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[セフィレオ]気紛れの亡霊

  • 2025/07/08 21:05
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



その存在と言うものを、認識していなかった訳ではない。

遅れて故郷に戻ってきた幼馴染の、その行動の理由が、そもそもは“それ”だった。
もしも姿を見ることがあったら教えてくれ、と酷く強い表情を浮かべて言うから、頭の隅程度には残していたし、彼が帰ってきて以来、奇妙と言うのか不気味と言うのか、そう言った気配を感じたことはある。
ただ、その気配が“それ”であると知るまでには随分と時間がかかった。
元々此方の知る由もないものであったし、幼馴染が言う、“それ”を指す姿の説明がどうにも判然としない。
何か魔法的な制限でも受けているのか、ともかく、説明が要領を得ないのだ。
その要領を得ない遣り取りの末に、「街のものとも、心の闇とも違う気配を持つもの」があったら、“それ”なのだろうと解釈するに至った。

とは言え、生憎、此方は“それ”ばかりを気にして生活している訳ではない。
街の人に直接的な被害が及ぶとか、セキュリティや建屋を破壊していくと言うのなら、喫緊の問題として対処の優先度も上がるのだが、どうやらそう言う訳でもない。
“それ”は幼馴染一人と切っても切れない間柄であると同時に、他には興味もないらしい。
つまり、街の人は勿論、復興委員会が管理している機械や家屋諸々には、先ず以て害が及ばないのである。
こうなると、必然的に此方の意識としては優先順位が低くなり、幼馴染に対しても、「もしもそれらしいものを見かけたら報告する」程度にしかやる事がないのだ。
そして、曖昧な気配を忘れた頃に漂わせるくらいのものを頻繁に報告する訳もないので、なんだかそう言う話をしたな、と言った程度にしか意識しなくなって行ったのは、当然の流れであったと言えよう。

────そんなことを、宙に浮いた状態でレオンは考えている。
それは傍目には現実逃避に見えただろうが、レオンは至極真面目にその回想を追っていた。

レオンは今、一人の男の腕に抱えられている。
お陰で遥か下方に真っ逆さまと言う、あわやと言う事態を免れたのは幸いなのだが、しかし、現況に置いて当惑する状態が続いている事は変わりない。
逆らえない重力に従うのがマシだったかと言われれば、否だ。
まだ死にたくない、死ぬ訳にはいかないと思う身であるからこそ、この状況で事態が膠着したのは、感謝すべきことだと言える。

しかし。
この状態にレオンが至ることになった、最大の原因と言える存在に対し、レオンは対処法が判らない。
見掛けたら報告を寄越せと言った当人は、眼下に広がる街並みを見渡しても、何処にも見付からなかった。
そもそも今この瞬間、彼がこの街に、この世界にいるのかすらも判らないのである。
見付けたら教えろと言っていた癖に───と一方的な怒りを覚えるのが、八つ当たりである事は、少なからず自覚している。

と、一握の混乱による憤りを、この場にいない人物に一通りぶつけた後で、レオンは改めて自分の状況を確認した。


(ミスをした。それは違えようがない。お陰で地上は十メートルは下。飛ぶ羽根はない、その手の魔法も俺はない。これで今死んでいないだけ、マシと言えばマシだが……)


ことが一歩でも違えば、レオンは今頃、石畳の上で潰れたトマトになっている。
なんともグロテスクなことだが、空を飛ぶ手段を持っていない者なら、不可避の自然現象だ。

それが今は、一人の男に丁寧に抱えられて、空中に留まっている。
背中と膝裏を支える力は、存外としっかりとしており、安定感があった。
代わりに、この体勢だと、踏ん張りがきかないので碌な力が入らず、下手に暴れれば落ちてしまう可能性もあって、レオンは大人しくしているしかない。
この体勢が、元々は拉致誘拐の為に用いられていた、と言う真偽不確かな諸説があったのも、なんとなく頷けてしまう気がした。

しかし、自分自身を大柄とは思っていないが、決して控えめな体躯でないことは自覚がある。
少年期の後悔以来、それを払拭するように必死に自分を虐め鍛えて来た甲斐は、それなりに目に見える形で効果を齎していた。
だから決して、ひょいと抱えていられるような体重ではないことは自負があるのだが、目の前にある、まるで丹精込めて創られた彫像のような顔は、眉ひとつも動かさずに、じっと此方を見詰めているのみであった。


(……重くないのか?)


