪えるのに苦労したものだ。
今年も二人がコスプレするのは判っていたから、今年は何をしてくれるだろうかと思っていたのだが、今年の二人は最初から顔を出している。
シーツのオバケや、カボチャ少年のように、怪物に成りきるつもりはないらしい。
ちょっと寂しいな、と思うレオンの言葉に、エルオーネがくすくすと笑う。
「そりゃあ、もうね。二人とも12歳だから」
「…そうか。まあ、そんなものだよな」
お菓子を貰える行事に飛び付かずにはいられないが、何も知らない子供と言う程幼くはない。
子によっては、思春期の入り口でもあり、小さな子供のようにはしゃぐのは難しい。
……ひょっとしたら、昨年、自分がイタズラした所為もあるかも知れない、とレオンは思った。
顔を隠してしまったら、今年も二人がいないものだと思い込んで、自分達のお菓子が減ってしまうかも。
そんな事を考えて、今年は正体を隠す事なく、魔法使いのコスプレだけで兄にお菓子をねだりに来たのかも知れない。
エルオーネが被っていた帽子とマントを脱いで、レオンの前に座る。
レオンから貰った飴を包み紙から取り出して、コロン、と口の中に入れた。
「イチゴかな。美味しい」
「良かった」
「皆同じの味?」
「いや、バラバラだ。スコールはレモンで、ティーダはオレンジ」
「好きなの用意してくれてたんだ」
「一応な。皆一緒なら平等だし、悩む事もないんだが……それじゃ詰まらないし」
どうせ用意するのなら、妹弟が一等喜んでくれるものにしたかった。
そう思ったレオンの宛ては当たったようで、ソファの上では弟達が「好きなやつ!」と頬を膨らませて笑っている。
レオンは夕飯のカボチャのスープをのんびりと食べ終えた。
片付けて来るね、とエルオーネが空になった食器をトレイに乗せてキッチンへ消える。
その頃になっても、スコールとティーダは魔法使いの格好のまま、ソファでじゃれあっていた。
時計を見ると、そろそろ午後10時を迎えようとしており、明日はきっと寝坊するだろう事が伺える。
ソファ前のローテーブルには、ティーダが貰ったお菓子を全て出していた。
ティーダはスティックのチョコ菓子を食べながら、出したお菓子を三つに分けている。
今日食べる物、明日食べる物、明後日食べる物……と計画を立てているようだが、その計画が中々まとまらない。
好きな物を先に食べるか、後に食べるか、其処からうんうん唸るティーダを、スコールは「一個ずつにすればいいのに」と言いたげな表情で見つめている。
少しの間、のんびりと弟達を眺めていたレオンだが、ふと悪戯心が沸いて、席を立った。
ゆっくりと弟達に近付いて行くと、気配に気付いたスコールが顔を上げ、ぱぁっと破顔する。
「お兄ちゃん」
「お菓子、美味しかったか?」
「うん!」
レオンの言葉に、スコールとティーダは揃って頷いた。
良かった、とレオンがスコールの頭を撫でると、スコールは日向の猫のように気持ち良さそうに目を細める。
そんな二人に、レオンはあの言葉を言った。
「スコール、ティーダ。トリック・オア・トリート?」
「えっ」
「へっ?」
まさか兄から────いや、きっと自分達がその言葉を向けられるとすら、彼等は思っていなかったのかも知れない。
周りが見えるようになり、何かあれば兄姉の力になりたいと思っていても、楽しい行事は別だ。
あれがしたい、これがしたいと思っても、その準備をするのは(勿論彼等も手伝うが)兄や姉で、幼い二人は楽しむのが仕事のようなものだった。
思いも寄らぬ兄の言葉に、スコールとティーダはきょとんと目を丸くし、顔を見合わせる。
ずり、と二人の頭からとんがり帽子がずれ落ちて、ソファの上に転がった。
揃って顔を上げた二人の目に飛び込んで来たのは、優しい笑みを浮かべた兄の顔だった。
「トリック・オア・トリート?」
「えっ。あっ。あっ」
「え、え、ちょ、ちょっと待って」
レオンがもう一度同じ台詞を言うと、ようやく理解が追い付いたらしく、二人は慌ててポケットやフードを探り始めた。
