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2015年08月
クラウド誕生日おめでとう!
と言う事で、現パロでクラスコです。
出勤一時間前を知らせる、目覚し時計の音が響く。
惰性に腕だけを伸ばして音の発信源を探し、叩くようにしてボタンを押した。
静かになった部屋の中で、手招きする睡魔の甘い誘惑をどうにかこうにか振り切って、クラウドはベッドを抜け出した。
下着とズボンを穿いて、窓の外を見ると、カーテンの隙間から朝ぼらけが見えた。
夏の真っ只中の現在、朝日は午前五時前には既に登り始めている。
ベッドでは年下の恋人がすやすやと眠っており、もう一度そこに潜り込みたい衝動に駆られる。
本来なら今しばらく恋人の温もりを抱き締めていられるのに、急遽シフト変更を連絡してきた店長を恨んだ。
仕事は昼過ぎには上がるが、それまでは碌に休憩時間もないので、腹の中には詰められるだけ詰め込んでおかなければならない。
眠る恋人の頭をくしゃりと撫でて、彼の為に冷房を点け、寝室を後にする。
寝室同様に蒸し暑いリビングにも冷房を点けて、キッチンに入った。
昨夜の残りの汁物が入った鍋を取り出して、火にかける。
パンにするか米にするか悩んだ後、腹持ちを優先して、冷凍庫に保存していた米を出して、電子レンジに入れた。
ふあああ、と欠伸が出る。
体の重さと、しつこく居残る睡魔を追い払おうと、シャワーでも浴びようかと思った時だった。
「くらうど……」
呼ぶ声に振り返ってみると、サイズの合わないシャツ一枚を着たスコールがいた。
シャツはクラウドが昨夜脱いで放ったもので、下肢は細身のすらりとした太腿が晒されている。
朝から中々刺激的だ、と無表情の下で眼福を噛み締めるクラウドの下に、ふらふらと、スコールは眠い目を擦りながら歩み寄る。
「悪いな、起こしたか」
「あんた、はやい……」
「すまない」
熟睡していた筈のスコールを起こしてしまった事に詫びつつ、クラウドはスコールの頭を撫でた。
意識がはっきりとしていれば、嫌がるであろう撫でる手を、スコールは甘受している。
スコールは、ふあああ、と先のクラウドと同じように欠伸をした。
「ねむ……」
「まだ寝ていて良かったんだぞ」
「…うん……」
スコールからの反応は覚束なく、返事もクラウドへのものとは言い難い。
取り敢えず、会話の音が聞こえていると言うのが精一杯だろう。
ピーッ、ピーッ、と電子レンジが音を立てる。
それでもスコールはまだ目を覚まさず、眠い目を猫手で擦っていた。
クラウドはスコールを連れてリビングに行き、ソファに座らせた。
皺の寄ったクラウドのシャツの裾から、見えるか見えないかの狭間に、ついつい目が行く。
仕事さえなければ、と思いつつ、クラウドは朝食の準備の為にキッチンに戻ろうとした────が、くん、とズボンの端を摘まれて引き止められる。
「スコール?」
名を呼んで振り返ってみると、スコールはクラウドのズボンの端を摘んだまま、目を閉じていた。
こくっ、こくっ、と頭が揺れている所を見るに、まだまだ夢と現の間にいるようだ。
ズボンのサイドに引っ掛けるように摘む手が、甘えたがっているように見えて愛おしい。
その手を取ってキスしたら、彼は一気に目が覚めて、真っ赤な顔で逃げるだろうか。
重い瞼が持ち上がらない様子を見ると、気付かずに受け止めてくれる可能性が高い。
本当に、仕事さえなければ、もっと彼を愛でていられるのに。
そんな事を思いながら、そっと摘む手を外させようとしていると、
「……クラウド……」
手を握られたのが判ったのか、スコールは顔を上げた。
重い瞼が半分持ち上がって、潤んだ蒼色がクラウドを見詰める。
睡魔の所為で緩んだ表情が、褥の中で蕩けた彼の表情を思い出させて、クラウドはむずむずとした感覚を自制する。
握った手を逆に握られて、くい、と引っ張られる。
甘えたがっているらしい恋人に、こう言う彼が見られるのなら早起きも悪くない、と思いつつ、彼の要望に応える為に身を屈める。
「………と……」
「ん?」
顔を近付けていた所で、スコールが何かを言った。
眠気に揺られた彼の声は、とても小さく、クラウドの耳には音の形が聞き取れない。
眠そうな彼には可哀想だが、「なんだ?」と訊ねてみると、スコールは素直にもう一度口を開き、
「……おめでと……」
そう言って、柔らかな唇を、クラウドの頬に押し当てた。
何が起こったのか、何をされたのか理解出来ず、クラウドは呆然と固まった。
スコールはそんな恋人に気付いていないのか、眠気に遂に抗えなくなったようで、握っていたクラウドの手を放すと、ぽすんとソファに横になる。
すう、すう、と直ぐに穏やかな寝息が零れ始め、彼は再び、夢の世界の住人となった。
おめでとうって何が。
キスをされたのは何故。
俺はまだ寝ているのか、これは夢の続きなのか。
混乱状態に陥ったクラウドの頭を、ぐるぐると疑問が巡る中、恋人は手探りで捕まえたクッションを抱き締めて眠り続けている。
心なしか緩んで見える表情に、起こして再確認するのも躊躇われ、クラウドはソファの傍らで固まり続けるしかなかった。
(おめでとうって────あ)
繰り返し頭を巡っていた恋人の言葉の意味について、ふと思い出した事を確認すべく、ソファ前のローテーブルに置いてある電波時計を見る。
時刻の横に小さく表示された日付は、8月11日────クラウドの誕生日を指していた。
わざわざその為に、その一言を伝える為に、彼は起きて来たのだろうか。
いつもなら絶対に目覚めないであろう、太陽が昇り切らないような、こんな早い時間に。
