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2025年04月

[16/シドクラ]清明の芽



新入生代表の挨拶を任された、と家族に報告した時、父は頬を綻ばせ、弟はすごいと喜んでくれた。
母はいつもと変わらない表情で、「恥のないようになさい」と言って、クライヴは背筋を伸ばして「はい」と答えた。

中学生の間、クライヴは努めて優良な生徒であるように過ごしたと思う。
勉強は勿論のこと、生徒会役員としても精力的に役割をこなし、三年生の時には生徒会長に任命された。
部活動は時間が取れそうになかったので入ることは叶わなかったが、生徒会として色々な所に顔を出す機会があり、其処から縁もあって、運動部には助っ人と言う形で一時的に数に入れて貰うことがあった。
お陰で各部で何が求められているのか、何が悩みとなっているかを直に聞くことが出来たのは、クライヴにとって知見が拡がる縁となった。
生徒会役員であるから、と言うのもあったが、教師の手伝いをすることも多く、大人からの信頼も少なからず得ることが出来ていた。
クライヴにとって、それらは自然的にやっていた事でもあるが、そうあれと望まれている自分を知っていたからでもある。

由緒代々続く、ロズフィールド家の嫡男に生まれた者として、相応しい人間であれ。
それが物心がつく頃から耳にしていた言葉で、特に母はその点において厳しい目を向けていた。
体の弱い弟が生まれると、母の情は其方に傾向し、クライヴのことはそれ以前よりも構わなくなったが、放逐されている訳でもない。
また、遡れば、父もクライヴ同様に家を継ぐ者として、背筋を律して生きて来たと聞く。
そんな両親を見て育ったクライヴであるから、自身も彼らの顔に泥を塗ることのないよう、立派な人間になろうと努力するのは、当然の帰結であったのだ。

まだ生地の固い感触がする制服に身を包み、春休みの間に考えた、挨拶文をしたためた原稿用紙を、真新しい鞄に入れて家を出る。
入学式で行われる挨拶の際の段取りを確かめる為、クライヴは他の新入生よりも少し早い時間に学校へ到着した。
歴史の長い学校とあってか、門扉は少し古めかしく重々しい黒鉄の様相をしており、さながら城門のようである。
在校生は既に教室で授業が始まっているようで、校舎の窓が所々開け放たれていた。
初めて見る校舎やグラウンドの景色を、クライヴは落ち着きなく見回しながら、新入生入り口として案内板が立てられた玄関へと向かう。

玄関前には、数人の大人───教師と思しき人が立っている。
若年からベテランと分かる人が混じって話をしていたが、その内の一人がクライヴを見付け、


「お。新入生か?」


無精な髭を生やした男性がそう言ったのが聞こえて、クライヴはその場で背筋を伸ばして頭を下げた。
それから小走りで玄関前へと近付くと、教師たちは、クライヴを見付けた男に「じゃあよろしく」と言って散って行く。

残った男性教師は、玄関奥へとクライヴを促しながら、改めて確認に言った。


「新入生代表だな?念の為、名前を頼む」
「クライヴ・ロズフィールドです。よろしくお願いします」


もう一度、クライヴはぺこりと頭を下げる。
きちんと腰を曲げて、綺麗な角度で挨拶をするクライヴに、教師はおう、と手を挙げた。


「俺はシドルファス・テラモーン。担当科目は化学だ。ま、よろしくな」
「はい」


自己紹介と共に、テラモーンの右手が差し出される。
握手だと気付いて、クライヴもすぐにそれに応じた。
節のある手がしっかりとクライヴの手を握った瞬間、ふわりとクライヴの鼻腔に独特の苦みの匂いが届く。

嗅ぎ慣れない匂いのそれに、一体なんの匂いだろう、と頭の隅に思いつつ、クライヴは「こっちだ」と歩き出したテラモーンの後に続いた。


「現場に行く前に、クラス表を見て置いた方が良いだろう」


そう言ったテラモーンが向かったのは、生徒用の昇降口だ。
この学校では、昇降口は複数あり、生徒数が多いこともあって、学年ごとに使い分けられていると言う。
クライヴが案内され、今クラス表が張り出されている場所が、新一年生の利用する昇降口だそうだ。
新入生は今日に限っては玄関口から入るが、明日からはこの昇降口を利用することになる。