大の男一人を両腕二本で支える当人は、まるで風でも抱いているかのように涼やかな顔をしている。
落下を嫌う体が、本能的に安全を求めて身を預ける格好になっている胸板は、存外と固い。
遠くから見ていたシルエットは細い印象があったのだが、実の所はそうでもないのか、その体幹はしっかりとしてブレが感じられなかった。

地面と空の間に留まらされていることを思えば、この体幹が安定しているのは有難いことだ。
抱える腕がぶるぶると不安定に震えたりなんてしたら、一秒後に落ちるかも知れない恐怖で、こうも悠長に目の前の顔を眺めている暇などあるまい。

とは言え、いつまでもこうして、呑気に空中散歩をしている訳にはいかない。
先ずは地に足の着く場所へ下ろして貰い、落下の恐怖とお友達になる時間は終わりにしたい。


(……取り合えず、礼を言って、頼んでみるか……)


話が通じる相手だと良いのだが、と思いつつ、レオンは少し乾いた口をゆっくりと開く。


「その……助けてくれて、ありがとう」
「……」
「それで……差し出がましいとは思うが、そろそろ、下ろして欲しいんだが……」
「……」


反応の様子を見ながら言うレオンを、目の前の不可思議な虹彩がじっと見つめる。
そのあまりの無反応ぶりに、無視されていると言うよりも、これは声が聞こえているのだろうか、と言う疑問すら浮かんだ。

と、レオンを抱えたその瞬間から、ずっと宙の真ん中に漂い留まっていた体が、すいと動き始めた。
唐突に体が動いたものだから、レオンは増した浮遊の不安定さに身を固くする。
それを感じ取ったか、七色に瞬く眼がちらとレオンを見て、


「落ちるのが嫌なら、大人しくしていろ」


初めて聞いたその声は、低く重みのあるものだったが、耳障りの良いものだった。
何処か絡みつくように粘度を感じたのは、この状況から来る不安や不穏から来る、自分自身の中で苛む一種の懐疑のようなものが原因かも知れない。
何せ、この人物についてレオンが知っているのは、幼馴染が苦々しい顔で行方を追っている、と言う点のみであったから。

レオンがようやく浮遊感から解放されたのは、街並みの中でもひとつ背の高い、鐘塔の上だった。
出来れば地面に下ろしてくれると有難かったのだが、自力で地上に降りられなかったのだから、贅沢は言えない。
下ろせと言われて、その場で宙に放られる可能性があったことを思えば、優しい対応であったのは間違いない。

もう何年も役目を忘れられ、釣られるのみの大鐘の横で、レオンは十数分ぶりに両の足で立った。


「ふう……助かった。改めて、感謝する」
「必要ない。気紛れだ」
(そうなんだろうな)


レオンの言葉に、素っ気ない反応を返す人物に、レオンはこっそりと嘆息した。

レオンと目の前の男に、接点はない。
男は幼馴染が目的をもって探しており、どうやら男の方も彼に何か執着めいたものがあるらしいが、レオンがその間に入っている訳でもなかった。
お互いに名前も知らないことは想像に難くなかったから、気紛れなんてことでもなければ、この男がレオンを助ける理由もない。