そう思うと、クラウドは緩む口元を抑える事が出来ない。
ついでに頬に触れた柔らかな感触を思い出せば、もうどう足掻いても顔は緩み切って元に戻らない。
「……ありがとう、スコール」
眠る恋人に感謝の言葉を贈っても、返事は帰って来ない。
すやすやと、スコールは健やかな寝息を立てて、クッションに顔を埋めている。
そのクッションをそっと取って、クラウドは傷の走る額にキスをした。
どうしても一番最初に「おめでとう」が言いたかったスコール。
クラウドが仕事に行ったら、絶対誰かが先に言うと思ったから、何が何でも仕事に行く前に言いたくて、頑張って起きて来た。と言う話。
この後、クラウドはニヤニヤしながら仕事に行って、ザックスあたりから「何かいい事あったな~?」って揶揄われる。
サイファーは頗る不機嫌だった。
原因は、連日続く猛暑と、肝心な時に壊れてしまった冷房機器にある。
元々、夏になると気温が上昇し易いバラム島であるが、今年は近年でも稀に見る猛暑に襲われている。
ガーデン内では至る所で冷房がフル活用され、教員・生徒の生活を守っていたのだが、毎日の酷使に機械が根を上げた。
ガーデン本校舎の電気が活動を停止、校舎内は猛暑を通り越した酷暑となった。
夏休みに入った今、寮や食堂、保健室、保健室と言った各施設は無事なのは良かったが、補習授業に明け暮れる生徒・教師には溜まったものではない。
今まで当たり前のよう肖っていた冷房機器の恩恵の有難さを噛み締めながら、皆汗だくになって補習授業をこなしている。
そして本校舎の冷房機器停止の被害は、教室だけではなく、その上層フロアに誂られた指揮官室にも及んでいた。
保護観察中につき、一日の大半をほぼ其処に拘束されているサイファーが不機嫌になるのも、無理からん事であった。
「くそ暑い……最悪だ」
「そうだな」
来客用ソファに寝そべり、背凭れに足を乗せた、非常に行儀の悪い格好で呟いたサイファーに、デスクについて書類を捲っていたスコールが短い反応を投げた。
来客用のソファには、革張りの上質なものが備えられている。
室温が適温であれば、革はほんのりと冷えて心地が良いのだが、この熱空間では蒸し暑さが増すだけだ。
「あークソっ。クソったれ。畜生」
「煩い」
「仕方ねえだろ、暑いんだから!」
がばっとソファから体を起こして声を荒げるサイファーに、スコールは判り易く溜息を吐いた。
「暑いのはお前だけじゃないんだ。機械が直るまでは我慢しろよ」
「いつ直るんだよ?」
「さっき業者が着いた。今見て貰ってるから、状態の報告と見積もりが上がって、それから…」
「今直ぐやらせろよ。どうせ直すんだから、そんなモン後で良いだろ」
「……同じ事、キスティスに言って来い」
「ンなもん俺が死ぬに決まってんじゃねーか」
機械の恩恵を失い、ストレスを募らせているのはサイファーだけではない。
スコールも勿論そうだし、キスティスも同様だった。
業者が来るまで、この指揮官室で、暑い筈なのに寒い空気に晒されていたのを、サイファーもまだ忘れてはいない。
彼女は現在、ようやく到着した業者と共に配電室に行き、状況検分を行っている。
業者の方も、バラムの街で同様の案件を複数抱えており、ガーデンだけが特別扱いされる事はないから、機械故障の連絡から到着まで時間が空いたのは仕方がないのだが、今のガーデン生徒にはそれを慮る余裕もなかった。
クソったれ、と何度目か判らない悪態を吐き捨てて、サイファーはソファを立った。
いつも着ているお気に入りの白コートは、自分のデスクに投げている。
脱いだ時には少し楽になった気がしていたが、時間が経つと、やはりまだまだ暑いと実感させられる。
頭から水を被れば少しは楽になるだろうか、と思いながら、サイファーはデスクから動かないスコールの下へ向かう。
黙々と書類処理を続けるスコールの横顔には、汗一つ流れていなかった。
表情も常と変らない仏頂面で、眉間の皺は熱さよりも終わらない書類に対する愚痴だろう。
そこまで観察して───平時なら其処まで時間を要さずとも判る事だが、暑さの所為で頭が回らないのだ───、サイファーは違和感に気付く。
「……お前、随分平気そうだな」
「…なんだよ、突然」
仕事の邪魔を意図して、デスクに寄り掛かって言ったサイファーに、スコールは顔を上げた。
正面から見たスコールの顔には、やはり汗一つ流れていない。
これだけ蒸し暑い部屋の中にいるのに、熱に弱い筈の白い皮膚は、火照った様子もなかった。
「何仕込んでやがるんだ?」
「何の話だ」
「暑いのも寒いのも嫌いなお前が、こんな状況でフツーに平然としてられる訳ねえだろうが。おら、吐け。洗いざらい吐け!」
「ちょっ…!重い!暑い!退け!!」
サイファーは椅子に座るスコールの上から覆い被さった。
ずしりと、まるで岩かと思う重さに襲われて、スコールは慌てて振り払おうとするが、サイファーはスコールの頭をがっしりとホールドして逃がさない。
「暑い!おまけにあんた、汗臭い!気持ち悪い!」
「お前はなんでンな涼しい面してんだよ!?つーかなんで実際冷たいんだ、お前!いつもと変わらねえ格好してる癖に!」
じたばたと暴れて逃げようとするスコールを、サイファーは潰さんばかりの力で捕まえていた。
体格差、純粋な腕力の差諸々の所為で、こうなるとスコールは逃げられない。
くそ、と今度はスコールの口から悪態が漏れた。
サイファーは茹った頭で冷静に分析していた。
ぴったりと密着して判った事だが、奇妙な事に、スコールから仄かな冷気が感じられる。
触れていれば直ぐに温くなってしまうような冷気であるが、この状況で、僅かでも涼の元があるだけでも段違いだ。