四枚の大きな模造紙に印刷されたクラス表に、ずらりと生徒の名が順に綴られている。
クライヴはざっとそれを見渡して、自分のクラスを確認した。
「確認できました」と言うと、テラモーンは頷いて、今度は入学式の会場となる講堂へと向かう。

校舎の一階には教職員室の他、校長室や保健室、事務室が並んでおり、教室は二階から上にあるようで、人の気配は少なかった。
あと一時間もすれば始まる入学式の為、教師が右へ左へと忙しくしているが、それ位のものだ。

校舎から伸びる渡り廊下を辿って、辿り着いた講堂は、厳粛な雰囲気に包まれていた。
まだ誰も座っていない沢山に椅子の間で、数人の教師が、何かを確かめるように会話をしている。
クライヴはそれを横目に見ながら、時折教師たちの視線が此方に向くのを感じつつ、テラモーンに続いてステージの壇上へと上がった。

ステージの中央には、マイクスピーカーを備えた教壇が置かれている。


「挨拶は其処でやって貰うことになってる。原稿は代表者が持参することになったと聞いてるが───」
「はい」


クライヴは肩に下げた鞄の口を開け、クリアファイルに挟んだ原稿用紙を取り出す。
中学校の卒業式後、新入生代表の選出の連絡を受けてから、母校の教員に添削を協力して貰い、書き上げたものだ。
テラモーンに内容を見せる必要があるかと尋ねてみると、彼は顎に手を当てて考える仕草をして、


「まあ確認する必要はないんだが……リハーサルするついでに、ちょっと聞かせて貰おうか。練習もした方が、ぶっつけよりは緊張しなくて済むだろう」
「リハーサル、ですか」
「式の流れも確認して置いた方が、いつ出番が来るかって肩肘張らんで良い。取り合えず、あっちの一番前にでも座って、其処からだ」


テラモーンがステージ前に並ぶ椅子を指差したので、クライヴは壇上から下りた。
無難に一番前の端に座ると、テラモーンは懐から取り出したプリントを開いて、


「あーと……新入生が入場したら、校長の挨拶があって。諸々やって───新入生代表は、来賓の紹介の後になる」
「はい」
「“新入生代表挨拶”で名前を呼ばれたら、席を立ってステージに上がれば良い」
「分かりました」


クライヴの返事に、テラモーンは「じゃあ始めるぞ」と言った。
プログラムを読み上げるアナウンスに則って、クライヴの名が呼ばれる。
すっくと立ち上がる瞬間、俄かに緊張の鼓動が跳ねるのを、クライヴは努めて平静を保つようにと心がけた。




リハーサルを行ったのは、クライヴにとって幸いであった。
本番は独特の緊張感があり、沢山の眼が此方を見ていると言う事実が、クライヴの息を詰まらせる。
ステージを下りて自分の席に戻った時には、どっと疲れがやって来て、クライヴには珍しく、椅子の背凭れに深く埋まったくらいである。
それでも、リハーサルの時にテラモーンはささやかにアドバイスしてくれたし、お陰で本番はスムーズな流れで出番を終えることが出来た。

晴れの入学式が無事に終わると、新入生は教員に先導されて、自分のクラスの教室へと戻る。
教室では早速めいめいと交流が始まっており、座った席に近い所同士で自己紹介をしたり、中学以前からの付き合いであろう面々がグループを形成していた。
クライヴはと言うと、代表挨拶を無事に終えたと言う安堵で、しばし自分の席で休んでいた。
しばらくするとクラス担当の教師がやってきて、明日以降の授業日程や、校内の案内図や諸注意事項の説明等が行われる。

頒布物等が行き渡ると、新入生としての一日は終わり、生徒は教室外で待っていた保護者とともに帰宅することになる。
クライヴもその流れに則って、家路につこうと今日限りの出入口となる、校舎の玄関へ向かっていると、


「クライヴ・ロズフィールド」


名前を呼ばれて振り返ると、数時間前に見た顔が其処にあった。
クライヴは今日の大役を終えて休息モードに入ってしまった頭をどうにか動かして、その人物の名前を思い出す。