自分が何も持っていないと気付くと、ソファの上できょろきょろしたり、クッションの下を探ったり。
隠している訳ではないので、勿論其処に食べられる物などないのだが、二人は一所懸命になって、兄に渡せるお菓子を探した。
結局、何も見付けられなかった二人が行き付いたのは、ついさっき、兄から貰ったお菓子の袋。
レオンがアルバイトをしている喫茶店の店長が、ハロウィンの行事を聞いて持たせてくれたものだ。
二人が今持っているお菓子と言ったら、それしかない。
「ん、ん…」
「えーっと……こ、これ…」
「それは二人のお菓子だろう?」
「あう」
「そ、そーだけど、えーと、えーと」
おずおずとお菓子袋を差し出す二人に、レオンが受け取れない、と暗に言えば、二人は気まずそうに目を反らす。
このお菓子は、店長が弟達にと作ってくれたもので、レオンもそのつもりで持って帰って来た。
これをレオンに渡すのは何かが違う、と言うのは、スコールとティーダも感じている。
しかし、今からお菓子を用意しようにも、空いている店など無いだろう。
どうしよう、どうしよう、とすっかり困った顔になったスコールと、うんうん唸って渡せるものを探すティーダ。
其処へ、トレイにケーキを乗せたエルオーネがやって来た。
「二人とも、どうしたの?ケーキ、食べるよ?」
エルオーネの言葉を聞いて、悩んでいた二人が顔を上げる。
ローテーブルに、四人分のケーキが並べられた。
スライスされたロールケーキの上に、マロンクリームと、魔女やコウモリの絵が描かれた小さなクッキーでデコレーションされている。
エルオーネが今日に合せて、バラム駅前のケーキ屋で買って来たものだ。
自分達の前に置かれたケーキを見て、そうだ、と二人はレオンに言った。
「お姉ちゃん。僕のケーキ、お兄ちゃんにあげる」
「オレも。オレのケーキ、レオンにあげる!」
弟達の言葉に、エルオーネは目を丸くした。
スコールもティーダも甘い物が好きだから、そんな事を言い出すとは思ってもいなかった。
その上、二人がとても真剣な顔をしているから、尚の事エルオーネには不思議でならない。
くつくつと笑う漏れる聞こえて、エルオーネがレオンを見ると、彼は口元を押さえて笑っていた。
「レオン、二人に何か言った?」
「…ちょっとな。良いよ、スコール、ティーダ。気にしなくて良いよ」
「でも」
「お菓子あげなかったら、イタズラするんだろ?」
心なしか不安げに言うティーダを見て、エルオーネは「……成程」と納得した。
理解すると同時に、兄の悪戯心も理解して、
「スコール、ティーダ。私も、トリック・オア・トリート?」
「えっ、お姉ちゃんも?」
「え、えーと……け、ケーキ分けっこでいい?」
便乗してやれば、予想した通り、スコールとティーダは困った顔になって言った。
どうしよう……と顔を見合わせ、ヒソヒソと話し合う弟達に、レオンとエルオーネは口を押えて笑う。
スコールとティーダは、迷った末に、ケーキを二人に一つずつ渡すと言う結論に至ったらしい。
楽しみにしていたであろうケーキの皿を、おずおずと兄と姉の前に持って行く。
丸い蒼と青が、遠くなったケーキを見つめ、うるうると潤んでいたのを見て、限界だな、と兄姉は察する。
「良いよ、スコール、ティーダ。本当に」
「…でも……」
「ケーキ、皆で食べよ?イタズラもしないから」
「…ほんと?」
「ああ。ケーキは皆で食べた方が美味しいしな」
「その代わり、来年は何か用意してくれると嬉しいかな」
ちゃっかり来年の約束をするエルオーネに、レオンは苦笑する。
しかし、その方が弟達は安心したようで、
「来年、来年ね!」
「絶対準備する!」
「楽しみにしてるね」
「うん!」
「今年の分も準備するね!」
「お兄ちゃんのも!」
イタズラ回避が嬉しいのか、来年の約束が嬉しいのか。
恐らくは両方だろうと思いつつ、レオンとエルオーネは、スコールとティーダのケーキを返す。
戻って来たハロウィン仕様のロールケーキに、二人もホッとした様子で、フォークを手に取った。
四人揃ってケーキにフォークを入れて、口に運ぶ。