何処からそんな恩恵を手に入れたのか、これは聞き出さなければなるまい。
ついでに、自分がこんなに参っているのに、涼を一人占めしていた恋人への嫌がらせに、たっぷり熱の篭った体温を押し付けてやる。
「暑い…!暑いし重いし鬱陶しい…!離れろって言ってるだろ!」
「だったら白状しやがれ。なんでテメェはこの状況で涼しい面してやがんだ?あ?」
「……判った。言うから離れろ!」
観念したスコールに、サイファーはぱっと体を離してやった。
負けを認めた形になったのが悔しいのだろう、スコールは頗る不機嫌な顔でサイファーを睨む。
じっとりと汗を滲ませた首を拭って、スコールは言った。
「…シヴァの力を借りてる。ごく僅かだが冷気を出して貰ってるんだ」
「ンな事にG.F使ってんのかよ」
「仕方がないだろ。こんな状況でも、俺は此処にいなきゃいけないんだ。少しぐらいズルしたって良いだろ」
指揮官と言う立場の所為で、スコールは一日の殆どを指揮官室に拘束される。
勿論、食事や睡眠などは自由に取れるので、全く外に出られない訳ではないが、任務から帰還したSeeDからの報告等を聞く為や、刻一刻と溜まって行く書類の事を思うと、長く席を空けられないのも事実。
ガーデンと言う建物の構造上、上層部に位置する指揮官室は、教室やグラウンドよりも太陽に近い位置にある。
お陰で下層よりも余計に暑くなり、冷房機器の回復を待たずに此処にいなければならない身としては、何かしらの対策は必要不可欠だった。
幸い、スコールはG.Fと親和性が高いお陰か、ちょっとした程度なら、召喚を行わなくても力を借りる事が出来る。
其処で、特に懐いてくれているシヴァに頼んで、微弱な冷気で熱から体をガードしていたのである。
────成程、どうりで冷たい筈だと、サイファーは納得した。
サイファーが触れた時、彼の体がひんやりと冷たく感じられたのは、シヴァの生み出した冷気だったのだ。
皮膚に張り付く熱を冷気のカーテンで遮断すれば、体感温度はぐっと下がるし、熱が体内に篭る事もない。
熱にも弱いが、人工的な風にも些か弱いきらいのあるスコールにしてみれば、一番体にあった涼の採り方かも知れない。
「機械が直ったら、もう止める。G.Fの問題も、まだちゃんと解決していないし…」
「そうしとけ。ま、それまでは仕様がねえか……」
些細なものとは言え、G.Fの力に頼り切るのも良くない事は、スコールも実体験から理解している。
全ては機械が直るまでと決めて、頭の中で響くノイズに感謝した。
脳内の存在を意識してか、スコールの視線が少しの間、宙を揺れる。
それを見るともなしに見ていたサイファーだったが、ふと、既に汗の様子をなくしたスコールの首に目が行った。
途端、俄かに浮かぶ悪戯心。
「にしても、お前ばっかズリィだろ。幾らG.Fに気に入られてるからってよ」
「別に良いだろ。悔しいならあんたもやればいい」
「おお。じゃあそうさせて貰うわ」
「ああ────っ!?」
改めて書類に向き直ろうとしたスコールだったが、再度襲ってきた大きなものに押し潰されそうになった。
何事かと現状を理解しようとする前に、暑いものが頬に押し付けられる。
更には頭部を囲むように抱えられて、熱の盛った固い胸板に顔を埋められる羽目となった。
「んぐっ、ううっ!?」
「おー、こりゃ涼しいわ。てめぇ、こんな良いモン一人占めしやがって」
「うっく…!は、離せサイファー!暑苦しい!」
サイファーは全身で以てスコールを抱き締めていた。
スコールは暴れ、サイファーの胸や腹を殴り付けるが、まるで効果はない。
密着したスコールの躯を覆う冷気が、保冷剤のようにサイファーに涼を齎している。
指揮官室に入って以来、初めて手に入れた冷気に、サイファーの機嫌は鰻登りだ。
反対に、サイファーの熱を全身で吸収させられるスコールは、溜まったものではない。
彼を覆うシヴァの冷気は、本当に微弱で、言わば薄いレースカーテン程度の厚みしかない為、密着した男の熱までは遮断できないらしい。
折角の貴重な涼を奪われる状態に、スコールの機嫌は直滑降の勢いで下がっていく。
デスクをがたがたと蹴って、スコールはサイファーを振り払おうとする。
しかし、サイファーはスコールの背中に腕を回して持ち上げると、代わりにチェアに座ってスコールを膝上に乗せた。
一瞬、何が起こったのか判らなかったのだろう、スコールがぽかんとした表情でサイファーを見上げる。
が、直ぐに状況を理解すると、真っ赤な顔でサイファーの髪を掴んで引っ張り始めた。
「いててててっ、痛ぇよテメェ!」
「下ろせ!離せ!其処を退け!」
「ぜってーヤだね!」
より激しく暴れはじめるスコールを、サイファーは体格差に物を言わせて封じ込んだ。
髪やら頬やらを引っ張られて、痛みには腹が立つが、密着した場所から伝わる冷気は手放せない。
サイファーは頭皮の痛みに片眉を顰めつつ、真っ赤な顔で睨む恋人を見た。
離せよ、と声を荒げるスコールに、やだね、と言ってやれば、益々スコールの顔が赤くなる。
怒り一色のその額に、サイファーは唇を押し付けた。
途端、スコールは暴れるのをぴたりと止めて、豆鉄砲を喰らったような顔でサイファーを見る。
────アルテマジャンクションの右アッパーがサイファーの顎を打ち上げるまで、あと三秒。
『夏で暑いのにひっついてるサイスコ』のリクを頂きました。
G.Fにそんな使い方があるのかは判りませんが、属性耐性とかあるし、その辺の影響と言う感じで。
あとアルテマでアッパーはやばい。顎砕ける。でもサイファーだからきっと大丈夫だ!