「テラモーン先生」


今日一日の流れを説明し、アドバイスをくれた人の名だ。
間違えないようにと頭の中で再三確認してから名を呼ぶと、テラモーンは苦笑するように口端を上げて、


「シドで良い。その方が短くて簡単だしな」
「えっと……はい。シド先生」


目上の人間を、下の名前、それも略称で呼ぶことにクライヴは少々抵抗が過ったが、当人からそう呼んで良いと言うのだ。
当人なりの生徒への配慮かも知れない、ならばそれを無碍に断るのも良くないだろうと、クライヴは慣れない感覚を堪えて呼んでみる。
するとテラモーン───シドは満足げに目尻を和らげた。


「代表のお勤めご苦労さん。上手くやれたじゃないか」
「そうですか?ちょっと、詰まった所があって……もう少し綺麗に読めたら良かったんですけど」


シドの言葉はクライヴにとって有難いものだったが、とは言え、クライヴは少々心残りな部分があった。
挨拶の全文のうち、僅かな所ではあるが、読み詰まってしまった所があったのだ。

しかしシドは、「そうかねぇ」と言って頭を掻く仕草をして、


「聞いてる分には、何も問題なかったと思うぞ。俺が今までに聞いた挨拶の中じゃ、一番だ」
「ありがとうございます」


そう褒めちぎられても、クライヴはなんと返して良いかよく判らない。
けれども、折角の言葉を否定するのも悪い。
シドがそう言ってくれるのなら、その言葉は素直に受け取ろうと、クライヴは感謝を述べた。
それを受けたシドがなんとも言えない笑みが浮かべるのを見て、クライヴはことんと首を傾げる。

───さて、とシドが気を取り直すように言った。


「新入生はもう帰るもんだと思うが、お前さんとこの親御さんはどうした?外にいるのか?」


多くの生徒の保護者は、入学式後のホームルームの間に、教室の外に迎えに集まっていたが、中には玄関外のグラウンドで待っていた者もいる。
玄関口までクライヴが一人で来たと言うことは、とシドはそう思っていたようだが、クライヴは小さく首を横に振った。


「自分の両親は、今日は来ていません。うちは小さい弟がいるもので、目を離す訳にいかなくて」
「両親の両方ともか?」


クライヴの言葉に、シドが微かに眉根を潜める。

息子の高校入学式、それも新入生代表の挨拶を任されたとなれば、門出の晴れ舞台だ。
当人は勿論、保護者にとっても緊張も一入に迎えるものだろう、と言うシドの想像は外れてはいないのだろう。
一般的に言えば、母親だけでもその姿を見届けようと列席する事が多いに違いない。

ただ、クライヴの環境が、そうした普通の感覚とは聊か異なることを、彼は知らないのだ。


「弟は体が弱くて、今朝も熱を出していたんです。母はそれで付きっ切りで。父は、仕事が忙しくて」
「……」
「父は、最初は来てくれる予定ではあったんですが……緊急のことだったので、仕方なく」


こう言ったことは、クライヴにとって珍しくはない。
入学式、参観日、運動会───保護者の列席が希望される場に、両親の姿はない。
父はクライヴが生まれた時から仕事に忙殺され、それでも時間を捻出しようとしてはくれるが、如何せん、どうにもならない事は多かった。
弟ジョシュアの体調も、日々分からないもので、毎日の薬が手放せないし、急に熱を出すことも少なくない。
母は弟に強く愛情を注いでいるから、彼に何かあれば、付きっ切りになるのは常のことだ。
寂しくないのかと問われれば、そんな気持ちが全くないとは言えなかったが、我儘を言っても彼らを困らせてしまう。
それで両親が冷えた空気になれば、ジョシュアもそれを感じ取り、歯痒い表情をさせることになる。
それはクライヴの望むことではない。

クライヴの言葉を聞いて、シドはなんとも言えない表情を浮かべている。
じっと見つめるヘイゼルの瞳は、物言いたげであったが、其処に何の言葉があるのか、クライヴには読み取れない。
なんとなく、心配されているような気配だけは感じられて、クライヴは努めて笑顔を浮かべて言った。