おいしい、と笑う弟達の姿に、レオンとエルオーネは頬を綻ばせた。
予想外の展開でびっくりしたちびっ子達。
悪戯かお菓子か、と言う前に、知らない内にイタズラされてた二人でした。
今年は三人揃ってシンプルに、とんがり帽子に黒いマントローブで、魔法使いスタイル。
来年はお兄ちゃんにも何かコスプレさせたいですね。
授業終了のチャイムと共に、スコールは立ち上がった。
競歩宜しくのスピードで、颯爽と教室を出て行くスコールを見ている者はいない。
最後の授業の担当教師は、授業の三分前にはいつも講義を終わらせ、生徒には板書させる事で知られている。
お陰でスコールは、チャイムが鳴る前に帰宅の準備を済ませる事が出来た。
それを横目で見ていたティーダは、呆れた様な、仕様がないと苦笑するような表情を浮かべており、チャイムと同時に立ち上がった幼馴染に「行ってらっしゃーい」と手を振った。
スコールはそんな幼馴染に振り返る事もなく、真っ直ぐに校門を目指す。
スコールがいなくなった教室で、ティーダはのんびりと腰を上げ、教室後ろのロッカーから部活用の運動着を入れたスポーツバッグを取り出す。
スポーツバッグを肩にかけ、プールへ向かおうとした所で、
「なあ、ティーダ。スコール、どうしたんだ?」
ティーダを呼び止めたのは、ヴァンである。
彼の視線は、いなくなった級友を追うように、教室の出口へと向けられている。
「ああ、あれ。ずーっと楽しみにしてた奴が届くから、大急ぎで帰ったんスよ」
「楽しみにしてた奴?」
首を傾げるヴァンに、ティーダは頷いた。
ガーデン校門から、バラムの街を繋ぐバスから降りた所で、スコールは走り出した。
今日の夕飯の材料は、昨日買い物をした時にまとめて済ませてある。
更に言えば、夕飯の下準備も朝の内に済ませているから、作る時もいつもの半分以下の時間で終わる。
片付けも短時間で済むように、作ったものは大皿一枚に並べて、食器の数も最小限にするつもりだ。
真っ直ぐ家に帰ったスコールは、ポストの中を確認して、何も入っていない事に安堵と落胆を覚えた。
目当てのものがまだ配送されていなかった事は良かったが、反面、不在表が入っていれば、連絡すれば直に再送して貰える。
配送に関して、時間指定が出来なかったので、授業中に届いていたら悔しい思いをする所だった───が、来ていないとなると、いつになったら来るのかとやきもきしなければならない。
どちらを取っても、スコールは、今日一日をもどかしく過ごす事になるのであった。
自宅の二階に上がったスコールは、手早く着替えを済ませて、直ぐに一階に下りた。
今の内に夕飯の支度を一通り済ませてしまおうと考えたのだ。
そうすれば、待ちに待っている物が届いた時、気兼ねなくそれを楽しむ時間が持てる。
と、思った所で、玄関のチャイムが鳴る。
スコールは開けていた冷蔵庫を閉め、短い距離を走って玄関へ向かった。
ドアを開ければ、配送業の制服を着た男が、小さなダンボール箱を持って立っている。
「スコール・レオンハートさんへお届け物です」
「はい」
「代金引換ですので、お支払いをお願いします」
俄かに浮かれる気持ちを表に出さないよう、無表情を努めながら、スコールはリビングのソファに置いていた鞄に向かう。
教材の中に埋もれていた財布を取り出して、玄関に戻り、送料と併せてぴったりの代金を業者に手渡した。
「ありがとうございました」
「……ご苦労様でした」
ぺこりと頭を下げて退散する業者に、スコールも小さく頭を下げた。
バイクが走り去る音を尻目に、玄関の鍵をかけて、リビングのソファに座る。
準備しようとしていた夕飯の事は、すっかり頭から抜けていた。
ガムテープを一気に剥がして、蓋を開けるだけの作業でも、スコールの心は高揚していた。
衝撃を吸収する為に詰め込まれたボール紙を取り出して、丸め捨てると、その下から遂に現れる。
蒼灰色の瞳が子供のように輝き、興奮から震える手で、スコールは奥に押し込められていたものを取り出した。
(来た……!)