助ける───そう、レオンは助けられたのだ。
名前も出自も、どうしてこの街にいるのかも知らない、この男に。

事の始まりは、今から一時間とならない前の話だ。
いつものようにレオンが街のパトロールをしていたら、高台の上に佇む黒衣の陰があった。
それが金色を持っているのなら幼馴染であると判るので、ひとつ働いて貰おうかと声をかけにいくのだが、其処にあったのは真逆の銀色だった。
夕暮れの街並みをぼうと眺める銀色は、ただただ其処にいるだけで、例えば街を襲おうとか、壊そうとか、そんなことを企んでいるようにも見えない。
とは言え、不穏な人間がいることはやはり無視できなかったので、念の為に注意を向けてはいたのだ。
そんな所へ、ハートレスが烏合の群れを作っている所を見付け、レオンの意識は其方へシフトした。
場所は縦に入り組んだ階段通路で、見晴らしの良い高台へと向かう途中。
群れの集まりがまだ統率されていない内に、掃討しておくつもりだったのだが、どうやら魔法を得手とする手合いが近くに隠れ潜んでいたらしく、不意を突かれた。
風魔法で吹き飛ばされたレオンの体は、階段の欄干の縁を乗り越えてしまう。
更に空を飛ぶ性質を持ったハートレスが追撃に来て、あわや───と言う寸前で、件の銀色が割って入り、ハートレスを長い刀で切って捨てると同時に、墜ちゆく筈であったレオンの体を抱き留めたのである。

それからしばしの望まぬ空中散歩の後の、今である。
思い返せば、自分の至らなさに悔しい気持ちが募るばかりだったが、こうした後悔ももう慣れてしまった。
悔やむだけなら何にもならないと、レオンは意識して気持ちを切り替えて、鐘塔の縁の向こうに浮かぶ男を見る。


「気紛れでも、俺があんたに援けられた事実に変わりはない」
「……」
「普通なら、助けて貰った礼でもする所なんだが……あんたにそう言うものは必要か?」
「……」
「例えば───あんたはクラウドに用があるみたいだから、あいつに言伝でもあるなら引き受けるが」


目の前の男が、金髪の幼馴染と因縁があることは聞いている。
どちらかと言うと、それしか知り得ない、と言うのがレオンが男について持っている情報の全てだ。
だから彼の名を出せば、何某か反応が見えるかとも思って言って見たのだが、相手の反応は予想よりもずっと淡泊なものだった。


「必要ない。あれは自ずと此処へ辿り着く。それ以外に奴の選択肢はない」
「……そうか」


表情を変えずに淡々と言う男の目には、感慨も浮かんでいない。
その発言の裏に、信頼か信用でもあるかと思ったが、見る限りはそれもなさそうだった。
七色の虹彩の瞳は何処か冷たく氷のようで、オモチャを壊すことを楽しんでいる子供のように残酷だ。

かと言って、レオンが幼馴染に心配を向けるような間柄でもない。
万が一、この男と邂逅した時に、幼馴染が七日七晩の半死半生にでもなれば心配するだろうが、そうでもなければレオンが割り込んで良い話でもないだろう。


(と言うか、こいつは触らない方が良い)


蒼灰色の瞳に映る男は、酷薄な表情を浮かべている。
この世界を嘗て覆っていた、重苦しい闇の力とも違う、重く淀んだ氣が男からじわじわと溶け出すように漂っている。
男が宙を行く術として利用しているのだろう翼は、片方しかない歪な黒翼で、これもまた、この男を世界に異質な存在であると証明しているように見えた。

レオンと男の間に、接点はない。
ならばこれ以上は立ち入るべきではない、とレオンは判断した。


「……どうやら、俺が何か手を貸す必要もないようだ。借りを作ったままと言うのは聊か落ち着かないが、いらないことを強要するものでもないしな」


とすれば、この相対の時間もまた、此処まで。
レオンは鐘塔を下りるべく、踵を返す───つもりだった。

ぐん、と躰が何かに引っ張られて後ろに踏鞴を踏んだかと思うと、とすり、と柔いものにぶつかる。
視界の隅でさらりとした銀色が流れ落ちて、背後で男が猫のように身を寄せていることに気付いた。
突然のことに目を丸くするレオンの頬を、舐めるように男の手が滑って、形の良い唇が弧を描く。