「両親には、見て貰えなかったけど。シド先生のお陰で、代表の挨拶をやり切ることが出来ました。ありがとうございました」


朝にそうしたように、クライヴは腰を曲げて深く頭を下げて感謝を述べる。

今朝、一人で家を出る時にも、父からは参列ができないことに、「すまない」と詫びを貰った。
新入生代表の挨拶に選ばれて、それをやり遂げる姿を、見て欲しかった───入念に準備をしている間、そう思っていたことは否めないが、こればかりは仕方がない。
クライヴは密かな我儘を押し殺して、せめてきちんと役目を果たせたと言う報告が出来るように努めよう、と気持ちを切り替えた。
結局、肝心な場面でクライヴは読み閊えてしまったが、シドからは問題はなかったと言って貰えた。
今日はこれを糧に、両親への報告をしようと思っている。

自分なりに十分と思うまで感謝に頭を下げて、ようやくクライヴは顔を上げた。
と、そのタイミングで、ぽん、とクライヴの頭に何かが乗せられる。
そのまま、頭の上のもの───どうやら人の手だ───は、くしゃくしゃとクライヴの髪を掻き撫ぜた。


「うあ、」
「成程な。お前さん、一人で随分、頑張ってた訳だ」
「あ、あの。別に、そんな、」


当惑するクライヴに構わず、存外と大きな手は、遠慮なしにクライヴの髪を乱していた。
今朝、綺麗に撫でつけて整えた髪が、無造作なハネを作って行く。

ようやくクライヴが自由になった時、黒髪は奔放な遊びをあちこちに残していた。
きっちりと上から下まで乱すことなく着込んだ制服姿なのに、髪の毛だけが元気になっている。
アンバランスなその状態で、目を丸くしたまま固まっている少年に、シドはにっと笑いかけ、


「お疲れさん。今日は胸張って帰りな。お前は十分、よくやったよ」
「え……あ」


さっきまでクライヴの頭にあった手が、トン、とクライヴの胸を突く。
その感触と同時に、シドの言葉がすとんと身の内に落ちていく感触があった。


「じゃあ、気を付けて帰れよ。一人なんだから、尚更な」
「は、い」


ひらりと手を挙げて別れの挨拶とするシドに、クライヴはぽかんとした顔のまま、辛うじて返事をする。
踵を返して廊下を向こうへと去って行く背中を、少年はじっと見つめながら、自分の頭に手を遣った。





新生活が始まっていますね、と言う時期なので、15歳クライヴと若シドで学パロをやってみた。
多分シドは三十路前後。授業が分かりやすい、生徒とよく話をしてくれて相談ごとにも乗ってくれる、と言うことで人気が高い先生。
15歳クライヴは優等生タイプだろうと思っています。そんなクライヴに、周りは良くも悪くも信頼をしていて、「彼なら一人でも大丈夫だろう」って言う距離感。クライヴ自身もそうあろうとしている。
なので周りから、余程でなければ無理に回りが手を出さなくても良いだろう、ってなっているクライヴに、普通の子供と同じように褒めたり注意したりするシドがいたら良いな─って思いました。

後にクライヴも教師になって、シドの元教え子として同じ学校で教鞭取ることになったら良いじゃんって言う妄想。

[カイスコ]スタイリングはお気に召すまま

  • 2025/04/08 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



カインが他人の手で長い髪を遊ばれるのは、実の所、初めてではない。
主には親友とその恋人に、「ちょっと触らせて」と言う始まりから、「こんなに長いのなら色々な髪型が出来そうね」と言う話になり、無邪気な淑女の手で色々と飾られる機会があった。
無骨な男を飾り付けるくらいなら、自身の髪に髪飾りを挿す方がよほど有意義であろうに、何が楽しかったのやら。
親友の方はと言うと、明らかにカインの胸中は判っているだろうに、恋人の好きなように任せて、カインが花やら蝶の髪留めやらで盛られていくのを眺めていた。
そしてカインの飾りつけが終わると、淑女は次に親友の方を飾りつけしたがり、その時になって親友はようやく慌てる訳だが、カインにしてみれば良い気味である。
結局、妙齢の淑女を差し置いて、無骨な男二人の髪が華やかに彩られた。
男二人はなんとも言えない顔をするしかなかったが、淑女は大層満足したようだったので、まあ良いか、と失笑するしかなかったのは、良い思い出───なのかも知れない。