遂に来た、とスコールは思った。
緩む口元を噛んで堪えるが、その端はどんなに耐えようとしても、やはり上がってしまう。
ダンボール箱から取り出したのは、ビニールに真空梱包された、真新しい箱だった。
其処には大きく『Triple Triad』の文字が掲げられ、その傍らには『Blue EX deck』と書かれている。
今日発売されたばかりの、カードゲーム『トリプル・トライアド』の追加新作ブースターである。
二ヶ月前、約二年振りに新作ブースターの発表が成されて以来、スコールは直ぐに通販予約をし、今日まで待ち続けていたのである。
梱包を解いて箱の蓋を開けると、中にはプラスチックボックスに納められたカード束がある。
直ぐにその中身を確認したい衝動を抑えつつ、先ずは新作の注目カードの確認をしようと、同梱されていた取説用紙を取り出した。
今回の追加カードの中で、強い力を持っている物は勿論、入手の難しいレアカードが一覧になって記されている。
それに加え、今回の追加カードの中には、特に珍しいプレミアカードと言うものが存在する。
勿論、プレミアカードは生産数が少ない為、ピンからキリまである他のカードと混同された状態で引き出すには、相当のクジ運が必要であった。
今回は初回版と予約購入のブースターに、レア以上のカードが確約された特典が封入されている為、手に入る確率は上がっているが、レア以上と限定しても相当の数がある為、やはり手に入り難い事に変わりはない。
この世界で、トランプを始め、各地方で色々なカードゲームが流行る中、『Triple Triad』が特に人気を博しているのには、ある理由があった。
『Triple Triad』は現実に存在する魔物や魔獣を始め、時には人物までカード化させている。
基本的に人物を使ったカードはレア扱いされているが、それにもランクがあり、有名人程高ランクとして扱われている。
大量生産が許される場合は、カードランクと共にパラメータは下がるが、代わりに複数のスチルが使用され、コレクターが熱を上げる仕様だ。
今回のプレミアカードにも有名人が起用され、特級クラスのパラメータが宛がわれている。
これは持っているだけで戦局を引っ繰り返す事が出来る―――ゲームの特性上、絶対とは言えないが―――程のもので、これ欲しさにブースターを複数予約購入する者もいる程だ。
ファンの間で行われる売買等では、非常に高値で取引されていた。
つまり、カードゲームをしない者でも、ピンナップの類としての価値があると言う事だ。
説明用紙の一覧の一番上に記載された、一枚のプレミアカードを見て、スコールは唾を飲んだ。
四辺の強さを示す数字は、最上クラスのAが二辺に記載され、残りの2片も8と9の記載。
通常ルールならば間違いなくバランスブレイカーになる力を与えられた人物は、スコールがよく知る青年だった。
(……本当にカードになってる……)
驚きと高揚で、スコールの心臓が煩く音を鳴らしている。
最高ランクの力を与えられたのは、レオン・レオンハート―――スコールの実兄。
その他にも、レオンの仕事の同僚且つ先輩に当たる、“英雄”セフィロスの他、二名のSランクSEEDが動揺にカード化されていた。
特SクラスのカードはSEEDが占領していたが、それ以下にも、各国の首脳や、芸能人等が注目カードとなっている。
「……よし」
一通り一覧表を眺め、気が済んだ所で、スコールは箱を開ける事にした。
先ずは通常のブースターを開封し、一枚一枚を確認して行く。
入っているのは殆どが魔物や魔獣のカードだった。
現実に存在するそれらの危険度を照らし合わせて、強さは千差万別である。
それでも、最低ランクのカードでも、ルールによっては立派な戦士として活躍する。
一先ずスコールは、デッキにするカードとの組み合わせはさて置き、コレクター魂を満たす事を優先した。
ランクごとにカードを分けて並べて行く内、一つ、また一つと、高ランクのカードが増えるのが嬉しい。
(結構レアが入ってたな)
並んだカードを眺めて、スコールは概ね満足していた。
――――と、其処で現実に還すように、玄関のドアが開く音が聞こえた。
「ただいま」
「あ……お帰り」
玄関を開けたのは、帰宅した兄レオンであった。
その貌を見て、スコールははっと時計を見る。