年下なんだから、と言われると、事実だけにぐうの音も出なくなる。
少し高い位置にある顔を見上げ、微笑んで頭を撫でる男に、立場が逆ならもっと───と何度も考えた。
が、対人スキルと言う点に置いて、赤点同然の自分を鑑みるに、年齢が違っただけで変わる関係ではないように思う。
それでも、せめて対等な関係であれば、と思う事は、一度や二度ではない。
一人で行動するのは良くない、と言うウォーリア・オブ・ライトに反発するように、増えて行くスコールの単独行動にストップをかけたのは、レオンだ。
と言っても、スコールに散策に行くのを止めろと言った訳ではない。
聖域を出る時だけでも、二人で一緒に出発すれば、ウォーリアへの言い訳は立つだろうと提案したのだ。
お互いに単騎戦闘を主軸としているので、出先で別行動を取っても問題はない。
最低限の決まりとして、歪には一人で飛び込まない事、何かあればお互いの位置が直ぐに確認できる手段を確保した上で、レオンはスコール単独での散策を許した。
勿論、お互いに喋る事も少なく、作業に入ると集中するので、一緒に収集するのも悪くない。
ジタンやバッツのような強引さのない、スコールの意思を尊重する彼の姿勢は、年若い者ばかりの秩序の戦士達の中にあって、正しく年輩の配慮と言う奴であった。
お陰でスコールは、無理なく一人の時間を確保する事が出来るようになり、終始賑やかな面々に囲まれるストレスを軽減する事が出来た。
良いことだ。
良いことなのだが────反比例するように、彼の大人な対応を見るにつれ、自分が我儘を振り翳している子供のように思えて、悔しくなる。
スコールは、元の世界では傭兵でありながら学生であった。
正しく言えば、傭兵を育成する学校機関に籍を置いている、結局の所、庇護される立場を抜け切れない“学生”だと言う事だ。
スコールが記憶している世界の常識では、学生はまだ子供である。
国によって微妙な差異があった気もするが、少なくとも、スコールがいた環境では、教育機関に席を置いている立場、或いは二十歳を数えない者は大人として扱われてはいない。
何処かの国では、年齢の点で法令上許されていない、自動車免許や他特殊技能を有していたと思うので、そう言う意味では特殊な法律下にいたと思う。
そう言った点を差し引いても、やはりスコールは、年齢的にも立場的にも、庇護される対称であった事は変わらない。
神々の闘争の世界には、常識と言うものはない。
召喚された仲間達と話をすれば、スコールが思っている『成人は二十歳以上』と言う考えも、当て嵌まらない者は少なくなかった。
例えばフリオニールは「狩りが出来るようになれば」、ルーネスの場合は「十五歳以上は大人」と言う考えがある。
スコールと文明レベルが近いクラウドとティーダは、環境により扱いに差はあっても、「成人は二十歳」と思っている。
バッツやジタンは、自分の事が自分で判断、決断が出来るようになれば、大人であろうと子供であろうと一人前、と言っていた。
そしてレオンはと言うと、大人と呼べるのは二十歳以上で、以下はまだまだ子供扱いされる。
レオンの環境では、大人だ子供だとはっきりと区別されている訳ではなく、有用される能力さえあれば年齢に関係なく仕事が割り振られるらしい。
事情があって、区別している余裕がないからだ、と彼は少し苦い表情で言っていた。
表情と言葉の意味が気になったが、苦味の中に聞かないでくれと言う意図があった事、スコールにそうした深い場所に踏み込む勇気がなかった為に、詳しい事は判らない。
ただ、“事情”さえなければ、子供は子供として庇護されるものだと言った。
きっと自分は、レオンにとって“庇護すべき子供”なのだろう。
だから彼はスコールに対して甘く、我を通そうとする様子も、我儘を寛容するように許すのだ。
その寛容に甘えるように、今の関係を構築した自分が、今更になって現在の関係性に不満を呈すと言うのは、それこそ子供の我儘じみているのは判っているつもりだった。
けれど、それでも、だからこそ────これは“子供の我儘”ではないのだと、はっきりと認識させたかった。
探索中、足に傷を負ったレオンを手近な木の下で休ませて、直ぐ近くにあった川辺で手拭いを濡らした。
余分な水気を絞り切り、彼の下に戻った時には、レオンは手早く応急処置の準備をしていた。
自分で済ませてしまおうとする彼の手から傷薬を奪い、なるべく傷を痛めないように気を付けて、手早く処置を済ませる。
「悪いな」
一つ一つの手順が終わる度、レオンはそう言った。
別に、といつもの短い言葉を投げて、スコールは傷を保護する為の包帯を巻く。
「しばらくすれば、歩けるようにはなると思うんだが」
「……ああ。魔法まで使う必要はないだろうな」
包帯の下には、魔物の爪痕が残っている。
麻痺毒を有した爪は、引っ掛けるだけで十分効果があり、スコール同様、遠距離が得意ではない為に走り回る事になるレオンには痛手であった。
強い毒ではない為、時間を置けば効果は薄らいで行くが、それまでは休息しなければならない。
その間、スコールに面倒を書けてしまう事を、レオンは随分と気にしているようだった。
歩けるようになっても、戦闘が可能になる程回復するかも判らないので、それも彼にとっては気掛かりだろう。
「エスナとか言う魔法が、俺にも使えたら良かったな」
「…俺だって持ってない。そう言うのは、言い出したらキリがないだろ」
「……そうだな」
レオンもスコールも、有している魔法は攻撃するものばかりだ。
スコールはケアルが使えるが、効力は微々たるもので、応急処置程度にしか使えない。
お互い、自分の世界ではそれが普通だったので、深く気に留めた事はなかったが、違う世界から召喚されてきた仲間達の下にいると、あんな力があれば、と思う事は少なくなかった。
叶わない願いをいつまでも言っていても仕方がない、とスコールは思考を切り替えた。
撒き終えた包帯の端を裂いて、固い結びにして固定する。
レオンが動けるようになるまでは、スコールも動く事は出来ない。
スコールはレオンの傍に腰を下ろして、周囲をぐるりと見渡した。
片や見通しの悪い森、片や開けた川と言う中で、今の所、魔物やイミテーション、カオスの戦士の気配はない。
散策も一通り済ませた後なので、このままレオンの麻痺が消えるまで何事もなければ、そのまま帰路にしても良いだろう────と、思う傍ら、