そんな事を考えている間にも、カインの髪は慣れた手付きで結わえられていく。

平時、大した手入れもしていない金色の髪を梳いているのは、ユウナの櫛だ。
木製の少し古びた櫛は、彼女が元の世界で親しんでいた私物らしく、此方の世界ではモーグリショップに偶々並んでいたのを見付けて買い戻したのだとか。
その櫛を手にカインの髪を整えているのは、ティファだった。
敵を前にすれば、握り締めたその拳で相手を粉砕せんばかりのパワーを持つ手は、今は随分と優しい手付きを見せている。
料理を得意としていることもあり、戦闘スタイルとは裏腹に家庭的な側面を持つティファである。
人の髪の手入れもお手の物なのか、存外と細い指は、丁寧に金糸の絡まりを解き、櫛を通して艶やかな髪を整えている。

親友とは違い、癖のないカインの髪の毛は、満遍なく梳き終えると真っ直ぐに背中に落ちる。
ティファが持っていた櫛を、傍らでじっと見守っていたユウナに返した。
だが、髪を梳き終わっても、カインはまだこの場から離れることは出来ない。
寧ろ女性陣の本気はこれからだ、と言うことを、カインは遠い経験則で知っていた。


「毛が細いからかな。すごく綺麗に整ったね」
「良いなあ。私、すぐに絡まって、寝癖とかついちゃうんです」
「ユウナの髪は柔らかいものね。カインのはもうちょっと、固い感じがする。でも細いから、こう、するっと滑るのね」


ティファの手がカインの髪を一房掬う。
毛先を緩く持ち上げて行くと、硬質な髪の毛の束は、ティファの指から逃げるように梳き落ちた。


「これだから兜をそのまま被っても絡まらないのかしら」
「……さあな」


感心したように言うティファに、カインは溜息交じりに言った。

自分の髪質など知ったこともないが、確かに、兜を脱ぐ時に引っかかりが少ないのは助かっている。
そうでなければ、長い髪など邪魔にしかならないから、適当に切って捨てていただろう。
……過去にそうしようとした時には、随分と必死な顔で反対してきた二人がいたことは、カインと他当事者だけが知る出来事であった。

ティファとユウナは、一頻り髪を眺めた後、よし、と意気込んだ表情を浮かべる。


「じゃあ、どんな髪型にしようかな」
「三つ編みはどうですか?この長さなら出来そうだし、カインさん、似合うと思うんです」


ユウナの無邪気な提案に、カインは眉間の皺を深くするが、背中側に立っている女性二人は気付かない。
ティファが「良いわね」と言うものだから、話は決まった。


「輪ゴムかリボンが欲しいかな」
「髪留めに出来るものですね。私、取って来ます」
「私の部屋にもあると思うわ。机の引き出しにあるから、開けて良いよ」
「はい」


ユウナは弾んだ足取りでリビングダイニングを出て行った。
それと入れ違いになって、一人の少年が、ユウナの開けた扉の隙間からするりと部屋に入ってきた。

濃茶色の短い髪に、モノクロで整えた衣服。
額に特徴的な傷のある、蒼灰色の瞳を持った、細身の少年───スコールだ。

スコールはユウナが駆けていくのを見送る形か目で追った後、首を傾げながらダイニングに入り、其処にあるものを見て目を丸くした。
鎧を脱いで布服に身を包んだカインが、ダイニングテーブルの椅子の一脚に座り、ティファに髪を結わせているのだ。
何とも奇妙な光景に鉢合わせてしまった彼の気持ちを、カインはなんとなく察する。
変な所に来た、そして、長居をしたらきっと面倒に巻き込まれる……と、そんな所だろう。

驚きか混乱か、戸口で固まっているスコールに、ティファが髪を触りながら気付き、


「あ、スコール。どうしたの?」
「……いや……その……水を、貰いに来た」


いつも通りの顔で用向きを尋ねるティファに、スコールはぎくしゃくとしながら、なんとか答える。


「お水ね。ちょっと待ってね」
「……自分でするから問題ない」
「そう?うん、良いか、スコールならつまみ食いもしないもの」


ダイニングの奥にあるキッチンには、ティファが夕飯の為に仕込んだ鍋が鎮座している。
食べ盛りの中には、これを無邪気につまみ食いして行く悪童もいるのだが、スコールはその点は心配いらない方だ。
どうぞ、とキッチンへの進入を咎めないティファに、スコールはそそくさとした足で目的の元へと逃げ込んでいった。

廊下へのドアが開いて、ユウナが戻ってきた。
喜色一杯の表情を浮かべた彼女の腕には、ある限りを持って来たのだろう、様々な色や模様のヘアアクセサリーが抱えられている。