授業が終わって一目散に返ったのが17時前後、それから30分としない内にカードが到着した。
その後はずっとカードに夢中になっていて、時間の経過すら完全に忘れていた。
時計の短針は6の数字をとっくに越えており、予定していた筈の夕飯の準備すら出来ていない事を、今更になって思い出す。
しまった、と慌てて席を立つスコールを、レオンがくすくすと笑って見ている。
「お楽しみの所を邪魔してしまったみたいだな」
「い、いや。別に……」
「それを出しっぱなしで言うか」
「あ」
テーブルに並んだカード群を指差すレオンに、スコールの顔が赤くなる。
恥ずかしさから視線を彷徨わせる弟の姿に、兄は楽しそうに笑いながら、荷物を壁際に置く。
スコールは赤らんだ顔を隠そうと、キッチンへ逃げる事にした。
どの道、夕飯の準備もしなければならないのだ。
テーブルに出しっぱなしのカード群は、夕飯の準備が終わってから片付ければ良い、此処にはカードを奪うような不届き者はいないのだから。
――――と、一歩踏み出したスコールを、レオンが呼び止めた。
「スコール、ちょっと」
「…?」
出来れば早くキッチンに行きたかったが、兄の声にスコールは素直に振り返った。
すると、一枚の小さな厚紙を差し出している兄と目が合う。
「お前にやる。こういうのは、お前の方がちゃんと価値を判ってるだろう」
「……?」
「俺が持っているのも、なんだか変な気分だしな」
レオンの言葉に、スコールはぱちりと瞬き一つをして、彼の手へと視線を落とした。
其処に在るものを認めると、スコールの蒼の瞳が大きく見開かれる。
特別仕様と判る、きらきらと光る一枚のカード。
説明用紙のカード一覧のトップを飾っていた、レオン・レオンハートのカードであった。
「え…あ…え……!?」
カードとその持ち主の顔を交互に見比べるスコールに、レオンは眉尻を下げ、困ったように笑う。
「これからもお前の相手をするんだから、新しいカードへの対策は必要だと思って、出先でブースターを買ってみたんだが……初回特典のカードでこれが入っていたんだ」
「………………ずるい………」
「俺の欲しいカードは、もう手に入ったし―――…ん?何か言ったか?」
「……………別に………」
スコールの呟きは、耳が良い筈の兄の鼓膜を揺らす事はなかったらしい。
きょとんとした表情で首を傾げるレオンに、スコールは幸いと口を噤んだ。
レオンは少しの間不思議そうな顔をしていたが、気を取り直すと、改めてカードを差し出した。
無欲の勝利が掴んだ幸運を、レオンはあっさりと手放そうとしている。
その事がスコールは悔しかったが、カードマニアな彼にとっては、願ってもない展開であった。
「ほ、本当に…いいのか?プレミアカードだぞ、これ」
「そうらしいな」
「らしいって……」
「自分で自分のカードを持っているって言うのも妙な気分なんだ。貰ってくれると助かる」
レオンの言葉は、全くの本音だろう。
確かに、自分で自分のカードを持ち、デッキに入れて使用するのは、少々恥ずかしい事かも知れない。
弟が自分のカードを持っていると言うのも、やはり恥ずかしいような気もしたが、嬉しくも思える気がした。
そうした気持ちもあって、レオンはスコールにカードを譲ろうと思ったのだ。
手に入れるのが非常に難しい代物となれば、カード集めが趣味の彼も、少しは喜んでくれるだろうと。
実際、スコールの心は、嘗てないほどに浮き足立っていた。
ブースターの到着を待ち侘びていた時の比ではない程に。
確かに、欲しいと思っていた。
カードとしての特性は勿論の事、唯一の趣味とも言っても良いカードゲームに、兄が起用されたのだ。
兄弟の欲目もあって、どうにか手に入れる方法はないかと考えたものである。
色々と裏ルート―――例えばオークション転売のような―――はあるので、それらを利用すると言う手もなくはないが、スコールは余りそう言う行為は好きではないし、どの道、プレミアカード且つ今売出し中のSランクSEEDのカードとなれば、目玉が飛び出るほどの高額取引になるのは想像に難くない。
其処へ来て、兄のこの無欲の贈与は、スコールでなくとも飛び付きたくなるものであった。
「う………」
「ん?」
伸ばしかけた手を止めたスコールに、レオンはまた首を傾げた。