(……今なら)
さらさらと川のせせらぎと、緩やかな風に吹かれて揺れる木々の微かなざわめき。
それ以外に何もない、賑々しい仲間達の声も聞こえないと言うのは、非常に珍しい。
聖域にいると、必ず誰かしらの気配があって、他者の気配を人一倍気にするスコールは、よくよくタイミングを見極めなければレオンと触れ合う事が出来なかった。
レオンは「いつでも良いぞ」と言うが、スコールの方が“いつでも”とは行かない。
……そんな自分の余裕のなさに、また悔しくなったりもするのだが、それはそれとして。
「レオ、ン」
いつものように名前を呼ぼうとして、変な所で詰まった。
そんなスコールに気付いたのだろう、レオンは小さく笑みを浮かべて、「なんだ?」と首を傾けた。
空から落ちる木洩れ日が、レオンの顔にひらひらと影を落とす。
不規則に揺れる光が、レオンの宝石のような蒼の中で揺れていた。
その光に誘われて、スコールはゆっくりと、レオンの唇に己のそれを押し当てる。
「ん……」
スコールからのキスを、レオンはすんなりと受け入れた。
緩く開いたレオンの唇の隙間に、スコールは滑り込もうとして、はっと気付いて止める。
ぱっと離れてしまったスコールに、レオンはきょとんと目を丸くした。
「スコール?どうかしたか?」
「………」
じとっと睨むスコールに、レオンは首を傾げるばかり。
どうしたんだ、と訊ねるレオンは、至極不思議そうな顔をしている。
しかしスコールは、その表情が演じられたものではないか、と言う疑念が拭えない。
基本的にレオンと言う人間は、何に置いても察しが良い。
敵意や悪意はいざ知らず、仲間の誰かが「言いたいのに言えない」雰囲気を察すると、先回りして流れを作ってやる事も出来る。
特にスコールに関する事になると、本人以上に聡い所があった。
そんなレオンが、スコールの行動に対し、何がしたいのだろう、と疑問を抱くと言うのが、スコールは想像出来ない。
(……悔しい)
今、レオンはスコールを受け入れる体勢だった。
スコールが行動を起こす前から、その入り口を作っていて、踏み込む事が苦手なスコールの一歩を押したのだ。
それは彼がスコールを愛してくれている証左でもあるから、決して厭う事ではないのだけれど、いつも先回りされていると思うと、少しばかり矜持が疼く。
自分とよく似た、けれど全く同じではないであろう蒼色を見つめて、スコールは奥歯を噛んだ。
目の前の人物は、自分の事を何でも感じ取れるのに、自分は幾らも相手の事が判らない。
重ねた経験、年齢の所為かも知れない。
だとすれば、スコールが幾ら経験を重ねた所で、彼に追い付く事は出来ない。
(判ってる。そんなの、俺が勝手に思ってる事だ。レオンが悪い訳じゃない)
動かない少年を心配して、レオンの手が優しくスコールの頭を撫でる。
怪我でもしたのか、と訊ねる大人の男に、スコールは小さく首を横に振った。
それでもレオンは、不安そうな顔をして、スコールの顔を覗きこむ。
名を呼ぼうとしたか、それとも何かを言おうとしたのか、レオンの唇が僅かに開いた瞬間、スコールはぶつけるように唇を重ねた。
虚を突かれた蒼が瞠られるのも構わず、無防備な咥内に舌を侵入させる。
「んっ……!」
先程とは僅かに違う男の反応に、スコールはこっそりと満足する。
悪戯が成功した気分だった。
そんな気分に気付いてから、それではやはり子供ではないかと思う。
けれども、不意打ちを食らって呆然としているレオンの貌を見て、知らず頬が緩む。
少しの間、レオンは固まっていたが、現状を理解するのは早かった。
口付けあったままで、くしゃ、とレオンの手がスコールの髪を撫でる。
「ん…ん……」
「ん、う……っ」
スコールの愛撫を、レオンは甘受していた。
少年の与えるキスは、まだまだ拙く、レオンが与えたものを真似ているものが殆どだ。
勢いよくぶつけなければ踏み込む事も出来ない、そんな幼いキス。
頭を撫でるレオンに応えるように、スコールはレオンの背中に腕を回した。
少しだけ唇を離して、もう一度キスをする。
深くなる口付けを与え受け止めながら、二人は身を寄せ合った。
(俺がしてる、筈なのに)
キスしているのに、されているようで。
抱き締めているのに、抱き締められているようで。
やっぱりまだ悔しい、と思いながら、スコールは唇を離した。
レオンは自由になった呼吸で、ゆっくりと不足した酸素を吸いこんだ後で、膝上に乗っている少年に微笑む。
可愛いな、と言う声が音なく聞こえた気がして、スコールは悔しさをぶつけるように、レオンの鼻先を甘く噛んでやった。
『スコレオでほのぼのイチャイチャ』のリクを頂きました。
リードしたくて頑張るスコールと、大人の余裕な(振りをしている)レオンでした。
実はこのレオンは、先回りする事で余裕を保った顔をしてるので、不意打ち喰らうとちょっと崩れる。
そんなレオンに気付かないので、スコールは一所懸命。その青さが愛おしい。
ぱちぱちと、喉の奥で気泡が弾けている。
ほんのりと甘い炭酸水の冷たさが、気泡のお陰でよりはっきりと伝わる気がした。
ティーダ達に誘われ、半ば強引に連れ出された夏祭りで、これまた強引にやらされた輪投げで手に入れた、独特の形をした昔懐かしのラムネ瓶。
人数分を手に入れた瓶を配った後、手許に残った一本を手に、スコールはベンチに座ってそれを傾けていた。
友人達はと言うと、焼そばやらたこ焼きやら、ラムネのアテになる食べ物を探しに行った。
居並ぶ屋台を右へ左へ誘われ、ターゲットを定めずあれこれもと買って来るのは想像に難くないので、帰ってくるまではまだしばらく時間がかかるだろう。
人込みを歩くのが嫌いなスコールは、のんびりと食事をする為の場所取りと言う体で、休憩タイムを貰っていた。
祭りのクライマックスには花火が挙げられるとあって、夏祭りは盛況であった。
何処に行くにも人人人で、熱気も一入となっており、やっぱり来るんじゃなかった、とスコールは思う。
けれども、友人達を置いて帰ってしまおうと言う気にもならない。
仕様のない、と溜息を吐きながら、スコールはラムネを飲みながら、友人達が戻って来るのを待っていた。
(あいつらが戻って来る前になくなりそうだな…)
手に持った瓶の重さは、傾ける毎に軽くなっている。
此処に至るまでに、気温の高さと熱気の所為で、随分と汗を掻いた所為だろう。
足りなくなった水分を欲する体に従う内、ラムネは半分以下まで減っていた。