「選び切れなくて、皆持ってきちゃいました」
「良いね。じゃあユウナ、カインに似合いそうなものを選んで」
「……男に似合うものなぞないだろう」


女性二人の無邪気なやり取りに、カインは言わずにいられなかったが、ユウナは「そんなことないですよ!」と目を輝かせる。


「カインさん、リボンが似合うと思うんです。金髪だから、こっちはちょっと抑え目の色にして……」
「この紺に銀のラインが入っているのが良いんじゃないかな。ラインが細いから、派手にはならないし」
「良いですね。華やかだけど落ち着いた色合いです。あと、結び目にはこれを合わせて───」


三つ編みに組んだカインの髪に、ティファが選んだ紺のリボンが結ばれる。
綺麗な蝶結びにされたリボンの結び目に、ユウナが小さな緑色のストーンを宛がった。
こっちかな、こっちが良いかな、と数種の石を比べて悩むユウナだが、カインにはそれらの石の違いと言うものが判らない。
魔力を帯びている様子もないから、本当に髪を飾る為だけのアイテムなのだろう。

きゃっきゃと楽しそうな女性陣は、まだまだ飽きてくれそうにない。
カインはそれにされるがままに任せつつ、いつになったら終わるだろうかと、ひっそり溜息を吐いていた。

と、じんわりとした視線を感じて、カインは目だけでその方向を見遣る。
キッチンの戸口を背にした位置に、相変わらず神妙な面持ちをしたスコールが立っていた。
蒼灰色の瞳は、女性陣の玩具になっている竜騎士に対して、少々哀れみの空気を混じらせている。
長引きそうな女性陣の戯れに付き合わされる格好のカインに、同情めいたものを抱きつつも、触れはするまいと遠巻きに済ませようとしているのが判った。

判ったので、カインも彼の存在には触れてやるまいとしていたのだが、


「あ、スコールさん」
「!」


ユウナのオッドアイがばっちりとスコールを映して、嬉しそうな声が名を呼ぶ。
呼ばれた当人は、しまった、とばかりに肩を竦ませていたが、幸いと言うべきか、ユウナはそれに気付いた様子はなく、とたとたとスコールの下へ駆け寄った。


「カインさんの髪を触らせて貰っていたんです。スコールさんもどうですか?」
「い、や……良い。結構だ」


楽しい気持ちからか、いつになく溌剌と話しかけて来るユウナに、スコールは半身を引きつつ辞退を述べる。
そんなスコールに、ユウナは至極残念そうに眉尻を下げていたが、ふと、


「そう言えば……スコールさん、前髪、邪魔じゃないですか?」
「……いや、別に……」


ユウナの言葉に、スコールは眉間に皺を寄せつつ半歩下がる。
嫌な予感を感じた、と言う彼の勘は、決して外れてはいまい。
だが、それならユウナとティファが此処にいる間は、キッチンに隠れている方が無難だったに違いない。

ユウナの言葉を聞いてか、ティファが「そうよね」と言った。


「スコールの髪、目元にかかって来てるもの。目に刺さったりするんじゃないかな?」


言いながら、ティファはカインの三つ編みを結ったリボンに、ユウナが選んでいた石を飾り付ける。
結んだリボンの紐に挟み入れて固定した薄緑色の石が、照明の光を反射させて柔く閃いた。

これで良し、とカインの出来に納得したティファは、すぐさまテーブルに置いていた髪留めのひとつを取って、スコールの下へ。


「スコール、ちょっと前髪を上げるね」
「な、おい、待て」
「留めるだけよ、大丈夫。変な事しないから」


小さな子供を宥めるように言うティファの手には、銀色のシンプルなヘアピン。

ティファはスコールの前髪を横に流し、ピンを通して固定させた。
柔らかな濃茶色の前髪は、いつもスコールの目元に薄くカーテンを作っていたが、それがなくなると蒼灰色の稀有な色味がくっきりと主張する。
額の傷も隠されなくなり、額が広く見えるようになったからか、雰囲気や輪郭の割に、幼い顔立ちが其処にあった。