どうした、と問う兄の声を素通りし、スコールは唇を噛んで顔を上げる。
キッと尖った蒼色に、一瞬怯んだレオンに向かって、スコールは宣言した。
「勝負だ、レオン!」
「……は?」
真っ直ぐに射抜く眼光を前に、レオンはぱちりと瞬きを一つ。
弟の言葉の意味を直ぐに理解出来なかった兄に構わず、スコールは続ける。
「そのカードを賭けて、勝負するんだ」
「……いや、何もそんな事をしなくても―――」
「トレードは勝負に使ったデッキからしか出来ないんだから、ちゃんとそれをデッキに入れろよ」
「おい、スコール」
「ルールはウォールセイム、プラス、エレメンタル。今回追加されたカードも使って良い」
「おい」
「デッキ持って来る」
レオンの呼ぶ声など全く聞こえていない様子で、スコールは足早に二階へと上がってしまった。
取り残されたレオンは、ぽかんとした表情で弟を見送った後、手元に残ったままのカードを見詰め、
「……まあ、仕方ないか」
レオンが偶然手に入れてしまったカードを見て、喜ぶ所か、カードプレイヤーとして火が点いたらしいスコール。
まさかこんな展開になるとは、とレオンは思いつつ、普段は努めて冷静でいようとする弟が、カードとなると周りが見えなくなる事は、よくよく判っていた事だ。
彼にしてみれば、誰もが欲しくて堪らない筈のカードを、棚から牡丹餅的な形で手に入れる事に抵抗があったのだろう。
階段から慌ただしい足音が聞こえ、スコールがリビングに戻って来る。
カードの入ったケースを手に、ちょっと待っててくれ、とテーブルに並べていたカード群を睨んだ。
邪魔をするのは良くないな、とレオンは踵を返し、今日の夕飯を作る為にキッチンへと入ったのだった。
FFポータルアプリでトリプル・トライアド実装記念!……で書いたのですが、上げるのを忘れて今の今まで放置していました。どさくさでアップします。
レオンをカード化させてみた。レオンのカードとか凄く欲しい。スコールのカードと一緒に使いたい。
因みに、レオンの目当てのカードは、ラグナのカードです。エスタの大統領なのでそこそこレベルの高いレアと思われる。
ゲット出来たようで本人は満足ですが、スコールからすると「運までチートか」と言いたい所w
現在全力でプレイ中です。誰が誰のカードを使用してるのかチェックするのも楽しいですね。
今後の配信で新作カードや限定カードが現れるとしたら、いつか出たりするのだろうか。バランスブレイカーカード。プラスやリバースルールがあるので、一概に強いと言い切れないのが面白い。
スコールの目の前に、深い深い海色があった。
それは真っ直ぐにスコールの方を向いていて、時折ぱちりと隠れる事はあっても、逸らされる事はない。
海は母だと、古くから言われている。
これが異世界でも通じるかは判らないが、少なくとも、スコールの世界ではごく自然に浸透していた謂れであった。
命の根幹は海で生まれ、長い年月をかけて地上へ棲家を広げ、現在に至る。
だから海に、或いは水にその身を委ねると、母に抱かれているように感じる事もあるらしい。
生憎、スコールにそうした経験はないし、長い時間を波に揺られるだけで過ごすと言うのは、退屈で死にそうになりそうだったと思う────それいつの経験であったのかは、相変わらず判然としないが。
スコールは海に母を感じた事はないが、海そのものは嫌いではない。
正直に言えば、好きか嫌いかを論じる程興味がない、と言うのが正しい。
しかし、目の前に在る海の色は、嫌いじゃないな、と思う。
思うのだが、こんなにも近くでまじまじとそれを向けられていると、酷く落ち着かない気分にされる。
「…………」
「あっ!逸らしちゃ駄目っスよ!」
耐え切れなくなって、そっと視線を外すと、案の定、抗議が飛んでくる。
がしっと頭を肩を掴んで振り向かせようとする力に、スコールは全力で抵抗した。
「もう良いだろう、いい加減にしろ…!」
「まだ!まだ駄目!もっと見たい!」
「しつこい!」
「そんなにしつこくないっスよ、まだ五分か其処らじゃん!」
「五分もジロジロ見れば十分だろ!」
全力て抵抗するスコールと、どうにかして此方を向かせようとするティーダ。
仲間達が見たら、すわ喧嘩かと割り込んでくるだろうが、今日は二人だけで聖域で待機となっている。