ティーダ達にメールして、別の飲み物を注文して置こうか。
そう思っていた所で、すいっ、とスコールの視界に割り込んだものがあった。
「……レオン?」
割り込んだものの正体を見極めようと顔を上げて、正体よりも先に、それを差し出した人物の顔が見えた。
家で弟の帰宅を待っている筈の兄が、どうして此処に。
目を丸くして見上げるスコールに、レオンは笑って、差し出していたラムネ瓶を取るように促す。
取り敢えず、とスコールが瓶を受け取ると、レオンはスコールの隣に腰を下ろした。
「なんであんたが此処に?家にいるって言ってたのに」
「仕事が溜まってたからな。一段落したから、息抜きしようと思ったんだ」
そう言ったレオンの手には、缶ジュースが握られていた。
プルタブを回して、プシュッ、と炭酸ガスが抜ける音がする。
スコールは、レオンの手で傾けられる缶を見て、自分の両手に収まっている二本のラムネ瓶を見た。
「…これ、買ったのか?」
缶ジュースとラムネ瓶をそれぞれ買う、と言うのは、レオンにしては奇妙な行動だ。
ティーダやジタンのように、迷った末に両方を飲む、と言う選択は、彼には余り存在しない。
レオンは一頻り喉を潤すと、ふう、と一つ息を吐いて、
「祭りの出入口にある本部に、クジ引きがあっただろう」
「ああ」
「ジュースを買った時に引換券を貰ったから、ついでに引いてみたんだ。で、それが当たった」
開けていないラムネ瓶を指差して、レオンは言った。
成程、期せずして手に入れたものだったと言う事だ。
帰り際に手に入れたのなら、そのまま持って帰って冷蔵庫に入れる所だが、レオンは来たばかり。
今から帰るのは少し勿体ない、と思い、弟とその友人達なら、誰かが貰ってくれるだろうと、捜し歩いていた───とレオンは言った。
氷水から上げられてから、長い時間は立っていないのだろう、握った瓶から冷気が伝わって来る。
スコールはポケットからハンカチを取り出して、冷気が逃げないように瓶を包んだ。
先ずは今飲んでいるラムネを消費してから、と開いている瓶を口元に運ぶ。
「……ラムネなんて、懐かしいな」
隣から聞こえた独り言に、スコールは瓶を咥えたまま、目だけを其方に向けた。
レオンは缶ジュースを片手に、がやがやと賑やかな祭りの景色を眺めている。
「子供の頃は、夏祭りには毎年行ってたから、ラムネもよく飲んでたけど。飲み切れないってお前の分まで貰って」
「……そんな事あったか?」
「あったんだよ。お前は小さかったから、余り覚えていないかも知れないが」
くすくすと笑う兄に、スコールは口の中で瓶を噛んだ。
記憶にない自分の行動を語られると言うのは、なんともむず痒い気分にさせられる。
そんな弟を余所に、レオンは缶ジュースをゆらゆらと揺らしながら続けた。
「社会人になってから、夏祭りには行かなくなってたな。お前も行きたいって言わなくなったし」
「…人込みが嫌なんだ。ただでさえ暑いのに、こういう所は余計に暑いし」
「人も多いし、電球とか、出店の鉄板とかな。そう言う熱気を楽しむのも祭りの醍醐味ではあるんだが……」
「……暑苦しいのは嫌いだ。それなのに、あいつら……」
まだ戻って来る様子のない友人達に、口の中でぶつぶつと文句を言ってやる。
レオンはそんな弟に苦笑し、濃茶色の髪をくしゃくしゃと撫でた。
「それで、ティーダ達はどうしたんだ?一緒じゃないのか」
「食べ物を買いに行って、まだ戻って来てない」
「色々買って来そうだな」
レオンの言葉に、スコールは、両手一杯に食料を抱えて戻って来る友人達を思い浮かべた。
その想像は、程無く現実のものとして、スコールの前にやって来る事だろう。
少しだけ貰って、後は譲ろう、とスコールは思った。
遠くで祭囃子の音が鳴り、どうやら音頭が始まったようだと知る。
祭りを楽しむ人々の足が、中心地へと向かって行くのを見ても、子供の頃の様にはしゃぐ事はない。
人の流れが再び散らばって混雑する前に帰れるだろうか、と凡そ叶わない事を考えていると、
「スコール。それ、少し貰って良いか?」
「……これか?」
スコールが手に持っていたラムネ瓶を指差すレオン。
スコールは別に良いけど、と言いかけて、レオンから貰った一本がある事を思い出す。
「こっちの方が冷たい────」
「いや、こっちで良い」
未だ開けていない物の方が良いだろうと、スコールが瓶を持ちかえようとした時だった。
レオンは少ない中身の瓶を、スコールの手ごと掴んで、口元に寄せる。
薄い唇が瓶の縁を咥えて、傾いた瓶から透明な液体が滑り落ちて行った。
こく、こく、とレオンの喉が鳴る────スコールの目の前で。
酷く近い距離で見たレオンの喉には、薄らと汗が滲んでいた。
しゅわしゅわと細かい気泡が、レオンの喉で弾ける感触を作り、まだ僅かに残っていた冷気が、甘味と一緒に流れ落ちて行く。
固まって動かないスコールの手から、ラムネを奪う事しばし────中身が空になった所で、ようやくレオンは口を放した。
「久しぶりに飲むと美味いな」
「あ……う、ん」
濡れた口元を指で拭うレオンに、スコールは呆然と返事をするのが精一杯だった。
レオンはそんなスコールに、くすりと笑みを浮かべ、徐に顔を近付ける。
ふ、と柔らかなものがスコールの唇に触れて、直ぐに離れて行った。
今のは、と丸くなったスコールの視界は、兄の顔で埋まっている。
蒼の宝石の中で、祭りの灯がひらひらと閃くのが、まるで星のようだった。
その中に映り込んでいる弟に、レオンはそっと微笑んで、もう一度唇を重ねる。
二度目のキスは、一度目よりも深かった。
直ぐ傍を歩いている人々の気配は何故か遠く、祭囃子も違う世界で鳴っているように聞こえる。
今まで何度も受け入れて来た唇は、常と違って、少しだけ甘くて、ひんやりとしている気がする。
それが、手の中に残っている空っぽの瓶の所為だと言う事は、直ぐに判った。
滑り込んで来た舌の熱に触れて、ゴトッ、と瓶が地面に落ちて転がる。
唇は、離れて行く時、とてもゆっくりとしていた。
ゼロに近い二人の唇の間で、熱の篭った呼吸が一つ零れる。
くしゃりと大きな手に頭を撫でられて、スコールはぼんやりとした瞳で、目の前の男を見詰める。
「……お前も、美味いな」
囁かれた言葉に、スコールの顔が一気に赤くなった。
固まったスコールをそのままに、レオンは席を立つ。
地面に転がったラムネ瓶を拾って、手を振る代わりに瓶を振る。