「人の好い奴だ。その背中から貫かれるとは思わなかったか」
「……あんたが俺にそれをする理由がない」
「判らんぞ。お前の首を奴に贈れば、良い顔が見られそうだ」


レオンの頬を撫でた男の手が、そのまま首へと移る。
断ち斬る場所を選ぶように、男の指がつぅとレオンの首を横円周に辿って行く。
肩口から覗き込む男の顔は、やはり空恐ろしい程に整っていて、薄い笑みを浮かべた貌は狂気すら感じさせた。

それを間近にしたレオンの瞳もまた、冴え冴えと冷たく尖る。


「あんたもよく判らない奴だな。そうするつもりなら、最初からそうしていただろう。あんたの実力ならそれが出来る」
「……」
「俺は───俺は、あんたより弱いんだから」


その事実を、レオンは苦々しくも腹立たしい程に知っていた。
自分が特別な人間ではないと言うことを、嫌が応にも理解しているのだから。

レオンの指摘を、男は否定も肯定もしなかった。
代わりに、色の薄い唇が深く歪んだ笑みを浮かべ、男の指先がレオンの唇を擽るように辿る。


「安心しろ。あれより余程、強い。お前は人間なのだから」


そう言った男の目が、何処か愉しそうに、嬉しそうに見えたのは、レオンの気の迷いだろうか。
笑みは笑みでも歪んでいるから、その感情の根が何処にあるのか、いまいち読み取れない。

男の指がレオンの耳元にかかる髪を引っ掛け、手遊ぶように梳いて行く。
その手付きが、まるで絡みついて来るように不快で、レオンは眉根を寄せてその手を払い除けた。
と、その払い除けた手を、また伸びて来た手が掴む。

薄く笑んだ碧色の瞳が、触れそうな程の距離でレオンを見つめていた。
それを眉根を寄せた顔で睨み返していれば、くく、と喉が笑う音が聞こえる。


「良い目だな」
「……」
「己の弱さを知りながら、強さを求めて足掻く。滑稽だ」
「莫迦にしているのか」
「感心している」
(今のはどう聞いても莫迦にした物言いだろう)


言語の基準が違うのだろうか。
会話が出来ているのに、成り立っていないような気がして、レオンはやっぱり厄介な奴だ、と思った。

男の背中で黒の片翼がゆるりと開いて、男と共にレオンを覆うように被さって来る。
黒と銀色で埋め尽くされる視界に、レオンのガンブレードを持つ手が力を籠める。
振るった所で大した牽制にもならないことは想像できたが、身を守る為の警戒は決して緩んではいなかった。

男の指がレオンの唇の端を拭うように擦る。


「面白そうだ」


そう言って、男はレオンの唇から手を離した。
閉じかけていた片翼は再び開き、其処に内包していたレオンを解放して、ひらりと翻る。

羽ばたきの音が鳴って、男は鐘塔から飛び去って行った。
佇むレオンの周りに、まるで己の存在が現実であることを主張するかのような、漆色の羽根が舞っている。
足元に落ちたそれに目を遣って、レオンは今日何度目かになる溜息を吐いた。





7月8日と言うことでセフィレオ。
現パロはよく書いてるなぁと思い、久しぶりにKHでの二人を絡ませたくなったので。

KHでのセフィロスとなると、どうやっても電波系になるもんで、レオンに厄介絡みしかしていない。
レオンとしては、あからさまな敵意もないし、一応街に危害がある訳でもないし、注意警戒はするけど取り合えず据え置きと言う扱い。
排除しようにも、バカみたいに強いので、祟りがないなら触らない方が無難だなと言う。
でもまさか自分に絡んでくるとは思っていなかったので、興味を持たれて改めて非常に面倒くさい気配だけは感じている。

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