つまり、ティーダにとっては幸運、スコールにとっては不幸な事に、この騒ぎに参入してくる者はいないと言う事だ。
普段なら、人の気配が少ない静寂を好むスコールだが、この時ばかりは仲間達の不在を恨む。
力尽くで振り向かせようとするティーダの腕を振り払って、スコールは力んだ所為で不自然に凝った首を撫で解した。
眉間に皺を寄せ、髪の乱れを直すスコールの前では、ティーダも不満げな表情をしている。
(首が痛い……)
バカ力め、と胸中で恨み言を呟きながら、スコールは溜息を吐いた。
そもそも、どうしてこんな事になったのかを思い出してみる。
仲間達が一組、二組と順番に出発したのは、リビングの時計が十時を指して間もない頃だ。
それからしばらくは二人とも好きに過ごし、昼は朝食の残り物で簡単に作った。
ティーダが作ると味が濃くなる為、スコールが温め直して、味付けは自分で好みに調整して貰った。
準備をしたのがスコールなので、片付けはティーダが担当し、その間、スコールはリビングのソファに座ってトリプル・トライアドのデッキ調整をしていた。
そしてティーダがキッチンから戻って来て、徐にスコールの隣に座り、言ったのだ。
「スコールの目、見せて貰って良いっスか?」と。
デッキに集中していた所に突然声をかけられた事、その内容も余りにも藪から棒だった事もあり、スコールはティーダの言葉を理解するまで、しばしの時間を要した。
理解した後も、何故そんな事を、と言う疑問で頭の中は占められる。
そんなスコールに気付かず、ティーダは「良いっスか?」ともう一度言った。
どうしてそんな事しなければならないんだ、と言う疑問の解決を待たないまま、回答を催促されたスコールは、何だかよく判らないまま「……ああ」と答えていた。
それからスコールは、ティーダに顔を見つめ続けられていた。
まじまじと見つめるティーダに、始めは何がしたいのか判らなかったスコールだが、見ていれば気が済むのならそれまで好きにさせよう、と思った。
しかし、元来、他者の視線を苦手とするスコールが、その状況で長い間耐えられる訳もない。
相手がティーダとは言え、五分も耐えた時点で、随分と我慢したなとジタンとバッツは表彰するだろう。
────と、此処に至るまでの経緯を振り返ったスコールだが、肝心の“どうしてこうなったのか”、もっと言えば“どうしてティーダが「目が見たい」と言い出したのか”は判らないままだった。
「もっと見たかったのに……」
未だ消えない困惑と、じろじろと観察された居心地の悪さを残すスコールの隣で、ティーダは拗ねた顔で呟いた。
それを無視しても良かったのだが、ちらと横目に覗いたティーダが、心底残念そうなのがスコールの胸を抉る。
別段、スコールはお人好しではないと自分を分析するが、人目は非常に気にする性質だし、自分の所為でティーダが落ち込むと言うのも引っ掛かる。
ティーダがこのまま夜まで過ごしていたら、戻って来た仲間達に、何かあったのか、喧嘩でもしたのかと集中攻撃を喰らうのも目に見えていた。
何より、自分の所為で、ティーダの爛々とした海色の瞳が翳るのが嫌だった。
スコールはふう……と細い溜息を吐いて、いじいじとソファを指で突いているティーダを見た。
「……なんでそんなに見たいんだ。面白いものでもないだろ、俺の顔なんて」
「顔が見たい訳じゃないっスよ。……それも見てたけど」
ソファの上で膝を抱え、ゆらゆらと揺れながらティーダは言った。
じゃあ何を見ていたんだ、とスコールが視線だけで問うと、
「……スコールの目。綺麗な色してるから、見たいって思ってさ」
「……は?」
ティーダの言葉に、スコールは首を傾げた。
これか?とスコールの手が自身の右目に向かう。
触れた所で取り出せるものではないので、瞼越しに目玉を撫でるだけだ。
撫でながら、鏡で何度も見た筈の其処の色を思い出そうと試みるが、何か特筆するような色はしていなかった筈───と、スコールは思うのだが、
「青い目って、俺が知ってる限りじゃ結構あったと思うんだけど、スコールみたいな色してるのって初めて見た気がしてさ」
「……そんなに珍しい色でもないだろ。あんたと似たような色だ」
「全然違うって!」
食い入るような勢いで否定したティーダに、スコールの眉間に皺が寄る。