兄の背中が流れ行く雑踏に紛れるのと入れ違いに、両手一杯に焼きそばやらたこ焼きやらを抱えた友人達が戻って来た。
「おーっす、お待たせー!」
「ホルモン焼きが美味そうでさー、買っちまった」
「トウモロコシって焼くとなんであんな良い匂いするんだろうな。ほら、スコールのも買って来た」
ティーダ、ジタン、ヴァンが次々と両手に抱えた物を広げて見せる。
ついさっきまで鉄板の上で焼かれていたのであろう食べ物が、これ見よがしに良い匂いを漂わせていた。
食べ終わったらまた屋台巡りをするのだろうに、一体幾ら使ったんだ────と思うような余裕は、今のスコールにはなく。
「あれ、スコール。どうかしたんスか?」
「顔赤いぞ。そんなに暑いか?」
「人酔いした?」
赤い顔で固まっているスコールに、友人達は口々に声をかける。
しかしスコールからの反応は捗々しくなく、ようやっとティーダと目を合わせたかと思うと、直ぐに俯いてしまった。
口元を押さえる仕種を見付けて、やっぱり人酔いかな、と言ったヴァンが、スコールの横に置かれている、ハンカチに包まれたラムネ瓶を見付ける。
「スコール、もう一本買ったのか?人酔いしたなら飲んだ方が良いぞ」
俺が開けようか、とヴァンが瓶に手を伸ばす。
その手が瓶に届く前に、スコールは攫うように掴んで、友人達から見えない場所に置く。
ヴァンはそんなスコールに首を傾げたが、今飲む気分じゃないんだろうと、深く気にしなかった。
それより、食べれば気分も変わるだろうと、食べ物を囲む友人達の輪に加わる。
スコールも遅れて仲間達の輪に加わって、赤らんだ顔で唇を引き結ぶ。
手に持ったラムネ瓶は、祭りの間、開けられる事はなかった。
『夏らしい爽やかレオスコ』のリクを頂きました。
夏らしい=夏祭り、爽やか=ソーダ(ラムネ)と言う安易な連想を混ぜたらこうなりました。
このラムネは、飲むに飲めなくて、一週間くらい家の冷蔵庫の中に残ってると思います。
子供の稚い言葉遣いとは、なんと愛らしいものだろう。
主張される意思を正確に汲み取るには、中々努力を要するが、その労も、意思をくみ取り願いを叶えた時の無邪気な笑顔で、水に流してしまえる。
そんな訳で、最近、レインの家では、末っ子構い大会が毎日開催されている。
話題の中心人物である末っ子は、そんな大会が催されているとは露知らず、寝て起きて泣いて、遊んで貰って笑って泣いてと、すくすくと育っていた。
ぶーぶー、にゃーにゃー、と擬音が主だった声には、少しずつ語彙が増えている。
その変化に気付いて以来、末っ子構い大会は一層の賑わいを見せていた。
小学校から帰った兄と妹は、ただいまの挨拶もそこそこに、台所の流し台で手を洗うと、カーペットの上で遊んでいた弟の下に向かった。
今日も早速、末っ子構い大会の開催を、レインは夕飯の準備をしながら眺める。
「スコール、ただいま」
「ただいま、スコール!」
駆け寄って来た兄と姉に、ラッパのおもちゃで遊んでいたスコールが顔を上げる。
円らな瞳に大好きな二人の顔が映って、スコールはぱぁっと明るく笑った。
「あーう。あう。たーう」
「よしよし。ただいま、スコール」
両手を伸ばして早速抱っこをせがむ弟を、レオンが抱き上げる。
きゃっきゃと嬉しそうにはしゃぐ弟に、妹が羨ましそうに兄の服をぐいぐいと引っ張った。
「レオン、ずるい。私もスコール抱っこしたい!」
「判ってるよ。ほら、落とさないようにな」
「うん。おいで、スコール。おねえちゃんが抱っこしてあげる」
レオンが体を離そうとすると、嫌がるようにむずがったスコールだったが、姉に呼ばれるところりと笑顔になった。
あっちに行きたい、と手を伸ばすスコールをエルオーネが受け取り、落さないようにしっかりと両腕で抱き締める。
「んっしょ…スコール、重いねー」
「そうだな。大きくなったな」
「あーあ。あちゅ。ぷぅ」
「ん?なぁに、スコール」
エルオーネに抱かれたまま、スコールはひらひらと手を揺らす。
何か掴むものを探す仕草に、エルオーネは首を傾げ、レオンはきょろきょろと辺りを見回した。
と、床に転がっているラッパのおもちゃに気付いて、拾い上げる。
「スコール、これか?」
「あう、あー。ちゅ、ちゅ」
頂戴、と言うように、スコールの手がラッパに向かって伸ばされる。
ほら、とレオンがラッパを差し出すと、スコールは直ぐに持ち手をぎゅっと握った。
「あう。はぷ」
「スコール。お兄ちゃんにありがとうは?」
ぷう、ぷう、とラッパを鳴らすスコールに、エルオーネが言った。
スコールはラッパを咥えたまま、きょとんと首を傾げる。
エルオーネはカーペットに座ると、スコールを膝の上に乗せた。
レオンも座ると、エルオーネは弟を兄と向き合わせ、
「おもちゃ、取って貰ったでしょ。ありがとうって言うの」
「ぷぅ」
「ありがとう。ほら、あーって」
ラッパを口から離させて、エルオーネは口を開けて真似るように言った。
スコールはしばらく姉を見詰めた後、あっちあっち、と促されてレオンを見た。
「あ?」
「うん?」
「あーう?あう」
「ありがとうって」
「あー、い?あ?」
口を開けて、横一文字にして、また開けて。
それが今のスコールには精一杯の言葉であった。
よく出来ました、とレオンがスコールの頭を撫でると、スコールは嬉しそうにきゃっきゃと笑う。
膝の重みに耐えられなくなったエルオーネに代わり、もう一度レオンがスコールを抱き上げる。
胡坐にした膝の上に乗せて、柔らかな濃茶色の髪を撫でていると、ぷうっ、とラッパが音を立てた。
エルオーネがカーペットの上でころんと横になり、ぱたぱたと足を遊ばせる。
捲れるスカートを気にしない妹に、兄が苦笑して、さり気無く彼女のスカート裾を直してやった。
スコールは兄の膝上で、見下ろす位置にある姉の顔を不思議そうに見ている。
丸い頬にエルオーネが手を伸ばすと、その手を握ろうとしたのだろう、スコールの手からラッパが滑り落ちて、エルオーネの顔に落ちた。
「いたっ」
「大丈夫か?」
「うん。へいき」
玩具は軽い素材だから、当たっても衝撃は大した事はないが、全く痛くない訳ではない。
丁度ラッパが当たった額を摩るエルオーネに、レオンは、膝の上で掴む筈だった手を探している弟を見た。
「スコール。お姉ちゃんにごめんなさいは?」
「……お?」
「ラッパ、落しただろ。お姉ちゃん痛かったって」
「たぁう」