スコールの目元がすっきりと確認できるようになって、よし、とティファが満足げに頷く。


「うん。スコールは髪が茶色だから、白とか黄色みたいなのが良いかなとも思ってたんだけど。こういうシンプルなのも良いね」
「似合ってます、スコールさん」
「スコールの前髪、いつも気になっていたのよね。目に入ったりしそうだなって。そのヘアピン、似合ってるからあげるね。好きに使って」
「……」


楽しそうなティファとユウナに、スコールの唇は真一文字に紡がれている。
蒼の瞳が言いたいことが幾らもありそうだったが、辛辣な物言いが時折見られるスコールでも、この状況で女性を相手にそれを吐く事は憚られるようだ。
それが正しい、と長らく椅子に座って人形に徹していたカインは思う。

ただいま、と言う声が廊下の方から聞こえて来た。
探索か哨戒に言っていた者が帰ってきたのだろう。
何やら誰かいないかと呼ぶ声があって、逼迫した声ではないものの、どうも手がいるらしい様子に、ティファとユウナが仲間たちを迎えに行った。
残ったのは、無言で立ち尽くす少年と、ようやく動くことを許されたカインのみ。


「やれやれ。何故女と言うのは、他人の髪を触りたがるんだかな」
「……」
「お前は運が良かったぞ、スコール。それひとつで済んだんだから」
「……」


カインの言葉に、スコールから言葉の反応はなかった。
代わりに、じろりと蒼の瞳が睨んでくる。
しかし、自分以上に髪を遊ばれたカインの様相を見てか、スコールは呆れか諦めを混じらせた深い溜息を漏らすのみであった。

スコールの左手が髪に留められたヘアピンに触れる。
好きに使えと言ったって、と尖らせた唇がありありと胸中を語っていた。


「……どうしろって言うんだ、こんなもの。似合いもしないのに」
「そうか。案外、お前に合っているように見えるがな」
「……あんたの方こそ、よく似合ってる」


カインの言葉に、スコールはじとりと湿った目で睨みながら言い返す。
わかり易い皮肉の遣り取りに、カインは肩を竦めた。

スコールは剥れた表情のまま、手探りでヘアピンを外そうと格闘している。
結局、髪の毛を滑らせる形でやや強引に外すと、傷んだ髪の生え際を指で摩って宥めた。
はあ、と何度目かの溜息を零しながら、スコールは前髪をいつも通りの形に手櫛で直す。
そうすると、さっきまではっきりと晒されていた蒼灰色の宝玉が、途端に隠れるように前髪の奥に引っ込んでしまう。

カインは徐に手を伸ばして、スコールの前髪を指で寄せた。
突然のことにスコールはぱちりと目を丸くして、額を滑るカインの指にされるがままになる。


「何、」


スコールは鬱陶しそうにカインの手を払おうとするが、カインは意に介さなかった。

額の傷が露わになり、長い睫毛を携えて、困惑の様子を滲ませる蒼灰色が訝しそうにカインを見上げる。
そうしてカインは、海の底のように深い蒼の瞳が、存外と丸く幼い形をしていることを知った。

だからどう、と言う訳でもない。
だが、なんとなくカインは満足した気分になって、スコールの前髪を抑えていた手を離す。
柔らかな髪は多少の癖がついたが、直ぐに元の形に戻って、またスコールの目色に翳を落として隠した。

帰還した仲間たちが、腹を空かせてダイニングへとやって来る。
夜には早いが、それでも構わないだろうとティファがキッチンへ向かったので、今日は少し早い夕食になりそうだ。
手伝える者が手を挙げてティファの下へ行く傍ら、その手の事に疎い面々は、邪魔をしないようにダイニングで食卓が整うのを待つ。
その間に他の仲間たちも揃ってくるだろうから、リビングダイニングの静寂は、もうとんと帰っては来るまい。

バッツとジタンが、立ち尽くしたスコールを見付けて声をかける。
どうしたよ、と尋ねる声に、スコールは当惑した表情のまま、「……別に何も」とだけ答えたのだった。





4月8日と言うことでカイスコ。
金髪を色々いじられているカインの所に居合わせてしまったスコール、が浮かんだもので。
012のタイミングだとスコールは随分ツンツンしている頃なので、あまりカインとは話をしなさそう。
なのでお互いそんなによく知らないんだけど、どっちも人との距離感がややバグってる所ありそうで(カインの方が大人なので平時は適当な距離取ってそう)、一瞬急に近かったみたいな時があったら良いなと。

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