確かに、美術的な色の差異で言えば同じではないが、カテゴリとしては同じだろう、と。
しかし、ティーダは尚も続ける。
「青なんだけどさ、もっと深い色って言うか。なんか、海の底の方みたいなさ」
「あんたも青で、海の色だろう」
「んー……そう言われるのは嫌いじゃないんだけど、俺の色とは違うんスよ。もっと澄んでて、混じりっけが無い感じの……」
それこそあんたの方だろう、とスコールは思った。
しかし当のティーダは、スコールの瞳こそが海の色だと言う。
「陸から見る海じゃなくて、海の中で見る海って言うのかな。潜って初めて見える海」
「……意味不明だ」
「スコール、海に潜った事ないっスか?」
「………海に入った事はある。多分」
だが、ティーダの言う“海の中で見る海”と言うのは判らなかった。
そもそも、彼の世界に存在する海と、スコールが記憶している世界の海が同じかどうかも判らない。
そう考えると、二人がそれぞれ抱いている色への認識に違いがあっても可笑しくはない。
となれば、これ以上色の違いについて問答するのは不毛だ。
そんな結論に行き着いて、スコールはティーダに“海の色”について訊くのを止めた。
テーブルに放っていたデッキに手を伸ばしたスコールを、ティーダは口を噤んで見詰める。
ひしひしと頬に刺さる視線に、スコールはデッキを捲る手を止めずに、別の疑問を訪ねた。
「それで、なんでそんなものを見たいって言い出したんだ」
「だから、綺麗だから見たいって思ったんだって」
「……綺麗なものでもないだろ、こんな色。何処にでも」
「ないって。バッツも言ってたじゃん、スコールの目の色は珍しいって」
「…そんな事言ってたか?」
「言ってた」
バッツのその言葉を、スコールは聞いた覚えがない。
スコールのいない場所で交わされた会話なのか、其処にいたが興味がなくて聞き流していたのか。
何れにしろ、相変わらずよく判らない所に着眼するな、とスコールは思う。
「スコールの世界じゃ、よくある色なんスか?」
「……青い目はよく見る」
「そうじゃなくて、スコールの色。同じ色、見た事ある?」
「……判らないし、覚えていない」
正直に答えると、それもそうか、とティーダは納得した。
記憶の回復如何に関わらず、友人知人の目の細かい色など、覚えている人間が幾らいるだろうか。
少なくともスコールは、余程親しい人間でなければ認識していないだろうし、そもそも他人の目の色を覚えているかも怪しい。
ティーダの視線は、尚もスコールの横顔に向けられている。
無遠慮な程に真っ直ぐな視線は、スコールには少々喧しい。
「おい……」
「ん?」
「……見るの止めろ。落ち付かない」
「見てるだけなんだから良いじゃないっスか」
「それが落ち付かないって言ってるんだ」
オブラートを捨ててきっぱりと言ってやると、ティーダは渋々視線を外した。
ようやく気になるものが消えて、スコールはほっと息を吐いて、手許のカードに意識を戻す。
ぱらぱらとカードを捲るスコールの耳に、ぼそぼそとティーダの愚痴のような呟きが聞こえる。
「綺麗なんだし、減るもんじゃないんだから、ちょっと位良いじゃないっスか…」
「…そう思うなら、鏡でも見てろ」
「鏡見たって自分の目が見えるだけじゃん」
「十分だろ。俺なんかより、あんたの色の方がずっと良い」
水の中で活き活きと、文字通り水を得た魚のように泳ぐティーダ。
そんな彼の本質を現したように、彼の目は海を映したマリンブルーで、濁りのない海の色。
眩しい蜜色の髪のコントラストと相俟って、夏の海を思わせる、そんな瞳。
スコールは、果てしのない海を、目的もなくぼんやりと眺める事は好きではない。
しかし、其処に在るのがティーダと同じ色だと思えたら、少し長く眺める位は出来るかも知れない。
それこそ、ついさっきまで、彼と見詰め合っていた時のように。
────それきり、二人の間に会話はなかった。
スコールはデッキ作りに集中し、ティーダはソファに背を預けて天井を仰いでいる。
だからスコールは、隣の少年が、真っ赤な顔で自分の目に触れていた事には気付かなかった。
それってつまり、スコールにとって俺の目は─────
10月8日でティスコの日!
無自覚にお互いを褒めてる、憧れ合ってる17歳's。かわいい。