「ほら、ごめんなさいって」
レオンはゆっくりと口を動かして、スコールに真似をするように促した。
スコールはきょろきょろと兄と姉の顔を交互に見て、兄を見上げて「こ?」と言う。
あっちだよ、とレオンが促すと、スコールは素直にエルオーネを見て、もう一度口を開けた。
「こー。え?えん」
「ごめんなさいって?いいよー、スコール」
言葉は全く足りないが、兄の真似をしているのは判る。
エルオーネは起き上がって、きゅっとスコールの手を握った。
レインは煮込み終えた鍋の火を消して、子供達のいるリビングに出た。
母が来た事に真っ先に気付いたのはスコールで、レオンの膝から降りようとする。
落としてしまうと思った兄が抱き直すと、スコールはいやいやと兄の腕から逃げようと身を捩った。
弟のその様子と、聞こえるスリッパの足音で、兄姉も母が来た事に気付く。
「スコールは母さんが一番好きだな」
「いいなー。私もスコールの一番になりたい」
嬉しそうな兄の言葉と、可愛らしい焼き餅を焼く娘に、レインも頬が綻んだ。
レオンがスコールを捕まえる腕を解くと、スコールはバランスを崩して、ぽてっと兄の膝に座り込んだ。
少しの間きょとんとしていたスコールだが、自由の身になった事に気付くと、兄と姉に掴まりながら立ち上がる。
ぽてっぽてっと、まだまだ危なっかしい足取りで近付く末息子を、レインは膝を折って待った。
「あーう。あ、ちゃ」
「はい、頑張りました」
広げられた母の両腕に飛び込んで、スコールは嬉しそうに笑う。
レインがそのまま抱き上げやれば、高くなった視界に、スコールはきょろきょろと辺りを見回した。
「あ、ちゃ。あ、ちゃ」
「あっち?何かあるの?」
「あ、ちゃ」
リビングのドアを指差す息子に、レインは首を巡らせる。
と、まるでタイミングを図ったように、カチャリとドアノブの回る音がして、
「ただいま~!レイン~スコール~、パパ帰ったぞー!」
この家で誰よりも朗らかな笑顔と共に帰ったのは、一家の長である父ラグナであった。
それまで穏やかだった家の空気が、太陽が上ったように燦々と明るくなる。
ひょっとしたらスコールは、リビングのドアが開く前に、その明るさを感じ取っているのかも知れない───とレインは時々思っていた。
ラグナは、スコールを抱いたレインを見付けると、真っ先に抱き締めに来た。
暑い中を外回りしていたのだろう、汗と日焼けの匂いのする夫に、レインは眉尻を下げて笑う。
「お帰りなさい。ねえ、ラグナ、暑いわ。スコールも暑がってる」
「あや、あう」
「おっと。ごめんな~、スコール」
妻の言葉に、ラグナは慌てて体を離した。
母の腕の中でむずがる末息子に、ぽんぽんと頭を撫でてあやし、にっこりと笑い掛ける。
スコールは大きな手に撫でられて、ぱちくりと瞬きを繰り返した後、父につられたようにふにゃあと笑った。
「あーもう、可愛いなあ、スコール!」
「あふ。あふ?」
「父さん、お帰りー」
「おう、ただいま。レオンとエルも可愛いぞー!」
「きゃっ」
長男と娘の姿を見付けると、ラグナは彼等に駆け寄ってぎゅうっと抱き締めた。
突然の事にエルオーネが目を白黒させ、レオンは母と同じように眉尻を下げていた。
エルオーネは、突然の父の抱擁に───いつもの事ではあるのだが───不思議そうに首を傾げる。
「なあに?どうしたの?」
「んー。うちの子達は皆可愛いなーって思ってさ」
「エルとスコールは可愛いけど、俺は別に可愛くないよ、父さん」
「いいや、レオンも可愛いぞ。格好良くて可愛いぞ!」
恥ずかしがる兄を、ラグナは妹ごとぎゅうぎゅうと抱き締める。
苦しいよ、と兄妹は言ったが、ラグナは二人をまとめて抱き上げると、ぐるぐると回転し始めた。
ぐるんぐるんと勢いよく周る視界に、兄妹が可愛い悲鳴を上げている。
レインは賑やかな夫と二人の子供にくすくすと笑った。
視線を腕の中へと落とせば、指をしゃぶっている息子がきょとんとした顔で見上げて来る。
「本当に、皆してあなたを甘やかしちゃって」
「う?」
「でも、仕方がないわね。皆あなたが可愛いんだもの」
レインは、スコールの丸い頬を指で突いた。
つるつる、ぷにぷにとした肌は、何度触っても気持ちが良い。
羨ましいなあ、と思いながら頬を突いていると、スコールはむずがるように顔を顰めて、ぷるぷると頭を振った。
ごめんごめん、と謝りながら、レインは目を回した夫と、そんな父に呆れている息子、楽しそうに笑っている娘の下へ近付く。
「もう、ラグナ。何してるの」
「目が回ったんだって」
「あはは。面白かった、ねえもう一回やって?」
「ちょ、ちょっと待って、エル……うぉお、床が壁みたいだ」
「う?うー、う」
母の腕から抜け出したスコールが、とて、とて、と父の下へ向かう。
可愛い末息子の気配に気付いたラグナは、直ぐに顔を上げようとしたが、揺れた脳はまだ落ち着いていなかったらしい。
潰れるように顔面から床に落ちた父に、兄と妹が「大丈夫?」と声をかける。
そんな兄妹に、大丈夫大丈夫、とラグナが力なく笑いかけた時だった。
ぽん、と小さなものがラグナの頭に乗る。
そのまま、それはラグナの黒髪を左右に摩って、ぽんぽん、と柔らかく叩いた。
ようやく眩暈が収まったラグナが顔を上げると、小さな息子が目の前にいて、
「たーい。たーい」
「……すこーるぅううううう!!」
例えば転んだ時、例えば頭をぶつけた時。
優しく頭を撫でられながら、大丈夫?と言われる事を、幼い息子は覚えていた。
拙い言葉で、一所懸命にそれをなぞる息子に、父の感動はメーターを振り切ったようだった。
弟に慰められる父に、いいなあ、とエルオーネが羨ましそうに言った。
そんな妹の頭を、兄がくしゃくしゃと撫でて、散らばった髪を優しく手櫛で梳く。
エルオーネはくすぐったそうにその手を受け止めて、柔らかい頬をほんのり赤く染めていた。
父の頭を撫でていた末息子が、今度は父に頭を撫でられている。
それだけでなく、頬も擦り合わせて可愛い可愛いと繰り返すラグナに、レインは仕様のない人だと小さく笑う。
兄と妹はと言うと、弟を独占している父に抱き付いて、ずるい交代と急かしていた。
─────夕飯の時間まで、後少し。
賑々しい家族に囲まれて、レインはゆっくりと深呼吸して、幸せの空気を吸い込んだ。
末っ子大好き一家。皆で溺愛しまくり。
幸せ一家を書いてると泣きそうになるのは何故だろう。レインさんがいるからかな。